複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.50 )
日時: 2019/09/12 09:22
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

ジャドウの指示にレイは首を横に振り。

「私が従うのはメープル様のみ。あなたの指示には従わない」
「フン……ならば好きにしろ」

するとレイはメープルに手を伸ばし。

「メープル様、タッチです」
「ありがとう。そろそろ闘いたいと思っていたところだったの」

レイがタッチすると、メープルがリングに上がり、顔面を血だらけにしたヨハネスを見下ろし口に手を添えて笑うと、腕を掴んでヨハネスを立たせる。
すると背後に待ち構えていたレイが彼の首を背後からチョークスリーパーで締め上げる。そしてメープルは浮き上がったヨハネスの両足を掴まえ、パッパと慣れた動きで4の字固めを極めた。悪魔も思いつかぬ同時攻撃に痛みに強いはずのヨハネスは絶叫。激痛から逃れようと手を懸命に伸ばすが、彼のいる場所は敵側のコーナーであり、美琴はその反対側にいるので届くはずがない。
手が空を切るたびにメープルは一層4の字固めに力を加えていく。

「どうするかしら。素直に降参した方が身のためだと思うけど」
「どうせ君は僕が降参を示したところで見逃しはしないよ」
「察しがいいのね。残念だけど、スター流の門下生は全滅させることにしているの。特にあなたのようなスターに心酔しているような弟子はね」
「その言葉はジャドウさんに言ってあげるといいよ。僕はどちらかというと、カイザーさんの方を慕っているからね」
「でも少しはスターのことも尊敬しているはずよ。あなた達は何も知らないから彼を慕うことができるのよ」

言葉の最後に明確な怒りを込め、より一層4の字を深く極めていく。このままではヨハネスの両足が粉砕されるのも時間の問題だ。

「聞くところによるとあなたはスターにとても可愛がられているそうね。そのルックスなら愛されるのも頷けるけれど……それだけにあなたを倒したらスターがどれほど悲しむか見てみたくもあるわね」
「君には悪いけど、僕はまだ天国に行くわけにはいかないんだ」
「強がりね。でもここからどう抵抗するつもりかしら」
「こうするのさ!」

ヨハネスは自慢の髪を伸ばし、一本一本を剣状にすると、それでもってレイの掌や腕を突き出してチョークスリーパーから逃れる。支えを失ったメープルとヨハネスは共にマットに寝転がる。そしてすぐさまヨハネスは身体を反転させて切り返すと、そこから鎌固めをメープルにかけ、彼女の身体を弓なりに反らしていく。

「髪を武器にするなんて変わっているわね」
「よく言われるよ」

ところが優勢なはずの彼は鎌固めを解除し、美琴の元へ駆け寄ると、手を出した。

「ちょっとダメージが大きいみたい。代わって貰えるかな」
「勿論です」

ヨハネスに代わり、美琴が今度はリングイン。
格闘の構えをとり、メープルに宣言する。

「参ります」
「また会ったわね。あの時は話をしただけだったけど、今回は違うわ。あなたの実力、私にどれほどのものなのか、教えて頂戴?」


穏やかな口調だがその全身からは禍々しいオーラを放っている。
HNΩをあっさりと始末した時と何も変わらぬ威圧感。
どうして彼女は同じ仲間であるはずのスター流の門下生を傷付けるのか。
そしてブラックリストに載っていたのは何故なのだろうか。
疑問を抱きながらも美琴は対峙する。
メープルは服からフルートを取り出し。

「闘いの前に一曲聴いては貰えないかしら」

口にフルートを当て、繊細な音色を奏でるメープル。瞼を閉じて風に髪を靡かせる彼女の姿は美琴には悪人とは思えなかった。演奏に耳を傾けていると、突如、カイザーの大きな声が飛んできた。

「彼女の音色を聴いてはいけない!」
「もう遅いわよ」
「どうしたというのでしょう。急に頭が割れるように……」

美琴は両手で頭を押さえ、その場にうずくまってしまう。

「私のフルートの音色は聴いた者に激しい頭痛を与えるの。両腕が塞がっては、返し技は使えないわね」

魔の音色に髪を乱しながら七転八倒する美琴の姿をメープルは嘲笑する。
彼女は特に打撃を加えるでもなく、ただフルートを演奏するのみだ。しかし、美琴にとってはどんなパンチよりも威力のある攻撃に感じられた。肩で息をし、苦痛に耐えながらも、どうにか頭から右腕を離すことに成功する。頭痛は収まってはいないが、今はそれに我慢しなければ、反撃の活路を見出すことはできない。一歩、一歩近づいていくと手刀を振るい、彼女のフルートに当てる。
一撃でコンクリートを粉砕するほどの美琴の掌から繰り出される手刀は、フルートをあっという間に破壊してしまった。美琴は深呼吸をして息を整え、メープルを見た。

「これで音色を出すことはできませんね」
「そうね。これで私も武器に頼ることなく自前の戦闘力だけで闘えそう」

ブゥン!

怪しげな音と共にメープルの掌に緑のエネルギーが凝縮されていく。
それを美琴めがけて放つが、彼女はそれを弾いて無効化してしまった。

「HNΩだったら今の技で爆発していたところね」

連続してエネルギー弾を放つが、全て美琴は弾き返す。
けれどメープルの目的は彼女に攻撃を当てることではなかった。
無数のエネルギー弾により視界を遮った彼女は、一気に間合いを詰めると美琴の腹に拳を打ち込もうとする。けれど美琴は彼女の腕を掴み、軽々と持ち上げると、反対方向に投げ返してしまう。蹴りを打てば足を取られて、軸足を奪われマットに転がされ、掴みにいけば逆に投げられてしまう。
試合がはじまってから美琴は一度として自ら攻撃をしていない。全てメープルが放った攻撃の力を利用して返し技に移行しているのだ。攻撃をすれば返し技を食らい、かと言って攻撃をしなければ決着は付かない。美琴の狙いが分かったメープルは彼女に告げた。

「考えたわね。あなた、私に降参して欲しいんでしょう」
「はい。わたしは誰も傷付けたくありません。できることなら、誰も傷付けることなく闘いを終わらせることができたらって……いつも考えています」
「甘すぎて吐き気がしそうね。攻撃を全部返して相手の戦闘意思を奪う……
これがあなたのファイトスタイルなのね」
「はい」
「他の相手には通用したかもしれない。でも私には効かないわね」
「どうしてでしょうか」
「私があなた達スター流を……いえ、スターを憎んでいるからよ!」
「どうしてスターさんを憎むのですか? あの人は確かにちょっと変わったところがあるかもしれません。でも、とっても優しくていい人なんです。わたしは森から町に出て、空腹だったところを彼にご馳走して貰って——」

パァン!

美琴がここまで語った時、乾いた音が闘技場に木霊した。
メープルが彼女を張ったのだ。

「あなた、何もわかっていないのね。彼がどれほど酷い男かを!」
「酷い……ですか?」
「そうよ。私も嘗ては彼を信頼して素晴らしい人間だと思っていたわ。でも、私の想いは砕かれた。あの掟のせいで!」

キッと美琴を睨む瞳。その中には憤りと怨み、そして深い悲しみが宿っていた。
彼女は続いてカイザーを睨み。

「どうして私を守ってくれなかったのよ。あなたならスターに意見できたはずなのに!」
「……すまん」
「誰が肯定したとしても私だけは認めないわ、スター=アーナツメルツの存在を!」



「一体、過去に何があったんですか」

おずおずと美琴が訊ねると、メープルは棒付きキャンディーを口に咥えつつ、彼女を頭のてっぺんから足の先まで観察し、口を開いた。

「あなた、恋愛経験はあるの?」
「はい。今のところ一度だけですが」
「相手はどんな子なの?」
「それは……言えません」

顔を真っ赤にして俯く。彼女はスター流に所属し自己紹介をした日に李に一目惚れをしてしまった。それから長い間片思い状態が続いたが、相手が同性だと判明し、その恋心は終わってしまったのだ。そして現在、李はレイと名を変え、記憶を失い、敵対する立場にいる。けれども惚れた過去は変わらないし、たとえ相手が記憶を失っていたとしても、当の本人の前で言うのはあまりにも恥ずかしい。耳まで赤くしている彼女にメープルは口の中でゴロゴロとキャンディーを転がしながら話を続けた。

「あなたもスター流の一員なら、私がブラックリストに入っていることは知っているわよね」
「はい。実際に調べてみて驚いたんです。こんな綺麗な人がどうしてリストに載っているのかなって」
「褒め言葉は多少の感謝をしておくとして、あなたはどうして私がリスト入りしたと思う?」

メープルの質問に美琴は顎に手を当て思案する。
リストに載るってことは、やっぱりムースさんみたいに大量虐殺をしたのでしょうか。それともHNΩさんのように殺し屋をしていたのでしょうか。
でも、それなら世界各国の政府が黙っているはずがありません。彼女が脱獄したにも関わらず、ムースさんの時と比べると世界の反応は薄く——というよりニュースや新聞にも一切取り上げることはありませんでした。けれど、スターさんの反応はいつもより慌てていました。やはりこれだけ憎悪を抱かれているからでしょうか。悪いことをしてスターさんが直接牢獄送りにしたというのなら、少しは分かるような気もしますが、そうでもなさそうです。

「わかりません」

暫く考えても答えが出なかったので、その旨を正直に伝えた。すると相手は肩を竦めて嘆息し。

「答えは恋よ」
「恋……ですか!?」

予想の斜め上をきく答えに、美琴は思わず彼女の言葉を繰り返す。
そしてますます頭の中にクエスチョンマークが浮かんできた。

「なぜ恋をしたらいけないのでしょう? 失恋したら悲しいですが傷つくのは個人であって周囲に迷惑をかけるわけではないはずです。もちろん、逆恨みとかで犯罪に走る場合もありますが……」
「私は別に相手を恨んだりもしていなかったし、両想いだったわ。もちろん、犯罪なんかしたこともなかった」
「それなら、どうして地獄監獄に入れられたのですか?」
「当時のスターは恋愛は人を弱くするって考えだったの。たぶん自分が失恋した時に本当に力が弱くなったからそう思ったのかもしれないけれど。とにかく、彼はそのように考えてた。だからこそ弟子達の弱体化を恐れ『恋愛禁止』の掟を定めたの」
「それで、破ったらどうなるんですか!?」
「破門よ」
「破門……! き、厳しすぎます〜!」

あまりに厳格な掟に美琴はぐるぐると目を回してしまった。現在のスターからは想像もできないほど厳しい決まりである。

「別に片思いも失恋も大丈夫だった。だけど、両想いは絶対に認められなかった。どんなにお互いが愛し合っていたとしても」

するとその言葉に反応を示したのはジャドウだ。手を上げ自らの意見を口にする。

「スター様が懸念されるのも当然だ。恋愛など人を堕落させる不純物に過ぎぬ。
闘いに生きる吾輩にとっては到底理解できぬ概念だ」
「あなたは当時と変わらない考えね。きっと不動もそうだと思う。でも、周囲が敵だらけの中でカイザー、あなただけは理解を示してくれた」

カイザーは頷き。

「私は愛する者を守るという気持ちを高めることができるならば、より世界平和の為に闘う意思を強めるだろうし、人が人を好きになるのは個人の自由なのだから、制限するのはあまり褒められたものではないと会長に告げた」
「でも、スターはそれを認めず、却下し続けた」

ここでメープルは地面に視線を落とす。マットを見つめると、嫌でも過去が頭を過り、目に涙が溢れ出す。

「私は同門の男の子に恋をしたの。彼は礼儀正しくて、親切でカッコ良かった。
厳しい修行で苦楽を共にしているうちに、私達はお互いに惹かれあった。
でも、その想いがスターにバレて私は破門された」
「……」

無言で見つめる美琴に近づき、メープルは更にもう一発掌底を食らわせた。

「あなたは掟を破った私が悪いと思っているのかもしれないけど、悪いのは掟を作ったスターよ! あの人があんな決まりを作らなければ、私達は今でもお互いに愛し合っていたはずなのに!」

美琴に涙を流しながら怒りの形相で往復ビンタを見舞うメープルに、ジャドウは酒瓶を取り出し、上に傾けて飲むと不敵に笑みを浮かべた。

「下らぬ。恋愛感情など長い時を経れば変わりゆくもの。むしろお前はスター様に感謝すべきだ。幸せな思い出だけを残したまま別れさせてくれてありがとう、とな」
「わあああああああああッ」

美琴の胸倉を掴み、メープルは鉄拳を幾度も見舞う。
辺りを黒い雲が覆い雨が降り出した。
闘いはまだ終わらない。