複雑・ファジー小説

Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.51 )
日時: 2019/09/12 09:25
名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)

美琴はメープルの絶叫を聴き、拳を頬に受けながら思った。
彼女はわたしを見てはいません。彼女の視界には恐らく、わたしではなくスターさんが見えているのでしょう。深く愛し合っていたのに、その恋が実らなかったとは本当に可哀想です。わたしはあなたとは違う形ではありますが、失恋の悲しみを知っています。ですからほんの僅かでも寄り添ってあなたの悲しみを癒してあげたいです。メープルは滝のような涙を流しながら、妥協なく美琴の顔面を狙ってパンチを打ち込む。

「あなたさえいなければ私達は楽しくデートして、いつまでも愛し合う関係でいられたのに! 愛することはそれほど罪なの!? 愛で弱くなるなんてあり得ない。そんなの誰かが吹き込んで出鱈目よ! 風の噂で聞いたわ、彼は天国に帰っていったって! 私は罪を重ね過ぎた。もう天国で再会することさえ叶わない。この悲しみ、どう責任をとってくれるのよ!」

ドカッ!

怒りを込めた一撃が美琴の頬に当たると彼女は体勢を崩して倒れる。
冷たい雨が美琴の白い装束や髪を濡らしていく。メープルは肩で息を切らし、口を開いた。

「冷たいわ。まるでスターの心のように冷たい……」
「少しは気分が和らぎましたか」

美琴は足をガクガクと震わせながらも立ち上がってくる。その表情には微かな笑みがあった。メープルは口に手を当てて静かに笑うと。


「あら、あなただったの? 私はてっきりスターかと思っていたわ。勘違いしてごめんなさいね」
「謝らなくてもいいですよ。わたしはあなたの心が少しでも和らげば、それでいいんです」
「面白いことを言うのね。確かにほんのちょっと落ち着いたかしら」
「それなら良かったです」
「でも勘違いしないで。私のスターに絶望を与えるという気持ちは変わらないわ。レイ、交代よ」
「美琴さん、僕はもう充分休んだから、交代しよう」

メープルがレイに美琴がヨハネスにタッチし、再びカードはレイVSヨハネスとなる。

「君の正体が李と分かった今、僕には考えがある。先ほどと同じ僕とは思わない方が身のためだよ」
「はあぁッ!」

レイとヨハネスの手刀が激突。2人は無数の拳の突きを炸裂させる。
鉢合う拳と拳。レイが蹴りを繰り出せばヨハネスもキックで対抗する。
跳躍や威力、共に全くの互角だ。

「……!」
「僕は決めたんだ。この試合、君が嘗て仲間として使っていた技の全てで対抗しようとね。火炎弾!」
「小癪な!」

ヨハネスが掌から真っ赤な炎を打ち出すと、レイも紫色の火の玉を放つ。
互いのエネルギーは空中で爆発し、リングを濃い煙で包みこむ。
煙が晴れると、そこには服にダメージを負った両者の姿が。

「貴様、私が先ほどやったことをわざと……?」
「そうさ。君なら絶対に火炎弾で反撃すると思ったからね。そこから発生した煙で奇襲をかけたけど、流石は君だ。魂を失っても技の切れは変わらない」
「小賢しい男だッ」

レイはコーナーポストに飛び乗ると、全身に紫色の炎を纏い、飛び蹴りを放つ。

「貴様の身体を貫いてくれる! 疾風紅蓮脚!」


ザクッ!

コートの防御を失ったヨハネスの身体は、いとも簡単にレイの蹴りに貫かれ、腹に大穴開いてしまう。そこから血を噴水のように流すヨハネス。
がくりと片膝を突く彼を心配し美琴が思わずリングに入ろうとすると、ヨハネスは強い口調で。

「来ないで!」
「ヨハネスさん……」
「僕は大丈夫だよ」
「でも、お腹に穴が出来ているんですよ。早く塞がないとあなたの命が」
「闘いに怪我は付き物。これぐらい何でもないよ。だから、君に見ててほしいんだ。この試合、僕が放つ最後の技を!」

目は虚ろになり額から汗は流れ、足元はふらついている。けれど、彼の表情から笑顔は消えない。その様子にレイは訊ねる。

「貴様、これほどの致命傷を受けて何故笑うことができる」
「……そんなの、決まっているじゃないか。これから、君と天国に一緒にいけるのかと思うと嬉しくてねえ。一人では怖いけど、二人一緒なら怖くないし、寂しくないよ」
「貴様、何を言って!?」

「ヨハネスさん!」
「ヨハネス!」

彼が何をしようとしているのかを察したカイザーと美琴が名を呼ぶと、ヨハネスは最高の笑顔を見せ。

「君達と一緒に闘えて良かった。美琴さん、隊長。スターさんに伝えてくれると嬉しいな。帰還できなくてごめんって……」
「ヨハネスさん!」
「ヨハネス!」


覚悟を決めたヨハネスは短い歩幅で距離を詰める。

「く、来るなぁ!」

相手の覚悟に飲まれ、レイが怯むがヨハネスは動じることなく突っ込んでいき。彼女の胸を貫手で貫くと心臓をガッチリと掴み。

「これで試合終了だ!」

ありったけの力を振り絞って握りつぶす。
そしてヨハネスとレイは重なり合うようにして倒れた。

「相打ちか。味な真似を」

ジャドウは吐き捨てるとマントを翻してその場を去る。
美琴とカイザーが近づいた時には既に二人とも命を落としていた。


ヨハネスとレイもとい李の亡骸は粒子となって昇華していく。
あとには彼らの体内に残っていたキャンディーが空高く舞い上がっていった。

「ヨハネスさん、李さん……」

美琴はマットに両手両足を突く。溢れ出る涙が止まらない。
ヨハネスは大切な仲間で李は初恋の人。そのどちらも、彼女は一瞬にして失ってしまった。泣き声を上げる彼女に対し、メープルはかん高い笑い声をあげて。

「どう? 少しは分かったかしら。愛する者を失う悲しみがどれほどのものか」
「……はい」
「遠慮することはないわ。あなたも私と一緒に悪の道に染まりましょう。この闘いを仕組んだのは私なのだから怨みの力で私を倒すという手もあるわよ」

メープルが耳元で挑発するが、美琴は強く首を振って否定した。

「いいえ。わたしは闇には染まりません。ヨハネスさんと李さんを失ったのは悲しいです。でも、だからと言って他の誰かを憎んだとして、彼らが喜ぶでしょうか。わたしはそうは思いません」
「偽善ね。本当は感情をむき出しにして私に攻撃したい癖に」
「この闘いの結末は、たぶん、ヨハネスさんが自ら望んだ形だったと思います。
だからわたしはあなたと落ち着いて話ができているのでしょう。もしもあなたが目の前で李さんと協力してヨハネスさんの命を奪っていたら、きっとわたしは冷静さを失っていたかもしれません」
「あなたのいい子ちゃんぶりには呆れてものも言えないわね。まあいいわ。今回は引き分けにしましょう。また、会いにくるわ」

メープルはリングを降り、空となったアタッシュケースを手に持ち、出口に歩みを進める。そして髪を雨で濡らしながら、こんなことを口にした。

「前に会った時にいた女の子、名前はなんといったかしら?」
「ムースさんです」
「あなたには感じらなかったけど、あの子からは強烈な匂いがしたわ。甘い恋心の匂いがね。でも、安心して。彼女がどんなに願っても、その恋は実ることがないのだから」
「……やっぱり、ムースさんは誰かに恋をしていたのですね。今は彼女は地獄監獄にいますが、いつの日かあの監獄から自由の身になった時、その想い人に想いを伝えられたらってわたしはいつも願っていますよ」
「あなたはお気楽でいいわね。それじゃあ、ごきげんよう」

手を振り、メープルは去っていく。

「私は本部に戻るが、君はどうする?」
「もう少しだけ、ここにいさせてください」
「わかった」

カイザーは空を飛び、決闘場から離れていく。
誰もいなくなったリングで一人、雨に打たれながら美琴は立ち尽くした。
そして膝から崩れ落ち、着るもののいなくなったトレンチコートと鹿撃ち帽子を握りしめ、彼女は再び大声で泣きだした。

「ごめんなさい、李さん! ヨハネスさん!
わたしにもっと力があったなら、あなた達を救えたかもしれないのに!
わたしのせいで大事な命を失ってしまうことになってしまって、本当に、本当にごめんなさい!」

大粒の雨に撃たれ仲間を守ることのできなかった謝罪を幾度も口にする美琴。
タッグ戦の結果は引き分け。けれど、美琴にとっては非常に大きな敗北だった。