複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.52 )
- 日時: 2019/09/12 09:33
- 名前: モンブラン博士 (ID: EUHPG/g9)
しばらくの間美琴が泣いていると、1人の老紳士が声をかけてきた。
「泣いて少しは気分が落ち着いたかの?」
「はい。ほんの少しだけですけれど……」
「それは良かった」
「あの、あなたはどちら様でしょうか?」
美琴は老人を見た。黒い三角帽子に黒いコート。靴も黒い。そしてその右手には黄金の骸骨の飾りがついた巨大な鎌を所持していた。
「名を名乗るほどでもないが、あえていうならば先ほどの試合の観客じゃよ。
わしは試合の全てを観戦しておった。お前さんは大切な友を失い、初めての敗北を喫した」
彼の言葉に美琴は小さく頷く。
「お前さんは知らんかもしれんがスター流の者は1度だけならば復活することができる。天国から肉体を伴って蘇り、第2の人生をスタートできる」
紳士の言葉に美琴は自分が観ている景色がパッと明るくなるように感じられた。
李さんにまた会えるかもしれない。彼女を生き返えらせることができるのならば、どんなことだってできます。彼女は胸の中に決意を秘めつつ、紳士に訊ねた。
「どうすればふたりを生き返らせることができるのでしょうか?」
「そうじゃの。スターさんに頼むのが一番じゃろう……と言いたいところじゃが、そうもいかんの」
「どうしてでしょうか」
「お前さんは知らんかもしれんが、嘗ての戦いでふたりは命を失ったことがある。そしてスターの手で蘇り、今度の戦いでまた、殉職してしまった」
「つまり……それは……」
「悲しい話じゃが、二度目の蘇生は無い。それがスター流のルールじゃからの」
「そんな!」
李が二度目の人生を歩んできたことも衝撃だったが、それ以上に美琴にとって強かったのは今後、李が二度と蘇ることがないという事実だった。老人の言葉は妙な説得力と威厳があり、嘘を突いているようには思えなかった。
残酷な現実に美琴が瞳から一筋の雫を流すと、紳士が優しい口調で言った。
「あの子達は蘇ることはないがの。あの世でお前さんの活躍を見守っておる」
「李さんとヨハネスさんが……」
「そうじゃ。それに、お前さんは完全にふたりを失ったわけではない。彼らと過ごした思い出が心の中に生きているじゃろう」
「思い出……」
目を瞑ると、これまで李と過ごした日々が脳内に流れ込んできた。
初めての日、彼女のあまりの美しさに一瞬で心を奪われたこと。温泉で性別を知り、初恋が失恋に終わったこと。危機を救ってくれたこと。
ヨハネスとはスパーリングをして、今日一緒に闘うことができたこと。
「どうじゃな?」
ゆっくりと目を開けた美琴に紳士が微笑んだ。目元は帽子に隠れているが、その口元は柔和な笑みを浮かべていた。
「幸せな日々を思い出しました。何だか身体と心があったかくなるみたいで——完全に消滅してしまったと思っていましたが、彼女は心の中に生きていました」
「そしてお前さんが生きている限り、彼女もまた生き続けることになる」
「はい!」
美琴ははっきりとした声で返事をした。先ほどのような悲しみの色はなく、表情にも生気が戻っていた。
「おじいさん、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて礼を言うと老人は首を振り。
「わしは何もしておらんよ。お前さんが自分の力で悲しみを乗り越えたのじゃ。
そしてこれはメープルを倒す鍵にもなるかもしれん」
老人はスーッと音もたてずに後退していき、空気の中に溶け込むように体が透けていく。
「待ってください。もし宜しければおじいさんのお名前を教えていただけませんか?」
「ホッホッホ……それは秘密じゃ。わしの事なら今にきっと分かる時が来るはずじゃから」
その言葉を残し、老人の声は止まった。結局、彼が何者かは分からず終いだったが、美琴は彼との会話を通して大きなことを学んだ。
空を見上げるとあれほど厚かった雨雲が消え、満天の星空が現れていた。
にっこりと微笑み、拳を固く握って気合を注入。そして彼女は空に叫んだ。
「メープルさん! わたしはあなたの悲しみに満ちた心をきっと救ってみせます!」
美琴はスター流本部に帰還すると、一心不乱に修行を始めた。
カイザーの協力も得て、彼女はスパーリングを続ける。
サンドバックに手刀や蹴りを打ちこみ、重量級の練習人形を投げ飛ばし、スープレックスの練習をする。彼女は燃えていた。次の対戦で必ずメープルを倒し、彼女の心を救ってみせると。熱意は練習量となって現れ、彼女はめきめきと技の技術を伸ばしていった。
3か月後、再びメープルから挑戦状が来た。
当然美琴はそれを受諾し、二度目の対決の運びとなった。
試合当日。美琴はスターと向かい合って食事を摂る。
美琴はいつものようにおにぎりを、スターはフレンチトーストだった。
「美琴ちゃん。メープルを倒す作戦は立てているのかね」
「作戦はわかりませんけれど、魔笛が使えなくなったことだけは確かだと思います。前回はタッグでしたが、今回はシングル戦。状況も変わってきますけれど、わたしはきっと勝ってみせます!」
「うん。その意気だね。前の敗北が君をどれだけ成長させたのか、私に見せてくれると嬉しいよ」
「はいっ」
元気よく返事をしたのと同時におにぎりを飲み込んでしまったので、むせてしまい、咳き込む羽目になってしまった。スターに背中を撫でられながら、目に涙を溜め、美琴は嘆息した。
「わたしってまだまだですね……」
「まあ気合が空回りすることもあるからね。気にしない、気にしない。さあ、お茶を飲みたまえ」
スターが差し出したお茶を飲み干し、決戦への闘志を燃やすのだった。
二回目の対決の舞台は、美琴でも想像できない場所だった。
都会のど真ん中である。道路一帯を通行止めにして、交差点の真ん中に堂々と立つリング。既に周りには大勢の観客が集まり、スマホなどで映像を撮っている。全世界に中継もされる大一番。美琴は軽く呼吸をして、華麗にリングイン。
メープルはへそ出し肩出しの黒のエナメル生地の戦闘服に身を包んでいた。
口に咥えた棒付きキャンディーも冷たい眼光の瞳も何も変わらない。
無言でリングに上がった彼女はリングシューズの足音を立てながら、美琴の目と鼻の先に歩み寄ると、くすりと口元に薄く笑った。
「逃げださなかったことだけは評価してあげるわ。気の弱いあなたの事だから、逃げ出すかと思っていたけれど、予想は外れたみたいね」
「わたしはもう、負けません」
「そう。でも、今回はお友達の助けには期待できないわね」
「大丈夫です。わたし1人で最後まで戦い抜いて見せます」
「ウフフ……空元気がどこまで持つか楽しみね」
嘲笑をして踵を返し、自軍のコーナーへと戻るメープル。
美琴は彼女の全身から禍々しい暗黒のオーラを感じ取っていた。
緊迫した空気が辺りを包む中、世紀の一戦の開幕を告げる鐘の音が高らかに打ち鳴らされた。泣いても笑っても、これが最後の好機なのだ。これを逃せば後はない。魂を奪われた不動の為にも、先の闘いで散っていった李の為にも美琴は頑張らねばならないのだ。
「……参ります」
毅然とした声で言い、美琴は決戦への第一歩を踏み出した。