複雑・ファジー小説
- Re: 攻撃反射の平和主義者です! ( No.8 )
- 日時: 2020/08/10 06:30
- 名前: モンブラン博士 (ID: daUscfqD)
こんなに大きなおにぎり食べられませんよぉ……
「——キ」
わたしよりも大きなおにぎりで、食べられるか心配でしたが、実際に食べてみますと適度にお塩が効いて美味しいですし、ごはんの食感のふわふわで熱々です。これなら完食できそうです。
でも、こんなに大きなおにぎりをご馳走になってもいいのでしょうか。
しかも周りには誰もおらずわたし一人だけですし。もしもこのおにぎりが巨人の食べ物だったとしたら、わたしは怒られてしまうでしょう。最悪、おにぎりの怨みと称されて食べられてしまうかもしれません。
ううっ……その時は誠心誠意謝るしかありませんっ!
真実が何かはわかりませんが、このおにぎりを食べ終えて人生が終わるのでしたら、それはそれで本望と言えるのかもしれません。
「——キ」
あれ?
遠くで何か声がします。
小鳥さんの鳴き声でしょうか。
聞き耳を立てていますと「ガキ、ガキ」と鳴いています。ちょっと可笑しな鳴き声ですね。わたしは小鳥さんというのはどの鳥さんも高くて可愛らしい声ばかりだと思っていたのですが、どうやらこの小鳥さんは低く唸るような声を発しています。まるでライオンさんのようなどう猛さです。
……小鳥さんの声も気にはなりますが、わたしは目の前にあるおにぎりとの勝負が残っています。完食されるか完食するかの人生を懸けた闘いの最中なのです。小鳥さんには申し訳ありませんが、あなたの鳴き声を聞くのはまた今度にしてもよろしいでしょうか——
その時、何もないはずの頭部に強烈な痛みを感じました。
「ガキ! 起きろ〜ッ!」
目を覚ましますと、目の前には不動さんの顔があり、先ほどまであった巨大おにぎりは姿形もありません。ということは、あれは夢だったのでしょうか。
机を見てみますと、涎で小さな水たまりができています。どうやら机に突っ伏して眠っていたようです。慌ててハンカチで涎を拭いて顔を上げました。
すると不動さんが睨みを利かせて拳をポキポキ。
「ガキ、お前は大物だよ」
「えっ? そうなんですか!?褒められると嬉しいです!」
「俺の指導中に堂々と寝るとはいい度胸だッ」
「〜ッ! な、何するんですかぁ〜!」
振り下ろされた彼の拳骨がわたしの頭に命中します。痛さのあまり涙が出てきますが眠ってしまったわたしの落ち度ですから、まずは謝らないといけません。
「不動さん、申し訳ありません……」
「反省しているのなら許してやる。では、気を取り直して『スター流の起源』の講義を再開するとしよう」
強盗集団を退け、人質を救出してから一か月が経ち、本格的なスター流の修行が幕を開けました。修行と言っても高校の授業のように時間割が組み込まれ、それに沿って修行を進めていきます。
朝のラジオ体操に始まり、『スター流の起源』『悪から学ぶ』『トレーニング』『スパーリング』の四つの講義からなっています。スターさんから直接教わるのではなく、彼のお弟子さんの中でも最高クラスの実力を誇ると言われる不動さん、ジャドウさん、カイザーさんの三名が先生となってわたしに指導をしています。とはいえ、そのうちのカイザーさんは一度もわたしの前に現れたことがなく、実質不動さんとジャドウさんの二名から教わっている状態です。『スター流の起源』はその名の通り、スター流の創設から現在までを学ぶものです。使用しているのはスターさんの自伝で「一億年もの間、宇宙人の大軍を相手にたった一人で闘った」「プロレスの無敗チャンピオンとして君臨し続けた後、表舞台から姿を消した」という風な冗談としか思えないような歴史を学ぶものなのですが、不動さんも師匠の活躍ばかりを読むのは苦痛なのか、時折自らの戦歴を雄弁に語ってくれます。ですが、話を聞くだけの講義ということもあり、とにかく眠いです。『悪から学ぶ』は自らを「悪」と称するジャドウさんが歴史上の悪人やあらゆる犯罪、そしてプロレスにおける反則技を指導する講義です。
基本棒読みの不動さんとは違って仰々しく古風な口調で語るジャドウさんの話は魅力的で面白いのですが、たまに「自分の弟子にならないか」と誘ってくるのが玉に瑕です。李さんの話によるとジャドウさんの語る悪の魅力に惹きつけられて彼の弟子となった末に、悪の道を進んでスター流を裏切った者が何人かいるそうです。その為、彼の話術にかからないように注意しながら聞く必要があります。
『トレーニング』はその名の通り自分の身体を鍛えることを目的としており、主に魔の六階コースをさせられます。
わたしが超人的な身体能力を有していると言いましても、針山や血の池など地獄めぐりとしか表現しようのないコースを最後までやり切るのは全力を出しても相当にしんどく、途中で倒れてばかりで一度もやり切れていません。
最後の『スパーリング』は実戦を兼ねた練習試合です。きついトレーニングの後にこれが行われるのですから、へとへとのボロボロで、毎回のように不動さんやジャドウさんにまるで楽しんでいるかのような態度でボコボコにされます。顔は腫れあがり、口からは頻繁に流血しますし、体はあざだらけになります。特にジャドウさんはわたしの悲鳴や呻き声を聞きますと余計に苛烈な攻撃を仕掛けてきますので性質が悪いです。
ですがこれほど過酷な修行の日々を逃げ出さずに続けられるのには楽しみがあるからなのです。その楽しみとは、授業が全て終わったあとに入る温泉。
ホテルのような広い温泉を一人で使えるのはとても快感です。
もっとも現在のところ修行中の門下生がわたししかいないからなのですが。
そしてこの日、事件は温泉浴場で起こったのです。
この日、授業で疲れたわたしはいつものように温泉浴場へ向かいました。
脱衣場でお洋服を脱いで、浴場へとあしを踏み入れますと先客がいたのです。
普段はわたししかいないはずなので、先客がいるというのもおかしな話なのですが、とにかくその方はいました。
赤い髪を腰まで伸ばした背の高い人です。細い腕にくびれもあって、その後ろ姿はさながらモデルのようです。
しかし、このスター流道場に赤い髪を持つ人は——李さんです。
彼の名が浮かんだわたしはハッとしました。
な、なぜ李さんが女子用の浴場にいるのでしょうか!?
ま、まさか間違えて入ったのでは……
いえ、もしかするとわたしが間違えて男子浴場に入ってしまったのかもしれません。疲れで目が霞んでしまったので間違えるのも頷けます。
何にせよ、この一糸まとわぬ恥ずかしい姿を見られてしまったら、わたしは恥ずかしさのあまり、その場で息絶えてしまう自信があります。
こ、この場は三十六計逃げるが勝ちです!
慌てて長タオルを身体に巻き付け脱衣場に猛ダッシュしようとした、その時。
「美琴さん?」
どうしましょう。気づかれてしましました。
「何でしょうか」
一応返事をしますと、李さんは背後からわたしの肩に手を置いて。
「こっちを見てよ」
「でも……」
「いいから!」
李さんが強引にわたしの身体を反転させます。李さんは仮にも男の子なので、その一糸まとわぬ姿を見る訳にはいきません。なので瞼を閉じていたのですが、やがてそれも耐えられなくなり、遂に目を開けてしまいました。すると、わたしの目に飛び込んできたのはふっくらと膨らんだ二つのお胸でした。男の子はこれほどふっくらとしたお胸を持っているものなのでしょうか。
念の為に彼の下半身を確認してみたわたしは、衝撃の事実に気づいてしまったのです!
「李さんって女の子だったんですか!?」
「黙っていてごめんね」
頭を掻きながら謝る李さん。
正直このスター流道場に女の子はわたしだけかと思っていましたが、同性が他にもいて嬉しい限りです。これで彼女が女湯にいた理由もわかりました。
でも、その結果としてわたしの初恋は失恋に終わってしまいそうです……
同性ということもあり、わたしは彼女と並んで温かな温泉に浸かります。身体の芯まで温まるお湯に浸かり、湯気に当たっていますと地獄のような特訓の疲れが吹き飛んでいきます。
気持ち良くなっていますと、李さんが口を開きました。
「私が入門する前はスター流は女子は入門できなかったんだ」
「そうなんですか?」
「当時、スターさんは無類の美少年好きで美少年でないと入門できないという掟があったんだよ。でも、私はどうしてもスター流に入りたかった。幸いな事に背の高さや顔立ちからスターさんに女性的な美少年に間違えられて、私を気に入ってくれたこともあって入門することができたんだ。一人称も『私』から『僕』に変えたりして、なるべく女であることをバレないようにしていたんだけど、ジャドウさんにバレてしまってね。彼の手で破門されそうになったんだ」
「そ、それでどうなったんですか!?」
わたしが続きを催促しますと彼女は頷き、少し間を置いて話を再開しました。
「その時、私の指導をしてくれていたのがカイザーさんで、彼が私を庇ってくれたことによって私は破門を免れ、スターさんも女子も入門しても良いと許可を出してくれたんだ。あの時は本当に嬉しかった」
よく見ると李さんの身体には腕やお腹など沢山の痛々しい傷跡がありました。今までは中華風の拳法服に覆われて彼女の素肌を見たことがなかったものですから、こうして間近で見ますと、これまで彼女がいかに過酷な修行に耐えてきたかがよくわかります。
温泉に浸かりながら彼女の話を聞いてみますとこれまで気がかりだった様々な謎が解けました。
まず、スター流は世界中の警察機関や軍隊と協力関係を結んでおり、彼らが手に負えないような凶悪な犯罪者や侵略者、獰猛な野生動物などから彼らに代わって闘い人々を守るのが主な仕事だそうです。状況や相手によっては殺害することも世界的に許可されており、例え何千人も命を奪おうとも罪に問われることは無いのだとか。
考えてみればあまりにも恐ろしい権力超越団体ではあり、仮にスター流が世界征服などを目論んだ場合、この世は恐ろしいことになりそうです。
彼女の師匠格を務めていたカイザーさんはスターさんの弟子の中でも最強の実力者で、スター流の門下生を集めて結成したヒーロー団体「太陽天使隊」の隊長をしているとのことです。ですが、普段は故郷のフランスでレストランを営んで商売繁盛しているせいか、中々スター流に顔を見せることはないとのことでした。
「あの、李さんはわたしを追いかけてきた忍者さん達についてご存知ありませんか」
わたしは入門するまでのいきさつを彼女に話しますと、彼女は急に歯をギリッと噛みしめ、震える手で握り拳を作りました。
「奴らは美琴さんにまで手を出してきたというのか!」
怒りのこもった拳で彼女が温泉のお湯を叩きますと、水が噴水のように跳ね上がりました。
「李さんは彼らのことをご存じなのですか」
「勿論知っているよ。いや、忘れる訳はないと言った方が適切かな。彼らは、私の家族を私を除いて皆殺しにした憎き敵なのだからね」
「家族を皆殺しに……!?」
「奴ら——暗黒星団は目的の為なら手段を選ばないのさ」
「暗黒星団?」
「スター流と対を成す、世界征服を企む武闘派集団だよ。その目的達成の足掛かりとなる強力な能力者を得る為なら、何だってする外道の集まりなんだ」
わたしを襲った者の正体が暗黒星団という組織であることはわかりましたが、能力者というのがどうもわかりません。
彼女に訊ねようとしますと、突然、恩戦場の天井付近に設置されているスピーカーから声が発せられました。
「……美琴ちゃんと李ちゃんの入浴姿は最高だねえ」
声はスターさんのものです。彼はわたし達が入浴しているのを知っているのでしょうか。しかも口振りから察するにわたし達のお風呂を除いている可能性も……?
疑念を抱きスピーカーを睨みますと、続きが聞こえてきました。
「しまった。つい本音が漏れてしまった……わたしが言いたいのはそうではなくて。
スターコンツェルンビルにいるスター流の門下生諸君!
とても大事なお話があるから、至急、会長室に集まりたまえ!」
本心がただ漏れなのが気にはなりますが、大事な話と言うのは何でしょうか。
彼の指示を聞いたわたし達は急いで温泉を出て服を着替えて、会長室に向かいます。中に入りますと、スターさんの机の前には不動さんとジャドウさんの姿がありました。軽く会釈をして李さんの隣に並びます。すると窓の外から外の景色を眺めていたスターさんが振り返り、とんでもない事を口にしたのです。
「暗黒星団の配下である忍者部隊が千人ほどこの街に攻め込んでくるから、君達四人で迎え撃ってくれないかな」