複雑・ファジー小説
- Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.12 )
- 日時: 2018/05/05 22:39
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
「久しぶりねえ。時雨も泥くんも」
そう言って倖は、すっかり疲れで机に突っ伏している2人の目の前に、ほうじ茶を差し出す。泥は震え声ながらもありがとうございます、と礼を言い、時雨もやはり礼を言ってほうじ茶を一気に飲み干した。かなり喉がカラカラだったのだろう。
「今日はどうしたの?」
「姉上から帰省を命じられたのです」
「まあ、超子ちゃんが」
「僕も桐乃さんから一緒にいけって言われまして」
「泥くんも?超子ちゃんすごいわねえ」
「ほぼ強引でしたけど」
倖が超子に感心している傍ら、時雨はぼそっと本音を漏らす。幸いにもその声は倖には届いていなかったようで、そのまま次の話題へと移る。
「状況はどんな感じ?」
「はい。先日、グローリアとマグノリアのあいだで、フォルテ使用の戦闘がありました。向こうは一時的にあるポイントと繋がれる、ゲートのようなものを作り出して、そこから直接構成員を引きずり出していました。まあその場はナナシさんや善佳さんたちの助力もあってどうにかなりましたが……」
「まあナナシちゃん達が?すごいのねえ」
「他にも転送エラーでヰ吊戯がグローリア茨城支部に行った事くらいですか」
「大丈夫だったの?」
「持ち前の勢いでどうにかしたそうですよ」
「あらあ……凄いわぁ」
逞しいのね、と倖は笑う。その感想はどうなんですか、と時雨が言ってみるも、褒め言葉よ?と返される。ため息をついて、時雨はほうじ茶を飲み干した。
「とっても頑張ったのねえ。今日は豪勢にしましょ。そういえば何日間いるの?」
「3泊4日ですね」
「なら4日間ね!何が食べたいかしら?」
「えっじゃ、じゃあ回鍋肉を……」
「抜けがけはなしだぞ泥!母上、僕はだし巻き玉子がいいです」
「ふふ、はぁい。腕によりをかけて作ってあげますね」
途端に騒ぎ出した2人に、倖は優しげに笑みを浮かべて調理場へと向かっていった。
◇
「何も考えてない……って?」
「その言葉の通りです!だからこれから助言をもらいに行こうと思って」
ところ変わって同時刻、マグノリア会議室。超子が防御壁に対する作戦に対し、何も考えていないと爆弾発言を放った直後。転げ落ちた3人の中の1人である歌子がそう聞くと、超子は自信満々に胸をそらしながら答える。どこからその根拠の無い自信が出てくるのか、小一時間ほど問い詰めてみたいものだが、今はそんなことをしている暇はない。歌子は超子にまた問いかける。
「助言って?」
「リーダーに聞いてもどーせ無反応だしさー。それならリーダーと繋がりがあって、それなりに話してくれそうな人に聞いてみようと思うの」
「それ、あの人?」
「そうそうあの人!」
ニッコリと屈託のない笑顔を浮かべ、超子はふふんと鼻を鳴らす。歌子とエレクシアは察しがついたようだが、肝心の松永はそれが誰なのか全くわかっていないようで、早く行こうZEとノリノリで言ってくる。だが相手が誰なのか分かっている2人は、心做しか『やめておいた方が』と言うような、嫌そうな顔を浮かべて超子を見る。しかし超子は行くって言ったら行くの、と聞かず、さっさと会議室を意気揚々として去っていった。
「個人的にものすごく行きたくないんだけど……」
「私もよ。正直行く気がないわ。部屋に戻っていいかしら」
「んーん、でも超子ちゃんの事だから会議室に戻ってくるんじゃないかな」
「待つしかないわね」
「どうしたんだYO早く行こうZE!超子追いかけねえとNA☆」
「……うん、止めはしないよ。止めは」
「後悔しないようにする事ね」
「?」
2人のため息が完全に理解できていない松永は、超子を追いかけて急いで会議室をあとにした。
「……あーあ、行っちゃった」
「何も知らないわ。何も」
「うん……」
その後ろ姿を、2人は哀れなものを見るかのような目で、見送ったのだった。
◇
ついた先は『マグノリア医務室』。超子は後に松永がいることだけを確認すると、ニッコリと笑って医務室の扉をノックする。その瞬間である。扉の先から声が聞こえてきたのだ。超子はすかさず扉に耳を当てる。
『ほな弥里チャン、今度はこのヤク打ち込んでみたろか』
『さいこ〜〜〜☆早く宜しく☆』
『今日もええ感じにぶっ飛んどるなぁ。ほな、遠慮なく……』
その時超子の行動は早かった。一瞬で扉を開き、中にいたと思われる2人組の男の方を、フォルテを使って中に浮かせ、だだっ広い医務室の遠くの方へとぶん投げる。
───フォルテ、『PSI(サイ)』。いわゆる超能力の総称で、彼女が扱えるのはサイコキネシス、パイロキネシス、テレポーテーション、レビテーション、クレヤボヤンスなど、種類は様々だ。体に浮かぶ紋様が、外へ露出していれば露出しているほど、フォルテの威力も高まり、また直前まで食べた食事のカロリーが高ければ高いほど、また威力が高まる。ただ、フォルテを使用したあとの消耗は激しく、かなりの空腹状態に陥る。そのため、常に高添加物、高カロリーの特別製の飴を食していなければならないという制限がついてくる。それでも強いものは強く、現在マグノリアの戦闘部隊では、トップに食い込むほどである。
そんなフォルテをそう易々と使っていいのかと言われると、間違っているのだろうが今は非常事態。速やかに処理せねばならなかった。
「弥里っち大丈夫!?」
「え?ヤクは?」
「いやそうじゃなくてなんか仕込まれなかった?」
「なぁんにも?」
「素かぁ」
弥里と呼んだその少女の受け答えに、超子はがっくりと肩を落とす。その様子を後から見ていた松永は、またテンションが上がって踊りながら中へと入る。
「FUUUU!流石だZE超子ォ!オレッチにできないことをォ平然とやってのけるゥ!」
「えっ、何このテンション高いアフロ?」
「最近入ってきた松永」
久舵、と言いかけたところで、弥里は既に松永に飛びついていた。目はやたらとキラキラしており、超子などもう眼中にすらなかった。
「ねー君所属どこぉ?何歳?フォルテ何ぃ?」
「FUUUUU!オレッチは松永でぃす!よろしくなのでぃす!今は戦闘部門だNA!オレッチの華々しい活躍みてくれYO!」
「きゃーっ!何この子チョーたのしー!」
「ええ……」
彼女の名は『三森 弥里』。マグノリアに存在する医療部に所属している研究者のひとりだ。普段はぶかぶかの白衣を着て、影で気味の悪い笑顔を浮かべたり、気味の悪い笑い声をあげたりしているが、それは仮初の姿。正体はマグノリア限定で、アイドル活動をしている『シェリー』だ。彼女の歌や踊りはマグノリアにくまなく伝わり、実際彼女のファンは相当な数がいる。だがそれを周りが知ることはないし、彼女から明かすことももうないであろう。
彼女は日々ここで新薬の作成に力を入れており、最近では『体が子どもの姿になる薬』も開発したとのこと。ただ使う用途がなくてお蔵入りになったらしいが。
「ちょっとまじやばいんだけど。写真一緒に撮ってよ松永くん」
「お安いごYOだZE!オレッチのHeartはseaのように広大だからな……」
その流れで弥里と松永の自撮り祭りが始まってしまった。まさかこうなるとは思いもしなかったようで、超子は2人を見てため息をつく。そして先程から、全く動かない男の元へと近づく。あの程度で気絶するはずがない。なぜならこいつは
「ヤク中やからな!」
「うお人の心読まないでよ!」
「あ、すんまへーん。当てずっぽうやったんやけども、正解しとったんやなあ」
がばっと飛び起きたその男に、超子は軽く後ずさりする。男はなんや酷いわあと言いつつも、形が崩れたメガネを直しながらかけなおす。
この男の名は『月見里 那生』。マグノリア医療部の長にして、マグノリアリーダーの葛狭 狂示の幼馴染である。過去経歴一切不明、偽名である確率は99%、フォルテも詳細不明と、何から何までが『よく分からない』人物である。ただ、手に負えないレベルのヤク中であることが明らかになっており、ついでに本人はよく遊んでる体を振りまいているが、実は全くの童貞であることも付け足しておく。そんな人間でも、医療部の長であるように腕は確かで、傷口も数分で塞いでしまう程である。ただ薬を首の方へ打ちたがるので、ほとんどのマグノリアのメンバーはこの医務室へ来ようとしない。何をされるか溜まったものではないからだ。
「そんで聞きたいことがあんだけど」
「そんなん知っとるわ。ポイントAにある施設の防御壁やろ」
「やっぱ知ってたんだ」
「そりゃ、ワイは狂示と幼馴染やで?」
知らんことはあらへんがなー、と那生は笑顔で言う。んまあ結論から言わしてもらうわ。那生はまず前置きをして語り始める。
「あの防御壁は壊せるで」
「どうやったら?」
「メカニック部門が開発したっちゅう『特殊防御壁破壊爆弾』や。それさえあれば余裕で壊せるで」
「確かなの?」
「試したことあるんやで。アレやないけどな。威力は絶大や」
あん時の爆発は死ぬかと思ったわあ、と背伸びをしながら言う。超子はその言葉を聞くと、ありがとね月見里先生、と呟いて小走りで医務室をあとにしようとした。が。
「ちょお待ちいな超子はん」
「えっ」
がっしりと那生に腕を掴まれる。そちらを見れば那生は悪い笑顔を浮かべて、超子をじっと見ていた。それはまるで『餌を見つけた』と言わんばかりの眼光。超子は身の危険をいち早く察した。だが、振りほどこうにも那生の力が強すぎる。
「あんさん……せっかくワイが情報あげたんやから、あんさんのフォルテの情報もくれへんか?ワイばかりあげても……な?」
「普通にお断りだわ何されるかたまったもんじゃないし。それにメカニック部門にもいかないと」
「まーまーすぐに終わるっちゅーねん。はい力抜いてー」
「させるかぁ!」
向けられた注射器がちらりと見えた瞬間、超子はフォルテを使って一瞬で那生の背後に回ったかと思うと、一気に足を振り上げて、彼の項の部分に向けて力を込めて降ろした。
「へぶぉ」
間抜けな声とともに地に落ちる那生。それ以降反応がなくなったのを確認して、超子は改めてため息をついた。そういえばすっかり忘れてた。この人は大抵ヤクを、誰彼構わず打ち込もうとするアホだったと。それでもヤクのひとつくらいはパクろうかな、と悪い思考が働いて、那生がコートに仕掛けておいた試験管1本を懐に忍び込ませた。
「さあてと。メカニック部門ね?」
超子は舌なめずりをして医務室をあとにした。
それでも松永と弥里の自撮り祭りは、まだまだ続きそうであった。