複雑・ファジー小説
- Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.17 )
- 日時: 2018/08/26 18:12
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
倖の手料理を思う存分堪能した時雨と泥。その後の片付けを手伝い、今は縁側でゆっくり、柔らかな日差しを浴びながら緑茶を飲んでいる。傍らには羊羹があり、それを少しずつつまみながら、ぼんやりのんびりと過ごしている。程よく広がる羊羹の甘み。
「いい天気だねえ」
「そうだな」
特に続くことなく、そこで途切れる会話。だがそれでいい。マグノリアにいるときでは味わえない、静寂の一時。頬を撫でる優しき風は、心地よい音を立てて過ぎ去っていく。これでいい。こんなひとときが、何よりの癒やし、何よりの羽休め。たまには普段の使命を忘れ、平和な空間にいるのも良いものだ。
「平和だねえ」
「そうだな」
2人は切り離された場所で、ゆっくりと心も体も癒やされていた。だからこそ、こんな言葉がつい口に出たのかもしれない。
◇
まずは超子が動く。補助の役割をしているのであろう杖を掲げ、精神を集中させる。杖の先には巨大な火球が出来上がり、それが限界までなると一気に爆発する。爆発した火球は小さい弾丸となり、グローリアのフォルテッシモに直撃していく。みるみるうちに食らったフォルテッシモは、火だるまとなり落ちていく。それでも減らせたのは、ほんの一部に過ぎない。
それに続くように、御代のフォルテッシモ、【プテラノドン】が動く。手にしていた数多の特別性ナイフを、関節部位に向けて投擲する。ガシンガシンと見事に命中したナイフは、相手の動きを封じる仕事をしてくれたようで、狙われたフォルテッシモたちは動きが止まる。そこをエレクシアのフォルテッシモ、【アルテミス】がミサイルで撃墜する。着実に数を減らしていっている。その間歌子は超子のフォルテッシモ【マザー】の背後に隠れ、フォルテを使い疲弊していた体を休めていた。
────フォルテ『歌姫』。歌自体に力があり、その歌を歌うことにより、周囲に影響をもたらすフォルテ。本人の歌唱力が高ければ高いほど、その力は強大なものとなる。ただし歌の力が強まれば、次第に自らに降りかかる負荷も大きくなる。先程の歌はかなり強い力を持つ歌であるがために、体にかかる負荷は尋常なものではなかった。しばらくのクールタイムがなければ、その場から動くこともできないものである。
だからこそ超子はさっさとこの場を切り抜けたかった。歌子のためにも、そして施設の中にいる手遅れの子どもたちのためにも。だが、数を減らしても減らしても、次々と増援はやってくる。かなり広い範囲で攻撃しているが、キリがない。しかもよくよく見れば、倒したはずのフォルテッシモは再生され、また浮上してくる。
「ねえこれやばくない?倒しても生き返って増えてって、やばくない?」
『待って、向こうの様子がおかしいわ』
「エレちゃん、それどこ?」
『あ、もしかしてあれうぇい?』
エレクシアが何か感じ取り、それを御代が見つけ、示す。そこにはグローリアのフォルテッシモが2機。だが様子が確かにおかしい。片方のフォルテッシモは不自然な動きをしている。ふらふらと近くにいた別のフォルテッシモに近づいていく。何が起きるんだ?超子たちは気づかれないようゆっくり近づき、今か今かとそれを見る。途中攻撃を仕掛けられたが、一通り殴っておく。
するとどうだろうか、不自然な動きをしていたフォルテッシモが、別のフォルテッシモに向かって、備え付けられていたのだろう『口』を大きく開け、食らいついた。バキ、メキ、といやな音が聞こえてくる。その口は非常に気味が悪く、まるでスプラッタホラー映画を見ているかのような光景が広がっていた。よく見れば食われているフォルテッシモからは、赤い液体が流れ出ていた。まるで血のようだ。
ブチ、と繊維が切れる音がする。どうやら捕食しているフォルテッシモが、自らの餌を食べやすいように分割しているようだ。先程のは腕を千切ったのだろう。よく見れば千切れた腕から、肉片が飛び散っている。それも残すまいと、捕食する者はひたすらに食らう。
いくらフォルテッシモといえど、あまりにもショッキングすぎるその光景に、超子は恐怖する。そしてエレクシアたちに見せるまいと、必死に3人、いや実質4人に下がれと言う。これは見ちゃいけない、見ちゃいけないものだ。ましてやエレクシア、エレーヌには酷(こく)すぎる。絶対に見せるな───そんな声が、超子の頭の中に響く。ええ、見せるもんですか。
だが、そううまくは行かない。捕食者に自分たちが気づかれた。捕食者はこちらを見据えて、不自然に『にやり』と笑う。それがとてもとても不快なもので、超子は背筋を凍らせる。あんなもの、フォルテッシモじゃない。ただの『化物』だ。超子は捕食者に向き直り、4人に近づけさせまいとして、己の武器を構える。杖の先端が開き、火球が現れる。しかし超子は気づけなかった。守るべき4人の背後に、別の『捕食者』が来たことに。それにいち早く気づいたのは、他ならぬ絶対に見ちゃいけない、エレクシアとエレーヌだった。
「────え」
気づいたはいいものの方向転換が間に合わず、捕食者はアルテミスをしっかりと捕まえ、口を大きく開けて食らいつこうとする。だが、それは次に気づいた御代によって阻まれた。アルテミスから捕食者の手が剥がされる。
『エレエレちゃん!』
「大丈夫───何もないわ」
エレクシアはすぐに返事をする。何だあの化物は。フォルテッシモの形をしているが、あれはフォルテッシモじゃない。もっと別の何かだ。もしかして超子は、これを見させないために、下がれと言っていたのだろうか。その結論に至ればそれとなく解せた。確かにスプラッターは趣味じゃない。その気遣いは正直ありがたい。だけど、目の前に現れた捕食者は、まだこちらを見据えている。そういえばあの機体、片方の腕が千切れているようだけど?
「それでも変わらないわね、潰してしまいましょう、エレーヌ。そうねエレクシア。潰してしまわなければ」
一瞬だけエレーヌが表に出てきて口を開いたかと思えば、すぐにエレクシアへと戻る。エレクシアはアルテミスに武器を構えさせ、そのまま捕食者へと突撃していった。
「あ、私も行かなきゃ…!」
それに続くように、御代もまたプテラノドンを捕食者へと突っ込ませるのだった。
マザーは捕食者へむけて火球をそのまま放つ。だが捕食者は少し焦げた程度で、他はなんの傷もない。怯んだ様子すら見せていない。それどころかどうだろう、マザーへ向けて突撃をかましてくる。
「サイコキネシスッ!」
超子はサイコキネシスを駆使し、度々捕食者の動きを止める。そしてそのまま遠方へ放る。だがそれをものともしない。構わずマザーへやってくる。超子は心底うんざりしていた。
「っとに、しつっこい!」
捕食者はマザーを喰らおうとやってくる。何度も何度も。数を重ねるごとに、超子の体はフォルテの過剰使用で疲弊していく。冷や汗も流れ出てきた。目も少し霞んできた。腕は震え、足も冷たく、口の端からは血が流れ出る。口を全開にすれば、どばっと血が出てくるのだろう。そうはさせまいと、必死に口を閉じる。けどそのままだと気持ち悪くなるだけなので、半開きにして血液の流出を調整する。なんでこんなことができるかなんて、知らない。腹も食物を求めているようで、虫が鳴く。
そうこうしているあいだに、捕食者以外にも増援がやってくる。グローリアの量産型フォルテッシモが。後ろには歌子がいる。彼女のためにも、ここを動かずに攻撃をしなければ。わらわらと無限に湧いて出てくるそいつらは、超子たちの周りを囲む。こちらを見て、せせら笑っているようだ。心底気味が悪い。
「こんなところで…お姉ちゃんは死なないし…歌子ちゃんも死なせない…絶対に時雨を笑顔で迎えに行くんだから…ケフッ」
喋るたびに漏れでる血液は、口の中に嫌にこびりつき、気持ち悪い。よく見れば胸元は真っ赤っかだ。頭もなんだか冷えてきた。何も考えられなくなってきた。急激に体温も下がっていく。
「歌子ちゃん…は、寝てるのかな…疲れちゃったもんね…エレちゃんと御代ちゃんも……戦ってるんだ…」
周囲を見れるモニターを見れば、アルテミスとプテラノドンが、別の捕食者と必死に戦っている様子が見える。だが及ばず、武器が手元から剥がされる。なすすべもなく、2機は捕食者に捕まってしまう。かなり力が強いようだ。
「(…ごめん、みんな……あたし……お姉ちゃんなのにね……お姉ちゃんなのに……ごめんね……)」
これから来るであろう『死』にそなえ、超子は瞳を閉じた。気配でわかる、捕食者の影。ああ、口を開いてる。食べられちゃうんだ。
そこで超子の意識は途切───
『───死ぬにはまだ早い、桐乃超子』
れなかった。突如として捕食者の影が離れた気がした。ぼんやりする瞼を必死になってこじ開けてみれば、そこには
『お前たちは先に戻れ。ここは我々が引き受ける』
『そゆことや。脱出ワープ使ってはよ医療部で体治しぃや!』
一筋の、『紫電』がそこにいた。
『いいか、早く戻れ。指揮官命令だ』
『医療部部長命令でもあるで〜、見たところ超子はんは、ICU行きかもしれんな〜。バイタルサインもおっそろしいほど下がっとるし』
そう語りかけてくる2つの『おとな』は、いたずらをした子供を優しく諭すように、帰還命令を出してくる。エレクシアや御代を捕まえていた捕食者も、また別の『薬』が助けていたようで、自由に動き回れていた。ああ、助かったんだ。
超子は石のように固まった体にむち打って、緊急の脱出ワープを展開、ディーヴァの腕を掴んで帰還した。残りの2機も次々と帰還した。
「……おい、那生」
『へーへー、わかっとるがな。全力で潰す、それだけや』
『遅れちまったNA!FUUUUU!』
彗星のごとくやってきたフォルテッシモ【アビス】、そして【テオドール】に搭乗する───紅蓮流星と月見里那生は構える。そしてやるかと言うときに、別のフォルテッシモがやってきた。あの独特な『フョロイ』フォルムのフォルテッシモ、間違いない。
「松永。風邪はいいのか」
『すっかりだZE!オレッチ超☆健康体!』
『ハハッ大方弥里チャンのヤクやなぁ?ま。ええか。合法っぽかったし』
一度は帰還したフォルテッシモ【愛宕丸】。そいつが戦場へ帰ってきたのだ。流星は誰にも、本人にもわからないような微笑を浮かべる。人は多いほうがいい。それでいい。流星はアビスに、二振りの刀を構えさせる。青く光るその刀には、稲妻が走る。テオドールも巨大なメスをグローリアに向け、愛宕丸は奇妙なポーズを取る。ファイティングポーズなのだろうか。いや、松永自身、カポエイラを習得していたというから、これはきっとカポエイラの構えなのだろう。
流星は2機の様子を見て、口を開く。
「いいかお前たち。まずはこの雑魚どもを処理するぞ」
『りょーかいや!』
『オッッケェェーーーイ!!』
それを聞き取るや否や、アビスはもう動いていた。まずは周りの雑魚どもの一掃。刀をひとつ振りかざせば、大半の雑魚は消滅し、またひとつもう片方の刀を振るえば、一瞬にして大群が消え失せる。刀には返り血一つもない。背後にいたテオドールは巨大なメスを大雑把に振り回し、傷がついたそこから隠し持っていたヤクを流し込む。するとどうだろう、みるみるうちにフォルテッシモが溶けていく。ジュウジュウと、嫌な音を立てて溶けていく。
『やっぱクロコダイル使ったヤクはええなあ。あっさり死におる』
「……那生」
『ご安心を、フォルテッシモにしか使えんように配合しとるから心配せんでええで』
「……今日は認めてやる」
『FUUUUUU!!オレッチも続くんだZE!!』
そして飛び出していったのは愛宕丸。流線系のレッグが見事にブチ当たり、当たったフォルテッシモが遠くへ遠くへと飛んでいく。あれは確実に中身の人間は死んでいるだろう。内蔵もグッチャグチャになって。それだけではとどまらず、次へ次へと愛宕丸は足技を喰らわせる。まるで踊っているかのようだ。カポエイラ自体、踊るように見えるから、それはそれで間違っていないのだろうが。
『テメッチでFinnishだZE!』
そうして残った捕食者の中の1つに、愛宕丸は見事に必殺の一撃を頭部に食らわせ、突き落とした。捕食者の頭部はきれいに吹っ飛び、ぷらんと愛宕丸の足にくっついていた。流石に頭部と胴体を切り離されたら、いくら復活して来たものも、できないだろう。
「(おそらくあの2つの機体、いや、片方は腕がちぎれていたから、1つか。ゾンビを打たれた搭乗者か。先程のはそのゾンビに食われたんだな)」
ここに来る前、ゾンビに侵された機体があるらしいと連絡が入っていた。恐らく超子たちが見たのは、戦っていたのはそのゾンビに侵された搭乗者。その後ゾンビは捕食者となり、また新たな捕食者を生み出していたのだろう。いや実際そうなんだろうが。流星は目の前の捕食者と睨み合う。そして刀を構える。
「哀れだな。洗脳され、ゾンビに成り果ててまで、まだ動くというのか。私が、今ここで私が、お前を死なせてやろう。────一瞬で」
次の瞬間、捕食者の頭と胴体は、一筋の紫電によって切り離された。
◇
「っは!」
超子の目がさめたその場所は医療部の天井。腕には点滴、頭には包帯、服は病院服をまとっていた。隣を見れば三森弥里がこちらをじっと見つめている。弥里と目があったとき、彼女はニンマリと笑って記録をつけ始めた。
「はい起きた〜。ここわかる?」
「え?マグノリアの医療部の…」
「せーいかい。うんうんフォルテのおかげもあるけど、ばっちりだねぇ〜ちなみに超子ちゃんが一番重症でしたぁ」
「あー……そっか、戻ってきたんだっけ」
あのあと、脱出ワープを使って帰還したあとの記憶がない。多分かなりボロボロだったんだなあ、としみじみ思う。他の子はと聞くと、みんなまだ寝てるよ〜と呑気に答えてくれた。超子は胸をなでおろす。
あの場で、あのタイミングで。指揮官たちが来てくれなかったら、多分、いや明らかに死んでいた。でも助かった。こうして命がある。生きている。超子は心底ほっとした。ああ、生きている。あたしは生きている。
「まーでも?フォルテかなり使ってたみたいだし?まだ寝てた方ががいいよ。ほれほれ」
「う、うん。おやす……」
み、まで言い切れず、超子はすぐにまた眠り始めた。本当に疲れていたんだろう。すごい戦闘だったらしいし、まーしかたないか。弥里はそう思う。
超子が起きる数時間前、任務に出ていた指揮官たちが戻ってきた。そのときに戦闘の様子を聞いた。雑魚どもを一掃したあと、施設を爆破しそのもの自体をなかったことにした、と。どういう意味かはわからなかったが、松永が元気そうだったのでいいか、弥里はそう思うことにした。
その前に運ばれてきた超子たちはひどい状況で、すぐにでも治療が必要だったし、ほかの3人はとりあえず鎮痛剤と他メンバーのフォルテで治療した。そんで眠らせた。それでよかった。超子の治療には、少し手間取ったけど、目を覚ましたんだから良しとする。それでいいんだ。
「うん、うん。みんな治った、それでいいんです弥里ちゃん」
弥里は満足げに頷いた。
「さてと!お仕事したし、タバコ吸ってこよ〜」
白衣を脱ぎ捨て、弥里はパタパタと部屋を飛び出していった。だが、ピタリとその足が止まる。
「そういえば松っちゃんにあげた『おくすり』……どうしたんだろ?」
まあいっか。気にしても仕方ないや。弥里はそう結論づけて、止めていた歩みを再開させた。
第2話【Oshama Scramble!】
終