複雑・ファジー小説

Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.23 )
日時: 2018/11/28 20:40
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 水木が数人を倒したことにより、チームケイオスは一気に連中との距離を詰める。詰めている最中にやってくる攻撃の数々は見事に、百合の鞭さばきで弾き返した。フォルテを使ったことにより、疲弊した水木は弥里の背によって守られる。水木を狙い、やってくる連中の攻撃も、弥里が防ぎ切る。少々危なっかしいところはあったものの、おかげで水木は無傷だ。弥里が渡したミネラルウォーターを少しずつのみ、消耗した体を癒やす。
 彼のフォルテは水を使う。フォルテを長い時間使ったり、また短時間でかなりの力を使うと、体中から水分が抜け落ちて行く。単にフォルテを使ったことによる体力的、精神的疲労もくるが、彼の場合はそれもあるため、休むときにはミネラルウォーターが欠かせない。多少なりとも、疲労回復はしてくれる。何かと楽な身体だな。水木は思う。
 距離を詰めたらやることは一つ。グローリアの連中を徹底的に叩き潰すだけ。否、距離を詰めなくともそうだと決まっている。残りの連中の1人に、まずヒナタが手をナイフに変えて切りかかる。動きを読まれていたのか、すぐにかわされてしまうが、それでもナイフの切っ先には血がついていた。かすり傷程度は負わせられたようである。
 ───フォルテ『銃刃変化』(じゅうじんへんげ)。体の一部を銃やナイフといった武器に変えることができるというもの。ただしそれには制限があり、『一度自らの目で見たことがあるもの、及び触れたことがあるもの』にしか、変化させることはできない。もしそうでなければ、あやふやな変化となってしまい、とてもじゃないが武器とは呼べるものではなくなってしまう。
 だからだろうか。ヒナタは服のそこかしこに武器を隠し持っている。種類は問わない。ただ『変化できる武器』であれば、かたっぱしから用意しているようだ。

「後ろに引いたって無駄だかんねっ!」

 すぐにヒナタはナイフから銃へと手を変化させ、一発鉛玉を撃つ。急所には当たらなかったが、ちょうど右肩のあたりに食らわすことはできたので良しとする。体に当てるより肩に当てる方が難しいと聞いた。あくまで聞いただけだが。だが相手もやられっぱなしではない。すぐにその傷はある1人の手によって塞がれてしまう。気がつけば水木が倒した───正確には『殺した』だが───奴らが、その1人の手によって回復していき、完全復活してしまう。どうやらかなり強い回復の力を持つフォルトゥナらしい。先程から傷を追わせた者に対し、ずっと回復をし続けている。その傷は完全に塞がれ、むしろ傷を負う前より良くなっていると言っていいほど。ならばそいつから倒すだけ。いち早く動いたのはれお子だった。
 れお子は仁王立ちになると、一気にポーズを決める。そして高らかに叫んだ。


「『英雄顕現(ヒーロー・ネクスト)』!!」


 その瞬間眩い爆発とともに、れお子の周りを虹色の光が包み込む。まるで特撮や子供向けの変身ヒーローのアニメを見ているかのような気分になる。
 れお子の服は地味なものから、ところどころに可愛らしい装飾のついた少し派手目なものへと変わっていく。髪の毛もいつものロングストレートから、サイドテールへと様変わりし、メイクもされていく。そして最後に手を叩けば、その手に手袋がはめられ、虹色の光が晴れる。
 そこに現れたれお子はもはや、いうなれば───そう、女児が一度は夢見たであろう『プリティでキュアキュア』な戦士。

「この私が成敗するッ!ハァッ!」

 その言葉とともに、れお子の強烈な蹴りが、回復薬のグローリアの人間の顔面にキレイに入る。蹴りを入れられたその者は、もろに食らったためか遠くへと吹き飛んだ。れお子は攻撃の手を緩めず、今度は強烈な拳を、近くにいた別のグローリアの人間のちょうど腹のあたりに叩き込む。叩き込まれたことによって相手の体制が崩れたので、そのまま後ろに回り、かかとを項のあたりに落とす。そのままその者は地に伏せ、動かなくなった。
 ───フォルテ『英雄顕現(ヒーロー・ネクスト)』。自身の思い描いた英雄像に変身するというもの。思い描いた英雄像が強く、そして固いものであればあるほど、その英雄に転身したときの力は計り知れないほど強くなる。逆に、英雄像が定まらず、転身するたびに姿が変わると、人より頭抜けて強い程度にしかならない。強い英雄像を描くには、確固たる心の思い、そして心の強さが必要になっていく。
 だがいまのれお子は、自身の思い描く英雄像は定まっておらず、自分自身にとっての『ヒーロー』が、まだはっきりと掴めていない状況にある。だからなのか。今彼女は『女児にとってのヒーロー』に変身しているが、本当に追い求めているのは『仮面のヒーロー』であり、変身しているものからは程遠い。だけどこのヒーローも好きだ、なりたい。そのあやふやさが、時として刃となる。
 それがいつ来るのかはわからない。けど今は、こうしてやってきたグローリアの連中を叩き潰すだけ。それ以外に戦う理由はない。たとえどんなヒーローになったとしても、その力をふるうのみ。
 その隣ではアスカが蘇ったグローリアの人間の1人に対し、攻撃を仕掛ける。ヒナタから借りたナイフを投擲し、更には懐に隠していた針も投擲する。大してダメージにはならなかったものの、そのものをよろけさせるには十分なものだった。いっきに距離を詰め、アスカは口元をゆっくりと上げて、目を細める。笑顔のように見えるが、その目は全く笑っちゃいなかった。

「ねえ、貴方。『どうして生きてるの?』」

 ゾッと言うような音が聞こえる気がする。アスカの口から紡がれた言葉は、たしかに相手の心に入り込む。そこからじわじわと、言葉は心を侵食する。アスカは変わらない笑顔で、問いかける。

「ねえ、『教えて?』」

 甘く、それでいて気味の悪い言葉は、じとじとと心を蝕む。入り込まれた場所から、腐って融けていくみたいだ。気がつけばその者は目尻に涙をため、口から唾液が垂れ流しになる。足はガクガク震え、まるで生まれたての子鹿のようだった。漏れでる声は、もはや言葉としての機能を為してはいない。喃語をひっきりなしに出していく。その間もアスカの『それ』は続いていく。教えて?教えて?と問うているだけなのに、相手はどんどん壊れていく。目はあらぬ方向を向き、ぷらんと手は垂れ下がり、しまいにはどしゃりと地に落ちる。それを見て、アスカはにっこりと微笑み

「おばかさん」

とだけ吐きすてた。
 何が起きたのかわからないこのフォルテ───『Tell me?』は、彼女が『知りたい』と思った相手にのみ効果を発揮する。彼女が『知りたい』と思った人間に、『知りたいこと』をただ『教えて』と乞う。ただそれだけのフォルテだが、実はその人物を内側からどんどん壊していく恐ろしいものだ。ただ教えてほしいと言い続けるだけ。『たったそれだけ』で、相手は心を蝕まれ、それはやがて表立って出てくる。先程のように。彼女は相手がどんな状況になろうが、ただ教えてと乞う。問い続ける。本当にそれだけ。

「えげつないなあ、アスカちゃん」
「それは貴方もでしょ、柚子くん」
「あはは。それほどじゃあ」
「でも本当にえげつないのは」
「……うん、彼女だよねえ」

 アスカと後からやってきた柚子は互いにある一方を見る。その視線の先には水木を庇いながら戦い続ける弥里の姿。なのだが、何やら様子がおかしい。よくよく見れば、妙な液体が入った注射器を、自らの首に差し込んで注入している。一瞬だけ見せられないような恍惚の表情をしたかと思えばすぐに治り、その同じ液体が入った注射器を、グローリアの連中の首元にどんどん刺していく。刺されて注入された者達は、所謂『ラリ』った状態になり、ひとしきり奇声を上げたあとに、血を吹き出して地に落ちる。その様子を見て、弥里はケタケタと笑いながら人間だったものを、つんつんとつつく。もちろん、指ではなく注射器の針で。後ろから見ていた水木の顔は、青ざめるとか、恐怖とか言ったものではなく、『ドン引き』の表情であった。

「まあ、ああなるよね」
「そりゃね」

 アスカと柚子はため息をついて、背後から襲ってくるグローリアの人間の攻撃を軽くのし、踏みつけたあとに戻ろっか、と一言つぶやいてもとの場所へ行こうとする。

「……ふ、ふふふ。バカめ、バカどもが。本当にバカどもが。我々とこんなふうに遊んでいる暇があるのなら、さっさと殺していればいいものをッ!」

 突然、柚子が踏みつけた場所から、そんな悪あがきのような声が聞こえたと思ったら、地面が揺れ動き始めた。あまりにも突然のことだったので、アスカと柚子はバランスを崩し、尻餅をついてしまう。周りもそんな状況だったようで、何が起きたんだという顔がほとんど。そんな中ひときわ大きく音がなる場所があった。そこに顔をバッと向けると、視界いっぱいに広がったのは、瓦礫の山々が自ら動いて形となっていく様。それらはやがてしっかりとした輪郭をとり、はっきりと形になる。
 それはまるで『フォルテッシモ』。瓦礫で作られたフォルテッシモだ。ただ普段見ているものより、かなり大きなサイズのものだ。
 そういえば奴ら、こちらを襲うにしてはなんだか力加減をされているようだった。なんどやっても回復してくる、なんどやっても殺そうという気が見えない。長期戦に持ち込むつもりかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

「……はじめからこれ狙いか」

 流星はぽつりとつぶやく。だが、それに返すものはいなかった。すでにグローリアはその場から消え去っていた。十中八九グローリアの支部や本部へと帰ったのだろう。この『瓦礫フォルテッシモ』を残して。殺しの汚名を自らかぶらず、そこら辺のもので適当に作った何かによって、殺させる。それがいい策なのか汚いのかはさておいて。少しは頭が回るようだ。

「指揮官、どうします?」
「相手するにしても、このデカさは…」
「───大きさでとやかく言っていたら、何もならないだろうが。立ちふさがる敵は叩き潰すだけ。たったそれだけだ。いいな、チームケイオス」
「無茶苦茶言いますね!」

 まあでも仕方ないかなあ。最初に指示を求めたヒナタは、肩をがっくり落としてデカブツを見やる。この大きさ、たしかに叩き潰すだけならいいんだろうけど。周りに行く被害が尋常じゃなさそうだ。周りというのは建物や環境のことではなく、自分自身の周り。すなわちチームケイオスのメンバーたちのこと。もしこいつを倒せたとしても、瓦礫はガラガラと崩れ去り、我々を押しつぶして形を消していくだろう。そうなったら終わりだ。何がって人生が。

「やるしかないんですよねー」
「嫌なら帰ればいい」
「帰りませんよう」

 各々は自らの武器を構える。見据えるは、目の前の瓦礫で作り上げられたフォルテッシモもどきのみ。流星は刀を構え、ひとつながく息を吐き、少しの間を持って突っ込もうとした。
 その時である。



「────おっと、私達も参加いいかな?」



 突如として響く声。流星はピタリと動きを止め、ほかのメンバーたちも構えを少し解いてそちらを見る。そして視界に写った姿を見て、流星は目をカッと開く。

「やあ、久しぶりだね。『流星くん』」
「せんせ……指揮官。相変わらずすごい髪の毛ですね」

 流星はゆっくりと名前を紡ぐ。

「……竹澤吟子(たけざわぎんこ)、胡代翡翠(こしろひすい)?」
「ははは。フルネームじゃなくていいのに。変わらないなあ」


 あの時と変わらぬ姿で、『魔法使いと弟子』がやってきた。


続く