複雑・ファジー小説

Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.27 )
日時: 2019/08/30 19:52
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

 同時刻、ある場所にて。薄暗く不気味な場所で、2人の男女が何かに向けて跪き、手を合わせて祈っていた。救いを求めるように、ただただ祈っていた。

「救世主(メシア)様。私たちの『あの子』を、どうか帰してください」
「我々の元へ、どうか『あの子』を、悪魔(サタン)の魔の手から連れ戻してください」

 顔なき偶像は何も答えない。その祈りの声を聞いているのかさえ分からない。だが2人の男女は確信していた。救世主は、必ずや自分たちの声を耳に入れ、心を打ち、願いを叶えてくれると。

「メシア様は見てくださっています。その時を待ちましょう」
「はい───司教様」

 眼前に立つとある人物は、柔らかな微笑みを浮かべて男女に言う。その言葉を聞いた彼らは、にこりと笑って一礼し、その場から去っていった。

「慈悲深き主よ───サタンに、サタン共に、浄化の業火を与え給え」

 残された『司教』は、顔なき偶像に祈った。自分たちに仇なす『悪魔共』に、天の業火が落とされることを。
 そしてその手元にある水晶には、『球体の中で過ごす彼の者』の姿が、明確に映し出されており、『司教』は口角を釣りあげた。


「────そんな所にいたのですね」


 次に映し出されたのは、『顔を隠した術士』の姿だった。





「……?」
「時雨?」

 マグノリア内にある図書館。泥と歌子と時雨の3人は、気分転換にとこの場所に来たのだが、突然時雨がバッと顔を上げた。様子が変わった親友に、泥は声をかけてみるも、時雨はどこかをじっと見つめている。それはまるで、『何かに対して見つめ返しているような』。だがその場所を見ても、泥には何も見えなかった。

「何が、あるの?」
「……今、確かに」

 ぼそりと時雨が呟く。しかしそれ以降は口を噤んでしまったようで、続きを聞くことは叶わなかった。それどころか目線(と言っていいのかは分からないが)を、そちらから離さない。一体時雨には何が見えているのか。

「時雨くん?何見てるの?」
「……」

 その時丁度目当ての本を探してきた歌子が戻ってきて、ずっと虚空を見つめている時雨にギョッとして声をかけた。それでも時雨の耳には入らなかったのか、彼女に返事をすることは無かった。
 歌子はさすがにこれはおかしいと思ったのか、隣の泥に小声で問いかける。

「ね、ねえ。時雨くんどうしたの?」
「分からない…なんか、突然ばっと顔上げて、ずっとあのまま」
「……何か感じ取ったとか?」
「さあ……あ、そういえば『今確かに』って、言ってたなあ」
「どういう意味…?」
「さあ……?」

 2人がそんな話をしている中で、時雨は1人『確かな何か』を感じ取った場所を凝視する。

「(今……確かに、僕達に対する殺意か何かが…)」

 つぅ、と冷や汗が落ちる。心無しか、手指が冷えていく。単なる気のせいなら、気のせいだと済ませたかった。だけども、自分たちに向けられた『どす黒い殺意』を明確に感じとってしまった以上───、いや違う。これは自分たちだけじゃない。この『愛情』にも『呪い』にも似た、『禍々しい感情』は────

「……2人とも」
「時雨?」
「何かあった?」
「───リーダーに報告しに行くぞ。遅かれ早かれ、僕達は、否、『アイツ』が確かに──『連中に見つかった』」

 その瞬間、3人は図書館を飛び出していた。





「リーダー!」
「うぉっなんだなんだノックぐらいしやがれってんだ」

 リーダー、狂示の特別室の扉が荒々しく開けられ、その部屋の主はそれまで付けていたタバコの火を消して、乱入者たちに苦々しく言葉を投げる。だが乱入してきた3人、特に時雨はそんなことお構い無しに、ずかずかと部屋の中に入ってくる。

「おいどうした時雨」
「……グローリアの連中と思しき者達に、見つかったようです」
「───詳しく聞かせろ、流星達も呼ぶ」
「はい」

 瞬間狂示の顔つきが全く別のものへと変わった。と、同時にすぐに端末機器を用いて、流星達に連絡を取る。『今すぐ部屋にこい』、と。
 そのメッセージを送って数分もしない内に、流星、那生、百合、吟子の4人が揃った。時雨と泥、歌子はあとからやってきた彼らをちらりと見て、狂示へと視線を戻す。そこで那生がぐるりと見回して、感心したように口を開いた。

「何や時雨はんらおったんか!珍しのォー…何があったんや?」
「大方それを説明するために、我々を呼びつけたのだろう」

 大体の話は何となくわかるが。そう付け足すと、流星は腕を組んで時雨をじっと見る。その視線に、時雨はあえて気付かないふりをした。
 以前からその深くを詮索するような視線が、時雨何となく苦手だった。まるでこちらを、見定めるかのように思えて仕方がなかった。本人はそんなことは一切ないのだろうということは、時雨も分かってはいるのだが、慣れない。
 それを知ってか知らずか、狂示は百合や吟子にちらりと目配せをして、2人がかすかに笑うと体を前のめりにして話し始める。

「うし、揃ったな。じゃあ時雨。続きっつーか、こいつらにも説明を頼む」
「はい。と言ってもかなり簡単なものですが。先程まで僕達は図書館にいました。が、その時『こちら側を見ている』気配がしました。咄嗟に気配がした方を見たのですが……」

 そこで一呼吸置いて、また口を開く。

「『何もなかった』んです、次の瞬間には気配ごと」

 そこで口を閉ざすと、割り込むかのように吟子が喋る。

「フォルテを使っているのならば、痕跡を残さずともこちらを見るものは可能だろう?特に変わったものでは無いようだけれど」
「……確実に『空間を割いて』こちらを見ていたんですよ。声も聞こえました。『そんな所にいたのですね』って」
「ははーん……?まあ、見つかった『だけ』ならまだいい。だけならな」
「どうしてかしらね、それだけじゃない気がするわ」
「僕もそう思います。見つけるだけならあんな思わせるような言葉は言いませんから」
「となると、もっと別のものを探してたりとかして、そのついでに僕達を見つけたりとかって言うのはあるかな?」
「なら、何を探してたんだろうねぇ」

 皆々が一様に唸る。確かに自分たち、いや時雨たちを見つけるだけならば、わざわざ空間を割いてまで探し出すものだろうか。現に彼らは外に出て行動する。ならばそれを狙って何かを仕掛ければ良いものだ。というより察知されるリスクを犯してまで、比較的見つけやすい彼らを探したりはしないだろう。余程執着がない限りは。
 ならばもっと外に出ないで、尚且つ特定の人物から『狙われている』者。できればなかなかに出てこない、そう、例えば『引きこもり』とか───

「……あ」
「まさか」

 全員の脳裏に、まさしくその『引きこもり』が浮かび上がった。





「ぶへっくし!」

 そんなことは露知らず、狭い球体の中に閉じこもっていた、『引きこもり』は大きなくしゃみをする。ティッシュで鼻をかむと、改めてモニターに向き合う。

「なーんか嫌な予感がする……」


 その予感がのちのち当たってしまうことになるとは、今の彼は予想することすらなかった。


続く