複雑・ファジー小説

Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.28 )
日時: 2019/10/19 00:04
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

「とりあえず、だ。アイツ絡みなら十中八九『メシアの揺り籠』のクズどもだろうから、俺らはそいつらの情報収集に集中するとして。お前ら」

 狂示がずびしと時雨たちに指を指す。それに反応して、姿勢を正すと共に次の言葉を待った。

「いつでも出撃できるようにしとけ。単身でも───フォルテッシモでもな」
「了解」

 それだけ言うと、その場はそこで解散となった。


 時雨たちが部屋をあとにすると、残った成人組は顔つきをさらに険しいものとする。厄介なことが舞い込んだものだ、とすら思った。だが今の状況ではそんなことを思っても、起こってしまった以上対処するしかない。狂示は口元を歪ませ、机に頬杖をついた。
 まさかこんなに早く見つけてくるとは。いや、そもそも今まで何事もなく見つからずに済んでたのが奇跡だったのだろうか。

「アイツらほんっとに───執着しすぎだろ」
「おん?親がっちゅー意味か?」
「そ。毒親っつーかクソ親?クズ親?ま、どれも大して変わりは……なくもないか。芳賀はあん時に連れてこれたのが良かったな」
「……メシアの揺り籠の、『悪魔祓い』の前夜のあの日か」

 あの日。あの日の夜。狂示が芳賀を連れてきた運命とも呼べる日。あの時の彼の目には、『何も映っちゃいなかった』。





 時は遡り、およそ7年前。芳賀が8歳を迎えた時のことだった。その頃彼の家では、メシアの揺り籠の熱心な信者である両親による、洗脳とも呼べる教育が子供たちに施されていた。メシアの教え通りにしなければ、罰だと言って暴力を振るわれ、また両親が許可しているもの以外の食べ物を口にすれば、洗面所へ連れていかれ、全てを吐かされる。その上で、清められた聖水だとして、まずい水を飲まされる。ようやく出来た友達と遊ぼうものなら、家を出た時点で引きずり込まれて、説教と暴力。それどころか、ろくに学校に行かせて貰えない。メシアの教えに反するからと。全てが『メシア様の教え』に基づいて管理された暮らしだった。
 そんな中で出会ったのが、『ネット』だった。親の監視をかいくぐり、こっそりやってきた数少ない友人が持ってきた端末に触れたのがきっかけだった。幸いにして両親はメシア様の教えの布教とやらで、月に何回か家を留守にすることが多かった。その日を狙って来てくれていたのだ。
 ネットは芳賀にとって、とても『自由』なところだった。限度はあるけれど、好きなことを言ってもいい。好きなものを見てもいい。好きなだけ興味のあるものを調べてもいい。まさに宝の海だった。こんなに自由な場所があったなんて。
 そしてついには友人のすすめで、『ネトゲ』に入った。そこにはさらに自由な空間が拡がっており、さらにのめり込んでいった。こんな自由な場所に、いつまでもいつまでも入り浸っていたい。ネトゲにはいれば、待ってる人たちがいる。息苦しい家とは違って、のびのびと生きることが出来る。自分の求めていた場所が、そこにはあった。
 だが、それを見逃すような両親ではなかった。知らぬうちにしかけていた監視カメラで、彼の行動を欠かさず見ていたらしく、ついぞ両親は彼を捕まえて罰だと言って、暴力を振るった。悪魔が体に巣食っていると。
 存分に殴り蹴り吐かせたにもかかわらず、まだ悪魔は祓われていないと言い、教会で『体を清め』てもらおうとした。しかし準備に時間がかかりそうだと神父が両親に伝えたため、悪魔祓いは翌日へと先延ばしになった。その間芳賀は逃げられないようにと、教会へ預けられてしまった。当然監視のカメラと人付きで。
 その体を清めるとは、椅子に身動きが取れぬように括りつけて、そのまま水の中へ入れることであり、息が出来なくなりそうになった時を見計らって引き上げ、また有無を言わさず入水させる、ということを繰り返すのだ。当然これは拷問の一種なのだが、彼らに言わせれば、この行為をすることによって、体に巣食った悪魔が祓われるのだという。
 そんなことをされに行くなど、冗談じゃない。脱出方法を考えてみるも、全て無駄に終わった。やったとしても、すぐに殺されてしまうだろう。メシアに反逆した罪深き者として。
 途方に暮れて全てを諦めかけた時だった。

「よう」

 突如、芳賀の目の前にある1人の人物が立った。目を隠し、いかにも研究者だと言わんばかりの格好をした、長い白髪の男。
 しばらく呆然としていたが、すぐにはっと気を取り戻して監視しているはずのカメラと人を見る。しかしそこに見えたのは、首から上がなくなった体数体と、酷いこわれ方をして使い物にならなくなっていたカメラのみ。思えばいつの間にやら気持ち悪い視線もない。何をしたのだろうか。

「監視ならもうとっくにオレがぜぇーんぶやっちまったわ。手応え無さすぎて逆にガックリ来ちまったよ」

 肩を軽く落として、ガッカリしましたと言いたげなその男は、芳賀に危害を与えるというような態度は見られない。むしろ友好的な立場で見られているのだろうか。
 男はケラケラと笑い、言葉を続ける。

「んな警戒しなさんな!オレはお前を迎えに来ただけだっつの。あ、勘違いすんなよ。元の家のことじゃあねえからな?」
「……どういう意味だよ」
「ん?お前学校行ってねえ割には、言葉しっかりしてんな?」
「ネットやってたからな」
「あぁ納得したわ。まー今は学校に無理に行く必要もねえしな、それもありか」
「そんで、お前は迎えに来たっつってたけど、どこにだ?」
「そうだそうだ!オレたち『マグノリア』にだよ。お前フォルテ持ってるだろ」

 『フォルテ』。男から出てきたその単語に、芳賀はビクリと体をふるわせた。どうやら心当たりがあるらしい。

「……詳しいことは向こうに行ってからだな。あとお前の『妹』な、オレらんとこに来れば会えるぜ。そいつも味方だからな」
「っ!アイツがいるのか!?無事なのか!?なぁ!」
「落ち着け落ち着け。んな叫ばんくても会えるっつの。あ、取り敢えずこれ外しとくな」

 突然叫び始めた芳賀に、苦々しい口元を浮かべると、狂示は彼をしばりつけていた鎖を、左右に引っ張っただけで見事にぶちぎって見せた。一体こいつはどんな馬鹿力を持ってるんだ、と思いつつも、今は自由になった手足を確かめる。

「そんでだ、お前。オレたち『マグノリア』で───クソみたいなこの世界を、ぶち壊してみねえか?」

 ニヤリとしながら告げた男に、芳賀がくれてやる言葉はただ一つ。


「上等だ、俺の自由は俺が決める」





「んで、こっち来てフォルテ調べたらとんでもねえもん持ってやがるし、名前なんて呼ぶか考えてたら、『ハッカー』を文字って『芳賀(はか)』にしろって言ってくるし、再会した妹には尻に敷かれてるし、オマケに自分でフォルテッシモも『球体』も作っちまうし……やっぱ連れてきて正解だったな」
「まあそれは置いといて。昔話ならいつでも出来るだろう?」
「たしかにな!」

 思い出話に思わず花が咲いたものの、吟子の一言によって話題は切り替わる。

「で、だ。時雨らにも言った通り、オレらは情報収集。何かあったら出撃できる準備はいつでもしとく。あと出来そうなのは」
「いっその事電堂芳賀を出撃させたらどうだ、奴ら、食いついてくるやもしれん」
「まあ候補のひとつだな」
「あとはメシアの揺り籠の教会に……突撃かますとかも行けるんとちゃうか。向こうさんが動かんと動けんっちゅうのはアカンで?」
「したらオレら犯罪者になっちまう。あぁ、あくまで法律のな。やるなら合法的に」
「今更何言うとんねん」

 シラケた目で狂示を見る那生。だがその目をものともせずに、狂示は続けた。

「とにかくだ。今回はいつもよりさらにクソな野郎どもが相手になる。流星とお吟は今からフォルテッシモで出撃してくれ。百合と那生は待機。あと今出すのもなんだが、時雨と泥、あと理(さとる)に単身出撃命令。情報部にはメシアの揺り籠に関する情報収集に手をつけるように指示。そんで───芳賀とまろんにも、フォルテッシモで出撃するように指示を出す。場合によっちゃ、オレも出るからな」

 そこまで言い切ると、狂示はタバコに火をつけた。





「泥、出撃命令だ。出撃ポートいくぞ」

 時雨は泥の部屋を訪れ、彼を外に出す。

「分かった。今回は僕と時雨だけ?」
「いや、もうひとりいる。……『彼』だ」

 2人でそう話して、出撃ポートへと歩いているうちに、1人の青年と会う。

「────神の名を騙った罪深き者たちに、『死』をくれてやる」

 黒い法衣を身にまとった、彼の名は『遠山 理(とおやま さとる)』。


またの名を、『慈悲深き処刑人』。


続く