複雑・ファジー小説

Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.30 )
日時: 2020/04/26 00:05
名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)

「あれ、まろんちゃんは?」 
「ついさっき出撃していきました。芳賀さんも一緒みたいですけど」
「ふーん、なんかあったっけ」

 マグノリアの大食堂。腹を空かせた多くの人間が集まり、思い思いに食事をとっている。アスカと水木もそのうちのひとり。アスカは今日の目当てであるハンバーグ定食を、水木は軽めにホットサンドプレートを。焼きたてのホットサンドを食らいつつ、水木はアスカの質問に答える。

「えぇっと確か…メシアの揺り籠関連らしいですけど」
「えっなんで?」
「さあ。詳しいことは何も」
「きな臭いねえー」

 メシアの揺り籠については、2人もそれなりに把握していた。カルト宗教団体で、とんでもないことをやらかしやがる連中であることと、グローリアと密に裏で繋がっていること。だが知っているのはそれくらいであり、芳賀がなぜそのメシアの揺り籠に関連する任務に駆り出されたのか、決定的な理由は知る由もない。
 水木は苦い顔をしてホットサンドを頬張る。

「そういえば以前青森にいた時…家にメシアの揺り籠が来たんですよ。『救世主(メシア)様を御存知ですか』って。いいえ知りませんって返したら、『救世主(メシア)様は未だに眠っておられるのか』って言って帰りましたけど……」
「へえー……」

 ホントなんだったんでしょうね、とボヤきながら水木は頬杖をついた。行儀が悪いとぺしんとアスカが肩を叩けば、渋々とそれを治した。
 メシアの揺り籠が崇拝する、『救世主(メシア)様』。どんな存在なのか、どんな形をしているのか、それは一切わかっていない。いや、外に情報を出していないと言うべきか。信者たちはただ、メシア様を信じ、メシア様に祈りを捧げよと日々布教しているらしい。そして己らもメシア様を信じ、メシア様に祈りを捧げる。それがメシア様のためにやるべき使命だと。そうひたすらに言い続けている。もしメシア様へ祈りを捧げない、信じない者がいた場合は、『どんな手を使ってでも』、『そいつの体に巣食う悪魔を祓え』。たとえ死んだとしても、それはメシア様に直接魂を救われたのだ───。

「ほんと意味不。価値観の押しつけじゃん」

 眉をひそめて、アスカは最後の一口を頬張った。


「……メシア、の揺り籠」

 そんな会話を後ろで聞いていた2人組がいた。そのうちの1人は気まずそうにその場から少し離れる。もう1人はそれを追いかけるようについて行く。

「神納木さんはメシアの揺り籠──と言うか、メシア様って知ってます?」
「知らねー。つーかコーヒー貰っていいか?いいよー、さんきゅー」
「いやいいよなんて一言も僕言ってないですけど?って、なんで聞きながら勝手にとって飲んでんですかぁ?」
「あー?コーヒーは俺ンだ」
「分かってたけどほんっとこの人話通じない……!」

 神納木と呼ばれた人物は、もう1人から出された疑問など意に介さず、適当に答えたと同時にそいつが手にしていたコーヒーをひったくり、あっという間に飲み干す。片や取られた方は、そんな神納木に詰め寄るものの、あまりの通じなさに頭を抱える。
 彼ら───神納木 渚桜(こうのき なぎさ)と蝮崎 空盧(まむしざき うつろ)は、当然ながらマグノリアのメンバーであり、そして何の因果かつい最近チームケイオスに仲間入りした。とは言ってもかのリーダー、狂示から流星に、『取り敢えずこいつらお前んとこで面倒見といてクレメンス』などという怪文書と共に放り出されただけなのだが。そしてどういう訳だかこの2人は、一緒に行動することが多い。大抵は神納木が空盧の後ろにひっついてるのだが。そんなことで、2人はいつもセットで扱われていたりする。空盧本人は不思議がっていたが。

「にしてもメシアの揺り籠…カルト集団ってことは聞きましたけど」
「あー?神だとか訳わかんねえもの信じてる奴らって大抵頭おかしいよな」
「君に言われたくないと思う」
「まーでも絶対面白そうだよな」
「考え無しに首突っ込むのやめて!」

 楽しげに話す神納木に待ったをかける空盧。だが彼の必死の阻止は、神納木に届くことは無いだろう。『何も考えていない』のだから。





 ところは変わりメシアの揺り籠のある拠点近く。そこに出撃していた時雨たちは、ある光景を目にする。

「……あれは」

 それは大人に連れられた子供たちが、明らかにおぼつかない足取りで、メシアの揺り籠の教会に入っていく風景。まるで縄で繋がれた囚人が、刑務所の中へと入っていくような。引き連れている大人は微笑みを貼り付けてはいるが、その裏側では何かよからぬ事を企んでいるといった印象を受ける容姿だった。
 そしてその大人に引っ付いて教会に入る子供たちの共通点は、皆───

「……なんかずっと呟いてないか?」

 そう、何かを繰り返し口にしている。時雨たちからの距離では、何を呟いているのかははっきりと分からなかったが、ただひたすらに『同じことを繰り返している』のはわかった。口の動きが全く同じだったからだ。
 そうしているうちに最後の子供が教会に入り、扉は重く固く閉ざされた。扉の前には2人の白装束を着た、信者らしき人間が門番のように立つ。

「なんか変じゃない?祈り捧げるくらいならあんな人達置く?」
「鍵をかければいいと思うんだが」
「だよね。明らかに中で『なにかしてる』よね」
「……」

 迷彩が効いていないことも考え、直ぐに物陰に隠れ、時雨と泥はそれぞれ言い合う。それを理は黙って聞いていた。今口を挟むことではないと判断したのか、そうでないのか。

「───そこの物陰の者共。我らがメシア様の神聖な教会に何の用だ」

 だが、それは第三者の言葉によって途切れる。門番のうちのひとりが、こちらに向けて手にしていた槍と共に、言葉を投げてきたからだ。

「ちっ」

 槍はすんでのところで当たらずに壁に突き刺さる。突き刺さった槍はフォルテの影響からか、自ら壁から脱出し、門番のひとりの手元に戻る。流石に出るしかないと判断した3人は、門番たちの目の前に現れた。

「挨拶もなしに槍を投げて来るとは、随分と社会常識がないな!カルト集団」
「常識がないのは貴様らの方だ、マグノリア」
「(やっぱり光学迷彩が効いてない、いや効いてないからこそ槍を投げてきたか)ふん、カルト集団を否定しないということは、少しはその自覚があるのか?」
「そんな戯言、気にするまでもないだろう」

 そう言うと門番たちは、それぞれの『えもの』───槍を3人に向ける。時雨達がそれに反応し、戦闘態勢に入る、と同時に理がそれを制し、前に出た。

「……時雨、周囲転換を」
「もとよりされてある。何、気が付かなかったか?『反抗期の餓鬼共』が」
「……ふむ、餓鬼共か。なら貴様らはそんな餓鬼共に今から食われる『愚か者の屑共』という事か」
「何?」
「────精々抗うがいい、屑」

 そう言うと理は懐から折りたたみ式のナイフを取り出し、歯の部分を露出させる。それを首元に押し当てる、と。

 一気にそのナイフで首を掻っ切った。

「は、はぁ!?」
「こいつ、自ら死──」
「ぬはずがないだろう、少しは足りない頭を使え」

 『やけに』エコーがかかった声が響いたと思いきや、その掻っ切られた場所から噴出していた大量の血が、徐々に空中で形を成していく。

それはひとつの『巨大な死神の鎌』。
大量の血で造られた、彼の武器。

 柄と思しき部分を掴み、ずるりと首から引き離す。掻っ切られたその場所は、空いた片方の手でずっとなぞる。するとたちまち傷は癒え、瞬きもしないうちに元通りになった。
 これこそが、彼──『遠山 理』のフォルテ。


「───主よ、罪深き愚か者共を、断罪することを赦し給へ」


 願わくば、主の御許で救われんことを。


続く