複雑・ファジー小説
- Re: 変革戦記【フォルテ】 ( No.5 )
- 日時: 2018/03/21 18:51
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
正紀の一言とともに、報告会は解散となる。
ぞろぞろと皆々が何かを言い合いながら、会議室を後にする。
そんななか超子は、しっかと捕まえている弟が、なにやらどんよりとしていて覇気がないのに気づく。
「時雨」
超子が名前を呼ぶと、時雨はため息をついた。何に対してなのかは聞かないことにしておく。きっと聞いても弟の地雷に踏み込むだけである。そして『どうぢてこうなったのか』、それを聞けばますます時雨は消沈し、下手をすれば自室に引きこもり、1日中出てこないのだろう。それをわかっていながら『わざわざ』聞くのは間違っている。超子はそれを誰よりも知っている。なんといっても彼女は『お姉ちゃん』なのだから。
「お姉ちゃんがあんたの大好きな雑煮、作ったげよっか」
その言葉を良しとしたのか、時雨はぽんぽんと自らを捕まえている姉の腕をたたいた。これでは移動しようにも動けない。超子はにっこりと笑って、時雨を開放する。そしてスキップで会議室を後にした。早く来なさいよ、と言葉を残して。
その様子を見ていた1人の少女が、時雨の横に立ち声をかける。
「時雨」
「…髪川さん?」
髪川───髪川 因幡───と呼ばれたその少女は、ショートカットの髪の毛を『伸ばし』て、会議室の隅のほうに置かれていたビニール袋を取りそれを持ってこさせ、その中から大きめの肉まんを取り出して、大口を開けて頬張る。伸ばした髪はシュルシュルと短くなっていき、元のショートカットへ戻った。声を時雨にかけても、目線や顔はそちらへとは向けず、口に入れた肉まんを飲み込んでから口を開く。
「歌子に謝った?」
「……」
「慌てるせいで言葉を直球で伝える癖、よくない。いつものことだとしても。ほんとに治すの?」
「……」
「黙り込むの、よくない。口下手どうにかしなよ。そのせいで誰かいなくなったら時雨が責任取るべき」
ただ淡々と思ったことを伝える因幡に、時雨は返す言葉もなく立ち尽くす。どういうわけだか、足元がひどく冷える。冷えはおさまるどころかどんどんと悪化していく。動悸はどんどん早くなり、ぎりりと拳を固く固く握りしめるばかり。それを知ってか知らずか、はたまたわざとか、因幡は追い打ちをかける。
「───『ひとつの油断が死を招く』。歌子に言ってたこと、時雨にも言える。この先どうなっても知らないけど」
「…それ、聞いてたのか」
「で、どう?時雨の『思ったことを直接言う』行為を実際に身に受けて。気持ち悪いでしょ」
「…まねごとをしたつもりか」
「何か悪い?少しでも痛かったんなら歌子に謝ってその癖直して」
それだけ言うと満足したのか、因幡は肉まんにかじりつき、会議室から出て行った。ただ1人、時雨を残して。
時雨はぽつんと残された会議室で、まるで絞られたように言葉を吐く。
「わかってる。わかってるけど───でも、そうじゃなきゃ『俺』は…あの時助けられたかもしれないのに。嘘なんてもので包まずに…!」
時雨は足早に会議室を後にし、部屋には誰もいなくなった。
◇
調理室。その部屋いっぱいに、良いにおいが充満する。そのにおいだけで、腹の虫は鳴いてしまうほどに。
「時雨遅いなー。もうすぐできるのに…というかもうできたのに」
その部屋でただ1人調理して、それを完成させた超子は、身に着けていたエプロンを外して独りごちる。
先ほど時雨に作ると約束した彼の好物、雑煮ができたというのに、肝心の張本人が来ないことに少々機嫌を悪くする。というより超子は会議室を出る前にたしかに言った。『早く来なさいよ』と。それを時雨はちゃんと聞いていたはずである。聞き取れないような声では言っていない。いったいどうしたというのか。時雨の性格上、言いつけを破るようなことはしないはずだ。
「あ、あの」
「んお?あ、歌子ちゃん!?どしたの?」
そんな時、入り口付近か時雨とは似ても似つかない、女性特有の高いソプラノボイスが聞こえてくる。時雨以外の人間が来るのは予想外だったようで、超子は声の主を見て驚く。まさかここにくるなんて思いもしなかったようだ。その張本人の女性、歌子はおそるおそる超子に声をかける。中に入るのをためらっているようで、入口の扉の後ろに体を半分以上隠しながら。
「ねえ…あのね。相談事があるんだけど…」
「えっ?」
「入って、いいかな?」
超子は豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしつつも、その直後に満面の笑みを咲かせる。
「まっかせなさい!このお姉ちゃんに!」
そういうと彼女は、歌子を引っ張って中へと招いた。
「…へ?時雨に謝りたい?」
歌子を部屋に招き入れ、余分に作った雑煮をふるまって歌子がいくらか落ち着いた後に話を聞いた超子は、その内容にこれまた間抜けた顔をして結論を口に出す。当の歌子は明らかに落ち込んでいるようで、いつの間にやら食べ終えた雑煮の器をがっしりと両手でつかみ、超子におかわりを請う。超子は自然な流れで器を受け取り、餅をいれ汁をいれ菜っ葉をいれて歌子に渡す。歌子はうんとうなずいて、餅を食べ始める。
「あのね…その…ちょっと時雨君の言葉に傷ついたのもあるんだけど…」
「うん」
「明らかに私の態度、『傷ついてます』って感じがあからさまだったかなって。しかもその後の報告会で、私だけ座ってたでしょ?それもあって時雨君を傷つけさせちゃったというか…なんというか」
「え、時雨傷ついてるように見えた?どっちかっていうともんのすごい落ち込んでるように見えたけど」
「それ同じじゃない?」
「同じかなあ…というか、歌子ちゃん時雨のあの様子に気づいてたのね」
「気づかないものなの?」
「いや態度パッと見ふつうじゃん…歌子ちゃん観察眼鋭くない…?」
「そうかなあ」
そうしている間にも、歌子は雑煮を食べきっていたようで、さらにお代わりを超子に要求する。しかしこれ以上食べられると肝心の時雨の分までなくなってしまう可能性がおおいにあるので、超子はストップをかける。そのかわりに超子は取っておいた飴を歌子に渡す。歌子はそれを受け取ると同時に包まれていた飴をとりだして、迷わず口の中へと放り込んだ。コロコロと音がする。
「まあ時雨に謝りたい理由は分かったけど…でも謝るべきは時雨のほうだと超子ちゃん思うわあ」
「え」
「そこまで歌子ちゃんに罪悪感みたいなもの?まあそういうものを背負わせるのはよくないよ。発端は時雨の物言いのきつさから来てるんだしね」
「…そうなのかな」
「いやそうでしょ。それに時雨だってかなり気にしてるだろうし、というかきっとたぶん、因幡ちゃんあたりからいろいろ言われて謝りに来るんじゃない?」
「…なんでそこまでわかるの?」
歌子の何気ない質問に対し超子は答える。
「だってあたしは───お姉ちゃんだもの。弟のことならなんでもわかるわ」
自信たっぷりに言うと、すぐに別の足音が近づいてくる。まっすぐにこちらへと。
「きたかな?」
「あ、じゃあ私帰った方が」
「ダメダメ!歌子ちゃんいなきゃ、きっと時雨が謝るチャンスなんて無くなるから!お互いに苦しいだけでしょ?」
帰ろうとする歌子を超子は引き止め、先程まで座っていた椅子にまた座らせる。歌子はきょとんとして超子を見上げる。本当にいいの?と言いたげに。その顔に超子は、にんまりとわらっていいのいいのと言う。それと同時に、扉がノックされる。丁寧に3回。超子はいらっしゃいと声をかけて、扉の向こうの彼に入ってくるように促した。そして扉が開かれ、中に入ってきたのは勿論
「……歌子、さん?」
「し、時雨くん、さ、さっきぶり……」
なんだかそわそわと落ち着かない様子の時雨だった。時雨は中に入り、そこにいた歌子を認識するなりさらに落ち着かなくなる。歌子も先ほどとは打って変わって、言葉がどもり始める。その様子を超子は、「いやー甘酸っぱいわー」とまるで他人事のように呟いた。そして「あたしお邪魔みたいになっちゃうから隣の部屋行くわ!じゃ!」と言い残して、さっさと別室へ移ってしまった。
残された2人はもちろんのこと、とてもぎこちない空気の中、お互いに黙り込んでしまう。
「(なんでここでいなくなるの超子ちゃん!助けて……)」
「(姉上、その気遣いは余計です……!)」
微妙な空気があたりいっぱいに充満する。先程の雑煮の良い匂いが嘘のようだ。なんというか、息苦しくも感じる。
そうして時間たっぷりに溜め込んだあと、どちらからか息を吸う音が聞こえたと同時に
「あ、あの!」
「す、すみませんでした!」
と、言葉は違うが双方から声があがる。
「へ?」
「え」
お互いにぽかんとした顔になり(否、時雨は顔を隠しているので雰囲気だけだが)、顔を上げる。
「し、時雨くん?」
「あの……歌子さん。すみません僕からいいですか?」
「え、あ、どうぞ……」
時雨の少し真剣な言葉に、歌子はつい敬語になってしまう。そして時雨の次の言葉を待つ。
「その。すみませんでした」
「えっ」
「今朝……というかつい1時間程前の、あの物言い。本当にすみませんでした」
「……あっ、あれ?」
「はい。情けないことに、報告会が終わったあと咎められまして。あの言葉で歌子さんを傷つけてしまいました」
「時雨くん、その」
「だから謝らせてください。たとえ遅くても貴方が僕の言葉を非常に嫌がっていたとしても、言わせてください。本当に」
「ま、待って!」
すみませんでした、と言いかけたところで、時雨の口の部分であろう場所に、歌子の手が重ねられる。恐る恐る歌子は口を開く。
「わ、私もごめんね。その、心配かけちゃった……というか、あからさまな態度とっちゃって。時雨くんに悪いことしたよなって、報告会の時も思ってて、変な後悔もあって、その、上手く言えないんだけど……!時雨くん、ほんとごめん。とっても心配かけちゃったりとか。ああもう上手く言葉が出てこないったら!」
矢継ぎ早に出される歌子の声に、時雨は半ば呆然とする。と、同時にそこまで彼女を傷つけてしまったのかとさえ思う。そしてお互いに傷付き合っていたのだとさえ。時雨は口元を押さえている歌子の手を、とんとんと叩いて離すように促す。なんだかこの行為、今日で2回目だなと余計なことが頭に浮かぶ。
「え、あ、ごめんっ!苦しかった?」
「いえ……その。なんと言いますか。お互いに……傷つけて傷つきあって、みたいになっていたんですね」
「あ……」
「これ以上謝罪しても、また謝罪し合うだけでしょうし、ね」
「……じゃあ、時雨くん。一緒にごめんなさいって言って、終わりにしよう?」
「そうですね」
「それじゃ、せーの」
「ごめんなさい」
「すみませんでした」
時雨と歌子は同時に頭を下げ、謝罪の言葉を言い合う。が、
「ちょっと時雨くん!一緒に『ごめんなさい』って言おうって言ったじゃん!」
「え、あ、す、すみません!?」
「もー!そこはごめんなさいでしょ!」
「ご、ごめんなさい!」
そんなことで喧嘩とも呼べないような喧嘩が始まったのは、別の話である。
続く