複雑・ファジー小説
- Re: イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜 ( No.159 )
- 日時: 2019/03/25 21:29
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pUqzJmkp)
エピローグ
また春が来た。
私は今日、十九を迎える。
一年前のちょうど今日、私は、人生最大の恐怖と悲しみを経験した。それでも時は流れ。無事、生きたまま誕生日を迎えることができた。
「おはよ」
朝一番に私の自室へやって来たのはリンディア。彼女は、今日私が着るドレスを持ってきてくれていた。
「ドレス、持ってきてくれたのね」
「えぇ、そーよ。挨拶はするんでしょー?」
「そうなの」
「ならきれーな服装じゃないとねー」
そう、私は今日、国民に向けて挨拶をする。
昨年の悪夢がまだ消えないため、盛大な誕生祭を執り行うことは止めた。しかし、何事もなかったかのように済ますことはできない。そのため私は、国民に向けて簡単な挨拶だけ行うことに決めたのだ。
「はい。しっかりなさいよー」
「ありがとう、リンディア」
コバルトブルー。それはまるで、この星のような色。
「……綺麗なドレス」
こんな大人びた色のドレスを着こなせるのか、心配で仕方がない。だが、この日のためにと用意されたものだから、着ないわけにもいかないのである。
「きーっと似合うわよー」
「……そう?」
「そりゃそーよ! 王女様なら、何だって似合うわー!」
リンディアはそう言って、私の背を押してくれた。
ややきつい下着を着用し、コバルトブルーのドレスを身にまとい、腰のリボンを固く縛る。長く伸びた金の髪は今日もうねっているけれど、丁寧にまとめてセット。化粧は極力ナチュラル、透明感があるように。
準備が終わり、目の前の鏡に映る自分を見て、ふと思う。
——私って、こんな感じだったかしら。
鏡に映る私を、私であると認識できない。
だって、そこに映っているのは大人の女性なんだもの。
「……ねぇ、リンディア。私……少し変じゃない?」
隣に待機していた彼女に問う。
すると彼女は、あっさりと答えてくる。
「変じゃないわよー」
違和感を感じているのは、私だけ?
「どーしたのよ、いきなり」
「私……もっと子どもみたいだった気がするの」
「え?」
「こんなに大人みたいな顔ではなかった気がして」
化粧をしているから。髪をセットしているから。その可能性だって、絶対にないことはないだろう。多少印象が変わる、ということは、よくあることだろうと思う。
けれど、こんなに変わりはしないはず。
「きれーになったんじゃなーい?」
「……だと良いのだけれど」
「なってる! なってるわよー!」
リンディアがそう言うなら、それが事実なのかもしれない。
「ベルンハルトも、きっとびっくりするわー」
「え、どうして!?」
「なーに言ってんのよー。分かってないわねー」
そう言って、リンディアは笑う。
「さいこーに綺麗よ」
身支度を済ませた私は、リンディアと共に自室から出る。するとそこには、アスターが立っていた。
「やぁ、イーダくん。約束の原稿、持ってきたよ」
アスターはそう言って、いきなり、二三枚ほどの紙の束を差し出してくる。
「今日の挨拶の原稿ね!」
「そうそう」
つい忘れてしまっていたが、そういえば、挨拶の原稿を頼んでいたのだった。そのことを思い出した私は、彼が差し出した紙の束を、速やかに受け取る。
「ありがとう!」
頭を下げると、アスターは首を左右に動かす。
「いや、いいんだ。気にしないでくれたまえ。戦えなくなった今、私が君にしてあげられることは限られているからね」
あれ以来、アスターは銃を置いたと聞いている。
だが、負傷した体は徐々に回復しつつあるようだから、多分、体のことが理由ではないのだろう。
「しかし——実に驚いたよ。君が私に原稿を頼んでくるなんて、まったく予想していなかったからね」
それはそうかもしれない。
狙撃手であったアスターは、戦いに関することを頼まれることはあっても、文章を書くことを頼まれることはあまりなかっただろう。
「前から、アスターさんは文才があると思っていたの」
「んん? そうなのかね?」
「えぇ。出会って間もない頃から、そんな気がしていたの」
彼に文才があることは知っていた。
彼に拐われたあの日、密かに彼の日記帳を読んだ瞬間から。
「では、挨拶頑張ってくれたまえ」
放送のための部屋に入る。
そこには、カメラとマイクが設置されていた。
「よろしくお願いします」
「あ、王女様! こちらこそお願いしますー!」
私は指定された位置へ移動し、先ほどアスターから受け取った挨拶の原稿に軽く目を通す。
鼓動は徐々に速まる。
まだ、始まってもいないのに。
こういった経験はあまりないからだろうか。
「一分ほどで、始まりますー!」
「はい」
頬に浮かんだ汗の粒を、手の甲で拭う。強張った体を解そうと、ふぅ、と派手に息を吐き出す。
それでも鼓動は速まるばかり。
だが、それに負けるほど弱い私ではない。
今は前を向いて——。
「終わったぁ!」
挨拶を終え部屋から出ると、緊張が急に解けた。気が緩んで、つい大きな声を出してしまう。
「お疲れ様」
外で待っていてくれていたのはリンディア。
「これで用事はおしまいねー。あ、と、は、誕生日会だけ!」
「嬉しいわ」
誕生日会は大規模な会ではない。内輪だけでの会だ。だから、そんなに心的疲労のあるものではない。
「さ、行きましょー」
リンディアの言葉に「そうね」と返し、誕生日会の会場へ向かおうとした、ちょうどその時。
「ま、ま、待って下さいぃーっ!」
背後から声。
振り返ると、頭より大きい箱を持ったフィリーナが走ってきているのが視界に入った。
「フィリーナ!?」
「待って下さいぃー! ……ぶっ!」
全力疾走してきた彼女は、私たちの目の前で足を滑らせ、見事に転倒。
「なーにやってんのよ」
リンディアが呆れたように放つ。
しばらくして、フィリーナはゆっくりと立ち上がってくる。
そして、持っていた箱を差し出してきた。
「はいっ! プレゼントですぅ!」
「え。私に?」
「はいっ! 受け取って下さいっ!」
「あ、ありがとう……」
いきなり大きい箱を渡されたことに戸惑いつつも、一応お礼を述べておく。すると彼女は、頬を赤らめながら「いえいえ!」と言って、走り去ってしまった。
「……行っちゃった」
「あの娘、なーにやってんのかしらねー」
誕生日プレゼントを渡すだけのために、わざわざ来てくれたのだろうか。だとしたら、ありがたいことだ。
「さ、気を取り直して。行きましょー」
歩くこと、二三分。
誕生日会が開催される広間へ到着した。
前を行っていたリンディアが、扉の前で足を止める。そのため、彼女に続いていた私も止まった。
「とーちゃくよー」
リンディアは私に、扉を開けるよう促してくる。なので私は、扉のノブに手をかけた。
指先に緊張が走る。
だが、気にしない。迷うことなんて何もないのだから。
「……っ!」
そこにあったのは、白い塔。
純白に輝く塔のような形をしたものが、部屋の中央に置いてある。
「イーダ王女」
塔に見惚れていた私に、ベルンハルトが真っ直ぐ歩み寄ってきた。
「……ベルンハルト」
「誕生日おめでとう、イーダ王女」
ベルンハルトは一切迷いのない瞳で、私をじっと見つめてくる。
「……ありがとう」
「これからもよろしく頼む」
「えぇ、もちろん」
その時、ベルンハルトの後ろにいた父親が口を挟んできた。
「おめでとぅぅぅっ!」
相変わらずのテンションだ。
「おめでとう、イーダくん」
父親に続いて声をかけてきたのはアスター。
「今日の誕生日ケーキはだね、前に約束した通り、私が綿菓子で作ったものなのだよ」
そうそう、そんな約束を……って、え!?
「誕生日ケーキって……その塔みたいなやつ!?」
「そうだよ」
「そんなものが作れるの!?」
「綿菓子を使うところに少々苦労したが、ね」
信じられない。こんな美しいものを、綿菓子で作るなんて。
そんなことを考えていると、今度はベルンハルトが口を挟んでくる。
「手伝ったんだ、僕も」
「ベルンハルトも?」
「そうだ。そのせいで、今日は貴女に会いに行けなかった」
ベルンハルトは何やら不満げな顔。だが、その目つきはどこか優しい。
「いいのよ、そんなの」
「……そうなのか」
「そうよ! だって、明日も明後日も会えるじゃない」
そう、きっと来る。
明日も明後日も、その先も。
穏やかな日が。