複雑・ファジー小説
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.13 )
- 日時: 2019/02/12 09:43
- 名前: 燐音 (ID: a5L6A/6d)
第三章 こころ燃やして
さて、ブリタニアにたどり着いてから一月近くが経っていた。シャラは立場上、宿舎をなるだけ離れるわけにはいかなかったが、その分エドワードやエレイン、他の騎士達が街や周辺へ出て情勢を教えてくれた。
現在のイース同盟の状況はこうだ。
まずイース王国は海に囲まれた大きな国である。海を渡って東にテンペスト王国があり、北にはディーネ公国、そしてディーネ公国の北西にはエリエル公国の草原が広がり、北東にはデザイト公国の広大な荒野と砂漠が広がっているのである。東のテンペスト王国は、大精霊「テンペスト」を信仰する聖王国である。このテンペスト王国は既に陥落しており、帝国の領地である。しかし、帝国側からイース王国に攻め入るには、ソール王国を経由しなければならない。その理由は、テンペスト王国の海は嵐が多く船が転覆してしまうからである。ソール王国はまだ国王と同盟軍が侵略を阻止しているが、それも時間の問題であろうとエドワードは危惧している。
現時点で、トゥリア帝国の軍勢はデザイト公国攻め入っており、デザイト公国は劣勢を強いられていた。だが、デザイト公国の東部ではシャラの父、アイオロスが副官を務める東部諸国同盟が食い止めており、この戦場の事を差して東部戦線と呼んでいた。
東部諸国同盟とは、ソール王国、デザイト公国、エリエル公国、ディーネ公国が一年前に結成した連合である。元はこの東部諸国同盟も、イース同盟としてイース王国の名の下に集結していた。だが、敵将「キドル・ティニーン」の猛攻により、独自の動きでトゥリア帝国と戦っている。
東部諸国同盟で兵を派遣したのはエリエルだけだ。この一事を以ってしてもアイオロスの忠誠心が失われていないことがわかるだろう。そして東部戦線が持ちこたえているおかげで、デザイト公国から先はトゥリア帝国の襲撃にあうのを逃れているのである。
現在はそのような状況あってか、イース王国自体は戦場にはなっていない。だが帝国側が何らかの方法でテンペスト王国側から侵攻してきたりイース同盟の中の内の国が裏切るような事があれば、イース同盟はこの世から滅び、大陸はトゥリア帝国のものとなる。……という話をシャラはエリエル騎士団副隊長「アスラン・シェーシャ」から聞いていた。
薄い若葉色の髪、黒くキリッとした瞳、エドワードほどでもないががっちりした体型とシャラが見上げるほどの身長と鈍色の鎧が光り、とても真面目そうな青年であった。
「今はまだ、戦場にはなってはいません。ですが、このブリタニアやイース王国も決して平和というわけではありません。先日の脱走兵や山賊などが蔓延り、治安も乱れています」
「陛下は何の対応もなさらないんですか?」
「……自身の身の回りを固めることばかり終始し、ならず者に同盟軍を派遣したりはしないのです」
「結果、エコー村のような状況が、各地で起きているというわけですね」
アスランの報告に、シャラはため息をつく。シャラはそのような状況を聞かされながらじっくりと戦力を整えた。エリエルから同行してきた百騎程度では、戦力が圧倒的に足りない。そのため、先日の傭兵ギルドから信用できそうな者を選んで契約を交わしていった。そして騎士団への参入を希望してきた騎士も幾人か加え、準備は着々と進んでいた。
「ありがとうございます、アスラン」
「は。……あ、あの、シャラ様」
「どうしました?」
アスランはシャラが近づくたびに一歩、また一歩離れていくのである。顔には大粒の汗がだらだらと流れていた。この表情は、おそらく「恐怖」だろう。
「すみません、アスラン……忘れていました」
「い、いえ、こちらこそ……では、失礼します」
アスランはその場から逃げ出すように退出した。
アスランは極度の「女性恐怖症」なのである。過去に何らかのトラウマがあり、それ以降女性に近づくことができなくなってしまったらしく、公務の時ですらかなりのストレスを感じているらしい。だが、そんな彼もなぜかヒルダだけは大丈夫らしく、ヒルダは「私は女として見られてないのかしら」と呆れていた。そんなわけで彼は女性を前にしなければ立派な副隊長なのである。
アスランが退出した後すぐに、執務室にやってきたエレインはアスランの様子を見ていたのか、少し顔が引きつっていた。
「シャラ様、アスラン副隊長は……」
「き、気にしないでください、いつもは立派な方なんです」
シャラもはははと力なく笑い、ため息をついた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.14 )
- 日時: 2019/03/03 14:39
- 名前: 燐音 (ID: mnvJJNll)
「エレイン。アルフレド様は、私に待てと仰いました」
「はい」
その日の昼下がり、先ほど執務室にやってきたエレインにそう切り出す。エレインは、全てを察しているように静かに頷いただけだった。
「我々は待ちました。そして力を蓄えました」
「はい。騎士団としては、歩兵が半数近く混じるやや歪な形ではありますが、戦力は揃いました」
「ですがまだ練度が足りません。この状態で本格的な戦場に出ようものならひとたまりもないでしょう。アルフレド様が我々に手柄を立てる機会を作ってくださったとしても、無駄にしかねません。ですから私は決意したのです。グレム山を根城とする盗賊団を我らで討伐するのです」
「グレム山賊を?」
「はい」
王都ブリタニアから西を進んだ場所にはグレムと呼ばれる険しい山岳地帯がある。そこを根城とする山賊の活動が最近活発になっており、多くの被害が出ていた。同盟軍の補給部隊や商隊、抵抗できない小さな村々を襲い、略奪の限りを尽くしている。
「彼らが滅びれば、悪党も自分たちを取り締まる者がいると知って少しは大人しくなるでしょう。それに我が騎士団の訓練にもなります」
「実戦に勝る訓練無し、と言う事ですね」
そういうと、エレインは深々と頭を垂れた。
「エ、エレイン?」
シャラが戸惑っていると、エレインは「ありがとうございます」と礼を述べる。
「多くの者達が被害を被っております。同盟軍に表立って不満を漏らすことはできませんが、アルフレド公も常々御心を痛めておられました。もちろん私も。シャラ公女のご判断に感謝いたします」
「いいえ、私の方こそアルフレド様には数々の援助を頂きました。モルドレッド王の目に触れないように注意をはらいながら……。この程度の事ではとても恩返しになりません」
傭兵を雇い、武装を整える資金は全てアルフレドの私財から出されていた。例え一国の領主といえど、決しておいそれと動かすことのできない援助のはずなのだ。
そうこうしていると、エドワードが二人の騎士を連れ執務室にやってきた。
「公女、いよいよですな」
「そうですね……それはそうと、そっちの二人が……」
「は、今回の山賊討伐に先陣を切らせようと思っています。……ハティ、スコル、ご挨拶だ。」
前髪が青く後ろの薄い水銀色の長く艶のある髪と強い意思を持つ青い瞳の女性と、若葉色の短髪と少しおちゃらけた印象を持つ青年が、エドワードの背後に立っていた。
女性の方は男性に劣らず身体が大きく、髪の長い男性にも見える顔つきであり、男性の方は笑顔を絶やさず、女性の騎士よりやや背が低い。二人は顔つきが似ており、双子であった。女の「ハティ・エヌムクラウ」が姉であり、男の「スコル・エヌムクラウ」が弟である。
シャラはこの双子とは幼いころに出会っており、よく遊び相手になってもらったものだ。そして成長した今も二人には助けてもらっていて、心から感謝している。
「シャラ様、便りのない愚弟ではありますが、存分にこき使ってやってください」
「ちょ、姉さん!直球すぎるって!」
ハティの笑顔での毒舌に慌てて否定するスコル。その様子にシャラは思わず吹き出し、笑みを浮かべた。
「あ、公女……やっぱあなたは笑顔が一番似合いますよ」
「スコル!」
スコルの軽口にハティは口調を強める。だが、シャラはおかげで緊張がほぐれた気がする。
「ふふっ……ありがとうございますスコル、それにハティ。あなた方には小隊の指揮を任せようと思います」
「は、お任せくださいシャラ様」
「はい!俺、力の限り頑張ります!」
ハティは力強く敬礼し、スコルは腕を振り上げて笑顔で答えた。だが、すぐにハティに脇を小突かれ「がっ……、わ、私は……」と脇を抑え、小さく呻きながら言い直す。エドワードは「ふう」とため息をついて呆れていた。
確かに人員は増えた。次にシャラが欲しいのは小さな単位で指揮できる小隊長だ。全体の指揮は自分か、エドワードに任せておけばいい。だが数が増え、指揮が行き渡らなくなった隊を支えるのは小隊単位で上から降りてくる指令にいかに迅速に従えるかにかかってくる。本来、まだこの双子は一介の騎士として働いているはずだ。それを小隊長に抜擢するのは、シャラなりに計算があった。もちろん、エドワードの発案でもあり彼に知恵を借りたのだが。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.15 )
- 日時: 2019/01/29 23:21
- 名前: 燐音 (ID: OHq3ryuj)
その日の謁見の儀は、先日よりも空気が張り詰めていた。アルフレドが山賊の討伐を打診したからである。
「……このように、ブリタニアの街では治安に対する不安が不満となりつつあります」
「なるほど」
一応は頷きながらもモルドレッドは不機嫌そうに顔をしかめていた。
「しかしブリタニアの守りはどうする? 同盟軍の戦力はトゥリア帝国への備えで手一杯のはず。どこにそのような余裕がある?」
「シャラ公女の軍が浮いております」
「ああ」とモルドレッドはシャラの方を見た。
「だから呼びもせぬのにこの場にいるのか」
久しぶりに謁見の間にやって来たシャラは、集う人々の末席に並び、モルドレッドのやり取りを見ていた。いかにも面倒くさそうに一瞥し王座の肘掛けで頬杖を突くとモルドレッドは視線を戻す。
「あい、わかった。だが同盟軍は動かさん。やるなら止めはせぬが、シャラ公女単独でやるがいい」
その言葉に慌てたのはアルフレドであった。
「し、しかし陛下。グレム山賊は、たかが山賊といえその数が……」
「アルフレド公! 貴殿は陛下の御身を危険に晒してまで民衆共を救えと申すのか!」
一喝したのは先日もモルドレッドの言葉に追従した文官だった。
「うむ、流石は「ルーカン」。よくぞ申した」
「は、陛下への身を思えば、当然の事かと」
そして文官はもう一人いる。
「流石はルーカン殿。いや、臣も今、同じ事を考えておりました」
あからさまな追従である。本当にそんなことを考えているかどうか怪しい。こちらは「グリフレット」というらしく、この二人はモルドレッドに助言などする重鎮である。彼らは主家の重鎮であるという誇りからかアルフレド公を始めとするディーネ公国……いや、同盟国の国民達を軽んじるきらいがあった。とくに「ルーカン」という男は、かつてアーサー王を補佐した立派な人物であったようだと聞いていたが……とシャラは考えるが、今はそのようなことを考える状況ではないと首を振る。
「戦力であれば、ブリタニアの街に入り込んでいる傭兵を雇えばよろしい」
「では、その費用を同盟軍から出していただけるのか!?」
アルフレドは当面の論敵をルーカンへと変える。だが矛先を向けられたルーカンは軽く冷笑を浮かべただけだった。
「ふふん、アルフレド殿、貴殿は先ほどから話を聞いておられなんだか? 人員も財源も余っているわけではない」
ルーカンの言葉をグリフレットが継ぐ。
「そうだ、貴公らが討伐に出るのは勝手。許可を出していただいた陛下に感謝の言葉を述べるどころか金の無心など、少しは遠慮という言葉を思い出されよ」
そして最後に再びモルドレッドが口を開く。
「それが嫌なら大人しくしていればよい。そうだな、期限も設けよう。いつ出陣するかは知らぬが、出陣したら翌日の日の出までに帰って来い。山賊など、一日で討伐できぬ腰抜けに用はない。いや、任務を口実に逃亡を図るかもしれぬからな」
そう言いながらモルドレッドは高笑いした。
アルフレドは悔しそうに歯を噛みしめうつむいていた。そうでもしなければ耐えられなかったのだろう。
「山賊討伐をお許しくださいました、陛下の恩情に感謝いたします」
シャラの声が謁見の間に響き渡った。
モルドレッド、ルーカン、グリフレットが、そしてアルフレドまでもが驚いてシャラに目を向ける。
「山賊は、我がエリエル騎士団が見事討ち果たしてみせます故、陛下はどうかお心安らかに吉報をお待ちください」
「では貴公、どうあっても出陣すると?」
「はい、無論でございます。ただ一つだけ条件を変えていただきたく思います」
「ほう、言ってみるだけ言ってみるがよい」
その顔は、シャラの懇願を聞くだけ聞いて笑いながら拒否しよう、そういう顔だった。
だがシャラは臆することなく口を開いた。
「出陣し、次に日が昇るまでに帰還する、のでありますね?」
「そうだ」
「古来より、太陽は男神を表し、月は女神を表すといわれます。我々は、イースの女神の加護が欲しゅうございます。願わくば、太陽を月に変えてはいただけませんか?」
モルドレッドの顔は、明らかに「そんな事か」という表情に変わった。
「ふふん、猛き男神ではなく女神の加護が欲しいと申すか? 小娘の考えることはよくわからぬ。まあよい、では"貴公が出陣してより次に月が顔を出すまでに帰還する"のだぞ」
「は、必ずや」
そうしてシャラは颯爽と一礼し、謁見の間を後にするのだった。
アルフレドは頭を抱えていた。何とかシャラに手柄を立てさせたいという思惑が完全に裏目に出てしまったのだ。
自分でもグレム山賊を討伐する案を練ってみた。モルドレッドの言うように一日しかもらえないのであれば、最も多く時間を確保するためには月が出ると同時に出発しなければならない。そうして夜の間に山賊達の根城に近づき、陽の光があるうちに討伐する。
だが、山賊を討伐してからこのブリタニアに帰ってくるだけの時間が残されていない。どうあがいてもこのブリタニアの街からグレム山までは半日近くの時間が必要だった。それも、アルフレドの頭の中にあるのはエリエル騎士団よりもずっと戦力が潤沢な同盟軍を動かしての話である。エリエルの騎馬兵団の力は音に聞くが、それでもわずか百騎の少数ではどうしようもない。ある程度傭兵を雇い入れ戦力の増強を図って入るようだが、戦は数だけで勝てるわけではない。下手をすれば連帯の不備などで逆に弱体化しかねないのだ。
シャラはすぐには動かなかった。ああは言ったものの、やはり動けないのだろう。
「どうするのだ、シャラ公女」
アルフレドは自分の執務室で深々とため息を漏らした。
シャラが動いたのは、その次の日だった。だが出発は驚いたことに夜間ではない。夜明どころか、昼近くなってからの事だった。
「何を考えているのだ」と、アルフレドはシャラの騎士団が出発したという報告を受けながら、その動きの真意を測りかねていた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.16 )
- 日時: 2019/03/02 12:48
- 名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)
グレムと呼ばれた山岳地帯の南部には、すり鉢状の窪地が広がっていた。南北と東は切り立った山壁がそそり立ち、グレム山賊はこれを天然の城壁代わりとして根城を作っている。おかげで攻め込む隙は西側だけに絞られていた。もちろん、ここを根城にしているグレム山賊はその事を十分に理解しているだろう。
「思った以上に堅牢な根城ですな」
針葉樹の陰から盆地を見下ろし、エドワードは言った。本体は残し、エドワードとシャラは少数の兵だけを連れ先行していたのだ。
「ええ、このままでは我々の姿が丸見えですね」
シャラは腕を組んで小さく唸った。窪地自体がまた問題なのだ。このあたりの、窪地の入り口までは鬱葱とした森が広がっているが、窪地の中に入ると途端に荒れ地が目立ち始め、大木は姿を消し、せいぜい灌木程度しか生えていない。
遠くすり鉢状の底に丸太小屋がいく棟か立ち並んでいた。あの位置にあれば、攻め込まれたことをすぐに察することができる。エコー村の場合とは違い、速攻で片を付けることはできないだろう。何しろ、今回は敵の方が多いのだ。
陽は、既に西に傾き始めていた。夜間戦闘はどう考えても騎馬兵の不利である。しかも地の利は向こうにあるのだ。
「公女、どうなさいますか?」
こうなれば退却も一つの選択肢である。モルドレッドからの風当たりは強くなるかもしれないが、元が無理難題なのだ。我を張って兵を無駄に失うよりずっといい。それにいざとなれば故郷であるエリエル公国に帰還すればいい……。
エドワードがそう考えていると、随行していた兵の中から一人進み出てシャラに進言する。
「私が敵の目を引き付けます。その隙に反対側より挟撃していただければ……」
そう言いだしたのは驚いたことにまだ若い娘だった。長く美しい金髪を三つ編みに編んでまとめ、青い瞳はまるで磨き切った宝石のように澄んでいる、勝気そうな妙齢の女性であった。名を「シャルレーヌ」という。彼女は雇い入れた傭兵の中の一人であった。傭兵は、異国の剣士や樵が斧を戦斧に持ち替えた者など騎士ではない者達が多かったが、中には彼女のように決まった主君を持たない流浪の騎士もいた。
「私は、正規の騎士団の方たちとは違いエリエル公国に忠誠を誓った者ではありませんわ。ですから、頂いたお金の分の働きはしなくてはなりませんの。どうかお命じくださいまし」
そう言い切る彼女の決意はあっぱれだが、どう考えても無謀過ぎる。功を焦りすぎているのだろうか。しかし、彼女は流浪の騎士をしているには育ちがよすぎる様にも見えた。何か事情があってこの仕事をしているのだとすると、彼女の言葉を信用しては逆に部隊が全滅しかねない。エドワードはそんな危惧を抱いた。
「ありがとうございます、気持ちはとても嬉しいです。ですが、私の考えている作戦に、あなたの言うような危険な囮は必要ではないのです」
「危険、ですか」
「そうです。確かに盆地の入り口は一つですが、中は広い。隊を二つに分けて、先に入った部隊が丸太小屋を目指さず東に向かい注意を引きます。そうしておいて本隊がまっすぐに向かい挟撃するのでしょう。形としては不可能ではありません」
「そうです、ですから!」
「ですが、数が違います。敵の数は我らの数倍にもなります。隊を二つに分けている余裕はないのです。分けたとしても、せいぜい十騎程度までです」
「そ、そんな……」
シャルレーヌは最初の勢いを失くす。そう、エドワードとシャラもシャルレーヌが口にした策はすぐに考えついた。だが数が問題なのだ。
「それに、東に向かう道は崖道で、おまけにある程度木々が茂っています。騎馬隊に適していません」
「せめて奇襲ができればよいのですが……」
そう漏らすエドワードに、シャラは微笑みかけた。
「奇襲をかけましょう」
「あるのですか、そのような方法が」
シャルレーヌが驚いて問い返す。
「もちろんです。少し貴方が考えた策と似ていますが、ここから東に向かう道はさっきも言ったように細く、身を隠せる茂みもあります。ここは派手に囮が通るより、伏兵が通るための道として使うべきではありませんか?」
「伏兵、ですか……?」
シャルレーヌはシャラの言葉に聞き入っていた。
「今回、我々は全員下馬して戦います」
それはこの戦場を考えればさして不自然な選択とも思えなかった。ただ、
「戦いを始めるのは夜になってからです。準備が整い次第、我々は大声をあげながらゆっくり歩みを進めるのです」
「は?」
シャルレーヌは目を丸くしていた。エドワードも信じられない思いである。夜陰に紛れるのはいい。だが紛れておいてわざと大声を出すとは矛盾しているではないか。
「シャラ様、しかしそれでは……」
言い淀むエドワードに、シャラは「わかっています」と頷く。
「エドワードが訝しく思うのも無理はありません。ですが、夜、突然軍がやってきたら彼らは慌てることでしょう。しかもよるであれば数が見て取れないはずです」
「それは我々も同じです。確かに盆地はなだらかで、夜の山道とはいえ歩いて降りることも不可能ではないでしょう。ですがそれはゆっくりと歩きながら降りれば、です。山賊の戦力はよくわかっておりませんが、弓を扱うものぐらいいるでしょう。それが我らに向かい適当に撃っているだけで、我らの被害は広がってしまいます」
「いえ、大丈夫です。私の作戦が成功すれば、一方的に我々だけが彼らの姿を見ることができます」
そんな奇跡のような作戦があるとは、エドワードにはとても信じられなかった。
「さっき言った道を伏兵が先行します。そして我らは山賊を誘い出し、その隙に伏兵が火を放つのです。あの小屋全てに、ね」
「火を!?」
本当は夜の闇と木の陰に隠れながら小屋まで近づき奇襲をかけようとしていたのだという。だがこれだけ見晴らしがいいと、夜だとしても物見がいれば一目でわかってしまうはず。そのためそれを逆手に取ってやろうというのだ。
「ではその伏兵の役目は是非、私に!」
そういって詰め寄るシャルレーヌ。しかし頭上から突然笑い声が降って来た。
「何者だ!」
エドワードが誰何すると、三つの人影が樹上から飛び降りて来た。
「あははっ、ごめんごめん!途中まではよかったんだけどさ〜、伏兵をあなたがやるって聞いたらど〜にもおかしくって」
そう言ったのは身軽な格好をした紫色の髪を持つ少女だった。髪は一本に纏め、リボンや紐で括っている。猫の耳と尻尾を動かし、白いケープの下に紫のマント、紫を基調とした手袋やインナー、短いズボンにブーツと、まるで盗賊のような恰好である。その表情には気の強そうな笑みが浮かんでいる。八重歯を剥き出しにし、笑っていた。
「おい、そう言うなって」
少女を窘めたのは大剣一本を手にした青年だ。茶髪の荒い髪型に碧眼、逞しい肉体にタンクトップとズボン。こんな場所に出てきているのに、防具を装備しておらず、腰や右腕に麻の布を絞って巻き、頭にはハチマキを巻いているだけである。
「確かに、言いすぎですね」
最後に現れたのは、異国風の剣を携えた金髪の少女である。先ほどからヘラヘラ笑っている少女と同じく獣人であり、狐の耳と尻尾をユラユラ揺らしている。金髪であり、花の形を模った赤い紐で髪をまとめ、瞳は燃えるような色をしている。服装は「ミズチ国」で一般的な服飾である「和服」と言ったものを着ているようだ。上着は白装束で、下は赤い袴を穿いている。そしてブーツではなく、藁を編んで紐を結んだような特異な物であった。
彼らは典型的な傭兵たちであった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.17 )
- 日時: 2019/03/02 12:51
- 名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)
「あの、失礼ですがあなた方は? ……私はエリエル公国公女、シャラザード・グン・エリエルと申します」
笑われたにもかかわらず、シャラは自ら名乗った。流石の三人もこれには驚いたのか慌てて居住まいを正す。
「あと、えー……あたしは「シャノン・キャッツアイ」。美少女トレジャーハンターよっ♪」
猫耳の少女シャノンは右手でピースサインを作ってポーズを決めて片目をつむる。聞けば彼女はソール王国からはるばるやって来た義賊であるらしい。
「俺は「ユミル・ブレイカー」。将来英雄になる男だぜ! あ、サインいるか?」
「いえ、結構です」
茶髪の青年ユミルの申し出に、淡々と断りを入れるシャラ。彼はテンペスト王国の出身で、嵐に流されてこちらに来たのだという。
「私は「ミタマ・アサギリ」。目的があり、ミズチ国から海を渡ってやってきました」
金髪の狐の少女ミタマは、二人とは違い礼儀正しく一礼する事から、育ちがいいことが窺える。
彼らもブリタニアの街の傭兵ギルドから依頼を受けてきたという。
「ちなみに、その依頼とは?」
「はい、街のご老人が奥さんの形見である指輪を取り返してほしい、という依頼なのです」
「山賊もやることなすことちんまいよね〜」
「あ、俺は賞金首の捕縛だから、違うけどな!」
ミタマの説明に呆れかえって肩をすくめるシャノン。彼女からすればスリなどやることが小さいということらしい。ユミルは目を爛々と輝かせて手に持っている剣をを素振りしていた。
「だ〜けどさ〜……こんな攻略が難しい場所だなんて思いもしなかったわよ〜」
シャノンは明らかにだるそうに肩を落としている。ユミルも同じく肩を落とす。そしてミタマが人差し指を立てながらシャラに提案した。
「そこで、私達とあなた方、利害の一致したわけですよね。なのでその伏兵の役目、私たちにお任せ願えないでしょうか?」
これに怒ったのは他でもない、シャルレーヌだ。
「何を言うんですの、横からしゃしゃり出てきて無礼ですわ!それでは私に伏兵の役目は無理だといっているように聞こえますわよ!」
「いや、無理でしょ」
シャノンは真顔で、そしてシャルレーヌに対し人差し指を突き立てて言ってのけた。
「まずはその鎧! 騎士様だから仕方ないけど、歩くたびにガチャガチャうるさいのよ! そんなんじゃ私を見つけてくださいまし! なーんて言ってるようなもんでしょうが。騎士様ってのは正々堂々と勝負するしかないのかしら?」
「む、ぐ……っ!」
「ま、まあ、心意気は買うけどな」
「そうですよ、誰かのお役に立ちたいという気持ちが大切ですよ」
シャラもエドワードも騎士であるが、シャノンはズケズケ指摘する。シャノンの指摘にシャルレーヌは肩を落とした。ユミルとミタマは流石に不憫に思ったのか、フォローをいれるが。
「森の忍び歩きであたしらに敵う奴はいないわ。どう、一口乗らない?」
怒りが収まらない様子のシャルレーヌを無視し、シャノンはシャラに向けて再び片目をつむった。シャラは小さく笑うと一つ頷く。
「わかりました。あなた方を信用しましょう」
「公女様!」
シャルレーヌが抗議しようとして、自らも傭兵であることを思い出したのか大人しく引き下がった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.18 )
- 日時: 2019/03/02 12:53
- 名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1093.jpg
そして日が暮れる。数時間前にあの三人組は別行動を取り始めた。そろそろ山賊の根城の背後に回り込んでいる時間だろう。
今日は新月だった。シャラが指示した時間はもうそろそろである。本隊が合流した頃、彼女は空を見上げて微笑んでいた。
「夜空が、どうかされましたか?」
エドワードが問うと、シャラは「いいえ」と首を横に振る。まるでいたずらを成功させた少年のような笑顔が気になりはしたが、もう作戦が始まる時間だ。それ以上何かを聞く時間はなかった。
「そろそろいいだろう。全軍、進撃!」
シャラは腰の長剣を抜き放つと全軍の戦闘を切って歩き始めた。
伝達しておいた通り、歩き始めた全軍は一斉に大声を上げ始めた。まるで狼の群れのように天に向かって雄たけびをあげ、ゆっくり進んでいく。足をわざと激しく踏みしめ、靴音を響かせてだ。
声は山々にこだまし、すり鉢状の盆地の中に響き渡る。足音は地鳴りのように轟いた。それらが全て、深淵の闇の中で際限なく繰り返されるのだ。
盆地の底の方が一気に騒がしくなった。混乱が空気を震わせ伝わってくる。流石に明かりをともすようなことはしない。こちらに弓兵がいることを用心しての事だろう。事実、連れてきている。剣と弓が両方使えるものはあえて弓を選択させていた。
物見台に備えられていたのだろう鐘が激しく打ち鳴らされる。距離を詰めていくと徐々に底からこみ上げる怒号も聞こえ始めた。その数はエリエル騎士団より圧倒的なまでに多い。
だが、今はまだ敵に正確な数を気取られてはいない。すぐにこれがハッタリであるとわかるだろうが、まだしばらく時間は稼げるはずだ。
次の瞬間、闇の中に炎の華が咲いた。
音と気配だけが蠢く盆地に、次々と紅蓮の炎が華開いていく。爆発的な勢いで次々と山賊たちの小屋に火の手が上がり、それは天に向かって火の粉をまき散らした。
炎は闇に慣れた目には暴力的なまでの明るさだった。闇の中から、こちらを迎え撃とうとしていた山賊達の姿がはっきりと見て取れる。闇に身を紛らせまっすぐ駆け寄っていた者、中腰になって警戒しながら状況に対応しようとした者、地面に伏せ通り過ぎたこちらの背後をとろうとしていた者、恐慌に陥って逃げ出そうとしていた者。それら全ての姿が、滑稽なまでにくっきりと浮かび上がる。
気の早い弓兵は、早速弓に矢をつがえ号令を待っていた。
「撃ち方はじめ!」
ヒルダの凛とした声が盆地に響き渡った。
甲高い音と共に夜陰を切り裂いて、無数の矢が放たれる。怒号の中に悲鳴が混じり、それは敵の中に確実に恐怖を植え付けていく。敵は、こちらの姿が見えない。応戦しようと弓矢を持ち出したのが見えたが、どこを射ようかと迷ううちに、白髪の弓兵「イグニス・ユール」が指揮する弓兵隊によって沈黙させられた。
「小隊、突撃せよ!」
闇の中からハティの力強い声が響き渡る。そして炎を目指し猛然と突進してきたのは、ハティとスコルが指揮する小隊だった。山賊達が浮足立つ中で左右に展開し、弓兵の一斉射撃が途切れると一気に襲い掛かる。
中央ではシャルレーヌ達傭兵部隊も果敢に戦っていた。奥から聞こえてくる悲鳴は、こだまでなければシャノンやユミル、ミタマが戦っているのだろうか。
こうして、何倍もの戦力差があったはずのグレム山賊とエリエル騎士団との戦いは、浮足立ったグレム山賊が自分たちの力の何分の一も発揮できない内に全滅し、終わった。
戦いが終わったのは、朝日が闇の中から東の山嶺を浮かび上がらせる頃だった。
陽の光は見る間にこの盆地にも差し込み始め、それはまるで盃に注がれる酒のように盆地を充たしていった。
先ほど受けた報告によれば、軽傷者は出たものの死者はいない。心地よい疲れが体に満ちている。
そこへ、シャノンとユミル、ミタマがシャラの前に歩み寄ってきた。三人とも満面の笑みを浮かべている。
「公女様、どうもありがとね!おかげで依頼も達成、万々歳だわっ♪」
「久しぶりに身体を動かせたし、いい運動になったぜ」
「公女様のご協力に感謝いたします」
各々が抱いている感想を述べて、シャラに一礼する。シャラは微笑みながら、首を振った。
「いいえ、この勝利はあなた方がいなければ掴めませんでした。こちらこそ、感謝しております」
「お堅いな〜。まいっか」
シャノンがシャラに対して目を細め、笑みを浮かべる。
「公女様、なんか面白かったしまたいつでも協力したげるよ。あたしらブリタニアの傭兵ギルドにいるから、必要になったら声かけてよ」
「お、公女のためなら俺も頑張るぞ!」
「当然、私もお手伝いさせていただきますよ!」
三人がそう言い残すと、シャラに対し手を振りながらその場を去っていった。
そしてシャラ達は部下を労いながらも帰路についたのであった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.19 )
- 日時: 2019/01/31 12:29
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
ブリタニアに帰還したのは昼下がりから夕刻へと近づこうという時間である。城門でモルドレッド直属の親衛隊がエリエル騎士団を待ち受けていた。
一度眠りたかったが、それもかなわずシャラはモルドレッドの前へと連行される事となる。部下達は何が起こったのかわからず、ただそれを見守っていた。
「公女……」
行動を共にしていた白髪の弓騎士イグニスは、連行される彼女を無表情で見ていた。
「さあシャラ公女、申し開きがあれば聞かせてもらおうか?」
謁見の間に連行されたシャラをいつもの面々が待ち構えていた。
口を開くと同時に、モルドレッドは勝ち誇った声を出した。そのわきに控えるルーカンとグリフレットも、にやにやと笑っている。彼らの反対側に立っているアルフレドと王座の傍に立っているアムルだけが心配そうにシャラを見守っていた。
「申し開き、とは一体何のためでしょう?」
シャラが平然と切り返すと、モルドレッドは笑うのをやめた。
「ほう、余と交わした約束を覚えておらぬと言うのか?」
声を低くし、威嚇する。返答いかんではただでは置かないという気配が伝わってきた。
「いえ、よく憶えております。確か陛下は「貴公が出陣してより次に月が顔を出すまでに帰還する」とおっしゃていました。ですがお約束はそれだけだったと記憶しておりますが」
「そうだ、だが貴公が出発したのは昨日の昼前。帰って来たのが今。月が昇るどころかとっくの昔に沈んでおるではないか」
そう聞かれ、シャラは答えた。
「いいえ、月は昇っておりません」
「なに?」
「陛下、昨夜は新月にございます。月は夜空に昇っておりません」
それを聞いたアムルはふふっと笑い、アルフレドも口元を緩ませていた。
モルドレッドは顔をしかめながら何度か口を開閉し、そして何かを諦めたのか乱暴に謁見の間の出入り口を指した。
「もうよい!この程度の任務を果たしたくらいでつけあがるでない。よい、さがれ、そのような田舎臭い面など見たくもないわ!」
シャラは一礼をし、そのまま謁見の間を辞するのだった。
「肝が冷えたぞ」
謁見の間から王宮の外を目指し歩いていたシャラは、アルフレドから呼び止められ足を止めた。
「申し訳ありません。ああするより他はなかったのです。ただでさえ戦力差が激しく危険な戦い。これ以上部下に無理をさせたくありませんでしたから」
二人は歩きながら話し続けた。
「すまぬな、私にもう少し力があればよいのだが……」
「いえ、お気になさらないでください。私の任務はエリエル公国を守る事です。国を守る事は、必ずしも綺麗事だけではすまないと、ここにきて思い知らされました。耐えることも国を守るために必要なら、私は、それをしようと思います」
「うむ、アイオロスは良き娘を持ったな」
「恐縮です、私などまだまだ至らぬ所ばかりです。それより、アルフレド様には多大なご援助をいただき感謝の言葉も見つかりません」
「いや、いい。それよりも今の言葉通り、陛下に尽くしてくれ」
「は、かしこまりました」
「それにしても、痛快だったな」
新月を使って一日誤魔化したことを言っているのだろう。シャラは苦笑しながら言った。
「実は故郷に妹がおります」
「妹殿?」
「ええ、「エオス」といって私にとても懐いてくれる妹です。前に同じ事をされたんですよ。もし一日で……もちろん次に月が昇るまでにと言ってですが……一人で城中の花瓶を花一杯にできたら、一つだけお願いを聞いてほしい、と」
「ははは、公女に加護を授けられた女神の正体は、妹殿であらせられたか」
「他の者には内密にしておいてください。恥ずかしいですから」
「いや、いい話ではないか。してその願いは?」
アルフレドの質問に、シャラは表情を緩ませた。
「無事に帰ってくれること」
シャラの言葉にアルフレドはさらに笑みを深めた。
まだ道のりは厳しい。この国で何をすればいいかすら見つかってはいない。だがそれでもシャラはエリエルを守るために全力を尽くそうと、自らに誓いを立てるのだった。