複雑・ファジー小説

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.145 )
日時: 2019/03/28 19:28
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

第七章 雨上がり

 デザイトは完全に解放された。まだ事後処理は残されているが、一段落ついたシャラはイスラフィルを残して帰還した。
 デザイトから離れる途中で、スピネルとタマヨリヒメが、純白の剣と漆黒の剣を二本持ってシャラの下へ現れた。
 なんでも、スピネル、タマヨリヒメがミズチ国へ帰るらしい。目的が達成されたため、戻るのだという。
 タマヨリヒメが別れ際にシャラに会いに来てくれた。任務達成したのか、満面の笑みを浮かべて。

「シャラザード公女、世話になったのう」
「いいえ、タマヨリヒメ様。……あなたもどうかお元気で」
「律儀でいい子じゃ、お主。そうじゃ、これをやるわ」

 タマヨリヒメは自身の服の袖から青い丸い珠を取り出す。そして、シャラに「手を出せ」と言ってから手を出させ、その手の上にぽんっと置いて渡した。その珠はなんとなく青い光をゆっくり点滅させていた。

「これは?」
「余にもわからん。でももしその珠が役立つ時がきたとしたら、それは大きな選択を強いられるかもしれんな」
「えっ?」
「今はまだなーんも考えんでよい」

 タマヨリヒメがどこか寂し気な表情を見せると、くるりと振り返ってスピネルの下へと戻ろうと走り出した。
 シャラは遠くで手を振るタマヨリヒメ、軽く一礼するスピネルを見送りながら、ふと、腰に下げているシエラザッドを鞘から抜いて、手に取ってみる。なんとなく、シエラザッドに丸いくぼみがあったなあなんて考えたからだ。
 シャラの予想通り、シエラザッドの柄に丸いくぼみがあった。そして先ほど貰った珠をそのくぼみにはめてみると、すっぽりと吸い込まれるようにはまり、シエラザッドが蒼い光を纏った。
 シャラは驚いてその剣を嘗め回すように見る。青い光を纏った以外は何も変わってはいないようだ。シャラはシエラザッドを鞘に納めて、馬に乗り込みその場を後にした。
 


 そしてシャラは自らの部屋に戻ると、ベッドに崩れ散るように身を投げ出した。身体の底に積もりに積もった疲労まみれの空気を吐き出す。
 少し眠ろうと思って部屋に戻ってきたというのに、考えなけれればならないことが多すぎて、横になっても頭の中は様々な事柄が渦巻いてとても眠れはしなかった。
 そこに、自室のドアをノックする音が聞こえる。シャラは扉の前まで歩く。

「あ、はい」
「こんな時間に失礼いたします。実は、公女に御引き合わせたい人物がいるのです」

 扉を開ければ、そこに立っていたのはエレインだった。



 エレインに連れていかれたのは、館の中庭である。
 日が暮れた後、ここには館の中の灯りが届かないために薄暗い。
 そんな中庭に植えられた樹の脇に、誰かが立っていた。

「あなたは……セレス!?」

 そう、イストリア島の戦いで、竜将と共に姿を消していたセレス。
 クリスの手紙の「彼女は悪くない」という言葉がシャラの脳裏に映る。
 本当はすぐさま取り押さえ、シャラは指揮官としてセレスに裁きを下さなければならない。だが動けなかった。どう動いていいのかシャラ自身もわからなかった。

「エレイン?」

 シャラは振り返って問いかけた。

「私の私的な情報網が、彼女を探し出したのです」

 イストリア島の戦いからすでに一月近くが経っていた。ソスランを送り出して、比較的早い時期にセレスはブリタニアまで戻ってきていたのだという。
 騎士団に戻るわけでも、傭兵に加入するでもなく、毎日所在なくしている彼女に、エレインは声を掛けた。

「申し訳ありません。本来であればこうしておめおめシャラ様の前に顔を出せる立場ではないのですが、エレイン様の御言葉に、甘えてしまいました」
「私が見つけた時には、かわいそうなぐらい落胆していたんですよ」

 実際こうしていても、戦場で悠然と空を駆ける彼女の姿は想像もできないほどセレスは体を小さくしていた。まるで今すぐここから消えてしまいたいというように。

「さあセレス、シャラ様に事情を説明して差し上げて」
「事情?」

 エレインの言葉に促されて、セレスは重い口を開いた。

「シャラ様、クリス様にいただいた手紙は読んでいただきましたか?」
「ええ」

 セレスの話はこうだった。
 クリスの正体は「ストラス・アルカディア・リィン・トゥリア」。王位継承権第一位の次期皇帝である。それは手紙にも書いてある事実だ。
 ストラスがキドルを庇った理由は、キドルが兄だから。……という理由ではなく、キドルはこの戦争を終わらせるために必要な人物だったからだ。
 そしてキドルもソスランを救出しようとあの場にいた。キドルには直接は関係はない。だが……
 血の八年間と呼ばれた叛乱で、自ら命を絶ったというエニードの遺児であるソスランと彼の妹であるアルカディア。そしてノートス。
 ノートスはその後は王家の目に触れないように生き延び、アルカディアも帝国の奴隷として身をやつして辛うじて生きていた。
 キドルが捨てられた後にアルカディアは帝国皇帝との間に子を儲けた。双子の兄弟であった。
 その兄がストラス。そして弟が「ベリアル・デウスエクス・リィン・トゥリア」であった。その後、アルカディアは無実の罪を着せられ死罪を処されたという。
 そして、ストラスはその事実を知り、皇帝になりこのような下らない戦いに終止符を打とうとしていた。その最中、前皇帝は暗殺される。ベリアルに、だ。
 ベリアルはその後、教皇と手を組んで力をつけてストラスと、妹の「ロロマタル・エウリュス・リィン・トゥリア」を軟禁し、邪魔者を排除し皇帝代理として動いていた。
 キドルはストラスを危険に巻き込んでしまった事を申し訳なく思った事もあったが、シャラがイストリア島へソスラン救出に出撃しているという情報を得た。アイオロスの仇として討たれ、キドルはせめてもの償いをしようとしていた。
 だが、ストラスはキドルを全く無関係だとは思わなかった。トゥリア帝国の血を引き、中心につながりのある彼は、必ずこの戦争を終わらせる……その鍵なのであると確信を持っていた。だからシャラの刃を阻んだのだ。
 むろん、セレスがあの場にいたら、セレスがストラスの代わりにシャラに立ち塞がっていただろう。

「……わかりました」

 シャラは静かにうなずいた。そしてセレスの復隊を許したのだ。
 そしてシャラは一つ疑問に感じていた。ソスランの妹君である「ノートス」の居場所だ。ノートスは巫女の血を引く人物である。
 彼女は今どこで何をしているのか……もうこの世にいないのか、シャラにはわからなかった。
 だが、なぜか無関係な気がしないのも、思い過ごしだろうか。
 だが、シャラはそれ以上誰に問いかけても答えに辿りつけない疑問は一旦は忘れよう、とそう思った。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.146 )
日時: 2019/03/28 22:47
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 トゥリア帝国との戦いは最終局面を迎えていた。
 シャラとセレスが出会って一週間が経ったその頃、リデルフ率いるイース軍を始めとする同盟軍にイスラフィルのデザイト軍が正式に復帰し、復旧を目前に控えるグランパス大橋からやってくる東部帝国軍、エリエル公国方面で準備を整えている西部帝国軍に備えていた。
 この局面に、新たな一石が投じられていた。
 それはイース同盟にとってよい報せである。
 イース王国西部に新たな同盟軍が立ち上がり、西部方面軍と戦いを繰り広げこれを次々撃破していっているというのである。このままいけば、イースに攻め入ろうとしている西部方面軍を叩く事も不可能ではないという勢いだ。
 エリエル公国にいる部隊に直接届くことはないかもしれない。しかし後方の部隊が叩かれれば帝国西部方面軍はおいそれとイースに攻め込む事ができなくなるだろう。何故なら全力を尽くしている背後から襲われてはたまらないからだ。
 こうして新たな展開を迎えたこの戦争は、しかし確実に終わりへと向けて進み始めていた。