複雑・ファジー小説
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.147 )
- 日時: 2019/03/29 20:35
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
第八章 廻り往く時間
キドルは深い傷を受け、少しの間療養するためにソール王国のある砦で体を休めていた。
イストリア島でシャラと対峙した後、セレスに連れられてここまで戻って来たのだ。本来は自分は死んでいたはずだが、ストラスが止めてくれたおかげで何の因果か生き延びてしまっていた。という言い草も変だが、まだ自分にはやるべきことが残っているのか。と感じていた。
キドルは身体に包帯を巻いてベッドに横になっている。だが、ゆっくり休んでいる暇はない。
何故なら——
「隊長、ベリアル様から通達だ」
そこへプラチナがキドルの部屋へと入室する。
「内容は?」
「このままソール王国で待機しろ、とのことだ。……俺達はもう用済みってところだろう」
「まあ、あとは袋小路になったイース王国を落とせば晴れてトゥリア帝国は大勝利。かつてのイストリア帝国に元通り、だもんな。ムカつく話だ」
キドルは苛立ちながら吐き捨てる。
そして冷静になろうと首を振る。
「師匠は何か言っていたか?」
「計画はいつでも実行に移せるよう、準備はできている。だそうだ」
「俺も寝てる暇はないな」
「お前は寝てろ、いざって時に動けなくなったら大変だ」
プラチナはため息をついてキドルを見る。
キドルは彼を見て、「立派な副官になったなぁ」と感心し、温かい目で見ていた。
「なんだその目は」
「いや、お前もだいぶ板についてきたなと思ってな」
プラチナは顔を赤らめて咳払いをする。そして外の気配に気づいたのか表情は一変、副官の顔つきになる。
「それでは隊長、私はこれで失礼いたします」
「ありがとう、プラチナ」
キドルは満面の笑みでプラチナに礼を述べると、プラチナは深く頭を垂れて一礼。そしてその場を去っていった。
プラチナと入れ替わりで現れたのは、セレスだった。
「キドル様……」
「セレスか、怪我はどうだ?」
キドルはセレスに笑みを見せる。彼女はイストリア島での戦いで負傷していた。それを気にかけての事だろう。
「私は平気です、キドル様は……」
「俺も少し寝れば大丈夫だ」
キドルはそう言った後、ふうっと一息ついてセレスに向き直る。
「セレス、お前はシャラ公女の下へ戻れ」
キドルのその一言でセレスは驚いて目を見開き、キドルを見る。
「な、なぜですか?」
「公女にはお前の力が必要だ。それに、お前がこっちに残ってベリアルに見つかれば反逆罪で死罪だ。まあ有り体に言えば、生きていてほしいからだよ」
キドルはにひひと笑う。その言葉に嘘偽りはないと言わんばかりに。
「キドル様……」
「お前がいなくともこっちは大丈夫だ。優秀な部下が俺の代わりに頑張ってくれてるしな」
セレスはその言葉を聞いて頷いた。
これ以上の問答は必要はない。セレスがシャラの支えとなり、生きていてくれればいい。キドルはそう思っている。本心だ。
「ありがとうございます、キドル様。行ってまいります」
「ああ、気を付けてな」
セレスはキドルに向かって一礼すると、部屋から退室した。
残されたキドルはやれやれと思いながらため息をつく。
これから先に進むことは、恐らく決して許されない事だろう。だとしても、それがやるべき事であり、キドルに課せられた使命なのだ。
傷はまだ癒えていないが、これもまた自分への戒めと思えばどうと言う事はない。
キドルはそう思いながらベッドから起き上がって自分の足で床を踏みしめる。
「まずは問題児の説教からだな」
キドルはそうつぶやいた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.148 )
- 日時: 2019/03/30 00:43
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
キドルは服を着込む。銀色の鎧、シャラに斬られてボロボロになった服をマントに作り直したものを羽織り、とある場所へと向かう。
その場所は、ある問題児を捕らえている場所……とは言っても何の変哲もない一室だ。キドルはそこに向かって進む。
その部屋の前にいた衛兵が「閣下!?」と驚いてキドルを見ている。
「お怪我の方は——」
「構うな。それよりもこの中にいるのか、反逆者というのは」
「は。恐らくベリアル様の命によるものかと」
ふーんっと返事をしながら、その部屋の扉を開ける。
「ちょっと話をする。邪魔してくれるなよ」
「だ、大丈夫なのでありますか?」
「大丈夫だろう」
キドルの曖昧な返事に、呆気にとられる衛兵。キドルは扉を開けて中に入ると、ジュウベエの知り合いであり、部下である「シェスタ」が立っていた。そしてその奥には、椅子に縄で縛られ固定されている女性……反逆者である「リューダ」がこちらを睨み据えていた。
「閣下、もう動けるので?」
「問題ない……で、こいつは何をやらかした?」
キドルが尋ねると、シェスタは頷く。
「部下達を嬲り殺しにし、取り押さえてこの状態。ですね」
「ほーん」
キドルは顎を撫でながら頷く。
理由はわからないが、それなら拘束されても文句は言えないな。とキドルは思った。
それに一人でも部下を無駄にできないこの状況で、私情を挟んで部下を嬲り殺され、キドルは顔には出さないが、彼女に苛立ちを覚えた。どんな理由があるにせよ、一人の兵士である彼女は同胞を殺した。それは覆らない事実なのだ。
「で、なんで殺した? 理由次第ではこの場でお前の首を刎ねなきゃならん」
キドルは低い声で威嚇するようにリューダに尋ねる。
だがリューダも負けじとキドルを睨みつけた。
「セレスティア・ウンセギラが裏切ったからよ。あいつ……一人でイース同盟に亡命なんかして、かつての仲間に攻撃を仕掛けてるのよ! 許せるはずがない!」
「あー、そうか」
キドルはため息をつきながらリューダの話を聞いて呟いて、頭を抱える。
セレスは元々どんな人物にも隔たりなく接する人物であり、きっと彼女とも同じ騎士として仲良くしていたのだろう。
そうかそうかと頷くキドル。
「セレスに亡命を命じたのは俺だ。詳しくは言えんがな」
「はぁ?」
リューダは信じられないという顔でキドルを見る。キドルは頭をぼりぼりと掻いてため息をつきながら説明する。
「まあ誰にも説明せずにセレスを送った俺も悪いだろうさ。……だがな、お前のそれは私情なんだよ。軍務に私情を挟むな。そして私怨で部下を殺したことも含めてな、お前は死罪確定だ。それくらい重い。」
キドルはリューダに説明してやると、リューダも少し冷静になってきているようだ。
「だが……」
「いや、だがもない。貴重な戦力を手に掛けた責任、お前はどうとってくれるんだ?」
さらに責め立てるように問い詰めるキドル。こうでもしないと、自身の犯した責任の重さを理解してくれないからだと、自分自身でよく理解できている。
過去にジュウベエの大切な物を壊してしまい、それを隠したがあっさりとバレてしまい、ジュウベエに責め立てられるように問い詰められてしまったからだ。
今回はキドルにとって大切な……仲間を奪われたのだ。
「私は……」
「まあ反省の色は見えているし、お前には償いをしてもらう」
「えっ」
キドルの提案に、リューダは驚いて顔をあげる。
「うん、死ぬまで俺に尽くせ、これでいいな」
「なっ!?」
リューダは言葉を失う。あまりに唐突過ぎるため、驚いていた。
「よいのですか?」
「構わん、殺された部下の何万倍も働いてもらう。お前の犯した罪を考えれば安いもんだろう?」
キドルはにんまりと笑う。一見割に合わないように見えるが、彼女の犯した罪は死罪に該当する。どういう形であれ、上官であるキドルの命に反しているからだ。
「……いいの? また部下を殺すかもしれないわよ」
「その時はお前に鞭打ちして塩水に浸けてやる、これでも殺さないだけ大サービスだろ?」
キドルは悪魔のような笑みを浮かべてリューダを見た。
その威圧に、彼女は頷く以外に選択肢はなかった。
彼女の反応に「よーしよしよし」とキドルは満面の笑みで頷き、
「契約成立だな。勝手に死のうとしたら俺はお前を絶対に許さないからな」
と付け加えた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.149 )
- 日時: 2019/03/30 20:38
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
リューダに釘を刺した所で彼女を解放してやる事にした。
その場で黙ってそれを見ていたシェスタは、「閣下、報告が」と付け加えて口を開く。
「ダランベール殿がキドル殿に手伝ってほしい事がある、とこの手紙を私に」
キドルはそれを受け取る。
中身は、「早く夜会に帰りたいから手伝え、さもなくばお前の恥ずかしい秘密をばらしちゃうぞ」と下手くそだが辛うじて読めるものだった。キドルは頭を抱える。そもそもダランベールとはあまり接点はないが、魔女だからなんでもお見通しなんだろうなとも思うし、よほど手伝ってほしいけど素直に伝えられないとか、そういう類何だろうか。何にしても頭を抱えて突っ伏したくなる。
「わかった。とりあえずダランベールの手伝いに行ってくる」
「しかし傷が治りきっていないのでは?」
「行かないと今後の俺の人生がどうにかなりそうだ、魔女だし」
キドルは半ば渋々とダランベールの下へと行くことにした。
「隊長〜、任務ご苦労様であります!」
指定の場所へ来ると、ダランベールが軽く敬礼しながらにこやかな笑顔でそう叫ぶ。
その場所は、ソール王国の南西部にある「精霊の森」と呼ばれる森林地帯だ。
なぜ精霊の森と呼ばれているかというと、この森から「微精霊」と呼ばれるマナの塊が浮遊している事が確認されている。そのマナの塊は精霊にとっての餌であり生命力ともなるもので、精霊にとってはこの森が住みやすい場所である。なぜ微精霊が漂っているのかというと、この国が大精霊の加護を受けているとか、地下に人間が生き埋めにされているとか、諸説あるがどれも噂でしかない。
二人は森の道沿いにある茂みに身を隠し、何かを待っているようだ。
キドルはなぜここに呼ばれたのかダランベールに聞いてみると
「私の魔導書を持ってる奴がここにいるって聞いたんだよ。私は魔導書さえ回収できたらどうでもいいから、魔導書を取り返すために手伝ってほしいんだよね」
「……二人だけでか?」
「犠牲者が増えたらどうすんの」
なるほど、と頷くキドル。内心、「俺は死んでも構わないと言う事か」とも考えたが、まあ奪われた物を取り返すだけなら簡単だろう、とも思う。
「というか、めっさ危険な魔導書だからさ、人数は少ない方がいいんだよね。人数が多ければ多いほど穢れに触れて発狂するかもだし」
「で、なんで俺を選抜したんだおまえは」
「強そうだから?」
単純明快な答えである。
なんでも他にもキドルより強そうな赤い人とリアリースにも頼んだと言うが、「俺よりも適任者はいるだろうに」や「怪我したくないから!」という答えが返ってきたので、3人目の候補であるキドルを呼び出したらしい。単純にキドルは大怪我を負ってるから療養中で暇してそう。らしい。
「怪我人に何てことさせんだよ!?」
「私は元気だから」
「……あ、はい」
呆れて言葉を失ってしまう。自己中心的というか、自由奔放というか傍若無人というか。
すると、ダランベールはしっと口の前に人差し指を突きだしてキドルを黙らせる。前方に赤い服を着た人物が歩いてくるのが見えた。二人は小声で会話をする。
「あれが私の魔導書を持ってる人。魔女だから死ぬほど痛めつけても構わんよ」
「……いいのか?」
「私が痛い目に遭うわけじゃないからいいよ」
「……お前、いい性格してんな」
「褒めても何も出ないよ」
ダランベールはにまーっと笑う。
とりあえずキドルは槍を手に隠れていた茂みからその人物の前に姿を現した。