複雑・ファジー小説
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.20 )
- 日時: 2019/03/02 12:55
- 名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)
第四章 脅威
暗く、闇に閉ざされた地下室に、獣のような唸り声を上げる人物がいた。髪は朱色、頭から狼の耳が立っており、瞳は鋭い翠色。狼の獣人であった。服装はボロボロであり、上着である服の下から黒のインナーが見えているほどに無造作に破れ、殴られ蹴られたのか跡が残っている。腕は手枷に繋がれた鎖のおかげで両手を広げ磔にされた状態であった。その男は全てを憎んでいるかのように目の前を鋭く睨んでいる。
彼は考える、このようなことになった理由を。
トゥリア教の信者共が妹を捕まえ、「生贄としてトゥリア神に捧げる」などとほざいたのだ。だから抵抗した。だが瞬く間に無力化され、妹は炎に焼かれながら……それ以降は思い出したくない。だけど憎い……奴らが憎い……!!
彼の心はただ憎しみに支配されていた。
「ハァ……ハァ……」
荒い呼吸で前方を見ている。白い狼の尻尾がピクリとも動かない。
「あい、つら……殺してやる……ッ!!」
強い憎悪の感情を剥き出しにしていた。それほどにこの男の言う「あいつら」を憎んでいるのであろう。だが、彼は虫の息だ。だがこんな場所で死ぬわけにはいかない。男が泥を喰らいついてでも生きる理由はたったひとつ……
次の瞬間、ボッという音と共にその部屋が明るくなった。
冷たい石の壁が照らされ、炎の光を反射する。その炎の色は青く美しかった。そして男がいる牢に近づく足音が聞こえてくる。男は足音の正体を凝視した。
「ついてきてください「ナハト」。あなたはここにいるべきではありません……」
足音の正体が彼の目の前に姿を現す。黒い髪を一つに結わえ、髪先が青くかかった女性であった。服は黒いローブ、その下には身体のラインがわかるほどにぴっちりとしたドレスに黒いベルトで身体を胸がはだけないよう固定している。彼女の顔は黒い仮面で隠されていた。だが彼女からはただならぬ気配を感じる。男は彼女を強く警戒した。
「テメェ……何者だ……?」
「今はここから脱出すべきです」
彼女がそういうと、男……「ナハト」の腕に繋がれている鎖に手をかざす。すると、鎖に青い炎が点き鎖を燃やし尽くす。焼き切れた鎖から解放されたナハトは腕を上下に動かす。火傷はなさそうだ。
「私は炎の精霊「フィアンナ」。貴方を助けるのは、単なる気まぐれとだけ感じておいてください」
フィアンナは淡々と自分の名を名乗り、ナハトに手を差し伸べる。
ナハトはその手を取って立ち上がった。フィアンナはそれを見届けると外を指差した。
「見張りは私が片付けました。じきに助けも来ていただけると思います。貴方はここから脱出する事だけを考えてください、貴方の目的の為に」
フィアンナはそういうと、暗い部屋を自身の炎魔法で灯す。部屋が明るくなり、奥に上へ登る階段があるのが見えた。こんな芸当ができるのは大陸中探しても「精霊」だけだとナハトは考える。そして彼は、「彼女は使える」と感じた。
「わかった」
ナハトは頷いた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.21 )
- 日時: 2019/03/02 12:56
- 名前: 燐音 (ID: YzjHwQYu)
王都ブリタニアに来てから数か月が経った。エリエル騎士団は未だにどこの軍にも編入される事なく正式構成員百という半端な数のまま同盟軍の雑用を押し付けられる日々を過ごしていた。
例えば雑踏警戒。それも要人警護などではなく、街中でスリや置き引きと言った軽犯罪が行われないかを見回るという、騎士にあるまじき任務である。
ある日は捕虜の監視をさせられた事もあった。
それらに比べれば、今日の他の城への物資搬入などまだやりがいのある仕事であった。どれも騎士の仕事でない事に変わりはなかったのだが。
「公女も大変なんだなぁ」
物資を両手で抱えるスコルが歩きながら、主を心配する。それを見たハティはスコルの足が止まってるので、転ばない程度に足で小突く。
「コラ、スコル! 無駄口をたたくな! ……我々は公女に従うしかない。故郷のためにもな」
「俺達も何かできることがありゃいいんだけどなぁ」
スコルはそんなことをぼやいていた。物資の運搬にはハティとスコル、そしてイグニスやその他エリエルの騎士達が協力して作業していた。
イグニスがボソッとつぶやく。
「まあ、あんな小娘だから、ナメられてんだよきっと」
彼は短く白い髪を揺らし悪態をつく。彼は右が赤く、左が青い、左右違った瞳を持ち、緑色のベストと白いシャツ、その下に黒い上衣を着ている騎士としてはかなり軽装な青年だ。彼は騎士としての経験は浅く、今回エリエル騎士団に編入されたのもエドワードのスカウトであり、彼は元々農民なのである。
そして何より彼は、シャラの事を良く思っていなかった。
「以上が、ソール王国国王、「ヴィシュヌ」様からの御伝言です」
謁見の間にシャラは任務完了の報告に訪れていた。
「ソール王国」はこのイース王国から遥か北東……デザイト公国の東にある聖王国である。大精霊「ソール」を信仰し、「雷の乙女」と呼ばれる大精霊の代弁者が王女であり、大精霊に聖歌を捧げているのだという。そして大精霊の力そのものと言われる「雷の聖玉」を持ち、その力で王国を守ってきたと聞く。
ソール王国聖王ヴィシュヌの伝言とは、モルドレッドへの援助要求であった。
トゥリア帝国の攻撃は日増しに激しくなり、ソールの兵だけでは持ちこたえられなくなりつつあるという。そんな現状を訴えられ、シャラはモルドレッドへの伝言をブリタニアまで運んできたのだ。
「ふん、泣き言をぬかしておるか。まあいい、ここで援軍を送ってヴィシュヌに恩を売っておくのも悪いことではあるまい」
「その通りです陛下。ソール王国が落ちれば、帝国軍が一気にデザイト公国になだれ込み、東部戦線は崩壊、やがてイースも攻め込まれるでしょう。トゥリア帝国の蹂躙はここで食い止めねばなりませぬ!」
アルフレドの熱弁をしかしルーカンは冷ややかな目で見ていた。
「陛下。恐れながら臣はまだソールに援軍を送るべきではないと愚考いたします」
「貴様、何を言う!」
「ほう?」
モルドレッドが目を細める。アルフレドは慌てて窘めるがすでに遅かった。モルドレッドの興味を引いてしまっていたのだ。
「それはどういうことか? アルフレドが言う通り、ソール王国が落ちれば敵はデザイト公国になだれ込み、やがてはイースに攻め込んでくる。貴様は余の身を危険に晒せと申すのか?」
あらゆる局面でモルドレッドに追従する事しか知らないルーカンがそのような大胆なことを言い出すはずがないのは、モルドレッド自身も知っているだろう。だがルーカンは態度を崩さずにいた。
「いえ、臣が申し上げたいのは、ソール王国は本当に死力を尽くしているのかと言う事であります。陛下の御身が危険になるとあらば援軍に来るのは必至。それを考えれば早めに援軍を申し入れ、少しでも自国の損害を減らそうとするのは当然かと」
「なるほど」
「そのような事は決してありませぬ。ヴィシュヌ王は実直な人物。この期に及んでそのような奸計を働かせる方ではございません!」
「だがアルフレド公。貴殿、デザイトにも同じようなことを申していたではないか? デザイト公国はイース同盟の中核を成す。デザイト公「マリク」だけは何があっても信用できる、と。だが現実はどうか? デザイトは先陣を切ってトゥリア帝国と戦うどころか、同盟の窮地にも援軍一つ寄越さぬ」
ルーカンはさらにかさにかかって追求した。流石のアルフレドも言葉に詰まる。ルーカンは畳みかけるように続ける。
「それに、奸計というならば、こんなものはどうかな。デザイト、ソール、ディーネを併せればその戦力は我らがイース王国軍を上回る。それでもって我らや陛下を捕らえ、貴公らは、自国の自治権を認めさせた上で陛下や我らイースの重鎮をトゥリア帝国に引き渡す。戦争は終わり、貴殿らの国だけは安泰」
「ルーカン! 口が過ぎよう!!」
流石のアルフレドも激怒し詰め寄ろうとする。
「その場にとどまれアルフレド。王の前を横切るなど、不遜である」
それをモルドレッドは自ら制した。
「は、ははぁ。ご無礼いたしました」
とって返し、モルドレッドはルーカンにも釘を刺す。
「ルーカン。アルフレドは余の忠臣である。なんでもかんでも疑えばよいというものではなかろう」
「は、確かに臣の言葉が過ぎましたようで。ですが今の世の中、なかなか人というものが信じられぬと陛下にはお分かりいただく具申した次第です」
「そうだな。確かにアルフレドはともかく、ヴィシュヌはまだ余力を隠し持っているやも知れぬ。援軍はしばらく見送る」
「へ、陛下!」
もう決めたことだ、とアルフレドの言葉にモルドレッドは少しも取り合わず今日の謁見の儀は終わった。
シャラは、この判断に胸騒ぎを覚えたが、推測でものを言ったところで現状は変わらないと自分に言い聞かせた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.22 )
- 日時: 2019/02/01 19:53
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
シャラは執務室にて書類の整理などの雑務を行っていた。部下には訓練や武器の手入れなどを命じて、自身は命を受けるまでは執務室で部下の報告や民からの依頼などを整理し、部下を派遣している。
グレム山賊を討伐したところで、治安が著しく良くなるわけではない。国王は人々の話に耳を傾けないという話は、自分の目で耳でよく見聞きした。それに先日の謁見の儀でもあのような態度だ。あれでは治安が良くなるはずもない。シャラはそう思うとため息をこぼした。
「どうされました、公女?」
「いいえ、この先あの方に仕えてやっていけるのか……とかなり心配になってきまして」
「……ああ」
傍で共に書類の整理をしていたエレインは、シャラの話を聞いて察する。エレインもモルドレッドの事をあまりよく思っていないようではあるが、立場が立場なのでそう簡単に口にはできない。とはいえ、街の治安がよくならず、悪くなっていく一方なのは見過ごせないでいた。
シャラは再び「ふう」とため息をついてペンをペン立てに立てると、コンコンという何かを突く音が聞こえた。それに気が付いたシャラは音のした方を見る。窓の外だ。
何かと思い、シャラは窓を開ける。
すると、風を切る音を立てながら、何かが室内に勢いよく入って来た。
「なっ、なんです!?」
シャラはそれを凝視する。エレインも驚いて室内に入って来たそれを見た。
それは、まるで鳥の形を模って燃えている青い炎の塊だった。そして青い炎は音を発する。
<はじめまして……シャラザード様>
「えっ……なぜ私の名を……!?」
シャラは炎の塊が女性のような凛とした音を発したことにも驚いたが、なぜ自分の名を知っているのかも気になった。炎の力を操る人物、ましてや青い炎に知り合いはいないはずである。
<貴方の働きを度々耳にしました故……>
「そ、そうなんですか」
皮肉を言われたのだろうかと思った。ブリタニアに来てからエリエル騎士団は目だった働きをしたわけではなく、外部にもそのような噂などが流れているなど知らなかった。
働きと言ってもせいぜいグレム山賊を壊滅に追いやった一件だけ。だがそれはモルドレッドが無謀な条件をつけたせいで困難になっただけで、さほど大きな事件ではなかった。一介の、ましてや精霊が助けを求めるに値するような出来事ではないはずだ。
困惑しながら考えるシャラに対し、彼女は続ける。
<そこで、貴方にお願いがあり我が「蒼炎の隼」を貴方に飛ばしました。>
「蒼炎の隼」……恐らくこの声の主が飛ばした魔力の塊なのであろう。とシャラは察する。だが、こんな高度な芸当ができるのは、「ヴァルプルギスの夜会」の「魔女」か、「精霊」くらいであろうと考える。だがそんな高度な魔法を扱う人物が頼む「お願い」とは一体何なのか……。シャラは皆目見当もつかなかった。
「お願いとは一体?」
<ここより遥か東に浮かぶ孤島、「監獄島」にて我々の助力を願いたいのです>
「か、監獄島!?」
隼の言葉にシャラとエレインは驚く。
「監獄島」とは、かつてイース王国が管理していた流刑地であり、罪人を収監する孤島の事である。だが現在はトゥリア帝国の領地となっており、現在は捕虜などが収監されていると聞く。そんな場所に行くとなれば危険が伴い、シャラ自身の立場も危うい。
<船のご心配はなさらず。私が事前に転移の魔法陣を描いておいたので、それを使えば簡単にこちらに来ることができます。>
「い、いえ、そういう問題では……あなたは一体何者なのですか、そして目的は?」
シャラは隼に尋ねる。目的と彼女の正体を知らねば、すぐに向かえるものではない。ましてや監獄島に行くとなれば、敵国へ乗り込むのだからそれなりの準備と覚悟がいる。
<私は炎の精霊「フィアンナ」。目的は、監獄島に捕われている「大切な人」の救出と解放です>
フィアンナはそう静かに答える。そして、隼を模っている炎の勢いが弱まってきていた。シャラはそれに気がつく。そして考えた。
「精霊」とは人間が転生した種族だと聞く。強い意思があれば記憶を引き継いだまま転生することがあり、その意思と記憶に従い行動するのだと、父から教わった事がある。そしてこの時代……帝国側に殺された人物が精霊に転生して、生前の大切な人を救おうとしているならば……所詮は推測ではあるが、彼女がその一人なら断る理由がなかった。騎士は、仕える者の為に、そして民の為にある。
「わかりました、あなたの依頼、エリエル騎士団がお引き受けいたします」
<感謝いたします、シャラザード様>
「よろしいのですか、シャラ様?」
シャラの答えにエレインは尋ねる。シャラは無言で頷いた。
<では、監獄島にてお待ちしております。……魔法陣の場所は>
フィアンナが魔法陣の場所を言い終えると同時に、蒼炎の隼は燃え尽きて消えてしまった。
シャラはそれを見届けて、すぐにエレインに振り返る。
「エレイン、部下たちを呼んできてください。緊急に軍議を行います」
「承知いたしました」
エレインはそう答えると、急ぎ足で部屋を出る。シャラはそれを見届けてからすぐに自身も、準備を始めた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.23 )
- 日時: 2019/02/01 23:12
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
監獄島は孤島ではあるが深い森が生い茂っており、その中央に地下に繋がる監獄の入り口があるという。魔法陣は孤島の岬に描かれており、少人数ではあるがエリエル騎士団はその孤島へとたどり着いていた。
シャラとエドワードは立場上王都から離れるわけにはいかないので、アスランに部隊を任せ送り出した。アスランは昼間なのに暗い森の中を見て、「こりゃ厄介な任務になりそうだ」と一言ぼやいた。
「副隊長、この森には帝国兵が潜んでいる可能性があります。慎重に進軍しましょう」
「そうだな、皆気を引き締めていくぞ!」
ヒルダの意見に賛同したアスランは、部隊に声をかける。部隊は少数ではあるが、エリエルの騎士と傭兵ギルドの傭兵が混ざっていた。前にシャラが出会っていたシルガルナ、エル他、前に協力していたシャルレーヌ、ミタマも部隊に編入している。
そこへエルがロックバードに乗りながらアスランに進言する。
「ねねね、私が空から先回りして先に敵兵を倒してこよっか?」
「……大丈夫なのか?弓兵がいるかもしれないし、君一人では……」
「へーきへーき!こういうの慣れてるもん!」
アスランの心配をよそに、エルはニコニコ笑いながら、空高く飛んで森へと消えていった。心配ではあるが、今は彼女を信じよう。そうアスランは考えた。
そしてアスラン達は森の中へ進んだ。
一行は森の中を進む。そこは昼間だというのに外からの光をほとんど遮断していた。暗く周囲が見えない。手に松明を持ちながら移動していた。けもの道だがなかなかに歩きづらい。だがいざ敵兵が現れた時対応するために、固まって動いている。
隊について歩いているミタマは、周囲を警戒していた。獣人は動物の器官をもつため、獣の耳で周囲の音を人間や竜人より早く察知できる。そして身体能力が高く俊敏な動きで敵を翻弄することができる。だが、人間のように冷静な判断ができず、竜人のように体が丈夫ではないのが欠点だが。
ミタマはふと視線を感じたので、周りを見る。その視線を送っていたのは、同じ傭兵である女騎士のシャルレーヌだった。
「あの、あの時はシャノンが——」
「いいえ、別に怒ってはいませんわよ」
ミタマがシャルレーヌに謝罪の言葉を述べようとすると、シャルレーヌは言葉を遮ってそっぽを向く。「やっぱり怒ってる」とミタマはふうっとため息をこぼす。ミタマも笑っていた一人だったので、今更謝っても許してはもらえないだろうけど、いざ戦闘になった時にこのような蟠りが残っていては任務に支障が出ると感じた。だが、今は任務に集中しよう。そう思った。
森の中は湿った空気が立ち込めていた。光はわずかだが天から漏れている。そして何より森は静かだ。
「何か、いる……この先」
ミタマは鞘に納めたままの刀剣の柄をいつでも抜けるように意識する。その刀剣は赤い紐が柄に括られ、赤い花を模った丸い鍔が特徴的な得物だった。
一行はそのまま歩き続ける。しかし、アスランは一行の動きを止めた。
人がいる、少年だ。
「貴様、何者だ……!?」
アスランは問いかけながら腰の剣の柄を握る。少年は無表情でこちらを見ている、それに何とも言えない凄まじい気迫を感じた。
少年は黒い短髪で、燃え盛るような赤い瞳を持つ。右目は黒い眼帯で隠され、黒いマント、黒で統一された服装だった。少年は鋭く冷たい目で、腰から下げている剣を鞘から抜く。
「名乗る必要はないね……どうせ皆、ここで死ぬんだからね」
少年は先制攻撃とばかりにアスランに斬り込む。しかし、その斬撃を白い刃が受け止めいなす者がアスランと少年の間に割って入る。素早く刀剣を抜いて走って来たミタマである。
「……「ウカ」!」
ミタマは少年……ウカの名を呼ぶ。
アスランやエリエル騎士団、傭兵たちはぽかんとその様子を眺めていた。
「副隊長さん、私がここを食い止めている間に、先を急いでください!」
ミタマが叫ぶと、アスランは「あ、ああ!」と返事をして皆を先導する。ウカは騎士団が行ってしまうのを見届けてから口を開く。
「姉さん、久しぶりだねぇ。父さんは元気?」
「神器「呪刀カケツシントウ」を持ち出した上に、父上を手にかけた癖によく言う……!」
「はははっ、まあ父さんは邪魔だったからね。今後の計画のためにも、さ」
ウカはミタマの怒号に無邪気に笑いながら答える。ウカの手に持っている黒く、鍔に赤く鋭い眼のような珠が埋め込まれた刀剣……それが「呪刀カケツシントウ」なのだろう。
ミタマは彼に気取られぬように安堵の吐息を漏らす。「食い止める」とは言ったものの、最初の一撃を受け止め、力量の差を理解してしまった。ちょっと前まで小さく、力も弱かったのに……何が彼をこんな風に変えてしまったのか。
ミタマはウカの動きを窺っていた。ウカも口元を歪ませて笑っているのみで未だ動かない。両者の間合いは一歩外である。
だがウカはふふっと笑いながら口を開いた。
「安心してよ姉さん。僕はある人に頼まれてここにくる同盟軍を殺せって命令されたんだけど……ふふっ、もっと面白いものをみつけちゃった。さあ、この時間を楽しもうよ姉さん、殺し合おうよ!あははははっ!!」
ウカは高笑いを上げる。エリエル騎士団や傭兵達は既に先に進み、残るはミタマのみとなる。ミタマも刀剣を構え、口を開いた。
「私の目的は、貴方を捕らえ、神器を取り戻すことです!覚悟なさいウカ、貴方を連れ帰り父の墓前で詫びさせますっ!」
「甘いね姉さん。神器を取り返したいなら、僕を殺しなよ!」
ミタマは剣を構えて間合いへと駆け込んだ。
だがウカはその一撃を受け止めすらしなかった。あっさりとかわし、そして自身の持つ呪刀をミタマの目の前に突きつける。
「今ので一度死んじゃってたね、姉さん」
「くっ!」
ミタマは力任せに剣を振り回す剛の剣士ではない。素早さで相手をかく乱し、的確に相手の弱い部分に攻撃を加える柔の剣士だ。そのため剣速には自信があった。それがかすりもしないどころか、あっさりと反撃を撃ち込まれた。昔のウカを知るミタマは力量を理解していたとはいえ、屈辱よりも驚愕の方が大きかった。
「なぁんだ、姉さん。この程度なの?」
さらに速度を上げ、斬りつけ、斬り返し、突き、払う。しかしその全てをウカはやすやすとかわし反撃を加えていく。いずれも浅い攻撃だが、確実にミタマの身体を傷つけていく。いや、わざと浅くしているのだ。
だが、それに気づいた頃には、遊びでつけられた傷のせいで、ミタマの意識は朦朧とし始めていた。
「もう気は済んだ?じゃあ今度はこっちの番だね。」
ウカが言葉を発した瞬間、辺りの空気が変わった。空気が物質となったかのように、手足の自由を奪う。ミタマは足の力がなくなりうつ伏せに倒れる。
「なっ……これは!?」
「ふーん、これってこういう使い方もできるんだねぇ。調子はどうかな、姉さん?」
それは呪刀カケツシントウの力であった。その力を見たウカは無邪気に笑う。
「何か言いたいことはある? 姉さん」
だが、力に拘束されたミタマにもう反論する余力は残されていなかった。
「それじゃ、おやすみなさい。姉さん」
ウカの手にある剣が、音を立ててミタマの背中に突き刺さった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.24 )
- 日時: 2019/02/02 19:41
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
その陰で分厚いローブとフードで正体を隠す人物が、その様子を見ていた。少年とも少女ともとれる体型と身長……その人物はウカが立ち去った後、ミタマに近づいて腰に下げていたバッグから傷薬や包帯を取り出して、ミタマの治療に取り掛かる。
「こんなことしかできないけど……どうか、生きてください……!」
その人物はそう呟いてミタマの傷だらけの身体に薬を塗り込み、止血して包帯を巻く。かなり手際が良く、てきぱきと着実にミタマの身体に応急処置を施していった。ミタマは気を失っていて、目覚める気配はない。
そこに、馬の駆ける音がした。こちらに向かってくるのだろうか、音が近づいてくる。
「……っ、隠れないと!」
その人物はその場を走り出して離れる。しかし、その際に金色の何かをミタマの身体近くに落としてしまったが、本人は気づいてはいなかった。
ミタマが気が付くと、誰かに背負われて馬に乗っていた。
「だ、れ……?」
「気が付きました?」
そう問い返したのはシャルレーヌだった。
「もう少し頑張って。今、魔法陣に戻ってるところよ。そしたらルァシーさんに癒しの魔法をかけていただけるわ」
馬の背は規則正しく揺れていた。
「引き返してくれたのですか?」
「ええ、その……心配になったものだから」
聞けばどうしても気になって引き返してみると、わずかな時間しかたってないというのに傷だらけで、しかも応急処置が施されたミタマが一人で倒れていたというのだ。
だが敵の姿も、応急処置を施した人物もいない。とりあえずシャルレーヌはミタマを連れて、魔法陣に戻り魔法陣近くで待機させているルァシーやその他の騎士と傭兵達のいる場所まで引き返している。その途中でミタマが目を覚ましたのだ。
「あと、この金のペンダント……もしかして、貴方の?」
シャルレーヌはミタマに見えるように懐にあった金色の丸いペンダントを取り出す。ミタマは見てみるが、見知らぬものだった。
「いえ、存じ上げません。それは一体?」
「そう、貴方の近くに落ちてたものだから、もしかしてと思いましてね」
ミタマはそういえば自身はウカに止めをさされたような気がしたが、傷だらけの身体は包帯やら絆創膏などが貼られていることに気づいた。
「私を治療してくれた命の恩人が、そのペンダントを落としたかもしれませんね」
「じゃあ、これは貴方が持ってなさいな。恩人さんに返さなきゃいけないわね」
「そうですね、そうします」
ミタマはペンダントを受け取ると、懐にしまった。そして、シャルレーヌに申し訳なさそうに切り出す。
「あの、この前は申し訳ありませんでした。シャノンやユミル、私があなたを笑ってしまったりして」
正直に言って、シャルレーヌとは不仲だったわけだし、危険な人物のいる場所へ戻ってきてくれるとは思わなかった。しかも単騎で。シャノン達の事もあるが、自分も彼女の事を見くびっていたところもあり、心からの謝罪であった。
「……まだ未熟者だから、笑われても仕方ないと思っています。でもいつかは笑われないように強くなって、見返して差し上げますわ。もちろんあのシャノンという方にも、貴方にも、ね」
「強くなる?」
「ええ、そうしないと……父上や皆を救えな……」
「え?」
「なんでもありませんわ!」
シャルレーヌは何かを言いかけてはいたが、ミタマは気にしないでおこうと思った。あまり個人の事情に首をつっ込むのは良くない……そう思ったからだ。そして二人は森を抜けかかったところで、シャルレーヌが顔を赤らめながらミタマを見る。
「あのミタマ……」
「はい」
「どうか、今後も仲良くしてくださいまし。」
「……それは、もちろんですよ」
ミタマがそう答えると、シャルレーヌは恥ずかしそうに視線を戻した。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.25 )
- 日時: 2019/02/03 00:15
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
ナハトとフィアンナは石造りの廊下を走っていた。フィアンナは「見張りはある程度倒した」とは言っていたが、見張りだけでなく帝国の騎士も数多く監獄島を守っていたのである。
「いたぞ、こっちだ!」
帝国兵の叫び声が背後から聞こえる。フィアンナは振り返り際に詠唱を唱え、背後の帝国兵に向かって手をかざす。
ゴオォォという音を立て、青い炎が帝国兵を包み焼き尽くした。フィアンナはナハトに「今の内です」と一言言ってから再び走り出した。ナハトは今、丸腰だ。フィアンナが代わりに敵兵を蹴散らしてくれるので助かっている。
彼女は「ただの気まぐれだ」といって、ナハトを救ってくれたのだが、その真意はなんだろうか?
ふとナハトは考える。どことなく、フィアンナの声や風貌はどこかで見聞きしたことがある気がするが、気のせいだろうと首を振る。
「どうしましたか?」
「いや、お前が誰かに似ている気がしてな」
「……そうですか」
淡々と答えるフィアンナ。興味がないのか、それとも言いたくないのかはわからないが、この話題に触れてほしくないらしい。
走り続け、監獄の外を目指す二人。
だが地上の光が見えたところで、二人の目の前に黒髪の男が立ちはだかっていた。
男は黒い袖のない上衣に、焦げた木材のような色をした革の手甲と腰巻を着用している。目つきは悪く、長い髪を後頭部に結っていた。
フィアンナはその男に警戒し構える。だが、男はナハトとフィアンナの姿を見た途端
「おい、「エル」!獣人と精霊の二人組が監獄から出てきたぞ」
男は外に向かって「エル」という人物に大声で叫ぶ。すると、外から何かが羽ばたくような音が響いた。フィアンナは警戒したまま、その男に尋ねる。
「あなた方は?」
「傭兵だ、ただの」
フィアンナはそれを聞いてさらに尋ねる。
「エリエル騎士団の方々に雇われた方、でしょうか?」
「そうだ、一応な」
男はそう答えると、少女が走り込んでナハトとフィアンナを見る。おそらくこの少女が「エル」なのだろう。
「あ、あなたたちが炎の精霊さんとその大切な人さん?助けに来たよ!」
エルは無邪気に手を振ってにっこりと笑う。どうやら彼らは依頼していたエリエル騎士団とその仲間たちらしい。
「ご助力、感謝いたします」
「礼はいい、早くこの島から脱出するぞ」
「「ワルター」さんってばせっかちさん!」
エルは男……「ワルター」に頬を膨らませて文句を言う。ワルターは腕を組んで「ハイハイ」と生返事をした。
「エリエル騎士団の皆さんはどこに?」
「私が先回りして、ワルターさんもきて、他の人達はまだ来てないよ。まあこのまま進んでたらいつか出会えるっしょ!」
エルはケラケラ笑いながら森を指さす。フィアンナも頷いて、ナハトと共に外へと出てくる。陽は西に傾き始めていた。
「そうですね、このまま進んで騎士団の皆さんと一緒に脱出しましょう」
フィアンナの言葉に、他の三人は頷く。そして森の中へと走りだした。エルは怪鳥に乗り込み、空高く舞い上がり、走る三人を空から追っていた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.26 )
- 日時: 2019/02/04 10:01
- 名前: 燐音 (ID: a5L6A/6d)
その後、エリエル騎士団は依頼者であるフィアンナ、そしてナハトと合流し、王都ブリタニアへと帰還するのであった。森での異常なまでの静けさは、フィアンナがある程度討伐していたらしいが、恐らくあの「ウカ」という男と別の存在が掃討していた……というアスランの報告を受けてシャラは頷く。
「今日はお疲れ様でした。ゆっくり休んでください」
「は、失礼します」
シャラの労いの言葉に、アスランは敬礼し執務室を退室した。
別の存在やウカという存在に引っかかるものの、今は推測でしかものを言うことしかできないため、シャラは考えるのをよそう……そう思った。
そしてしばらく後に扉をコンコンと叩く音が聞こえる。シャラは「どうぞ」と返事をすると、部屋に入ってきたのはフィアンナとナハトであった。
「はじめまして、シャラザード様。此度は貴隊のご協力に感謝いたします」
「シャラで構いませんよ、フィアンナ殿。無事でよかったです」
シャラはにこりと微笑む。フィアンナは仮面で顔を隠し、ナハトは不愛想にこちらを睨んでいる。
「それで、御用はなんでしょうか?」
「はい、私とナハトをこの騎士団に組み入れていただきたいと思いました次第です」
シャラは頷く。願ってもない申し出だ。エリエル騎士団はまだまだ戦力が足りず、一人でも多く人手が欲しいと思っているところだ。それにフィアンナは精霊……彼女の力は今後必要となってくるはず。そしてナハトは獣人であり、一目見るだけでもかなりの力を持っていることがわかる。不愛想なのが玉に瑕だが、自身の部下であるイグニスも不愛想だが有能な騎士だ。
「ナハト殿……と言いましたね、貴殿もそれでよろしいでしょうか?」
シャラの質問にナハトは不愛想に答える。
「命を救ってもらったしな、こいつにもあんたにも。それに俺は帝国の連中に借りがあるからな……あんたについていった方が都合がいい」
「わかりました。あなた方を正式に騎士団へ迎えます。よろしくお願いします、フィアンナ、ナハト」
シャラの言葉に、フィアンナは深々と頭を垂れる。ナハトも一礼した。
全体を見れば小さな変化だが、これから大きな力へと変わるだろう……シャラはそう考えた。
一方、酒場にシャノンとユミル、ミタマとエル、そしてワルターとシルガルナが集まっていた。テーブルには料理が並び、皆酒を思い思いに飲む。
「わっるたー♪おかえりー!」
シャノンはワルターの顔を見るなりワルターに抱き着いた。ワルターは無表情でシャノンを身体から引き離す。慣れているのかシャノンも笑顔を崩さない。
シャノンとワルターはコンビであり、「シャノワール」という名前で傭兵稼業を行うちょっと有名な二人組だ。シャノンは明るく振る舞い、ワルターは不愛想とアンバランスなようでバランスが取れていると、評判である。
「いやー、僕あまり活躍できなかったけど、あまり難しい任務じゃなくてよかったね」
シルガルナは自虐混じりに笑い飛ばした。エルは首を振る。
「ミっちゃんが全然大丈夫じゃなかったじゃん!」
「い、いえ!生きてたんですから大丈夫でしたよ」
ミタマは首を振って否定したので、エルは「そ?」と言って食事を頬張る。ミタマは「そういえば」と切り出して懐から金のペンダントを取り出し、皆に見せる。
「あの、このペンダントの持ち主を知ってる人、いません?」
ユミルは「高く売れそうだな」と一言言って、ペンダントをまじまじと見つめる。
「ん〜、知らねえなぁ。どうだ、自称トレハン」
「略すな!ん〜……」
シャノンはペンダントをミタマの手からさらって表と裏を嘗め回すように見ている。そして、ミタマにペンダントを返して肩をすくめた。
「価値にならないねそれ」
「えー、こんなにいいもんなのに!?」
「いや、金銭的な価値なら500万は下らないでしょうけど、それ以上にそれは一級品だし。多分引き取れる商人はこの大陸に存在しないでしょうね」
シャノンの説明に、エルもシルガルナも首をかしげる。
「ペンダントのここ、押してみて」
ミタマは言われるがままにペンダントを押してみる。するとカチャっと音を立ててペンダントのチャームが開いた。そこには白い髪の少女と紫の髪の少年が微笑む絵が描かれていた。
「うわぁ、なにこれ、ロケットペンダントじゃん」
エルが驚いてペンダントを見つめる。ユミルも二人組の絵を見て納得しながら頷く。
「これきっと大切なものですよ、持ち主は今頃探しているんでしょうね。……持ち主さんに出会ったら、命を救ってくださった事に感謝しなくてはいけません」
ミタマはそういうと、ペンダントを再び懐にしまいこんだ。