複雑・ファジー小説

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.38 )
日時: 2019/02/08 11:29
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

第七章 その胸に安息を

 翌日の昼下がり、シャラは自室で机に向かっていた。
 窓から穏やかな風が吹き渡り、カーテンを揺らしている。外からは穏やかな日を過ごす街の人々の声や音が聞こえてきて、シャラを安心させる。最近の出来事を思い出せば、心から安らかに感じる心地のいい音だ。
 シャラはここ十数日の出来事を日記にまとめていた。シャラの日課でありエリエル公国にいる妹にまとめて話を聞かせてやるためである。昨日の、アムルの言葉やセレスの涙を思い出しながら、シャラは自身が思っていることを書き記す。これからやるべきこと、守るべき者、そして……

「公女」

 ペンを進めていると自室のドアをとんとんと叩く音が聞こえ、シャラは返事をした。シャラがドアを開けると、そこには茶と菓子を乗せたトレーを持った、イグニスが立っていた。

「イグニス、どうしましたか?」
「いえ、喉が渇いてるかと思いましてね」

 イグニスは相変わらず不愛想な顔でシャラを見下ろしている。シャラとの身長差を考えると、仕方ないことではある。シャラはにこりと笑って、イグニスを自室に招いた。

「ありがとうございます、イグニス。よく気が付いてくれますね」
「……別に」

 シャラが笑みを投げるとイグニスは顔を赤らめてそっぽを向く。そして、机の上にある日記を見る。
 イグニスはそれを少し読んだのか、表情を曇らせた。

「公女、あの、さ……」
「はい?」

 イグニスはトレーを机に置いて、シャラを見ずに口を開く。

「その、あまり自分を追い詰めないでください。貴方は指揮官ですし、将来エリエルを背負う人間なんですから」

 イグニスはそれだけ言うと、シャラに顔を見せずに部屋を退出した。シャラは、イグニスの行動や言葉が妙に胸に突き刺さる感覚を覚える。
 確かにそうだ。自分は上に立つ者で、部下達を指導する立場にある。自身の行動次第で部下の命が危うくなり、最悪の場合一人残らず失ってしまうかもしれない。軽率な行動は必ず破滅を呼ぶ、エドワードや父も言っていた言葉だ。
 シャラはもう一度自身の考え方を改めることにし、机に向かった。

「もう一度だけ、戦う」

 シャラはそう一言口にし、日記を書き進めていった。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.39 )
日時: 2019/02/08 20:06
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)


 エドワードとアスランが城の前へ通りかかると、青髪の少年がブリタニアの王宮前で門番ともめているようであった。少年は青い髪を無造作に伸ばし、服装も煤けた青色の服で、全身を見ればかなりかすり傷や殴られたような打撲で汚れている。孤児なのだろうか、少しやせ気味である。

「……人の命がかかってるんだぞ!なんで助けに来てくれねえんだよ、それでも騎士なのかよっ!」
「子供の言う事などいちいち構ってる程ヒマではない! わかったら早く立ち去れ!」

 話を聞くに、何かあったようだ。エドワードとアスランは門番に近づき、声をかける。

「何があったんだ」
「これはエドワード殿。この子供がありもしない事を喚くものでして……」

 それを聞いて少年は門番に指をさす。

「何言ってんだよ、「アウロラ」さんが山賊に攫われたから助けてくれっていってるだけじゃないか!」

 少年は怒りで指先が震えている。焦りもあるのだろう、かなり冷静さを欠いている様子だ。アスランはとりあえず少年に懐にある砂糖菓子を渡してなだめようとした。エドワードは詳しく話を聞こうと思い、少年に一つ提案をする。

「その話、詳しく聞かせてもらえぬか。……ここで喚いても状況は変わらぬだろう」
「……どうせ、お前もこいつらみたいに、平民がどうとか言うんじゃないのか」

 少年は疑い深くエドワードを睨む。アスランは少年の肩をポンポンと叩いて冷静にさせようとしているが、少年は鬱陶しそうにアスランの手を払い除けている。
 エドワードははあっとため息を一つついてから、肩をすくめる。

「まだ何も言ってないだろう。とりあえず場所を変えてその話を詳しく聞かせてほしいだけだ」

 少年はそれを聞いて、先ほどまでの怒りがおさまり始めた。そして深呼吸をしてから、腕を組んで「わかった」と一言こぼした。
 エドワードとアスランは少年を連れて宿舎まで戻ることにした。


 宿舎に戻り、少年を執務室まで連れてシャラとエレインも加わって、少年の話を静かに聞いた。少年の名前は「ソウ」といい、ソウは椅子に座ってとにかく冷静に口を開く。

「俺の住んでいる孤児院に、子供たちを世話してくれてる「アウロラ」さんって精霊がいたんだけど……世話をしてる子供たちと一緒に野イチゴを採ってたら、急に山賊達がアウロラさんを連れ去っていってさ」

 ソウは眼に涙を溜め、ポロポロとこぼし始める。山賊に捕まった女子供が行くところなど、奴隷市場ぐらいしかないだろう……そう思うシャラ。

「俺、取り戻そうと思って頑張ったけど、勝てなかった……今もこうしてる間にアウロラさん、どこかに売り飛ばされちゃうかもしれない! だからお願いだ、アウロラさんを助けてくれよ!」

 ソウはシャラに向かって深々と頭を下げて懇願する。年端もいかない少年一人の力では、山賊に勝てるはずもないが、ソウにとって、アウロラという人物は余程大事なのだろう。
 それに、精霊であるアウロラは抵抗できない状況に陥っているのであれば、助けに行かなばならない。

「わかりました、ソウ。「アウロラ」という方の救出、我々にお任せください」

 シャラはソウの両手を取って深く頷いてソウの願い出を承諾した。となれば、すぐに出撃の準備に取り掛からねばならない。

「ソウ、山賊の場所はわかっているのですか?」
「ああ、このブリタニアから少し歩いた場所にある山だ」

 ソウは答えると、執務室の目と鼻の先にある山々を指示した。確かにあそこならば歩いてすぐ迎える場所だ。これならすぐに戻ってこれるはずだ。

「エドワード、アスラン、すぐに向かいましょう。ソウ、案内を頼みますね」

 シャラはエドワードとアスランに指示を出し、自身も準備をするために執務室の扉を開ける。
 ソウは立ち上がってシャラを呼び止めた。

「なあ、その……ありがとう。協力してくれるなんて思わなかった」
「いいえ、民の為に戦う事が騎士の務めですから」

 シャラはソウにそう言って微笑む。そして執務室を後にし、自室へ戻った。
 そう、民の為に戦うと誓ったのだ。まだ歩み進められてはいないが、今から歩き始めるのだ。シャラはアムルとの言葉を、セレスの言葉を思い出しながら鎧を着込みお気に入りの、母の形見であるベールを被ってマントを羽織った。そして自身の手のひらを見る。
 もう大丈夫。そう自身に言い聞かせた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.40 )
日時: 2019/02/09 00:56
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 ソウの案内のまま、シャラとエリエル騎士団は山を登っていた。なだらかな坂道なため比較的楽に登れる山である。川のせせらぎ、草木が揺れる穏やかな山道をソウの導くままに進む。陽は天高くに上り、燦々と日光を照らす。ソウは蛙の獣人らしく首筋に黒い筋のような模様がある。だから水を時々飲まないと乾燥してしまうらしい。本当に人間とは神秘的なものだなと、シャラは改めて考えた。

「もう少しで林を進もう。このままいくと奴らのアジトだから」

 ソウは指をさしながらシャラに声をかける。
 今回、潜入がしやすいのと近くにあるという理由で、皆下馬してここにきている。そして何より、四十程度の少人数でこちらに来ている。その判断が正しかったのかもしれない。
 ソウは「ここに隠れよう」と言いだして、林を指さす。確かに潜入しやすい場所だ。
 林を進むと、小屋が何棟か建ち並ぶ場所へとやってきた。ソウが「あそこが山賊のアジトだよ」と指をさしながらそう言うので、シャラはなるほど。と頷く。

「少人数できて正解ですね。奴らもそれほど人数が多い方ではなさそうです」

 山賊との戦いといえば、もうずいぶん前になるがグレム山賊を討伐しに行ったあの日を思い出す。あの時は圧倒的人数だったが、偶然出会えたあの三人が協力してくれたからなんとかなった。
 今回は川の向こう側にアジトがあり、川を渡らなければ近づくことさえできない。山賊の人数は、こちらからでは把握することすら難しい。

「公女、どうされますか?」

 ヒルダがシャラに近づきこれからの作戦を尋ねる。この林から攻撃を加えることは難しそうだ。
 川は橋があり、何か仕掛けも見える。恐らく侵入者があそこを渡れば大きな音が鳴るのだろうと考える。証拠に縄で繋がれた鈴や鐘が見えている。それに、弓兵もいる可能性がある。恐らく橋を渡っている間にハチの巣にしようという魂胆だろう。

「なあ、シャラザード」

 ソウが声をかける。シャラは「なんですか?」とソウを見る。ソウは人影を見つけた様子で、指をさしていた。
 ソウの指さす場所には、線の細い女性が立っていた。

「だれ?」

 ソウが不安げに尋ねる。山賊の一味か?……とシャラは警戒する。
 女性はこちらに気づいたみたいで近づいてくる。シャラは剣を構えた。

「ハーイ♪ えーっと、騎士団の皆さん?」

 女性はエリエル騎士団に近づいて驚いた様子で手で口を隠して目を見開く。こんなに大人数だとは思わなかったのだろう。シャラもその女性を見て驚いていた。
 その女性は山登りという格好でもないし、かといって山賊たちの仲間でもなさそうである。大きなツバのある赤紫色の三角帽子、大胆にも胸がはだけている黒いビスチェと帽子と同じ色のスリットの入ったスカート、女性のシャラですら目を逸らしたくなるほどの大胆も大胆な服装である。
 シャラは小さい頃にハティとスコルによく絵本を読み聞かせてもらっていた。その絵本に登場する「魔女」のような姿であった。ただ、絵本の魔女よりはだいぶ若く、おそらくハティくらいの年齢だろうと思う。
 女性は表情を緩めながらこちらを見ている。何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

「あ、あの、あなたは……あ、えっと、私は「シャラザード・グン・エリエル」と申します」

 シャラはとりあえず何者か把握するために自身から名乗った。ソウはというと、ヒルダの後ろに隠れてしまった。女性は「あらら、ごめんなさいね」と一言笑う。

「私、「セルティーナ・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン」というの。長いから「セティ」って呼んでちょうだいね」
「は、はあ」

 シャラは恐らく彼女は魔女だなと感じる。
 魔女とは、人間が何らかの禁忌を犯して「無限に湧く魔力の泉」を手に入れた種族である。だが厳密には人間なので、魔女から生まれるのは人間だと聞く。結構いい加減な性格の人物が多く、自由奔放、傍若無人という言葉がよく似合う。とにかく自由でいい加減で他人を思わない人格が多いと聞いたことがある。だが、中には宮廷魔術師として政治などに関与する魔女もいるという。それらは「ヴァルプルギスの夜会」という同盟に所属しているらしいが。
 しかし、エリエル公国にも父アイオロスに仕える魔女がいたはずだ。確か……「マジョリタ・マジョルタ・マジョレータ」という名前だった気がする。彼女もアイオロスやその部下に対し知識や魔法を教えてくれる師範のような存在だった。かくいうシャラも家庭教師として彼女に色々なことを教わったものだ。現在はアイオロスの側近として活躍すると聞く。
 シャラはとりあえずセティに尋ねてみた。

「セティ殿はなぜこんな場所に?」
「あら、気になっちゃう? ……ふふっかわいいわねあなた」
「かわっ……!?」

 シャラは言われ慣れない言葉に驚いて口をパクパク開閉させる。普段男のように振る舞い、男扱いされてきていたため、そのような事を言われたのはもう十年と数年くらい前だろう。

「か、からかうのはやめていただきたい」

 シャラは「平常心、平常心」と心の中で何度も唱えた。
 シャラの様子に騎士団の皆は吹き出しそうになるのをこらえたり、ニヤニヤとシャラを見ている。

「あらあら、顔が赤いわよ。ふふっ」

 セティは微笑みながら尋ねられた質問に答えた。

「山賊さんに大事なものを盗まれちゃったのよ。あ、心とかじゃないからね」

 セティはニコニコ笑う。シャラは疲れた顔でセティを見ていた。さっきから調子が狂いっぱなしで、剣を握って戦うより疲れる、と感じた。

「何を盗まれたのですか?」
「武器をちょっとね」

 セティはそういうとまた笑みを浮かべる。確かに彼女は武器を持たない。山賊退治にしては不用心だなとは思ってはいたが、なるほど。とシャラは頷いた。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.41 )
日時: 2019/02/10 12:48
名前: 燐音 (ID: mnvJJNll)

「それでシャラさん達はここに何しに来ているの?」

 セティは人差し指を口元に近づけてにこりと笑いながら尋ねる。
 シャラはソウを指示しながらここまでの経緯を答える。それを聞くと、セティは「ふーん」という声を出して頷いた。

「なるほどなるほど。それでアジトに乗り込もうってわけね」
「何かいい方法はないでしょうか?」

 シャラは腕を組みながら尋ねてみる。
 だがセティの答えは、単純明快なものだった。

「正面突破がいいんじゃないかしら」
「正面突破ですか……」

 シャラも正面突破は考えた作戦だ。だが正面から突っ込めば当然リスクも伴う。まずは橋を渡れば大きな音が鳴り響くだろうし、あちら側へ渡るにはどうしても川を渡る必要がある。
 しかし、シャラははっと何かに気が付いて川の下を見てみる。
 浅瀬がある。あそこからなら向こう岸へ渡れそうだ。

「セティ殿、その策……のみましょう」
「公女?」

 シャラの突然の発言にヒルダは困惑している。

「皆、私の考えはこうです」

 シャラは自身の考えを皆に話し始める。
 シャラの作戦はこうだ。
 まず浅瀬から攻める班、正面から攻める班に分けて、正面から攻める班がわざと橋の仕掛けを鳴らす。そしてその間に浅瀬から攻める班が山賊達に攻撃を仕掛けるという包囲作戦である。
 問題は浅瀬側に同様の仕掛けがあれば別の作戦を考えるのだが。

「その点は大丈夫だぞシャラザード。さっき見て来たけど浅瀬には何もなかった」

 ソウはシャラの疑問に答える。
 シャラはそれに頷いて、皆に指示を出して作戦に取り掛かる事にした。
 そして陽は西へと傾き始める。浅瀬側の隊が動き始めるのは、橋側から大きな音を立ててからである。シャラがそう指示を出してシャラは正面突破側の隊を先導する。勝負はここからだと、深呼吸する。山賊討伐は久しぶりだが、あの時のように事が運べばいいとシャラは思う。

 そして、頃合いだと判断したシャラは、隊の皆に合図を送る。そして、全員武器を構え橋を渡る。
 ガランガランとけたたましい音が鳴り響き、山賊達が小屋から姿を現すのだった。山賊達はこちらを見て何か喚いているようだが、シャラ達は構わず鞘から長剣を抜き放ち全軍に突撃の指示を出した。
 山賊の中にやはり弓兵がいたようだが、ヒルダは素早く弓兵を討つ。そして浅瀬側からも騎士が現れ、不意をつかれた山賊たちは動揺していた。
 ソウも山賊達の陰に隠れながらアウロラを探している様子だ。
 挟撃し、山賊たちの数を確実に減らしていく。やはり思った通り人数は少なくこちらと同じだけの数だった。しかもそこまで武器も整っていないのか、ナマクラ同然の斧や剣はこちらの剣の一振りで簡単に砕けてしまう。最後の山賊の頭らしき大男が残るまでは、さほど時間がかからなかった。

「く、まさか騎士連中がこっちに来るとはな……油断したぜ」

 頭がそういうと、両手を挙げる。降参の意だろう。

「攫った精霊の方はどこに?」
「あそこだ」

 頭が指さした方から、ソウと黒い修道服を着込んだ女性が現れる。
 青い髪がベールから出ているが、そのベールで顔を隠す女性であった。

「アウロラさん、無事でよかった」

 ソウがアウロラに対し心配そうな顔で見ている。アウロラは口元を緩めながらソウの頭を撫でる。

「ありがとう、ソウ。そしてエリエル騎士団の皆さんも、ありがとうございます」
「いえ、無事でよかったです」

 アウロラがこちらに頭を下げ、シャラは首を振ってにこりと笑顔を向ける。

「ほら、ソウも」
「んえ〜っ!」

 ソウの背中を押すアウロラ。しかし、ソウは心底嫌そうな顔で声を上げた。

「ほら、何かしてもらった時はお礼を言う。教えたでしょう?」
「ん……」

 アウロラが念を押すとソウは

「アウロラさんを助けてくれたことは……れ、礼をいう……これでいいだろっ!」

 とそっぽを向きながら口をとがらせた。「素直じゃないんだから」とアウロラはため息をつく。
 シャラはふふっと笑った。

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.42 )
日時: 2019/02/10 22:23
名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)

 その日は夕陽が王都を照らす時刻に帰ってこれた。皆の俊敏な働きによる賜物だ。
 ソウとアウロラを孤児院まで送り、アウロラは別れ際に少しばかりの資金を用意してくれたが、シャラは断った。

「その資金は孤児院の皆の食事や身の回りに充ててください。我らがそれを受け取ることはできません」
「……いいえ、それでは——」
「良いのです、貴方が無事だった。それが一番の報酬ですよ」

 シャラは笑顔でアウロラの両手をとる。彼女が無傷で救出できたこと、それだけで騎士の務めは果たせたというもの。資金を報酬として受け取るのは、傭兵がやることだ。

「わかりました。ですが、せめて……私があなた方の軍でお役に立てればと思います」
「……は?」

 シャラは思わず呆けた声が出てしまう。アウロラは胸に手を当ててふふっと笑った。

「私は光の精霊です。戦う事はできませんが、あなた方を癒すことはできます」
「アウロラさんだけずるいぞ! 俺もシャラザードと一緒に戦いたいよ」

 アウロラに便乗するようにソウは大声を上げる。その声で孤児院の中から子供たちが現れた。皆ソウより年下であり、無邪気にソウやアウロラの周りに集まる。

「あ、あの、アウロラ殿!その話はまた後日に。あなたには孤児院がありますから」
「それもそうですね。ですが必要になればお声をかけてくださいませ」

 アウロラは頭を下げ、ソウは手を振り、エリエル騎士団を見送った。
 だがアウロラは「あと一つだけ」とシャラ達を呼び止めた。

「どうか、エリエル騎士団に「光の大精霊レム」のご加護がありますように」



 シャラ一行が宿舎に戻ると、あることに気が付く。

「あれ、セティ殿……」

 セティの姿がないのだ。いつの間にかいなくなっていることにようやく気づいたのである。

「なんとも不思議な人でしたね。雲をつかむような……」
「そうですね……ですが、また会えそうな気がしますよ」

 ヒルダはふうっとため息をついて、シャラは顔をほころばせる。
 だが、本当に何者だったんだろう彼女は……シャラは腕を組んで考えるが、今考えても仕方のないことだ。そう思った。






 ブリタニアの建物の屋根で夕陽に照らされる人物が二人……
 一人はセティと、もう一人は白く桃色と青色の装飾やレースなどで飾るドレスを着こなす妙齢の女性が、シャラ達が宿舎に戻っていくのを見届けていた。

「シェーンハウゼン卿、本日の任務、お疲れ様でした」
「いえいえ、ヴィクトリア議長直々の命なので無視はできないわ」

 ヴィクトリアと呼ばれた女性は、ふうっとため息をついて手に持っている革の書物を開く。書物は光り輝き映像が流れる。その映像は今日のシャラ達の戦いであり、ヴィクトリアはそれを見ながら真顔で口を開く。

「筆頭の仰る事が真実ならば、「シャラザード・グン・エリエル」と「キドル・ティニーン」は、必ずこの「下らない殺戮」を終わらせてくれるでしょう」

 ヴィクトリアは書物を片手で閉じ、セティを見る。

「引き続き、シャラザード殿の監視をよろしくお願いします」
「はーい、お任せください♪」

 セティはにこりと笑いながら返事をして右腕を軽く上げる。
 そして何かに気づいたかのようにヴィクトリアを引き留めた。

「ところで、「ルサールカ」卿の行方は?」
「現在、「イナンナ」卿と「ロスメルタ」卿に捜索を任せていますが、未だ見つからず、です」
「心配ですねぇ」

 セティはふうっと小さくため息をつく。

「……何かあれば、私にご連絡ください。できる限り支援はしますので」

 ヴィクトリアは冷静にそう言うと、光に包まれて消えてしまった。
 セティはそれを見届けてから、シャラ達がいる宿舎を見て頬杖をつく。

「さてさて、今後はどんな展開になる事やら……せいぜい定められた運命に抗ってね、シャラザード・グン・エリエルさん」

 夕日は沈み茜色の空が暗くなる中、セティは一言シャラに向かってつぶやくのであった。