複雑・ファジー小説

Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.68 )
日時: 2019/02/21 09:35
名前: 燐音 (ID: y47auljZ)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1096.jpg

幕間 幼竜


 その竜人の子供は生まれて間もなく捨てられた。どこかに預けられたでもなく、捨てられたのだ。
 理由は単純、「その子は力が無く、望まれた子ではなかった。」からだ。
 しかし、その生まれたばかりの子供を拾った巨漢の男は、その赤子を不憫に思い、名を与えた。

「お前は「キドル」。「キドル・ティニーン」だ。立派に育てよ」

 男は生まれたばかりのキドルに対し、微笑みかける。キドルも心なしか笑っているようにも思えた。
 男は不器用ながらもキドルを育て、かわいがっていた。いつか立派な騎士となり、この大陸に光を照らすと、自分が死んだ後に立派に軍を率いてくれる……そう信じて。
 やがてキドルは成長し、男はキドルに剣を教えた。幼いキドルは自分の体ぐらいある剣を振り回すが、

「師匠、剣はなんか扱いにくい。槍がいいよ」
「むう……、俺も槍が使えないからなぁ」

 キドルの言葉に男は苦笑しながら頭をぼりぼりと掻く。男はキドルの何倍もの身長で、赤い髪を束ね、赤い瞳を持つ巨漢である。赤い服は巻き付けて黒い帯で縛り、とてもがっちりとした体格だった。変わったところと言えば、その男は左目に眼帯をしていることくらいか。
 この男は「ジュウベエ・ヤギュウ」と言い、トゥリア帝国の騎士だ。
 彼は今、ズメウ王国の辺境でキドルと共に暮らしている。山が連なり、飛竜も生息している場所だ。
 ズメウ王国では十五の齢になるまでに飛竜と心を通わし、パートナーにするという風習がある。ジュウベエはキドルを竜騎士にしたいと思い、幼い彼をズメウ王国まで連れて来たのだ。彼は竜人、きっと立派な竜騎士になれる……ジュウベエはそう考えていた。

「師匠、オレ……」
「ん?」

 キドルは槍を振り回しながらジュウベエを見る。その顔は幼い少年のものだが、騎士のように凛々しいものだった。

「オレ、絶対竜騎士になるよ。師匠にだって負けない!」
「……ほう、そうか」

 ジュウベエはキドルの言葉を聞いて思わず顔が綻びた。そしてしゃがみ、彼の頭に大きな手を置いて、彼の青く澄んだ真っ直ぐな瞳を見つめる。

「俺も期待している。お前が立派な竜騎士になって、大陸の皆を救ってくれるって信じているよ」

 その言葉はジュウベエにとって、本心でありキドルへの期待でもあった。重いものを背負わせてる。それはわかっている。だが、ジュウベエはこの終わりの見えない殺戮を終わらせたかった。だからキドルを竜騎士に育て、ジュウベエの果たせなかった事をやり遂げてほしい……そう思っていた。

「必ず、大陸に光を照らしてくれ、キドル」



 そして十年の時が過ぎた。
 キドルは十五になる。髪は薄い紫、白い角が二本あり、鋭く青い瞳を持つ少年へと成長した。
 そんなキドルにある驚くべき事実を目の当たりにした。

 キドルは帝国の皇帝の子供であったと言う事。そして3人の弟と妹がいると言う事。
 名はそれぞれ「ベリアル」、「ストラス」、「ロロマタル」という。そして現在、その三人は王位継承の内乱に巻き込まれていることを知った。
 王位継承第一位は最も王族の血の濃いストラス、次点でロロマタル、そして最後はベリアルである。
 ロロマタルは末子で女ではあるが「トゥリアの巫女」という立場もあり、彼女が次点なのだ。
 だが、その事実と同時にベリアルが次期皇帝の座を狙おうとしているという話を聞く。そして三人の王位継承をめぐって派閥争いが起こっているのだ。
 キドルは、この事を受けて騎士となることを決意した。なぜなら、腹違いではあっても彼らは肉親であったからだ。
 まだ会ったこともない弟や妹達……。彼らを守りたいと思った。
 その旨をジュウベエに伝えると、彼は深く頷いて腕を組む。

「お前のやりたい事をやりたいようにやればいい。俺はお前についていくだけだ」

 かかかっと大笑いするジュウベエ。いつもジュウベエはキドルのやり方に肯定的で、間違っている事はちゃんと指摘し、道を外さずに済んでいた。自分もジュウベエのような大らかな人に……立派な騎士になりたいと思っていた。騎士となり、守りたい者を全部守る。それがキドルの願いであり、決意であった。


 そして、彼は騎士となり功績をあげ続け、いつしか「竜将」と呼ばれるまでの竜騎士となる。立場は奴隷ではあるが、彼は王族に自身の能力を認めさせた。全ては弟妹のために。
 その時には既にキドルは十六の齢となっていた。