複雑・ファジー小説
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.69 )
- 日時: 2019/02/22 00:17
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
第一章 戦う理由
その少年「プラチナ・アージェント・フラム」は「フラム王国」の第二王子であった。
兄「シルヴァ」、父「ゴルド」、妹「ミカ」を、祖国を愛していた。
父は「祖国を共に守ろう」とプラチナに言い聞かせ、兄は「立派な剣士となれ」とプラチナに剣を教え、妹は「兄上や皆と共にこの地に生まれたことを誇りに思う」とプラチナを尊ぶ。
彼は大精霊の加護を受けたこの地を、民を、祖国を守ると心に誓っていた。純真な思いで。
しかし、その思いはどす黒い悪意の前に儚く散る事となる。
フラム王国は帝国の強襲により陥落し、ゴルド王とシルヴァ王子はプラチナの目の前で死罪に処されたのだ。
プラチナは腕を拘束され、身動きがとれぬまま目の前で父と兄が首を落とされるのを見ていた。処刑人は高らかにその首を掲げ嘲笑う。
プラチナは猛獣の咆哮のような雄叫びを上げ、怒りで目が血走っていた。
「殺してやるッ! 貴様ら全員殺してやる!」
無駄だとわかっていても、口から憎悪が漏れる。憎しみで感情が支配されていく。きっと体が自由に動けば、目の前にいる帝国兵を皆殺しにしているかもしれない。怒りでどうにかなってしまいそうだ。
こいつらの臓物を引きずりだしてやりたい。頭を砕いてやりたい。嘲笑うあの口を斬り落としてやりたい。
だが体が動かない。悔しい、憎い。今すぐ奴らの喉元を食いちぎってやりたいのに……!!
そして奴らはプラチナの方へと曲刀を向ける。父と兄の首を斬りおとし、父と兄の血がこびり付いたその剣で、プラチナの首を斬り落とそうというのだろう。
死の恐怖は不思議となかった。だが、気がかりがあるとすれば、城から逃がした妹は無事だろうか……。そんな風に怒りで身体を震わせながら頭では冷静に妹の心配をしていた。
帝国兵の曲刀が白く閃き、プラチナの首に触れる。
最後に一度でもいい、妹に会いたかった。
プラチナはそう観念した。体が動かない以上、憎しみを抱いても何もできないのだ。
だが、その瞬間何者かがそれを止める。薄い紫の短髪、長い耳、紺色の服の男がプラチナの前に立つ。
「この男は俺が引き取る」
男はそう静かに言い放つと、帝国兵達は動揺していた。それはプラチナも同じだ。突然現れて、突然そんな事を言われてもどうすればいいのかわからない。だが男はプラチナの手に縛られていた縄を解いて、プラチナの手を引いた。
「この男はまだ利用価値がある。殺すには惜しい」
男はそう言い残してプラチナを連れ、その部屋を去った。
「ま、待て! 待ってくれ!」
プラチナは長い廊下に差し掛かったところでそう叫んで、男の手を振りほどく。
廊下の右手は大きな街が見え、その向こう側には海が広がっており、水平線と青い空が見える、こんな時でなければずっと眺めていたいくらいの景色だった。
プラチナは問う。
「何故俺を助けてくれた! あんたは一体何者なんだ!?」
男は腕を組んでプラチナを見下ろす。その顔は呆れ顔だ、ため息までついている。
「まずは「ありがとう」だろう、師匠がこの場にいたら拳骨を喰らってたな」
「なっ……!? そ、そうじゃなくて、質問に答えろ!」
男のあまりにも軽い態度に、プラチナは怒りすら覚える。よく見れば真っ直ぐで澄んだ青い瞳をしている。その視線は優しさを感じさせた。
男は頭を掻き、あからさまな大きなため息をつく。
「俺は「キドル・ティニーン」。「竜将ティニーン」の話は聞いたことはないか? それが俺だ。で、お前を助けたのは、俺の今後の計画にお前の力が必要だったからだ」
プラチナは驚いた。フラム王国を落としたのは「竜将ティニーン」であったからだ。そして目の前にいる、兄より若く自分より年上の男が、最近帝国で名を上げ十六と言う齢で将軍となった男……。
信じられないが、先ほどずかずかと帝国兵の間に割って入ってプラチナを連れ出す事が証明している。
そしてこの男は何と言った?
「今後の計画にお前の力が必要だった」と言っていた。自身を利用するために連れ出したというのか!?
「ふざけるなっ! なぜ王国を落とした仇に利用されなければならない!」
キドルはうーんと声を出して腕を組んで悩んでいた。
「お前こそ、自分の立場がわかっているのか?」
「俺の……っ!?」
「そうだ。今のお前は「帝国の奴隷」という立場だ。生かすも殺すもトゥリア帝国次第。あのまま放置してたらお前は首を斬り落とされて死んでいたぞ」
キドルはそういうと、プラチナの頭に手を置く。
「まあお前が死にたければ俺はお前をさっきの場所に返すだけだ。だが俺について来れば、いつでも仇討ちができるし俺もお前の力を使えて一石二鳥。お互い利害の一致をしてるじゃないか」
キドルはわっはっはと大笑いをする。
この男……どこまでが本心なんだ……!?
プラチナは目の前の男の意図が読めず、困惑していた。だが気づいた。この男についていかなければ、恐らく殺されるだけだ。牙を向ける暇もなく。
「……せいぜい月夜ばかりと思うなよ」
「お、その返事は肯定と受け取るぞ」
読めない……この男は一体何を考えている……?
プラチナはキドルの態度に困惑していた。そんなプラチナに対し、キドルは何かを閃いたように指を鳴らす。
「そうだ、お前、俺の副官にならないか? 人手が足りなくてな」
「…………は?」
今何と?俺の副官にならないか、だと?
「ふ」
「ん?」
「ふざけるな貴様っ!!」
プラチナは声を張り上げてキドルを指さし怒りを露わにする。
この男はどこまで……
「貴様はっ、貴様はどこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!」
「え、いやいや」
キドルは手を振って否定する。かなり困惑している表情であった。
「俺の副官になれば俺の首を狙いやすいぞ、いつか隙を見せるかもしれないし」
「そういう問題じゃ——」
「憎むべき敵の副官になるなんて正気の沙汰じゃない、そうか?」
プラチナは口をつぐむ。言いたい事を先に言われてしまった。キドルは肩をすくめる。
「案外名案だと思うがな、副官になれば俺の隙をいつだって狙えるし、待遇だって一般の兵士よりいい。何より、俺はお前のその態度が気に入ってるからな」
キドルはプラチナに対し指をさす。
プラチナは何と答えれば良いかわからず、視線を地面に向ける。
「まあ答えはしばらく保留にするとして、これから俺の戦い方を見て判断すればいいさ。今日は部屋を用意するからそこで寝るといい。明日からはキリキリ働いてもらうぞ」
キドルはそういってプラチナの頭に手を置く。「意外に小さいんだなお前」と笑いながら。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.70 )
- 日時: 2019/02/21 23:39
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
「あぁ、まずいまずいまずいまずいっ! まずすぎて意味わかんないわ!」
彼女は頭を抱えて牢獄の中で一人足をじたばたとさせていた。
彼女はラーフ公国で宮廷魔術師兼占星術師として「星見の魔女」の異名を持つ「リアリース・エ・シュテルン・ベルス」。帝国軍に囚われ、その事を嘆いて居ても立っても居られない状況であった。
「どうしようどうしよう、このままじゃ一生帝国の奴隷コースだわ! あぁぁぁ、「ネミッサ」師匠、不甲斐ない弟子ですみませんすみません! あぁ帝国に一生を捧げるか、真名バレして人間に戻るなんてどっちにしたって人生詰んじゃってるわ! もういっそのことこの場で殺して……死なないんだわ。あぁぁぁ……」
リアリースはその場にへたり込んで額を地面に押し付ける。傍から見ればその行動は奇怪であったが、彼女からすればそれどころではなかった。
リアリースは20歳の時に不治の病に侵され、死にたくないと強く願い、生きたいという執念で魔女となった人物であり、その後の16年は自分勝手に病気も死傷も恐れず自由気ままに生きていた。
だが、「星見の魔女」である事と宮廷魔術師である事、星を見ることで未来を視ることができると言う事で、まんまと「ハイレクーン・マリオネット」の罠にはまって、現在に至る。
昨日まで普通の日常を過ごしていたのにこのあり様……しかも魔女だから死ぬこともできないのだ。だが人間に戻れば病に蝕まれ死ぬ。生きていてもこれから先は生き地獄。
「私の人生、もうおしまいよおぉぉぉ〜……!!」
リアリースはその場で涙を流して、年甲斐もなく大泣きしていた。
「おーい、聞こえてるか?」
「帝国軍にあんなことやこんな……はっ!?」
リアリースは目の前に誰かがいることに気づく。鉄格子の前には、赤髪の巨漢がしゃがみ込んでこちらを見ていた。リアリースは我に返る。そして顔を真っ赤にさせながら正座する。
そして男に、半目で尋ねた。
「どこから見てた?」
「「あぁ、まずいまずいまずいまずいっ! まずすぎて意味わかんないわ!」の部分から」
リアリースは顔を手で覆ってその場に倒れ込んだ。恥ずかしくて立ち上がれない。
男はその様子を見て頭を掻きながらため息をつく。
「そんな恥ずかしい事か? 生きたいってのは皆思ってることじゃないか」
「そうね、そうなんだけど……」
リアリースは手で顔を覆ったまま声を出す。声がこもって聞こえてくるので少し聞きとりづらい。
そしてリアリースはスカートに付着した埃をはらいながら立ち上がり、男を見下ろす。そして腕を組んだ。
「で、何の用? 魔女様がこれからどん底に落ちる様を見にきた訳?」
「いや、その逆だよ」
男はそう答えると立ち上がる。リアリースが見上げるほどの巨体に、リアリースは「でかいわね」と一言こぼす。
「逆?」
「おう、お前の力を発揮できる素晴らしい職場を紹介したくってな」
「白か黒かでいうと?」
「グレーだな」
リアリースの質問に淡々と答える男は、腰に手を当て大笑いする。
「勝手にそんなことしちゃっていいの?」
「俺の上官命令だから、大丈夫だと思うぞ」
リアリースはそれを聞いて「え〜」と声を出して肩を落とす。上官がどういう立場かもわからないし、上官が魔女の力を欲しがっていると言う事は、一生奴隷コースから何も覆ってない事にもなる。
「でもこれから先、私は奴隷人生コースなんでしょう? 断るってのはダメ?」
「ダメな事はないぞ、多分後悔すると思うがな」
妙に含みのある言い方だ。
「というか、私を出したらその上官さんも貴方も立場が危うくならないかしら」
「そんなに不安なら魔女の名前を捨てて、新しい人生を歩んだらいいと思うぞ」
「は!?」
魔女名を捨てる!? この男は何を言っているのだ。
「魔女名を捨てたら魔女は人間に戻るのよ!?」
「いやいや、そうじゃなくってだなぁ」
男は説明した。
魔女名とは別に偽名を名乗って、上官の兵士になると言う事だ。
魔女名を使わないことで魔女が死ぬなんてことはないし、正体も隠せる。と男は言いたいのだろう。
「ねえ、上官さんは私に何をさせたいの?」
「大いなる計画のために、力を貸してほしいんだよ」
「大いなる計画?」
男は肩をすくめて首を振る。
「今ここで言う事はできん。だが、協力してくれるならお前に名前を与えてやるぞ」
「随分上から目線ね」
上から目線はともかく、この男についていけば確実に生き延びることができると思う。「大いなる計画」とやらも気になるし、デメリットだらけの奴隷より何倍もマシかもしれない。うん、ここは大人しく従うかな。そう考えたリアリースは大きく頷いた。
「いいわ、乗ってあげる」
「そうこなくっちゃな」
「ところで、貴方、名前は?」
男は「おう」と返事をしてから自身の名を名乗る。
「俺は「ジュウベエ・ヤギュウ」。とりあえずトゥリア帝国所属の騎士だ」
「ふーん、覚えておくわ。で、私の新しい名前は?」
ジュウベエはその問いに答えた。
「「レイア・ウェヌス」だ。いい名だろう?」
「いいセンスね」
「レイア」はそう答えて笑みを浮かべた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.71 )
- 日時: 2019/02/23 23:48
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
海の上に岩壁がそびえ立つ岬。その突端には肩までかかる長い髪の青年が佇んでいた。
白銀の髪を揺らし、岬の向こうの水平線を、雲一つない空を眺めている。風が穏やかに肌やマントを撫で、静かな波が旋律を奏でていた。
青年は決意した眼差しで一歩、また一歩と前進する。目の前は海だ。あと一歩前に進めば、たちまち真っ逆さまに落ちる。彼はそれを理解していながら、一歩前へ踏み出した。
「おい、お前」
青年は突然背後から声を掛けられ、振り向く。そこには赤い髪の男が立っていた。自分より背が高くその巨体を持つ男は、自身を呼び止めたのだ。
「誰だ、あんたは」
青年は男に尋ねる。だが男は青年の問いには答えず、腕を組んで静かに口を開いた。
「そのまま一歩踏み出せば、お前は海に落ちるぞ。最悪死ぬ、いいのか?」
「ああ」と青年は答え、海の方へと向く。
「この国は腐ってる、腐敗しきった国に希望なんかない。だから俺は——」
「死のうってか」
「そうだ。かつて王の命令に従って生きてきたが……罪なき者や弱き者、女や子供、病人老人を焼き殺し、平民は苦しみ、貴族はそれを踏み台にして腹を満たす。こんなクソッタレな国にこれ以上いても、空しいだけだ」
青年は恨み節を吐く。口にするだけでも反吐が出そうなこの国に、もはや救いもないのかもしれない。だから自ら終わりにしようと考えていたのだ。
男は彼の言葉を真摯に受け止め、深く頷いた。
「だったら、俺達と一緒にこの大陸を変えないか?」
「この大陸を、変える?」
「そうだ」と男は頷く。
「お前の言う通り、この国はクソッタレだ」
男は真顔で口にする。
先王が何者かに暗殺されて以来、このトゥリア帝国は変わってしまった。先王の三人の子供を頂点に派閥が生まれ、それ以来王位継承をめぐって内乱が起こっている。その争いに民は巻き込まれ、犠牲が生まれる。だが、「竜将」が誕生してから先王の次男「ベリアル」が長男「ストラス」、長女「ロロマタル」をそれぞれ軟禁したという。
そこからなんとか平穏であった帝国は変わってしまった。
ベリアルは「自身が皇帝だ」と名乗り出、自身の取り巻きである貴族を優遇し税を重くする。そして「竜将」を使い、隣国であるフラム王国を陥落させた。
さらに彼はイース同盟諸国を落とすべく、今後竜騎士団にライラ王国の攻撃を命じるのだそうだ。
「皇帝の命令は絶対。だからこそ「竜将」はライラ王国を攻撃するだろうな」
「……で、俺にどうしろと?」
青年の問いに、男は答える。
「この腐った帝国を救うために協力してほしい、俺達には人手が足りない」
なんでも、軟禁状態である「ロロマタル」と「ストラス」を救うべく、協力してほしいとのことだ。
「だが、俺は元帝国騎士だ、顔が割れている」
男はそれを聞いて、「なんだそんなことか」と笑う。
「心配するな、そんなもんいくらでも何とかなるさ」
「なんとかって……」
「仮面でもフードでも使って顔を隠せばいいだろう、聞かれたら「顔に大きな傷が〜」とか言えばいいさ」
男は大笑いしながら青年の肩をバンバンと叩く。結構力強く、物凄く痛い。
「ば、馬鹿力過ぎる……」
「お、すまんな」
男はこれまた大笑いする。まるで酒に酔ったオヤジのようだ。
「あとは名前だな。そうだろう、「エヴァノーツ=ノア=エデンライト」」
「なっ……!?」
男は彼の名前を言い当てる。
だが冷静になって彼は男の顔をよく見ると、見知った顔だ。確か……
「ジュウベエ・ヤギュウ」。帝国の騎士であり、両手剣を片手で振り回す猛者。そして、鬼のような気迫を放ち戦場を制する、「鬼武者」の異名を持つ男だ。かつてイース同盟が攻めて来た時に、一人で千人を相手した化け物であり、帝国では英雄的存在である。
「俺、そんなに有名なのか、知らなんだ」
「そりゃそうだ、一人で同盟軍千人を屠るような男、あんたくらいしかいないからな」
「こりゃ一本取られた」と大笑いするジュウベエ。
「だがお前さんも皇帝の命は絶対的に従う騎士だったはずだ。……まあこんな現状なら投げ出したくなるよな」
肩をすくめるジュウベエ。
「まあとりあえず聞くが、お前は俺達に協力してくれるか?」
エヴァノーツは腕を組んで、ふうっとため息をつく。
「断ったら腕を折られそうだから、協力するよ」
「そんな物騒な男に見えるのか、心外だな」
がははと笑うジュウベエ。そして、懐から刃渡りのやや長いナイフを取り出す。
「エヴァノーツ=ノア=エデンライト、お前はここで「死んだ」事にしよう」
ジュウベエはエヴァノーツに近づき、彼の肩をつかんだ。
「な、何を——」
「なあに、心配はいらんよ」
ジュウベエはナイフをちらつかせ、エヴァノーツの首元に近づける。
そしてナイフで彼の長い髪を斬った。
「エヴァノーツ=ノア=エデンライトは今ここで死んだ。そして新たに……」
ジュウベエは彼の目の前に、手で握りしめた斬った髪の束を突き出す。
「「リスヴァル」が誕生した、よろしく頼むぞ」
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.72 )
- 日時: 2019/02/23 21:26
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
目を閉ざしていても、眼下に広がる幾千ものまたたきが感じられた。
人というろうそくに灯された命と言う炎のまたたきだ。
それが消えていく。
ひとつ、またひとつと——。
消えていくのがはっきりとわかる。こうして固く目を閉ざしていても。
それは神のごとき力をもつこの身にとっては、取るに足りないほどの小さな光だ。
人だとて、羽虫の生き死になど気にはしないだろう。
だが、それでも、あれは。
——命だった。
かつて、この地には「魔王神」と呼ばれる巨竜が人々を脅かしていた。その漆黒の巨体に覆われた鱗はまるで鋼鉄のように堅く、瞳は鋭く蒼く光り、強靭な翼は周りの森すらも吹き飛ばし、口から放り出される蒼炎は大地を焦がす。その全てを喰らい尽すがごとく大地を揺るがすその漆黒の巨竜は、「全てを喰らう者」と呼ばれるに相応しい。
人々は恐怖に慄き、巫女と呼ばれる一人の女性に「魔王神を鎮めてくれ」と懇願した。巫女は、人々の願いに応え、魔王神と対峙した。
だが魔王神の強大な力は神すら凌駕するほどであり、巫女が瀕死になろうとも魔王神は倒れるどころか傷一つついていなかった。そして魔王神は瀕死の巫女の力を得ようと巫女を喰らおうとする。
しかし、巫女は魔王神の頭部が近づいたところで、魔王神の右目に手をかざした。魔王神の右目に封印の紋が刻まれ、魔王神の意識はそこで途絶えた。同時に巫女も自身の体が燃え尽きるように消えてしまったのである。
トゥリア帝国の今から20年前の出来事であり、先代巫女が命を賭して帝国を守ったという話は、記憶に新しく、その当時を目の当たりにした人々は巫女に感謝していた。
だが、現在その魔王神はどこで何をしているのか……? 誰も知る由もないのである。
「失礼いたしマス、閣下」
キドルの部屋に道化師のような格好をした奇妙な白髪の男が入って来た。まるで街で見かけるサーカスのピエロのような恰好で、常にニタニタと張り付いた笑顔でこちらを見る。実に不気味だが、これでも帝国四大司祭の一人である「ハイレクーン・マリオネット」だ。彼は精霊とのハーフであり、精霊のような魔法を扱える人物であった。実質、四大司祭は彼が仕切っているも同然なのだ。
彼はニタニタと笑いながらキドルに一礼する。
「閣下、貴方に会わせたい者がいらっしゃいマス」
「……誰だ?」
「入りなサイ」
キドルの質問に答えるように、ハイレクーンは開いたままの扉の方に声を掛ける。すると、扉から黒髪の女性がゆっくりと歩いて姿を現した。
長い黒髪、前髪で右目を隠し、左目は蒼く、金色の角が生えている。青いベールで隠れているが、恐らく耳は長い。黒を基調としたドレスを身にまとうその女性は竜人であった。顔は無機質で感情を感じられない。
ハイレクーンは彼女を指し示すと深々と頭を垂れる。
「どうぞ、彼女を"お役立てください"」
「物みたいに言うんだな」
キドルが睨むとハイレクーンが「おぉう」と声を漏らす。おちゃらけた態度がいちいち鼻につく。だが、気にしていても仕方ない。
「彼女の名は?」
「アリマセン」
ハイレクーンが淡々と答えると、キドルは深くため息をつく。何故名無しの人物を自分に押し付けてくるのだこのピエロは。と内心思っていた。奴隷にしても部下にしても名前がなければ不便なのに。
「なあ、こいつは一体何者なんだ?」
「ハテ、わかりませんか?」
わかるわけがないだろ、とキドルは頭を抱えたくなる。
キドル自身、恥ずかしながら友達も部下も知り合いも多い方ではなく、ましてやこんな無機質で不気味な竜人の女性の知り合いなど断じて知らない。
「これはかつて巫女に封印の紋を施され、このような姿になって帝国で扱っている「魔王神」と呼ばれていたモノ」
魔王神……巫女が命を賭して倒したと言われる巨竜だな。
「なぜこいつはさっきから黙っていたり……そもそもなぜこんなにも無機質なんだ?」
「封印の紋の影響でショウ。姿だけでなく、感情すらも封印されてしまったのデショウネ」
なるほど、とキドルは頷く。すると、ハイレクーンは部屋から出ようと扉に近づいて退出した。
「では、アトはお二人でドウゾ。ごゆっくり〜」
最後までおちゃらけた奴だった。本当にあいつは好きになれない……そう考えていると、目の前の女性がこちらをじっと見つめている。
背はキドルの方が少し高いので、彼女はこちらを見上げている。
「そういや名前がないんだったな……魔王神だった頃の名前を覚えてないか?」
「……ないわ」
感情がこもっていない声で、女性は答える。
「あ、そう。じゃあ……うーん、そうだな」
キドルは頭を抱えながら、自室の本棚から適当に本を手に取り、それをバラバラとめくる。
この本棚の本はプラチナが「お前の部屋は殺風景だな、つまらん」と言いがかりをつけて置いたものだ。たまに読んではいるが、中身は錬金術だったり占星術だったりイマイチ興味がわかない。せめて武器の指南書だったらよかったのになと思っていた。
そしてキドルは本で見つけた言葉を口にする。
「セイブル……グラトニー……」
キドルは彼女に振り返って指をさした。
「お前の名前は今日から「セイブル・グラトニー」。名前がないと不便だから、今日から名乗れよ」
「せいぶる……ぐらとにー……」
「セイブル」は名前を聞いて何度も繰り返して、キドルに向かって頷く。
「わかったわ、今後ともよろしく、マスター……」
「ああ、だが、「マスター」ってのはやめろ、恥ずかしい」
キドルは顔を赤らめながら頭を掻いた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.73 )
- 日時: 2019/02/24 15:46
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
「よし、準備は整った」
キドルはそう言うと、その場で座っていた椅子から立ち上がり、背伸びする。キドルは今、自室で書類の整理をしていた。中身は今後の計画、そして新たに自身の配下に加わった者の名前と顔写真のリストが描かれたものだった。
できる限りの手は打った。後は、ストラスとロロマタルを救出するのみ。
何故王位継承権第三位のベリアルが二人を軟禁できるか、謎ではあるが今は進むしかない。道は前にしかないのだから。
だが、どう作戦を練るか……
二人は別々の宮殿に軟禁されているという情報を得て、賊を装って侵入し救出するという作戦は考えたが、具体的にどうすればいいのか……と考える。
キドルは自身の配下に加えた兵士達の名前のリストが書かれた紙を見る。
「レイア・ウェヌス」……なんでも占星術師で、ある程度の未来が見えると自称していたが本当にある程度らしい。まあ、占いでどうこうなる問題ではないな。とキドルはため息をつく。
「プラチナ・アシェ」……副官に任命し、名前を与えた蛇の獣人。熱源を感知できるという蛇の能力を持っているらしい。まあこの際それはどうでもいい。問題は宮殿内にいるストラスとロロマタルを探し出し、救出するのが目的なのだから、恐らくこの能力は使えないだろうと思う。
「リスヴァル」……ジュウベエが連れて来た双剣士で、偵察暗殺はお手の物、らしいが。彼に一度軍議に参加してもらうべきか。
あまり派手に動くと、ベリアルにキドルが動いているという事が知られ、最悪死罪を処される可能性がある。だから穏便に動く必要がある。
今回考えているのは、プラチナとジュウベエに隊を分け、同時に救出するというものである。そして誘拐を装い姿をくらます。というもの。……賊が侵入し、ストラスとロロマタルを誘拐したとなれば、ベリアルも動くだろうが、邪魔者がいなくなれば自身が皇帝となれると言う事もあり、恐らくあまり取り合わないだろうと考える。
そして二人を帝国から逃がし、時が来れば迎えに行く。そういう作戦だ。
だが問題はキドル自身は奴隷将軍という立場のため、自由に動くことができず、プラチナとジュウベエに任せることしかできない。ジュウベエはともかくプラチナだ。彼はフラム王国第二王子と聞くが、うまく軍をまとめられるのだろうか? 自身も言えた義理ではないが、プラチナはまだ若い。それに意外に頭に血が上りやすい性格だ。いざという時に冷静な判断を下せるのだろうか……。
キドルがそう考えていると、扉からノックの音が聞こえた。
「失礼する」
不愛想な顔でプラチナが扉を開けた。
「おお、どうしたプラチナ」
「あんたが呼び出しといて何なんだ」
プラチナは腕を組んでキドルを睨みつける。プラチナは白い髪を三つ編みに束ねて余った後ろ髪を垂らし、この軍に入る時に買ってやったキドルとお揃いのデザインの白い服、瞳はまるで炎が揺らめくような色をしている。顔は幼さを残すものの、整っている。見方によれば少女にも見える。頬に蛇の鱗のような筋がある。彼は蛇の獣人だ。
「おっと、そうだったな、悪い悪い」
「全くジュウベエ殿といい、気が抜けてる。しゃんとしろ」
プラチナは肩をすくめてため息をつく。彼は副官ではあるが、キドルと二人きりの時のみ、こうして砕けた口調で話している。そこは流石王族と言ったところか、公の場ではかなり畏まっているのだ。キドルも皇帝にプラチナと共に挨拶に出向いた時、自分よりも礼儀正しく、キドルは驚いていた。
「ま、まあそれは追々ってことで。今回お前を呼び出したのは他でもない、お前を今回の作戦の隊長に任命したい」
「……俺が? 何故……」
プラチナは戸惑っていた。自分が隊長に任命されるとは思いもしなかったからだろう。
「お前はフラム王国の第二王子だったし、俺は出撃する事ができない。だから代理でお前に軍をまとめてほしいんだよ、簡単だろ?」
「簡単に言うけどな……俺はまだこの軍に入ってから数週間しか間もない! それに俺が急に仕切るなんか言ったって、誰も言う事なんか——」
「大丈夫だって、心配するな。なんかあれば一緒についていくセイブルに頼ればいい。あいつは感情こそ封じられてるが、働きは確かだし、的確な指示さえすれば必ずうまくいくさ!」
がははと大笑いし、プラチナの頭に手を置くキドル。プラチナがその手を鬱陶しそうに払い除けると、「こういうの嫌い?」とちょっとしょんぼりした顔をしてキドルが肩を落とす。
「失敗した時はどうする?」
「失敗したらお前は死罪だろう、でお前の進言次第で俺もジュウベエ殿も危うくなる」
「……ふう」
プラチナは覚悟を決めるかのようにため息をついた。やるしかない。と言いたげにキドルを見る。
「わかった、俺のやれるべき事は全てやり切る。失敗すれば、汚名を背負って命を以って償おう」
「さっすがプラチナ君! お話が分かるね!」
プラチナはまたため息をついた。ジュウベエと話している時も感じていたが、この男はジュウベエのような人物だった。流石師弟と言うべきか、癖も仕草も喋り方もよく似ているのだ。
実力はまだ見たことはないが、たった一年で将軍に上り詰める辺りから推測できる。この男はジュウベエのように伝説を作り、「大陸を変える」という言葉通り、変えてしまうのだろう。
プラチナは、キドルを密かに信頼していた。