複雑・ファジー小説
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.74 )
- 日時: 2019/02/27 07:02
- 名前: 燐音 (ID: lU2b9h8R)
第二章 野心と強欲
「ご機嫌はいかがですか、ストラス兄上」
そう言ったときの言葉とは裏腹に、まるでこちらを値踏みするかのような彼の目つきに、その言葉を掛けられたストラスは軽い眩暈を感じていた。
目の前の男は、「ベリアル・デウスエクス・リィン・トゥリア」。ストラスの双子の弟であり、自分と同じ顔、黒い短髪、赤い瞳、そして自身と同じように華奢な体である。
かつては妹や自分とも仲が良く、決して他者を見下し蔑むような人物ではなかった。
ストラス自身も彼を信じていた。共に国を良くしていこう、先王までの政治は無くして新たな方針と共に国を築いていこう。そう三人で誓い合ったのだ。そして、自分も耳にした程度だが、行方不明の兄も探し出し、皆で魔女も精霊も羨む良い国にしていこう、と。
だが今はどうだ、目の前の弟は自分を閉じ込め、見下したような顔でこちらを見ている。
「ベリアル、恥ずかしくないのですか?」
部屋に入って来たベリアルにストラスは、静かに諭すように言った。
「兄上、妙な事を言っているね。そのような妄言を弄するようでは、まだ、貴方には静養が必要なようだ」
「僕をここから出してくださいと言っているんです!」
ストラスが口調を強めてみせると、ベリアルはニヤニヤと笑う。まるで見世物小屋の動物を見ているような、そんな顔だ。
「人聞きの悪いことを言わないでほしいな、兄上。まるで僕が兄上を閉じ込めているように聞こえるよ」
何を……一年ぐらい部屋から一歩も出さないで何を言っているんだ。
ストラスは怒りに震えながら睨みつけたが、彼は涼しい顔でストラスの視線を受け流した。
「でも一年も大人しくしていただけるとは、兄上もロロマタルも意外に素直なんだね」
「そりゃそうだ、武器も部下も何もないですからね。食事を頂けるだけでも感謝しているところですよ」
ストラスは皮肉たっぷりに言って見せるが、やはりベリアルは表情一つ変えない。
恐らくストラス直属の騎士や部下などは皆殺しにされているのだろう。この男の考えることだ、やりかねない。そう思うと、死んでいった部下に巻き込んで申し訳ないと思う。
「そうだね、兄上を慕う部下には両親もきょうだいもいたはずですが……哀しい事だね」
「ベリアル……っ!」
ストラスは唇をかんだ。
いつからこの国の歯車はくるってしまったのだろう。ストラスには分からない。幼いころからイース同盟は、敵国は滅び大陸は帝国によって支配されるべきだと教育されていたが、ストラスやベリアル、ロロマタルは違っていた。共に歩み、弱きを救い、強きを挫く事こそ真の平和なのだと考えていた。十世の聖戦や蟠りなんて関係ない。同じ人間なのだから、必ず分かり合えると、きょうだいで話していたはずだ。
だが、この国は間違いなく悪い方へと向かって行っている。いや、変わっていないのかもしれない。
ストラスは拳を握りしめる。
「では、僕はこれにて。今回は挨拶だけなので、とくに用事はなかったんですけどね。何か必要な事があれば、ベルを鳴らしメイドをお呼びください」
ベリアルはそう言い残すと、「ああ」と何かを思い出したかのように振り向いた。
「そういえば、我らの生き別れた兄を見つけましたよ。今は「竜将」となって僕のために存分に働いてくれているけどね」
ストラスはその言葉に顔を上げて目を見開く。
兄が生きてる……!? そう考えると嬉しいと感じていいのか、どういう状況かとはいえ、この男に付き従っている事を嘆くべきか、複雑な心境だった。
「まあ気が向いたら、面会でもさせてあげますよ。はははっ」
ベリアルは高笑いを残して部屋を去っていった。
そんな事よりも兄はやはり生きていた。……だが、ベリアルの言いなりになっている。それが気がかりだった。
ストラスは居ても立っても居られなくなり、その場をグルグルと歩き回る。
「なんとかここを脱出して、兄にこの戦いから降りる様言わなければ……! だがどうやって……!?」
ストラスは頭を抱える。武器もない今、抵抗したって返り討ちに合い、どこかへ幽閉される可能性がある。だが、自分にもやれることはあるはずだ。
「いや、何か方法があるはずだ……何か……」
ストラスは部屋を見渡す。
広い部屋に煌びやかな装飾が施されたベッドに書き物机、椅子や本棚、ソファ、クローゼットなど、必要最低限の家具が置いてある部屋だ。武器になりそうなものは、椅子くらいだ。
そしてストラスは外を見る。3階にある部屋なので、降りるにしても魔法や道具がなければ安全に降りることができない。真下はこの宮殿の庭園がある。安全に降りられれば、庭園の茂みなどでやり過ごしながら脱出できるかもしれない。
そう考えたストラスは、書き物机に向かい、椅子に座る。
そして紙とペンを取り出して何かを書き始めた。
「……まずは、この部屋から出なければならない。だけど、今は準備だ」
ストラスはそう呟き、夜を待った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.75 )
- 日時: 2019/02/27 07:05
- 名前: 燐音 (ID: lU2b9h8R)
夕刻。陽が沈み周囲は闇に包まれる。
ストラスは昼間にクローゼットに仕舞っていた、衣装やカーテンを編み込んで作った綱を取り出す。それほど長くはないが、長いことに意味はない。とにかく、外に出て怪我なく下に降りられればいい。それにストラスはあまり体力に自信がない。だから長時間綱に捕まっていれば、途中で力尽きて落ちてしまう。だからこそ、途中で飛び降りて木々に捕まればなんとかなる……だろうと思う。
昔から運はいい方だと自負しているので、なるようになれ、だ。
「武器になるもの、は……」
ストラスは部屋中を探す。やはり武器になりそうなものはない。が、先ほど食事の際に肉を切るためのナイフをこっそり拝借した。護身用としては心もとないが、急所を狙えば一撃で人間一人くらいは倒せる……はず。だが過信はできない。
「よし、見張り……は……」
ストラスは窓から周囲を確認する。夜だからか、松明を持って周囲を見張る物見がちらほらいるようで、点々と明かりが動いているのが見える。ストラスは綱をそっと音を立てないように垂らし始めた。体力のないストラスは、綱をある程度垂らしたところで、息を切らしている。元々身体は丈夫でない方なので、もし兵士だったとしたら一番に捕まって殺されるタイプだな、と自己評価しながら、息を整えた。
そして綱をベッドに括りつけて固定する。ストラスくらいの体重なら耐えられる……だろうか、少し不安だ。
ストラスはクローゼットから薄汚いローブを取り出して羽織り、フードを深々と被る。これで顔は見られないだろう、と思う。
ストラスは部屋の明かりを消した。今日は半月だった為、月明かりで周囲がほんのり見える程度に暗くなった。
綱の強度を確認しながら、ストラスは窓からゆっくりと降りた。幸い、まだこちらに気づいていないようだ。盗賊が見たら「ザル警備だな!」と笑うだろうか。どんどんと降りていく。
地上はまだ高いが、ストラスは綱を握り、壁を思い切り蹴って体を宙に投げ出した。綱を離して、近くの大木の枝に乗り移る。ガサガサと音が鳴り、ストラスも驚いて顔に一筋の汗を流す。そして周囲を見回し、物見に見つかっていないかと恐る恐る確認する。
しかし、動きが一瞬止まったかと思うと、何事もなかったのように動いた。ふうっと安堵のため息をついて、胸をなで下ろすストラス。
「脱出は成功ですね。……あとはこの庭園を抜けるだけですが」
ストラスはそう呟くと地上に降りる。地上まではそんなに高くはなく、すんなりと降りられた。地面に足を踏みしめ、立ち上がる。ところどころ枝などで服をひっかけたが、今はそんな事を気にしている場合ではない。それに、服なんか縫えば問題はない。ストラスは音を立てないように走り出した。
「何者だ!?」
ストラスはその声に驚いて慌てて物陰に隠れる。だが、こちらではなく何か斬撃音が聞こえる。
ストラスは首をかしげてそーっと様子を見てみた。
謎の集団が物見を斬り倒しているようだ。……姿はローブを身にまとって目立たないようにしている。
「……まさか、賊!?」
だがこんな宮殿になぜ?
ストラスは考えるが、賊であれば見つかればただじゃ済まないはずだ。ストラスはそう考えると、急いで逃げることを選択した。
「あそこにいるわよ!」
女性の声が聞こえる。声しか聞こえないが、明らかにこちらに向かっていた。
まさか、感づかれてるのか!?
ストラスは慌てて駆け出した。捕まったら何をされるのか……、もしかしたら王族だからと拷問を受けたり幽閉されたりなど、嫌な事ばかり想像してしまい、身震いが止まらない。
ああ、トゥリア神よ! どうか僕に勇気をください!
ストラスは生まれて初めてトゥリア神に祈った。情けないが、神にも縋りたい、そう言った気分だ。だから必死に走って逃げる。
「あっ!」
だが、体力の無さがあだとなって、ストラスは躓いて盛大にこけてしまった。
かすり傷程度で済んだが、ローブで身を隠した集団に追いつかれてしまったようだ。
ストラスは立ち上がる体力もなく、怯えた表情で集団の前にいる大男を見つめる。
捕まったら僕はどうなってしまうんだろう……、恐らく料理されて活け造りにされちゃうのかな。
なんて下らない事を考えて覚悟を決めるように瞳を思い切り瞑る。だが、目の前の大男がストラスに近づき、膝を突いた。
「お前さんが「ストラス・アルカディア・リィン・トゥリア」皇子か?」
唐突に降ってきた質問に、ストラスは「へ?」と間の抜けた声を出して目の前の人物を凝視した。
「そ、そうですが……あなたがたは?」
ストラスの質問に、目の前の大男はフードを取り払って素顔を晒す。赤髪の壮年の男……彼は見たことがある。同盟軍千人を屠った「鬼武者ジュウベエ」……と記憶している。
ストラスはそんな事を考えながらジュウベエを見ていると、彼は手を差し伸べる。
「我らが大将が、お前さんをお助けしたく俺達は馳せ参じた。立てるか?」
「え、ええ……」
ストラスは訳が分からないまま、ジュウベエの手を取って立ち上がる。
すると、フードを取り払った白髪の女性が、ジュウベエに近づいた。
「ちょっと、早くこんなところから逃げましょうよ!」
「ああ、悪い悪い。てことで殿下、一緒に来てもらうぞ」
「え、あ、はい!」
ストラスはジュウベエ達の後を追う事にした。とりあえず敵ではない。と判断したからだ。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.76 )
- 日時: 2019/02/27 07:07
- 名前: 燐音 (ID: lU2b9h8R)
その少女は巫女の娘として崇められた。
だが、まだ幼い彼女には母のような力は持っておらず、人々の期待に応えられない彼女は隔離されていた。
腕に刻まれた、「トゥリア神の紋章」が巫女の証であるらしく、彼女にとっては「呪い」でしかなかった。
これがある限り、人々から自身にできもしない事を強いられ、特別扱いされ友達もできず、孤独であった。
だが、唯一二人の兄が彼女を解放してくれた。そして誓い合った、「必ずこの国を変えよう」と。
彼女は初めて人のぬくもりを知った。だから離れたくないし離したくなかった。この二人といれば、きっと長い長い戦争は終わるはず。戦争は、怖いものだから、終わらせなきゃいけない。
「うん、ロロもこの国を……大陸を変えるの」
だが、突如二番目の兄の態度が一変する。まるで黒いローブを着たトゥリア教の人達のように怖い顔で、彼女を捕らえてどこかの建物の中に閉じ込めた。
あの優しい兄はどこへ行ってしまったのか……それはわからないが、彼が怖い顔でこっちを見ていることはよくわかる。だから怯えている事しかできなかった。
また隔離されていた頃に戻り、彼女から表情が消え失せてしまった。
プラチナとリスヴァルの部隊が、ロロマタルが軟禁されているという宮殿の近くまで来ていた。流石宮殿というだけあってキドルが宿舎にしている館より大きい。物見はやや多いと言ったところか。
彼らは宮殿を見下ろせる崖の上から様子を見ていた。
「巫女様を軟禁してるだけあって、えらい大所帯だなぁ」
リスヴァルは物見達を見てそう呟く。そりゃあそうだ。巫女はトゥリア帝国にとって唯一無二の存在であり、帝国の救済者だと聞いたことがある。同盟軍に捕まれば人々を惑わす魔女として処刑されるだろうし、巫女の力を利用したい者がつけ狙うだろう。まあ単純にそれだけではなさそうだが……
「まあロロマタル様をお救いできれば後は帰るだけだ。簡単だろう」
「そう、うまくいくかねえ……」
「いかなかったら死ぬだけだからな」
プラチナはさらっとそんな事を言うと、リスヴァルは驚いて首を振る。
「そんなさらっと……!」
「怖気づいたのか?」
「まさか」
リスヴァルは腿に巻き付けてある短剣を手に取り指で回している。まあこの様子なら大丈夫そうだな。とプラチナは腰から下げている刀剣を握りしめた。
そしてプラチナは目を閉じた。
瞳の中の暗闇に赤い光が蠢いていることを確認する。この赤い光は生体反応……熱源であり、彼の持つ熱源を感知する蛇の獣人特有の能力だ。
プラチナは瞼を開き、宮殿を指さす。
「宮殿内は見張りが少ない。そして宮殿の裏庭には物見がほとんどいない。裏庭から侵入しよう」
「蛇の獣人の潜在能力は便利だなぁ」
「下らん事言ってないで、さっさと戦闘配備につくぞ」
リスヴァルは「へいへい」と生返事をして軽く背伸びをする。プラチナは宮殿を再び見る。
「……魔女も見えた気がしたが、気のせいか……」
一瞬だが、強力な魔力も感知した。だが、今見ても何も感じなかったため、気のせいだとプラチナは肩をすくめた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.77 )
- 日時: 2019/02/27 14:18
- 名前: 燐音 (ID: m9NLROFC)
プラチナの目に一辺の狂いはなかった。それは皮肉なものである。
「リスヴァル、あんたは早くロロマタル様をお救いしろ!」
「させねえよ!」
プラチナの叫びに呼応するように黒い衝撃がプラチナの前に走り、プラチナは自身の刀剣でそれを受け止める。だが、腕が持っていかれそうになった。それほどの圧力だ。
プラチナ達の目の前には一人の魔女が鋼の剣を肩に置いて立ち塞がっている。まるで男のような体格と服装、そして醸し出す強力な魔力、赤い髪、赤い瞳。噂で聞いたことがある……「紅蓮の魔女」の異名を持つ、元ヴァルプルギスの夜会の魔女、「ロダンドール・ルシフェティ=ミランダ」だ。
元夜会の魔女だけあって、数人相手なら簡単に吹き飛ばせるほどの魔力を有しているのだろう。
「裏の方が見張りが少ないのはこういう事だったのかよ!」
リスヴァルは悔しそうに叫ぶ。確かに用心棒ならこいつ一人で充分だろう。プラチナは歯を食いしばった。
魔女を倒すには真名を言い当てるか、封印の紋を刻むくらいしか方法はない。あとは体力を奪い、一時的にだが再起不能にしてしまうくらいか。プラチナも彼女の猛攻に剣で受け流しながら反撃の機会を狙う。
「皆、先に行け!」
プラチナは渾身の斬撃でロダンドールの動きを封じ込め、叫ぶ。キドルと約束したのだ、「失敗すれば、汚名を背負って命を以って償う」と。まあ、一度死にかけた身、惜しくはないと感じる。
だが、それとて建前だ。本音は何とか生き残りたい。だから戦う。
「わかった! プラチナもちゃんと生き残れよ!」
リスヴァルは皆を連れてロダンドールを横切る。彼女は横目で見ていたが、手が塞がっていたため、追いかけることができなかった。プラチナが連続攻撃で、他を気にかける暇を与えなかったからだ。
ロダンドールは「チッ」と舌打ちをする。表情は先ほどより険しいものになった。
「調子に乗るなよ青二才が!」
ロダンドールがそう叫ぶと、素早く背中に背負っていた大剣を握りしめ、思い切りプラチナに向かって振り下ろす。プラチナはそれを咄嗟に避けようとするが間に合わず、既の所で 自身の刀剣で音を立てながら受け流した。火花が散る。振り下ろされた大剣は衝撃音と共に床に穴を開ける。
大剣は一撃の威力は強い、だが隙が生まれやすい。
プラチナは刀剣を鞘から抜いてロダンドールを斬りかかった。
だが、ロダンドールは手でプラチナの刀剣を受け止めた。手からは鮮血が流れ、腕を真っ赤に染めている。だが、彼女は涼しい顔だった。
「甘いな、この程度じゃあ……」
「……化け物が!」
プラチナは吐き捨てた。
プラチナは柔の剣士であり、力任せに剣を振り回すのではなく、自身の身軽さを利用して敵の急所などを狙う剣士だ。だから力こそそこまで強くはないが、相手の動きをよく読んで反撃を狙うのだ。
だが、彼女は大剣というリスクを抱えながらも、自身の剣を読んでいる。
「そら、お返しだ!」
ロダンドールはプラチナの剣を握りしめたまま、片手で大剣を振り上げる。プラチナはそれを彼女の腹を思い切り蹴り上げ、彼女を自分から引きはがす。男である自分が女性の腹を蹴りつけるのは些か気が引けたが、死ぬか生きるかの瀬戸際なのでそんな事も考えられない。
正直死にたくない。死に場所は自分自身で決めたい。
プラチナはそう考えながら、前髪から滴り落ちる水滴を拭う。
対しロダンドールは魔導書を取り出し、プラチナに向かって手をかざした。
「闇に沈め!」
ロダンドールの声に呼応するかのように、魔導書は黒く光り、闇がプラチナに放たれた。
「暗黒魔法か!」
プラチナは剣で魔法を受け止める。プラチナの持つ刀剣は「蛇剣ヤトノカミ」という、「黒竜ヤトノカミ」の骨と鱗で造られた魔を封じる剣だ。そこまで強くない魔法だったため、ヤトノカミに吸収されていった。
プラチナは反撃するために、剣を翻して急所を狙う。
だが、ロダンドールの口元が歪んだ。そして剣は彼女の腹に命中する。だがそれと同時に、プラチナに向かってロダンドールは再び手をかざした。
「本命はこっちだ、ガキが。チェックメイトだ」
——その瞬間、プラチナの心臓はわしづかみにされたように締め付けられ、口から血を吐き白い服が真っ赤に染まる。プラチナの膝が落ち、一言も発する事も出来ずに床へ崩れ落ちた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.78 )
- 日時: 2019/02/27 21:05
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
「エクスキューズミー……おーい」
身体に痛みを感じながらも、プラチナは瞳をゆっくりと開ける。まるで青いアイスクリームを二種類ぶちまけたような髪色をした少女が覗き込んでいたのだ。瞳もこれまたアイスクリームのフレーバーを混ぜ合わせたような色だ。右目が紫と青を混ぜたような、左目が深い海のような、そんな色だ。
「目ぇ開いたね」
少女は微笑む。プラチナは状況がどうなっているのかわからないが、ロダンドールはこの場にいないようだ。キドルに買ってもらった服が真っ赤に染まっている。……腹と胸が痛い気がするが、なんとか上体は起こせそうだ。そういえば、ロダンドールに何かされたような……
「おー、あんま無理すんな。内臓が破裂してたんだから、しばらく動かない方が良きよ」
少女の姿を捉える。手が完全に隠れるほどの長い袖……というよりサイズが合っていない青い服、藍色のコルセットと丈の短いズボン、同色のロングブーツと、どこか奇抜な服装であった。髪はなんだか爆発したように広がっていた。
「内臓が破裂……待て、赤毛の女は——」
「ロダンドールなら私が追っ払ったよ」
プラチナが少女に問い詰めようとすると、何を言おうとしているかわかっているかのように答える少女。
「追っ払ったって……」
「カンタンカンタン、魔女はすぐ調子に乗るから周りが見えなくなる。そこを突けば痛めつけられるよ」
少女は袖をヒラヒラ揺らしながら淡々という。まるで魔女という生態をよく理解しているかのように。
「なあ、あんた一体、何者なんだ?」
「私は「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」。天才魔導学者さんだよ」
ダランベールはふっと笑いながら腕を組む。
プラチナは驚いた。「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」と言えば、古代の遺産である魔導球の代替品である魔導書を発案、開発、普及させた魔導学者だ。だが、それ以外の彼女の詳細は不明であり、謎に包まれた人物である。
「起きたなら、これを飲んでみ」
ダランベールは服のポケットから紺色の小瓶を取り出してふたを開け、プラチナに差し出した。なんだか毒々しい見た目の瓶だ。
「だ、大丈夫なのか?」
「それも私が作ったヤツさ、毒じゃないよ」
ニコニコ笑いながらダランベールが飲むように促す。まあ、毒をどうどうと出すわけないよな……とは思いつつ、目をつむりながら一気に飲む。
すると、先ほどまでの腹や胸の痛み、傷などが完全になくなったのだ。
「こ、これは……!?」
「コレ、「エリクシール」。私が開発して普及した副作用なしの万能薬だよ。世界樹って呼ばれる大樹の葉を煎じて私が作った素晴らしい薬品に十日くらい漬けてね……」
ダランベールが早口で語り始める。なんだか楽しそうに語っているので、しばらく聞いていたが、要は世界樹と呼ばれる大樹の葉を煎じて薬品に十日ほど漬けた後、傷薬で薄めて作ったものらしい。ただ、作り方はダランベールしか知らず、量産も難しいため、代用品を今後開発していく予定だという。
「あ、ありがとうございます」
「礼はいいよ、頑張る人は大好きだからね、私」
プラチナは不思議な人だと思いながら頭を下げた。「律儀だね」とダランベールは笑う。
「あの、あいつ……ロダンドールは俺に何をしたんだ?内臓が破裂するって……」
「ああ、「ネクロノミコン」だね」
ダランベールは袖をヒラヒラと振って遊んでいる。そして、説明を始めた。
「ネクロノミコン」とは、暗黒魔法の一つで寿命を削る代わりに強大な闇の力を放つことができる、トゥリア神の力そのもの……だとか、人の血や肉、皮などを使った呪われた呪具……だとか、諸説あるが、どんな人間が使っても強力な闇の魔力を手に入れることができる。デメリットとしては、自身の血肉が奪われ、最後には骨だけになるとかなんとか。とても恐ろしい魔導書なのだ。使い方次第では内臓を爆発させることも可能らしく、世界で一つだけの代物だとか。
「あれ、実は私が作ったんだよね、ず〜〜〜っと昔に」
「……は?」
ダランベールの突然の告白にプラチナは間の抜けた声が出てしまう。
「これはオフレコにしといてね、私、実は「ナインストレーガ」の一人である「ナナ・アインス・ルサールカ」なの、ホラ、「霧雨の魔女」の異名を持つ……」
「信じられないけど、それだと俺を助けてくれたり、魔導学者を名乗れたり、魔導書を作れたり、エリクシールを作れたりできるって言われても納得できるな」
プラチナは半目で力なく笑う。ダランベールの話が本当であれば、その恐ろしい魔導書である「ネクロノミコン」を作ったと言われても納得するしかできない。
だが、「ネクロノミコン」をなぜロダンドールが持っているのか……?
「あ、うん。それなんだけどね」
ダランベールは訳を話し始めた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.79 )
- 日時: 2019/03/01 23:16
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
幾時を遡ることになるだろうか。「ナナ・アインス・ルサールカ」という魔女は、知識に飢えていた。
知識は全てを充たしてくれる……ナナはそうやってあらゆる知識をかき集めた。時には命を奪い、時には誰にも到達できない場所へ行き、時には人々を惑わし、そうしてできる限りの知識を得た。
そんな時、ナナは一つの暗黒魔法の魔導書を創った。それは表紙が人の皮でできており、ページには人の血で魔法の言葉を書いた悍ましいもの……。禁忌そのものであった。この魔導書ができたのは、十世も昔である。
その魔導書はナナが保管していたが、ある日それは失われる。いや、盗まれたのだ。
その魔導書は「ネクロノミコン」という銘を付けられ、人々の手に渡っていたのだ。
ネクロノミコンは人々に繁栄をもたらし、破滅へ導いた。幾多の血を吸い、力を増していくそれは、まるで生きているようだった。
ナナはそれを回収し、永遠に葬り去ろうと探し出したが、ネクロノミコンはどこへ消えてしまったのか、見つからなかった。
ナナは思った。
「この責任は、創造主である「ナナ・アインス・ルサールカ」の命を以って償う」
この日、「ナナ・アインス・ルサールカ」はヴァルプルギスの夜会を去り、新たに「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」と名乗り、ネクロノミコンを探し求めた。
ついでに魔導学者と名乗り、魔導書を普及させたり、様々な道具や薬を開発していく中で、彼女は生きる偉人となっていった。
そして、ついにネクロノミコンの所持者を発見した……ところでプラチナがネクロノミコンの力に中てられて瀕死になってるではないか。
仕方ないので所持者であるロダンドールを撃退したというわけである。
「……なんか、悪かった」
プラチナは話を聞き終わって、頭を下げた。
「いんや〜、いいよ。何の策もなく魔女に挑んで返り討ちに合って死ぬなんて情けないもんね」
ダランベールは笑顔で皮肉たっぷりに言葉でプラチナを突き刺す。「うっ」と濁った声を出してますます申し訳なくなってしまう。
だが、ネクロノミコンの力は本物だ。ロダンドールの頭に血が上り、確実に殺すつもりで魔法を放ったなら、プラチナは即死だっただろうと思う。それとも、単純に運がいいだけだったのか。
どちらにせよ、目の前の魔導学者のおかげで命は助かったと言える。……助けられてばかりで情けないな。とプラチナは肩を落とした。
「まあ、私、君の命の恩人になったってことだよね」
ダランベールはニヤニヤと笑いながらプラチナを見ている。恐らく、何かお願いでもするのであろう顔だ。
「な、なんだよ」
「いんや、簡単な事だよ。私を君の上司に紹介してくれないかな〜なんて」
意外に「そんな事でいいのか?」と首をかしげたくなるほど簡単なお願いだった。魔女からのお願いだなんて、もっと意地悪な願いかと思ったのだが。
「そ、そんなのでいいのか?」
「君らについていった方が、ネクロノミコンを早く回収して夜会に帰れそうだし」
「……なるほど、まあ確かに」
プラチナは納得する。ロダンドールがどこの所属はわからないが、彼女が帝国に所属する者ならまた会う事ができるだろう……
できればもう死にそうになるのはごめんなんだが。
「大体魔女になりたての未熟者は「自分は人間より格上なんだぞ〜」つって調子に乗ってる若造が多いから、回収自体は難しいことじゃなさそう。私、ナインストレーガの一人だし」
ダランベールはケラケラ笑った。根拠のない自信だが、実際、千年は優に生きている彼女の事だ。何とかなるだろう。
「で、君は何しにこの宮殿に?」
「あ、ああ。この宮殿に軟禁されている人物がいてね」
「あ、もしかしてさっき話してた子かも」
ダランベールは顎を撫でながら上を見る。
「何、どこにいるんだ!?」
「おちつきたまえ」
詰め寄るプラチナを宥めるダランベール。
「今案内するよ、君のお仲間も一緒かもしれないしね」
「頼む、早くしてくれ!」
「慌てなさんな」
ダランベールはプラチナの様子に呆れている。落ち着きのない少年だなぁと思っているのだろう。だが、プラチナとてそんな場合ではないのだ。
ダランベールは「こっちだよ」と指をさして走り、プラチナもそれを追いかけた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.80 )
- 日時: 2019/03/01 16:17
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
プラチナはダランベールの案内の下、リスヴァル達と無事合流できた。
警備が薄いと思っていれば、リスヴァル達が既に撃退していたとの事だ。
「隊長! 服が真っ赤じゃないか、大丈夫なのか!?」
「平気だ、この人に助けてもらったから」
リスヴァル達にダランベールを紹介すると、ダランベールはにこやかに笑う。本当に社交性がある人物だ。彼女がナインストレーガの一人である「ナナ・アインス・ルサールカ」である事はもちろん伏せて置いた。ダランベールとの約束だからだ。
「それより、ロロマタル様が軟禁されている部屋は見つけたか?」
「ああ、それらしい部屋を見つけた」
リスヴァルが指さす方を見る。廊下の突き当たりにそれらしい扉がある。あそこか、とプラチナは頷いた。
プラチナは周囲を注意深く確認しながら扉を開けた。ギィィという軋んだ音と共に扉がゆっくりと開く。中は他の部屋と変わらず簡素なもので、白亜の壁と自分自身が映るように磨かれた床、最低限生活できる家具が置かれている。
扉の開く音に反応し、大きな窓の目の前にいた白い少女がこちらに振り向いた。
髪先に連なって美しい銀色がかかった白い髪、右目が蒼く左目が深紅の瞳、純白の修道服を着た、儚い雰囲気を持つ少女だ。プラチナは思わず見惚れてしまったが、すぐさま我に返り、少女に声を掛ける。
「「ロロマタル・エウリュス・リィン・トゥリア」殿下ですね?」
「……だれ?」
ロロマタルは頷いてから首をかしげる。鈴のような音色の声音だ。プラチナはロロマタルの前で膝を突き、頭を下げる。
「我が名は「プラチナ・アシェ」。貴方をお救いするべくして馳せ参じました」
「……だれがそういったの?」
「今ここでお話することはできません。ですが、我々を信じてどうかご同行願います」
リスヴァルはプラチナの様子を見て驚いた。普段はかなり不愛想で敬語とは縁遠いような態度や口調だが、流石は亡国の王子である。
「わかった、あなたをしんじる」
「感謝いたします」
ロロマタルは頷いてプラチナに近づき、手を引いて彼を立たせた。彼女の表情は常に無表情だが、恐らく最愛の兄に裏切られたショックだろうと考える。だが、徐々に取り戻してくれればいいなと願うばかりだ。
「さあ、脱出するぞ皆」
「了解!」
こうして、彼らは無事にロロマタルを救出し、宮殿から脱出することができた。
ジュウベエ隊とプラチナ隊が帰還し、キドルはそれを出迎える。プラチナの服が真っ赤に染まっていることは驚いたが、無傷である事に一安心した。そのことも含め、全員無事に生還できたことを心から嬉しく思った。信じてはいたが、何が起こるかわからないため、もし囚われてでもしていたらと思うと……ぞっとする。キドルは疲れているであろう彼らを休ませ、次回の任務まで待機するよう命じた。
そしてその後すぐにストラスとロロマタルを執務室へと呼び出した。副官であるプラチナの席を外させ、執務室には三人のみとなった。キドルは深呼吸し、二人の顔を見る。
「はじめまして、私は「キドル・ティニーン」。1年前に将軍の称号を叙勲を賜った者です」
キドルは二人に対し、跪く。ストラスは慌ててキドルの手を取った。
「や、やめてください! ベリアル兄さんから聞きました。貴方は僕達きょうだいの兄であると! きょうだいなのにそのような態度では哀しいです!」
「いえ、私は——」
「そんな畏まった態度もやめてください! 僕達はきょうだいなんですから!」
キドルは困ったように立ち上がり、二人の顔を見る。二人とも自分よりは背が低いが、とても大人びている。流石は皇族だ。
「にいさま……」
ロロマタルもキドルの服をつかむ。その表情はどこか哀しそうだ。
キドルは二人の様子を見て、ため息をついた。
「……全く、どう接すればいいかわからなかったからあんな態度をとったのに」
キドルは力なく笑い、参ったと言わんばかりに両手を挙げる。
「わかった、三人の時だけ俺もきょうだいのように接するよ」
「兄さん!」
ストラスは嬉しそうに笑顔を見せ、ロロマタルは無言でキドルに抱き着いた。「いやはや」とキドルは呟きながらも、口元が緩み、嬉しそうな顔を見せていた。
「ところで兄さん、なぜ僕らを救ってくれたのですか? 兄さんは「竜将」と呼ばれ、ベリアルの奴隷であるはずです。こんな事をすれば兄さんの立場は……」
「その点は大丈夫だ、部下を使って賊が侵入したと噂を街中に流してもらった。これで時間稼ぎはできるはずだ。で、お前たちを助けた理由はたった一つ——」
キドルは息を整える。
「この国から脱出してほしい」
ストラスとロロマタルは驚いた。兄を置いて自分たちだけは逃げろと、この男は言ったのだ。
「そんなのはいやです! 乱れたこの国から逃げるだなんて……!」
「ロロ、やだ、キドルと一緒にいる!」
「そういうと思ったよ……」
キドルはため息をつき、二人を見る。聞いていた通り二人は優しい。自分も同じ立場なら誰が何と言おうと残りたいとせがむだろう。だからこそ生き延びてほしいと思ってトゥリア帝国から脱出してほしいのだ。だがやはり二人は逃げることを拒む。
「じゃあ、俺の部下として働かないか」
キドルは手を叩いてにこやかな笑顔で二人を見た。突然の笑顔と提案に驚くストラス。
「ぶ、部下として?」
「ああ、名前と服装諸々を変えて、俺の部下としてしばらく動いてもらう。なーに、戦い方は部下達から指南してもらえばなんとかなるでしょ」
わっはっはと腰に手を当て、大笑いするキドル。
唐突過ぎる提案だが、一人この国から逃げてしまうより、兄と運命を共にするのもまた一興か……。そう考えるストラス。ロロマタルもストラスの服を掴んで彼の顔をじっと見つめていた。ストラスはそれを見て深く頷き、キドルを見る。
「それなら構いません、僕達は竜将殿の配下に加わりましょう」
「あ、膝は突かんでいいから、流石に皇族にそれやられちゃうと怖いから」
キドルは膝を突こうとするストラスを制して、ふっと笑う。
「それじゃ、服装は俺が選んだものを着てもらうとして、名前は……そうだな」
キドルはうーんと唸りながらストラスの前までゆっくりと歩み寄る。
「ストラスの新たな名は「クリスクリア」。お前の目は水晶みたいに綺麗だからな。「クリス」って愛称もいいカンジになりそう」
「「クリスクリア」……「クリス」! うん、良い名ですね」
クリスはにこやかに笑った。とても気に入っている様子だ。
キドルは続いてロロマタルの前に歩み寄ってうーんっと唸る。
「ロロマタルの新たな名は「ロロ・エウリュス」。実はエウリュスって名なんかこの帝国に腐るほどいるから、問題ないぞ」
ロロは無言で頷いた。
「ロロ、うれしい、ありがとう」
ロロは無表情だが、心なしか喜んでいる様子だった。気に入ってくれているんだなとキドルは頷く。
「よし、二人とも! 明日から存分に働いてもらうからな。今日は部屋を用意してあるから、そこでゆっくりと休むんだぞ」
クリスとロロは頷いて返事をした。キドルはうんうんと頷いて大笑いする。
だが、この日の数日後、ベリアルの命でキドル達竜騎士団は、ライラ王国への侵攻を開始するのであった。
そして、ライラ王国へ救援へと出向いたイース同盟の盟主アーサー率いる同盟軍を、ハイレクーンとの連携で屠ったのだ。
次々と敗走する同盟軍を一人も逃すなとい命を受け、キドルは心苦しかったがその思いを押し殺し、敗走する同盟軍に対し追撃し、全滅させたのだった。