複雑・ファジー小説
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.85 )
- 日時: 2019/03/03 19:12
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
第四章 燃えたつ戦火
少女は黒い鎧を身にまとう騎士達に取り巻かれていた。
騎士達の前には、黒いローブを羽織った司祭が一人。
「——よ、腕輪はどこだ……」
司祭のつぶやきに、少女は首を振った。
「ふむ。まあよい」
枯れ枝のような腕の先についた筋の浮いた手が、少女へと伸びてきて、わずかのところで止まる。
口元が楽し気に歪み、唇からは効きなれない音が漏れだしてきた。
少女はとっさに両手で耳を覆う。音は止まなかった。
両手できつく耳に蓋をしているのに、司祭の口から漏れ出した音は、少女の頭の中に響いてくるのだ。
ゆっくりと頭の中に染み込むと、音は、少女の体の隅々にまで広がっていった。
頭の中がまるで霞がかかったようにぼんやりとしてきて、考えることが億劫になってくる。
いきなり、体が何倍にも大きくなったように感じられた。
手が、足が伸びて、丸太のようになった手足が大地を踏みしめる感触がある。
その感覚は、そう……前に一度……かつて彼女が経験したものだった。
最初は"白い人"と出会った時——思い出したくもない忌まわしい記憶だった。
頭の奥に痛みが走り、声が響いた。
『目を開けよ』
その声に逆らう事はできなかった。いつの間にか固く閉じていた目が開かされる。
少女は、司祭と騎士達を遥か高みから見下ろしていた。
彼らの周りを取り巻く丈高い草の原が、まるで芝生のよう。
彼女の変容した瞳は、いまや周りに広がる芝生の彼方まで見通す事が出来た。
地平線にへばりつくどこかの街……その街の外れに陣を張っている騎士達の姿がはっきりと見えた。
『ゆけ!』
司祭の意図を感じ取った少女の心が悲鳴を上げる。
だが、心とは裏腹に少女の身体は街へ向かって歩み始めていた。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.86 )
- 日時: 2019/03/04 12:42
- 名前: 燐音 (ID: RVrqr3ZE)
とある洞窟を歩いている、黒いローブを羽織った女性がいた。顔を隠しているが、レイアであった。
「全く、ジュウベエってば人使い粗いんだから……これは帰ったら追加料金を足さないと気が済まないわね」
不満げにそうぶつぶつ呟きながら、洞窟の中を歩く。靴の音が洞窟内に響き渡り、奥へと進む。
レイアは、四大司祭の一人である人物がこの洞窟に魔女を集めているという話をジュウベエから聞いて、彼の指示でこの場所まで潜入してきていた。いずれもイース同盟……主にイース王国の王族に虐げられてきたという境遇の魔女達が集まっているようなのだ。こんな異常事態、ヴァルプルギスの夜会が見逃すはずもないが……なんて考えていると、レイアの前にナインストレーガの一人である「ネミッサ・ツヴァイ・イナンナ」が現れ、洞窟の場所まで案内してくれた。
ネミッサは金髪で金色と青の瞳を持つ少年のような見た目だ。バンダナを頭に巻き、白いマフラーを首に巻いて、黄色と黒が目立つ服装で、背はレイアより少し小さかった。まあ、常に浮いているので彼がレイアを見下ろしているのだが。
魔女というのはあくまで称号で、女性も男性も等しく「魔女」と呼ばれるのだ。
彼ははレイアの師匠であり、ネミッサ自身もレイアの事を大事に思っていた。……の割りに帝国軍に捕まった時は助けにも来てくれなかったが。
「やだな、オレはいつだってリアリースの味方だよ〜?」
「でも助けてくれなかったじゃないの!」
「人間に関わっちゃダメって議長も筆頭もうるさいんだもん」
ああ言えばこう言う。彼も悪気があってレイアを助けなかったのではない、とレイア自身もわかっていた。本当に危機が迫るまでは夜会は人間たちに口出ししない。というのが、大昔に夜会と大陸の人々が交わした盟約である。だからレイアが帝国軍に捕まったのは自己責任であり、それは仕方のない事だ。
「ま、でも今回は手を貸してあげるよ」
「どういう事?」
「この集会……、放置しておけば危ないってことだよ」
「夜会が見逃せないほどに?」
ネミッサは笑顔で頷く。なんでも、魔女を使って同盟軍を追い詰めようとしているらしく、夜会も動かざるを得ない状況なのだ。魔女が人間に加担し、その力でどちらかの勢力が破滅するという事は、絶対にあってはならない。というのだ。
だからネミッサ以外にもナインストレーガは動き始めている。夜会の魔女たちも、こちらに来るそうだ。
「オレは目立たないようにリアリースの影に潜んでるよ。「流星の魔女」さんはこういうのもお手の物ってやつだね」
ネミッサはそういうと、レイアの影に潜んで隠れてしまった。正直、ネミッサがいてくれるだけで心強い。魔女相手だと一人では多勢に無勢なのだ。
レイアはくりぬかれた大きな広間に辿りつくと、すでに大勢の魔女たちが集まっていた。
いずれの魔女たちも、レイアと同じように闇に似た色で染め抜かれた袖の長い魔道士の服を着ている。
ネミッサはレイアの心に囁く。
『これだけ魔女が集まってると、壮観だね』
レイアは呑気な事を言って……と呆れてしまった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.87 )
- 日時: 2019/03/04 20:51
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
「時は来たれり」
レイアが人だかりに紛れ込むと、全員からよく見えるようにと作られた高い台の上で、一人の魔女が立っていた。髪を紫のリボンと、氷の結晶を模った飾りがついた白いフリルのヘッドドレスで頭を飾り、アイスブルーの髪を揺らす、蒼い瞳の女性である。白い服、黒いズボンと身体のラインに沿ったものを着込んでいた。レイアは見間違えるはずがなかった。彼女は……
「「パンドラ・コキュートス・サラスヴァティー」……なぜここに……っ!?」
『「裏切者のパンドラ」か、あいつ、四大司祭になってたんだ。』
レイアは周りに聞こえないように声を押し殺しているが、驚きを隠せずにいた。ネミッサも同じような反応をしている。
「パンドラ・コキュートス・サラスヴァティー」は、元はナナの弟子であり、将来有望な夜会の魔女であった。だが、ある日突然、夜会筆頭である「ユーノ・ノイン・ヘルベティア」に深手を負わせ、彼の創った魔導球を奪って逃走したという。ユーノはそれ自体は別に問題視はしていなかった。だが、問題は彼の創った魔導球だ。
その魔導球は魔竜「ザッハーク」を封じているもので、ザッハークの力を行使できる代わりに、ザッハークに魅入られ、最終的には身体を乗っ取られてしまうというものだ。始めは空耳程度にしか聞こえないが、行使していくうちに魔竜の声が頭に響いてくるのだという。
ユーノは、人々を守るためにその創った魔導球に魔竜を封じ込め、自身で管理していたのだ。だが、パンドラがそれを奪ってしまった。どういう理由があったにせよ、夜会の魔女達から見れば、彼女は裏切者だ。
『あいつ、影が竜の形になってる。……もうすでに手遅れか、それとも……』
ネミッサはパンドラの影を見て静かに呟いた。パンドラが逃走したのは数十年前の事……もうすでに乗っ取られている可能性がある。
「今こそ我らの悲願が果たされる時である!」
パンドラの張り上げる声に、魔女たちは誰も何も言わなかった。ただ押し黙ったまま、狂おしいほど一心にパンドラを見上げている。
「皆のもの」
そこで一度切ると、パンドラははねつけるような視線を魔女たちの上に投げてから一語ずつゆっくりと口にした。
「……忘れてはおるまいな?」
こくりと幾人かの魔女たちが頷く。
レイアは人陰に隠れ、見つからないようにパンドラの様子を見ていた。一応、顔見知りであるためだ。
「お前たちの中には、父を、母を、友を、やつらに殺された者も多いはずだ。それは奴隷と化して、イースの王族共に使われるよりも耐え難いことであった。そうであろう?」
魔女たちの中からすすり泣く声が聞こえる。
レイアは考える。
確かに彼女たちには同情するが、時には許さなければ永遠に小競り合いが続いて、終わらない復讐の連鎖で戦争は続くことになる。それはもう、いたちごっこである。
『でも、頭でわかってても心ではね』
ネミッサはため息交じりに囁く。仮にレイアも同じ境遇だったなら、彼女たちの中に混じっていたかもしれない。まあ、自分の場合は病気で死にたくないから死ぬ気で魔女になったのだが。
そう考えていると、続くパンドラの声が突如柔らかくなる。
「辛かったであろう、苦しかったであろう。だが、その日々も間もなく終わる」
『……何をする気なんだ?』
パンドラの言葉にネミッサは訝し気な声を出す。その声はレイアにしか聞こえてないが。
「これより、主らの力を行使し、イース王国へ攻め入るための「儀式」を行うための準備に入る」
レイアはそれを聞いてはっと気が付く。
魔女の力を使い、イース王国に直接攻め込もうというのだ。そんな事をすれば盟主は魔女の手にかかり、イース同盟は敗北だ。
『まずい、止めてリアリース!』
「ど、どうやって!? 何の策もないのに!」
『いいから、オレもついてるし!』
「あ〜もう! 適当な事ばっか言って! こうなりゃヤケだわ!!」
レイアはそう叫んで魔女たちをかき分け、パンドラの前へと姿を現し、ローブを勢いよく脱いだ。
そしてパンドラに向かって指を突きさすように指す。
「そうは問屋が卸さないわよ! 「パンドラ・コキュートス・サラスヴァティー」! 尋常にお縄につきなさいっ!」
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.88 )
- 日時: 2019/03/05 09:41
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
キドル達はイース同盟であるソール王国の国境からかなり離れた場所にある要塞へと出撃していた。一人の魔女がキドル達の前に現れ、こう告げた。
「巨竜が東部戦線に向かって進行中だヨ」
それだけ聞けばわかる。帝国軍が何らかの方法でその巨竜を操り、東部戦線へと向かわせようというのだろう。それだけは阻止しなければならない。今のイース同盟に巨竜と対峙する力などないはずだからだ。
「なぜあんたが同盟軍を助ける?」
プラチナは思った事を口にした。それはそうだ。勝利のためなら例え巨竜だろうが魔女だろうが、それらの力を使って同盟軍を潰せばいいのだ。そう言いたいのだろう。
だが、キドルは腕を組んで答えた。
「……同盟軍に勝って、帝国が大陸を支配したところで、かつての「イストリア帝国」がやっていた事と変わらない。」
かつて「イストリア帝国」という国が大陸を支配していた。だが、今のトゥリア帝国と同じく神官貴族らが平民を奴隷のように扱い、平民を踏みにじり甘い蜜を吸ってきた。だが、後に英雄と呼ばれる聖女が苦しみに喘ぐ人々を導き、光の女神「イース」の名の下「イース王国」を建国したという。そこからイストリア帝国はいつしか「イース王国」と「トゥリア帝国」の二つの国に分かれ、様々な国が生まれていった。それは長い時……およそ千年にも遡る。互いに信ずる神を違え、両者の蟠りは年々増していっているのだ。そしておよそ500年前、二つの国の王族の前に「警告の魔女」の異名を持つ「ユーノ・ノイン・ヘルベティア」が現れ、両者に警告を促す。
「このまま戦を続ければ、両者とも破滅する事となる」
ユーノは、かつてイストリア帝国が栄えていた時も、幾年の時を繁栄に導いていた。両者はその事もあり一旦は直接的な戦いは鎮まったものの、それが睨み合いの「冷戦」に変わったくらいで二つの国が分かり合えることはなかった。
「要するに、根本的なところ……俺達自身が変えていかなきゃなんないんだ。古い考えを捨てて、新しい時代を切り開かなきゃ、永遠にこの戦争は終わらず両者共倒れ、それかどちらかの国が滅んで一方的な支配でかつての時代に元通り。だから俺はこの下らない戦争を終わらせたい。それに……」
キドルは空を見上げて言い淀む。そして、うーんと唸って頭を抱える。
「ま、そういうことだ」
「……とりあえず、大体分かった」
プラチナはそういって頷く。キドルもジュウベエもこの戦争を終わらせたいと一心に思い、ずっと行動してきたのなら、ここまで上り詰めて来た努力や思いは本物だと頷ける。
ただ一つ気になったのは、キドルの性格からして本当にそれだけの理由なのか?という疑問も生まれる。だが、今聞いたところで「そんなこと聞いてどうすんだよ」と言われかねないので、黙っておくことにした。
「閣下、巨竜です! 街外れに巨竜が現れました!」
部下が慌てて膝をついてキドルに報告する。
キドルとプラチナはそれを聞いて窓の外を見る。森の木をなぎ倒し、こちらに恐ろしいほどゆっくりと近づく、遠く離れたこの場所からでもその姿がはっきり見えるほどの巨体。黒い鱗を持つそれは、「雷竜」と呼ばれるソール王国を守る守護聖竜であった。
「今すぐ出撃するぞ! 伝令、全軍に出撃命令を。プラチナ、いくぞ!」
「は!」
キドルは壁に立てかけていた槍を握りしめる。あの竜の進行を防がねば、無関係の人間が多く死に絶える事となる。だからこそ、戦わねばならない。
キドルは要塞から出て、外で休ませていた自身の竜に乗り込む。
飛竜は咆哮を上げて翼を広げ、地面を蹴って飛び立った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.89 )
- 日時: 2019/03/05 20:46
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
一際強い風が吹いて砂塵が舞い、兵士たちが埃を避けようと思わず目をつむる。目を開けた時、一人の兵士が街外れを指差して声を上げた。
小山のような大きな体で漆黒の鱗を持ち、ややトカゲに似た体つきではあるが、その背中には体の倍する大きな翼が生えている。……雷竜が街に迫ってきていた。雷竜は、空に向かって一つ咆哮を上げると、ゆっくりと要塞に向かって歩き始めた。
かつて一度、雷竜がとある街を破壊した記録が残っている。それはちょうど十年前。場所はソール王国王都の外れ……今の場所と同じであった。その時現れた雷竜は、その場にいた数千人を殺して、要塞と要塞に囲まれた街を瓦礫へと変えた。
キドルもその記録には目を通し、事前に情報を得ていたが、実物は想像よりもはるかに大きい。自身の乗っている飛竜など、自分ごと丸呑みにされてしまう程だ。
「弓部隊、撃ち方始め!」
号令と共にルー含む弓兵の部隊が、城壁の上から矢を放つ。びゅんっと風を切る音と共に矢が放たれ、いくつもの矢がまるで雨のように雷竜に降り注ぐ。だが、雷竜が翼を広げその矢をいとも容易く吹き飛ばしてしまった。矢は刺さらず、ばらばらと一本残らず地面へと落ちていく。
雷竜が城壁に近づくと、「退避!」という声が上がり、弓兵達はすぐさま回避した。
雷竜は止まらない。城壁を踏みつぶしながらも周りに目もくれずゆっくりと進む。両の足を交互に踏み下ろすだけで地鳴りが響き、揺れる。周りの兵士達に目もくれず、あっさりと逃げ遅れた兵士すら踏んでただ前へと進む。
キドルは奴の狙いはこの先にある王国……王都であると気が付いた。
王都では現在、東部戦線と帝国軍が国盗り合戦が繰り広げられている。今その場に目の前の怪物が現れたとしたら、必ず混乱が巻き起こる……。そして東部戦線は確実に崩壊するだろう。それだけは避けねばならない。
「全軍、隊列を整えろ! 奴の進攻を止めろ、何としてでも!」
キドルは焦りもあってか怒りが混じったような叫びで兵士たちに伝える。
だが兵士たちは悲惨な現状を見て、足がすくみ、血の気が失せ、逃げるのもままならない。自分たちの攻撃がほとんど通っておらず、目の前でいとも容易く兵士たちが踏みつぶされていくからだ。
キドルは唇を噛み締める。士気が下がっており、動くのもままならない。次の指示をキドルが出そうとした時だった。雷竜が立ち止まったのだ。
立ち止まった雷竜が、その顎を開いたのが目に入った。キドルは気づく。
「退避! 全軍、今すぐその場から離れろ!」
バリッと鋭い音が竜の喉元から聞こえる。軍は指示の通りその場から急いで走り去っていたが……逃げ遅れた兵士がちらほらいるのが見えた。
竜の吐き出した息が、閃光を放った。
それを目の当たりにした兵士たちは立ちすくむ。一瞬にして耳を劈くような轟音が響き、雷の束が街を抉ったのだ。竜の吐き出した閃光は、瓦礫と共に逃げ遅れた軍隊を、それが軽い塵であるかのごとく、まるごと空へ巻き上げていったのだ。
「あ……ぐぅっ……」
どこかで呻き声が聞こえる。逃げ遅れた兵士を庇おうとしたが、巻き上げられた瓦礫を防ぎきれず深手を負ってしまったプラチナとキドルだった。
咄嗟の判断とはいえ、指揮官が軽率な行動に出てしまったという気持ちは正直あったが、庇った兵士が無事でよかったと安堵する。
空に巻き上がった瓦礫と共に豆粒のようなものが降ってくる。雷竜の吹き飛ばした閃光により巻き上げられた軍隊だ。キドルは口の中の血が混じった唾を吐いてそれを目を逸らさず見る。
圧倒的な戦力の差だ。あの巨竜相手にどう立ち向かえばいいのかとキドルは拳を握りしめる。
「キドル……」
キドルの傍にロロが走ってきて、杖を使ってキドルの傷を癒した。温かい光により傷が塞がりはしたが、痛みはまだ残っている。
「キドル、ロロにまかせて……」
ロロはキドルの手を取って微笑む。キドルはよくわからず、頷くこともできずただロロを見た。
ロロは雷竜の足元へと歩み寄った。
「ロロ様っ……!」
プラチナは口元に血を滲ませながら叫ぶ。自身の剣を使って立ち上がろうとするが、力が入らないのだろう、すぐに前方へと倒れ込んでしまう。
ロロは竜の前へと歩み、見上げる。雷竜もロロを捉えると咆哮を上げ、ロロを威嚇する。
そこでキドルは気が付く。セイブル……「魔王神」の事を。
——巫女は魔王神の頭部が近づいたところで、魔王神の右目に手をかざした。魔王神の右目に封印の紋が刻まれ、魔王神の意識はそこで途絶えた。同時に巫女も自身の体が燃え尽きるように消えてしまったのである——。
キドルはそれに気がついて立ち上がろうとするが、傷が癒えたとはいえ身体に力が入らなかった。
「ロロ!」
声は周囲に空しく響く。その呼びかけに答えるように、ロロは膝をついて手を合わせる。
鮮やかな紫色の光がその瞬間広がった。キドルや周りの兵士たちは目を見開いてそれを見る。光の柱が天を貫く。そして雷竜は驚いたかのように後ずさる。
不意に陽の光が陰る。周りが闇に包まれているのだ。闇の中で光は一層輝く。
プラチナはそれを見て気が付く。
「巫女の力か……、これが」
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.90 )
- 日時: 2019/03/05 23:49
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
同時刻、レイアはパンドラに向かって指をさして高らかに叫ぶ。
その場にいた魔女たちの視線がレイアに集中する。それはもう、痛いくらいに。
「ほう、貴様は……」
「わ、私はラーフ公国宮廷魔術師、「リアリース・エ・シュテルン・ベルス」……だったわ」
パンドラの低い声に少し怯んだレイアは、自身の魔女名を名乗る。過去形だが。
「そしてオレはその師匠の「ネミッサ・ツヴァイ・イナンナ」ね」
名乗る必要はないと思ったが一応、レイアの影から姿を現して腰に手を当てる。
「議長が君をひっ捕らえよってさ、命令が出てるんだよね。大人しく穏便に話を済ませてくれる気は……うん、なさそうだね」
ネミッサは自問自答して頷く。レイアは洞窟の入り口を見る。助けが来てくれないかとチラチラ見ているのだ。ネミッサはというと、不敵な笑顔を浮かべている。周りの魔女達なんて屁の河童だといわんばかりである。
「成程、エリスとユーノの差し金というわけか……」
二人のここへ来た理由を悟ると、クククと笑うパンドラ。そして魔女たちに命じる。
「死ぬことはない、存分に痛めつけてから捕らえよ」
その言葉を聞いた魔女たちは一斉にレイアとネミッサに襲い掛かった。レイアは怯んで「えぇ!?」と声を上げて慌てて剣を手に取るが、ネミッサは怯むことなく魔導球を取り出した。
「リアリース、キミはオレの傷を回復してて」
「え、師匠は!?」
「だいじょーぶだいじょーぶ♪」
ネミッサはニッと笑う。そして魔導球を片手に天を仰いだ。
無数の眩い光が天から降り注ぎ、魔女たちを一掃していく。レイアは思わず手を顔の前にやり、片目をつむる。レイアは一度この魔法を見たことがある。広範囲に及ぶ光の雨を降らせる「シャイニーレイン」という名前だ。一撃の威力はそこまでではないものの、ネミッサの魔力のおかげで、一弾が凄まじい威力を誇るのだ。こんな狭い洞窟で放てば岩壁が崩れるんじゃないかと思ったが、意思があるように壁を避けて魔女たちに命中する。流石はナインストレーガの一人だと、光の雨が全て降り注いだ後にネミッサを見ながらそう思うレイア。
複数の魔女たちが立っていたが、他は地面に倒れていた。
「流石はナインストレーガ、このような芸当はお手の物のようだな」
「お褒めにあずかり、光栄だよ〜」
パンドラが拍手をする。ネミッサは笑顔で礼を言いながらも、パンドラの行動を見る。パンドラはザッハークに憑りつかれている。一度油断すれば隙をつかれ、追い込まれる可能性がある。それほどにザッハークの力とは強大なものなのだ。
レイアはネミッサはやはり尊敬に値する人物だと思った。何故ならあれだけの魔法を詠唱もなく放つことができるからだ。本来魔法は、精霊から力を借りるために魔法の言葉……詠唱を唱えなければならない。詠唱が精霊から力を借りるための契約の証だからだ。だがナインストレーガは、自身の体内にある魔力を直接使うため、詠唱は必要がない。だから、強力な魔法でも詠唱無しで放つことができるのだ。
パンドラは口元を歪ませる。
「だが、これはどうかな?」
パンドラは指を鳴らす。その瞬間、ネミッサとレイアの影から腕のような黒いものが伸びて二人を拘束する。レイアは悲鳴を上げて振りほどこうと暴れた。ネミッサはというと、うーんっと唸ってされるがままである。
「うーん、こんなこともできるんだね〜」
「呑気な事言ってる場合じゃないでしょ!」
ネミッサが呑気に相手の事を分析していると、レイアは黄色い声を上げて抵抗する。
「まま、落ち着いてリアリース。オレらは死ぬことはないんだし」
「死ななくても死ぬよりひどい目に合うのは嫌なのよ!」
「それもそうだね〜」
ダメだ。この人は本当に危機感がなさすぎる。とレイアは泣きそうになった。
魔女は不老不死とはいえ、痛覚があり血も流れる。腕を折られたり首がはねられたりありったけの血が抜かれると、そりゃ痛いし、血が流れれば寒くなる。だが、死ぬことはない。不老不死なのだから。
影の腕がレイアの腕を捉えると、腕を折ろうとしていた。
「ちょ、腕を折る気!? やめなさい! ホント痛いんだからやめなさいってばっ!」
レイアは腕を振ろうと抵抗するが、力が強まっていく。痛みが腕全体に広がり、骨もミシミシと音を立てている。
ネミッサは流石にまずいと思ったのか、レイアの腕をかざすが何も起きない。どうやら拘束されている事により、魔力が封じられているようだ。
「ありゃ、魔封じの効果あるのか。これは拷問より辛いかもね」
「腕なんか折られたら一月は腕が使えなくなるし痛いのよ! やだー! 生きてたいけど痛いのは嫌よー!」
レイアは大人げなく涙を流して泣き出してしまう。ネミッサは何の抵抗もしなかった。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.91 )
- 日時: 2019/03/06 20:35
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
そしてネミッサはニッと笑う。その笑みと同時に、パンドラに向かって火炎の塊が矢のように放たれ、パンドラの頭に向かって飛んでくる。しかし、パンドラはわずかな動きでそれを避け、火炎弾はパンドラの背後にある岩壁に命中した。
「あーりゃ、頭を狙ったつもりだったのに避けられちゃったなぁ」
気の抜けた声と共に、広間の入り口から赤髪の青年が歩いてくる。右側の前髪を金色の髪飾りで束ね、白いシャツの上に赤いベストを着た、少し気だるげな顔をした青年だ。
青年はネミッサとレイアが影に拘束されているのを見て、手をかざす。すると、影は炎を纏って焼き消えた。レイアは腕を上下に動かして、「ありがとー!」と青年に向かって笑顔で叫ぶ。
それを見るや、青年はパンドラを見上げ顎に手をやりながらニヤッと笑う。
「パンドラ……いや、今はザッハークだな。夜会の魔女はもうすでにここを包囲してる。降参した方が面倒がなくて俺的には嬉しいぞ」
「「ヒートヘイズ・ドリット・ロスメルタ」……」
「昔みたいに「ヘイズ」って呼んでくれたらいいのに」
パンドラがヘイズの名を口にすると、彼は困ったような笑顔を向ける。
そして、パンドラから見て右方向から氷の槍が、そして左からは風の刃が双方同時にパンドラに襲い掛かった。だが、パンドラはその場から高く飛び上がってそれを避ける。
「うぅ〜、はずしちゃったね〜」
「うん……」
そうぼやきながら姿を現したのは、金髪のふわりとした髪型、フリルのついたふわっとしているドレスを身にまとう、金色の瞳の眠そうな顔をした少女と、白い髪、白いドレスを身にまとう青い瞳の少女だった。
「春風の魔女」の異名を持つ「ルサリィ・フュンテ・プリマヴェーラ」と「絶対零度の魔女」の異名を持つ「アブソリュート・フィーア・パールヴァティー」だ。
「貴様らも我の邪魔をするか……」
「うん、人間の問題にわたしたち魔女が首をつっこんじゃいけないんだよ〜。ね〜、リュート」
ルサリィの言葉に頷くリュート。ルサリィはのんびりしていて気が抜けている声を出しているが、内心は怒っているのだろう。少し苛立っているようにも見えた。
「外には夜会の魔女もお前を待ち構えている。変な行動は起こさないこったな」
ヘイズはニヤニヤ笑いながら入り口を指し示す。逃げられる場所はない……と言いたいのだろう。
だが、パンドラはクククと口元を歪めて笑う。
「……たかだか夜会の魔女風情が、魔竜ザッハークを止められると思うな」
「やっぱ完全に乗っ取られてるな。こりゃあ……サクッとやっちまったほうが早いな」
ヘイズは面倒くさそうに半目でパンドラ……否、ザッハークを見据える。
「オレらだけで倒せる相手なの?」
ネミッサは指を鳴らしながら軽く準備運動をする。ヘイズは肩をすくめてははっと笑う。
「筆頭でも手こずった相手だぞ。できるわきゃねえけど……ま、やるだけやってみますか」
「ノープランなのね……」
レイアは呆れてそうつぶやいた。
「ナインストレーガ」にはある感情が欠けている。それは「恐怖心」である。恐れることを忘れ、気楽に前向きに生きる彼らは、ある意味この世で一番恐ろしい存在なのかもしれない。
何かに恐れずに生き、戦うため、負けるなどという事を一切考えない。だから目の前の化け物相手にも怖気づいたりしないのだ。それは、長く生きたためなのか、それとも……
「ま、傷ついたら回復頼むよリアリース」
「う〜……私、負けそうになったら一人だけで逃げるからね!」
「うん、いいぞ。賢明な判断だ」
ヘイズはレイアの答えに大笑いする。そして同時にヘイズはリアリースが「人間らしい」と感じた。まだ若い魔女だからかもしれないが、ここまで人間らしい考えを持つ魔女も結構珍しい。「生きたい」と望むのは、誰しも思う事なのだから。
「そいじゃ、ネミッサ、ルサリィ、リュート。いくぞ!」
ヘイズは三人を見ると、三人は頷いて各々武器を手に取った。
- Re: イストリアサーガ-暁の叙事詩- ( No.92 )
- 日時: 2019/03/06 23:45
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
レイアがキドルの前に姿を現したのは、帰還したその夕方だった。
キドル達も無事帰還し、執務室にてレイアから報告を受けていた。
ロロはというと、光が全てを包み込んだと思ったら雷竜は一人の少女へと姿を変えていた。ロロはその場で倒れ、高熱を出していたため急遽帝国へと帰還したのだ。あれから数日は経っているが、ロロはまだ目覚めない。ジュウベエが言うには「まだ巫女として覚醒していないため、力を制御できずにいる」とのことであり、あと数日は寝たきりだろう。と言う。
レイア側はというと、ヴァルプルギスの夜会のおかげで魔女たちを集めていた元凶を戦闘不能にまで追いこめたのだという。元凶は魔竜に憑りつかれ、ハイレクーンに四大司祭に組み込まれ、従っていたのだという。そして後程夜会の筆頭が挨拶に来るらしい。
またあの道化か……と頭を抱えたくなってしまう。
そして雷竜に姿を変えていた少女……「リリー」はソール王国周辺で暮らしていた守護聖竜の末裔であるとジュウベエが教えてくれた。大精霊ソールに生み出された守護聖竜が代々王国を守ってきたのだという。雷竜の力を操る腕輪は、ソール王国の王族が保管しており、今はラクシュミ王女が持っているそうだ。
リリーに対する処分はキドルに委ねられているため、とりあえず保護する事にした。恐らく四大司祭が絡んでると思われるため、奴らにまたリリーを奪われればまた道具として扱われる事だろう。
そういう事で、今回の二つの場所で起きた事件は解決……と言う事にしておいた。
「全く、イース同盟相手よりもしんどいな」
キドルがそうぼやきながら背伸びをする。
それよりも驚いたのは、レイアの態度だった。以前は「や〜んキドルちゃ〜ん」などと猫なで声で話していたが、今日はものすごく疲れているのか、なんというか……普通だった。「普段からそうすれば俺も疲れなくて済むんだがな。」とキドルはため息交じりに声を出す。
「失礼します、ティニーン隊長」
キドルを呼ぶ声が聞こえた。キドルは椅子から立ち上がり、周りを見る。が、誰もいない。もちろん窓の外にも。
「こっちこっち。こっちですよ」
声は壁の方から聞こえる……。というより、壁に掛けていた鏡からだ。キドルは覗き込んでみると、驚いた事に自分の姿は映っていなかったが、代わりに灰色のフードを被った銀髪の少年の姿が映っていた。
右が銀色、左が茶色の瞳を持ち、灰色のぶかぶかのチュニックと薄い黒色のズボンを身にまとう、幼い少年が不敵に笑い、キドルを見ていた。
「はじめまして、「キドル・ティニーン」殿。ご活躍は聞き及んでいますよ」
少年はにこりと笑う。笑顔だけ見れば無邪気な少年そのものだ。
「え、っと……貴方は?」
「おっと、僕は「ユーノ・ノイン・ヘルベティア」。名前だけは存じていますよね?」
ユーノの名を聞いてキドルは驚いた。その名を知らぬ者はほとんどいないだろう。彼はそれほどの大物なのだ。
「「警告の魔女」の……!」
「あ、畏まらなくていいですよ。今日は御礼を言いたくて」
ユーノは居住まいを正すキドルに対し、満面の笑みを浮かべながら手をヒラヒラと振る。
「そちらのレイア殿の協力のおかげで助かりましたよ。ザッハークを再び封じ込めることに成功しました。ありがとうございます」
「い、いえ。レイアは元々夜会の魔女……当然の事ですよ」
「謙虚ですね。あともうひとつ」
キドルは「もうひとつ?」と腕を組む。
「「ナナ」をそちらで預かってもらってるみたいですね」
「ナナ?」
「あれ、知りません? そっちでは確か「ダランベール」と名乗ってましたっけ」
キドルは「ああ」と声を出した。プラチナの紹介で騎士団に加入してきた、天才魔導学者「ダランベール・クリスト・ファ・ヴィンチ」。
なんだか独特な喋り方と仕草だったので、魔導学者は皆こうなのかと思っていたが……魔女だったとは。しかも、ナインストレーガの一人。
「はい、本人は魔女と名乗ろうともしませんでしたが」
「そりゃ、あの子は結構プライドが高いんだもん。まあ、そちらにいるなら安心できます」
ユーノはうんうんと頷いてやはり笑みを浮かべている。
「まあ、レイアもダランベールも良い子なので、キドル殿の所に預けておけば安心ですね」
「恐縮です」
キドルは顔を赤らめながら一礼する。まさか夜会筆頭である彼と会話どころか礼を言われる日が来るとは、夢にも思わなかったからだ。
「ま、これからも貴方の活躍には期待していますよ、キドル殿」
ユーノはそういうと手を振って、「またいつか」と一言残してユーノの姿が消え、鏡は元通りキドルを映していた。
キドルはふ〜っとため息をつく。まさかある意味皇帝より恐ろしい人物に期待されるとは……。
だが、進むべき道は一つしかない。キドルはそう考え、窓の外を見る。真っ赤に燃える夕陽は沈みかけ、黄昏の光が帝都を照らしているのが見えた。