複雑・ファジー小説
- Re: 花束の其の一輪は【アンソロジー】 ( No.6 )
- 日時: 2019/01/29 00:56
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: BBxFBYlz)
※微百合注意
■
柏木ほのかに出会ったのは、中学一年生の時の図書員会。本になんか興味ないのに、楽そうだなんて理由で立候補したあたしとは真逆だった彼女に、最初は少しだけ苦手意識を持っていた。
「黒崎さんは、さぼらないんですね」
半年経った図書当番の日、柏木がようやく口を開いた。ぼそっと呟いたその言葉にわたしは「どういう意味?」と聞き返すと、彼女はこちらを一切見ずに「別に」と口を閉ざした。
「あたしは中途半端なのが嫌いなだけだもん。柏木みたいに真面目なわけじゃない」
「でも普通の人なら当番なことなんてすぐに忘れて、私みたいな人間に押し付けます。黒崎さんは珍しい人種だと思いますよ」
しんと静まり返った図書室に、艶のある柏木の声が響く。休み時間終了のチャイムが鳴って、柏木は本棚に返却本を戻し終わると、行きますか、とあたしに言った。うん、とあたしは机の上に置いてある鍵を持って柏木のもとへ駆け寄る。図書室のドアを閉めているときにあたしはようやく気付いた。今のはあたしのことを褒めていたのか。回りくどい奴だなと思いながら、私は柏木の隣を歩く。凛とした彼女の綺麗な横顔に、思わず見とれてしまいそうだった。
*
柏木とはそれから少しずつ仲良くなって、二年に上がるころくらいにようやく友達になった。彼女はあたしのことを「黒崎さん」と呼んで敬語で喋るのをやめなかったけれど、それは癖だからきにしないでくれと笑った。
「ねえ、柏木って好きなやつとかいるの?」
「好きな人、ですか。唐突ですね、黒崎さん。なんですか、私のことが好きなんですか?」
「おい、あたしは何処ぞの百合少女か。違う違う、そりゃ柏木のことは好きなだけど、それは友情でしょ。柏木も勿論あたしのこと好きでしょ」
「それは、どこからくる自信なんでしょうね」
柏木はよく笑う少女だった。放課後に一緒に帰った時に寄り道で近くの公園に行って、四葉のクローバーを一緒に探したことがある。あたしはすぐに見つけたけれど、柏木は最後まで見つけられなかった。下手くそだなあとあたしが柏木に四葉をあげると、柏木は嬉しそうに口元を緩めてありがとうございますと呟いた。宝物にしますね、と彼女が四葉を青空にかざして、目を細める。
あたしたちはクローバーの敷き詰められた絨毯に寝転んで、他愛の会話を続けた。
夏には一緒に海に行って、冬には一緒に雪合戦をした。
翌年の四月二十日。柏木はあたしに何も言わずに、自宅で首をつって自殺した。
あたしの親友である彼女は、あたしに何の相談もなしに、勝手に死んでいった。昨日はいつものように一緒にあの公園に行って、いつものようにどうでもいい話をして、いつものように柏木の家の前で別れた。そんな、柏木が死んじゃう前日なんて思わないし。何の予兆もなかったし。
唐突に告げられた中学生の少女には衝撃的なその事実に、あたしは一瞬戸惑って、すぐに考えることをやめた。その時は、涙は出なかった。驚きすぎると涙は出ないんだと知った。
「秋良、お前顔色悪いぞ。ほんと大丈夫か」
「べつに、大丈夫だよ。ほら、早くいかないと柏木の葬式に間に合わない」
「いや、そうだけど。お前ほんとに大丈夫か」
「それって、ブーメランじゃん。あんた、柏木のことが好きだったのに、あたしよりショックでしょ」
幼馴染の和馬が戸惑ったように口をぎゅっと噛んだ。わかりやすいな、と彼を見ていると妙に冷静になれる自分がいた。それよりっ、と話を逸らそうと大きな声を上げた和馬が私の腕を引っ張る。
「早くいかねえと遅れる」
強引に前に進む彼にあたしはただついていく。
行きたくないんだよ、本当は。感情は全部胃の中で炎症して、私の喉奥を焼き付かせる。好きな人には一番言いたくないんだよ。永遠に言葉にすることのできない本音をあたしは今日も飲み込んだ。
I love you以上に苦しい言葉をあたしは知らなかった。
幼馴染の和馬がずっと好きだった。だからすぐに彼が柏木に恋してることにあたしは気づいた。きっと柏木も和馬の気持ちに気づいてたんだろうな。いつも彼のことを「かわいそう」と言っていたのを思い出す。何が可哀想だったのか、そんなのわかんないけど、多分報われないからだ。今になってはっきりわかる。もう最初から、あたしに出会う前からきっと柏木は、未来を閉ざすことを決めていたんだろう。
「一番言えない言葉なんだって、あいらぶゆー」
和馬の背中が大きくて、言葉は上手く出てこなくて。
どうやって今まで酸素を吸っていたのか思い出せない。柏木が死んだ。何も言わずに死んだ。
前日に「好きですよ」とあたしに笑って言ったあと「ごめんなさい」と泣いた彼女は、いつからそんな重たい悩みを抱えていたんだろう。あたしには救えなかった。歯車は噛み合わなかった。
あたしも好きだよ、って返した答えはきっと不正解だったのだ。
あたしが引き金だった。わかってたつもりで、一番わかってなかったのはあたしだ。
「秋良?」
酸素は何処消えてしまったのだろう。柏木は何処に行っちゃったんだろう。
和馬の声で、式場にたどり着いていたことに気づく。好きだよって、たった一言なのに、あたしたちはそんな簡単なことも言えないほど臆病だった。
手向けられた花でいっぱいの棺で眠る柏木は、とても綺麗だった。
さようなら。好きってこんなにも苦しいんだねって、吐きそうになって、泣きそうになって、ようやくあたしは気づいた。——翼のなかった柏木は、どこにも行けなかったんだ。
***
「 青空にシロツメクサ 」
短くまとめるのが下手で申し訳ないです。遅くなりましたが、投稿させていただきました!
また全部の作品を読み終わったら感想を書かせていただきたいなって思ってます。ありがとうございました。