複雑・ファジー小説
- Re: アルカナ・グリムハーツ ( No.4 )
- 日時: 2019/03/28 23:16
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
プロローグ 初めの一歩
むかしむかしあるところに……という一節から始めよう。
むかしむかしあるところに、「アリス・ザ・ジェスター」という少女がいました。
アリスは「愚者」のアルカナを持つ、何の力も持たない少女でしたが、彼女には状況を打破できる力がありました。その力はいずれこの世界すらも変えてしまう程の力……ふふっ、私もこのアリスちゃんにとてもとても期待しているのですよ。
まずはこの「おとぎ話」の主役である七人の一人、アリスの物語を見ていきましょうか。
むかしむかしあるところに……
金髪の長い髪が風に撫でられて揺れる。姉から誕生日のプレゼントにと買ってもらった青いリボンと、青いテールコート、ふわりと白いバルーンスカートを着込む、少し小柄な少女は、列車の中で、目的地まで頬杖をついてうとうととまどろんでいた。
列車は木製の壁や床、天井と、線路の上をガタンゴトンと音を立てながら走る。先頭は黒いボディの蒸気機関車だ。もくもくと灰色の煙を噴出しながら目的地まで着実に進んでいる。
彼女が座っている座席は緑色のシートで、座っていると揺れが相まって眠くなってしまいそうな座り心地だ。そしてその上には荷台がある。そこに彼女と「もう一人の同行者」の荷物があった。
窓の外は海が見える。この列車は海沿いの線路を走っているのだ。
海は昼下がりの陽光にあてられて、キラキラと輝いている。水平線と真っ青な空が映り、先ほどから隣の座席ではしゃいでる子供たちの笑い声が聞こえる。
彼女はうとうととしながらその景色を堪能していた。
「アリスちゃん」
彼女——アリスの名を呼ぶ暗い茶髪の少女がアリスの目の前に立っていた。
アリスはその少女を見据える。
暗い茶髪の肩にかかるほどのふわりとした髪、ちょっと垂れ目気味の紅い瞳、白いフリルと大きなリボンが特徴的な青いドレス。何より頭にある赤いリボンが彼女のトレードマークだった。身長はアリスより若干小さめ、かわいらしい少女だった。
アリスはよだれを拭いて彼女を見る。
「ん、「スノウ」、なーに?」
「アリスちゃん、お菓子食べよう? クッキーを焼いて持ってきたんだ♪」
スノウは自身の荷物から白い小包を取り出して両手で広げる。そしてアリスの向かい側の席に座り、アリスに食べるように促す。
「スノウのクッキー、美味しいんだよね。いっただきます」
「どうぞ〜」
アリスはスノウの手にあるクッキーの山から一つクッキーをさらって口に入れる。甘すぎずしっとりとしたクッキー。アリスは昔からスノウのつくったクッキーが大好物だった。
クッキーを食べて顔を綻ばせているアリスを見てスノウがにこりと笑う。
「それよりももうすぐだねえ」
スノウは窓の外を見ながらふと呟くように口にする。
「まだ「ヴァルハラ・アカデミー」はもうちょっと先だよ? あと一時間くらいじゃない?」
「もうすぐだよ〜。一時間なんてあっという間だよ」
「気が早いんだから」
アリスはクッキーをリスのように頬張って口の中にいっぱい詰め込んでいる。スノウはその様子を見ておかしくてたまらないというように、笑ってみていた。
そしてスノウは少し寂し気な表情でアリスを見る。
「「テレサ」さん、見つかるといいね」
その一言で、アリスは動きをぴたりと止める。彼女自身の時が止まったかのように、硬直した。
「……うん」
アリスは一言だけ返事をすると、口の中にため込んでいたクッキーを飲み込んだ。
ごくん。という音が鳴って、アリスの頬は元の華奢な線に戻った。
- Re: アルカナ・グリムハーツ ( No.5 )
- 日時: 2019/03/30 00:53
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
そしてアリスは外を見る。相変わらず海は光を浴びてキラキラと輝いていた。
だがその平和は、女性の悲鳴にかき消されてしまう。アリスとスノウは驚いて悲鳴のした方を見た。他の乗客もなんだなんだと言わんばかりにそれを見る。
なんと、窓の外に黒い巨大な影が列車の周りを飛んでいた。それは禍々しい赤いオーラを放つ、黒い巨鳥だった。巨鳥は大きな翼を力強く羽ばたかせ、咆哮を上げる。
「ねえ、あれ、「グリム」じゃない!?」
「巨鳥型グリム、「ロックバード」ね。この辺にあいつの巣でもあったのかしら?」
スノウが窓を開けて巨鳥に指をさし、アリスは周りを見る。列車は12両。乗客の中には小さな子供だっている。アリスは窓から顔をひっこめて、荷台から自分の荷物を取り出す。
乗客は巨鳥の姿を見て怯えていた。これだけの乗客がいればグリム討伐専門家である「グリムリーパー」がいてもおかしくないのだが、未だに姿を現さないと言う事は、最悪の事態ということだろう。アリスは銀色の筒を取り出しながらため息をつく。
そして、アリスはスノウに「ちょっと片付けてくるわ」なんて言い残して列車の連結部分まで走り去る。
「ちょ、アリスちゃん! 待って〜!」
アリスもバッグを肩から下げてアリスを追いかけた。
乗客が混乱する中、銀色の長い髪を持つ女性が彼女たちの後姿をじっと見つめていた。
アリスとスノウが列車の屋根部分に昇ると、巨鳥はこちらを睨み据えていた。アリスは筒を手で叩くと、ポンッと心地いい音を立てながら、蒼銀色のアリスの身長の3分の2くらいはある大鎌に変形した。そしてそれの柄をとると、巨鳥に向かって助走をつけて思いっきり飛んだ。
「アリスちゃん!」
「スノウ、サポートお願い!」
アリスは鎌を振り上げ、くるりと一回転、巨鳥の胸を切り裂いた。巨鳥は耳を劈くような悲鳴を上げる。スノウはバッグから短く白い槍を取り出したかと思うと、ぶんと振る。槍は伸び、スノウはアリスの足元に向かって「氷結よ!」と叫ぶ。すると、不思議な事にアリスの足元に氷の床が現れ、アリスはそれを踏みしめ、再び飛び上がる。氷はアリスの足に踏まれると「パキッ」という音を立てて砕け散ってしまった。
巨鳥は体勢を立て直すと、翼を広げ、一つ羽ばたく。巨鳥の翼から黒い弾丸のように大量の羽根が猛スピードでアリスに襲い掛かる。アリスはそれを見て目を見開くが、スノウは槍をかざして「えいっ!」と叫ぶと、アリスの身体を光の壁が包み、黒い羽根の弾丸から守ってくれた。
スノウは氷の足場を素早く作る。アリスは足場に乗って、再び鎌を振り上げた。
また命中し、巨鳥は再び悲鳴を上げる。そして、アリスに向かって大きく口を開けて突進してきたのだ。
「あぶないっ!」
スノウはそう叫んで槍をかざす。アリスはシャボン玉に包まれ、スノウはアリスを列車の屋根まで引き寄せた。アリスの着地と共にシャボン玉は弾けて消えてしまう。
アリスはスノウに頷くと、鎌を構えた。巨鳥をそれを見据え、アリスに向かって猛突進してきた。だが、それこそアリスの狙いだった。
スノウの魔法により巨鳥は光に囚われ、身動きが取れなくなった。
もがき、キィと耳障りな鳴き声をあげる巨鳥にアリスは鎌を振り上げて飛び上がる。
鎌は巨鳥の首を捉え、アリスは一回転して巨鳥の上に乗る。
「チェックメイト、ね」
アリスはその一言を残し、鎌を思い切り引いた。
斬撃音と共に巨鳥は斬首され、悲鳴を上げる間もなくそれは黒い煙を上げて消えてしまった。
落ちそうになるアリスに、再びスノウはアリスをシャボン玉に入れて引き寄せた。
アリスが屋根に着地すると、下から乗客の歓声が上がった。
「えっ、なに!?」
「アリスちゃん、私達……ちょっと目立ちすぎちゃったかも」
アリスとスノウが顔を見合わせる。
そして、その近くから拍手音が聞こえる。アリスとスノウがそこを見やると、銀髪の女性が手を叩きながらゆっくりと歩いてくる。白いブラウス、黒のタイトスカート、そして黒いローブを纏った、スタイルのいい女性……。
「見させてもらったわ、あなた達」
「は、誰?」
アリスは鎌をポンと叩いて元に戻すと、女性に指をさす。
「私はグリンダ。「グリンダ・ヘクセール」。ヴァルハラ・アカデミーの教師をやっていますよ」
「ヘクセール……? ヘクセール……」
スノウはグリンダの名を聞いてうーんっと唸り、腕を組む。そして、何かを思い出したかのように手をポンッと叩く。
「あ、4種類の属性を持ってる「魔術師」のアルカナのグリムリーパーさんだよアリスちゃん!」
「え、だれ?」
アリスは首をかしげる。スノウは慌てて両腕を上下に振った。
「すごい人なんだよこの人、魔法をどんどこ使っても疲れないって——」
「ちょっと待って二人とも。話なら下の方でしましょう。もうすぐトンネルだし、ここにいると身体を持ってかれるわよ」
そう言われて二人は後ろを振り返る。確かにトンネルが迫っていた。
「い、急いでおりましょう!」
アリス達は慌てた様子で屋根から降りた。
- Re: アルカナ・グリムハーツ ( No.6 )
- 日時: 2019/03/30 23:44
- 名前: 燐音 (ID: .CNDwTgw)
列車はトンネルに入り、周りは列車の灯りでほんのり明るくなる。
二人は自分の荷物のある座席に座り、向かい側にグリンダを座らせる。スノウは小包をバッグから取り出して、「作ったクッキーです」と渡す。グリンダはにこりと笑い、礼を言ってその小包を受け取り、小包を手で包み込む。そして手を広げると、その小包は消えてしまった。
「小包ごと食べたの!?」
「ただの手品よ」
驚くアリスにグリンダは吹き出しながらタネを説明する。
「へ〜、そういう……じゃない! グリンダって言ったかしら。なんでグリムリーパーのくせにすぐに飛び出さないのよ!」
アリスは頬を膨らませる。
「グリムリーパー」は人類の敵であるグリムを討伐する事が仕事であり使命だ。それは教師であっても同じである。だがグリンダはすぐには動かずにアリスとスノウの戦いをじっと見ていただけだった。
グリンダはふうっとため息をついて肩をすくめる。
「この列車、どこに向かっているかしら?」
「えっと、「ヴァルハラ・アカデミー」ですよね」
グリンダの質問にスノウが答える。グリンダは頷いた。
「テストをしていたのよ。グリムが現れた時にどう対処するか、ってね」
「一般人を巻き込んで!?」
アリスは身を乗り出して憤怒の表情を露わにしている。
「落ち着きなさい。当然グリムに負けたら私が前に出るつもりだったし、これからアカデミーに入学する生徒を死に追いやるなんて事もしないつもりだったわ」
グリンダは再び肩をすくめた後、ポンッと手を合わせて手のひらから小包を取り出して、包みを広げて中身のクッキーを一つ口に入れる。
「美味しいわね」とにっこり笑った。
「それに、あなた」
グリンダはアリスを突きさすように指をさす。
「あなた、「テレサ・ザ・ジェスター」の妹さんね?」
「……なんでお姉ちゃんを?」
「担任だったし、よく似てるからすぐにわかったわ」
「何歳なの?」
「秘密」
グリンダは笑みを絶やさずに答える。
アリスは驚いた。姉の、テレサを知る人物にこんなに早く会えるなんて……!
「お姉ちゃんは、今どこにいるの?」
「それは、こちらもわからない。だけど、どこかで生きているはず」
やはり姉はどこか遠い場所に行ってしまったのだろうか……とアリスは落胆し肩を落とす。
スノウは「だいじょぶ、どこかに情報があるはずだよ」とアリスに励ましていた。
「まあテレサの妹なら、あの華麗かつ無茶苦茶な戦い方も頷けるわね」
グリンダは足を組み直して腕を組む。
「まあそれはおいておいて、「アリス・ザ・ジェスター」さんと「スノウ・グリモワール」さん。二人はグリムリーパーよりも先に行動し、乗客を助け勇敢に戦った。それを評して、私から教授に報告しておくわね」
「行動、させた……でしょ」
グリンダの笑顔に、アリスははあっとため息をつく。
だが、事実乗客はこうして無事だったし、これから入学するアカデミーの教師にも評価された。いいスタートダッシュだとアリスは小さくガッツポーズをとる。
スノウも「ありがとうございます」と素直に頭を下げた。
「さーて、そろそろつくかしら。このトンネルを抜ければ……」
グリンダは列車の窓を見やる。アリスとスノウもつられて見る……列車はトンネルを抜け、眩しい光が差し込み二人は目をつむる。
そして再び目を開けた瞬間、広大な景色が広がっていた。
目についたのは大きな城と、その下広がる街並み。街の屋根は皆赤色で統一され、壁は白かった。下には海があり、船も数多く停泊している。列車は駅に向かって海の上に架かる橋の上の線路を渡り、ガタンゴトンという音を立てながら走り続ける。
着実に駅に近づく中、グリンダは二人を見て笑顔で言う。
「二人とも、我がアカデミーへの入学、歓迎するわ」
まだ、この物語は始まったばかり。この先どんな出会いが待っているのか、そしてどんな別れが来てしまうのか。それは「僕」にはわからない。
でも、アリスとスノウ……そして他5人は近い未来、物語の主役として描かれていくだろう。
さてと、これからどのような旅路を見せてくれるのか。ゆっくり見させてもらうとしようかな♪