複雑・ファジー小説
- Re: 魂込めのフィレル ( No.29 )
- 日時: 2019/07/20 10:19
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
【第四章 死者皇ライヴの負の王国】
道を南西に進むと、大きな街道に出る。
エルクェーテは大きな町だ。そこに繋がる道も、当然ながら大規模なものだ。
その大街道のあちこちに、様々な露店が立っている。大きな道だからそういった露天商売も成り立つのだろう。
「エルクェーテって魔導士たちの町なんだよねぇ?」
改めてフィレルが確認すると、そうだよとイルキスが頷いた。
「ウァルファル魔道学校っていう大きな学校があって、そこには優れた実力を持つ魔導士しかいない。力のない魔導士は入学できないんだ。入学試験が厳しいことでも有名だけれど、完全に実力主義だから、大した家の出でなくても、実力さえあれば入学できる。僕も一度旅で訪れたことがあるけれど、皆、意欲がすごかったよ。ああ、活気のある町だ」
へーぇ、とフィレルはその目を輝かせた。
「何だか面白そう! ……んーと、でもさぁ。そんなに実力のある生徒たちがいるならさぁ、神様くらい簡単に討伐できるんじゃないの? 神様を倒して亜神に成りあがった人間の話もあるじゃん」
そう簡単にはいかないさ、とロアは複雑な顔。
「まず、いくら実力主義だからって、そこにいるのは学生、つまりまだ青い。死者皇ライヴはかなり強い神だと聞くし、知識も経験も足りない状態で、実力だけで討伐出来るとは思わない。それにあいつはな……」
「ひとりで戦わないもの。死者を眠りから揺り起こして、死者の大群を操って戦うの。それにライヴは本当は死の神じゃなくって生の神なの。彼は自分の持つ生の力を死者に分け与えて操ってるってだけで、迂闊に触れれば自身の生を抜かれて死者にされてしまうわ。風の神や炎の神とは、操るものの種類が違うのよ」
ロアの言葉を引き継いで、フィラ・フィアが補足した。
人間は、間を一つの仕切りで仕切られた、中に水の湛えられた器のようなものなのだという。仕切りの片側には魔力という液体、仕切りのもう片側には体力という液体が、それぞれ収まっている。魔力も体力も使えば減るが、時とともに回復する。魔力を使っても体力が減ることはないし、その逆も然りだ。それが基本概念である。
そして人間の力にはもう一つ、「生命力」というものが存在する。それは器そのものであり、これが欠けたり傷付いたりすると魔力や生命力を治められる絶対量が減り、この器が砕けた時に、人は死ぬのだという。魔力や体力の限界を超えた使用もまた、器の損傷を招く。
そしてこの器自体を自由自在に加工できるのが死者皇ライヴだ。彼は砕けた器を修復し、そこに仮の力を流し入れて一時的に蘇らせ、死者の王国を築きあげた。死者は死者で失われた魔力や体力、人間としての心は二度と戻らないが、それでも器が仮の修復を受け、器に仮の液体が満たされたためにそれは動くことができるようになる。死者皇ライヴはそうやって器に仮の修復を施し続け、仮の生者に、本当の生者の命を奪わせ、そしてその器にまた仮の修復を与えて自分の王国を大きくしていった。
その目的は何なのか、それは誰にもわからない。ただ一部の人は言ったという。
『死者皇ライヴは、自分の力を真逆のことに使ってみたかったのではないか』と。
真相はわからない。誰も死者皇ライヴに近づけた人間はいないからだ。
しかし、ある人は見たという。
『死者皇ライヴは、木々の間から差し込む陽光のような、美しい髪と瞳をしていた』と——。
「まぁとりあえず、行くしかないわね」
物思いを中断し、フィラ・フィアは皆に声をかける。
強大な神を封じるために、また一歩、前へ。
◇
エルクェーテの町に、風が吹く。
暗い呪いの混じった風だ。フレイリアはふうっと溜め息をつく。
「良くない風ね。また、何か来るのかしら」
彼女がじっと見据えるは、西の方角。遠く目を凝らせば、そちらには黒くうごめく何かがあるのがわかるだろう。
「救世主なんていない、運命は自分で切り開くだけ。私はそれを知っている、ええ、よく知っているわ」
呟いた。
揺れる炎髪に、強い意志を宿した翡翠の瞳。しかし服から垣間見えるその右半身は酷い火傷に覆われ、左半身にもまた、大きな傷があるようだ。その頬にも、醜い火傷の痕が走っている。
「私の傷は悔恨の証。もう二度と、同じ過ちは犯さない」
来るわ、と彼女は言った。西にうごめく黒い何かは、どんどんとこの町に近づいてきている。
フレイリアは後ろを向き、叫んだ。
「魔導士部隊、迎撃用意! この町に一歩の侵入すらも許さない! 我こそは?」
「我こそは!」
彼女の声に応え、彼女の背後に控えていた数人の制服姿の少年少女が彼女に唱和する。
「「ウァルファル魔道学校の、気高き心の風紀委員!」」
◇
「我が心の内に宿る、気高き風の刃を受けよ!」
フレイリアの風が、町に近づく何かを切り裂いた。
それはどう見ても人間だったが、それにしては挙動がおかしい。まるで何かに操られているようにぎこちなく、その目は死んでいる。中には腐敗しかかった身体を引きずってやってくるものもいる。——死者皇ライヴの操る、不完全なる死者だ、仮の命を与えられた器だ。
そして彼女の瞳は見た。それら死者に、追い立てられるようにして走ってきた四人の人影を。フレイリアの目が驚きに見開かれる。
「旅人!? ああっ、もう! あんなところで何やってるのよ! 何も知らないでここに来たのかしら!?」
彼女は四人の人影に向かって叫んだ。彼女の声は、彼女の操る風の魔法に乗って四人の耳に届くだろう。
「ここは危険よ、すぐに帰りなさい! 町の門を開ける余裕なんてない! 死にたくなければ帰りなさい!」
しかし四人は帰ろうとせずに、閉まった町の門を背に、それぞれの武器を構え始める。
フレイリアは頭を抱え、門の上から飛び降りて四人の近くに降り立った。
「死にたいの!? 頭沸騰してんじゃないのあんたたち!」
「生憎と、引き下がるわけにはいかないわ。わたしたちには使命があるのよ」
そんな彼女に、赤い髪に赤い瞳、手に銀の錫杖を持った少女が静かに告げた。
「これは死者皇ライヴの仕業? ならば、尚更」
来るわ、その声とともに、死者たちが簡単に視認できる距離まで近づいた。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.30 )
- 日時: 2019/07/22 12:54
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: q7aBjbFX)
エルクェーテの町に一行が辿り着いた時、町は既に交戦中だった。
町に向かっている時は気がつかなかったが、フィレルらの背後から死者の軍勢が近づいてきたらしい。途中からそれに気が付いた一行はそれから逃げるようにエルクェーテの町を目指したが、町の門は既に閉ざされていた。
「ならば戦うしかないわ」
覚悟を決めて前を見据えたフィラ・フィア。その耳に届いた警告の声。
——ここは危険よ、すぐに帰りなさい! 町の門を開ける余裕なんてない! 死にたくなければ帰りなさい!
この町の人が、警告を発しているのだろうか。
しかしフィラ・フィアは首を振り、瞳に強い輝きを宿しながらも前を向く。
退かぬ、という彼女の意志を見て取って、呆れたように、街を囲む壁の上から一人の少女が飛び降りてきた。炎のような色した髪に、翡翠の輝きを宿した瞳。身体の左側には醜い火傷の痕、右側にはひどい傷痕。そんな彼女は制服のようなものを身に纏い、フィラ・フィアたちの隣に着地してから怒鳴った。
「死にたいの!? 頭沸騰してんじゃないのあんたたち!」
「生憎と、引き下がるわけにはいかないわ。わたしたちには使命があるのよ」
けれどそんな彼女の言葉を、フィラ・フィアは燃える瞳で遠ざける。
「これは死者皇ライヴの仕業? ならば、尚更」
彼女は少女に言った。
「信じてくれなくてもいいわ。でも、わたしはフィラ・フィアなの。封神のフィラ・フィアなの! 死者皇ライヴを封じにこの町に来た、それだけよ」
「……いいわ。もしもあなたが本当にフィラ・フィアだと言うのならば、ライヴを封じてもらいましょう……かッ!」
迫ってきた死者の大群。その一角に向けて少女が手にした杖を振ると、風の刃が死者を切り裂く。
「でも、まずはこの大群を押しのけてからよ。用意はいいかしら?」
「当然よ」
かくして、交戦が始まった。
◇
ロアの背後に隠れながらも、フィレルは即席で絵を描く。
死者が相手ならば炎が有効だと見たフィレルは、一本の松明を真っ白なキャンバスに描き上げた。その手が緑色に輝く。
そして取り出されたのは、普通よりも少し大きい程度の松明。
ロアがそれを見て、死者を切り伏せながらも文句を言った。
「おい! そんな小さいのでこの大群を撃退できると思ってるのか! 頭を使えよ頭を!」
「使ってるんだよー!」
フィレルはにこにこと楽しそうに笑い、ロアの陰から出てきて松明を死者の大群に投げ込んだ。瞬間、フィレルの瞳が緑玉石エメラルド色に輝き、悪戯っぽい笑みが口元に浮かぶ。
彼は背後に叫んだ。
「イルキスぅ、今のうちなんだよーっ! その風で、僕の炎を大きく燃え広がらせちゃえーっ!」
「任せて、フィレル」
相手の策を知り、イルキスも悪戯っぽい笑みを浮かべた。ロアも、フィレルが何をしようとしているのかを察してその目に驚きの表情を浮かべた。
放り投げられた松明は、真っすぐに死者の軍勢の上へ。
着弾、死者の軍勢が炎を上げて燃え上がる。
そして次の瞬間、イルキスの呼び起こした風が死者たちに対して逆風となり、延焼した炎が壁となって死者の大群を襲う。
火種は小さな松明だったけれど。
気が付けばそこには、巨大な炎の壁が出現していた。
それを見て、傷だらけの少女は手を叩く。
「素晴らしいアイデアだわ! 確かに! 人の死体は炎に弱い! よぉーっし!」
彼女は町の外壁を振り返り、大きく声を上げた。
「魔導士部隊、炎の魔法を用意せよ! 死者の大群は燃やせば倒せる! 炎使い、迎撃用意!」
「「了解しました!」」
外壁から声が上がり、そちらの方から次々と飛んできた炎魔法。崩れ落ちる死者たち。所詮は烏合の衆、集団を崩す方法が見つかれば何とでもなるのだ。
フィラ・フィアは驚きとともに傷だらけの少女を見た。
「あなた……何者なの」
「私? 私は、ね」
傷だらけの少女は誇らしげに告げた。
「フレイリア・アニルハイト。ウァルファル魔道学校の風紀委員長にして首席よ。得意属性は風。伝説の英雄さん? これからよろしくね」
彼女こそ、この学校の若き卵たちの筆頭人物であった。
◇
フィレルの松明を火種に、次々と燃え上がる炎。ウァルファル魔道学校の生徒たちの炎の魔法が炸裂し、それにイルキスとフレイリアの風が勢いを与える。それでもなお近づいてくる敵はロアの剣が切り倒した。フィラ・フィアはロアたちの後ろで支援の舞を舞っていたが、今回の戦いで、彼女が果たした役割は小さいだろう。
炎に包まれ、くずおれる死者たち。やがて進撃は止み、炎に巻かれていない死者たちは引き返していった。それを確認すると、フレイリアは町の外壁の上に指示を飛ばす。
「追撃はなし! 二次被害が出ないように、あとは鎮火よ! 水使い、魔法の用意!」
「「了解しました!」」
彼女の指示に従って、街の外壁の上から放出される水。
死者たちは随分な大群になっていたけれど。
気が付いたら、撃退できていた。
「やったわ。ウァルファルの力を甘く見ないことね、死者皇ライヴ!」
誇らしげにフレイリアが言い放った、時。
その身体が、ぐらり、傾いた。
「え……?」
驚きの声を上げるフレイリア。その脇腹を、
——腕が。
炎の雨を生き残った死者の腕が、
貫通、していた。
「委員長——ッ!!」
町の外壁から、悲痛な叫びが響き渡った。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.31 )
- 日時: 2019/07/24 09:48
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「ん、何とか処置したから、死ぬことはないと思うよ。協力、ありがとうね」
小柄な少年が頭を下げた。
あの後、町の門が開いて、制服姿が何人も現れてフィレルらを取り囲み、事情を聞くと、フレイリアを抱えてどこかへ連れて行った。フィレルたちはその間に巨大な学校に通され、その一室でフレイリアの治療が終わるのを待つことになった。
そしてようやく終わったらしい。治療担当をしていた小柄な少年は、溜息をついた。
「全部倒したと思ったらあんなところに伏兵がいたなんてね……予想外。
でも、あなたたちには感謝しているかな。僕たちさ、炎を使うってこと、これまで考えてなかったし。リーダーが風使いだからさ、こっちもひたすらに物理で殴ってたんだよね」
ところで、と少年のはしばみ色の瞳が好奇心の輝きを帯びる。
「ここに伝説のフィラ・フィアがいるって、本当?」
「わたしがそのフィラ・フィアよ」
首を傾げた少年の前、フィラ・フィアがずいと進み出る。
「疑うんなら、いくらでも語ってあげるわ。あなたたちは知らないでしょう。あの時代に起きた様々なことの、生の話を。ええ、わたしは確かにあの時代に生きていたの。それはわたしにしか語れないこと」
いいよ、と少年は微笑んだ。明るいひなたの色をしたふわふわの髪が、首を振る動きに合わせて揺れる。
「そっちの話し方で何となくわかるもん、あなたはこの時代の人じゃないんだって。あなたの目はどこか遠くを見ているんだって」
じゃあ、と少年の目が期待に輝いた。
「あなたたちは、あのライヴを封じてくれるの?」
ええ、とフィラ・フィアは頷いた。
「わたしたちはそのためにこの町に来たの。哀しみの風神リノヴェルカ、殺しに狂った収穫者デストリィは既に封じたわ。残るは死者皇ライヴと無邪気なる天空神シェルファークと運命の遊戯者フォルトゥーンと闇の亜神アークロアと記憶弄ぶ者フラックと争乱の鷲ゼウデラ……って、結構多いわね!?
まぁ、まだ旅は長いけれど、わたしにはやり残した使命があるから。それを果たすまでは死ねないわ」
へーぇ、と少年は頷いた。
ところで、と少年は首をかしげる。
「何で、フィラ・フィアさまは蘇ったの? 死者蘇生の魔法なんてお伽話の中の世界だよ?」
それは、とフィラ・フィアが説明しようとしたところ、ロアが呆れ顔でフィレルを指さした。
「コイツのせいだよ。コイツ、絵心師なんだけれど、好奇心で禁忌を破って、家に飾ってあった絵から伝説のフィラ・フィアを呼び出しちゃったってわけだ。全ての原因はコイツが作った」
ぶぅ、とフィレルは頬を膨らませた。
「あの時は軽率だったよぅ。でも、興味、あったんだもん」
「開き直るのは良くないな。お前のお陰で救われた人間もいるが、お前のお陰で迷惑を被った人間もいるのだからな? 自覚しろよ、領主の次男坊」
ロアはフィレルを軽く小突いた。
で、ぼくは、とそんな二人を横目で見ながらもイルキスが静かに言葉を発する。
「そんなメンバーと旅先で出会った風来坊。面白そうだからついてきたってだけだけれどね。
ああ、名前を紹介していなかったね? 僕はイルキス。あっちは、あの絵心師がフィレルで剣士がロアさ。君の名前は何て言うんだい?」
「伝説に……絵心師。すっごいメンバーだなぁ」
少年は感心したあと、頷いて自分の胸に手を当て、名乗る。
「僕はシュウェン。みんな、シュウって呼んでる。ウァルファル魔道学院所属、得意属性は大地と治癒。僕の癒しの力は学校の中では飛びぬけていて、みんな僕がいるから、安心して前線で戦えるんだ。僕自身は戦いなんて好きじゃないから普段は医務室に引きこもってるけど」
よろしくね、と少年が頭を下げると、不意に音がして部屋の扉が開いた。
扉を開け、開けた扉に寄りかかるようにして荒い息をついていたのは、青い顔をした、満身創痍のフレイリア。それでも瞳に宿る強固な意志だけは変わらず、彼女は強い口調で言ったのだった。
「話……聞いたわ。あなたたち、ライヴを封じるんでしょう。それに……私も、つれていってもらえないかしら?」
「フレイリアさん!? ちょ、今は安静に……」
「ユヴィオールと約束したもの」
驚いたようなシュウェンの言葉を遮って、フレイリアは言葉を発する。
「ユヴィオールと約束した……。私が、この学校を守るって。今はこの町にいない彼と……約束、したの。だから……ライヴを封じるというのなら、私も、行かないと……」
その約束は、彼女にとって、とても大事なものだったのだろうか。
彼女の翡翠の瞳には、必死さがあった。
仕方ないわね、とフィラ・フィアは溜め息をついた。
「わたしとしても、あなたのような強い魔導士が一緒に来てくれるというのならば大歓迎。でもこのままじゃ戦えないでしょうから、特別に癒しの舞を舞うわ。……まぁ、これをやったらわたしもそれなりに疲れるから、決行は明日以降になるでしょうけれど」
いいわね、と彼女が問うと、お願い、とフレイリアが頷いた。
それを見、フィラ・フィアは舞い始める。
右足を前に踏み出し、右手に握った錫杖を一回転。その場でくるりと回り、錫杖を地に打ち付ける。しゃん、しゃん、と清浄な音が鳴り響き、辺りを一瞬にして神秘的な空間に変える。
歌もない、音楽もない。あるのはただ、鈴の音色と彼女のサンダルの足音のみ。それだけなのに、辺りには不思議な空気が満ち満ちていて、その空気に包まれた者は、心地よさを感じるのだった。
しゃん、しゃん、鳴り響く鈴の音は高く響く。舞うフィラ・フィアの周囲に濃密な魔力が漂う。
——これが、舞の魔法。
フィラ・フィアの使える舞師の技の中でも、最も優しく最も温かい魔法。
やがて彼女の舞が終わった。フレイリアは驚きの目でフィラ・フィアを見る。
「あなた……やっぱり、本当に……?」
ええ、とフィラ・フィアは頷き、誇らしげに言った。
「わたしはフィラ・フィア。封神の七雄のリーダー、『崇高たる舞神』フィラ・フィアよ!」
もう、彼女を偽物と疑う人物はいないだろう。
自分たちの目の前で、こんな奇跡を見てしまったのだから。
フレイリアは扉から手を離し、恐る恐るといった感じで数歩、歩いてみる。何ともない。彼女がよろけることはなく、その足取りは確かなものだった。
フレイリアは微笑みを浮かべた。その時になってようやく、フィレルたちは彼女の左目に光が宿っていないことに気が付いた。彼女の左目の視力は失われていた。
それに、彼女は右半身に酷い火傷の痕、左半身に醜い大きな傷痕がある。いったいどうしてそんなに傷だらけなのか気になったフィレルは、何の考えも無しに疑問を口にした。
「ねぇねぇ! ところでさ、フレイリアってどーしてそんなに傷だらけな……」
「おいフィレル! 少しは考えて物を言え!」
口にしかけた言葉は、ロアに口を押さえられることによって途中で消える。
済まないな、とロアが謝罪した。
「何か事情があるのだろう、追求はしない。うちのフィレルが礼儀知らずで済まないな……」
「構わないわ。後で話しましょうか? まさか今日、いきなりライヴを封印するわけじゃないわよね。時間ならたっぷりある。
それに、せっかくの客人だわ。そっちさえ良いのならば、学校を案内して夕食の誘いをしようと思うんだけれどどうかしら。そこらの宿も悪いってわけじゃないけれど、せっかくだから私たちでおもてなししたいのよ」
フレイリアの言葉に、本当にいいのかとロアが問うと、当然よと彼女は笑う。
「じゃ、お誘い、受けてくれるのね。ならばこれから学院内を案内して差し上げたいところだけれど……私は、後で報告があるから。ねぇ、シュウ。あなたが案内してくれる?」
「わかりました、リーダー!」
フレイリアの言葉に、小柄なシュウェンが元気よく返事した。
「ではでは、改めまして! 僕が案内担当になった、シュウェンです!」
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.32 )
- 日時: 2019/07/26 11:18
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
ウァルファル魔道学院は、エルクェーテの町の三分の一程度を占める広大な学校だった。町の他の建物も、ほとんどはこの魔道学校の為にあるようなものらしい。この町は魔道学校が主体であり、それ以外の施設はただのおまけにしか過ぎないらしい。
シュウェンはフィレルらを図書室らしき、本棚が並んでいる部屋に案内した。
扉をくぐれば、一気に変わる風景。所狭しと並んだ書架に、書架の海の向こうに見える螺旋階段。螺旋階段を上っていくと二階にたどり着くらしく、その二階にも書架の海があるのが垣間見える。
書架は入口の辺りにあるものは整然と並んでいたが、一階の奥の方は雑然と並んでいるようで、その様はまるで迷路のようである。
「ここが僕らの図書館ね。二階と奥の方の書架の海は通称『本の迷路』で、決められた手順で進まないと確実に迷うし、一番奥にはやばい守り神がいるからそっちには行かない方がいいよ」
そう、シュウェンは説明してくれた。
イルキスは興味深そうに書架を眺める。その瞳が好奇心に輝いた。
「あ、もしかしてあれって一部では禁書指定された『アルヴェラリの魔道書』じゃないのかい? って、あれは傀儡使の魔法について書かれた貴重な書物? で、あれは……まさか」
「そう、『アンダ・クィム』だよ。よく知ってるね。読書は好きなのかな?」
ああ、とイルキスは頷いた。
「僕の住んでいた町では図書館に入れなくなった本ばっかりだよ。本の迷路の奥には一体どんな素晴らしい書物が眠っているのか気になるところだけれど……」
「ああ、気持ちはわかるけれどそれはだめ。実はフレイリアさんが大怪我した理由って、本の迷路と密接な関係があるわけだし。……本当に、ね。あの守り神はやばいんだよ。天才であるフレイリアさんさえ、助けが来なかったら死んでたんだから……っと、喋り過ぎたかな。詳しいことは僕の口からは語れないけれど、図書館の奥には行っちゃ駄目だよ。生半可な気持ちで行ったら大怪我するから」
「……わかった」
心なしか、イルキスは少し残念そうな表情である。
シュウェンはにっこりと微笑んだ。
「読書好きなら、後で僕とお話しない? 僕ね、ここにあるものの中で、本の迷路以外の本はほとんど全て読み尽したんだ。一緒にお話ししたらきっときっと楽しいと思う」
「喜んで」
イルキスも穏やかな微笑みを見せた。
さて、とシュウェンは一同を振り返る。
「図書館の案内はいったんここまで。後は……えーと、僕たちの食堂に行こう。そろそろフレイリアさんも着いている頃合いだと思うし、丁度良いんじゃないかなぁ」
行くよ、と彼は歩き出す。
イルキスはしばらく書架を名残惜しそうに見ていたが、やがてゆっくりと一番後をついていった。
◇
食堂にたどり着くと、そこには既に何人かの生徒たちがいた。
フィレルは、フレイリアはどこかと辺りを見回したが、まだ着いていないらしく姿が見当たらない。
先に食堂にいた何人かの生徒たちはフィレルたちを見て、様々にざわめきあっていた。先程の戦いを、町の外壁から見ていた者もいるのだろう。
その中のある生徒が、シュウェンに声を掛けてきた。
「よーぅ、シュウ。何だ、お客様の案内か?」
つんつん突っ立った赤い髪、挑発的な赤い瞳。学校の制服を着崩した、どこかおちゃらけた雰囲気の漂う少年は、シュウェンにその赤い瞳を向けた。
うん、とシュウェンは頷いた。
「そうだよ。フレイリアさんから頼まれたんだ。この人たちの詳しい紹介はフレイリアさんが到着した後になると思うけれど……。そうだ」
シュウェンは赤髪の少年を突っついた。
「せっかくだからさ、君。お客様に自己紹介くらいしたら?」
「ん、そうだな」
赤髪の少年は頷き、自分の胸に手を当てた。
「オレ様は! ウァルファル魔道学院所属、規律を守らない風紀委員ことエルクェーテに吹く赤き風!
イシディア・アルゥテスとはオレ様のことだ!」
「ディア、規律を守らない風紀委員とか自慢にならないからね!? いつも困ってるのは僕らだからね!?」
シュウェンの呆れたような突っ込みなんてどこ吹く風。
イシディアと名乗った少年は、ちょうど近くにいたフィレルに手を差し出して、フィレルの手を握って豪快にぶんぶん振った。
「そんなわけで、よろしくだぜお客人!
……って、お前、細っそいのな。ちゃんとメシ食ってるか?」
「わぁ、わぁ、ちょっと待って落ち着いてよ!?
僕は芸術家だしたくさん食べなくても大丈夫なのそれにいつもたくさん食べてるし!?」
びっくりした様子のフィレルを見、イシディアは豪快に笑った。
そこへ。
「報告は済ませたわ。シュウェンはいるかしら……って、あら?」
遅れて到着したフレイリアがその様子を見、何があったのかを悟って笑った。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.33 )
- 日時: 2019/07/28 11:02
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「皆さん、紹介するわ。私たちを助け、死者の軍勢を退ける一助となった者たちよ。左から、フィレル、ロア、フィラ・フィア、イルキスね。聞いて驚きなさい。このフィラ・フィアは、伝説のフィラ・フィアなのよ? こっちの絵心師フィレルが誤って禁忌を犯して彼女を呼び出してしまい、呼び出された彼女は昔やり残した使命を果たすために旅をしているんだって」
到着したフレイリアは皆を集め、静かにさせてから部屋の一番奥でそう、皆に説明した。
「そして明日、彼らはあのライヴを封じに行くの。もちろん、私もついていくわ。そして折角のお客様なのだから、しっかりおもてなししないとねってことで学院に呼んだの。今夜は客人をもてなす晩餐会よ。
さて……伝えたいことは大体これだけ、かしら。質問などあればお気軽にどうぞ? 質疑応答が終わったら食事になるわ」
すると、すっと手を挙げる者がいた。あのシュウェンである。
彼は言う。
「リーダー、僕も同行させて下さい! えっと……僕の癒しの力、役に立てればいいなって……」
へぇ、とフレイリアは翡翠の右目に面白がるような光を宿らせた。
「言っておくけれど、対峙するのは神様、そう簡単な相手じゃないわ。私だって死ぬ可能性は考慮しているの。その覚悟は——あるわね?」
「ええ、あります!」
「ならよろしい。一緒にいらっしゃい」
フレイリアが頷くと、シュウェンは心から嬉しそうな顔をした。
すると「オレ様も」とイシディアが手を挙げた。
「シュウだけじゃ心配で見てられねぇよ! いやー、リーダーがいるのはわかるけど、シュウを一人にゃできねぇわ。そんなわけでオレ様も行く! 異存があるとは言わせねぇぜ?」
「……あんたは私が止めたって強引についていくでしょうね。わかったわ、いらっしゃい」
他にはもういない? と彼女が問うと、残った一同は頷いた。
フレイリアはオーケイ、と呟くと、ぱんぱんと手を叩いた。
「では食事にしましょう。客人たちも好きに食べるといいわ」
こうして晩餐会が始まった。
「あなた、知りたがっていたでしょう。私のこの傷跡について」
様々な料理を食べながら、フレイリアは静かに言った。
慌てるフィレルに「気にしなくていいわ」と返す。
「私の過ちでこうなった。それにまぁ、私、話すことそこまで苦痛じゃないもの」
そして彼女は語り出す。昔に犯した過ちと、ほろ苦い思い出を——。
◆
ある貴族の家、アニルハイト家に一人の少女が生まれた。フレイリアと名付けられた少女は幼い頃から天才的な風の魔法を自在に操ることができ、彼女はその力によって誰からも一目置かれていた。
そして今や国の体をなしていない大陸国家シエランディア、そこに唯一ある、実力者たちの魔道学校、ウァルファル魔道学院に首席で入学、彼女の才能は溢れんばかりだったが、しかし彼女は傲慢で、他人を見下すように育ってしまった。彼女が誰よりも強いから、誰も彼女を止めることができなかったためだ。
そしてある日彼女は自分を試すために、禁書を読んで更なる力を得る、なんて建前を使って本の迷路に挑戦、封じられた第一の扉を破り、第二の扉の守護者を倒すところまで行き彼女は有頂天になっていた。しかし第三の扉、最後の扉の守護者はこれまでの守護者とは格が違った。そこにいたのは竜だった。とうの昔に滅びたとされる伝説の一族、竜族《ドラグーン》だったのだ。
フレイリアは果敢に挑むも竜の鱗に魔法を弾かれ、辛うじて竜の左目を傷つけることに成功しはしたが反撃に遭って左半身を炎に焼かれ、右半身を大きく抉られた。そして彼女が自分の愚かさを知り、死を悟った時、
「そこをどけ!」彼女を突き飛ばして青い影が立ちはだかったのだ。
「……その人。ユヴィオールは私の次に成績が良かったし実力も私の次にあった人だった。故郷では天才と呼ばれた彼も、ウァルファルでは常に私の次っていう立場、つまりトップにはなれない人で、私に嫌な気持ちを抱いていたって不思議ではなかったの。それなのに」
彼は自身の全ての魔力を消費し、魔力の限界を超えた力を使ってまでして竜の火焔の息からフレイリアを守った。しかし彼はその直後に倒れて昏睡したが、騒ぎを聞きつけてやってきた先生たちによって二人は救出された。
フレイリアが目覚めてから一週間くらい後にユヴィオールは目覚めた。彼は限界を超えた力を使った為に全ての魔力を失っていた。先生たちは彼に「ここにいてもいいよ」と言ったが、「魔力を失った魔導士が、魔道学校で何を学ぶというんだ」とその申し出を拒否、傷の影響で動けないフレイリアに、「お前を恨んだり憎んだりはしていない」と言い残し学校を去った。その時初めてフレイリアは、彼に恋をしていたのだと気がついたが全ては後の祭りだった。
それから一カ月後。後遺症は残ったが授業に出られるほどには傷の回復したフレイリアは授業に出て、クラスメートにこれまでの態度を謝る。するとクラスメートは笑って彼女を許し、ようやく彼女に居場所ができた。
そして主席へと舞い戻ったフレイリアは今、風紀委員長兼生徒会長として学校をまとめている……。
◆
「まぁ、そんな話になるわ。だから私のこの傷は、私の愚かさの証ってわけ」
そう、フレイリアは締めくくった。
予想よりもはるかに波乱の多い話にフィレルは目を白黒させた。
「何て言うか……大変な人生を歩んできたんだね」
「ここまで波乱のある人生を、一生かかったって歩めないやつもいるのにな……壮絶な物語だ」
そう、ロアも感想を漏らした。
それでね、とフレイリアは続ける。
「エルクェーテは死者皇ライヴの勢力圏だから、卒業するまでお前がこの学校を、この町を守れって、そうユヴィオールは言い残した。だから私は頑張ってるの。私の愚かさに気付かせてくれたユヴィオールがいたからね」
だからこそ、と彼女は言った。
「明日の封印、絶対に成功させるわよ」
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.34 )
- 日時: 2019/07/30 10:01
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
やがて晩餐会が終わり、生徒たちはそれぞれに散っていった。
フレイリアはフィレルたちをある場所に案内した。
無駄に広い学校には寮もついている。寮は二人で一部屋らしく、フレイリアやシュウェンにもそれぞれルームメイトがいるようだ。
フィレル達は寮の空き部屋に案内され、フィラ・フィアだけが女子寮へ、残りの男子たち三人は男子寮へ行くことになり、その入口で二つに分かれた。
「私だって暇じゃないけれど、明日は大切な日だし、早めに寝るわ。あなたたちも夜更かししないでね。明日は朝七時に食堂集合よ、遅れないでね」
そう言って、フレイリアはフィラ・フィアと共に女子寮へと消えていった。
「僕とロアは一緒だねっ!」
フィレルがはしゃぐと、そうだな、とロアは頷いた。
「悪いがイルキスは……」
「ああ、わかっているさ。一人部屋もないことはないらしいし、僕はこれまでずっと一人旅だったからねぇ。大丈夫、気にしなくていいよ」
申し訳なさそうにしたロアに、イルキスは明るく笑い掛けた。
日はもう暮れて、時刻は遅い。もう寝る時間だ。
「じゃ、また明日」
「またね」
指定された部屋の前、それぞれに挨拶を交わして別れた。
「さぁって、僕はもう寝ちゃうよ、お休みぃっ!」
部屋の中身をよく見るまでもなく、二段ベッドを見つけたフィレルはその下の段に飛び込んでさっさと寝てしまった。ロアはそんなフィレルに呆れた目を向けながらもそっと布団を掛けてやり、二段ベッドの上の段におさまった。
寮の二人部屋はそこそこ広く、ざっと十畳くらいはあるだろうか。ロアの座る二段ベッドの上の方からは窓から月が見えた。それをぼんやり眺めていた、ロアの元へ。
謎の霧が、忍び寄った。
「……ッ、何だ?」
眠るフィレルを起こさぬよう、そう、鋭くロアは問うた。
霧、謎の霧、白い霧。それから思い出すのはいつかの霧の男。ロアの記憶を一方的に暴き、思い出してはならない何かを思い出させようとした存在。
今、ロアの目の前に揺蕩《たゆた》う月の光を反射してきらめいているそれは、あの霧の男と同じ匂いがした。
「君に思い出を返しに来たんだよ」
その霧は、そんな言葉を紡ぎだした。
次の瞬間、ロアの目の前に、白の、ボサボサの長髪、冷たく澄みきった印象を与える蜜色の瞳。白のローブを身に纏い、足には白のサンダルを履いた謎の男が現れた。男は宙に浮いていた。その男の姿を目にした途端、ロアの頭に激痛が走る。
「ぐ……ぅ……ッ!」
フィレルを起こさぬように極力声を抑えながらもロアは呻きを漏らした。頭の奥を抉るような激しい痛みが彼を襲う。
「貴様……何の、用だ……!」
「だから言ったじゃないか。僕を殺してくれないかって、ね」
何でもないことのように霧の男は、霧の神セインリエスは笑う。
「一気に返したら君が壊れるからねぇ。面倒だから少しずつだ。ほら、何か思い出しただろう?」
ロアの頭の奥で激痛がする。それは隠された記憶を強引に晒されてあげる痛みの声だ、苦しみの声だ。
そして痛みの中でロアがつかみ取ったのは——
「……憎し、み?」
それは神々に対する激しい憎悪だった。ロアは己の感情に戸惑う。確かに神々は地上を荒らしてはいるが、その魔の手がイグニシィン領に迫ったことはない。ロアもフィレルもファレルも、フィレルが誤ってフィラ・フィアを取り出すまでは神々とは無縁の存在だったのだ。だからこの記憶は、ロアがファレルに拾われる前の記憶だ。完全に失われた十年間。
「神々は……オレに、何をした?」
「さぁねぇ。自分で見つければ? ああ、少なくとも私は君の憎悪に関係していない。それだけは確かだ」
もやもやするだろう、と霧の男セインリエスは笑った。
「健気にフィレル君が頑張ったって無駄。君は記憶を取り戻すことを完全には拒否できない。だって、自分のことなのに自分でわかっていないことなんだもの、知りたいと思うのは当然さ」
その結果がどうであろうとも——と、霧の男は低く囁く。
と、二段ベッドの下のフィレルがロアの名を呼んだ。どうやら寝言らしいが、その声を聞いた霧の男の姿が薄れ始める。
「ふふふ、私はそろそろ帰るとするよ。次はいつ来ようかな? ああ、全ての神々を封じる前には君の記憶を完璧なものにしてあげよう、約束するさ」
その時は私を殺してね、と、蜜色の瞳に切実な光が宿った。
そして彼は姿を消した。霧のように、忽然と。
「待て!」
ロアは霧を掴もうとしたが、霧は彼の手をすり抜けて散ってしまった。勢い余ったロアはバランスを崩し、二段ベッドの上から落下する。激しい音と息の詰まるような衝撃。
「ロアぁ、どーしたのさぁ?」
その音にぼんやりと目を覚ましたフィレルが身を起こし、目をこすりながらも、無様に部屋の床に転がるロアを見て眠たげな声を投げた。ロアは何度か深呼吸して痛みと衝撃を身体の外に逃がすと、努めて冷静な声で
「……悪い夢を見たんだ。大丈夫だ、気にするな」
と言葉を投げ、何でもないことのように立ちあがって梯子を登り、二段ベッドの上へと戻った。
そっか、と眠たげなフィレルが答える。
「でも……ロア、いなくならないでねぇ」
お休み、良い夢を、と声がして、そのすぐ後に穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……いなくならないで、か」
ロアは小さく呟いた。
頭痛はいつしか止まっていた。どうやら記憶が返されるのと連動して激しい頭痛がするらしい。
「オレの記憶がすべて戻ってきた時、オレはフィレルの願う通りにいられるのか……?」
窓辺から差し込む月明かりだけを頼りに己の手を見た。それは紛れもないロアの手だったけれど、一瞬だけ、その手に懐かしい感触が蘇ってきた。そう、自分はかつて、この手で誰かを抱き締めていたのだ。その名は、ノア。ノアがロアにとってどのような関係にあった人物なのかは記憶が抜けているが、とても大切な存在だったことはわかる。ノアと過ごした明るく穏やかな記憶は先日、霧の男に返された。
しかし今、ノアはロアの近くにはいないようだ。戦乱によってロアは記憶を失い戦災孤児となったが、もしもノアと戦乱の中で別れてしまったのならば、そしてまだノアが生きているのならば。
ノアを探せば、記憶が戻るかもしれない。こんな霧の男になんか頼らずとも。
そう、ロアは思った。
「……さて、寝るか」
呟き布団を引っ被る。
明日の朝は、早い。
夜。ウァルファル魔道学院の寮で、イルキスはひとり月を眺める。
その青の瞳には、小さな不安が揺れていた。
「ぼくは今この旅を楽しんでいるけれど、今度こそ僕の『悪運』に、誰も巻き込まずにいられるかな……?」
ぎゅっと固く目を閉じた。閉じられた瞼の裏に浮かぶのは、嵐の海と揺れる船。そして耳の奥に蘇る、イルキスの名を呼ぶ悲痛な叫び。
イルキスは自分を守って死にかけた大切な人を守るため、自分の人生を運命の女神に売り払った。代わりに得たのがこの指運師の力だが、彼にはその代償として、常に『悪運』が付きまとうようになってしまった。そしてその『悪運』は他者をも巻き込むのだ。それを知っていたからイルキスは、彼の『悪運』で偶然出会った少女を失ったからイルキスは、それ以来極力他者に関わらず、自分の大切な人の元にも帰らないようにしていたのだが。
「……どうして、助けてしまったのかな」
風のように気紛れなイルキスだけれど、自分を縛る枷はあって。
自分と関わった他人は、彼の『悪運』に巻き込まれる可能性も高いのに。
それなのに今、もうすぐで死者皇ライヴを封じられる現場で伝説のフィラ・フィアの仲間として彼女の隣に立てることに、心躍らせる自分がいた。誰かを巻き込むのは嫌だけれど、それでも誰かの傍にいたいという二律背反。
「まぁ、考えていても仕方ないか。ぼくはみんなと一緒に行くんだ、『悪運』なんかに負けてやるものか」
決意を新たに布団にもぐる。
しかしその夜彼が夢に見たのは、あの少女を失った日の悪夢だった。
「明日は死者皇ライヴを封じる日……。わたし、しっかりやり遂げるんだから」
寮の一人部屋で、誰にともなくフィラ・フィアは呟いた。
「エルステッド……シルーク……ヴィンセント……レ・ラウィ……ユーリオにユレイオ! 見てるかしら? わたし、やり残した仕事を完遂させに行くのよ。みんなはもういないけれど、新しい頼れる仲間たちと一緒に!」
あれからもう三千年。見知った世界は遥か彼方に消え失せてしまったけれど。
いくら会いたい、と願っても、彼らはもうとうに骨となり朽ち果てているけれど。
彼らと過ごした思い出は、今も彼女の胸の中。忘れられない重い思い出として、残り続けている。
「今度こそ成功させるわ、今度こそ誰も死なせないわ」
それは彼女の強い決意。
失うのはもうこりごりなのだ。悲しみに心はすり減っても、失う痛みに慣れることはない。
「わたし、頑張るから……。見てて、そして応援していて」
願った時、彼女の視界の端に純白の蝶の群れが映ったのは、彼女の想いの見せた幻影なのだろうか——。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.35 )
- 日時: 2019/08/01 12:37
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
ロアに叩き起こされて、フィレルは食堂に向かう。
食堂にはもう全員がついていた。が、イルキスだけが少し疲れているような眼をしていた。
それに気が付いて、
「イルキス、大丈夫ぅ?」
フィレルが問えば。
イルキスは苦笑いを返した。
「……嫌な夢を見たんだ、それだけさ」
そしてそのまま黙り込んでしまった。
一瞬暗くなった雰囲気。それを打破せんとフレイリアが声をあげる。
「暗い話はおいておくわよ! 死者皇ライヴの封印だけれど——みんな、準備はいいかしら?」
フィラ・フィアの言葉に頷く一同。
じゃあ行くわよとフィラ・フィアは言った。
◇
死者皇ライヴの神殿にたどり着く。それは白っぽい石で出来た、明るい雰囲気の神殿だった。ところどころに植物や動物を模した装飾があるその神殿は、死者皇のイメージにそぐわない。ただ、ところどころに朽ちた骨や動物の死骸があったが、それも生命力あふれる装飾の前では、生物の一形態にしか見えず、死の雰囲気は感じられない。
フィレルは首をかしげる。
「死者の王様って聞いたからさぁ、もっと暗くって怖いイメージがあったんだけど、この神殿は明るい雰囲気なんだね」
そうよ、とフィラ・フィアは頷いた。
「ライヴは最初から死者皇だったわけじゃないもの。彼は元は生命の神様だったのよ。だからこんな装飾が」
と、不意に声が聞こえた。それは感情を感じさせない声だったが、どこか少年のもののようにも聞こえた。
『——ようこそ僕の王国へ。他国へ侵略を試みる王を討ちにきたの? でも簡単にはさせないよ。そして王に無断で国境侵犯をし、王の命を狙おうとするのならば王の忠実なる部下たちがそれを許すはずがない』
その声と同時、そこらに落ちていた骨や動物の死骸が突如、生命を得たかのように動き出す。
少年の声が——死者皇ライヴの声が、どこからともなく聞こえてくる。
『王を討ちたければ、王宮の最奥部を目指せ。そこで王は待っているが——まず、王の部下を無事に倒し切れるかな。さて、王国の民よ、侵犯者を追い払え、殺しても構わない!』
動きだした死者たちが、フィラ・フィアたちの方を向いた。融けかかった眼窩に、虚ろな骨の奥の空間に、白く濁った眼の奥に、赤い光が灯る。
「来る——!」
フレイリアは杖を構えた。他の皆もそれぞれに武器を取る。
神殿のこのエリアは一本道だ。どうやらこの死者たちを倒さないと先に進めないらしい。数はざっと四、五体程度。小手調べとして送り出した先鋭のようなものらしい。
「行くぞッ!」
ロアが剣を抜き放ち、高速で骸骨の首をぶった切る。骸骨の頭と首が見事に分離された。骨を断つなんてことしたらロアの方も剣も無事では済まないはずだが、何故か彼は涼しそうな顔。彼は余裕の表情で宣言する。
「一体目」
そんなロアの雄姿に鼓舞されて、イシディアが炎の魔法を放つ。イシディアが掲げたトネリコの杖の先、強大な魔力の炎が灯る。イシディアは口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「風紀破りの風紀委員イシディア様参上! 死者だかなんだか知らねぇが、いい加減堪忍袋の緒が切れたぜぇ! さっさと燃えて成仏しなッ!」
イシディアが杖を死者たちに向けると、杖の先にともった炎が空高く舞い、急速で落下して着弾、派手な大爆発を引き起こした。爆風で死者たちの身体がはじけ飛ぶ。巻き込まれそうになったロアは持ち前の瞬発力で間一髪、、何とか爆風から身をかわしたが、味方まで巻き込むつもりかと文句を言った。
イシディアは頭を掻いた。
「悪い悪い、調子に乗っちゃったかもなぁオレ様? いやいやそんなに怒るなって。オレ様のお陰でさっきの雑魚は一掃よ? ホントに小手調べだったみてーだな、さっさと先に進もうぜ?」
爆炎が晴れた先、動いている死者は一体たりとも存在してはいなかった。
その強さに呆然としているフィレルの肩を、イシディアが気さくに叩く。
「オレ様、強いだろ芸術家の坊っちゃん? だからよ、先の露払いはぜぇーんぶオレ様に任せてくれよなっ!」
イシディアの切り開いた道を一行は進む。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.36 )
- 日時: 2019/08/03 10:50
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
進めば進むほど増えていく死者の群れ。倒しても倒してもキリがない。
ロアは剣で骸骨の骨を叩き斬るが、首を切断されない限り、骸骨は他のどこを切られても動く。そりゃあ痛覚がないからねぇとイルキスは苦い顔。イルキス程度の風の刃では骸骨の骨を断つのは難しく、彼はもっぱら補助に回っていた。
「私も……これを切るのは、至難の業よ」
額から軽く汗を流しながらもフレイリアが言った。彼女ほどの使い手となれば風の刃でも骨を断つことはできるが、それには随分な力を消耗する。
「ライヴ本人と戦う時まで力は温存しておきたいところ……。でもっ、来るならやるしかないわよね」
そんな彼女に、「大丈夫です」とかかる声。
シュウェンが掲げた杖の先をフレイリアに向けていた。杖の先端に緑の光が灯り、それがフレイリアを包み込んだ。すると彼女の乱れていた呼吸が通常に戻り、その顔も少し楽になった。シュウェンの持つ癒しの力である。
「助かるわ、シュウ!」
「当然ですよ」
フレイリアの言葉に力強く返すシュウェン。
「僕は完全なる補助役です、攻撃役がいなければ一人では何もできない力しか持っていないんです。だから、だからこそ! 代わりに戦ってくれている前衛の為にも役に立たないとって思うんです」
「それは頼もしいわ」
フレイリアはにっこりと微笑んだ。
ロアは剣で相手をぶった切り、イシディアは炎魔法で死者たちを燃やす。イルキスは風魔法を巧みに操って味方の補助や敵の妨害を行い、フレイリアは風の刃で攻撃をする。フィラ・フィアは決戦の時まで力を温存するために、今回はあえて動いていない。守られてばっかりの自分が嫌だなどと彼女は言っているが背に腹は代えられない。
そんな一方、フィレルは……。
「来るな来るな来るなぁーっ!」
絵心師の力で絵から取り出した松明を振り回し、それで死者たちを撃退していた。死者は火に弱い、それがわかっているので彼なりに対応しているつもりだろう。少しくらいは役に立っている。
そうやって少しずつ進んでいったら。
空気の違う場所に出た。
長い廊下はいつの間に終わったのだろうか。目の前に広がるのは大きな部屋。その部屋の中央には玉座のようなものがあり、その上には赤い布地で裏打ちされた、黒のマントを羽織った少年がいた。金の髪、金の瞳。しかしその黄金の瞳の奥には妖しく光る深紅の輝き。彼こそ、死者皇ライヴなのだろう。
『よく来たね。何だ、もう僕の民を倒したのか。そっちが強いのか僕の民が全然大したことがなかったのか……』
どっちにしろ関係ないか、と彼は薄く笑う。
『僕は僕の王国を侵犯する存在を許さない。そして全ての民が死んだとしても王として抗い続けよう。侵犯者よ、見るが良い。——これが僕の王国だ』
言って彼はその手を振った。するとどこからか現れたのは——
「ヴェイル!? それにリッカにエレン!」
「……死んだんじゃ、なかったの」
「生きてたのかよお前ら!?」
フレイリアが悲鳴のような声を上げ、シュウェンが呆然と呟き、イシディアが驚き叫ぶ。
身体を縄で縛られて動けなくされ、骸骨によって連行されてきた三人は、ウァルファル魔道学院の服を着ていた。一人は灰色の髪に青い瞳の、物憂げな少年。一人は茶色のふわふわのショートボブに鮮やかな緑の瞳の少女。一人は金のセミロングヘアに紫の瞳のおとなしそうな少女。
「……三人は、ライヴを討伐しに行ったんだ。でもずっと帰ってこなかったからてっきり死んだものかと……」
シュウェンがそう、解説した。
死んだはずの仲間たちが生かされて、今、決戦の場で改めて呼び出される。
ライヴは何故三人を殺さなかったのか。
フィレルの脳裏に、昔ロアから意地悪で聞かされた、恐ろしい物語が浮かんだ。
そして気づく。何もわからない、知らない、頭がお花畑なフィレル。でもその頭の中には常にファレルからロアから聞かされた様々な物語があったから、物語を頼りに導きだした、導きだせた答え。
『懐かしの友と出会えて嬉しいだろう』
感情のないライヴの声。
これから起きることに気がついて、フィレルは最悪の未来を回避するためにスケッチブックに絵を描いていた。
「やめてえぇぇぇーっ!」
描いたのは、たった一つ。
相手の動きを止めるもの。
相手の動きさえ止めれば、その危機は回避できる。
生者も死者も火を厭う。生者は本能的に、死者だって火を近づければ燃えるから。それは生死に関わる神、死者皇ライヴだって同じこと。彼だって火を嫌うはず。
「止まれっ!」
フィレルは絵を描いた紙を紙飛行機の形にして、死者皇ライヴに向けて放った。そこから生まれたのは幻影破りの火炎。いつしかイルキスの幻影を破った時のような、水を蒸発させる、力の炎。
しかし。
『思考する暇なんてどこにもなかったのに』
相手の方が、一瞬だけ早かったのだ。
- Re: 魂込めのフィレル ( No.37 )
- 日時: 2019/08/05 11:47
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
骸骨が、縛った大人しそうな少女をぶん投げた。少女は紙飛行機に衝突し、生まれた炎に、悲鳴を上げながらも包まれる。そしてその隙にライヴが手で指示を出すと、
残りの少年少女の頭が、骸骨の腕で砕かれた。
悲鳴、そして飛び散った脳漿ともう頭の形をしていない歪《いびつ》な頭部。辛うじて見える虚ろな目玉が、その人がかつてその人だったことを感じさせてさらに不気味だ。その場は一瞬にして地獄と化した。思わず目を覆いたくなるような、目も当てられぬ深紅の光景。
フィレルは知っていた、物語の法則として知っていた。
——「一度死んだと思われた仲間が何らかの形で生かされ、その後に囚われた状態で再会する時。大抵の場合は殺され、助けに来た仲間に絶望を与えるためだけの道具となる」ということを。
そうさせないためにも呼び出したのに、全ては無駄だった。
悲痛な叫びが神殿を震わせ、その叫びを聞いて死者皇は笑う。
『さぁ、新たな僕の民だよ、動け』
そして頭を砕かれて死んだはずの二人が動き出す。燃え上がった少女もまた、燃えながらも動き出す。
そう、今まさに彼らを救わんとしていた、フィレルらの方へ。
フレイリアがへたり込んだ。あの強かったフレイリアが。
皆、状況が見えてきたのだ。皆、少しずつ分かってきたのだ。死者皇ライヴが三人を生かし、最終的に何をやりたかったのか。
彼はみんなの目の前で三人を殺し、その上死んだ三人に強引に生命の力を与え、自分の国民とした上で侵犯者に歯向かわせる心づもりだったのだ。そのために生かした、そのために殺さなかった。——侵犯者の心を、折るために。
『侵犯者に裏切り者が現れた。しかし裏切り者はよく知る顔だ。さてどうする? 王はただ命じるだけ、自分からは何も動かない』
「貴様ァッ!」
激怒したフレイリアが荒れ狂う風を身に纏い、爆発させた。衝撃波となった風がライヴを襲う。それを予期したのか、死者皇はすっと玉座の陰に引っ込んだ。
フレイリアは本気で怒っていた。
「死んだと——あの人たちは死んだと! 思ってたんだ、思ってたのよ! なのに生きていると希望を抱かせてその上で希望を叩き折るとか! 命を弄ぶのも大概にしなさいよねぇあなたッ!」
『命をあげるだけじゃつまらないから。奪ったり弄んだりしたっていいじゃないか。だって僕はこの王国の王様だもの』
対する返事は何処までも淡々と。フレイリアの叫びに堪える様子もないようだ。
そもそもこの神に良心の呵責なんて、そんなものなど存在しないのかも知れない。
そんな様をきゅっと唇を引き結んで見詰めながらも、慎重に舞い始めるフィラ・フィア。フレイリアとライヴが対立している内に封印を済ませるつもりだろうか。それに気が付き、ロアがそっと彼女を守るように寄り添った。イルキスは複雑な表情で神と人間との対話を見詰め、イシディアとシュウェンはまだ動揺から立ち直れてはいない。
そんな周囲に気を使う余裕なんてなく、フレイリアはただ自分の思いのたけを吐きだした。
「王様だからって好き勝手するなんてこの私が許さないッ! 許されたいなんて思ってない、ってあんたが言ったって私の気持ちは別物だッ! 私はねぇ、学院を、託されたのよ。だからこれまでずっとずっと守ってきた。でもその結果がこれなの、仲間のこんな無残な死なの!? だから私は守り切れなかった自分を許せないし、命を命と思っていないあんたを許さない。生命の神? どこが! 生命の名が聞いて呆れるわ!」
ユヴィオールに託された学院。彼との出会いと別れによって変わった自分。
フレイリアの心には強い使命感があったのに、強引な手段で大切な仲間を奪われた。
彼女の語った物語を、フィレルは思い出していた。
動きだす死者たち。それは顔を半分崩壊させてはいたが、紛れもなくその顔はフレイリアの仲間のもの。死んだ仲間をもう一度殺すなんて非道、行うのは辛すぎる。しかしこのままではこの仲間の顔をしたゾンビに殺されてしまうから、それだけは決して望まぬ結末だから。
「何、呆けているのみんな。今目の前にいるのはもう、ヴァイルでもリッカでもエレンでもないわ、みんなの顔をかぶったゾンビよ。ならば彼らを恐れる必要なんてどこにある? みんなは死んだのよ、ええ。帰らなかったあの日から!」
立ち上がりなさいと彼女は鼓舞する。
その後ろで着々と作られていく虹色の鎖。
しゃん、澄み渡った錫杖の音が狂った理性を正していく。
それに気がついた死者皇が、フィラ・フィアと彼女を守るように立つロアに金色の目を向けた。
『……不意を打って王を封じようとしたのかな封神の姫? だがそう簡単に行くと思うのは間違いだ、身をもって知るといいよ』
刹那、死者皇が、動いた。赤い裏地の黒いマントが翻る。
死者皇ライヴは生命の神。彼は死者を使役するが、その手で触れれば生者から生命力を抜き取り死者にすることもできる。その彼が、直接動いた。その意味。
『もう二度と蘇れないように、その命、食らってあげる』
高速で迫ったライヴの手。それを防ごうとロアが剣を構えるが——。
「ロア、死んじゃうよッ!」
フィレルの悲鳴。死者皇ライヴがにやりと笑った。彼のターゲットはロアに移った。ロアさえ倒せばフィラ・フィアは無防備だ、それをわかっているから。それでもロアはその場を動かないだろう。動いたら全てが終わる、それをよくわかっているから。
『邪魔をする者は全て死ぬ。王国の律法からは誰も逃れられないよ』
ライヴの手とロアの剣がぶつかった。直接触られてはいないが、ロアの表情が苦痛に歪む。破滅の未来を回避しようとイルキスとフレイリアが風を送るが死者皇はびくともせず、イシディアが炎を送ろうものならばライヴの使者たちが自ら犠牲になって食い止める。
やがて。
「く……ッ!」
ライヴの手によって弾かれた剣。銀の軌跡が宙を舞う。フィレルの悲鳴。ライヴはその口元を歪め、ロアの心臓に手を押しつけようとした、
刹那。
「——させないよッ!」
死の覚悟を秘めた声が、した。
ライヴの動きが止まる、否、強引に止められる。
イシディアが驚愕の叫びを上げた。
「シュウッ! お前——!」
- Re: 魂込めのフィレル ( No.38 )
- 日時: 2019/08/07 11:45
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
シュウェンは、叫んだ。
「死んだって構わないさ! 僕の命を以てこの悪夢を終わらせられるのならば! 犠牲がなければクリアできない難題ならば、僕が! その犠牲になってやる! 僕しかいないんだ、大地使いの僕しかいないんだからッ!」
僕が死んだら医務室にはレーニャを置いてよねと彼は笑う。
そのはしばみ色の瞳の意志は、揺らがない。
死者皇ライヴがそんな彼を見て、凄絶な笑みを浮かべた。
『へぇ、邪魔するんだ、この期に及んで! ならば望み通り君には死をプレゼントしよう。そして僕の部下として使ってあげる!』
「やめろォォォォォォオオオオオオッ!!」
「シュウッ!!」
イシディアの叫びとフレイリアの悲痛な声。
ライヴに絡みついていた蔦が端から白化していき崩れ落ち、しがみついていたシュウェンに迫る猛烈な死の嵐。
シュウェンは口の動きだけでこう言った。
——『後を、託すよ』
そして次の瞬間、それはシュウェンに届いた。シュウェンの肉体が瞬く間に老いて老人のものとなり干からびて朽ちて骨になって骨さえも朽ちて、
ついには何も残らなかった。
そこにはつい先程まで、優しくやや内気な少年が、いたのに。
彼の身に纏っていた魔道学院の制服が、主を失ってはらりと落ちた。
その瞬間、完成した封神の魔法陣と虹色の鎖。フィラ・フィアは鬼の形相を浮かべながらも勝利を宣言する。
「シュウェンの死は無駄にはしないわ! 封じられよ、死者皇ライヴッ!」
虹色の鎖が回転し、忌まわしき死者の王を縛る。ライヴはそれでも笑っていた。それは最悪の笑顔だった。
何かが割れるような音がする。死者皇ライヴは禍々しい深紅の宝石となった。もう二度と悪さはしない、王国の主は封じられた、それはわかってはいるけれど——。
イシディアはよろよろと、つい先程までシュウェンが身に纏っていた魔道学院の制服を手に取った。それはまだ温かくて、ほんの少し前まではそこに、確かに命があったんだと実感させる。
「シュウ……お前、無茶しやがっ、て……!」
イシディアはシュウェンの服に顔をうずめ、声を上げて慟哭した。悲痛な長い叫びが神殿を震わせ、悲しみで全てを覆い隠していく。話しぶりからイシディアとシュウェンは一番の親友だったのだろう。だからシュウェンを死なせないためにイシディアがついて行ったのに……結局、シュウェンは死んでしまった。イシディアの嘆きは深いだろう。
フレイリアの瞳にも涙があった。しかし彼女は大きく首を振ると、強い瞳で前を向き、両の足を踏ん張った。踏ん張らなければくずおれてしまいそうだった。彼女の身体は大きく震えていた。
ぽつり、その口から呟くように発された言葉。
「死ぬ可能性は考慮してる、そうは言ったけど……言った、けど……!」
死者皇ライヴの封印により、生ける死体にされていた三人の仲間もただの死体に戻っている。この惨状では遺体を学校に運ぶことなど到底不可能だろうし、ゾンビとして操られていたなどと、彼らの家族や友人に報告できるわけがない。
「……燃やして」
ぽつり、彼女は言った。
「シュウの服は持って帰るわ。でもそれ以外は……燃やして、しまいましょう。それが私たちに出来る供養だから。このままにして帰ったら、みんなあまりに可哀想だから」
できる? と彼女がフィレルを見ると、フィレルは真剣な瞳でうんと頷いた。
スケッチブックに絵を描く、思いを込めて絵を描く。フィレルの腕は震えていて、描かれつつある炎の絵が、何度もブレる。
「……僕、さ。誰かが死んだのを見るのは、初めて。死ぬってこんなに悲しいことなんだね。僕、この光景、一生忘れないよ。こんなに悲しい光景、忘れられないよ……」
神妙な顔でフィレルは言った。
その言葉に反応し、ロアが妙な呟きをした。
「……死ぬ、か。誰かを失う、か」
「ロア、どうしたの? また“過去”のこと?」
考え込むロアに、炎を描きながらもフィレルが問うた。スケッチブックの上には繊細な作りの美しい炎が描かれつつある。
ロアは両手で頭を抱えた。その瞳が少しずつ狂気にも似た何かに食われつつある。
「失う……大切なもの……永遠の喪失……嘆き……怒り、憎しみ!」
ロアは目を大きく見開いた。気がついてはならないものに気がついたような顔だった。
ロアの瞳は、横たわるヴェイル、リッカ、エレンを見ていた。三人の、頭を潰された無残な死に様がロアの記憶の中の誰かと重なり、それが激しく共鳴し合う。フラッシュバック。最悪の記憶がロアの中で蘇り——
「ノア……!」
「——ロア、目を覚ませぇっ!」
描き途中の絵もそのまま放りだし、フィレルはそのか弱い腕で、精一杯ロアの頬を殴った。それでもロアの瞳の狂気は変わらない。途方に暮れかけた時、不意に感じたのは湿ったにおい。そして、声。
「……やれやれ。手間が掛かるねまったく」
- Re: 魂込めのフィレル ( No.39 )
- 日時: 2019/08/09 10:27
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
声と同時、ロアの瞳が虚ろになる。
そこにはいつぞやの霧の男が立っていた。
「何しに来たの霧の神様。永遠の孤独が辛いなら、わたしが封じてあげるわよ?」
フィラ・フィアが敵意を剥き出して相手を睨んだ。そう怒らないでくれと、降参するようにセインリエスは両手を挙げた。
「封じるだけじゃあ足りないんだよ。私は死にたいんだ、封印が解けた時、また孤独を味わいたくないんだわかるかい? それに今回は記憶を返すのではなく、再び封印しに来ただけだから。“あの記憶”を今ここで戻させるわけにはいかないんだ。物事には順序ってものがあるからね」
今回だけは味方だよと、彼は底の知れない笑みを浮かべる。
「ああ、でも私が少し記憶を返しただけで、封印が結構緩くなっちゃった、ってことなのかな?
君たちに忠告だ。もしもこのままずっと幸せでいたいなら、ロアに無残な死体を見せるな。特に彼よりも幼い少年少女の死体は厳禁だ。最悪の記憶がフラッシュバックして、ロア自身が壊れるからね」
「……ロアは、さ」
フィレルが真摯な瞳を相手に向ける。
「過去に、さ。一体何があったの。どうして記憶を封じられなければならないの」
「心が壊れるほどの悲惨な出来事が」
霧の男セインリエスは、読めない表情を浮かべてそう言った。
「だから私はチャンスをあげたんだ。ロアがもう一度、幸せな人生を送れるように。でも……壊して、みたくなったのさ。ロアは今、実力の半分も出せてはいないんだよ絵心師さん。そのロアが本気を出したらきっと——私を殺してくれると、そう思ってね。だから一度壊れたのを直してまた壊し、最初に壊れたのよりもさらにひどい壊れ方をさせる。でもゼウデラが邪魔なんだよ、あの戦神が」
だからさっさとアイツを封じておくれよね、と。言うだけ言ってその姿が薄れていく。
「待ちなさい! わたしたちをさんざんかき回した挙げ句に逃げ帰るなんて許さない!」
叫び、フィラ・フィアは彼を追おうとしたけれどその手がつかんだのは湿った空気のみ。
フィレルはロアを見た。ロアの表情は虚ろで、いつもの格好よさや頼れる強さは欠片もなかった。
霧の神は記憶に霧を侵入させ、それで記憶を覆い隠すという。ロアがされたのはそういうことなのだろう。そして迂闊に正気にさせたらロアがロアでなくなるから。
フィレルは投げ捨てたスケッチブックを広い、描きかけの炎の絵を完成させた。
そして。
「イシディア、三人は火葬にするから、シュウを連れてちょっと離れて」
そう指示を出し、イシディアが三人から離れたのを確認すると、スケッチブックのページを破り、破ったページで紙飛行機を作って飛ばす。その直前、炎の絵に触れたフィレルの手が、明るい緑色に輝いた。
紙飛行機は飛んで行き、ゾンビ状態から解放された三人の上に柔らかに着地、ぱっと燃え上がり鮮やかな火の粉を散らす。
死者皇ライヴの玉座の間に上がる炎。それは場所も相まって、荘厳なほどに美しかった。
命が、燃えていく。フレイリアたちの仲間だった三人の、命が。
その炎はただどこまでも清らかで美しく、見ている者に涙さえ流させるほどだった。
「これで、ヴェイルもリッカもエレンも、安心して冥界に行けるわ……」
フレイリアの呟きは、炎が爆ぜる音にまぎれていく。
戦いは激しかったが、その後に燃え上がる炎はひどく穏やかなものだった。その優しい揺らぎが、高ぶった皆の心を鎮めていく。イシディアの慟哭はいつしか嗚咽に変わり、主なき衣が彼の涙で湿っていった。
こうして第三の封印は、終わる。
「誰かを失うっていうのは、本当に、何度味わったって慣れないよねぇ……」
イルキスが、神殿の天井を仰いでいた。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.40 )
- 日時: 2019/08/11 08:01
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
炎の前でフィレルらはしばしたたずんだ後、ロアを起こして学校に帰った。
正気に戻ったロアはそれまでのことを全く覚えてはおらず不思議そうな顔をしていたが、それはいつものロアだった。ただ、ぼんやりしている時間が多く、フィレルはロアが遠くに言ってしまいそうな気がして怖くて、黒衣にずっと寄り添い続けた。いつものロアならば「くっつくな、鬱陶しい」とフィレルを追い払うはずなのに、来ないのロアはただぼんやりとしているだけで、そんな動作を見せはしなかった。それがフィレルをより不安にさせた。
「ロア……。ロアはイグニシィンの一員だよ。どこにも行かないでよぅ?」
「…………」
「ロアぁ?」
「……! っと、悪い。ああ、どこにも行かないさ。オレはイグニシィンの一員だからな」
「…………」
そんな会話を続けつつ、魔道学院に戻る。
沈痛な表情をした一同を見、皆、何か悲しいことがあったと悟ったようだ。シュウェンの制服を強く抱きしめたままのイシディアを見、その肩を励ますように無言で叩いてくる制服姿もちらほら。フレイリアは何も言わないままで大広間に向かい、「皆を集めて」とだけ近くの生徒に指示を出し、広間にあった椅子の一つに、力なく座り込んだ。促され、フィレルらも彼女の近くの椅子にそれぞれ腰かける。
やがて一同が大広間に集まると、彼女は椅子の背につかまりながらも立ち上がり、疲れたような声音で言った。
「死者皇ライヴは封じられたわ。これ以上被害が出ることはないから安心していい。彼女は本物のフィラ・フィアだった、それは間違いないの。でも……」
彼女はシュウェンの服を抱き締めるイシディアに、片目だけになった視線を送った。
「シュウが、死んだわ。フィラ・フィアを守って。犠牲が出るのは覚悟の内だったけれど、犠牲なんて出すつもりは端からなかった。それでもシュウは死んでしまったの」
広間に悲しみの空気が漂い出す。
「シュウはいい子だった、誰にも愛される子だったわ。だから悲しいならば泣けばいい。でも!」
フレイリアはきっと前を見据えた。残された翡翠色の右目が強い輝きを宿す。
「悲しみに心を停滞させてはいけない、それを忘れないで! シュウは死んじゃったけれど、私たちは生きてるの、今現在、確かに生きてるの! だからしゃんとしなさいウァルファルの未来ある学生たち! この学院を卒業するその日まで、ユヴィオールの残した思いを忘れるなッ!」
これで話は終わりよと彼女は言った。
「今日は悲しんでいい日にする。でも明日以降も悲しみを引きずっていいのはイシディアだけ。ライヴの遺した傷跡に、みんな惑わされてはいけない。それじゃああの死者皇の思うつぼよ、忘れないで」
では、解散。
そう言って、彼女は席を立ってどこかに行ってしまった。
「……俺、部屋に帰るわ」
そう言って、イシディアは大広間から退散した。誰もその背を追わなかった。一番の大親友を失った彼は、時が悲しみを忘れさせるその日まで、ずっと停滞したままなのだろうか。
「……僕も、戻るよ。少し考えることがあるんだ」
そう言ってイルキスがいなくなると、皆も三々五々に散っていって、気が付いたら大広間に残っていたのはフィレルたちだけだった。
フィレルにとっては初めて見た死であり、ロアにとってはどこかで見た死であり、フィラ・フィアにとっては何度も見た死である。死へのそれぞれのとらえ方は全く異なっているが、心に渦巻く暗い気持ちは、変わらない。
「あーあー!」
唐突にフィレルが叫びだし、スケッチブックを机に広げて猛烈な速さで何かを描き出す。それは花だったり歌っている鳥だったり豊かな森だったりと、心穏やかになる自然の風景。
「描かなくっちゃやってられないよまったくもうっ!」
フィレルの手はスケッチブックの上を何度も行き来していた。そうやって、わだかまった気持ちを何とかしようとでも言うかのように。
皆、黙ったままだった。何も言わなかった、何も言えなかった。
今回の死者皇ライヴの封印に関する一連の出来事は、一行の間に重い影を落としたのだった。
◇
明けぬ夜はない、昇らぬ朝日はない。
翌朝、フィレルらはウァルファル魔道学校の一同にお暇をし、次なる目的地へ進むために動き出した。
フレイリアはフィレルたちを見送りに来たが、イシディアは部屋にこもったまま出てこず、「放っておいてくれ」と言うだけであるという話だ。一番の大親友を失ったのだ、そうなるのも止むなしであろう。
フィラ・フィアはフレイリアに頭を下げた。
「あの……本当にありがとう。あなたたちがいなかったらわたしはライヴを封印できなかったし、きっときっと死んでいたわ。だからとっても感謝しているの。それに……シュウを、死なせちゃってごめんなさい」
謝る必要なんてないわ、とフレイリアは首を振る。
「シュウは未来を託して死んだの。あなたがライヴを封じてくれなかったら、私たちは全滅してた。気高き犠牲なのよ、だから謝らないで」
ごめんなさいとフィラ・フィアは言った。フレイリアはそんな彼女を複雑な顔で見ていた。
そうだ、とフィレルがフレイリアに声を掛け、手に持ったあるものを渡す。
「これ、イシディアに渡して。僕も何か出来ないかなって思って……自分の得意なことで何か出来ないかなって考えて……描いたの。悲しみは、そう簡単には治らないと思う。でも少しでも元気になれるようにって」
フィレルが渡したそれは、シュウェンの似顔絵だった。気弱に見えてしっかりものだった癒し手、シュウェン。絵の中の彼は満面の笑みを浮かべていた。その周囲では花が咲いていた。
その絵を見た途端、フレイリアの残された翡翠の右目から大粒の涙がこぼれ出す。それはいくら目をしばたたいても止まらなくて、彼女の制服を湿った色で染め上げた。
「シュウ……笑ってる、ね」
「うん、笑ってる」
「花が……咲いて、いるわ」
「大地の魔導士なんでしょ? だからさ……似合うと、思って」
フレイリアは制服の袖で涙を乱暴に拭い、震える手でその絵の描かれたスケッチブックの一ページを受け取った。
「絶対に、イシディアに渡すわ。この笑顔を見たらきっと、彼も泣くと思うけど……」
もう二度と、その笑顔を見ることはない。もう二度と、その声を聞くことはない。
これが、喪失の重み。もう、二度と——。
ありがとうとフレイリアは言った。
「素晴らしいものをどうもありがとう、フィレル。あなた、立派な画家になれるわ……」
「えへへ……嬉しいんだよーっ!」
無邪気さが影をひそめた瞳で、フィレルは無理に笑った。
誰かの死を越えて、喪失というものを知って、彼はまた一つ大人になる。
もう旅を始めたころみたいに完全に無邪気には戻れない。フィレルは深淵の一部を知ってしまった。
それでも根っこは明るいから、立ち直るのは一番早いはずだ。フィレルは山火事で焼けた山に芽吹く、青々とした力強い新芽なのだ、荒れた大地でも元気よく伸びる若葉なのだ。そう簡単にはへこたれない。
「じゃ、行こうよ?」
笑って、皆を先導して学校を出る。町の外壁付近にたどり着き、門番に頼み込んで外へと。
エルクェーテの町の外には青々とした木々が。そうか、今は夏なんだと実感、深呼吸して蒸し暑い空気を胸一杯に吸い込んだ。
「じゃあ、行こう。残った神様はだぁれ? まだやることはたくさんあるんだよねぇ?」
フィレルの言葉に、ええ、と魂が抜けたような顔でフィラ・フィアは頷き、緩慢な動作で指折り数え始める。
「無邪気なる天空の破壊神シェルファークでしょ……運命を弄ぶ者フォルトゥーンでしょ……最悪の記憶の遊戯者フラックでしょ……生死の境を暴く闇アークロアでしょ……争乱の鷲ゼウデラでしょ……まだこんなに、たくさん」
疲れたわ、と溜め息をつく。それでも必死で何かを考えているようで。
「ここが死者皇ライヴの神殿なら……一番近いのは」
彼女は一つの名を告げる。
「最悪の記憶の遊戯者、フラック」
フィレルたちはまだ知らない。次の戦いで、驚愕の真実が明らかにされることを。
終わりへの歯車は、回り始めたばっかりだ。
【第四章 完】