複雑・ファジー小説
- Re: 魂込めのフィレル ( No.41 )
- 日時: 2019/08/13 10:11
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
【間章 英雄の墓場】
死者皇ライヴの次は、最悪の記憶の遊戯者フラックだ。エルクェーテ南方にトレアーという町があるらしく、フラックはそこにいるらしい。
「フラックってどんな神様なの」
フィレルが問うと、
「最も危険な神様と言ったって過言ではないわ」
とフィラ・フィアが答えた。
彼女は道を歩きながら、複雑な表情をして語りだす。
「フラックは対象のトラウマを、封じた最悪の記憶を強引に思い出させるの。直接攻撃はできるけれどあまりうまくないし滅多にしないわ。彼が得意なのは精神攻撃。精神攻撃は厄介よ。これまでも何人もの人間が、溢れ返る最悪の記憶に狂わされて壊れていった。トラウマというのは心の傷、時間を掛けて忘れていかなくてはならないものなのに……彼はその傷を一気に押し広げて、心そのものを崩壊させてしまうの」
物理攻撃相手ならばある程度は対処のしようがあるけれど、精神攻撃相手ではそうはいかないものねと彼女は言う。
「なら、フィレルの活躍に期待だな。お前にトラウマの記憶なんてないだろう」
ロアが言えば、うん、そうだよとフィレルは頷く。
シュウェンの死は確かにショックだったかもしれないが、トラウマと呼ぶレベルにはなってはいない。対し、フィラ・フィアは大切な仲間を失った経験があるし、イルキスも何やら暗い過去がありそうである。それに、ロアは……。
フィレルはロアをちらりと見た。本人は“あのこと”を忘却しているらしいが油断はできない。無残な死体を目撃し、解き放たれようとした最悪の記憶。それはきっとロアを狂わせるものだから。
旅に出て、ロアは変わった。封じられた記憶が戻りつつある、強引に戻されつつある。そしてそれが良い結果を生まないであろうことは何となくわかる。壊れかけたロアを見て、そう、フィレルは強く思ったのだ。
「何だよフィレル。どうかしたか?」
無意識にロアのマントの裾にしがみついていたフィレルに、訝しがるような声を投げるロア。それに気づき、何でもないよとフィレルは離れる。
ロアは優しい瞳でフィレルを見た。
「だから大丈夫だって言っているだろ。フラックは物理攻撃には弱いんだな? ならばこっそり神殿に忍び込んで物理攻撃を仕掛けてしまえばいい話。確かに過去の記憶は気になるが、旅がすべて終わった後で記憶のかけらを探したっていい。オレはいなくならないから安心しろ、フィレル」
「うん……」
それでも、くっついていないと本当にどこかに行ってしまいそうな気がして、怖くなってフィレルは離れようとはしなかった。そんなフィレルに呆れた顔をし、ロアは一旦フィレルを強引に引き離すと、その漆黒のマントでフィレルを包み込んでやった。
「ほらな、こうすれば安心だろう。まったくお前は……十五にもなって、子供なんだから」
いつものフィレルならばえへへと笑って返すのだろうが、今のフィレルは無言でしがみついているだけだった。
イルキスがぽつりと呟く。
「最悪の記憶の遊戯者かぁ……。ぼくが壊れたら見捨てていいよ? ぼくはさ、ぼくの力の代償による『不幸』で、初恋の人を失っちゃったんだし……きっと現れるならそれが現れるだろうし」
それぞれ傷を抱えて生きる。
フィラ・フィアは両手を合わせて、何かに祈るような仕草をしていた。
◇
- Re: 魂込めのフィレル ( No.42 )
- 日時: 2019/08/19 15:54
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
※間違えて一部の話を飛ばして投稿してしまったのでそれらを一旦削除の上、正しい順番で再投稿です。ご迷惑をおかけしました。
◇
トレアーの町へ向かう先、ふっとイルキスが足を止める。
どうしたの、とフィレルが問えば。イルキスはしばらく考えた後、何でもないと首を振る。
「この道の先……トレアーの町以外にも、その前にもひとつ、あるんだけど……。辿り着けばわかるからぼくからは説明しない。フィラ・フィア、きみに関わるものさ」
「わたしに?」
首を傾げた彼女に、「正確には、きみが死んでた時代の話さ」とイルキスは笑う。
「行けば分かるよ。……悲しい、思い出だ。ああ、とっても悲しい話さ」
首をかしげながらも一行は進む。
◇
歩いていった道の先、目に入ったのは円環の丘。舗装のされていない道の先、現れたのは、石碑のようなものが円を描いている謎の丘。その丘の中央には、周囲の石碑よりも一回り背の低い石碑がある。それはまるで、円を描くような石碑が、中央の石碑を守っているかの様で。
「これは、何?」
遠目からもわかる謎のそれを指さしてフィラ・フィアが問うと、「行けば分かる」とイルキスは繰り返した。
やがて丘の麓にたどり着き、そこにあった別の石碑の文字を見る。
書かれていた文字は「英雄の墓場」。
『死者たち眠る永遠《とわ》の墓。訪れるもの、死者たちの眠りを荒らすべからず。彼らは国を守りし英雄なり。たとえ旅の途上に命が絶えても、その気高き精神は永遠なれ』
それを見て、フィラ・フィアは恐る恐る問うた。
「これ……もしか、して?」
そうさ、とイルキスは頷いた。
「エルクェーテからトレアーに至るまでには必ず通らなければならない場所、それが『英雄の墓場』。かつて神々を封ぜんと旅立った『封神の七雄』たちの墓が円形に並べられている。実際、墓の下に骨が並んでいるのは一部しかないし、それももう朽ちているだろうけれど。だからこれはどちらかといえば——記念碑としての意味合いが強い」
「英雄の墓場……」
呟き、フィラ・フィアはふらふらと頼りない足取りで丘を上っていく。その後に皆が続いた。
『封神の七雄』たちの活躍を唯一生き残ったエルステッドの口述により記録した『封神綺譚』によれば、最初に死んだのは封術師ユレイオだとされる。彼は荒ぶる水女神との和平案を提案し単身、水女神の神殿に赴いたが、そのまま帰らぬ人となって数日後に彼の水死体が近くの川で発見された。彼はその場で丁重に火葬され、遺骨は彼の双子の兄、ユーリオが持っていった。
次に死んだのは風を操るレ・ラウィだ。彼は『人間を救うために殺す』影の神シャリル・エポーネとの戦いで、迫りくる影の軍勢をたった一人で相手して他の皆を先に進ませ、その果てで息絶えたという壮絶な最期だ。その遺体はこれでもかと言うほど損壊していたが唯一、彼がいつも首から下げていたエメラルドのペンダントだけは無事だった。だからフィラ・フィアはそれを彼の遺品として持ち帰った。
その次に死んだのは破術師ユーリオだ。魔法破りの術者である彼でも、炎の神の魔法を破ることはできなかった。自分の力に自信を持っていた彼はフィラ・フィアらを守るために炎の亜神アルギアを挑発、自分に攻撃が来るように仕向け、防ぎ切れずに命を散らす。彼こそ遺品は残らなかった。ずっと大事にしていた弟の骨も、その場で焼け落ち灰になった。
そしてシルークは戦神ゼウデラの神殿でフィラ・フィアを守って死に、ヴィンセントも死に、生き残ったエルステッドはフィラ・フィアの遺体を抱いて城に帰った。そして彼は八十まで生きて死んだ。レ・ラウィの遺した子、ラキの世話をしてやりながら——。
そういった理由で、墓場などあってもその下に遺骨が眠るのはエルステッドの墓とフィラ・フィアの墓だけ。レ・ラウィの遺品は息子に受け継がれ、そして今はその子孫であるファレルが持っているはずだ。そのためレ・ラウィの墓の下にも何もない。だからここは正確には墓場と言うよりは、英雄の活躍を称えた記念場といった方が正しいのかも知れない。『英雄の墓場』なんて名前は、感傷的につけられたみたいなものだ。
- Re: 魂込めのフィレル ( No.43 )
- 日時: 2019/08/19 15:56
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
そして登りきった円形の丘。その中央に立つ石碑にフィラ・フィアは手を触れる。
書かれていた文字は古代の文字で、フィレルの知らない文字だった。フィラ・フィアも読めず、首を傾げたが、横から見ていたロアがすらすらと読みあげる。
「崇高たる舞神、フィラ・フィア・カルディアルト。享年十七歳。希望の子の命は旅の途上に潰えたが、気高きその理想は今も尚我らの中で生き続ける。希望の王女よ安らかに眠れ——って、書いてあるぜ」
「ロア、読めちゃうんだ!? 何でも知ってるんだねすごいやっ!」
そんなロアにフィレルが驚きの目を向ける。
イルキスも、面白がるような眼でロアを見ていた。
「へぇ、わかるんだ、すごいね。この石碑が立てられたのは古王国カルジアの滅亡後で、そして今の文字が確立する以前の中途半端な時期でシエランディアの学者も頭を悩ませている複雑な文字なんだけど……。だから古王国カルジアの文字を知っているフィラ・フィアも、文字の統一の為されたシエランディア文字を知っているフィレルにも読めないの。ぼくはまぁ、興味本位で学んだから読めないことはないけど……。初見でこの碑文をすらすらと読めるなんてさ、ロア、きみ、本当に何者なんだい。この丘の麓の石碑は割と最近——確か五十年くらい前、に作られたから他の皆が読めるのも納得だし、雰囲気作りの為に古代文字も書かれているからフィラ・フィアが読めるのもわかるんだけど」
フィレルの反応とイルキスの問いに、ロアも驚いた顔をしていた。
「……これ、そんなに難しい文字だったのか? オレには普通にすらすら読めたがおかしいのかそれは?」
「……きみさ、ぼくが思っているよりも長く生きているんじゃないの。十七歳なんて本当は嘘で、何かがあって身体年齢を幼くされたとかぼくはその路線を疑いたくなるよ。ま、そんなことが出来るのは神様だけだし、きみが神様だというのならばとっくの昔にこれまできみと対峙した他の神様が気付いているだろうから……あり得るならば、そういったことが出来る神様に身体年齢を幼くされたとか、かな?」
少なくとも、戦災孤児の十七歳がぱっと見ただけですらすら読めるようなものじゃないのは確かだねとイルキスは頷く。
「少しは勉強したぼくだってまだ、たどたどしくしか読めないんだからさ。きみって本当に何者なの」
「そう言われても、思い出せないものは思い出せないんだがな……」
額に手を当て、ロアはうつむく。そんなのどうでもいいじゃんと、フィレルがロアを庇うようにイルキスの前に立ちふさがる。
「過去に何があったって、ロアはロアなの! それでいいじゃん!」
「わかったわかったわかりましたってば。ぼくの単なる好奇心ですよそんなに怒らないで……っと」
ふっと彼がフィラ・フィアの方を見ると、彼女は石碑の前に立ち尽くしていた。
忘れてはならない。これは彼女の墓、その下には彼女の遺骨が埋まっていたはずなのだ。
忘れてはならない。これは皆の墓、遺骨はなくとも彼女の愛した人たちの疑似的な墓場。
自分の墓を前に、愛する人たちの墓を周囲に。立ち尽くす彼女の心境は如何程のものか。
「そうだ。わたし、死んだのよね……」
呆然と彼女は呟いた。その頬を涙がひとすじ、流れて落ちる。
「わたしは死んだの、遠い昔に。そして今、死んだはずのわたしがわたしの墓を見ている。これって不思議な気持ち。言葉では言い表せないわ……」
彼女はロアを振り返り、問うた。
「中央はわたしの墓、それはわかった。じゃあシルークの墓は? エルステッドの墓は? 教えて」
ロアは頷き、石碑の文字に目を走らせつつ周辺を歩く。
やがて。
「『白蝶の死神』シルークの墓はこれで、『自在の魔神』エルステッドの墓はこっちだな。シルークの墓には蝶の模様が描かれていてわかりやすい。ああ、あと『天駆ける剣神』ヴィンセントはこっちで『奔放なる嵐神』レ・ラウィはこっち、『陽光の破神』ユーリオのはこれで、こっちが『清水の封神』ユレイオだ」
ロアの言葉に頷き、フィラ・フィアはそれぞれの墓に触れ、その名を呼んでいく。応える声は勿論、ない。遠い昔に終わった冒険。死んだ命は帰らない。
本来ならば、フィラ・フィアもその中で永遠に眠っていたはずなのに。
「……でも、わたしは、生きているわ」
噛み締めるように、呟いた。
「中央の墓の下にいるのはわたしじゃない。そこにいるのは過去のわたしだ、今のわたしたり得ない。シルークに思いを抱き、皆と共に歩んだわたしはもういない……」
シルークの墓の前にたどり着き、屈みこんで蝶の模様に触れた。
溢れだす涙を抑え、彼女はすっくと立ち上がって所在なさげにしているフィレルらの方を向いた。
「過去の自分はこの下に封じた。あるのは今の『わたし』だけ。……連れてきてくれてありがとう。わたしはもう、過去に囚われることはないわ。自分の墓と、みんなの墓と向き合って……決められ、たの。ロアにエルステッドを、フィレルにラウィを重ねて見てしまうことが時にある。でもみんなは死んだ、死んだんだから……」
彼女はもう一度自分の墓の前に立つ。錫杖から鈴をひとつ外し、墓の前に置いた。チリンと涼やかな音が鳴る。
「これを過去のわたしへの手向けとしてわたしは前を向く。……行きましょう、トレアーの町へ、フラックの神殿へ」
迷いない足取りで彼女は進む。彼女の気迫に押され、フィレルたちもその後に続いた。
彼らがいなくなった英雄の墓場で、七つの影が、まるでさよならをするように動いていたのは幻だったのか。
過去の自分を墓の下に葬り、希望の子は、前へ。
◇