複雑・ファジー小説

Re: 何回目かの初めまして。 ( No.3 )
日時: 2019/05/25 19:15
名前: Nahonn (ID: 3nlxUYGs)

 朔があるきだした。二人でそれを追いかける。
 「あ。小日向さん。そんなに急いで大丈夫?。」
 少し後ろを歩いていた叶ちゃんが私に問いかける。私は頷いた。
 「うん。心配してくれてありがとう。私はもう大丈夫だよ。あと、私のこと楓って呼んでね。此方だけ下の名前で呼ぶの可笑しいでしょう?。」
 うん、と嬉しそうに笑った叶ちゃん。私も、つい頬が緩んでしまう。

 「楓ん家って、もしかしてあの旅館か?。」
 ふと、朔が丘の上にある私の家を指した。私は頷く。
 「そう。よくわかったね。あの旅館だよ。おじいちゃんの家なんだ。」
 そう微笑むと、叶ちゃんがわぁ、と感激の声を上げ、上を見上げた。さっきから、コロコロ変わる叶ちゃんの表情は見ていて飽きないものだ。
 「楓ちゃんって凄いよ!。旅館かー。私も、あーゆうところに住んでみたいなー。」
 叶ちゃんがニコニコして、うっとりと旅館を見つめた。
 「引っ越して来たばかりで慣れないんだけどね。」
 私は苦笑した。私は鍵と宝石の付いたネックレスを制服から出した。何か、嫌な空気が流れた。二人とも宝石を厳しい目で見ていた。
 「どうかしたの?。」
 私は二人に問いかけた。二人は首を振った。

 少しだけ、静かな時間が流れた。

___________________________________

 [前世:朔目線]

 暖かい、人のぬくもり。俺の太い腕が楓身体をを包み込んでいた。それに、女性特有のふっくらとした肌が自分の身体に触れている。それだけで、昨晩の彼女を思いだしてしまう。でもそのせいで二人の肌は汗で湿っていて気持ち悪い。だが、そんなところも、ただただ心地よくて起きる気になれない自分がいる。
 いい加減、重い瞼をゆっくり開けると、そこには愛しい顔が在った。相手も自分をバッチリ見ていて、寝顔を見られていた恥ずかしさが込み上げてくる。
 「おはよう。」
 心地のよい琴をピン、と弾いたような声が響いた。そう言った彼女に触れるだけのキスをする。
 「おう。おはよう。今日も宜しくな。」
 微笑んでそう言うと、俺の数倍の笑顔を返してくれた。そこがまた、いとおしい。











 「楓!!。来るな!!!。」
 俺は確かにそう叫んだ。しかし、楓の細い腕が、精一杯に此方に伸びてくる。
 ドスッ
 その音と共に彼女の華奢な身体に一本の矢が刺さった。彼女は、それでも走り、俺を庇うように覆い被さった。数本の矢が彼女を次々と襲う。
 仲間がすぐさま敵を追い払った。しかし、楓への被害は甚大だった。
 「か………か、えで?。」
 痛そうに悶え苦しむ自分の妻は、朝まで元気にしていた者とは思えない。
 「さ………く………。」
 彼女は微笑んだ。もう助からないことを察した笑みだった。俺は、彼女を抱き締めた。着物も手も楓の血で真っ赤に染まったが、そんなことはどうでも良かった。
 「ごめ……なさ………っ。またっ……。おいて……っ。」
 ごめんなさい、と泣く楓はとても美しかった。彼女にキスをする。深くて長いキスを。
 「楓っ。死ぬんじゃねえ!!。諦めんなよ!。」
 助からない、と頭では分かっていても、俺の口はそう言っていた。俺の涙が楓の顔にかかった。楓は笑っていた。いつも、しょうがないなぁ、と言って俺を甘やかす時の顔だ。
 「なん……だよ。」
 なぁ、と俺も微笑んだ。楓に比べればとてもちんけで直ぐにその場の誰もが無理して笑ったのに気づくほどの下手っぴな嘘。

 そして、楓は俺の腕の中で最期を迎えた。

 ある秋の夕暮れ時の出来事であった。


 何度目かの"別れ"