複雑・ファジー小説

Re: 何回目かのサヨウナラ。 ( No.1 )
日時: 2019/06/01 14:46
名前: 白刃 さとり (ID: bb2N.JWt)

 少女が刀を抜いた。乱れた着物からはみ出る白い肌を、屋敷からでる炎が赤く染めている。

 「おのれ……………この、人殺しぃー!!。」

 少女の怒号と共に、隠せぬほど未熟な殺気が青年に降りかかった。青年は少女の振りかざした忍者用の小振りの刀を避けようとするが、刻一刻と迫ってくる刃は、まるで避けるなと言わんばかりに鋭く光っていた。
 青年は、避けることを躊躇った。彼女に殺されても良いとさえ思っていた。
 しかし、少女の腕は止まった。青年の諦めた様子を見て、何か苛立ちを覚えているようだった。


 二人は、決して甘い関係などではない


 青年は、少女の家族を殺した。

 時代は江戸から明治に変わる頃。詰まりはニ百幾年の平和を誇っていたこの日本が再び戦禍の渦に巻き込まれた頃である。そんな時代に、青年もまた、戦に出ている兵士だった。その中でも剣術に優れた青年は、通り名[人斬り、寺楽]と呼ばれる人斬りの一人であった。その法衣を着た見た目から、剣も持てぬ僧侶のように見えるが、青年は髪を切り落としてなどいないし、何より青年の腰には寺楽の使うという普通より大きな刀[雪宝]がさしてあった。


 少女は、青年に家族を殺された。

 この時代、少女の家系は珍しく高い技術の忍の一家であった。ある一族は御庭番として徳川に遣えたというが、少女の一族はそんな事とは無関係に、忍の術のみが受け継がれた誇りだけの一族であった。少女の一族は忍の家系だった事が政府にバレ、寺楽一人に殺されたのだ。そう"たった一人"に。それを知った時、少女は馬鹿にされた気分になった。

 そして、今も自分は馬鹿にされた。
 この男は自分に殺されようとしているのだ。


 「どうせ殺すんだったら嫌がってほしいなぁ。」

 少女はそう言ってゆっくりと刀を下ろす。青年は微笑んだ。

 「今くらいしか、殺せる機会は無いですよ。」

 少女は年相応に見えない言葉を聞いて、呆れた笑みを見せた。

 「あんた。馬鹿じゃないのかい。誰が嬉しくて因縁の相手が死にたい時に殺そうってんだ。」

 「それでは、私を殺したい時に殺せばいい。」

 少女は目を見開いた。青年の顔に始めて歪んだ感情が現れていたからだ。その顔は人斬りというには弱々しく、ただの年頃の青年に見えた。

 「私は、殺されるなら貴女がいい。」








 こうして始まった、奇妙な関係。