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複雑・ファジー小説
- Re: 何回目かのサヨウナラ。 ( No.5 )
- 日時: 2019/06/26 14:37
- 名前: 白刃 さとり (ID: DLaQsb6.)
暗い闇が、私を飲み込む。
いとも簡単に、私は闇に飲まれた。
なんとも言えない恐怖や不安の波が押し寄せる。
「ごめん……なさい。」
叶の声が心の中で響いた。そこで"俺"は現実に引き戻された。目の前には、自分の刀が刺さった男。腕の中には血塗れの叶がいた。叶は俺の腰に手を回した。彼女の暖かい温もりが、俺の全身を包んでいる。それだけで、今さっきまで此処にあった恐怖や不安さがじわりと溶けた気がした。
「怪我は……?。」
俺は恐る恐る叶に問う。叶は顔をあげた。鼻を赤くして、涙目の彼女は、いつもよりずっと幼い少女のように見える。自分が怖い思いをさせて、傷つけて仕舞ったのではないか、その考えが頭をよぎる。
胸が、痛んだ。
幼い頃の拷問で四肢が離れようとも、戦争でこの身が切り裂かれても、感じなかった心の痛みだ。とうとう、泣くのを堪えていた叶の瞳から一滴の涙が流れ出た。高い琴の音のような"それ"は、鈍く俺の心に突き刺さり、傷口をえぐる。
俺は、刀を男から抜くと、叶に気をつけてゆっくりと鞘にしまう。キン、と音がした。
「痛むのか?。」
やっと涙が収まり掛けた叶に問いかけた。彼女は首を振った。違う、と伝えている。それじゃ何か、そのように問おうとしていた俺の耳に叶の声が飛び込んできた。
「大丈夫。これ、返り血。」
いつものように必要最低限しか言わない叶を見ると、多分大丈夫なのだろう。
ふっ、と緊張の糸が切れた"私"は彼女を抱き締めたいという心を抑え、安心の気持ちを彼女に伝えた。
「よかった。怪我でもしてたらと思うと気が気じゃないですから。」
叶の瞳にも安堵の色が見えた。そしてまた、私を包み込むように抱き締めた。
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