複雑・ファジー小説
- Re: 今日の宿題:明日までに人間を殺してください ( No.1 )
- 日時: 2019/06/07 17:01
- 名前: 塩鮭☆ユーリ (ID: 7/pkw8b6)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12560
☆プロローグ
俺は父親が嫌いだ。
いつも笑顔で、そのくせ平気で人を傷つけることができる父親が嫌いだ。大嫌いだ。父親の血が俺の中に半分流れているのだと思うと、自分の血管を噛みきりたくなる。
俺も母もただ黙って暴力を受けていた。母は俺を何度も庇うので、体中にあざができていた。痩せていて、それでも家事を黙々と進める母に、俺は尋ねた。
どうして、離婚しないのかと。
母は悲しそうに笑った。
とてもとても、悲しそうに笑った。
「ごめんね」
ただ、そればかりを言っていた。
その悲しそうな笑みばかりが目に浮かぶ。
ある日、酔った父がいつもより酷く母をぶった。
俺は父の前に立ちふさがった。すごく怖くて、殺されるんじゃないかと思ったけど、それでも母を守りたいと思ったのだ。
ーーしかし、酔った父が俺に向けたのは、拳でも怒りでもなく。
同情だった。
俺を哀れむ瞳に背筋が凍りつく。何故。何故俺を哀れむ。哀れむなら俺が父に、だ。暴力をふるうことしかできない父にだ。
なのにどうしてーーそんな可哀想なものを見る目で見るのだ。
俺は、ちっともーー。
可哀想なやつじゃない。
母から愛されているし、いつも怯えて生活はしているが、それでも父に可哀想だと思われる要素が見当たらない。怯える原因は父にあるのだから。
「可哀想に……誰にも必要とされずに」
心から哀れむ声に、俺はゾワゾワとしながら後ろを振り返った。
母が、狂ったように泡をふきながら俺を憎々しげに睨み付ける。
「愛してるわ。愛してるわ……××。だけど私はあなたを産まなければよかったと思うの……そうすれば、こんな風に壊れることもなかったのに。あの男の血がどうしてあなたには入ってないの?あなたの血の半分が夫のものだったらよかったのに」
ーーガキリ。
何かが壊れた。
そうか。
今まで俺の半分の血はこの父親のものだと思っていたが母の不倫相手のものらしい。それで母は父に暴力をふるわれているのかーーしかもそれを甘んじて受け入れている。
あぁ。そうか。
ーー俺は。
愛されてはいても、生きることを望まれてはいないんだな。
できるなら、今すぐ殺してしまいたいに決まっている。邪魔だ。障害だ。
「……ッ」
視界がゆらぐ。
ダメだ。
ここで泣くなんて、できないーー。
居たたまれなくなって、俺は家を飛び出した。
追いかけては来ない。
当然だ。
彼らは俺が飢え死にすることを願っているのだから。
俺は、死ぬことでようやく親孝行できるらしい。
乾いた笑みがおかしく張りつく。ねばっこい感情よりも先にどうしようもなく涙が溢れそうになる。
ーーダメだ。
夜遅いとはいえここは大通り。人前で泣くことなんてできない。
路地裏へ駆け込む。
じっとりとした空気に晒されながら、俺は頬に冷たいものが伝うのを感じた。
「そこの泣き虫さん」
「っ」
人に見られてしまったか。恥ずかしい。俺はぱっと涙をぬぐって声のしたほうを見る。
白い髪の少女が立っていた。
彼女の持つ銀色の鎌が月の光をうけて鈍く光った。
「キミは、死神になる才能があるよ」
それは、死神からの死神の世界への招待状だった。