複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.113 )
- 日時: 2019/10/19 19:57
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
第十章 もう一度だけ
闇に閉ざされ、俺は手を伸ばす。
……ところで目を開けると、白い天井が目に入る。
上半身を起こして周りを見る。俺の部屋だ。ベッド、クローゼットやテーブル、そして本棚など……必要な物以外は排除し、この部屋を見た者は皆「殺風景だ」と笑うくらいの無駄のない部屋。
朝日は昇って、部屋の中に光が入ってきている。……夢か? とぼんやりしながら、頭を抱えた。
「いや、これは……」
夢ではない。いや、「俺達」は夢の中にいるのだ。
ベッドの脇に置いてあるスマホを手に取り、時間を見てみる。
——4月8日の6時20分。入学式の前日だ。……奴はまた失敗したのだな。俺はそう溜息をつく。
……奴? 誰だ?
俺は記憶を手繰り寄せ、全てを思い出そうとする。だが、寝起きのせいかこんがらがって、うまく整理することができない。
俺は立ち上がりベッドから降りると、脇に置いてあった青い眼鏡をかける。俺の視力は両目ともに2.0なので必要はないんだが、自分の色の違う両目を見られて喚かれるのも鬱陶しい。だからこの伊達メガネで誤魔化している。
俺は顔を洗うために洗面所へと向かった。
冷たい水を被ると、やっと頭が冴えてくる。考え事をするには、まずは顔を洗うべきだな。そう思いながら顔についた水分をふき取り、歯を磨く。
そんなこんなで朝食を作るべく、台所に立つ。その間に、目を覚ますまでの夢や記憶を手繰り寄せていた。
俺は、———に奴の……「ナイアーラトテップ」の問いを答えさせなければならない。それが俺の役割であり、皆を救うためのただ一つの道。
……ダメだ、———の名前が思い出せない。霧がかかったようではっきりしない……。
確か、ナイアーラトテップは———が敗北するたびに記憶を一つ消しているのだったな。今回消えたのは、奴の名前か。クソッ、名前も顔も思い出せないんじゃあ、探すに探せない……!
他に覚えている事を思い出そうと考える。
知優に慧一……春休みは会っていない……。そういえば、春休みも随分懐かしく感じるな。もう何十年も経験していないような、そんな気分だ。……実際、何十回も同じ時間を繰り返しているのに、身体は衰えないが時間だけが経っているような気分だ。本当に考えたり説明しようとするだけで頭が痛くなる。
他には……葉月と谷崎。真面目なのとちゃらんぽらんなのがセットになっていたな。———の親友だったような……あの二人と一緒にいるのが———じゃないか? なら早くもこの問題は解決したようなものだな。
それと、七瀬。小うるさい奴だったな。そしていつも共に行動しているのが霧島。いや、サトゥルヌス。
あとは、木下と加宮。ちんまくてうるさい方が木下で、臆病な方が加宮……
……これで全員だな。
俺はそう頷くと、フライパンで焼いていたウインナーとスクランブルエッグを、用意していた丸皿に盛り付けた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.114 )
- 日時: 2019/10/20 20:38
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
朝食をテーブルに並べ、スマホでニュースとSNSをチェックしながら、トーストにかじりつく。確か一度知優と慧一が乗り込んできて「こんな質素な朝ごはん食べてるの?」って笑われたっけな。……むしろ、お前らは何を食べているんだ。と聞きたいぐらいだが……。もしかしたら、トーストに何もつけてないのが悪いのか? ……だが、素材本来の味を楽しみたいからな。俺は納豆から天ぷら、卵焼きや刺身にすら何もつけない。あれは調味料の味を楽しんでいるのであって、素材を楽しんでいる気分にならないのだ。やはり通は……いかん、こんな事考えてる暇はない。
あと思い出せることは……
俺はそう考えながら、スケジュール帳とペンを取り出し、思い出した事、そして記憶を手繰り寄せて覚えているすべてを書き起こした。
だが、やはり「ナイアーラトテップ」の名を書き連ねようとすると、指が止まる。何か……見えない何かに手を掴まれているような感覚だ。俺は何か別の言い方を考え、メモに書き連ねた。
「顔の無い者」——と。
……よく考えたら、言い方を変えて伝えられるなら、———が理解さえすれば名前を答えさせられるんじゃないか?
俺はそう考え、またメモに書き連ねる。
全くもってなぜこんな事に巻き込まれてしまったのかと思い出そうとする。
あれは、そうだな……。俺達は、アポロンと対峙して死闘の末、勝利した。……だが、祭壇を破壊した後に奴が現れ、不意打ちにと———を襲ったのだったな。
……———の存在がすっぽり抜けてやがる。本当に早く会って話がしたい。伝えなければならん、この事を……!
だが、冷静になり考えてみる。
こんな突拍子もない話を聞いて、誰が信じられるか? そういや、最初に時間が巻き戻って、すぐに———にこの事を伝えたが、白い目で見られたっけな。
俺も同じ立場なら信じられるはずもない。今までそんなことに関わらなかったら、俺の言っている事を理解できるはずもない。
……今回も、話が分かる奴からこの事を伝えてみるか。
そう考えながらふと時計を見ると、登校時間の1時間前だ。考えすぎたな。
俺はそう思いながら、空になった皿を重ね、台所に運んで洗う。後は着替えて40分前に学校につけば問題ないな。30分前でもいいが、知優が「会長のくせにのんびりしすぎじゃない?」とからかってくる。全く、姑かと言ってやりたいくらいだ。
皿を洗い終わって水分をふき取り、棚に片付ける。そして制服に着替え終わると、俺はカバンを手に取り、玄関に向かう。
今日の予定を頭で整理しながら。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.115 )
- 日時: 2019/10/21 23:54
- 名前: ピノ (ID: GDjM9bhh)
学校にたどり着くと、生徒はまばらに来ているようだが、知優の姿はない。
まあ、始業式だからな。そんなに早く来ても仕方がないだろう。なんて思いながら教室へと向かう。
その間にも俺は考え事をした。他に記憶に残っている者がいないだろうか……と。
確か、「新名愛実」という、空間を切り裂いて神出鬼没に表れるナイトメアがいたな。奴に接触するには……いや、簡単だ。夢の中で会えばいい。あいつを最初に味方につければ、この後はかなり楽に事が運ぶだろう。
それから……「幻想の星柱」の連中を接触する前に片付けておくか。これは6回くらい成功したしな。
……問題は「美浜渚」か。奴はある意味新名愛実より扱いにくいし、何より何を考えているかよくわからん。それに、奴の幻想顕現……確か、「自身の中で辻褄が合えば、どんな空想も実現できる」だったか。……前回は奴が油断しきっていたから、何とかなったものの……本当に、何を考えているかわからん奴ほど相手をしづらい。だから、奴はなるべく相手にしたくない……などと言ってはおれんのだが。
考え事をしているとすぐに時間が経ってしまう。もう教室の目の前だ。
中に入ると、誰もいない。……当然か。部活動の部員やらは部室か校庭にいるし、帰宅部であればギリギリまで来ないことが多い。まあ、始業式の日にこんな早く来る物好きは俺くらいだろうな。
そう思っていると——
「おはよう」
背後から声を掛けられる。振り向くと、茶髪のロングヘア、青い瞳の女性教師……「久保楓」先生がニコニコと笑っていた。
「おはようございます、久保先生」
俺はそう返す。この人は心霊研究部の顧問ではあるが、そうでない時もあった。確か、「久保春斗」という弟がいたな。一応夢幻奏者の素質はあり、共に戦ったことはあったが……久保を庇って命を落とした時もあった。俺としてはあまり関わらせたくはない。というか、関わらずのほほんと生きている方がいい。そもそも、あんな茶番に付き合う必要なんてない。
この時間軸では、できれば弟と共に大人しくしていてほしいものだな。……俺がそう考えていると、少し黙っている事に不思議に思ったのか、彼女は首を傾げる。
「どうしたの、御海堂君?」
「いや、頬に米粒が付いているなと思って」
俺は咄嗟にそう言ってみた。まあ、実際口のすぐ右に米粒が付いていたので、助かった。……先生は慌てて頬に手を当てて「あはは……」と苦笑いする。
「まあ、今年一年で卒業だけど、頑張ってね御海堂君!」
先生は軽く両腕に握りこぶしを作ってガッツポーズを決めながら笑う。……もう実質何十年も卒業式どころか、二学期すら迎えられてないけどな。なんて考えるが、俺は頷いた。
「はい、皆の手本になれるよう努力します」
まあこんな上っ面だけの言葉を口にしても、虚しいだけだがな……。
先生はその言葉に「うんうん!」と頷いて笑顔を向けていた。……今度こそ、先生の期待に応えられるよう、この茶番を終わらせなければ……! 俺はそう考えていると、先生は「じゃ、先生はこれで」と言った後、俺に手を振りながら踵を返して廊下を歩いて行ってしまった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.116 )
- 日時: 2019/10/22 20:48
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
今日は始業式なので、校長の話が終われば、担任の話を聞いてから明日の入学式の準備と、1年の教室の飾りつけをして午前中に終わる予定だ。
明日の入学式では、生徒代表として俺が皆の前で挨拶をしなければならない。まあ、何十回もやっていれば、もう最初から最後までカンペなしでスラスラ言えてしまう。そろそろうんざりしてくる。
……それもあるが、早くこのゲーム盤から皆を解放しなければ。
まだ少し時間があるみたいだ。今朝の続きでも書き連ねてみるか。
俺は自分の席に歩み寄って、椅子を引いて座り、机の上に今朝のスケジュール帳を開いてペンを執る。
「ナイアーラトテップ」……奴はサトゥルヌスやサリエルの話によると、「無貌の幻神」と呼ばれる、人類のネガティブマインド……つまり、負の感情を司る邪神だ。幻想世界を創造し、顕現という物を創った。・……全ての顕現の力を使えるだろうな。人の心が持つ光と影、そして無限の可能性までもを知り抜いたうえでその何もかもを嘲笑う、執拗かつ底無しな悪意の具現であり、人という可能性を見る者……。奴は人の闇さえあれば滅びることはない。つまりは、奴を倒すためには人類を滅亡させる他ない。
奴の目的はなんとなくだがわかる。「退屈しのぎ」だろうな。永遠に近い命を持ち、その中であるナイトメアを唆して現実世界に侵入させ、幻想世界と現実世界を繋げて同化させる。飽きれば全て壊して作り直せばいい。
だが、奴は俺達に目を付けた。唯一、「幻想を否定する力」を持つ———に。
全く、神を相手に勝とうなどと。我ながら呆れるほど馬鹿げた話だ。……だが、こう考えていると、やっと頭の整理ができてきた。
となると次は、これから幻想世界に引き込まれる奴に、警告する。そしてその上で、「幻想の星柱」の連中を先に倒しておく。……俺の力量ならば大丈夫だ。
俺は握りこぶしを作っていると、背後に気配を感じた。
スケジュール帳を閉じて振り向いてみると、知優が立っていたのだ。
「おはよう、玲司」
「おはよう。どうした、知優?」
知優にそう尋ねると、彼女は笑みを浮かべている。
「なんか熱心に書き物をしてるから珍しいなって」
「俺が何か書いていたら悪いのか?」
「もう、そうは言ってないじゃない」
知優は少しふくれっ面になる。昔からこいつは表情が豊かで羨ましい。
「何書いてたの? 「幻想」……みたいな文字が見えてたけど」
知優が訝し気に聞いてくる。……今話したところで信じてはもらえないだろうし、すべてを話すのはもっと後でいいな。俺はそう考えると、肯定するように頷いた。
「ああ、今小説を書いていてな」
「へ〜、空音と同じことしてるんだ」
「まあ、そういう事だ。他に何か用か?」
俺は素っ気なく返す。これ以上追及されても答えられる自信がない。知優は「もう」と一言こぼす。
そこへ、慧一も俺たちに声をかけながら歩み寄ってきた。……よく見たらもう他の生徒が教室に集まってきていた。
「おはようちーちゃん、れーくん」
「おはよう市嶋君」
知優がそう返すと、俺も頷いて手だけ軽く上げて振る。慧一はそれを見て満足したように笑った。
「そういえば知優、なんで慧一は名前呼びしないんだ?」
俺は素朴な疑問を口にする。そういえば高校に入ってから苗字で呼ぶようになったな。……と考えながら。
知優は肩をすくめ、呆れ半分で答えた。
「名前呼びしてたら「二人、付き合ってるの?」みたいな事言われたから苗字呼びしてるの。ほんっと迷惑だわ。」
知優の答えに慧一は少しショックを受けたらしく「迷惑……」と一言こぼしてがっくりと肩を落とす。まあ、それなら納得だ。
タイミングを見計らったかのようにチャイムが鳴り響く。もうそんなに時間が経っていたのか。
俺は席に座ると、二人もそれぞれの席に戻った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.117 )
- 日時: 2019/10/27 19:43
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
始業式も終わり、担任から明日以降の予定を聞かされて今日は終わり。後は一年の教室の飾りつけをするべく、手に春休みに作った紙の花などの飾りを入れた箱を持ち、教室へと向かう。生徒会や二年生が集まる予定だが……まあ、とはいえ強制ではないため、ほとんどが帰ってしまった。
俺は一年二組の教室に入ると、見たことのある数名が入ってきた俺を見ている。……「天津音透」、「伊澄七鳥」、「雪村聡美」……それと知優。5人か……まあ、飾りつけなどすぐに終わるからな。不足はないだろう。
「早速だが、よろしく頼む。終わったら各自解散でいい」
俺はそう伝えると各々頷き、早速作業へと移る。
伊澄と雪村はもう随分と会ってないような感じがするな。
伊澄は朱色の髪、桃色の瞳、そして男子高校生の制服がなければ、明らかに少女と見間違うような華奢な体格で、男性としては珍しくかわいいもの好きらしい。まあ今現在、ポケットから人気のマスコットキャラクターの編みぐるみがはみ出ていて、彼が動くたびにそれが揺れている。あれは彼の手作りらしく、あのように完成度の高いモノを作れるのに、なぜそれをもっと前面に出さないのだろうか? ……ほかの連中はどう思おうと、俺はそういうのは個性であり、もっと大切にすべきだと思う。
あとは雪村。桔梗色の髪を二つに水色のリボンで結って……あれはツインテールという奴だ。確か木下も同じような髪型だったな。そして瞳は右目が翠色、左目が桔梗色の、俺と同じくオッドアイだ。知優と同じくらいの身長だ。しかし彼女はちょっと変わった人間だな。しゃべるたびに「くくく」と引き笑いし、右目を手で覆ったり、「風がざわついている」だの「うっ、右目が……」だの、ワケのわからない事を言い出す。それも個性……でいいのか、これは……?
そう考えていると、唐突に伊澄が冗談交じりに笑いながら口を開いた。
「そういえば知ってます? 最近学園内でもちきりの噂!」
「なんなのだそれは?」
伊澄の言葉に雪村は興味津々にしている。噂……幻想世界の事だろうな。中学生や高校生はとにかく新しい事に興味を示す。若さ故の怖いもの見たさ、というのもあるだろうな。
「友達から聞いた話なんですけど、夕方になると黒い影が突然現れて、それに呑み込まれると異世界に飛ばされるらしいんです。そして、存在を抹消されてしまうっていう神隠しの噂なんですよ。怖いですよね」
雪村は「異世界か……」と、少しワクワクしている様子だ。こうなれば何を言ってもこちらの言う事を聞かないだろう。だが、どこで何をすればいいか。とは言ってないので、この話はこの場限りで終わりだな。
「下らん噂などにかまけてないで早く終わらせるぞ」
俺がそういうと、伊澄も「そうですね」と返事をして作業を続ける。雪村も「むむ……」と唸るが、渋々作業を再開していた。頭から否定しておけば、とりあえずは大丈夫だろうとは思う。……これは俺の「大丈夫であってほしい」という願望なのだが。
すると、天津音が俺に近づく。
「会長、これ、千切れているぞ」
彼の手には、千切れた紙テープ。結構存外な扱いをしていたからな、その拍子に千切れてしまったのだろう。
「ああ、すまん。代わりを用意してくるから、他の作業をしてくれ」
「わかった」
天津音は頷くと、他の作業に移る。俺も紙テープの代わりを探すべく、生徒会室へと向かった。
急ぎたいという気持ちを抑え、早歩きで生徒会室へ向かう。……俺はいつも皆に「廊下は走るな」と注意しているからな。そんな俺が走っていたら示しがつかん。なんて考えながら廊下を歩いていると、窓から校庭が見える。……校庭では部活に勤しむ生徒の姿がある。そして、桜の木も花びらが散って葉が見えてきている。季節は春……何物にも縛られず、何の役割も与えられていなかったら、桜の下の草むらに寝そべって昼寝でもしたいものだ。
……まあ、そんな事は考えても仕方ない。早く生徒会室に向かって戻らなければ。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.118 )
- 日時: 2019/10/25 00:29
- 名前: ピノ (ID: eoqryhKH)
生徒会室へたどり着き、紙テープを保管している段ボール箱を開け、いくつか取り出す。まあ、後は戻るだけだな。なんて考えながら歩く。
教室へと戻ると大体の飾りつけが終わっていた。教室へ戻ってきた俺を知優が見る。
「いつもの場所にあった?」
知優はそう尋ねると、手には俺達生徒会が用意してもいない熊やら兎やらの顔が模られた飾りを持っていた。折り紙でできたそれは、丁寧に折られており、誰が見ても納得できるモノだろう。
「ああ。……それは?」
「ああ、これ? 伊澄君と雪村さんが会長が戻るまでって作ったものよ」
なるほど、それほど時間は経ってないはずだが……短い時間でこれほど繊細な物を作れるとは、流石だと思う。
「俺、こんな事しかできませんから……」
「ふっ、我に懸かればこのような所業……ヒトヒネリだ」
伊澄は照れながら手を後頭部にやり、雪村は右手を顔に当ててポーズを決めている。……何のポーズなのだ。
知優は手を腰に当てて「あとテープで飾り付けて終りね〜」などと言う。天津音もそれに頷く。
そういえば天津音……「天津音透」は俺が言うのもなんだが無口で何を考えているかはわからん奴だ。だが、本質は自虐的……いや、自分自身に憎悪を抱いているような印象だ。何度も彼に助けられたから、根はいい奴なのだと俺は思う。証拠に皆がさっさと帰る中、生徒会の手伝いなどしてくれている。理由はどうであれ、行動で何かを示すタイプなのだろうな。奴の首には包帯が巻かれている。そういえば面と向かって話したのはもう随分前に感じるな。確か、首や手首には悍ましい程の深い傷、そして見ると鳥肌が立つくらいのひどい有様だったような。……どんなに自分を傷つけても、周りは変わることはない。俺はそう思う。……こんな事を言っても仕方がないが……。
考え事をしながら作業をするとすぐに終わるような気がする。
さて、全ての作業が終わったことだし……他に何もないはずだよな? 俺は周りを見回し、作業漏れなどがない事を確認すると、腕を組んで頷いた。
「よし、ご苦労だ皆。今日はこれで解散にしよう」
知優も「お疲れ様〜」と言ってにこりと笑う。それを聞いて、皆は教室から立ち去り、知優も出て行った。俺も帰るかなと歩き出す。
歩きながら考える。何事も早いうちに行動するのがいいが、まだ夕方にはかなり時間がある。一度家へ戻るべきか、それとも他にやるべきことを……サトゥルヌスに接触してみるか? ……いや、俺の行動で歪みが生じて結果が変わることは避けたい。今までもサトゥルヌスに会った後に、何らかの不都合が生じていた。……前回はユピテルが殺された事と、すでに美浜渚が奴らと接触していた事……。今回はどうなるかはまだわからんが、派手に動くことは控えた方がいい。
だが、美浜渚……名前は憶えているが姿を完全に忘れてしまっている。幻想世界で出会い、奴だとわかればすぐに始末できるんだがな……。
俺はそう考えながら校庭に出ると、校門に誰かが立っているようだ。こちらの様子を伺っているみたいだ。……少し遠いのでよく見えないが、髪色は白い……。そして、ツインテール。どうやら、星生学園の生徒ではなさそうだ。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.119 )
- 日時: 2019/10/25 20:21
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
近づいて全体を見る。白い髪、赤い瞳、黒いシャツの上に黒いパーカー……髪型のせいで白い兎みたいな奴……「星野空音」が俺を待ち構えているように立っていた。
「玲司、待ってたわよ」
「……何の用だ?」
とりあえずそう聞いてみる。空音との付き合いはちょうど高校に入ったとき……知優の紹介でとりあえず連絡先の交換をした後、まあ色々世話になっていた。
空音は頭の回転が速く、俺以上に切れ者だと思う。だが何かと拘り屋のようで、目の色は黒いのだがカラコンを入れて赤くしているらしい。……俺もカラコンでも入れて目立たないようにしようとはしていたが、そのうち忘れてしまった。伊達メガネさえつけてりゃ騒がれる事もないので、別にいいのだが。
しかし、空音はこの学園の卒業生ではあるが、何の因果なのかたまに学園へと訪れる。……暇なのだろうか? と一度聞いたら確か殴られたな。学園中では結構噂になっているらしく、ふっと現れてはふっと消える……という風のような存在だ。
「アンタを待ってたのよ、会わせたい人がいて」
「藪から棒にどうした?」
空音は腕を組んで頷く。
「笑うかもしれないわよ?」
真顔でそんなことを言うもんだから、もしかしたら幻想世界絡みだろうか? いや、空音は俺が夢幻奏者だということは既に知っているはず。……では、なんだろうか?
「俺が他人の話を聞いて笑うような男に見えるか?」
「いちお……ね」
空音は周りをキョロキョロと見回して、俺の耳元までつま先を立てて口を寄せて、小声で耳打ちした。
「この望月市が壊れて瓦礫だらけになって、ナイトメアが蔓延って人間に襲い掛かってくる夢を見たのよ」
「……で、俺に会わせたい人っていうのは?」
「この地の龍脈を守る巫女さん」
龍脈……この星の血管のような役割を持つ、所謂生命エネルギーが世界中を伝って、ある場所ではそのエネルギーが噴き出して、地上に生命力を与えていると聞いた事がある。……同時に、龍脈が噴き出す穴は夢と現実を繋げる唯一の場所。とも聞いたことがある。その周辺ではナイトメアも器持たずに実体化できるんだとか。それほどのエネルギーが満ち溢れ、東京全体に行き渡っている。……この話は随分昔に誰かから聞いたことがあるのだが……もう忘れてしまった。
そんなモノを守る巫女が、俺に一体何の用なのだろうか。
「まあとりあえず会いたいから連れてこい……って言われちゃって」
「夢とそれと何の関係が?」
「その巫女さんも同じ夢を見たって。だから、なんとなく関係がありそうな玲司を、って」
その巫女……興味深いな。午後は特に用事もないし、夕方までどうしようかと悩んでいたところだ。ちょうどいい、話を聞きに行ってみるか。俺はそう考えて、空音の言葉に頷いた。
「よかろう。……だがその前にどこかで食事でもしないか?」
「え、何何ナンパ?」
空音は意地悪な笑みを浮かべて口元に手を添えて笑う。俺はなるべく真顔で溜息をつく。
「いや、腹が減っているだけだ」
「相変わらずノリ悪いなぁ」
俺の答えを聞いて空音は、呆れてしまって肩をすくめていた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.120 )
- 日時: 2019/10/26 23:23
- 名前: ピノ (ID: pIV74sSy)
とりあえず腹ごしらえを終えた俺と空音。俺がいつも通っている喫茶店で食事したのだが、あそこの日替わりランチはケチのつけようがない。空音もオムライスを頼んでいたようで、満足げな笑みを浮かべていた。
食後の軽い運動がてらに歩いていると、空音は俺の左手を見て指を差した。
「ねえ、今日会った時から思ってたけど、なんで手袋してるの?」
俺は唸ってすぐには答えずに左手に触れる。
この左手……あまり他人に見せられるようなものではない。色々と事情があるからだ。
「まあ、ちょっとな……」
そう誤魔化す。おいそれと見せても仕方がない。……さすがの空音でも「これ」について知ってることはないだろう……。別に信じていないわけではない。だが、できれば空音を巻き込むようなことをしたくはない。
俺の態度に何かを察したのか、彼女は「ふーん」と答えてそれ以上の事は何も聞かなかった。
「そういえば、これから行く場所さ。結構高い場所にあるからね」
「高い場所? ……階段でもあるのか」
「300段って言ってたわね」
300段……結構登らなければならんな。
だがこの望月市に山は……あったな。階段の節目節目に赤い鳥居が聳え立ち、山頂に神社があったはずだ。その神社に巫女がいるのか。
空音は山へ向かう道を指さし案内してくれる。俺も望月市を全て知っているというわけではない。正直助かっていた。
しばらく歩くと山の入り口……いや、神社へ続く階段の目の前にたどりついた。上を見上げると、長い階段が上へ続き、節目節目に鳥居が立っている。ご丁寧に手すりもある。
そういえば京都駅に長い階段があったな。……アレの段数は確か170段だったような。アレの倍か。ついでに、日本最長の階段である「釈迦院御坂遊歩道」は3333段だと聞いたことがある。それに比べれば……いや、比べるまでもないな。
まあ登らなければ目的地にたどり着けない。俺はそう思い、階段の1段目に足を踏み入れる。
「ま、頑張って登ってね」
空音は軽快に登り進む。俺も頷いて空音に続いて登り始めた。
しっかりした造りの石段で、意外に疲れにくい。古い石段や整っていない石段というのは、登るだけでかなり疲れるものだが……この階段は平面に削られ、形も整っている。比較的新しいものなのか? そう疑問に思いながら登る。
しばらく登って後ろを見ると、望月市の風景……いや都心を一望できた。
住宅街や高層ビルが並び、遠くになるにつれ靄がかかったように白くなっていく。夜にここにくれば、きっと夜景が拝めるのだろうな。俺がそう考えていると、空音が振り返る。
「夜はここ、明りがないから危ないわよ」
俺の考えている事が読まれたのか……鋭い奴だ。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.121 )
- 日時: 2019/10/27 20:25
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
階段を上りきると、目に入ったのは、鳥居の前に狛犬……いや、狛狐? が大きな赤い鳥居の前に二匹、台座に座っており、参拝者を歓迎するように向かい合っていた。掃除が行き届いているのか、あまり年数がたっていないように見える。そのぐらいに綺麗なのだ。きっとこの神社の巫女は、かなりの綺麗好きなのだろうな。俺は感心した。
さらに奥には古ぼけた拝殿。賽銭箱や紅白の鈴縄、蜘蛛の巣一つない拝殿に、周辺は落ち葉の一つも落ちていない。几帳面な人物が巫女なのだなと再び感心した。
空音が何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
……そういえば何か奥の方から力を感じる。顕現……というより、幻想世界そのもののような空気。ここでなら顕現の力を使えそうだ。
「玲司、奥よ奥。こっちきなさいな」
空音は手招きをして俺を呼ぶ。拝殿の脇に奥へ続く道がある。空音についていくと、奥には本殿があった。拝殿に比べ本殿はかなり綺麗で、まるで建てられてからさほど時間が経ってないように見える。
本殿の前に幼い少女が竹ぼうきで落ち葉を集めている姿があった。月白色のおかっぱ頭、水色の刺繍が入った羽織を纏う、白装束と赤い袴の巫女服を着こむ少女……なんとなくただものではない気配がした。
少女は俺達を見やると、満面の笑みで「こんにちは、ようこそ」と歓迎してくれた。
「「くうちゃん」、連れてきたわよ」
「ありがとうございます空音ちゃん。えっと、玲司さんですよね?」
彼女はその丸く青い瞳で俺を見据える。かなり小さく、10歳〜12歳ぐらいの小学生に見えるが……
「はじめまして。私は「山恒空子」と言います。この神社にある龍脈の守り人を務めております」
空子はそう言うと、深々と頭を下げる。俺も名前を名乗ると会釈する。こちらの事は既にもう知っているだろうが自分から名乗るのも礼儀だ。俺は早速本題を聞くことにした。
「ところで、俺をここに呼んだ理由……二人とも同じ夢を見た。そうだな?」
空子も空音も頷く。
「そうです。望月市はナイトメアが現出して壊れていく……そんな夢なんです」
なるほど。と俺は頷く。
その夢と俺達の事は何か関係がありそうだ。……膨大な顕現の力が溢れるこの龍脈を守る神社、それに望月市にナイトメアの強襲するという夢。今はまだ「関係がありそう」止まりではあるが、これも視野に入れて調べていかなくてはならないな。
ふと、空子が俺に近づいて左手を両手で握る。
「「これ」、あの方に魅入られた刻印ですよね」
空子は俺を見上げながらそういう。そして、手袋を外して中身を見る。
俺の左手には赤黒く悍ましい模様が刻まれていた。……これは、このゲームが始まってから奴に刻まれた呪いで、これがある限り俺の行動は奴に筒抜けであり、奴の声も頭に響いたりする。さらに、身体の自由を奪われたこともあった。
本当に、奴に監視されているというのは気分が良くない。俺は歯を食いしばる。
その様子に空子は頷いた。
「ということは、貴方は選ばれてしまったのですね」
「俺が……?」
いや、選ばれたのは———の方だろう? 俺はそう言おうとすると、空子は首を振って俺の目を見据える。
「あなたがこの遊戯を終わらせれば全てわかります。あの方は貴方を試されているのですよ」
空子は含みのある事を言うと、にこりと笑った。
「それより、ここまで来るのにとてもお疲れですよね。お茶にしましょう、とりあえず拝殿の方へ上がっていってください。お話はその後でも遅くはないでしょう?」
そういうと、空子は俺の手を引いて拝殿の方へ向かおうとする。「空音ちゃんも!」と、空音の手も引いていた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.122 )
- 日時: 2019/10/28 20:09
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
空子の案内のまま中へ入ると、広々とした和室が広がっていた。
畳の独特の香りが広がり、中央には長机、座布団も人数分揃っている。床の間には二尾の月白色の狐の絵が描かれた掛け軸が掛けられて、その前に桜の花がかわいらしく咲いている。
俺達は空子に言われるまま向かうように座布団へ座り、空子は「少々お待ちください」と言い残して部屋を去っていった。
空音は何かに気が付いたように「あ!」と声を出す。
「あー、ご飯食べない方がよかったかもね」
「なぜだ?」
俺は首を傾げて尋ねる。空音は「今にわかるわよ」と言った後、しばらく沈黙した。
そして俺が口を開こうとすると、空子が手に盆を乗せ、俺に近づく。そして正座した後、盆から何かを手に取って俺の前に出す。……これは、スーパーで150円くらいで売っていそうなカップうどんだ。丁寧にシールを張って蓋をしめている。それと、茶の入った湯飲み。香りからしてこれは玉露だろうな。空子にも全く同じものが出された。
ああ、そうだな。確かに昼飯は後でもよかったかもしれん。
「えっと、もしかしてもう食事は済んでましたか?」
空子は不安げにそういうが、俺は割り箸を手に取り、「ありがたくいただくとするよ」と言った。折角の好意を無下にすることは、男として……いや人として恥ずべき行為だ。空音も「ちょうどお腹空いてたんだよ〜」などと言い放ち、割り箸を割る。
空子はというと嬉しそうに笑っていた。……この笑顔を見ると、どうも「やっぱり無理」などと言えない。まあ、いただくとしよう。
カップうどんはきつねうどんのようだ。よくCMで「おあげがジューシー」と謳っている、有名なカップうどん。もう久しく食べていないからな、少し楽しみだ。
「いただきます」
俺と空音は同時に箸で麺をすくい、口にする。うーむ、まあ生麺に比べればやはり味は劣る。だが、なんとなく安心感のある、「変わらない味」ではあると思う。だがこういうものは、突然味が変わっても良くない。変わらないというのは、とても大切な事だと思う。
特別美味しいというわけでも、ましてやマズイというわけでもない。……ただ、出汁はやはり濃いな。まあ、カップ麺のスープや出汁は飲むものではないからな。これは空子も承知しているだろう。
さて、後はおあげだな。俺は箸にとって口にする。
……うまい。味が染み込んで甘辛いし、噛めばじゅわっと中から出汁が出てくる。たまに食べるとこう……うまい。
俺がカップを置くと、空音は満足げな顔でカップを置いて、湯飲みを手に取ってそれを口にする。俺も同じく茶を口にした。
程よい温度、そして渋すぎずほんのりと甘みもある。……こんな茶は恥ずかしながら生まれて初めてだ。本当にうまい。
「あ、お茶のおかわりもありますから、ゆっくりしていってくださいね!」
空子はそう言うと笑顔を見せている。本当に客人に対してのおもてなしは、賞賛に値する。
……いや、俺はこんなことをしにここに来たわけじゃない!
「おほん」
俺の心を読んだように空音が咳払いする。
空子ははっと気づいたように「ごめんなさい!」と言った後慌てた様子で笑みを浮かべていた。本当に危ない。俺も本題を忘れるところであった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.123 )
- 日時: 2019/10/29 20:49
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
空子は改めて会釈をした後、「とりあえずナイトメアについてお話ししますね」と言い、説明を始める。
「えっと、ですね。ご存じだとは思われますが、あなた方の言う「神」や「悪魔」、「天使」、「妖怪」、「妖精」などの架空の存在というものは、人間が生み出した幻想であり、「こんなのがいたらいいな」「こういうのがいたら面白いかも」程度の幻想や妄想が認知されて、初めてナイトメアは生まれます。それは「いてほしくない」「怖い」などの想像からも生まれてしまうんです」
空子はそう言った後、俺は相槌を打つ。それは聞いたことのある話だし、空子も「これは知っていますよね」と聞いてくる。
「人々の幻想からあの方が生まれ、あの方から幻想世界が生まれ、幻想世界からナイトメアが生まれる。……現実世界と同じしくみですよ。現実世界も誰かの夢や理想などといった幻想から生まれ、幻想が形となって現実という世界を作っているかもしれません。……あっ、この話はただの仮説ですよ!」
「あはは」と空子は笑い、後頭部に手をやっている。
「私と空音ちゃんが見た夢……あれがあの方が見せたモノ、もしくは「本当に体験した事」であれば、玲司さんのその左手に刻まれた刻印の意味に合点が行くのです。そして玲司さん、覚悟しておいた方がいいですよ」
空子は俺を見据えて離さない。その瞳は真っ直ぐ俺を捉えた。
「覚悟?」
「玲司さんはこれから不幸になる……いえ、もしかしたら人間に戻れなくなるかもしれません」
「なっ……!?」
言葉を失う。……いや、俺は人間をやめたつもりはない。戻れなくなるなどと!?
「いや、俺は——」
「仰りたいことはわかります。人間をやめたつもりはない。でしょう?」
俺は無言で頷く。しかし、空子は首を振った。
「ですが、その様子ですと、あの方の遊戯に何度も敗北し、同じ時間を繰り返し過ごしていらっしゃるのでしょう」
「……お前は一体、何者なんだ?」
俺は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。奴の事を知っている、そして……このゲームの事も。
空子はうーんっと唸って腕を組んだ。
「私は龍脈の守り人を任されている一介の幻想……と言ったところですよ」
「ナイトメアという事か」
「そういうことになります。今は龍脈の力で人の姿として現出できているのですが、元の姿は醜い化け物です」
空子は自虐的にそう言った後、笑みを見せた。
「あの方は大変気まぐれでして、何百年に一度は人を何人か集めて玲司さんのように、箱庭に閉じ込めて盤上遊戯のように人間を弄ぶのです。……それに、あの方に関わると、関わった存在は確実に不幸になると言われていますが、不幸なんて生易しいものではないと思いますよ」
「具体的には?」
「人間として生きることができず、ましてや死ぬことも許されない。私も詳細はわかりかねますが、きっと死ぬよりも辛い運命をたどる事になる……かもしれませんね」
空子がそう言い終わると、俺は湯飲みの中身を一気に口に入れ、飲み干す。
最悪俺一人が全てを背負い込んで死ねばいいと思っている。……だが、皆は関係ない。あいつらの中で一人でも死んでしまうなら、俺は……
「あの、玲司さん」
空子は俺の形相を目にしたのか、少し不安げな表情になって俯いている。
「どうした?」
「あの、玲司さんのお友達……いえ、心霊研究部って玲司さんがあの方と出会った時には、何人いましたか? ……玲司さん含めて」
「9人だが?」
俺は即答する。それは間違いはない……いや、何か忘れているような気がする。
もう一人、だれかがいたような……と俺は記憶を手繰り寄せて思い出そうと頭を抱えた。
何か、すっぽりと記憶が抜けているような気がする。一人欠けているような……
「空音ちゃん……は、わかんないか」
「うん、ごめん」
空音は即答する。そりゃあそうだ。
空子は頷くと、俺を見た。
「玲司さん、もしかしたら誰か一人忘れている人がいるかもしれませんよ。その人は最初に確実に存在した。それだけは断言できます」
忘れている人……、まさか———か? いや、そいつは人数に含まれている。だとしたら……?
これは探してみる価値があるかもしれない。俺はそう考えるとその場を立ち上がった。
「ありがとう、山恒。馳走になった」
「え、も、もう行くんですか!?」
空子はそういうと慌てた様子で俺を見ている。
「すまんがもたもたしている余裕はない。すぐに行かねばならん」
「もう、そんなに慌てなくても大丈夫よ。一朝一夕でどうにかなるような問題でもないでしょこれ」
む……確かに、探す見当もついていない。探そうにもどこを探せばいいのか……
俺の様子に空音はため息をついて肩をすくめた。
「ま、でもちょうどいい時間だし、とりあえず今日のところは解散でいっか」
空子もそれを聞いて頷く。
確かに、まだ少し時間に余裕はある。歯がゆい気分ではあるが、一旦冷静にならなければな……。
今日聞いたことを全てスケジュール帳に書き記し、それを閉じて胸ポケットにしまう。
「そうだな、すまない」
「いいえ、何のお役にも立てれていませんが……もしよろしければまた来てください。お茶を用意していますから」
俺達が帰り支度をしようとすると、空子は中身の入ったレジ袋を手渡してきた。中身は、玉露の茶葉といなり寿司だ。
「なるべく早く食べてくださいね」
空子は笑顔でそう言った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.124 )
- 日時: 2019/10/30 20:09
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
俺達が山から下りると、もう既に陽は傾いている。夕暮れの光が西から差し込み、影が伸びる。ちょうどいい時間だ。ついでに幻想世界でも探してみるか……。
そう思い、空音と別れる。「また連絡するね〜」などと言いながら彼女は俺に向かって手を振ってくれた。俺も軽く手を上げる。
さて、まずは幻想世界に適当に潜り込んで、「幻想の星柱」について知っている奴を探し出してみるか。……まあそうタイミングよく見つかるほど、ご都合のいいモノでもないが。それに空音の言う通り、一朝一夕で何とかなるような簡単なモノでもない。それは俺が一番よくわかってる。だが、なるべく早くこの盤上から皆を解放してやらねば……。そう思うと焦りが出てしまう。
……いやいや、落ち着け! 焦ったところで何も変わりはしないんだ。
俺は深呼吸する。冷静に冷静に。そう自分に言い聞かせた。
考え事をしながら歩いていたせいか、いつの間にか商店街に来ていたようだ。陽がどんどん傾いて暗くなり、商店街の店は明りが灯り、街灯もつき始める。
学校帰りの中高生、夕飯の献立を考えながら歩く女性、会社から帰ってくるスーツ姿の男性。様々な人間が様々な理由でここらを歩いていた。俺もその中に混ざる。商店街のどこかの店から漂う総菜の香り……中学生のころ、慧一と知優と一緒に買い食いを楽しんでいたな。そんなことを思い出す。
いかんいかん、目的を忘れるところだった。
俺は方向転換し、商店街の裏側に入る。……少し暗くなっているが、商店街の裏側に誰か人影が見える。……よく見れば、知優と慧一、そして葉月と谷崎だ。何か話しながら歩いている。そういえばあの二人はもう既に夢幻奏者になっていたな。目的は大かた幻想世界でも探しているのだろう。
まあ、あの四人がいるならこの辺は見なくても大丈夫だろう。俺はそう思いながら方向転換。商店街の方へ戻る。
俺は商店街を出て公園の方へ歩く。
この時間帯になると子供の姿はまばらになっている。しかし、何か冷たい感触……力の高まりを感じた。幻想世界だ。そう確信し、公園に入って辺りを見回す。
……見つけた。ドーム型の滑り台の下に、ぽっかり黒い穴が口を開けている。人の少ない時間帯でよかった。と俺はそう考え、迷わずその穴に手を触れた。すると、影が広がって俺を呑み込んでいく。思わず俺は目を閉じた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.125 )
- 日時: 2019/11/01 19:31
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
目を開けると闇が広がっているが、すぐに闇が晴れる。そこは今までいた公園ではなく、深い森のようだ。木々が生い茂り、空を覆っている。足元は草だらけで道すら見当たらない。……方角はわからないが、ナイトメアの気配を追っていけば奥へ進めるだろう。
改めて自身の身体を見回す。青いコートをベルトで固定し、かなり動きやすい格好になっている。まあ機能性重視の服装だと仕事もしやすいし、何より素早く動ける。しかも俺の顕現は空気中の水分すら凍らせるほどの氷を操るので、この夢幻武装がなければ恐らく凍傷ぐらいしていたかもしれん。
……さて、そんなことはどうだっていい。そろそろ動くとしよう。
しばらく気配を追って歩いていた。歩いている途中で、ふわふわと浮遊しながら妖精がこちらに向かって襲い掛かってきたが、空気中の水分を凍らせて動きを鈍らせて、急所を狙うなど造作もない。だが、やはり俺は守備も体力もない。だから不意を突かれて足を狙われでもすれば、俺は確実に死ぬ。……そうならぬよう、常に顕現の力を俺の周りに纏わせている。長時間はもたないがな。
気配をたどり、奥へ進むと声が聞こえる。俺は息をひそめ、木の陰に隠れる。顕現もできるだけ外に漏れないように注意しながら体の内側へしまい込むようにイメージする。こうすれば大体は気取られないはずだが……。人影は二つ。夢幻奏者でありそうだが、察するにナイトメアに身体を奪われているのだろう。……少し会話を聞いて判断するか。
「さて、と……そっちはどうよ、身体の調子」
「やっと馴染んできましたよ……後は外に出て指導者と会うだけですね」
「全く、途中で身体を壊すとか、どんな荒業を使えばそうなんだよ?」
「僕だって別に好きで壊したわけじゃあないですよ。ただ、僕の顕現に器が耐えられなかっただけです」
「たく、まだ替えがあるとはいえ、あんまり無駄にしてると怒られるぞ〜」
二人がこちらに向かってくる。一方は黒髪、眼帯をして黒装束と赤い羽織を纏う、まるで侍を思わせる少年。もう一方は青いフードで顔を隠し裾がボロボロの黒衣を纏う、暗殺者のような青年。……どちらも俺と同じ「速さで翻弄するタイプ」のようだな。
少年と青年は俺の近くを横切ろうとする。……それを気取られないように俺は後を付ける。隙をついて一気に首を落とす。……これが俺のやり方だ。
だが、少年の方が後を付ける俺に気が付いたのか、腿に巻き付けていた短剣を素早く抜いて、俺の方へ目掛け投げつける。俺は素早く手に剣を構えてそれを落とし、地面を蹴って素早く少年と青年の前に姿を現し、剣を振り上げた。
「全く、尾行とは趣味の悪い!」
「何者だお前!?」
少年は俺の振り上げた剣を自身の持つ剣で受け止め、青年は驚いて動揺していた。
「他人に名前を尋ねる時は、まず自分から……」
俺は静かに言う。
少年は俺の剣を受け止めたまま「そうですねぇ」と頷き、目を細める。
「僕は「アレス」。こちらは「デメテル」と申します。あなたは?」
「俺はレイジ」
互いに名乗ると俺が剣を振り上げると剣は弓に変わり、弓を構えてアレスの喉元に青い光の矢をつきつける。同時に、アレスも俺の喉元に剣を突き立てた。
「レイジ。あなたの目的は?」
「……黙秘」
「うーむ、できれば事を荒立てたくはないのですが。これでも僕は弱いので」
アレスはそうは言いながらも余裕を見せている。
デメテルはというと、アレスの喉元に矢を突き付けられ、動けないでいた。そりゃそうだ。矢は放ってしまえば撃ち落とさない限り目標へ止まらずに進み続ける。剣は持ち主の手で動く。持ち主が動かなければ剣も斬る敵を見失う。下手すれば、手元を狂わせて仲間を殺してしまう可能性があるから、迂闊に動くことができないだろう。
「もう一度聞きます。あなたの目的は?」
「ただの通りすがり」
俺はそう答えると、アレスが首を振った。
「もっとマシな嘘ついてください。通りすがりが殺意むき出しで尾行なんてしてしませんよ」
「じゃあ通りすがりの暗殺者でいい」
「じゃあって……わかりました。そういうことなら——」
アレスは一つ足踏みをする。突如足元に赤い魔法陣が光りながら浮かび上がる。
俺は咄嗟にその場をバク転しながら離れる。そうしながらも狙いを定め、構えていた弓から矢を放った。だが、俺の矢は魔法陣から上がった火柱によって焼き消される。
「その氷、僕の炎で焼き消しましょう。……デメテル、一気に畳みかけましょう」
「ああ、悪いね坊ちゃん」
デメテルがそう言い終わった後、地面に手を当てる。
何を仕掛けてくるかはわからんが、ほぼ想定以内……後は奴らの動き次第だ。俺は腰を低くして剣を構えて、奴らの先手を待った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.126 )
- 日時: 2019/11/01 23:38
- 名前: ピノ (ID: D71devwg)
大地が割れ、そこから鋭い岩の槍が勢いよく俺に向かって飛び出す。もう少し反応が遅ければ、串刺しになっていたかもな。そう思いながら後退し、二人から離れたところで、矢を連射する。
アレスは即座に炎の壁を作って飛んできた矢から身を守った。じゅっと水が蒸発するような音を立てながら、矢は溶ける。
俺はその隙に間合いを詰め、アレスの目の前まで迫る。
「アレス!」
デメテルがそう叫びながらアレスと俺の間に割り込んで、俺の攻撃を受け止めた。
意外に素早いなこいつ。……だが、予想通りの動きだ。
そう考えながらアレスを見やると、赤い光の魔法陣がデメテルの肩の上に浮かび上がり、赤い炎の槍が真っ直ぐ俺に向かって刺突する。俺はデメテルを蹴って後退するが間に合わなかった。俺の肩は熱された炎の槍によって突かれ、風穴を開けた。
「くっ」
思わず俺は声を漏らす。
俺としたことが……とも考えたが、あの二人の連携が取れているせいでもあるだろう。敵ながらそこは評価できる。だがその連携にも弱点は必ず存在する。そして弱点を突いて片方の首を刎ねれば、もう片方は取り乱し、冷静さをかく可能性がある。そうすればこちらのものだ。
俺はそう考えながら風穴があいた肩に手を触れる。そしてそれを埋めるように凍らせた。これで無理にだが止血はできている。さて、反撃でもしなければな。
アレスはその様子を見て感心したように目を見開いている。そして、そのあとすぐに複数の魔法陣を背後に浮かび上がらせていた。
「まだこんなものではないはずですよね、レイジ」
「当たり前だ」
俺は頭に浮かんだ言葉をそのまま口にし、剣を構える。この二人の連携は絆によるもの……そう簡単に弱点などないはず。……それでも、どちらかを再起不能にしなければ、勝てない。
「まだまだこれからだ」
俺はそう言い終わる前に、素早くデメテルに間合いを詰め、通り過ぎる。すれ違いざまにデメテルの脇腹を深く斬った。デメテルとアレスは驚くが、デメテルは俺を追いかけるように間合いを詰めて二本の短剣を両手に俺に斬りかかった。
アレスの方は俺の動きを捉えるように足元に魔法陣を配置し、火柱を起こす。だが、それを避けきり、デメテルの動きに合わせる。正直、一つでも隙を作ってしまえば俺は焼け死ぬだろうな。
デメテルは両手の短剣でバツ印に斬りかかる。だが、身体を反り、右手を地面につけてその斬撃をブーツの厚底で防ぐ。そのまま一回転し、地面に足を付ける。同時に、デメテルの懐に向かって剣を刺した。
「クソッ、なかなか……!」
肉を切る感触がする。だが、デメテルは腹を剣で突き刺されながらも、俺に向かって短剣を突き刺した。俺は自身の剣を握る手に力を込める。
アレスは「デメテル!」と叫び、俺に向かって炎の槍を投げつけた。俺はそれを避けるが、デメテルの腹に剣が刺さったままだ。
「氷の顕現よ、爆ぜろ!」
俺はそう叫び、剣に俺の持てる顕現を込めた。
その瞬間、デメテルの腹から無数の赤い氷の棘が噴き出し、氷の花を咲かせる。……成功だ、奴の体内の血液を瞬間的に凍らせて爆発させた。デメテルは声も出せないようで、「コ、オ、ォ」と不規則に音を口から出しているのみだ。……即死だ、これで生きているはずはないだろう……。
俺がそう悟ると、アレスは呆然とその様子を見ている。
「一人やった、次はお前だアレス。」
俺は一筋の汗を額から流し、デメテルに近づいて剣を抜く。その瞬間氷が砕け、デメテルだったものは赤い氷の破片と化した。誰がどう見ても死んでいるなこれは……。
アレスは唇を震わせ、拳を血が滲むほど握り締めている。
「そうですね……これで僕も本気を出せるというもの……!」
怒り……いや、殺意だ。
取り乱すよりも厄介な事になりそうだな。相棒が殺されて怒りに奮えるところを見るに、彼とデメテルは絆で結ばれた関係で、互いを大切に思っていたのだろうな。こういうタイプはたとえ俺が死のうとも、動きが止まらないだろう。
……だが、俺も止まれはしない。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.127 )
- 日時: 2019/11/03 08:27
- 名前: ピノ (ID: mnvJJNll)
アレスは先ほどまで後衛に徹していたが、剣を片手に俺に突進する。その速さは先ほどまでの比ではない。デメテルがいた時には手加減をしていたのか……いや、手加減ではない。守れなかったという哀しみ、そして怒りが彼を奮い立てているのかもしれない。
速さは俺と互角……彼の方が上か。若干押され気味だ。連続で斬りこんでくる。俺に反撃を刺せないつもりだろうな。俺は留守になっている足を狙って払う。バランスを崩すアレスだが、足を振り上げて俺の剣を持つ手を蹴り、俺は剣を落としてしまう。
アレスは一回転した後、地面に手を当てる。すると、俺の周りに六つ魔法陣が浮かび上がった。
「顕現よ」
俺とアレスは同時に叫ぶ。
魔法陣から炎が噴き出し、俺を襲う。だが、俺の方も周りに氷の壁を作り、その炎を防いだ。……だがじゅうっという音を立てて氷が溶ける。……まずいな。
「そのまま焼け死ね!」
アレスは怒声をあげる。本当に焼け死んでしまいそうだ。だが俺はここで死ぬわけにはいかない……!
俺は空気中の水分で俺の形をした氷の像を作り、アレスに気づかれないようその場から屈んで逃げる。七瀬のように自分そっくりの影を残してその場から逃げる、分身の術という奴だ。まあ、七瀬ならもう少しマシなやり方で逃げたかもしれんな。だが、十分だ。アレスは幸い、俺に気づいていないようで、俺は炎に包まれて焼けているものと思っているだろう……。
なんて楽観視しながら、炎の陰に隠れて落ちていた剣を拾ってアレスに近づく。
そして、背後に回ってアレスの首を狙い、剣を振り上げた。
「——見え見えなんですよ」
怒りがこもった表情で俺を睨みながら、俺の剣を握り締めるアレス。
「デメテルと同じように貴様も殺してやる……!」
アレスがそういうと、剣を皿に握りしめ、アレスの手のひらから血が滲む。さらに、俺の手が……いや、腕が急激に熱される。これは——
皮膚が膨張し、俺の腕が爆発した。……いや、血液が沸騰して腕が破裂した。腕は黒く焼き焦げ、袖も燃えて灰となる。
思わず悲鳴を上げ、地に這いつくばる。今までに味わったことの無い痛み……クソッ、頭がおかしくなりそうだ……ッ!!
「あら残念。浅かったですね、腕だけで済みましたか」
氷よりも冷たい声が俺の上から降ってくる。見上げると、俺をまるで汚らわしい生ごみを見るような目で見下ろすアレスの姿が。俺に止めを刺そうと、俺に手をかざす。
俺は抵抗しようにも、手に感覚がない。いや、痛みだけは残ってる……肘から下は動かせないみたいだ。これでは抵抗はできない……。
ここまでか……?
そう考え、瞳を閉じた。
……いや、まだだ。
俺は一瞬諦めかけたが目を見開いて、顔の前にある剣を見つめ、腹に力を入れる。まだ死ぬわけにはいかない、動かねば。
炭となった腕で身体を支え、瞬時に口で剣の柄を加える。よく映画などで剣を口にくわえるシーンなどがあるが、本当にやると口が裂けそうだ。だが、俺は生きている限り……諦めない! 足に力を入れ、立ち上がる。腕の激痛が、まだ俺自身に戦えと言っているようにも感じる。
「まだ抵抗するのですか!?」
アレスが驚いた様子で慌てて手をかざし、俺の足元に魔法陣が浮かび上がる。だが、俺は口にくわえた剣をアレスの顔に向かって振り下ろす。
手応えがある……アレスは叫び声をあげて、背中からその場に倒れこんだ。両手で顔を覆っている様子を見る限り、顔を斬ったようだ。だが、すぐに起き上がろうとし、剣を構える。
まだだ、止めを——
「——つあぁぁぁっ!!」
俺とアレスは同時に叫ぶ。
アレスは剣を俺に向かって刺突し、俺も剣をくわえて突進した。
——くぐもった声が聞こえる。
アレスの喉元に俺の剣が突き刺さり、アレスは崩れ落ちて「ヒュー、ヒュー」という音を発していた。俺もその場に俯せに崩れ落ち、剣を放した。
危機一髪……といったところか。俺の行動に奴が冷静さを欠いてくれて助かった。
俺はそう思っていると、目の前が霞む。
……いかん、まだやるべきことがあるというのに、こんな場所で……
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.128 )
- 日時: 2019/11/03 20:05
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
腕の痛みで意識はかろうじて保っていられる。腕の痛みだけでなく、肩の風穴の痛みもあるが……ああ、失血で死ぬかもしれん。だんだん身体が寒くなってきている。どうにかしないとな——
「おーい、おにーさん」
頭上から声が聞こえる。気の抜けた女性の声だ。
見上げようとすると、俺の身体は浮き上がって誰かの背中に背負いこまれたようだ。髪は赤く、ポニーテール。白いテープのような布で蝶々結びにしているみたいだ。体温が体に伝わってくる。とても温かい。
「生きてる〜? これからちょっと安全な場所に連れて行くから、そこで治療するわね」
「なにもの、だ?」
俺は今出せる声を放り出してみるが、本当に自分でも情けないくらいの弱弱しい声だ。
しかし、俺を背負っている女性は「無理しなくていいよ」と笑う。そして同時に歩き始めた。
「私の息子も君くらいになってるかなぁ。君と息子、結構似てんのよね〜。ああ、こんな話してもわかんないよね、ごめんね〜」
俺が返事が出来ないことをいいことに、彼女はベラベラと自身の子供について話し始める。……そういえばこの人、どっかで会った気がするな。それに、右半身がナイトメアになっているのか、右腕が歪な形になっている。まるで鬼の手だな。
「君、さっきの無茶苦茶な戦いぶりはもうやめた方がいいよ。死に場所を探してないならね」
先ほどまでの戦闘を見ていたのか、こいつ……
「みて、た?」
「うん、でも他人の勝負に横槍入れないのが私の主義でね。……もしかして、助けてほしかった?」
俺は首を振る。あの戦いは俺の戦いだ。
「だよね〜」と彼女は笑い、前を向く。ゆっくりとしたペースで歩き、俺がずれ落ちないように気にしているようだ。
「ん? そういや君……どっかで見たことあるなぁ」
彼女はそういうと「うーんうーん」と唸り始める。
俺も彼女をどこかで見たことがある気がする。……記憶が消されているのか、かなりぼんやりとしているが。名前を聞けばわかりそうだ。
「な、まえ、は……?」
「ん? ああ、私? 私は「新名愛実」だけど」
「そ、か」
俺はそう言う。「新名愛実」……俺の会いたかった人物だ。やっと会えた……。そう安心すると、急激に眠気が襲ってきた。……いや、このまま眠ろう。今日は本当にいろいろあり過ぎて疲れてきた。
「ん、寝る? まああんな事があったんじゃ疲れちゃうよね。ゆっくりおやすみ、次に目覚めたときには安全な場所だからね〜」
愛実はそういうと微笑んでいるようだった。まるで、子供をあやす母親の声音だ。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.129 )
- 日時: 2019/11/05 19:49
- 名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)
目を開けると、そこは森ではない……闇の中だ。
しかし、誰かがそばにいた。愛実だ。呑気に口笛を吹きながらちゃぶ台の上で急須から湯飲みに茶を入れている。どこから持ってきたのだ、それは……。
俺は起き上がろうとして、無意識に両手で上半身を動かす。手に痛みがない……。それどころかちゃんと動く。両腕を見ると、丸焦げだった両腕が傷一つない、元の腕があった。痣すらもない。だが、焼き焦げた袖はそのままで、両手にはめていたグローブも焼き消えたままだ。
「んお、起きた? 結構傷がひどかったけど、間に合ってよかったわ〜」
愛実はそう「にっひひ」と歯を見せて笑う。
「……えっと、その……まずは、治療していただいてありがとうございます」
俺が礼を言うと、愛実はきょとんとした顔で俺を見て、しばらくの沈黙の後笑い飛ばした。
「いいってことよ! 高校生なのに先にお礼を言うなんて、君ってば良い子だね〜! まず取り乱して「ここはどこだ!?」なんて言うかと思ったんだけど。肝が据わってるっていうのかな〜、それとも紳士的な子なのかな。好感持てちゃう〜♪」
愛実はそう早口で言いながらちゃぶ台をばんばんと、音を立てて叩いて笑っている。なんというか、男らしいというか、おっさんのようだ。
「今スペシャル失礼な事思わなかった?」
「気のせいだろう」
俺はそう静かに言うと、腕を組む。
「で、ここは一体どこなんだ?」
「私の固有空間……って言ったらわかる?」
「それなりに」
ナイトメアは一人ひとり自分の空間を持ち、それを作り出すことができる。らしい。それが所謂幻想世界と呼ばれるものらしいが、幻想世界は基本的にナイトメア達の思い通りの事が起きる。……幻想世界に入ると決まって魔物やら神話生物やらが襲ってくるが、あれはナイトメアが作り出した影であり、分身でもある。だから意思は存在せず、生み出した親の命令にのみ従う。……こう解釈している。
固有空間は心が反映されて見た目が変わるのだが……愛実の場合、闇の中にポツンと自分が生活できる家具のみを置いているだけだ。それが今の彼女の心情という事にもなる。
「壁も天井も床も闇……息が詰まりそうだな」
「そうねぇ、8年間サリーちゃんを除いて仲良くしてくれる人間なんかいなかったし、正直息が詰まる思いだよ〜?」
「サリエル……死の天使……」
愛実の周りでふわふわと羽根を羽ばたかせている、蛍火のように光る蝶。それが「サリエル」だろうな。
「……貴様」
サリエルが声を発する。表情は見えないが、声音で大体わかる。訝し気に俺を見ていたようだな。
「「あの者」に選ばれてしまったのだな」
なるほど。こいつも「顔の無い者」の関係者か。俺は即座にそう判断して頷く。愛実もそれで俺の左手を見ている。
「うーん、エグい事するよね。かわいそうに、嫁入り前なのに」
愛実は腕を組んで頷く。……嫁入り前……。
「マナミ、この者と手を組んだ方がよいではないか?」
「なーにー? 藪から棒に〜」
「マナミの力がなければ、お前の息子は……」
「ん」
愛実はサリエルの話を聞くと渋い顔をする。
俺は黙っていた。元々協力を取り付けようとしていた。サリエルがそう言ってくれるなら、俺から言う事は何もない。
愛実は「うーんうーん」と露骨に唸り始める。どういう反応を求めているのだろうか……。
「なるほど、確かにそうだわね」
と、俺の全身を見て愛実は何かを察したように頷いて、左手を差し出す。
「協定、結ぼうじゃないか少年。あ、私の右手は手握って粉微塵にするから握手は勘弁。左手でごめんね」
愛実はヘラヘラと笑う。
まあ、彼女の右手はナイトメアそのもので、たまに感覚がなくなって言う事を聞かなくなることがあるらしい。俺も右手を握りつぶされるのは勘弁だ。
俺達は握手を交わし、協力関係を結んだ。
「何もかも察してくれて助かる。俺はいろいろ奴に制限されているからな」
「うん、なんとなくだけどわかるわよ、そーゆーの」
愛実はそう笑うと、何かに気が付いたように「あ!」と叫ぶ。
「そういや、君学生でしょ。もう遅いから帰った方がいいわよ、送ったげるから」
愛実はそういうと、いつの間にか右手に持っていた刀剣の柄を左手で握って、何もない場所を縦斬りする。すると、赤黒い穴が開いた。人一人が入れる大きさだ。
「じゃ、私に用があるときは心の中で強く念じれば、夢の中に出てくるから」
「ああ、すまない」
「いいってことよ、困ったときはお互い様だよ」
愛実はそう笑い飛ばすのを見届け、俺はその穴に足を踏み入れる。
まるで幻想世界に入るときの感覚が俺を襲う。
闇が晴れ、俺の家の前……まあアパートの前だが、そこに俺は立っていた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.130 )
- 日時: 2019/11/05 23:49
- 名前: ピノ (ID: 15pPKCWW)
全く、なぜ俺の家を知っているのか……などと野暮なことを考えつつも、俺は自分の部屋の前まで歩いてドアの鍵を開ける。今日は色々あったなぁ。などと考えながら、照明をつけた。いつもの殺風景だ。
明日に備えてもう寝るべきかと思い、時計を見ると7時15分を指している。あまり時間が経ってないようだな……。俺はそう考え、テーブルの前に座って今日の事をスケジュール帳に書いた。
愛実の協力を得られたことは大きい。それに、有力な情報も得られた。次はそうだな……。
明日はこれからナイトメアに憑りつかれる人物の下に行ってみるか。放課後に気をつけろ。だけで十分だろう。……まあ、どう気をつければいいか俺にもわからんが……放課後は真っ直ぐ家に帰れ。でいいか、うん。
それにしても、今日の立て続けに自分が接触したいと感じていた人物によく会えたものだ。あのアレスとデメテルも「幻想の星柱」の、それもアポロンの腹心だ。誰かの陰謀なのか? ……と、考えるが、すぐに答えが出る。まあ、十中八九「顔の無い者」のせいだろうな。奴の盤上遊戯に立たされているわけだし。俺はそう納得した。
あとは……そうだ、心霊研究部の中にもう一人仲間がいた事、か。
そこは完璧に思い出せない。そこは本当に完璧完全に。
じゃあ仮にもう一人いるとすれば、一体今どこにいるのか? と、眉間に指を当てて考えるが、答えは当然ながら出ない。
深く考えるうちに、時計の時報が鳴る。軽快なBGMが俺を現実へと呼び戻した。無意識に時計を見る。8時を指していた。
それと同時にスマホが振動する。……おもむろにそれを取って画面を見ると、母からの電話だ。高校生という立場上、母とは毎日連絡を取り合っている。
俺は電話に出た。
「もしもし、母さん?」
「ええ、今帰ったところ?」
「はい、今から夕食の支度を——」
電話の内容は至ってシンプル。今日あった出来事を俺が報告し、何か必要なものがあれば仕送りしてもらう。程度だ。……高校生活が始まって以降、一度も頼んだことはないが、一応。
俺と母との会話は、互いに敬語だ。……別に血がつながっていないとか、継母だとか、そういうわけではない。ただ、なんとなく俺が距離を置いているだけだ。特に理由はないが、本当になんとなく。
「それじゃあ、何か必要なものがあれば言ってね」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい、母さん」
そう言い終わって俺は電話を切る。そして、背伸びをした。そして立ち上がり、窓辺に近づいて窓を開けて外を見る。特別夜景が綺麗に見えるとか、街の風景が綺麗だとか……そういうことはない。むしろ、向かい側の住宅街が見えるのと、遠くの高層ビルの光が見えるか見えないか程度。
窓を開けたのは、空気を入れ替えたいだけだ。
そして、俺はふうっと大きなため息をついた。
「もう一度……」
俺はそう呟く。
仲間を救うためには、俺ができる最善を尽くすのみ。あとは、運命の神とやらがもしいるならば、そいつに委ねるしかない。
「幻想世界を創った邪神」が実在するのだから、運命の神なんていうのもいるだろうな。
だとしたらそいつに願うことがある。
——俺が犠牲になる事で仲間を救えるならば、俺はどうなってもいい。……仲間の命だけは助けてくれ。と。
まあ、そんな奴はふんぞり返って俺達を嘲笑っているものだ。だから俺は俺自身の力を使い、皆を救う。こんな茶番は早く終わらせるべきだ。
俺はそう思いながら、拳を強く握りしめた。
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...