複雑・ファジー小説

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.131 )
日時: 2019/11/06 19:24
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)

第十一章 幻想は現実になる


 玲司は準備を進めていた。
 仲間をナイアーラトテップの箱庭から解放するために。

 全ては悠樹にナイアーラトテップの問いを答えさせるために。
 全ては茶番を終わらせるために。

 玲司はナイトメアを倒しながら「幻想の星柱オリュンポス」に所属するナイトメアを探していた。アポロンの言っていた通り、舞台は整っているそうなので、比較的簡単にアポロンの腹心を見つけ出して倒すことができていた。もちろん、引き出せる情報を全て引き出して。
 今日も腹心の一人である「アフロディテ」を瀕死まで追い詰め、アポロンと美浜渚についての情報を引き出している最中だった。
 玲司はアフロディテの喉元に剣先を突き立てて、彼女を見下ろしながら冷たく言い放つ。

「答えろ、アポロンについて、あとその協力者である美浜渚について、全てな」
「そ、そんなの答えたら殺されちゃうわよ! それに、ミハマナギサの事はあたしもしらないんだってぇ〜!!」
「答えたくなるように皮を剥いでやる」

 玲司はそういうと、首に剣先を突き付ける。彼女の首筋に赤い点が広がり、ちくりと痛みが走る。本気でまずい状況だと感じたアフロディテは「わかったわかった!」と慌てて声を荒げる。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! いうから、言うからお願い放して!」
「じゃあこの場で言え」
「うぅ、わかったわよ……」

 アフロディテはアポロンについて話し始めた。概ねサトゥルヌスから聞いた話と一致し、今現在、祭壇と永劫の螺旋を造っている最中だという事も聞くことができた。玲司は「目ぼしい情報なし、か」と深い溜息をつくと、剣を振り上げる。アフロディテはそれを見て、腹の底から大声を上げた。

「こ、こここ、殺さないって! 殺さないって言わなかった!?」
「言ってない。すまんな」

 玲司は感情のない声でそう言い放つと同時に、剣を思いっきり振り下ろしてアフロディテに止めを刺した。ナイトメアも人間も本質は同じ。自分の命が惜しいから平気で嘘をつくし、平気で仲間も裏切るものだ。アフロディテはそのタイプだったようだ。
 玲司は剣についた血糊を、一振りして落とす。
 アポロンの情報はある程度把握はできてきたが、やはり美浜渚の情報は少ない。学校で奴を尾行しようかとも考えるが、ヘタに動いて自分の存在を気取られるのもマズイ。……いや、もう手遅れか。アポロンの腹心を数人始末してるし。玲司はそう考えながら、とりあえず今日はこの辺にしておくかと頷いて、出口へと向かった。
 そういえば、昨日は心霊研究部が部員が集まったと報告してきたな。確か昨日入った人物の名前は……「新名悠樹」。やっと思い出せた。名前だけ。
 玲司はそう頷きながら幻想世界から出ようとする。

「——誰だ!?」

 玲司は何かの気配を感じ、勢いよく背後を見る。……ここは瓦礫だらけの遺跡。影に隠れているかもしれない。念のために探し出してみるか? とも考えたが、自分は今体力を消耗している。……ここは一時退却するか。と玲司は思い直して、幻想世界から出た。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.132 )
日時: 2019/11/07 19:55
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)


 翌日、玲司は学校へ登校後、ある人物と会っていた。同級生であり、同じクラスでもある「永谷公太」である。
 生徒会長に呼ばれてかなり困惑しているようだ。……獲って食うというわけでもあるまいに。と玲司は呆れているが、簡潔に伝えたい事だけを伝えることにした。

「永谷、放課後は真っ直ぐ、寄り道せずに帰るんだぞ」
「え゛っ!? あの、えと……はい」

 玲司は言いたい事だけ言い終わるとその場から去る。その様子に首を傾げている公太だが、玲司は「しつこく忠告しても、親兄弟でもない自分のいう事なんか聞くわけがない」と考え、とりあえずそう伝えただけだった。
 あとは公太についていけば、前回のようにナイトメアに憑りつかれて幻想世界が生まれ、悠樹と玲司が出会って、自然に心霊研究部に入れる。……まあ予定通り事が運べば、の話だが。
 本当は時恵の時にでもどさくさに紛れて入り込んでおけばよかったのだが、あの時はサトゥルヌスが悠樹達の力を調べるために、自作自演していたので入ろうにも入れなかった。
 その後の風奏と陽介の時も、ちょうどアフロディテを始末していたところだったので、タイミングが合わず。そういうわけで、公太を利用する形になってしまうが、彼を前回のようにナイトメアに憑りつかせる。
 と、自身の中で計画を立ててていた。

 授業中、ノートに黒板の内容を書き写しつつも、今までに倒したアポロンの腹心をまとめていた。
 アレス、デメテル、アテナ、ポセイドン、アルテミス、そしてアフロディテの計6人。
 空子の話によると、アポロンの腹心は全員で14人。そのうち5人が結成してクーデターを起こそうとしている。名は「サトゥルヌス」、「ユピテル」、「ヘスティア」、「プルート」、「ヘラ」。
 腹心は残り3人だ。
 しかし、ここまで円滑に事が運ぶのは、何かの陰謀じゃないか……と玲司はため息を小さく吐くが、よくよく考えれば陰謀だったな。と自答した。

「御海堂君、ここ、わかるかな?」

 唐突に教師が玲司に声をかける。玲司はひるむことなく立ち上がり、質問に答えた。
 考え事をしながらも授業の内容はちゃんと聞かなければ。……とはいえ、もう何十回もやった内容なんだがな。と玲司はそう思いながら席に座る。
 だが、今度こそ必ず終わらせよう。何度目かの誓いだが、何度だって誓ってやる。
 そう拳を握り締めると、そんなタイミングを見計らったかのように、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.133 )
日時: 2019/11/08 20:58
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)


 放課後になり、クラス皆は席から立ちあがって各々自分の目的の為に教室を去っていく。もちろん、残っている者もいるがすぐにどこかに行ってしまうだろう。玲司は公太の様子を見る。
 彼は立ち上がってリュックを背負い、教室から去ろうとしていた。玲司は気づかれないように彼についていく。幻想世界で暗殺者として動いていたため、気取られずに動くなど容易い。……ただ、相手が鋭いとすぐに気づかれてしまうが。
 その間にも玲司は考え始める。
 美浜渚について、自身の生徒会長という立場を利用して、聞き込みや情報収集をしてみたが、二つだけ分かったことがある。
 一つは、彼が転校生であること。もう一つは、謎だらけでそれ以外はわからないこと。
 アポロンの腹心や、同級生、友達などにすら自身の尻尾を出さないなどと、とんだ狸だな。と玲司は舌打ちをしそうになるが、我に返って公太を見る。しかし、公太の姿はなく玲司はその場を走り、公太が消えたと思われる場所を見る。
 そこには空間にひびが入り、黒い穴が開いているのが見えた。玲司は迷わずその穴に入り込む。

 穴に入ると、身体が浮くような感覚に襲われ、視界が闇に閉ざされる。
 そして、視界が晴れて身体に重力が戻り、地面に足が付く。玲司が立っているそこは、氷の洞窟だった。天井もかなり高く、氷柱も垂れ下がっている。


「新名さん……」

 玲司は愛実を呼んだ。強く彼女の存在を念じ、思い浮かべる。すると、突然空間に切れ目が生まれて、穴が開く。そこから顔を出したのは、赤いポニーテールの女、愛実だった。

「ほいほーい、呼んだ?」
「はい、先日はどうもご無礼の数々……」

 玲司はまず先日、初対面なのにかなり失礼だったことを詫びた。だが、愛実は笑いながら手をひらひらと上下に振る。

「なーにー? そーんなこと気にしてたの〜? 細かいこと気にしなーい気にしなーい♪」

 そう言った後、赤い刀を担いで穴から出てくる。

「よっと。ん、ここが公太君って子がいる幻想世界?」
「はい」
「あ、敬語なし。私は君の上司でも部下でもなんでもないから」
「わかった」
「素直だねぇ、好きだよ」

 愛実は笑い飛ばすと、上を見上げる。

「うーん、多分公太君に憑りついてるの、アポロンの腹心じゃないかな」
「なぜわかる?」
「オンナの勘ッてやつぅ?」

 玲司は無言で愛実を睨む。愛実は玲司の冷たい視線に、「あっはは」と困ったように笑った。

「んもう、ジョークジョーク! 本当は、顕現の色っていうか、高まりっていうか……」
「……確かに言われてみれば、顕現の高まりが段違いだな。それに……これは、水色か? 色も見える。それに、これは……二つの色が見えるな。あとは——」

 玲司がそう分析していると、愛実が目を見開いて玲司を見ていた。玲司はそれに気づいて首を傾げる。

「なんだ、どうした?」
「ん、君……本当に人間? 普通人間はそこまで見えないよ?」

 愛実にそう指摘され、痛いところを小突かれたように玲司は押し黙る。
 確かに、最初は見えなかったものが、今は見えてくるようになってきていた。それに、最近では集中すれば現実世界でも顕現の力が多少なり使えるようになってきている。どういう兆候なのかはわからないが、支障はないので放置していた。
 が、これは……

「それは私たち側にならないと見えないものだよ。もしかして、もしかしたら……」

 愛実は今までに見せたことの無い表情で玲司を見ている。サリエルも先ほどから黙ったままだ。

「そんなことより、アポロンの腹心だとすれば美浜渚の事を知っているかもしれん。心霊研究部がここに来るまでに聞き出しておくぞ」
「待った待った」

 愛実はすぐにでも走ろうとする玲司を止める。

「公太君って子の顕現、相当ヤバイわよ。こりゃあ一筋縄じゃいかんかもね」
「知ってる。奴は近接での力量は新名さん以上だと思う。だが、10回以上は隙をついて勝ったことがあるからいける」
「逞しいわねぇ……」

 玲司は「いくぞ」と愛実に言うと歩き出し、「へいへーい」と返事をしながら愛実とサリエルは玲司についていった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.134 )
日時: 2019/11/09 20:46
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)


 二人が上へ向かう途中で、弓を持つ妖精と青い鱗を持つ飛竜が襲い掛かってくるが、二人は難なく倒していく。だが、玲司の顕現はあまり効果がないらしく、せいぜい足場を作って空中戦で仕留めていくぐらいにしか役に立たなかった。
 一方、愛実は自身の持つ刀を使い、敵を一刀両断していく。玲司は彼女の戦いぶりを見て、顕現を全く使っていない事に気が付いた。玲司は何げなく聞いてみる。

「顕現の力を使わないのか?」
「ん? ああ、私ね、顕現を使えば使う程身体が硬直して動かなくなるのよ〜。で、ぜーんぶサリーちゃんに持ってかれちゃうの。だからなるべく使わないようにしてるの、動かなくなったらサリーちゃんが大変だもん」

 愛実はサリエルを指さしながらそういう。サリエルもそれに肯定する。

「そうだ、顕現を取り戻せば元の姿に戻れるのだが、マナミを背負いながら何かするのは勘弁願いたい。この女、重いからな」
「むぅ、私そんな重くないもん!」

 サリエルに愛実は反論するが、玲司は咄嗟に愛実の肩越しに剣を突き付ける。
 同時に、愛実は刀を両手で構え、玲司の肩越しに剣を突き付けた。
 二人の背後には黒い影が剣を突き立てられ、黒い靄を発しながら消滅していく。

「……そういや君の名前、聞いてなかったわね、なんてーの?」
「御海堂玲司、玲司でいい」
「おっけ。ごめんごめん、他人の名前は聞かない主義なんだけど、いちおーね」

 愛実は笑いながら、刀を肩に担いだ。そして、目的地に近づくと突然顔色を変える。

「すっごい川の淀みに近い顕現の高まり……。こんな人間がいるなんて!」
「世の中は広い。そういった人間がいるのも不思議ではなかろう」
「すごいなぁ、長生きするもんだね」

 愛実は顔色を変えながらも笑っている。
 笑えているという事は、まだ余裕であるということだ。鼻歌まで歌い始めている。

「玲司君って弓使えるんだっけ」
「ああ」
「じゃ、サポートお願いね、私が前に出ていっちょ派手にやるから。うーん、こんなつえぇ敵と戦えるなんてオラワクワクすっぞ! なーんつって♪」

 玲司は愛実のはしゃぎように頭を抱えた。だが、こんな風におちゃらけていなければ、8年間も孤独に耐えられるはずもないか……。どれが真意か、どこまでが冗談なのかはわからないが、退屈しない人物でもある。

「いくぞ」
「おっけ♪」

 二人は洞窟の最奥であり、公太がいる上部へとやってくる。意外に開けた場所で、天井も高めだ。
 そこには銀色の甲冑を着こむ人物……公太が二人を待ち構えていた。

「やあ」

 愛実は公太に挨拶する。本当にフランクな挨拶で玲司は呆れて物も言えない。

「「やあ」って……なんだよそのふざけた挨拶は」
「え、アメリカじゃ何て言うの?」
「あめりか……?」
「耳を貸すな、こいつの話はまともに聞くと頭が痛くなるぞ」

 玲司の言葉に愛実が「なんでさ」と不機嫌そうに頬を膨らませる。
 公太は咳払いをした後、気を取り直したのか両手を打ち鳴らした。

「そんなことより、ここへ来たって事ぁよォ、俺と死合いに来たんだろ? いいぜいいぜ、喧嘩っつーのは何も考える必要ねえからな!」
「おー! じゃあ私が相手ね!」
「おもしれえ、てめえ絶対強いだろ! 強いだろうな! 楽しくなりそうだぜ!」
「うーん、私も年甲斐なくはしゃいできちゃった、勝負勝負! ナイトメア(私たち)は力こそ全てってね!」

 公太と愛実は勝手に盛り上がり、勝手にはしゃぎだして、勝手に戦闘開始する。二人は先手とばかりに思いっきり攻撃を仕掛けた。愛実の刀と公太の拳が同時にぶつかり、衝撃波を生み出して玲司は思わず顔を両腕で覆い、伏せる。
 二人は武器と拳を打ち合う度に大声で笑いだし、挙句の果てには周囲に目が入らず、地面や壁、天井などに穴がボコボコと開き始めた。
 玲司は援護しようと弓を引こうとするが、二人があまりにも素早いため、狙いが定まらない。
 愛実は顕現をあまり使わないでおこうと考えていると、公太が突然愛実に言う。

「顕現を使わねえとかつまんねーこと考えてんなよ、てめえ」
「ん、私の考えてることわかっちゃった?」
「わかるさ、それがこの器の顕現だからな」
「面白い! 面白いぞ君!」

 愛実は楽しそうに笑っていた。心を読む相手というのは今まで戦ったことがなく、考えてることを読むなんてこれ以上面白い相手はいないと。
 だが、公太は突然顔を玲司に向ける。

「こいつが俺達の喧嘩に割り込んでくるってのもな!」

 公太はそう叫ぶと、玲司に向かって瞬時に距離を詰め、正拳突きを玲司の腹に向かって決める。玲司は瞬時に自身の腹を氷で覆うが、いとも容易く砕けてまともに受けてしまった。
 玲司は吹き飛んで床を滑る。

「ちょ、玲司君!」
「邪魔だからどっか行け」

 公太がそう言い放つと、玲司に近づく。だが、愛実は刀を構え、玲司に向かって居合斬りを放った。
 その瞬間、玲司が倒れている床に穴が開き、玲司はその穴に吸い込まれて落ちてしまった。
 公太は驚いて周りを見ると、愛実の姿もない。彼はため息をついて、肩をすくめた。

「はあ、興が冷めたぜ」

 と一言こぼしながら。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.135 )
日時: 2019/11/10 22:20
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)

 玲司が目を覚ますと、そこは一筋の光が照らす場所だった。
 すぐ目の前には奈落の底が見え、気をつけなければ落ちてしまう。崖っぷちではあるが、人が立って歩くには十分の広さではある。
 周りを見ると、愛実が仰向けになって寝転がっていた。その隣に愛実と同じ髪色の、少年とも少女ともとれる人物が座っていた。愛実の周りで飛んでいた蝶の姿が見当たらない。多分この人物はサリエルだろう。サリエルは無表情で玲司に尋ねる。

「気が付いたか、レイジ」
「ああ……どれぐらい寝ていた?」
「現実世界では月が二回顔を出して沈んでいる」

 二日……か。と玲司は冷静に考えながら、寝転がる愛実を指さす。

「新名さんは無事か?」
「当然、顕現がなくて立ち上がれないだけだ。私が顕現を使い果たせば起き上がれる」

 サリエルはそう言った後、愛実は目を開けて玲司の方を見た。

「玲司君、公太君と繋がってるあのナイトメア、気をつけた方がいいわよ」

 愛実の唐突の言葉に、玲司は彼女の顔をのぞき込む。

「どういうことだ?」
「そのまんま。直接戦って分かったけど、公太君とあのナイトメアの繋がり、物凄く強くリンクしてる。だからとんでもなく強かったし、引きはがすなら早くした方がいいわよ」
「その事か、それならずっと経験してきた。……繋ぎ目を斬れば簡単に引きはがせるさ」

 玲司は腕を組んでそう言うと、愛実は「たのもし〜」と笑った。
 かといって、のんびりしてる暇もないんだが……。玲司はそう思い、目の前の壁に剣を突き立てる。ガキッという氷の砕ける音がして氷の壁に剣が突き刺さった。サリエルは腕を組んで玲司を見る。

「何をしている?」
「壁を登る」
「正気か?」
「正気じゃなきゃこんな事はせんさ」

 玲司はそう答えると、剣と自身の顕現を使い、壁をよじ登る。

「新名さん、サリエル、ここでお別れだ。あとは俺一人でもできる」

 玲司は二人の方を見ずに登りながら大声でそう言い残した。
 愛実ももう既にはるか上によじ登っている玲司に「うん、わかった、おたっしゃで〜!」と叫ぶと、目を閉じていびきをかき始めた。

「……全く、人間というのは本当に逞しいな」

 サリエルはそう腰に手を当てて呆れながらそう言った。そして、玲司に向かって手をかざす。

「少しばかり助け舟を出してやる、最後まで諦めるなよ、少年よ」

 そう言い終わると同時に、玲司の身体が淡い青色に光る。だが、本人は気づいていないのか止まらず登り続けていた。

「ん、何したの」

 愛実は上半身が動くようになったのか、上半身だけを起こしてサリエルを見上げる。

「少しばかり生の力を与えたんだ。これで登りきるまで体力が持つだろう。途中で落っこちても困るからな」

 サリエルがそう答えると、愛実はにひひっと笑う。

「なんだかんだ言って助けてくれるんだ〜」
「当然、お前が信頼できるなら、私とて信用くらいするさ」
「ツンデレさんだなぁ」

 愛実がニヤニヤと笑うと、サリエルはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.136 )
日時: 2019/11/11 19:03
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)


 玲司は壁を登る。氷の壁は意外にも砕けやすいのか、剣がよく刺さる。下を見下ろすと、もう自分がいた場所は見えなくなっていた。上を見上げるとまだまだ上があるのか、天井は遠い。
 黙々と登っていると、途中で大きな穴を見つけたため、そこに入って腰を下ろした。休憩がてらに両腕を地につけて身体を支え、何気なく見上げると、穴を掘り進めて上に登るか。と考えつく。まあ、前回もそれで偶然心霊研究部がいたわけだし。と頷くと、剣を頭上に向かって突き刺して、まるでピッケルで砕くように、穴を掘り始めた。意外に簡単に砕けるので、どんどん掘り進める。
 やがて、上の方から淡い光が漏れてきた。……地上か。と玲司はそう思いながら掘っていく。
 何か話声も聞こえてくる。誰かいるのだろうか……と思い、思いっきり剣を上に向かって突き刺すと、バリンという大きな破裂音と共に、氷が砕けて、光が漏れる。暗闇に慣れていたため、顔をしかめるが、上に登って地上に這い出る。

「うわぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 と、同時に驚いたような声が複数重なって、大音量で耳に入る。耳を塞ぎながら声のする方を見ると、複数の人間がこちらを見ていた。
 とりあえず、聞いてみるか。

「む、誰だ、お前たちは?」

 見知った顔も複数いるが、見知らぬ顔もいる。銀色の髪の少女と、目の前にいる黒髪の少年だ。
 少年が恐る恐る前に出て、玲司に尋ねる。

「お、俺は新名悠樹。こっちの皆は幻想世界対策本部所属の夢幻奏者で……」
「新名、悠樹……?」

 玲司はそれを聞いて、その場を立ち上がり、悠樹と名乗った少年の顔をまじまじと見つめる。
 情けない顔だな。と第一印象。その後、少しずつ忘れていた記憶が蘇る。まるでジグソーパズルのピースを埋めるように、どんどん記憶が鮮明になっていく。
 そして、彼がこれから自分の身に何が起きるか、自分自身がどうなってしまうのか……という記憶も蘇り、口を開こうとするが、すぐに首を振って、「いや、覚えているわけがないか」と俯いて首を振った。

「は?」

 聞こえていたのか、悠樹は首を傾げて声を上げる。玲司は彼の顔の前に手をかざす。

「こちらの話だ」

 そう一言添えて。
 その後、悠樹は訝し気に顔をしかめる。

「えっ……いや、いきなりなんなんですかあなたは……」

 何十回と聞かれた質問……何度でも答えてやろうではないか。と玲司はわざとらしくため息をつく。

「俺は「御海堂玲司」。星生学園の生徒会長だが、知らないのか?」

 そう答えた後、彼が驚いて自分を指さすこともわかっている。だからこそ、何か複雑な心情になってしまう。……いや、考えても仕方がない。そう思い込むことにした。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.137 )
日時: 2019/11/12 22:55
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)

 玲司は皆を置いて先行することにした。
 自分がいなくても難なく進めるだろうし、不思議とまだまだ体力が有り余っているような気がする。
 また同じ道を進み、今度は公太のいる場所の手前まできて、一度休憩するべく座り込んだ。溜息をつくと、背後から愛実の声が聞こえる。……背後は壁なのだが。

「玲司君、お疲れさ〜ん」
「新名さん、後ろは壁のはずですが」
「私に壁の概念なんか通用しないんだよ。それよりも、疲れてるでしょ。これあげるから飲みな〜?」

 愛実は玲司の手に何か筒のようなものを手渡した。玲司は手渡されたそれを見てみると、水筒のようだ。背後に顔を向けると、もうそこには誰もいなかった。

「本当に気まぐれだな」

 玲司はそうつぶやくと、水筒の中身を口にする。中身は温かい茶で、体が温まってきた。つい飲み干してしまうと、水筒をどこに置けばいいのやらと周りを見た。とりあえず地面に置くと、その直後、地面がぱっくりと割れる。玲司は驚いて身震いさせるが、割れた地面から白い腕が伸びて水筒を掴む。

「玲司君、グッドラック〜」

 そう声が響くと、白い腕は水筒を掴んだまま左右に振って、地面の中に消えてしまう。その後、地面は縫い付けるように塞がり、何事もなかったように元の地面に戻っていた。
 本当に神出鬼没な人だ。と玲司は呆れ半分に肩をすくめる。

 その後、皆が追いついて公太との戦闘が始まった。
 玲司は皆が戦っている間に、公太の周りの空気を凍らせ、徐々に動きと思考を鈍らせていく。まあ、玲司からすればスローモーションのように動きが鈍くなっているのだが、悠樹達からすればまだまだ素早い動きと圧倒的パワーで押されてしまっているだろう。
 玲司は皆を囮にしているようで申し訳ない気持ちではあったが、こうしなければ十中八九彼に勝つことができない。今までも、誰かが公太の気を引いてくれたおかげで何とか勝っている。
 本当に、自分はまだまだ弱いな。……そう考えながら、注意力が散漫となった公太に素早く近づき、首筋を握る。そして彼に耳打ちした。

「アポロンの腹心だろう、貴様」
「——!?」

 公太は目を見開いて目だけを玲司に向けた。

「なぜ、それを……!?」
「それは貴様の知るところではない。俺が聞きたいのは二つ。一つはアポロンの情報、一つは美浜渚の情報。それだけ言えばお前を解放しよう」

 玲司は周囲の空気を凍らせて彼の自由を奪う。もちろん自分も動きにくくなってはいるが、瞬時に彼の首を掻っ切るなど容易い。公太は「くう」と声を漏らす。

「わかった、言うよ。総長と協力者の話だろ?」

 公太が口を開く。アポロンの情報は玲司も知っているし、何より今まで引き出したモノとほぼ同じ内容でもあった。だが、玲司の興味を引いたのはその次の情報であった。

「全ては「ナイアーラトテップ」の手引きによるものだ。新名悠樹か御海堂玲司の二人を空席に座らせるために、総長に現実世界を襲わせ、美浜渚をこちらの世界に呼び込んだ」
「……わかった。では、美浜渚は今どこにいる?」
「お前らの近くにいる。すぐ近くに」
「では、美浜渚の目的は?」
「総長と一緒になって殺戮を楽しんでる……って前に言ってた」

 「それ以上はわからん」と公太はそういうと、玲司は無言になる。

「これ以上俺は何にも知らねえよ。もういいだろ、解放してくれよ!」
「ああ、わかった」

 玲司はそうつぶやくように口を開くと、公太の首筋にある黒い影を掴み、それを掻っ切った。影は悲鳴を上げる暇もなく消え去り、公太は糸の切れた人形のように足元から崩れ、倒れる。
 玲司は倒れた公太を介抱し、同時に宙を見上げる。

「次は、どうやって奴をおびき出すか、だな」

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.138 )
日時: 2019/11/14 08:25
名前: ピノ (ID: qO10t4WB)

 公太を救出して数日が経つ。
 玲司は渚を倒すための算段を立てていた。一筋縄ではいかないだろうが、彼を今のうちに倒しておけば、障害がなくなるはず……。
 手を汚すのは自分だけでいい。玲司はスケジュール帳にそう書き込むと、閉じて胸ポケットにしまう。
 渚を呼ぶために、一年の教室へと訪れた。一年三組の教室をのぞき込むと、渚は数人の生徒と楽しそうにしゃべっている様子が見えた。こうしてみると普通の男子学生だ。……とてもじゃないが、別世界に潜り込んで人殺しに加担しているようには見えない。だが、そんなことはどうだっていい。こいつが悠樹達の障害になる事は、もう何度も経験している。
 玲司は教室に入って渚を呼ぶ。

「美浜、話がある。今、大丈夫か?」
「うーん」

 渚は玲司の顔を見て何かを察したように、笑顔が消え失せた。……いや、見間違いかもしれない。笑顔はそのままだ。渚は時計を見る。昼休みが終わろうとしているところだった。

「今はちょっと」
「じゃあ今日の放課後、すぐに帰らず校門で待っていろ」
「もしかして、ぼく……告白されちゃうとか?」
「ふざけたことを抜かすな、話があるだけだ」

 渚は「ふーん」と言ってから頷く。彼の目は気のせいだろうが笑っていないように見える。こちらの正体には気づいているだろうな。でなければ、その程度だという事にもなる。
 玲司は「ではな」と一言いうと、その場を立ち去った。

 美浜渚は危険因子だ。速やかに排除しなければ、アポロンと束になって牙を向けてくるだろう。……それだけは避けたいので、愛実や空音に協力を取り付けた。空音も快く引き受けてくれたし、愛実も同じくだ。
 どんな事になろうとも、必ずこの手で……! 玲司は自身の手を見つめ、強く握りしめる。
 そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。すでに教室に戻っており、玲司は自身の席に着く。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.139 )
日時: 2019/11/14 21:16
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)


 放課後、玲司は約束通り校門前へと赴く。少し待っていると、渚が「ごめんごめん」と手を振りながら近づいてきた。

「待った?」
「今来たところだ」

 玲司は素っ気ない返事をすると、校門前から見える山の方を指さす。

「少しばかり歩くことになるが、いいか?」
「ん? うん。どこ行くの?」
「山の上の神社だ」

 渚は「ふーん」と顔色を変えずに返事をする。
 玲司はそんな渚を見て、「遅れるなよ」と一言言ってから歩き出す。もちろん、彼の隣を歩きながら。
 二人はゆっくりと歩く。いや、傍から見れば普通に歩いているのだが、玲司からすれば一歩一歩緊張感が走りながら踏みしめながら歩いている。渚は残虐な性格であり、笑顔をはりつけているためか、思考が読めず、何を考えているかさっぱりわからない。だからこそ現実世界にいる時でも警戒が必要だ。

「ところで、神社には何しに行くんですか?」
「お前に会わせたい人がいてな」
「……へえ」

 渚はそう返事すると、玲司の顔をのぞき込む。

「会わせたい人ってどんな人ですか?」
「俺の知り合い」

 渚はさらに尋ねる。

「その人とぼく、どういった関係があるんでしょうか?」
「会えばわかる」

 玲司は渚と目を合わせないようにしている。ポーカーフェイスには自信があるが、こいつにわずかな表情の変化で何かを悟られるのは避けたかったからだ。もう何もかもバレバレかもしれないが……。
 そう考えていると、渚は「ふふっ」と笑う。

「御海堂先輩って不思議な目の色ですよね、左右違うなんて」
「それがどうした?」
「その目には何が見えてるのかなって」

 妙な事を言い出すもんだと玲司は訝し気に渚を見る。彼はケラケラと笑っている。揺さぶりをかけているのだろうか?

「お前と同じものが見えているぞ」
「そっかぁ、だよね」

 渚がそう返事すると、またケラケラ笑う。
 こちらの腹を探るような質問を受け流しながら歩いていると、やっと神社に登る階段が見えた。少し安心できる。神社の前には空音がいたからだ。
 空音はこちらに気が付くと、手を振っていた。

「お疲れ、玲司。……この子が件の?」

 空音の質問に玲司は頷く。渚も空音を見て、軽く頭を下げた。

「玲司、なんか心なしか疲れてる?」
「質問攻めでちょっとな」

 玲司はそう答えると渚の方を見る。
 彼は何かを凝視していた。その先を見ると、住宅街の建物の間の影で何かが蠢いているようにも見える……幻想世界の入り口だ。
 渚はおもむろにそれに近づいた。が、玲司は渚の肩を掴んでそれを制止する。

「どこへ行く?」

 玲司がそう声をかけると、渚は玲司に振り向かず、つぶやくように口を開く。



「せっかくだけど、御海堂先輩のご招待は受けられないかな」

 玲司はその言葉に驚きもせず、「そうか」と答える。
 そしてこの後彼がどういった言葉を口にするか、どういう行動をとるか……玲司は察したように身構える。

「その代わりとは言っちゃなんだけど……」

 渚がそう言い終わる前に、蠢く影が玲司と空音の足元まで伸び、二人の足を掴んで影へ引きずり込もうと呑み込んだ。
 空音は驚いて声を上げるが、玲司は冷静に流れに身を任せる。
 罠にはめるつもりが、裏を取られて待ち伏せされるとはな……と深い溜息をつく。

「きみ達を舞踏会に招待するよ」

 渚は振り向いて、笑顔を見せながらそういうと、玲司もふっと笑う。余裕の笑みである。

「ならば招待を受けよう。最も、俺のダンスは激しいぞ」

 空音は「こんな時に呑気な事言って……」と思うが、むしろこれはチャンスではないかと考え、玲司と同じく流れに身を任せた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.140 )
日時: 2019/11/17 19:33
名前: ピノ (ID: C9Wlw5Q9)


 玲司は目を開けてすぐさま起き上がる。ここは闘技場だろうか? 客が大勢座る観客席に囲まれた、広い場所……まるで見世物にされているようで気分は良くない。客は俺が起き上がったのを見て声を上げる。よく見たら客は全てナイトメアだ。全く暇だな。と玲司は眉間に指を当てて溜息をつく。
 あちらはこちらを胃袋の中にでも入れたつもりだろうが、逆に食い破ってやろう。……玲司は周りを見回すと、空音は起き上がって服についた埃を払っている様子だ。

「玲司、何この状況」
「闘技場にいるようだ」
「知ってるわよ、それくらい。そうじゃなくって、どうなるの私たち」

 チャクラムを構えながら四方八方を見回す空音。何が起きるかなんて、すぐに答えは出るはず。玲司は自分も剣を構えて空音と背中合わせになる。

「渚は?」
「わからん。だが、どこかから見ているのは確かだな」

 玲司は吐き捨てるようにそう言う。すると突然奥にある鉄格子が閉まっていた入り口が、音を立てながら開き、奥から武器を持った骸骨や悪魔などがこちらに向かってくるのが見える。
 大群で押し寄せる彼らに向かって、空音は先手を取り、チャクラムを投げる。玲司も剣を弓に変化させ、3本同時に光の矢を引き、放った。
 チャクラムと光の矢が現れるナイトメアを一掃し、消滅していく。……だが、次から次へと大群で押し寄せる彼らに、玲司は舌打ちした。

「キリがないなこれは」
「なんかいい方法ない?」
「空音、お前の顕現は使えんのか」

 再び剣に変化させ、それでナイトメア達を切り倒しながら玲司は空音に尋ねる。空音もチャクラムで周りのナイトメアを斬っていきながら首を振る。

「数が多すぎるわ。ま、限界まで頑張りましょう」
「無茶を言うな…」

 玲司はそうぼやきながらも剣を振る。
 この状況を打破するには……と玲司は空音を見る。空音はおもむろに透き通った水色の石を取り出して握り締める。途端に、石は淡く光り出す。

「少し時間がかかるわ、それまで何とか耐えてちょうだいな」

 空音はそう言って再びチャクラムを持ち、敵を切り伏せる。その動きはまるで踊っているかのようだ。玲司もなるべく一撃で仕留められるように、敵の首を狙って切り落とす。
 次から次へと敵はくる。玲司と 空音は疲れが見え隠れしてきていた。数が圧倒的に多く、同時に狙われて傷を受ける。そして傷をつけた敵を仕留めてもまた別の敵が傷をつける。その繰り返しだ。……浅い傷でも増えてしまえば深い傷となり、二人は追い詰められていく。

「玲司、ごめん」

 空音はそういうと、その場に倒れる。玲司は「心配するな」と一言いうと、倒れる彼女に手をかざす。空音は氷の箱に包まれ、玲司は彼女を守るように敵からの攻撃を防いでは斬っていた。

「悪いが俺はまだ動けるからな。それまではお前を守ってやる」
「「守ってやる」……ってあんたねぇ、もうちょい、言い方ってのが……」

 氷を砕こうとナイトメア達は、武器を振り回すがはじかれる。氷はまるで鋼鉄の壁のように固い。氷を砕けないと悟ると、彼らは玲司を狙う。玲司は空音よりも深い傷を受けているのだが、立ち続けていた。その足は一切ふらつかず、地を強く踏みしめている。

「寝ていろ」

 玲司は空音にそれだけ言った。