複雑・ファジー小説

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.17 )
日時: 2019/08/03 11:12
名前: ピノ (ID: quLGBrBH)

第二章 花は闇に散りて


 5月13日……。
 悠樹が幻想世界対策本部に加入してから、早1か月が経っていた
 始めは剣を振る事に四苦八苦しながらもナイトメアを倒していた悠樹だったが、何とか日常生活と戦いの日々を両立できていた。

 悠樹は借りていた本を返すべく、星生学園内にある図書室まで来ていた。戸を開けて中に入る。数人が本を読んでいるようで、室内はページをめくる音以外は静かそのものだ。分厚い本から薄い本……ここでの薄い本は別にいかがわしいモノではないが。それらが本棚にみっちりと並んでいる。
 悠樹は別に本が好きというわけではない。しかし、たまたま読み進めていた「神話辞典」がまさか幻想世界で役に立つとは思わなかったので、これを機になんとなく読み進めているわけである。
 知優から聞いたのだが、昔から存在する「妖怪」「悪霊」の類は全てナイトメアであるらしく、海外でも人間を襲ったり手伝ったりする「妖精」や「悪魔」などもナイトメアらしい。
 さらにナイトメアは襲った人間に憑りついて魂を食らい、空になった身体を器として使い、現実世界に入り込むことができるらしい。厄介なのは、現実世界に入り込んだナイトメア達が、ある事ない事を人間たちに吹聴し、人間たちを幻想世界に誘い込むのだという。巷で噂の「神隠し事件」もナイトメアが唆している噂なんだとか。隣にナイトメアがいるかもしれないと考えると、とてもぞっとする。
 だからちょっとでも被害者の増加を抑えるべく、図書室にある神話や悪魔などの幻想の生物が載っている本を読んでを勉強し、弱点を頭に叩き込んでおこうとしている。
 まあもうすぐ中間テストなので、その勉強も兼ねて参考書も借りておこうと思っているのだが。

 悠樹は図書委員を探す。だが、図書委員らしき人物はカウンターにいない。

「あれ、図書委員の人、いないのかな?」
「いますよ」

 悠樹のこぼした一言で、突然カウンターから銀髪の少女がぬっと顔を出す。

「ぬぇっ!?」
「うおぅっ!?」

 二人は驚いて互いに一歩後ずさった。
 少女は銀髪の長い髪を三つ編みにして右肩から垂らし、指定の学生服の上に薄い紫のショールを羽織っていた。翠色の瞳は丸く、おっとりそうな見た目だ。
 少女は悠樹に向かって困ったように笑っていた。

「いやいや、驚かれても困るよ。私、図書委員だもん」
「ごめん、でもいきなり出てきたからびっくりするよそりゃあ……」

 少女はあははと笑う。

「じゃあ仕方ないね。で、何用で?」
「いや、本を返しに来ました」

 悠樹は手に持っている本を少女に手渡した。

「あ、ほーん。「悠樹」くんって神話とか好きなの?」
「いや、別に好きってわけじゃ……ってなんで俺の名前を!?」
「貸出手帳に書いてあるし」

 少女はノートの名簿の「新名悠樹」の名を指し示しながら悠樹を見る。「あ、ああ……」と納得する悠樹。

「でも別に好きでもないくせになんで神話辞典とか読んでるの?」
「えっと、別ジャンルの本に手を出してみようかなぁ、って」
「じゃあこの本も読んでみてよ」

 彼女はショールの中に手を入れて、カウンターに本を出す。その本は有名大学教授である「上田太郎」先生の著書である、「どんとこい、超常現象」だった。

「あぁ、これ……中古本屋でよく見るやつだ」
「うん、この本を見ると皆誰かにこの本を勧めたくなって、中古本屋に売り飛ばしちゃう不思議な本なんだって」

 それは多分、値段と中身が割に合わないから売ってしまう人が多いんだろうな……なんて悠樹は考えた。

「いや、その本はいいよ。他の本を借りるから」
「ん? そう?」

 少女は特に気にしていないのか「そうかそうか、総勘定元帳」などとつぶやきながら本をしまい込んだ。

「あ、悠樹くんって確か、あの「ドキッ! 変人だらけの心霊研究部」の部員なんだよね?」
「何その評判……」
「「市嶋慧一」って人が去年から本を返してくれないって四月一日先輩が言ってたから、本を返すようにお願いしてくれないかな? どうしても返してくれないようなら、私が直接頼みに行くし」

 四月一日先輩……おそらく図書委員長の「四月一日神楽夜」の事だろう。というか、すごく長い事本を借りてるんだなぁと、悠樹は思う。だが、「あの」市島慧一だ。借りたまま忘れてしまっているんだろうな。

「わかった、伝えておくよ」
「どうぞ、よしなに」

 少女が頭を下げると、悠樹は本を探すべく本棚へと歩み寄った。
 そこに、少女の下へ白髪の少女が元気よく近寄ってくるのが見えた。

「「雪乃」ちゃ〜ん!」
「誰だオメー」

 雪乃は笑顔で白髪の少女に淡々と返す。悠樹は「変わった子だなぁ」と思いながら、その様子を見ていた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.18 )
日時: 2019/08/03 11:32
名前: ピノ (ID: quLGBrBH)

 心霊研究部の部室に入ると、時恵が何か手を合わせ、横っ腹に構え

龍激影ハウリングシャドウ!」

 と叫ぶと一気に手を前に突き出している光景を目の当たりにした。
 悠樹はその姿を見て思考停止して固まってしまった。
 だが悠樹はすぐに我に返り、時恵の姿をよく見てみる。そのポージングは確か前に漫画で読んだ、かの有名な必殺技の奴か? でも「ハウリングシャドウ」という技名は他の漫画にもあったはず。あれはかの有名な魔法ファンタジーモノをリスペクトした、魔法学園ファンタジーの主人公が使う……

「……もうちょっと勢いよく突き出した方がかっこいいかしら? ……こう、かめはめ……はっ!?」

 時恵が考え深ける悠樹の存在に気が付くと、徐々に顔を真っ赤にさせていき、奇声を上げて悠樹に掴みかかる。

「ちょ、見てた? いつから? どこから!? 殺す!? 殺すわよ!!?」
「お、落ち着け! 何も見てない! 見てないって!!」

 慌てふためきながら取り乱す時恵をたしなめるように、悠樹は掴みかかる時恵の肩を押し戻す。
 そして部室の長机の上に開かれた漫画が置いてあったことに気が付き、多分幻想世界に入った時の必殺技でも考えていたんだろうなぁ。なんて思った。

「い、今見たことは、皆には内緒よ。300円あげるから」
「見てないって……」

 悠樹は何も見てないことにした。


 しばらくした後、慧一と詩織が部室へとやってくる。

「おー、二人とも早いな。今日も張り切ってナイトメア退治に行こうじゃないか!」

 慧一は腰に手を当てながら大笑いした。詩織も二人に向かって「お疲れ様〜」と笑顔で手を振った。

「それはそうと市嶋先輩、図書委員の人が本を返せって言ってましたよ」
「ん〜?」

 慧一は「そんなんあったかな?」と言いながら首を傾げた。

「いや、貸出手帳に名前があるなら、間違いないですよ」
「うーん、まあ、部屋を探してみるかな。伝言ありがとね、ニーナ君」

 慧一は顎に手をやりながら「どこにやったっけなぁ」とつぶやいていると、時恵があきれ果てて肩をすくめた。

「つーか、借りた物くらい返しなさいよ。借りパクするつもりだったわけ?」

 慧一がそれを聞くと、「ふっ」と鼻を鳴らす。

「実は小学生の頃も……」
「ちょ、借りたものぐらいちゃんと返しなさいよ!」

 慧一は「ははは」と笑うと、ふと何かを思い出したようにつぶやく。

「……ん、そういえば8年前、同じようなことで怒られたような……」
「でも、時恵ちゃん、明日返すんだったら大丈夫だよ」

 詩織は笑顔で時恵をたしなめる。
 「詩織は甘いんだから」と時恵がつぶやくと、部室の戸が開く。知優と翔太が部室にやってきたのだ。

「皆、おまたせ」

 知優は笑顔で皆に会釈する。

「お疲れ、もうみんな集まってるみたいだな」

 翔太はそういうと、皆の顔を見回す。

「よーしじゃあ今日も幻想世界にいくとしようよ!」

 詩織は笑顔で右手を振り上げた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.19 )
日時: 2019/08/03 19:47
名前: ピノ (ID: quLGBrBH)


 悠樹達は商店街の近くにある団地の近所に来ていた。夕方なので買い物帰りの女性や、公園などでは小学生くらいの子供たちが走り回って遊んでいる光景が見えた。
 悠樹達は街の中を歩いて幻想世界を探していると、こちらを見かけるや否や手を振っている人物がいることに気が付く。
 知優はその人物の正体に気が付くと、笑顔で手を振った。

「「伊月」!」
「知優、それに皆さんもお揃いで」

 伊月は皆の近くに近づくと、笑みを浮かべた。
 伊月は白い髪の整った前髪で右目を隠した少年で、知優と同じくらいの身長の華奢な体つきだ。顔もなんとなく知優に似ているような気がする。

「先輩、この人は?」

 翔太が尋ねると、知優は伊月を指示して少し機嫌がよさそうに紹介する。

「「朝陽伊月あさひいつき」よ、私の従弟で、同じ夢幻奏者なのよ」

 知優の紹介に伊月はにこっと笑って会釈する。

「はじめまして皆さん、知優がお世話になってます」
「へぇ〜、かわいい顔してんじゃない。よろしくね」
「よろしくお願いします、伊月君!」

 時恵と詩織が挨拶を返すと、伊月は悠樹を見る。

「君が「椎名●平」?」
「新名悠樹です、やめてくださいそういうの」
「ごめん、悠樹くんだったね。知優から話は聞いてるよ、面白い子だって」

 伊月は悠樹を嘗め回すように全身を見る。そしてニヤッと笑った……と思ったが気のせいのようだ。笑顔を見せて握手を求めているようだ。悠樹は少し気がかりになりながらも、握手に応じた。

「それはそうと、知優達もこの辺にある幻想世界へ?」
「ええ、さっきここへ来て探しているんだけれど」

 伊月はそれを聞くと、団地の集合住宅が並ぶ場所を指さす。

「あの辺に気配を感じるんだ。僕一人じゃどうにもならないから、仲間を探しに行こうと思ってね」
「任せてください伊月君! 私たちが来たからにはもう安心ですよ!」
「そうそう、俺たちがいればナイトメアから皆を守って見せるぜ!」

 詩織はえへんと鼻を鳴らして踏ん反り返る。そして慧一も「だははは」と大笑いした。

「ふふ、愉快な仲間たちだね。知優もいい仲間に恵まれて安心したよ」

 伊月は笑顔を見せる。

「でしょう。頼りがいのある仲間なのよ。それじゃ、皆……行きましょう」

 知優は伊月に褒められ、いつも以上に機嫌がいい様子だった。そんな知優を見て、翔太がぷぷっとニヤニヤしながら笑いをこらえていた。

「あんな機嫌のいい先輩、初めて見たな悠樹! よっぽど大事な従弟みたいなんだな〜」
「そうだな。遠藤先輩の意外な一面を見たっていうか」

 悠樹は頷く。そして、あの二人の絆を守るために、今日も頑張ろうと決意を固めるのであった。



「……茶番だな」

 彼らが去り行く際に、誰かがそうこぼした。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.20 )
日時: 2019/08/04 09:52
名前: ピノ (ID: mnvJJNll)

 幻想世界への入り口を見つけ、入り込む一行。
 そこは溶岩が流れる遺跡のような洞窟であり、真っ赤に燃え盛る溶岩が、あちらこちらから噴出して眼下に広がる溶岩の海に流れ落ちていく。
 湿気はほぼないのか、すこし唇がカサカサに乾いてきているのがよくわかる。暑くて仕方がない。着ている服が恨めしく感じるぐらいの熱気だ。

「んにゃ〜、あっついあっつい! 暑いなここは!」

 翔太はパタパタと手を団扇のように上下に振って風を起こそうとしている。効果は薄いようだが。

「あんた、炎の力が使えるくせに、なんで暑がってんのよ?」

 時恵も汗をだらだらと流しながら翔太に尋ねる。翔太は呼吸すらも辛そうに時恵を見た。

「炎の力が使えるからって、温度を調節したり溶岩を操ったりできないんですよ時恵さん」
「まあ、水か氷が操れる仲間がいたら、何とかなったかもしれないわね……」

 時恵は半目で無いものねだりしてみる。そんなことを言ってもこの暑さはどうにもできなかった。
 襲い掛かるナイトメアは火の粉のように振り払い、奥へと進む。
 遺跡と洞窟が混ざり合ったようなこの場所は、地面はひび割れ溶岩が見え隠れしている。そして遺跡のような壁に寄り添うように、仲間内で一番身長の高い慧一の二倍はあろう巨大な石像が立っている。そして、聳え立つ壁に囲まれた階段が見えてくる。一行はそれに上ろうと近づいた。
 と、グリフォンに乗って遠くを見ていた詩織は、何か遠くから一瞬光るものが飛んでくることに気が付く。

「皆、矢が飛んでくるよ!」

 詩織は地上にいる皆に注意を促し、自身も槍を使って矢をはじき落とした。飛んできた方向には、少し離れた場所にフードで顔を隠す弓使いの姿が。手に持っている弓は、「アーバレスト」だった。
 アーバレストとは、弓の弦を鉄に変えた強弓で、遠くの獲物を撃ち抜く事が出来る、扱うにはコツがいる弓だ。

「皆、アーバレストを持ってるナイトメアが2体! 気を付けて!」

 詩織はそう叫ぶと、旋回して皆のいる場所へと舞い戻った。
 それを聞いた知優は皆に射程内から出るように指示を送って、少し離れた場所で壁の上を見る。詩織の言う通り、弓使い二人がこちらを睨んでいる。

「厄介ね、壁の上にいるんじゃあ攻撃が届かないわ」

 翔太は腕を組んで考える。

「片方は詩織に任せて、片方は俺達で片づけるか?」

 うーん……と唸る慧一。

「いや、それだと矢を撃つ前に二体同時に倒さないと、片方が被害を受ける可能性があるなぁ」
「じゃあ、誰かが囮になったらいいと思うんだけど」
「それもそうだなぁ……ん?」

 慧一の言葉に誰かが提案したため、慧一はその人物を見てみる。
 黒のシスター服を着て、同色のベールを被る銀髪の少女が、杖を握って仲間の中に溶け込んでいることに気づいた。

「お宅、誰?」

 慧一は恐る恐る尋ねてみた。

「ん? 私、「白鳥雪乃しらとりゆきの」だよ。図書委員やってます」

 雪乃は淡々と答えると、悠樹に近づいて手に持っている物を手渡す。

「椎名●平くん、これ忘れ物」
「新名悠樹です、やめてくださいそういうの」
「あー、そんな名前だっけ」

 雪乃は首を傾げて笑う。悠樹は笑っていいやらどうしていいのかわからず困った表情をしていた。

「……ていうか、あんた、どっからきたの? ここ、暑くない?」
「そういえば暑いね。……ていうか何この格好? シスターさんみたい」
「えぇ……」

 時恵と翔太は知優を見る。知優は「こ、こんなこともあるのね」と慌てた様子で苦笑いをしていた。
 雪乃の姿は夢幻奏者のものだ。……だが彼女はずっとここまでナイトメアに出会ってすらいない。そう本人も言っている。おそらく、幻想世界に入った時点でナイトメアの力を取り込んだ。もしくは、過去に何かが起こって、本人は忘れてしまっていたのかもしれない。
 雪乃のおっとりした姿だけをみれば後者もありえるが、十中八九前者だろう。

「まあ、いいや。私も皆についていくよ。回復魔法とか、ドーピング魔法が使えるみたいだし。よくわかんないけど」

 雪乃はそういうと、手に持っている杖をかざして「ラミパスラミパスルルルルル〜」などとつぶやくと……

「ふおぉぉー!!?」

 雪乃が振った杖から溢れ出た光を浴びたその場にいる全員が、奇声を上げて眼を見開く。
 
「な、なんだこれ、すげえ力が溢れてくるような感じするんだけど!」

 翔太がそう叫ぶと、飛んだり素振りしたり、力が有り余っているかのように動き回る。

「一体何したの、白鳥さんんんん!?」

 知優も興奮気味に雪乃の肩を揺らして問い詰めると、雪乃はのんびりとした様子でニコーっと笑った。

「わかんないや。まあこれであの弓使いを倒せるね」

 それを聞いた時恵は猫のように素早い動きで駆け抜ける。

「なーにがアーバレストよ! こんなの鉄のついた棒じゃない!」
「詩織さん行きまーす! うへへへ!!」

 何やらテンションの上がった時恵と詩織が弓使いに攻撃を仕掛ける。二人の様子に弓使いは戸惑いを隠せず、それが隙となってあっけなく時恵と詩織に倒されてしまった。

「なんかすっごい暴れたい気分だ! よしちーちゃん、俺達も負けないぞ!」
「そうね! 行きましょう、エデンへ!」

 慧一と知優も何かのスイッチが入ったように奥へと突進して走り去った。
 悠樹と翔太もいつの間にか奥へ走り去っていったようで、その場にいなかった。

「効果てきめんだね〜」

 雪乃は皆が走り去ってしまった背中を見て、微笑みながら皆についていった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.21 )
日時: 2019/08/07 09:55
名前: ピノ (ID: XyK12djH)

 一方、石造りの階段を駆け上がる少年と少女の姿があった。
 少年は白と金色が混ざり合った髪色、エメラルドのような翠色の瞳を持ち、黒いローブを羽織り、ぶかぶかの白いセーターのような服を着こむ、少女よりは少しばかり背が高いが、猫背で前にかがんでいる。
 少女はまるで葉のような鮮やかな緑の髪を、三つ編みのリング状に巻いて、大きな蓮の花と牡丹色のリボンで頭を華やかに飾り、薔薇色の胸当て、菜の花色のファーマントを羽織った、桃色のチャイナ服を着ている活発そうな少女だ。
 少女は少年の手を引いて、必死に走る。背後には鮮血のように真っ赤なローブを羽織る霊魂のようなナイトメアが、鋼色の剣を手に持って、今にも二人に追いつきそうな勢いで迫ってきている。

「ようちゃん! 早く走って、追いつかれちゃうよ!」
「ま、ま、待ってよふうちゃん!」

 少年は涙を目元に溜めて必死に少女の手握り締めて走る。
 二人は下校途中、幻想世界に迷い込んでしまい、ナイトメアに襲われるもなんとか力を手に入れ、戸惑いながら外へ向かって走っている。
 二人が走り続けていると階段が終わり、二人は必死に足を踏み出して階段を上り終えた。
 だが、階段を登り切ったそこには、皮膚がただれ肉が見える体、ボロボロの翼をもつ屍のような巨竜が立ちふさがっていた。腐臭が漂い、なおも動いている竜の姿に、少年は吐き気を催したのか口元を手で覆う。

「前門のゾンビ、後門の幽霊って、笑えないジョークだよね……」
「ど、ど、ど、ど、どうするの!?」

 少女は頭の蓮の花の花びらを一枚とると、ぎゅっと拳で握りしめる。その直後、はじける音がしたかと思うと、蓮の花のような彩が特徴的な、華やかな弓が少女の手に現れる。
 少女は弓を引くと、桃色の閃光が矢の形をとった。

「決まってる、やっつけるのよ! ようちゃんもほら、武器を!」
「わ、わかってるよぉ〜!」

 少年も両手の手のひらを合わせて開くと、手のひらに黒い炎のような靄が現れてそれが一冊の魔導書となる。魔導書がバラバラと開き、黒いオーラを放った。

「よし、ようちゃんは雑魚を頼んだ! ま、だいじょーぶ! せめて死ぬまであきらめないで!」
「あうぅ〜……」

 少年は半泣きになりながら、魔導書に手をかざした。

「な、ナイアーラトテプ!」
「くらえ、そして倒れて!」

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.22 )
日時: 2019/08/06 18:10
名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)

 遠くの方で何か爆撃音や空気の歪むような音が響き、雪乃は先走った一行に追いつく。
 一行は何やらやつれた顔で倒れたり、上の空だったり、はたまた三角座りで顔を突っ伏していた。

「あらら、効力が切れたんだね〜」

 雪乃はおっとりした様子を崩さず、そう口にする。

「いや、ちょっと……はりきりすぎちゃって……」

 翔太が力なく、地面に突っ伏したまま言った。雪乃は青い宝玉の埋め込まれた杖を取り出すと、一振り。心地よいメロディが流れ、光が一行を包むと、一行の目に光が宿った。

「あれ、なんかさっきまでの疲れが嘘みたい!」

 詩織は自身を見回す。先ほどまで体が重かったが、今は嘘のように元に戻っているのだ。

「この杖、宝石屋さんに売ってたんだけど、なるほどそっか〜」

 雪乃はうんうんと頷きながら杖を見る。
 どうやら雪乃は様々な効力を持つ杖を扱うことができるらしい。

「いやぁ、でもさっきのすごいパワーが出る杖は、しばらく封印な」
「そうだね半裸の人。そうするよ」
「は、半裸の人……」

 雪乃の慧一の呼び名に、慧一はずっこけそうになる。

「そういえば奥の方で何か起きてるみたいだよ皆、行ってみないと」

 雪乃はそう言いながら、奥の方を指さす。悠樹も先ほどから爆撃音は響いていることが気になっていた。

「ああ、急いでいこう!」
「よっしゃ、燃えてきたぜ!」

 悠樹が皆を引き連れ、翔太も拳を握り締めて叫んだ。
 一行は悠樹についていくように、奥の方へと駆け出した。溶岩の海が眼下に広がる崖や橋を越え、奥へと走る。
 奥の少し開けた場所に出ると、腐臭が漂う屍のような竜と、周りを取り囲むボロボロのフードを羽織って宙に浮かぶナイトメア。そして、少年と少女が背中を合わせて弓を放ったり、本から黒い靄を発射したりと奮闘していた。

「待ってろ、今行く!」

 悠樹は叫ぶと、剣を構えて突進する。剣はナイトメア達を切り裂き、悠樹は初年と少女に近づいた。
 時恵はその様子を見て、手を自身の影に当ててそれを伸ばす。そして数多くのナイトメア達を伸びた影で拘束した。

「皆、蹴散らすわよ!」

 知優は馬に鞭を打って悠樹に加勢する。翔太も「おう!」と力強く答え、炎を纏わせた剣を両手に振り上げ、一気に振り下ろす。炎は地を這い、ナイトメア達を燃やし尽くした。ローブを着たナイトメア達は、甲高い声を上げながら燃え盛り、やがて灰と化した。

「ちょっと翔太君! 私の分も残しててよ〜」
「めんごめんご、余裕なかったしさ」

 詩織がぷく〜っと頬を膨らませていると、竜が咆哮を上げた。その咆哮によって皆は耳を塞ぐ。
 竜の声を聞いてか、何かが数体舞い降り、ドスンという音と地響きを響かせ着地した。
 舞い降りてきたのは、獅子にサソリの尾が付いた怪物が2体、赤い毛が特徴の巨大な狼が2体。
 あの姿は神話辞典でも見たことがある。インドネシアやマレーシアに住むと言われる、獅子のような魔物「マンティコア」と、女神ヘルと冥界の番犬である「ガルム」。
 マンティコアとガルムは悠樹達を睨む。

「あわわ、な、仲間を呼んだよ……!」

 少年が怯えるように頭を手で覆ってしゃがむ。悠樹はそんな少年と少女の二人を顔だけ向けて笑顔を見せた。

「君たち、名前は?」
「えっ? 「加宮陽介かみやようすけ」、ですけど……」
「えと、「木下風奏きのしたふうか」だよ!」

 陽介と風奏が名乗ると、悠樹は頷く。

「陽介、風奏、俺達がこいつらを引き付けてる間に、安全な場所へ逃げてくれないか?」
「えっ……でも……」

 陽介は周りを見る。各々苦戦を強いられている様子だった。

「こんな——」
「え、ダメだよこんなところで逃げたら! あたしたちも協力するよ!」

 陽介を遮って風奏は腰に手を当てて不機嫌そうに頬を膨らませた。陽介もそう言おうとしていたのか、必死に何度も頷く。

「そうか、わかった。じゃあよろしくお願いします」

 悠樹はそういうと、再び剣を振り上げて、目の前のガルムに斬りかかった。
 ガルムの歯と剣が鋭い音を立てて響く。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.23 )
日時: 2019/08/06 19:00
名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)


 悠樹はガルムの牙を剣で受け止め、その隙をついて右手でガルムの顎に鉄拳を加えた。ガルムは「きゃいん」という悲鳴を上げた。牙が剣から離れ、悠樹はその隙をついて剣を両手で構え、ガルムの急所にめがけて刺突した。
 だが、黒い炎が横に迫り、悠樹は咄嗟に体を翻してそれを避ける。竜がこちらにめがけて口から炎の吐息を放ったのだ。

「先輩!」

 陽介が咄嗟に本を開いて手をかざし、それに続いて風奏も弓を引く。二人は魔法と矢を放ち、竜の動きを止めた。

「ありがとう、二人とも!」

 悠樹はそういうと、一気にガルムとの距離を詰め、喉元を一突き。ガルムは悲鳴を上げて暴れまわった。巨体を振り回し、悠樹と剣を振り落とそうと暴れる。

「離れて!」

 陽介はそう叫ぶと、悠樹は咄嗟に剣を放してその場から離れた。

「ナイアーラトテプ!」

 陽介はガルムに向かって手をかざすと、ガルムの足元に黒い魔法陣が浮かび上がったかと思うと、魔法陣から鋭く黒い無数の棘がガルムを襲い、串刺しにした。

「やった!?」
「……まだです!」

 陽介はそう叫ぶと本を構える。ガルムはまだ尚も暴れようと足を動かしていた。

「すっごい生命力だね」
「ああ、流石大型は違うよ」

 悠樹は陽介と風奏に近づいて、ガルムを見る。闇の棘が引っ込むと、ガルムは血を流したままこちらを睨んでいる。

「陽介、風奏、俺が囮になるからその隙に奴に止めを刺してくれないか」
「え、えぇ!?」

 陽介は驚いて慌てふためく。囮など、とても危険だ。

「ようちゃん、今はそんな危険とか考えてる余裕ないよ。だってこの状況が一番危険なんだもん」

 風奏は悠樹の言うとおりにするべく、矢を引いた。陽介は半泣きになりながら本を開いた。

「あうぅ、頑張るよ……」

 悠樹はそれを聞くと走り出す。狩りをする獣とは、動くものを先に仕留めようとするもの。悠樹は自身が走れば必ず奴は食いつくはずだと考え、できるだけ陽介と風奏から離れようと走った。あれだけの傷を負いながらも、ガルムは体力が有り余っているのか、悠樹を追いかける。
 しかし、悠樹は突然止まり、ガルムに向かって勢いよく滑り込む。ガルムの下にたどり着くと喉元に刺さっていた剣を抜いた。ガルムの喉元から血が噴き出す。
 その瞬間、空中から黒い魔法陣が浮かび上がり、魔法陣から無数の棘、そして上空からは光の矢の雨が降り注いだ。
 それらはガルムに襲い掛かり、止めを刺した。
 ガルムが力なく倒れ、煙を吹き出して消滅したのを見届けると、風奏は陽介に抱き着いて「やったぁ!」と歓喜の声を上げて飛び上がった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.24 )
日時: 2019/08/10 10:50
名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)

「残るは、このゾンビドラゴンだけだね」

 詩織が槍を構えて竜を睨む。他のマンティコアとガルムは各々撃破したのだろう、黒煙が上がってナイトメア達の姿は消滅していた。

「あたしが動きを止めてるから、その間にあんた達はなんとかしなさい!」

 時恵はそう叫ぶと、両手を影に当てて影を竜へと伸ばす。そして拘束しようと影が竜を捕らえるが、竜は影に噛みついて引きちぎってしまう。

「にゃっ!?」

 時恵は予想外の展開に驚いて普段出さないような声で驚く。
 知優は竜に近づき、光を纏った自身の剣で切り込む。翔太と慧一もそれに続いて、竜の前足を同時に切り落とした。
 だが、竜は叫び声をあげたのみで、すぐに前足を再生させ、咆哮を上げた。

「チート過ぎるだろ! 畜生、ゾンビって言ったらあれか、頭を切り落とせばいいんか!?」

 翔太は竜が瞬時に回復している様子を驚いて錯乱している。
 慧一はやれやれと肩をすくめてどうにかできないか周りを見る。周りには、溶岩の海くらいか。

「皆、一か八か賭けてみる気はない?」

 慧一の言葉に皆は戸惑いを見せる。慧一は皆に提案し、作戦を伝えた。各々最初は「そんなに上手くいくかな」という顔を見合わせるが、他に奴を倒す方法はないと見て、慧一の案に乗ることにした。

「市嶋先輩、私……信じてるからね!」
「しおりんはもっと俺をどかっと信じてくれていいと思うの」

 慧一は肩をすくめながらも、大鎌を担ぎ、詩織はグリフォンと共に上空へ飛び立った。
 悠樹もその様子を見て、皆に指示を送る。時恵は陽介を呼び、指示通りに動く。知優は剣を握り、翔太と共に竜に斬りかかった。ただ斬っているのではなく、竜を溶岩の海の方へ押すように攻撃をしている。翔太も知優も剣で斬っては竜の攻撃範囲外に逃げ、また攻撃する。一見、無意味に見える行動も、時恵と陽介の仕掛けた罠に追い込むためのもの。徐々にだが、確実に追い込まれていく。
 そして、時恵が「今よ!」と叫び、陽介も慌てて本を開いて手をかざした。

「落ちろ!」
「いきます!」

 時恵と陽介が同時に叫ぶと、時恵は崖の下から影を忍ばせ、崖上の竜に掴みかかると、崖の下へ引っ張る。陽介の魔法の棘が竜をさらに押し上げ、崖へ下ろそうと竜を突き刺す。竜は抵抗し、暴れまわった。
 だが、その間にも詩織は旋風を巻き起こし、翔太も炎を這わせてさらに竜を突き落とそうと拍車をかけている。慧一は大鎌を構え、悠樹も剣を構え、二人は同時に竜に向かって突進した。竜は二人の勢い、周りの追い込みで崖から足を滑らせ、崖下へ落ちた。
 だが、竜は置き土産にと、慧一と悠樹に向かって触手のような赤く長いものを伸ばす。悠樹は咄嗟に慧一を突き飛ばし、自身は触手に捕らえられた。

「ニーナ君!」
「ちょ、悠樹!」

 慧一と翔太は悠樹に向かって叫ぶ。
 悠樹は触手に捕まったまま崖の下へ引きずり込まれていく。

「く、まだ……!」

 悠樹は負けじと崖に掴まる。物凄い力で引っ張られるが、負ければ溶岩に焼かれてしまう。悠樹は力を緩めようとしなかった。
 詩織はグリフォンの上から槍で触手を斬りかかり、ぶちぶちと音を立てながらちぎれていき、触手が切られた竜はそのまま溶岩の海に飲まれていった。
 詩織は悠樹をすくい上げようと悠樹に近づくが、悠樹の手の力が限界になり、放してしまう。

「悠樹くん!」

 詩織はそう叫んで落ちていく悠樹に向かって舞い降りる。時恵も影を伸ばして何とか落下を防ごうとするが、疲労困憊の時恵の影はすぐにかき消えてしまう。

「間に合え! 間に合え……っ!!」

 詩織はそう連呼しながら悠樹に追いつこうと手を伸ばした。その手を掴まなければ、悠樹は……

「悠樹くんッ!!」



 詩織の叫びと伸びた手は、すんでのところで悠樹の手を握る。悠樹は詩織を見上げた。詩織の手は悠樹の手を握り、ぶら下がっている。あと少し遅ければ、悠樹は溶岩に飲み込まれていたところだ。

「悠樹くん……!」

 詩織は安堵の表情で悠樹を抱き上げてグリフォンの背中に乗せ、悠樹を見る。悠樹は状況を把握したのか、一呼吸終えて

「詩織……ごめん、ありがとう」

 力なく笑みを浮かべながら、詩織に向かって感謝の言葉を述べた。
 なんとなく、「お姫様と王子様が逆転したようにも見えるなぁ」と様子を見ていた雪乃が笑みを浮かべてつぶやいた。
 その様子を見ていた皆も、力が抜けたように安堵の表情で二人を見ている。





 二人が皆の下へ戻ると、知優は陽介と風奏を見た。

「二人とも、よく無事で。……あと、新名君と葉月さんも」

 悠樹と詩織はお互い笑いながらその場に座り込んでいた。
 時恵も腕を組んで「ふん」と鼻を鳴らす。

「別に心配してたわけじゃないわよ、ちゃんと戻ってくるって信じてたんだから!」
「ナナちゃんはツンデレさんかな〜?」
「誰がツンデレよ!」

 慧一に茶化されると、思わず顔を赤らめて反論してしまう。皆はその様子を見て笑った。

「ありがとうございました、皆さん! あたし、「木下風奏」! こっちは「加宮陽介」。なんか状況はよくわかんないけど、なんとかなったね」

 風奏は「あはは」と笑いながらフラフラと左右に揺れる。

「あ、あの、ありがとうございました!」

 陽介は風奏の後ろに隠れながら恐る恐るこちらを見て、小さくなりながら感謝を述べる。そして、また引っ込んでしまった。

「なあちーちゃん、早く出ようぜ。皆疲れてるみたいだし、こんな状況でナイトメアでも来たら……」
「そうね。皆、出ましょうか」

 知優は慧一の提案に頷いた。









 外に出るとすっかり暗くなってしまい、街灯と住宅の窓からの光が光源となっているのみだった。
 元の姿の風奏は、花のアクセサリーで二つに括ったツインテールの少女で、学生服のブレザーを脱いで、カーディガンを着ている活発そうな印象だ。
 陽介は暗がりだがよくわかる金髪で、首にマフラーを巻く猫背で前にかがみ気味の少年だった。
 風奏は知優に向かって笑顔を向ける。

「ね、副会長さん!」
「「知優」でいいわよ」

 知優の言葉を聞くとにこやかに笑った。

「じゃあ知優ちゃん! 私を仲間に入れてほしいな」

 風奏の言葉を聞くと、陽介も慌てて風奏を見たあと知優を見る。

「ぼ、ぼくも! 仲間にしてほしい、な!」

 知優は二人を見て驚いた様子である。

「いいの? 命の危険も伴うのよ?」
「でもでも、よくわかんないけど、この力が世のため人のためになるんだったらさ……あなた達についていった方が活用しやすいと思うの! それに……」
「ぼ、ぼくも! 風奏ちゃん、皆を守れるなら、お、お化けに立ち向かう、よ!」

 二人の様子を見て、ふうっと溜息をついて悠樹を見る知優。

「だ、そうよ。新名君」
「えぇ、俺ですか!?」
「いいじゃない、いいじゃない。あなたが指揮官みたいなものだし」

 は、はあ……と悠樹は困った表情を見せるが、二人を見て頭を下げた。

「二人とも、これからいろいろあるだろうけど、よろしく頼む」

 風奏と陽介はそれを聞くと、歓喜の笑顔で喜んだ。

「わぁい! ありがとう、これからも頑張っちゃうね! よろしく哀愁!」
「う、うん! ぼ、ぼくもがんばる、から!」

 そこへ、雪乃がぬっと顔を出した。

「ついでに私も仲間に入れてほしいな〜」
「白鳥さん?」
「雪乃でいいよ悠樹くん。これも何かの縁だし、あなた達とご一緒したいな」

 雪乃はにこりと笑顔を向ける。知優は腕を組んで頷いた。

「まあ白鳥さんがいいなら、私も異論はないわ。」
「そうですね、し……雪乃のおかげで、いつもより楽に進められた気がするし。歓迎するよ、雪乃」

 雪乃はそれを聞いて小さくガッツポーズを見せる。

「ありがとう悠樹くん、紫の人! これから毎日楽しくなりそうだな〜」

 雪乃や風奏、陽介が新たに仲間に加わり、心霊研究部は一層にぎやかになる。知優はその様子に「これから楽しくなりそうだわ」と、雪乃と同じことをつぶやいて微笑んだ。そして一行は各々自己紹介を済ませ、そこで解散となった。







 この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩サーガ
 幻想ユメはいつか現実カタチになる。


to be continued...