複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.25 )
- 日時: 2019/08/09 09:58
- 名前: ピノ (ID: y47auljZ)
第三章 氷華乱舞!
悠樹は夢を見ていた。
その夢はとてもはっきりしていて、現実味のあるものだった。
赤いドレスを着た、赤い翼を生やす女性……。彼女は悠樹を見下ろし、馬鹿にするような、不気味な笑みを浮かべている。
彼女は口を開いている。……何を言っているのかわからないが、同じ言葉を繰り返しているようだ。
悠樹は周りを見る。目を見開いて驚いた。悠樹の周りには……よく見知った面々であった。
翔太が、慧一が、知優が、陽介が、風奏が、時恵が、そして詩織が……血のように赤い池に突っ伏して倒れていたのだ。
悠樹は目の前の女に何か言おうと口を開くが、声が出ない。
女は相変わらず、同じ言葉を繰り返している。それをずっと見ていると女が何を口にしているかわかってきた。
わ が と い に こ た え よ
「我が問いに答えよ」……と言っているのだろうか? 悠樹は一体何の事を言われているのかわからずにいた。
悠樹はそこで目が覚め、自分の部屋のベッドに横たわって寝ていた。
悠樹の部屋はごく普通の男子高生の部屋というには少し寂しく、勉強机とベッド、漫画や雑誌、小説などが詰め込まれた本棚、勉強机の隣にスタンドミラー、出入り口であるドアの隣にはクローゼット、少し大きめの窓が一つあるだけの部屋だ。
上半身だけ起こして、勉強机の上にある目覚まし時計を見る。時刻は6時半を指しており、「少し早起きしたかな」と思いながら背伸びする。
悠樹の家から星生学園までは徒歩15分というかなり近場の距離で、いつもは近所に住む詩織が悠樹を起こしに来て、そのあと詩織の作る朝食を食べに近所に住む翔太がやってくるのだ。
それが悠樹にとっての毎朝の日常である。
詩織が来るのは30分後の7時……。とりあえず、早く準備して詩織を驚かせてやろう。などと考えながら、勉強机の隣にある、スタンドミラーをのぞき込む。
「あれ……?」
悠樹は驚いて鏡を二度見した。一瞬かもしれないが、鏡に雪乃の姿が見えた気がしたのだ。
「いや、まさか……」
悠樹はきっと変な夢を見た影響かもしれないなと、首を振ってクローゼットを開いて着替えを手に取る。
今朝の夢が少し引っかかって仕方ない……。知優に相談してみるか。と頭の中で考えながら、制服に着替えるのだった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.26 )
- 日時: 2019/09/15 21:29
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
そして、放課後。
いつものように心霊研究部の部室へ向かおうと、廊下に出た悠樹は、とある教師に声をかけられた。振り向くと、茶髪の髪をバレッタで留めるスーツを着た清楚な女性……心霊研究部の顧問である「久保楓」であった。
彼女は心霊研究部の顧問である。だが、心霊研究部の本質を理解しておらず、形だけの顧問だ。というのも、彼女は一般人であり、心霊研究部が毎日何をやっている部活なのか、知る由もないのだ。
「ああ、久保先生……どうしたんですか?」
「あのね、新名君……「御海堂玲司」って子、知ってるよね? あの、生徒会長の……」
悠樹は頷く。
御海堂玲司といえば、星生学園の生徒会長であり、クールな見た目で文武両道、さらには顔立ちもいいと来たもんだ。それに、大手企業である「御海堂グループ」の御曹司だという。なぜこんな公立に御曹司がいるかはわかりはしないが、何をやらせても成績優秀という人だから、きっと将来も安泰なんだろうな。という印象だ。
だがそんな彼がどうしたというんだろうか。
「生徒会長がどうかしたんですか?」
「それが、昨日から家に帰ってないらしいのよ」
「えぇ!?」
悠樹は驚いて声を上げた。
何をやらせても優秀な人物がなぜ一晩家を空け、しかも学校にすら姿を現さないのか……?
「警察には言ったんですか?」
「明日までに戻らなければ、捜索願を提出する予定だそうよ。新名君も、御海堂君を見つけたら、先生に教えてね」
悠樹は頷くと、急いで心霊研究部の部室へと向かった。
部室にたどり着くと、もうすでに皆集まっているようだった。
「悠樹くん! 遅い遅い!」
風奏がぷうっと頬を膨らませていた。陽介はその様子を見て、笑みを浮かべ、悠樹に「お疲れ様です」と一言。
「あの、会長が行方不明だって……」
「そうなのよ。私も今おば様から連絡が来て知ったんだけど……」
知優は不機嫌そうに頬杖をつく。
「どうせあいつの事だし、無事ではありそうなのよね」
「ちーちゃん、あいつも人間だしさ……」
知優と慧一のやり取りを見ていると、なんとなく古くからの知り合いなんだろうかと悠樹は思う。
「とにかく、今日も幻想世界を探しに行きましょう!」
知優はそう言い放つ。雪乃は「そうだね〜」とのんびり返事した。
知優は御海堂玲司は幻想世界に迷い込んでいそうだと考えているが、彼女が知る玲司は、どんな状況でもすぐ適応して流れを自分のモノにしてしまう、ある意味天才だという。
だから幻想世界に迷い込もうが、生き残っていそうだと考えているようだ。
「よっしゃ、そういう事ならすぐ行こうぜ!」
「うん、私、わくわくするよ!」
翔太と詩織は席を立って両手を天に掲げている。
「わ、わくわくしないでくださいぃ〜!」
陽介は慌てながらそう言った。
とりあえず、御海堂玲司を探すべく街へ出ることとなった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.27 )
- 日時: 2019/08/10 19:55
- 名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)
悠樹達は商店街の店と店の間にある小さな道に入ると、そこに空間にひびが入ってぽっかりと空いている穴があった。
早速入ってみると、入った先には一面の氷の世界が広がっていた。
床も壁も天井すら凍り付き、体の芯まで冷え切って凍ってしまいそうだ。
「ぶわーっくしょん!」
翔太が盛大にくしゃみを飛ばす。雪乃はそれを見て面白がって笑みを浮かべた。
「うわ〜赤い人、まるで漫画みたいなくしゃみしてるよ、面白〜い!」
「面白がるんじゃありません!」
翔太は奮える身体を両手で摩り、鼻からつららを垂らしている。それほどにこの空間はとてつもなく寒く、じっとしているだけで体が固まり始めてしまいそうなくらいだ。
「それにしても翔太、あんた炎の力が操れるのに寒さに弱いわけ?」
「だ、だまらっしゃい! 俺も人間なんです、寒いのは当然なんです!」
時恵が肩をすくめると、半泣きになって翔太は反論する。
そんな二人を横目に、詩織は周りを見る。入口のすぐ先には大きな穴がぽっかりと空いており、下をのぞき込むと風がびゅうっと吹くのみで、真っ暗な空間が広がっている。入り口の脇から通路があり、奥には階段が続いて、上の方へと昇れるようだ。
「滑らないように注意しないとね! それに穴も空いてるよ。すっごい深そうだね……落ちたらひとたまりもないよ!」
詩織はグリフォンに乗って穴の上を飛び、さらに上空へ飛び立ち、周囲の偵察へ向かう。落ちたらまあまず、戻ってこれる可能性はないだろうな。なんて悠樹は穴を眺めながら頷いた。
悠樹は改めて階段の方へ向き直る。
その瞬間、突然目の前の床にひびが入り、耳を劈く様な甲高い音を発しながら割れ、氷が砕ける。その穴から、一人の青年が姿を現した。
青年は青い短髪、瞳は青色で目つきは吊り上がってきつい印象、顔の下半分を覆いつくす分厚いコートをベルトで固定し、ゲームなどでよく見るような暗殺者のような、目立ちにくい見た目である。
青年は氷から這いだし、しゃがんだ体制で悠樹達を見る。
「む、誰だ、お前たちは?」
悠樹達は声を上げて驚くが、彼は耳を塞いで皆の口が閉じたことを確認すると、もう一度口を開く。
「叫ぶな、耳障りだ。質問に答えろ」
一番前にいる悠樹は答えた。
「お、俺は新名悠樹。こっちの皆は幻想世界対策本部所属の夢幻奏者で……」
「新名、悠樹……?」
青年はすくっと立ち上がり、目を見開いて悠樹の顔を見る。そして表情が固くなり、すぐさま元の仏頂面に戻った。
「……いや、覚えているわけがないか」
「は?」
「こちらの話だ」
悠樹は戸惑いながら彼に尋ねる。
「えっ……いや、いきなりなんなんですかあなたは……」
青年はふうっとわざとらしくため息をつくと、瞳を閉じて腕を組む。
「俺は「御海堂玲司」。星生学園の生徒会長だが、知らないのか?」
悠樹は一瞬「へー」と頷いてよくよく考えてみる。生徒、会長?
「御海堂先輩!?」
「騒ぐな」
悠樹が思わず大声を上げると玲司はため息をついている。そこへ、知優と慧一が近づいた。
「相変わらずね、玲司」
「知優、それに慧一か。何をしている、こんなところで」
玲司の質問に知優は額に手を当てて呆れ果てる。
「あなたが昨日から戻らないって、おば様や先生から連絡が来て探しに来たのよ。もう、心配かけて……早く戻りなさい」
玲司はそれを聞いて首を振り、仏頂面を貫く。
「それはできん。ここにナイトメアに魅入られた人間がいたのを見た。助けるまではここから出られん」
「だからって何の連絡もしなかったら、皆心配しちゃうでしょうが!」
慧一はすぐさま玲司を叱りつけるが、玲司はふうっとあからさまに溜息をついた。
「人々を助けるのが、夢幻奏者の役目だろう」
「む、ぐ、ぐうの音も出ない……」
だが、玲司の様子を見るに、少々てこずっているようだ。
「だが奴は手強い。俺はあそこからこの穴に突き落とされた」
玲司は氷の壁の上の方を指し示した。知優は「よく無事だったわね」と半ば呆れながらも
「え、じゃあどうやって床を突き破ってここまでこれたの?」
と尋ねた。
玲司は瞳を閉じて、ふんっと鼻を鳴らした。
「簡単な事だ。壁に短剣を撃ちつけて、氷を砕き、そこに潜って掘り進めれば誰にだってできる。それができなければ、夢幻奏者として失格だが?」
「そんなわけないだろ! 何ハードル上げてんだ!」
思わず慧一が叫んで突っ込んでしまう。
まあそんな芸当ができるのは、おそらくどこを探しても玲司くらいだろうな。なんて悠樹は感心した。細身だが、話を聞く限りかなりの手練だという事は素人目線でもよく分かる。
「まあ、せっかくだ。お前たちも俺に協力しろ」
「なんで上から目線なんだよ!?」
怒る慧一を悠樹は窘めながら苦笑いする。
「まあまあ、上から目線はともかく……この先に助けるべき人がいるなら、目的が一致している俺達は協力すべきです。御海堂先輩もそれでいいですよね。お互い、利害の一致しているわけですし」
悠樹の言葉を聞き、玲司は何か寂し気な表情をした……かと思ったが気のせいだった。仏頂面のまま、大きくうなずく。
「ふん、いいだろう。ならばお前たちに協力してやろう。お手並み拝見、といこうじゃないか。足を引っ張るんじゃないぞ?」
「めっちゃむかつく言い方だな、そこはお願いしますでしょうが」
慧一は肩をすくめる。怒りすら喉元過ぎてしまったようだ。
「まあいいわ。玲司、よろしくね」
知優は笑みを浮かべて玲司の肩にぽんっと手を置いた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.28 )
- 日時: 2019/08/09 20:56
- 名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)
知優が皆にどう進むかと話し合っている間に、悠樹は玲司に近づく。
「ところで、御海堂先輩と遠藤先輩、それから市嶋先輩はどういった関係なんですか?」
玲司はそれを聞くと、「そんなことか」と一言、腕を組む。
「幼馴染だ。それ以上もそれ以下でもない」
「そ、そうなんですか……遠藤先輩や市嶋先輩って、昔はどんな人だったんですか?」
悠樹がそう尋ねると、そっぽを向いて小声で「その質問も何度目なんだ」とつぶやく。
「どうしたんですか?」
「いや、今とあまり変わらない。知優は真面目で小言がうるさくて、慧一はだらしがなかった。」
「あぁ、なんとなく想像できますね……」
悠樹は苦笑いしながら、二人の幼いころの姿を想像してみる。きっと喧嘩をしながらも互いを認め合い、大切にしあっているんだなぁ……と思う。悠樹も小さいころからずっと一緒にいる詩織と翔太の事は、とても大切に思っているし、いろいろいがみ合ったり、時には「絶交してやる!」などと言ったもんだが、すぐに仲直りできる、そんな関係だ。それは今も昔も変わらない。
「まあ、あんな奴らでも、俺の大事な幼馴染なんだがな。……そんな事より新名。貴様は油売ってないでさっさと進め。俺に構っている余裕など、戦場にはないぞ」
玲司は相変わらず仏頂面で悠樹に言う。「あ、ああ……すみません」と悠樹は慌てながら皆の方へ向かおうとする。
「……このやり取りも、もう……」
「えっ? 何か言いましたか?」
悠樹が玲司のこぼした一言に振り向いてみるが、玲司はわざとらしくため息をついた後、
「前を向け、前を! といったのだ!」
と怒鳴った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.29 )
- 日時: 2019/08/11 00:05
- 名前: ピノ (ID: medNY62D)
悠樹達が進もうと歩み始めた瞬間、矢が彼らの足元に刺さる。
悠樹は矢が飛んできたであろう方向を見据えると、小さな少女が金色の弓を構えてこちらを狙っている。背中には蝶の羽のようなものが生えており、淡く発光していて蛍火のようだ。
だが、玲司は助走をつけて壁を地面のように足をつけて走り、目にも留まらぬ速さで妖精達に近づき、剣を突き立てる。斬られた妖精は甲高い声を遺して真っ二つになり、消えてしまった。
玲司は剣を構え直すと、次の獲物へ斬りかかる。その姿はまるで漫画やアニメ、ゲームでよく見る、冷徹な暗殺者そのものだ。
悠樹がそれに見とれていると、風奏が目の前を指さす。目の前には、強靭な翼と黒い鱗を持つ飛竜、犬ぐらいのサイズはあろうかというヒヨコがこちらに向かってきているのだ。
「皆、玲司に追いつくわよ!」
知優はそういうと、手綱を持ち、馬に鞭を打って襲い掛かる竜とヒヨコに突進した。詩織もグリフォンに乗り、宙を舞う飛竜に立ち向かった。皆も互いに頷きあい、各々武器を持って迫りくる敵に向かって走った。
時恵は四つん這いになり、猫のように四肢を使って走る。口に短剣をくわえて壁を這うように走り、飛竜の虚を突いて短剣を手に持ち、目に斬りかかる。目を斬られた飛竜は悲鳴を上げ、暴れまわったが、時恵は飛竜の上で自身の影に手を当てると、飛竜を縛り上げるように影を伸ばす。縛られた飛竜は抵抗を見せながらも、時恵が影を引っ張るとそのまま翼を羽ばたかせていた。
「よし、初めてやったけど案外うまくいくもんね!」
時恵はそう歓喜の声を上げながら、飛竜を悠樹達の下へ向かわせる。そして、右手に握る影を引っ張り、飛竜に炎の吐息を吐かせた。炎はヒヨコたちを焼き払う。
「結構過激だなぁ、時恵も」
翔太は飛竜を操る時恵を見ながら口笛を吹く。
「よし、上に行こう」
悠樹は上に続く階段を指さし、皆を誘導した。
上の階も床や壁に至るまで凍り付いて、滑って転ばないように注意しなければならない。
「れーくんってばどこいっちゃったのかしらね〜」
慧一は周りを見回して玲司を探す。弓を持った妖精の姿がないため、おそらくかなり遠くまで行ってしまったのだろう。と、考えていると慧一の不意を突いて氷の弾が彼を狙って飛んできた。だが、慧一はそれを鎌を一振りして砕く。陽介はその様子を見て慌てて周りを見る。
上の階から球体に蝙蝠の翼を生やしたような、一つ目のナイトメアがこちらを見ている。どうやら、魔法を使うようだ。よく見ると、周りにも多数いるようだ。
「あんなにいっぱい……!」
「あそこじゃ矢が届かないなぁ」
風奏は少しも慌てておらず、むしろ楽しそうにそんなことを言う。陽介はその様子に、「楽しんでる場合じゃないよ!」と半泣きになった。
「よし、私の出番だね!」
と、雪乃は金色の杖を取り出す。その杖は、前に皆が暴走して止まらなくなる魔法を放つものだった。悠樹は「それはいいよ」とやんわり断る。またしばらく動けなくなったら大変だ。
「じゃあ、私たちが先に行ってるよ。」
詩織はそう言いうと上の階まで飛び立ち、時恵もそれに続く。
「俺達も急ごうぜ」
翔太はそういうと、剣を担いで走り出した。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.30 )
- 日時: 2019/08/11 23:32
- 名前: ピノ (ID: yne.9V4a)
一行がなんとか奥深くまで来ると、玲司が何者かと睨みあっている最中であった。夢幻奏者の少年であった。
白銀の騎士を思わせる甲冑を着こみ、手には夢幻武装だと思われる黄金の篭手を装備していた。しかし、様子がおかしい。呼吸が乱れ、何やら黒いオーラのようなものを放っているのだ。
玲司は皆が来るのを待っていたかのように、口を開く。
「遅い、やられたかと思ったぞ」
玲司はそういうと、少年の方へ向き直る。
「何ですか、この人……すごくビリビリする感じがするよぉ……」
陽介は風奏の背に隠れる。周りを見ると、クレーターのような穴が何カ所もあった。これだけでもとてつもない力を持っているのだろうと、いやでも理解できる。
知優は剣を構えながら冷や汗を流しながら口を開いた。
「あの子はナイトメアに憑りつかれてるの。このまま侵食されると、あの子の魂は確実に食い尽くされてしまうわ」
悠樹はそれを聞いて驚く。
「それじゃ急いでナイトメアを倒さないと」
悠樹がそう言い終わる前に、少年は腕を振り上げて知優に向かって突進した。が、知優の前に慧一が大鎌を構え立ち塞がり、攻撃を受け止める。
「ちょっと、いきなり殴りかかってくるなんてひどくない?」
慧一は叱りつけるように少年を窘める。だが、少年は……いや、少年の背中にいる黒い影がその問いに答える。
「戦いに礼儀なんかねえだろ? ヤるかヤられるか、どちらかに一つって奴だよ」
影は楽しそうに、そして冷酷に嗤う。少年は右手を振り上げ、渾身の力で慧一に拳を打ち付けた。慧一は吹き飛び、遥か遠くの壁にクレーターを作って倒れる。
「市嶋先輩!」
悠樹は慧一に向かって叫ぶ。知優が「新名君!」と叫ぶと、悠樹はそれに気づいて、少年のもう一撃を避ける。そこへ翔太と詩織が武器を構え、切込む。しかし少年は腕を交差させ、二人の切込みを受け止めた。
「ちょ、何このパワーインフレ!? めちゃくちゃでしょうが!」
翔太が思わず思っていたことを叫ぶ。
「い……いひひひひひっ!」
少年は突然笑い始めた。
「全く「幻想世界」って場所は天国だね! こんな力をもらえて、しかも好き放題殴ろうがぶちのめそうが、誰も構いやしない! 最高だよ!」
少年の不気味とも思える声色と高笑いに、翔太は思わずぞっとする。
二人は後ずさり、少年から距離を取った。
「全く、こんなのが夢幻奏者になるなんて、世も末ね!」
時恵は飛竜を操り、少年に向かって炎を吐かせる。だが、少年はそれすらも拳を振り上げ、上空にいる時恵の下へ飛び上がった。時恵は「潮時か」と一言こぼし、自身の影に潜り込んで地上へと戻る。飛竜は少年の拳骨によって吹き飛び、穴の下へと落ちていった。
陽介はそこを狙い、魔法を放つ。魔法陣が少年を囲い、勢いよく黒い棘が飛び出して少年を襲った。だが、少年は黒い棘を拳で砕き、その勢いのまま陽介を狙い打つ。
「ようちゃん!」
陽介の前に風奏は立ちふさがり、陽介の代わりに少年の一撃を受ける。風奏は慧一のように吹き飛び、顔面から地面に叩きつけられるようにうつぶせになり、倒れた。
「ふうちゃん!」
「二人目脱落だなぁ、オイ。ひひっ、そこの雑魚っぽいガキもヤっとけ」
影は少年にそうささやくと、少年は頷いて陽介に近づく。陽介は風奏が倒れたショックと、恐怖のあまり足がすくみ、その場にへたり込んでしまった。
しかし、時恵の影が少年に伸び、少年を拘束する。知優は少年の心臓を狙い、剣を構えて突進した。
「これ以上、好き勝手させない!」
知優は少年に刺突する。
だが、少年は知優の剣を握り、受け止めた。
その隙を狙い、悠樹と翔太が左右同時に斬りかかる。だが、少年は知優の剣を握り締めたまま、知優を振り回して馬ごと翔太と悠樹を巻き込んで知優を投げ飛ばした。
「ちょ、あたしの影をもろともしないわよあいつ!?」
時恵はとてつもなく恐ろしく感じる。少年は拘束されたまま、時恵の影を掴むと、時恵の影を引っ張り上げ、時恵を地面に叩きつけた。
「まだだよ!」
不意を突き、詩織は槍を持ち刺突する。さらに連撃を繰り返し、隙を与えず槍を振り回した。
「なかなかやるね、だけど——」
少年は詩織の槍を振り上げる瞬間を狙い、腹に拳を入れ思い切り吹き飛ばした。詩織は地面に体をこすりつけながら滑り、皆と同じく立ち上がれず突っ伏した。
「歯ごたえがないなあ、こんなものなの?」
少年は肩を回しながら倒れる皆を見ながらそうつぶやいた。
しかし、その背後に玲司は迫っていた。
「すまないな、期待に添えることができなくて。だが安心しろ……」
玲司は少年の首元にいる影を引っ張り上げると、
「俺は恥ずかしい話、肉弾戦やらなにやらは苦手でな、お前たちが遊んでいる間に少しばかり細工させてもらった。」
影を手に持っている剣で掻っ切った。
影は悲鳴を上げる暇もなく消え去り、少年は糸の切れた人形のように足元から崩れ、倒れる。
「お前たちには囮になってもらった。すまない、だが……感謝する」
玲司は悠樹に近づき、しゃがみこんで頭を下げた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.31 )
- 日時: 2019/08/27 10:46
- 名前: ピノ (ID: Yke88qhS)
一行は幻想世界から脱出し、少年が目を覚ますのを待った。
外はすっかり暗くなり、商店街も明りが灯って路地裏も薄暗い程度で、相手の顔が見れるぐらいには明るかった。
「う、うぅ……」
少年はしばらくして目を覚ました。そして周囲にいた悠樹達の顔を見る。
「あ、あれ……僕、一体?」
少年はボサボサの髪が無造作に乱れ、眼鏡をかけており、少し小柄で痩せていた。暗がりのせいもあるのか、顔色も良くない。
「気が付いたか」
玲司が腕を組みながら少年に声をかける。
彼はくせ毛なのか前髪が左にはねており、眼鏡をかける、悠樹よりは背の低い青年だった。
玲司は少年に手を差し伸べる。少年はその手を取って、立ち上がった。
「あの、僕……」
「痛いところはないか?」
玲司は声色を変えずに彼を案じる。少年は「は、はい、大丈夫です!」と首を縦に振りながら言う。
「それならいい、早く帰った方がいいぞ」
玲司は商店街の明りを指さす。一見、冷たく突き放していると思ったが、今までに起きた事を考えさせず、早く家に帰らせようしているのだ。彼なりの不器用な優しさなんだろう……悠樹はそう考えた。
少年は「わ、わかりました!」と返事をすると、慌てて商店街の方へと駆け出し、去っていった。
「うぅ〜ん、終わったね!」
少年が去ったところを見届けると、詩織は背伸びして大あくびをした。翔太はすかさず、「詩織、大きな口を開けるんじゃない、女の子が!」と注意する。詩織はそれを聞いてすぐさま口元に手を当てていた。
「あの、御海堂先輩……」
悠樹は玲司の下へ歩み寄り、彼の目を見る。
「新名、俺も少し話がしたいと思っていた」
玲司は悠樹の目を見て、何かを察したように頷く。
その様子を見た慧一はわざとらしく大あくびをしながら、
「ふあぁ〜、俺はもう眠くてしゃーないわ。ごたごたした話はまた今度にして、今日はもう寝ようぜ」
と言い放った。
「そうね、あたしももう今まで以上に疲れた気がするわ」
時恵もうぅーんっと背伸びをしながら、商店街の方へと歩き始める。
「ふあぁ〜。安心したらちょっと眠くなってきちゃった。ようちゃん、おぶって家まで連れてって〜」
風奏は陽介の背中に抱き着くと、陽介はちょっと嫌そうな顔をして溜息をつく。
「えっ、無理だよ。ふうちゃん重いもん」
「何だとコラ」
二人のやり取りにその場にいる皆が笑う。
知優も頷いて「今日は解散にしましょうか」というと、皆はそこから立ち去り、帰路についた。
「新名、呼び出してすまない」
そのあとすぐ、玲司と悠樹は近所にある喫茶店へ足を運ぶ。そこは玲司の行きつけの店であり、悠樹も良く利用する小さくて静かな店だった。小綺麗なダークブラウンのカウンター、同色のテーブルと椅子が並ぶ、小ぢんまりとした空間。
カウンターの奥にいた白いセミロングの髪、釣り目気味の青い瞳、黒いシャツ、ブラウンのエプロンを着こむ女性店主は、二人の顔を見た後、笑顔で「いらっしゃい」と一言。
二人は適当な注文をした後、顔を合わせた。
「新名、大事な話がある。よく聞いてくれ」
「は、はい」
玲司の尋常ではない表情を見た悠樹は緊張する。
先ほどまでは気づかなかったが、左手に黒いグローブをはめている。
それに玲司の瞳はよく見ると、右目が水色、左目が青色の不思議な色をしていた。
そんな瞳が悠樹をとらえて離さない。
「実は、俺達は……」
悠樹と玲司はそのあと、すぐに別れた。玲司は「この話は、まだ誰にもするな」と釘を刺して夜の街の暗闇に吸い込まれていった。
悠樹は彼の話が信じられなかった。だが、彼の訴えは嘘偽りのないものだと思う。
それに彼は自身の左手のグローブを外してくれた。「あれ」がもし、玲司の話の真実を裏付けるモノだとしたら……
悠樹は色々考え事をしながら家に帰り、自室に入ると明りもつけずにベッドに突っ伏す。悠樹は顔を布団にうずめながら、今日あった出来事を考え深けった。
そういえば色々あって知優に相談できなかった、今朝の夢……
あの女が、もしそうなら……。
悠樹は心臓が痛むくらいに緊張していた。
そして、玲司が言っていた一言——
「俺達を救えるのは、お前しかいない」
……そんな重大な役割を、こんな俺が握ってるのか?
誰に問うわけでもないその一言は、夜の暗闇に吸い込まれて消えていった。
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...