複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.3 )
- 日時: 2019/08/19 01:03
- 名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=1224.jpg
序章 叙事詩の序曲
科学の進歩により数多くの不思議な出来事の仕組みが解明された近未来。
そんな解明が進む世界で、「大きな黒い影に呑みこまれた者は突如として姿を消し、その存在を抹消される」という噂が学生たちを始めとした若年層を中心に広まっていた。
そして、ここ都心の一角にある「望月市」では学生間や若者の間で囁かれている。
太陽が沈む黄昏時、突如黒い影が襲いかかり異世界へ飛ばされ、存在自体が消えてなくなってしまう……。
まことしやかに伝えられてはいるが実際の真偽は定かではない噂話。
若者たちはそれを「神隠し事件」と呼び、その噂話の出所は友達から友達へ、さらにはその友達へと連鎖していき、決してその体験者にはたどり着くことは出来ない。
望月市内にある「星生学園」に通う少年、「新名悠樹」もまた、その噂を耳にしていた。
だが彼は、自分には関係のない事……そう考え、いつものように帰路に着くのであった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.4 )
- 日時: 2019/09/15 21:34
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
彼、「新名悠樹」は放課後の陽が傾き始めた頃、帰る支度をするべくカバンに教科書を詰めているところであった。
西日が教室に差し込み、教室を赤く照らす。教室には複数の生徒達が帰りの約束やら、会話を交わしている様子だ。教室内は黒板、教卓、生徒の机と椅子が綺麗に並び、掃除が行き届いて小綺麗だ。
皆が帰る準備をする中……女子生徒と男子生徒の話し声を耳にする。
「ねーねー知ってる? 最近、夕方になると人が突然神隠しに遭う! って噂!」
「なんじゃそりゃ、人がいなくなったら事件になりそうなもんだが?」
明るい女子生徒の胸躍らせている声に、それに首をかしげながら腕を組む冷静そうな男子生徒。そんな男子生徒に人差し指を立てて、ふふんと鼻を鳴らす女子生徒。
「それがさ、神隠しに遭った人は皆の記憶から消えちゃう! って噂もあるのよ! 怖いよね〜……存在自体が消えちゃうんだもん!」
楽しそうに説明する彼女に、少しおっとりした様子の男子生徒が首をかしげる。
「ん? じゃあなんでそんな噂が流れてるんだろう?」
「んん〜? そういやそうだね。存在が消えてるなら、噂にならないはずなのに」
二人は一緒になって首をかしげる。そこへ、真面目そうな印象の女子生徒が口をはさんだ。
「もしかしたら、神隠しから無事に帰ってきた人が、噂を流しているかもしれませんね」
それを聞いた冷静な男子生徒が楽しそうに笑う。
「はは、そりゃありそうだ。帰ってきて皆に伝えないと、噂にすらならないしな」
うんうんと頷いたおっとりした男子生徒が相槌を打った。
「なんにせよ、そんな噂があるならちょっと調べてみたいなぁ。神隠しにあった人は一体どこに行って、帰ってきた人はどうやって帰って来たか!」
彼は両腕の拳を握り締め、上下にブンブンと振る。
「……めっさ気になっちゃうよね!」
「はぁ、また始まった……」
彼の様子に明るい女子生徒が溜息をついて苦笑いをしていた。
一連の話を聞いていた悠樹は腕を組む。
「神隠しの噂かぁ……聞いたことがある、確か何かに憑りつかれて夕方になるとどこかに失踪してしまうって」
だがそれは根も葉もない噂話。面白がって皆が吹聴でもしてる都市伝説のようなものだろう。
悠樹は頷いてカバンのチャックを閉める。
「俺には関係ないよな……それにどうせ確証もない噂だし。俺は普段通りに平凡な毎日を送れたら、それでいいんだけどなぁ……」
なんてこぼしていると……
「ゆ〜きくん! 何ブツブツ言ってるの?」
突然背後から声を掛けられる。悠樹は振り返ると、赤いバレッタでサイドテールの髪を留めている、赤こげ茶の髪のかわいらしい少女がニコニコしながら悠樹を見ていた。
「あ、詩織」
悠樹は彼女……「葉月詩織」の名を口にする。
彼女は悠樹の幼馴染であり、明るく前向きで一緒にいるとなんとなく元気をもらえる。家も近所で幼稚園に通っていた頃からの親友だ。
なんというか、妹のような存在でたまに家に押しかけてきたりする。
というのも、悠樹の家は母は行方不明、父は単身赴任で海外へ出向いている。だから詩織が晩御飯を作りに悠樹の家まで来ているのだ。
そんな詩織は悠樹を見て首をかしげていたので、悠樹は先ほどの話をしていた生徒たちを指さしながら説明する。
「いや、たまたまあの人たちの話が聞こえてきてさ。ほら、最近噂になってる、神隠しの噂。帰り道、気を付けないとな」
それを聞いた詩織は一瞬、唇をかんで苦い顔をした……ような気がしたが、気のせいだったのかにこりと笑顔を見せる。
「えへへ、そうだね! 悠樹くんなんか、抜けてるとこあるんだから、気をつけなきゃだめだよ?」
詩織の言葉に、悠樹はため息をつく。
「はあ、抜けてるのはどっちだよ……普段ぼーっとしてるくせに詩織は」
それを聞いた詩織は、慌てふためきながら苦笑して「こりゃ一本取られた」と舌をペロッと出した。
「え、えへへ……あ、悠樹くん、一緒に帰ろ? もうこんな時間だし!」
詩織が教室の壁に掛けられていた時計に指をさして、またにこりと笑う。時計を見ると、16時50分を指していた。確かにそろそろ下校の時間が迫っている。周りを見ると学生たちがほとんど帰ってしまい、数人残っているだけだ。悠樹は頷いてカバンを肩にかけた。
「そうだな。帰るか」
二人は教室から退出した。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.5 )
- 日時: 2019/07/28 00:04
- 名前: ピノ (ID: PxehR.Ud)
帰り道。住宅が建ち並ぶこの街、「望月市」は東京の一角にある都心にしては小さな街である。駅から降りると商店街や住宅街が並び、少し離れた場所にショッピングモールがあり、悠樹達が通う公立高校「星生学園」もその近辺にある。なんの特徴もないが不便でもないという感じの街で、悠樹と詩織もここで暮らしている。
そんな悠樹と詩織はバイパス道路にある歩道を歩いていた。
「それじゃ悠樹くん、また明日ね!」
詩織と別れるいつもの道。建物の間に道があり、そこをまっすぐ進んだ場所に、詩織の家がある。悠樹はこのまままっすぐ進めば自分の家がある。二人はいつもここで別れるのだ。
「ああ。気を付けて帰れよ。最近物騒な事件が多いし、詩織は仮にも女の子なんだし」
悠樹はそう笑うと、詩織は頬を膨らませて機嫌を損ねた。
「か、仮にって……私は女の子だよ!」
その反応を見て悠樹はくくっと笑いをこらえるように腹を抱える。詩織もそれに釣られてふふふっと笑う。しかし、なにやら心配そうな表情で悠樹を見る。
「でも悠樹くんも気を付けて、……まっすぐ帰ってよね」
その様子を見て悠樹は首をかしげるが、とりあえず頷く。
「わかってるって。それじゃ、また明日」
「うん、また明日ねーっ!」
詩織はそう笑顔で返すと、帰路についた。悠樹はそれを見守り、周りを見る。少し暗くなってきた。まあ帰ってもだれもいないし、ゆっくり帰るとするか。なんて考えて自身も歩き始めた。
まあ、詩織の言う通り真っ直ぐ帰るとしよう。そう考えていると、ふと建物の間に何か黒い渦が見えたことに気づいた。
悠樹はそれをじっと見つめる。
「なんだこれ? ……煙、か?」
悠樹はそれに近づくと、何か足元がぐにゃりと歪むような感覚が襲った。驚いて悠樹は一歩後ずさろうとするが足元が奪われ、地面が悠樹を捕まえようと巻き上がってくる。
「な、なんだ!? 誰か——」
悠樹は振り向いて叫ぼうとするが、黒い影が悠樹を包み込んで離さず、彼を飲み込んだまま影は跡形もなく消えた。後に残るのは、いつものように車が車道を走り、夕日が赤く染める街並みのみだった。
どれくらい眠っていたのだろう、悠樹は目を開けて視線だけを追って周りを見る。暗い場所だ。地面は冷たく、何か星粒のようなものが瞬いている。何かのドッキリか? などと思いながら悠樹はゆっくりと体を起こす。周囲は地面の星屑が光るのみで、他に光源はない。あるとすれば、近くにある泉のような窪みがあるだけだ。
ここは一体どこなんだろう? 悠樹は周囲を見渡す。
「確か、俺……まだ街中にいたはずじゃ……」
悠樹はそうこぼす。声が暗闇の中に吸い込まれていくようだ。
突如、背後から何かの気配がしたので、悠樹は振り返ってみた。
「オオオオォォ……」
それは青い肌、頭からヤギのような角を生やし、耳が長くとんがっている。背中からは蝙蝠の羽のようなものを生やし、手には真っ赤に染まった三又に分かれた槍を持ち、鮮血のような真っ赤な瞳で悠樹を睨んでいた。
悠樹は咄嗟に後ずさる。それはまさしく人間ではない、異形の化け物だ。
「な、なんだ!?」
悠樹は逃げようかと悩んでいる隙をついて、化け物は手に持っている槍で悠樹の頭に向かって勢いよく突き出す。
「うわあっ」
悠樹は避けようとしたが、頬に切り傷を受ける。傷からは赤く冷たいものが流れ、頬を伝う。そして痛みが襲ってきて、悠樹は思わずその傷を手で覆う。
「痛い……ってことはつまり、これは夢じゃなくて現実……?」
しかし悠樹は首を振る。
「そんなこと今考えてる場合じゃない! 逃げ——」
悠樹の考えを読み取ったのか、化け物は槍を悠樹の足に向かって思い切り投げた。槍は悠樹の足を貫いて地面に刺さる。
「く、あぁぁーーっ!!」
経験したことのない痛みが全身を覆い、悠樹は俯せに倒れた。足は槍によって串刺しになり、動くことができない。
「お、俺……死ぬのか?」
自分で「死」を口にすると、全身を恐怖感が支配する。体の震えが止まらなくなる。呼吸も乱れ、徐々に近づいてくる化け物に恐怖する。
だがもうどうにもできない。武器も、動くことすらもままならないからだ。悠樹はそう考えると、覚悟を決めたように瞳を閉じる。
しかし、その瞬間足の痛みが嘘のように消え去った。
悠樹は驚いて周りを見ると、自身に白い光がまとわりついていた。そしていつの間にか足をはりつけていた槍が光によって消え去り、代わりに手には金色の翼の飾りがついた柄、白い刀身の細身の剣があった。
悠樹はそれを見据えていると、目の前の化け物が驚いたように悠樹を見ている。先ほどまでの殺気はどこへやら、打って変わって光に怯えているような目でこちらを見ている。
「……これなら!」
悠樹は剣の扱いなど知らない。それどころか、今の今まで戦ったことはないが、なんとなく剣の構え方、戦い方が手に取るようにわかる。なぜ今このようなことが起きているのかわからない。だが、今が好機だ。
「せりゃああぁぁ!」
悠樹は大きな声で己を奮い立たせながら、化け物に向かって剣を一突き、両手で力強く化け物の胸に剣を突き立てた。化け物は押されて仰向けに倒れ、胸に深く剣が突き刺さり、貫通する。悲鳴を上げ、悠樹は返り血を受ける。悠樹の白い服が、化け物の血で赤く染まった。化け物は悲鳴を上げながら少し痙攣した後に動かなくなり、黒い煙を発しながら消滅した。
悠樹はふうっと息を吐くと突き立てた剣を抜いて落ち着いて周りを見る。
「……な、なんだこれ、何だこの姿!?」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.6 )
- 日時: 2019/08/03 00:09
- 名前: ピノ (ID: medNY62D)
悠樹は自身の姿をよく見てみる。純白のマントを羽織り、黒いシャツ、水色の燕尾ベスト、シャツの襟は白いスカーフで締めており、何より髪の色は元の黒い髪の毛先から青く光っているのだ。驚きを隠せず自身の姿を嘗め回すように見る。なんとなくだが、この姿になってから体が軽く感じる。
「悠樹くん……?」
悠樹が戸惑いながら自身の姿を見ていると、目の前にいつの間にかいた桃色の髪の少女が声をかけてきた。悠樹は剣を構えながら警戒してその人物を見据えると、やっと気づいた。
姿こそは違えど、彼女はまさしく幼馴染の詩織であった。
桃色の髪は黄色の羽を模したリボンで括られ、黄色と白を基調とした戦闘衣、腰には巨大な白いリボン……姿は違えど、瞳の色はまさしく詩織のものだ。
「もしかして、詩織?」
彼女にそう問いかけると、詩織はいつものようににこりと笑って頷いた。
「うん、そうだよ……それより悠樹くん、こんな危険な場所になんで? 真っ直ぐ帰ってねって言ったのに」
「いや、まっすぐ帰った結果がこれだよ。なんだか変な黒い影に襲われたと思ったら、羽の生えた化け物に殺されそうになって……あぁ、もう! わけがわからない!」
悠樹は頭を抱えて思わず叫んでしまう。思ったより響いたのか、何かの唸り声と足音が遠くの方で聞こえた。
詩織はその様子に悠樹の手を取る。
「お、落ち着いて悠樹くん! 今はとりあえず私についてきて。私の仲間がこの先にいるし、今は逃げよ!」
「あ、ああ……」
悠樹が頷くと、詩織はまたにこりと笑う。悠樹を安心させるための笑顔だ。
そして詩織は悠樹の手を引くと、「走って!」と叫んで走り出す。悠樹も半ば詩織に引っ張られるまま詩織について走る。
しばらく走って、少し明るい開けた場所へと二人は出る。
そこには骸骨がひとりでに動き、手に真っ赤に染まる剣を握り締めている。他、空中には先ほどの羽の生えた化け物が飛んでいるのが見える。
詩織は胸に拳を当てて歯を食いしばる。
「まだ「ナイトメア」がこんなに……! さっき倒してきたのに」
「「ナイトメア」?」
詩織の発した聞きなれない単語を口にする悠樹。
「目の前にいっぱいいるお化けの事だよ。だけど今は説明してる暇はないから、とにかく私の仲間がいる場所まで逃げよう!」
詩織はそういうと、手を脳天に振り上げる。
「「ヴァンフリューゲル」!」
詩織の呼びかけに呼応するように、詩織の頭上から緑色に光る魔法陣が浮かび上がり、緑色の槍が降ってくる。詩織はそれを手に取った。
その槍は白い刃が翠色の宝玉を中心に渦巻き、詩織の身長並みに長い。
詩織が槍を手にすると、槍に埋め込まれている宝玉が光り輝く。その瞬間、どこからともなく、けたたましい声を上げながら、白い何かが詩織のそばまで羽ばたいてきた。よく見るとそれは神話辞典で見たことのある鳥獣……「グリフォン」だ。鷲の頭、白い翼、獅子の身体。すべてが純白で美しい。
「悠樹くん、あいつら意外に手強いから注意してね」
詩織は悠樹に向かってにっと微笑みかける。
確かに奴らには気迫がある。油断していると、先ほどのようにやられてしまうかもしれない。
「ああ、もう油断しないさ」
悠樹は剣を握り締め、詩織に向かって頷いた。
「うおぉ〜い、しおり〜ん!」
一方、別の場所で詩織の名を呼びながらのんびりと歩く、黒いフードを被った青年と、馬にまたがる紫のマントを羽織る剣士のような女性が前へ進んでいた。
「もう、葉月さんも慌てん坊ね。どこまで行ってしまったのかしら?」
女性は溜息をついて周りを見る。
「さぁ? あの行動力は俺らも見習わないとなぁ」
青年はがははと笑いながら、肩に担いでいる巨大な鎌を転がせている。
「もう、気楽なものね。早く行きましょう、葉月さんが危ないわ」
「ういうい。待ってろよしおりん!」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.7 )
- 日時: 2019/07/31 12:56
- 名前: ピノ (ID: C6aJsCIT)
悠樹と詩織は襲い掛かるナイトメア達を蹴散らしつつ、前へと進む。幸いさほど強いわけでもないが、二人で協力しながらナイトメアを倒している。倒れたナイトメアは黒い煙を発しながら消えていく。こうしてみるとまるで夢の中にいるような気分なんだが、ナイトメアから受けた傷が痛み、そこから鮮血が流れてくるため、夢でなく現実であると嫌でも痛感する。
襲ってくるナイトメアの種類は、最初に見た羽の生えた悪魔のようなナイトメアと、赤い剣を携えた骸骨のナイトメアの二種類。骸骨の方は表情や動きが読めず、気配や殺気すらないが、動きが単調なため扱いやすいが、問題は悪魔の方だ。空中からの奇襲、そして気迫……どれをとっても一筋縄ではいかない。
二人は互いの背中を預けながら、迫りくるナイトメア達を倒していった。
そうしているうちに、ナイトメアの大群を切り伏せながらこちらへ向かってくる何かがいることに気が付いた。大鎌を力任せに、そして豪快に振り回しナイトメアを吹き飛ばす黒い何かと、馬上から剣で切り伏せ、勢いに任せて蹴散らしていく剣士の二人だ。
詩織はその姿を見て表情に明るみが出た。
「「遠藤」先輩! それに「市嶋」先輩!」
詩織は手を振って二人を呼びかける。
「あ〜ららしおりん! ご部沙汰〜、無事してた?」
大鎌を担ぐ黒いフードを被った青年が、詩織に気が付いて気の抜けた声と表情で詩織に向かって手を振る。その隙をついて迫りくるナイトメアを、振り返らずに首根っこに鎌の刃をひっかけ、そのまま首を切り落としながら。
悠樹はそれを見て、「すごい」と感心する。その姿はまさに死神だ。
「葉月さん! ……もう、心配したのよ。突然飛び出したりするんだから!」
もう一人の騎乗した剣士の女性は、剣でナイトメア達を切り伏せていく。隙を全く見せないその姿は、まるで小説などに登場する騎士のようだ。
二人が悠樹と詩織の目の前まで来ると、その姿がやっとはっきりと見える。
暗い茶髪の前髪で左目を隠し、黒いフードがついたコートを着こなし、上半身のコートから筋肉質の体が覗いている、とても前衛的な姿だ。茶色の瞳は勇ましい視線である。肩には自身の身長より大きな、鋼色の大鎌。これを振り回すにはかなりの筋力がいるだろう。そしてなにより身長は、この中で一番高く、悠樹が見上げるほど。
そしてもう一人の女性は紫色の髪が長く靡き、毛先は薄く黒くなっている。紫のマントの下に赤いセーラーコート、スパッツの上に紫のガーターベルトと同色のロングブーツ。身長は詩織より若干高いといったところか。
「あ、あの、あなた方は?」
悠樹は少し警戒しながら二人に尋ねると、二人はにこりと笑う。
「安心して、敵じゃないわ」
女性がそういうと、手に胸を当てて悠樹に微笑みかける。
「私は「遠藤知優」。星生学園の生徒副会長よ」
確かに、姿こそ違えど、顔はよく生徒集会でよく見るあの有名人、「遠藤知優」のものだ。
「俺は「市島慧一」。んまあ、こっちのちーちゃんの補佐ってとこかな」
慧一はにっこりと笑いながら知優を指さす。
「ちょっと、「ちーちゃん」はやめてって何度も言ってるじゃない!」
「えー、いいじゃんかわいいんだしさ〜」
知優は不機嫌に口を尖らせるが、首をかしげながら頭をぼりぼりと掻く慧一。
「…って、そんなこと話してる場合じゃないわ。二人とも、早くここを出ましょう。危ないわ」
知優は奥の、自分たちが通った道を指さす。その先には、光が漏れている穴があった。それは先ほどまで気が付かなかったが、それを遮る障害物がない今、見えるようになったのだろう。
「先輩、ありがとうございます!」
詩織がそういうと、慧一はがっはっはと豪快に笑った。
「かわいい後輩のためだもん、これくらい朝飯前ってやつよ!」
悠樹と詩織は二人に案内されるまま、その場を離れた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.8 )
- 日時: 2019/08/07 22:07
- 名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)
一行は知優と慧一に連れられ、とりあえず「外」へ繋がる穴の前へと案内された。穴は外からの光がまぶしく光っている。……たしかここへ来る前は夕方だった気がするが。
「これが外への出口よ、葉月さん、それから新名君」
「あれ、なんで俺の名前を?」
悠樹は自分の名前を当てられ、少し驚く。自分の記憶では生徒副会長としっかり話をしたことがないはずなのだが……。
「葉月さんから聞いたのよ。「ちょっと情けない感じの平凡顔」の男の子だって」
知優はけらけらと笑いながら葉月を指し示す。悠樹は「いや、間違ってないけど……」と落胆しながら肩を落とす。詩織はその様子にあははと慌てふためきながら苦笑いしていた。悪気はないようだからよしとしておこう。悠樹はそう思った。
「新名君、突然の事で混乱しているようだけど、そんな状況の中、葉月さんを助けてくれてありがとう」
「い、いえ。それよりも、一体何が起こってるんですか? 突然黒い影に襲われたと思ったら、あんな場所に……いろいろありすぎて訳わからないですよ」
悠樹は先ほどより冷静になり、溜息をつきながら弁明を求めている。そりゃそうだ、何から何まで急展開すぎて混乱してしまう。あのナイトメアと呼ばれる化け物は何なのか、そして化け物に対抗するこの力は一体何なのか? 一気にごたごたが起きすぎてよくわからないでいる。
「いや、気持ちはわかる。俺もそうだった」
慧一は腕を組みながらうんうんと頷く。
「え、それってどういう……?」
「いや、長くなるけど、俺もニーナ君みたいな状況に陥っててな。マジであの時は死ぬかと思ってたわー。生きてるって素晴らしいよな。ニーナ君も生きててよかったな!」
慧一はそう言い切ると、がっはっはと大笑いしながら悠樹の肩をバンバンと力強く叩いた。悠樹は叩かれるたびに「ぐぇ」とカエルが押しつぶされるような声を上げる。ものすごい力だ。
「え、あ、まあ……げほっ……そりゃあ生きててよかったかもしれませんけど……」
咳き込みながら返事をすると、知優が外へと指をさす。
「それより今はここを脱出しましょう。話はそれからでも遅くないでしょう?」
「ん、そうだな。ニーナ君、忘れ物はないか?」
慧一の質問に、思わず悠樹は身支度を整えようと周りを見回す。
「いえ、とくには…………って、どういう質問なんですかそれ!?」
「もう、市嶋先輩! あんまり悠樹くんをからかわないでください!」
悠樹のツッコミと詩織のふくれっ面に慧一はわざとらしく困り顔をした。
「ちぇー。ちーちゃん、しおりんに怒られちったよ」
「馬鹿なこと言ってないで、早くここから出るわよ!」
知優に叱られながら、慧一は「へいへーい」と返事をしながら、それについていくように悠樹と詩織も出口へと進んだ。
翌日の放課後。知優に呼ばれていた悠樹は、案内されるがままにある部室へと足を運んだ。教室の引き戸には「心霊研究部」の張り紙が張られていた。
「心霊研究部」といえば、学園内でも部員を募集しておらず、しかも活動目的も内容も部員と生徒会以外知らないという謎めいた部活だ。ここに呼び出されるとは、一体……などと考えながらも、深呼吸をして引き戸を開く。
「失礼します」
悠樹はそう言いながら部室を見る。
部室は狭い物置のような場所で、本棚が並び、その中に書類をはさんだファイルやら本などがみっちりと詰め込まれている。そして窓際には事務机が二つ並び、一つにはデスクトップパソコン、もう一つには慧一がどっかりと座っている。中心には長机が二つ並び、バッグが置かれている。パイプ椅子が四つあり、そのうちの二つに知優と詩織が座って、部室に入ってきた悠樹を見る。
そういえば知優と慧一は指定の学生服を着ているが、昨日のあの姿とは一変して、知優は白いカチューシャをつけ、整ったセミロングの桔梗色の髪が艶もあって綺麗だ。慧一は昨日とは一変して短髪の少し無造作に乱れている茶髪が特徴的だ。
そんな二人の様子をまじまじと見る悠樹に対し、知優が口を開く。
「来てくれてありがとう、新名君」
「おお、きたなニーナ君。昨日から何か体調とか変わりないか?」
知優と慧一が出迎え、悠樹は頷いた。いろいろありすぎて混乱はしていたが、今日一日で整理できた……と思う。
「はい、おかげさまで。昨日はありがとうございました。詩織も」
悠樹は礼を言うと、軽くお辞儀をする。「律儀だなぁ」と慧一が笑った。
「大したことはしてないんだけどね。葉月さんが一番傍にいてくれたんだもの。ね、葉月さん」
「あ、べ、別に私もそこまでの事はやってたわけじゃあ……でも無事でよかったね悠樹くん!」
知優に名前を呼ばれ、詩織は慌てて手を振って否定しながらも、「えへへ」と顔を赤らめながら綻ばせていた。
「……ところで、昨日のアレは一体何だったんですか? 骨が動いたり、羽の生えた怪物が襲ってきたり。今でも夢だったんじゃないかって思えます」
悠樹は腕を組みながら昨日の出来事を思い出す。
殺気立てながら襲ってくる化け物達、襲われた直後に包まれた光やあの力、そして暗闇に閉ざされていたあの場所……一体何なのか。
「それに、皆コスプレみたいな変な格好してましたよね。俺も含めて」
皆はそれを聞くと各々顔を赤らめたり、腕を組んでふうっと溜息をついたりする。
「変な格好……間違ってはいないけど……面と向かって言われると結構傷つくわね」
「え゛っ!? あ、すみません」
知優の言葉に思わず慌てて謝る悠樹。しかし知優はふうっと息を吐いて、フフッと笑う。
「いいのよ、実際変な格好だし。とくに、市嶋君は半裸だし」
「ちょ、ひどくない!? いや、あれ正装だから!」
知優の言葉に異議を申してる慧一。しかし、詩織も知優の言葉にうんうんと頷いた。
「でも、結構前衛的ファッションなのに、守りが硬いのはすごいですよね。……半裸なのに」
「しおりんまで!? ……それ以上いじめると、俺泣いちゃうからな!」
慧一はそう叫ぶと半泣きでその場で体育座りをして顔を伏せて隠す。その様子を見て、こほんと咳払いしながら知優は悠樹を見た。
「昨日のあの世界は、「幻想世界」と呼ばれる、世界の裏側とも呼べる、人々の願いや妄想が具現化した世界よ」
知優の話はこうだ。
「幻想世界」は、この世界とは違う異世界で、「ナイトメア」達が人間に憑りつくと同時に領域が生まれ、一定範囲内に足を踏み入れると幻想世界に引き込まれてしまう。取り憑かれた人の幻想世界は、その人にとって夢から醒めたくないと錯覚させる、とても居心地がいい場所となる、所謂「妄想が具現化する世界」で、色々あべこべになっている。放置すれば彼らに夢を食われ、やがてその夢を見ている人間は死に至る。
そして幻想世界には、「ナイトメア」と呼ばれる、悠樹が見た怪物たち……彼らは幻想世界に住まう幻魔で、人間の夢を糧として人間に取り憑き、
人間達にとって都合のいい幻覚を見せる代わりに、人間の生命力を奪う恐ろしい悪魔なのだ。
そしてそのナイトメアの力を取り込んで、身に纏った勇者の事を、「夢幻奏者」と遠藤家や幻想世界を知る者はそう呼んでいる。夢幻奏者の武器は、「夢幻武装」と呼ばれる、幻想世界でのみ姿を変えることができる唯一ナイトメアに対抗できる力。幻想世界でしか使えないあのコスプレみたいな格好の事だ。
そして夢幻奏者は個々の夢や幻想を具現化させる、「幻想顕現」という能力を持っている。幻想顕現は、個人の妄想や想像を具現化させた特殊能力で、「空を飛びたい」や「強くなりたい」という想像や幻想がそのまま身体能力や精神力に反映される。つまり、「思いの強さが力となる」のだ。
知優たちが所属する「心霊研究部」とは、単に学園内での活動の名目で、実際は「幻想世界対策本部」として活動している。
平安時代からナイトメアと対峙する遠藤家によって創設された、ナイトメアから人々を守るために活動する団体「幻想世界対策本部」とは、遠藤家の本家、分家が枝分かれして、日本各地にその団体が日々ナイトメア達と人知れず戦っている祓魔師の集まりで、活動目的は幻想世界を探知し、ナイトメアに憑りつかれた人間を助けることなのだ。
「本部とはいっても、管理者は別にいるんだけどね。」
知優はそう笑みを浮かべながら人差し指を立てる。
「で、ここからが本題よ」
「まあ、心霊研究部がどんなとこかわかったっしょ? だけど心霊研究部はその特性上、部員が集まんないわけなんだわ。」
知優に代わって慧一が説明を始める。
「部員は、俺、ちーちゃん、しおりん、あともう一人の部員を含めて四人なんだわ。で、今月の入学式の次の日に通達がきたんだけどさ……」
慧一はなにやら顔に影を落とす。
「5月までに5人集まらないと、この心霊研究部は廃部なんだよね。」
慧一ははあっと大げさに溜息をつく。悠樹はしばらく黙っていたが……
「え、えぇ!!?」
一際大きな声を上げて驚いた。
「で、そこで昨日力に目覚めた新名君! あなたの力を貸してほしい訳!」
知優はにこやかに笑い、悠樹を指さす。「我が部に入ってくれ」と言わんばかりの笑顔だ。
「そ、そんな急に……」
「でもニーナ君、どこの部活にも所属してないし、一年の頃は帰宅部だったっしょ? ちょうどいいんじゃない、友達のしおりんもいる事だし」
戸惑う悠樹をよそに追い打ちをかける慧一。
「え、なんで俺が帰宅部だって知ってんですか」
「しおりんに聞きました〜♪」
慧一は「それに」と付け加えた。
「力に目覚めた時点で、ニーナ君も無関係じゃなくなったわけだし、ね」
悠樹はにーっと笑う慧一を見て、「うっ」と声を漏らす。
「お願い悠樹くん! 夢幻奏者はすごく少ないし、貴重な戦力だし……それに悠樹くんが一緒にいてくれるなら、私も心強いの」
詩織は手を合わせて懇願する。う〜っと声を出しながら腕を組んでしばらく悩む。この力で多くの人が助けられるんだったら……としばらく考えて、悠樹は答えを出した。
「わかりました。俺にできる事があるなら、協力します」
悠樹は頷いた。
「ありがとう、新名君。そう言ってくれるって信じてたわ」
「俺、素直な子は男女問わず好きだぞ〜」
知優は微笑みながら悠樹の手を取り、慧一はニコーっと笑う。詩織も喜びながら飛び跳ね、悠樹に近づいた。
「やったぁ! ありがとう、悠樹くん、これから頑張っていこうね!」
「ああ、よろしくな詩織、よろしくお願いします、遠藤先輩、市嶋先輩。」
悠樹が二人に向かって会釈すると、二人はにこりと笑った。
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...