複雑・ファジー小説

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.44 )
日時: 2019/08/20 20:46
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)

第四章 儚い旋律、それを奏でるのは…


 昨夜、あのまま眠っていたのだろか。悠樹は目を覚まし、ベッドから起き上がる。目覚まし時計は5時を指しており、登校まではかなり時間があった。昨日見た夢、そして玲司の語った真実……悠樹は、ふうっと深いため息をつくと、自身の顔を両手で叩いた。パンっという音と共に頬に鈍い痛みを感じる。

「今は前に進もう」

 悠樹はそう一言こぼし、学校へ行く準備をする。朝陽が悠樹の部屋に入り込み、部屋を照らした。悠樹は、詩織を驚かせるために朝食の準備をするべく、部屋を出て一階へと降りた。
 今は何を考えても答えなんか見つからない。ならば、振り返らずに進むしかない。



 その日の放課後、悠樹はいつものように心霊研究部の部室へと向かう。その途中で、「天津音あまつね君が……」という話声が聞こえたが、彼は気にも留めなかった。多分、別のクラスの生徒だろう。そう考える。
 そもそも悠樹はあまり友達が多い方ではなく、詩織や翔太以外に友達と呼べる存在はほとんどいない。
 彼自身、受け身気味というのもあるのだが、過去にある事故に巻き込まれたのが原因というのもある。その事はもう思い出したくはないし、誰にも言いたくはない。……そのせいで……。
 まあそんなこともあってか、他人との干渉は極力避けている。

 部室にたどり着き、戸を開くと珍しくお客さんがきていたようだ。
 波打った黒い髪を一つに括ってまとめ、前髪をヘアピンで留めている、黒い瞳を持つかわいらしい少女だ。なんとなく儚げな雰囲気は、消えてなくなってしまいそうだ。
 部室には知優、慧一、玲司、翔太、詩織がいた。
 時恵は今日、三者面談であり、陽介風奏の二人はアルバイト、雪乃は最近アニメを見て触発されて、週1のスポーツジムに行っているらしい。
 時恵と陽介風奏の事情はわかるが、女子高生がスポーツジム……と考えつつも、まあ、人それぞれだよな。なんて思う。一応この「幻想世界対策本部」は現実の生活優先のため、用事があればそっちを最優先してほしいとのこと。

「で、あなたのお兄さんが行方不明って?」

 知優は優しい声音で彼女に尋ねる。彼女の顔を見ると、今にも泣きだしそうな顔つきだ。

「……はい、昨日からふっと消えて、そこから見つからず……」

 彼女の話はこうだ。
 彼女は「天津音雪奈あまつねせつな」。星生学園の一年で、兄である二年の「天津音透あまつねとおる」との下校中、彼が突然失踪したのだという。
 雪奈の話によると、透は黒い影に呑まれて消えてしまったらしい。そのあと、慌てて周囲を探すも特に変化はなく、家にも戻っておらず仕舞い。
 彼女は警察に相談すると、「遠藤家」を紹介されたらしい。

「へぇ〜、遠藤家ってめっちゃ有名なんスね」

 翔太は感心する。知優も頷く、少し嬉しそうに。

「そりゃあ、面倒事厄介事を昔から解決してきたのは遠藤家だもの。捜査一課が手に負えない特殊な難事件は、大体うちの家系の人間が解決してるから、そういう仕事はこっちに回ってきたりするのよ」

 面倒事厄介事は昔からナイトメアが関連しているらしく、それらは警察では手に負えず、「未詳事件」として遠藤家へ回ってくる。それを解決することで、遠藤家及び「幻想世界対策本部」は警察……いや、国からお金をもらって経済を回しているんだという。この心霊研究部も「幻想世界対策本部」とは銘打っているが、「学生本部」というだけで、世界中に対策本部は多く存在する。国からお金をもらっているだけあって、仕事が回ってきたら速やかに請け負わなくてはいけない。

「なんか……なんかSPECみたいな話ですね!」

 詩織は知優の話を聞いて、目を輝かせた。が、悠樹は「今はそんな場合じゃないだろ」と詩織の肩を掴んで座らせる。

「安心して、天津音さん。必ずあなたのお兄さんを救ってみせるわ!」

 知優は雪奈の手を取って、微笑む。知優の微笑みに雪奈は目に溜めていた涙をこぼし、無言で頭を下げた。




 雪奈の兄、透を探すべく街を見回る一行。
 その最中、慧一は玲司を顔をしかめながらじろじろと見ていた。玲司はそれに気が付くと、「なんだ慧一」と声をかける。

「いや、何しれっと心霊研究部にいるんだよお前は」
「昨日の戦いを見て、お前たちがあまりにも不甲斐ないから、俺が協力してやらねばいかんと思ってな」
「いや、なんで上から目線!? めっちゃ腹立つんですけど!」

 慧一の言葉に、玲司はため息をつきながら肩をすくめる。

「俺の方が夢幻奏者として先輩だからな。それに、俺は8年前からナイトメアを相手にしている。敬うといい」
「アーハイ、ソウデスネ」

 もう清々しさすら覚えてしまう彼の態度に、もうこれ以上の問答はこちらが疲れてしまいそうなので、諦めて流した。
 そして、もう一つ気になっていた事があるのを思い出し、慧一は玲司に尋ねる。

「そういや昨日……お前、一体どうやってあの子の猛威をすり抜けることができたんだよ?」
「どういうことだ?」

 玲司は首を傾げる。
 昨日、一行が入っていた幻想世界の奥にいた、ナイトメアに憑りつかれ暴走していた彼だ。暗がりでよく見えなかったので正体はわからず仕舞いだが。

「あれだよ、昨日のナイトメアに憑りつかれてた子! あの子、俺たちの心を読むみたいに攻撃を受け止めたり、物凄い力で吹き飛ばしたりしてたろ?」
「ああ、あれか……」

 玲司は少し自慢げにふふっと笑う。

「あれは簡単だ、俺の能力は氷を操るからな、俺は自分の血液を一時的に凍らせ、考えを読み取れないようにしていた。……だが、一歩間違えれば死と隣り合わせだからな。一人ではどうにもできなかったのだ」
「血液を……って、死んじゃうじゃんそれ!」

 慧一の驚きを隠せない表情に、玲司は「ふん」と鼻を鳴らし得意げな顔を見せる。

「俺だからできる」
「すっげえ説得力あるわ……」

 慧一はふうっと息を吐いて呆れ顔で前かがみになっていた。

 だが慧一は考える。
 玲司は確実に戦闘経験がありすぎる。8年前からと自称はしていたものの、それ以上の経験がありそうだ。
 その根拠はまず、相手の事をよく知っている。昨日のあのいくつかの行動を見ればわかる、事前に調べていない限り、未知の場所をずかずかと歩き回ったりしない。何かが潜んでいる可能性があるからだ。それに、敵の急所を的確に狙っている。相当の手練れでなければ相手の不意を突いて、それも多大な数の急所を狙う事は、至難の業だ。
 本当に、彼は……と、慧一は今一度彼を見る。彼はどこからどう見ても、「御海堂玲司」だ。

「やっぱ考えすぎか?」

 慧一は小声でそうつぶやいた。





 雪奈の案内の下、一行は件の場所へとやってきていた。
 望月市内の住宅街の真ん中にある公園だ。時刻は公園の時計を見ると、18時を指している。初夏である今は少しばかり日が長く、陽もやっと傾いて公園を赤く染めていた。
 そろそろ幻想世界が出現する時間帯だ。知優は公園を見回した。
 ふと、悠樹は公園の滑り台を見る。陰になっているところが、いつもより黒いと感じ、さらに何か冷たい気配がするので、知優を呼んだ。

「先輩、これ……」
「ええ、間違いない。幻想世界への入り口よ」
「じゃあこの中に透さんが?」

 知優は悠樹の問いに「おそらく」と頷く。雪奈はそれを聞いて驚いて陰に入り込もうとした。

「それじゃあ早く行かなきゃ、兄さんが!」
「お、落ち着いて雪奈ちゃん!」

 今にも入り込んでしまいそうな勢いの雪奈を、詩織は彼女を両手で食い止め、窘める。
 翔太も困り顔で彼女を落ち着かせようとした。

「そうだぞ天津音ちゃん。こっからは俺たちの仕事だ、君はここで俺たちが帰るのを待ってくれ」

 翔太の言葉に、雪奈はようやく落ち着きを取り戻し、両手を胸に当てる。

「……いえ、兄がいるというのなら、私も連れて行ってはくれませんか? 私、心配で……」
「やめておけ」

 雪奈の言葉を遮るように、玲司は冷たく言い放つ。

「足手まといだ、一般人が入り込んで生き残れるほど、この中は優しくできていない」
「で、でも……」
「くどい、死にたくないなら大人しくしていろ」

 玲司は彼女を突き放すように、ぴしゃりと言葉を強める。
 慧一は「そんな言い方……」と言いながら少し苛立ちを見せていた。

「あ、足手まといなのはわかっています、ですが……」
「わかっているなら、もう言葉は不要だろう? 迷惑だ、待っていろ」
「御海堂先輩、もう少し言い方ってもんがあるだろ!」

 先ほどからの玲司の態度に、翔太は怒りながら玲司の胸ぐらをつかむ。しかし、玲司はその手を掴んで、翔太を睨んだ。

「じゃあどう言えばいい? 足手まといには変わりはない。何の力も持たん奴が俺たちの周りをウロチョロしていれば、そいつだけでない。全員破滅するかもしれんのだぞ。守るべき者を守れずして、何が夢幻奏者だ?」

 玲司の言葉に何も言い返せず、言葉を詰まらせる翔太。
 確かに玲司の言う通り、無力な人間が一人でもいると、戦いに全力で集中することができない。それどころか、安全な場所にいれば守ることもできるが、戦いの場に戦力外の人間が一人でもいると、全体の戦力に支障が出る。
 悠樹はそう頷くと、雪奈を見た。

「天津音さん、俺達が必ずお兄さんを助けに行く。だから、ここで少し待っててもらえないかな。大丈夫、約束する。お兄さんを絶対連れ戻すって」

 玲司の態度とは打って変わって、物腰が柔らかい表情や言葉で、雪奈に微笑みかける。
 雪奈は、少し無言になる。
 その後、頷いた。

「……わかりました、あなた方を信じます」

 その返事を聞いて、悠樹は大きく頷いた。

「よし、雪奈ちゃん、待っててね! すぐに片づけてきちゃうから!」

 詩織はにっこりと笑みを浮かべた。




 雪奈を残し、幻想世界へ入り込む一行。
 そこは上も下も、右も左も青空が広がっていた。悠樹達が立っているのは、壁もないガラスの床だけがある足場のみ。そこから階段が延々と上に登るもの、下へ降りるものがあべこべになり、奥の方へ続いている。風はなく、臭いもしない。不思議なことに太陽が見当たらないのに、この空間はまるで陽の光が照らしているかのように明るい。足場と階段以外は何もなく、暑くも寒くもなく、快適と言えば快適だ。

「何もないな」

 玲司は腕を組みながら周りを見てそうこぼす。確かに何もない。知優も「空と足場しかない場所は初めてきた」と言っている。
 人間だれしも、何かの考えや憧れ、欲など、何かしらの「想い」……即ち「幻想」を抱いているものだ。それは人が人である限り、心に光あれば闇もある。
 だから、このように「本当に何もない」場所は珍しいのだ。

「まあ強いて言うなら、あるのは「そら」くらいか。それとも、「空虚」か?」

 玲司は無表情でそうつぶやいた。

「「そら」と「から」をかけたんですか?」
「まあそうだな」

 玲司は悠樹の問いに頷いた。
 すると、慧一は腕を組んで周りを見ながら口を開いた。

「だが、逆転の発想をしてみるとさ、何も考えてないから何もない……とかじゃなくて、「自分自身が空虚だと思い込んでいる」とかじゃねえかな。「自分は何者でもない」って思い込んでる人が、ナイトメアに憑りつかれてるのかもしれねえぜ」
「え、と……つまりどゆことですか?」

 詩織は首を傾げながら口元に指を置く。

「普段、自分は無価値、何者にもなれない、空虚な自分……なんて考えてる奴が相手だぞ今回は。……俺の一番嫌いな奴だ」

 慧一は最後の方をほとんど聞こえないほどの小声でつぶやく。そして、眉をひそめていた。
 翔太は周りを見る。入ってからしばらく経っているというのに、一向にナイトメアが襲ってこないどころか、姿すら現さない。

「なあ、ナイトメアの姿がぜんっぜん見えないんスけど」
「そういえばそうね」

 知優も頷いて周りを見た。しんと静まり返っている。

「何かの罠かな?」
「……いや、どうやら今回の敵は——」

 詩織の疑問はすぐに答えが出た。
 玲司が剣を振って何かを斬り、それが地面へひらりと落ちる。
 それは、ナイフのように鋭い刃のように閃く白い羽根であった。
 一行が上空を見ると、赤い短髪をなびかせる、上半身は女性、腕はまるで鷹の翼、下半身は鷹のようだ。一言でいえば半人半鳥。そのような姿の怪物が、上空から数十匹舞い降りてきたのだ。

「あれは、伝説上の魔物「ハーピー」だ!」

 悠樹は驚きを隠せず目を見開いて叫んだ。
 その声に合わせて、ハーピー達は一斉に羽ばたいて、弾丸のように羽根を発射して悠樹たちを襲う。
 しかし、玲司は瞬時に剣を一振りし、氷の壁を皆の周りに作って、その弾丸を防いだ。カンカンという甲高い音を発しながら、羽根は地面に落ちる。

「この氷は奴らの次の攻撃で砕ける。そこを狙え」
「……はい!」

 玲司の指示に悠樹は返事をして、皆も頷いた後、武器を構えた。
 玲司の言う通り、氷の壁はハーピー達の次の攻撃で砕け散った。
 バリンというけたたましい音と共に、悠樹と翔太はハーピーの下へと飛び上がり、距離を詰める。ハーピー達は突然目の前に飛んできた悠樹と翔太に動揺してしまう。悠樹は「うおぉぉーっ!」と雄叫びを上げながらハーピーの首を刎ねる。翔太は炎の纏った剣を両手で振り回し、ハーピーを3匹焼き払った。二人の猛攻に動揺していたハーピー達だが、すぐに体勢を立て直し、ハーピーの数匹が二人に向かって足の爪を使い、襲い掛かる。
 しかし、ハーピー達は突風とその風に混じった刃に巻き込まれ、落ちた。グリフォンに乗った詩織が、槍を振り回して風を起こしながらハーピー達をなぎ倒していたのだ。
 詩織は悠樹と翔太をグリフォンの上に乗せ、自身は槍を一つ手の上で回してから、思い切りハーピー達に投げた。
 投げた槍は閃光のように走り、ハーピーを8体ほど貫いた。
 不思議なことに槍を投げたはずなのだが、投げたと思っていた槍は、詩織の手の中にある。

「どけ」

 玲司はそう小さく言う。三人は驚いて玲司の方へと向くと、彼の背後には巨大な氷の槍が光を纏い、空に向かって放たれるのを今かと待っていた。
 光は知優の力のようで、弓を構えるような体制を取り、玲司の合図を待っている。
 慧一はというと、大鎌を構えていた。
 玲司は二人に合図を送ると、慧一は大鎌を振り、鎌の腹で氷の槍を押し出すように打った。知優はそれとほぼ同時に、矢を放つように光で槍を押し上げる。
 槍は目にも留まらぬ速さで空を駆け抜け、ハーピー達を貫き、薙ぎ払いながら遥か上空まで発射された。

「皆、今の内よ。奥まで進みましょう!」

 知優は階段の方を指さすと、階段を駆け上がった。玲司は鼻を鳴らした後、すぐに駆け抜ける。慧一はあきれながらも、三人を誘導して階段を駆け上がった。






 彼らが去った後、外から入ってくる人物が二人。白銀の甲冑を纏う少年と雪奈であった。

「ありがとうございました……えーっと」
「あ、僕は「永谷公太ながたにこうた」。公太って呼んでいいよ♪」
「え、あ、はい……」

 公太の高揚した声色にたじろいでしまう雪奈。
 先ほどまでのおどおどした態度から一変、かなりハイテンションなのである。
 それにこちら側に来てから彼の姿が一変、まるでゲームや漫画に出てくる「騎士」のような姿だ。
 そしてこちら側は、目の前に広がるのは青い空。太陽がないのにどこかから自分たちを照らしてくれる陽の光……この世界は一体何なのか?
 雪奈は驚きと不安で胸がいっぱいになる。


 あれだけ釘を刺されていた雪奈がなぜ幻想世界に入ったのか……
 隣にいる公太が、記憶はあやふやだが、助けてもらったお礼に行こうと心霊研究部に近づいたはいいものの、話がややこしくなってしまい、ずっとつけてきたらしい。そこで、公園に行くと心霊研究部の皆さんがなんとどこぞに消えてしまうではないか。近くにいた泣き顔の雪奈に話しかけると、「幻想世界」という場所に皆が行ってしまったという。
 公太は彼女に「僕が付いていくし、一緒に追いかけよう!」と提案したのだ。とりあえずなんやかんや言いくるめられ、今に至るというわけである。

「いや〜、でも少しずつ思い出してきたよ。確か僕、ナイトメアって黒い影に憑りつかれて、思う存分暴れてた気がするなぁ……」

 公太は顔がにやけ始める。

「そ、そうなんですね……」
「うん、でも楽しかったよ。現実世界じゃ暴れられないし、なんかすごい力が溢れてくるっていうかさ〜……」

 公太は目を輝かせて拳を打ち鳴らす。
 彼はきっと戦うことが大好きなんだろうな。と雪奈は頷いた。

「よ〜し、雪奈ちゃん! 僕が雑魚をぶっ飛ばしてぶっ飛ばしてぶっ飛ばしまくるから、僕の背中に隠れてるんだよ! 大丈夫、か弱いお姫様を守るのは、戦士の役目だしね!」

 公太はそういうと、周りに敵が集まってきていることに気づいた。悠樹達が倒したハーピーの集団である。彼は舌なめずりし、狂気とも呼べる笑顔で拳を再び打ち鳴らした。金属の音が鳴り響き、公太の目は爛々と輝く。

「よーっし、半裸の半鳥だろうが女の子に変わりはない! 思う存分僕と戦おうよ!」

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.45 )
日時: 2019/08/20 20:47
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 悠樹達は奥へと進む。進めど進めど景色は相変わらず青い空。雲一つない空に、上も下もわからなくなってしまいそうだ。しかし、ナイトメアは群れて悠樹達に襲い掛かる。どこから現れているのかはわからないが、襲い掛かるのならば倒していくまでだ。
 悠樹達は武器を片手に奥へと進んでいった。

 しばらく進んでいくと、その空間には不似合いの代物が姿を現す。
 ガラスの壁、白い骨組みでできた建物だ。まるで小さな城のような造形だ。ガラスは透明ではないので中の様子は今いる場所からは見えない。

「ここが最深部のようだな〜」

 慧一は城を眺めながら口笛を吹く。

「そうね」

 知優も城を眺めながら腕を組む。そして、一行はさらに城に近づいた。近くで見ると、ガラスは何重にも重なり、中が見えない。しかし、悠樹達が唯一の城への入り口である扉に近づくと、内開きに、しかもひとりでに開き始めたのだ。

「歓迎してくれてるのかな……?」
「だといいがな」

 詩織の恐る恐るのつぶやきに、玲司は不愛想に答え扉の向こうへと入り込む。皆もそれを見て中へと入った。
 中は外の明るさと打って変わって薄暗い。だが、他人の髪色、目の色、肌の色まで認識できるほどには明るかった。床、天井、壁が何重にも重なったガラスで張られた大きな空間だ。天井もはるか上に広がって、ガラスの色が反射してやや薄い群青色の世界が包んでいる。
 ふと、中央に誰かがいることに気が付いた。
 四肢で身体を支え、悠樹達の靴音以外は無音のため、荒い息遣いが耳に入る。白い髪、だろうか。ここからではよく見えないが、黒い服も着ているようだ。
 その人物に近づく。……夢幻奏者だろうか? 悠樹はそう思った。

「だれ、だ……?」

 その人物は喉から音をひりだすように悠樹達に尋ねた。
 知優はその人物に近づき、膝を折って彼の肩に触れる。

「私たちは幻想世界対策本部。あなた、「天津音透あまつねとおる」さん?」
「あ、ああ……」

 透は頷くと、知優の顔を見上げた。
 瞳は赤く、まるで磨かれたルビーのような透明感がある。苦悶の表情を浮かべ、呼吸も乱れている。そして服装もよく見れば指揮者のような服装だ、黒い燕尾服、首には白い訪台がまかれていた。
 知優は彼の頬に赤いラインのような模様がある事に気が付いた。

「……あなた、侵食がかなり進んでいるようね。今助けるわ」

 知優はそういうと、右手に剣を構え、彼の頬に剣を勢いよく突き立てた。

「何を!?」

 悠樹は思わず叫んだが、その剣は彼には刺さらなかった。
 彼が知優の腕をつかみ、その手を止めていたからだ。

「やはり、ダメか……俺の自由が利かないまでに……!」

 透は悔しそうに歯を食いしばる。知優はその様子に驚きもせず、静かに頷く。

「頼む、俺の意識はもう……知らない奴にこんなことを頼むのは忍びない……だが、どうか俺を——」

 透がそう言い切らないうちに、透の影に青い剣が突き刺さった。そして透は糸の切れた人形のように、力なくその場に倒れこんだ。
 その剣を放ったのは、玲司だ。

「知優、そいつから離れろ。間もなくそいつは、ナイトメアに乗っ取られる」

 玲司がそう言い放った瞬間、知優ははっと気が付いて後ろへ飛び上がった。悠樹もその様子に驚く。
 透が起き上がり、先ほどまでの苦悶の表情から一変、薄ら笑いを浮かべる不気味なものへと変貌していた。

「うふふ……やっと器を手に入れたよぉ〜……」

 先ほどまでの透は見る影もなく、不気味に笑う楽し気な声色で皆を見ていた。

「こ、こわ……あいつの中身こわ!」

 翔太は青ざめた顔で武器を構える。それを聞いた彼は「うふふ」と再び笑い、泣いている仕草を見せた。顔はそのまま笑顔が張り付いていて不気味さが一層増している。

「ひどいなぁ〜。ボクが怖いだなんて……泣いちゃうよ、ボク」
「気色悪い三文芝居はやめろ」

 玲司は弓を引き、冷たく言い放つ。

「うーん、そうだね。ひぃ、ふぅ、みぃ……6人か。」

 透は玲司の言葉に怯みもせず、悠樹達の数を数え、一層にやりと笑った。

「大丈夫、何人いようとも……」

 透はそういうと、何もないはずの背中から弓を取り出した。その顔には総毛立つような笑みが張り付いていた。

「皆隔たりなく、愛してあげる。ボクのやり方で、ね……」

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.46 )
日時: 2019/08/21 19:54
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)

 不気味に笑う彼に、玲司は瞳を閉じ、静かに言い放った。

「もう奴は手遅れだ、殺してやるのが一番の救いだ」

 翔太はその言葉に勢いよく玲司に掴みかかる。その気迫は普段の冷静さと優しさを兼ねそろえたものではなく、炎のように勢いがあり、手はぶるぶると震えていた。

「そう簡単に殺すなんて言うな!」
「……ナイトメアに喰われた人間の魂は、もうこの世に存在しない」

 玲司は表情を崩さず、翔太を真っ直ぐ見つめる。何かを悟ったような表情で、その顔は少し儚げであった。
 翔太の腕をつかむと、「放せ」と一言。

「お前たちには覚悟が足りん。手遅れになった人間はナイトメアの器となり、次の餌となる人間を探す。そうなれば、さらに犠牲者が増える……どのみち、奴を止められるのは夢幻奏者おれたちだけだ。」

 玲司はただ無表情に言葉を連ねる。
 そして、翔太の手をどかし、前へと出た。

「やる気がないなら帰れ、俺一人でも十分だ」

 それを聞いた透は腹を抱えて高笑いを上げた。

「キミが相手? まあどんな子でもボクが無限の愛を与えてあげるよ!」

 透は指を打ち鳴らす。パチンという小気味いい音と共に、一行の耳に「キーン」という耳鳴りのような大きな音が聞こえ、その場で膝をつく。詩織は耳を塞いで蹲る。

「な、何、この音……?」
「昨日のあの子と同じだ……あいつに憑りついているナイトメアが幻想顕現の効果を増幅させている、ほぼ無条件で力が使えるぞ!」

 慧一は耳鳴りのせいで自分自身の声すら聞こえづらくなっているが、大声で叫ぶ。その声も届いているかも怪しいが。

「あ……頭がおかしくなっちまう!」

 翔太も耳を塞ぎ、瞼をぎゅっと閉じているが、効果はあまりなさそうだ。
 透はその様子に「うふふ」と不気味に笑い続ける。
 彼の幻想顕現は、「音」……いや、「振動を操る」のだろう。音とは、空気を伝わる微小な圧の変化だ。おそらくその振動を操って、はっきりと聞こえる耳鳴りを起こし、内部から人体を破壊しようとしているのだ。
 だが、悠樹は冷静に物事を判断できず、剣を握り締めた。

「う……皆、しっかりしてくれ!」

 悠樹は剣をその場で一振りする。
 その瞬間、皆は光に包まれた。その光に包まれると耳鳴りが消え去り、一行は耳から手を放した。

「こ、これは!?」

 知優は突然耳鳴りから解放され、悠樹を見る。それに心なしか、何か胸のあたりが温かいものがあるような気がした。これは彼の……悠樹の幻想顕現なんだろうか?

「なーんか知らないけど、ありがとねニーナ君!」

 慧一は頭を左手で抱えながら、右肩に乗せた大鎌を杖にその場で立ち上がる。翔太もふうっと大きくため息をついて立ち上がった。その様子に透はにこりと笑う。状況を楽しんでいるようであった。

「あれれ、ボクの力が効かないの?」
「お前のではない、「その体の持ち主」の物だ」

 いつの間にか玲司は透へ近づいており、透の影に刺さっていた剣を引き抜いて、彼の喉元に剣を突き立てた。透の顔のすぐ目の前まで顔を近づけ、睨む。その表情はいつもと変わらないが、静かな怒りを感じた。

「大人しく殺されれば、楽になれるぞ」
「……ふふっ」

 透は一切動じることなく、笑みを浮かべた。玲司はその様子に眉をひそめ、静かに尋ねる。

「何がおかしい?」
「キミって、あの人に記憶を何度も消されてるみたいだね」
「一一何を!?」

 透の言葉に思わず目を見開き、声を荒げる玲司。
 なぜ、こいつがそんなことを知っている!? そういわんばかりの顔であった。

「図星かな、じゃあもう一つ当ててあげる。君さぁ……」
「やめろ」
「皆のために自分ひとりで全部しょいこむつもりなんでしょ〜」
「それ以上何も言うな」

 玲司はただ冷静に、透の言葉を遮る。
 玲司の反応を面白がり、彼はまるで煽るように笑みを強くし、さらに畳みかけるように言葉を連ねた。

「自分一人で背負って、お友達を守ってるつもりかい?」
「やめろと言っている」
「そういうの、人間たちの間では「独り善がり」っていうんだよね♪」
「黙れ!」

 玲司は目をカッと見開き、透の首を斬ろうと剣を振り上げた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.47 )
日時: 2019/08/22 00:38
名前: ピノ (ID: /RplPDid)

「——いけない、御海堂先輩!」

 耳鳴りから解放されたばかりの悠樹は玲司を慌てて止めようとする。
 ——刹那、彼らの奥のガラスの壁がけたたましい音を立てながら砕け散る。知優は素早く剣を構えて状況を見た。
 ガラスをぶち破り、そこから現れたのは黒い鱗を持ち、強靭な翼で羽ばたく飛竜であった。天井は高く広々としているため、大きく羽ばたいても何ら問題なく空中を飛んでいる。
 翔太と詩織は驚きつつも、武器を構えた。

「新手!? もう、まだ頭が痛いのに〜」
「クソ、まだ耳の奥でヤンデレ男が高笑いしてるぜ……!」
「どういう事!?」

 そうこうしているうちに、また奥の方でガラスがぶち破られ、飛竜がもう一体出現した。慧一はふうっと溜息をついて肩をすくめる。

「強そうな飛竜が二体……こりゃ絶対怪我するな」

 飛竜は玲司に向かって炎の弾を吐き、弾丸のようにそれは玲司に向かって飛び込んでくる。玲司は透から離れてその弾を避けると、炎は地面に落ちて天井近くまで火柱を上げた。
 玲司から解放された透は、「やれやれ」と服についた埃を払いながら笑う。

「せっかく新しい器なのに、服がもうこんなに汚れちゃったよ」

 彼は笑顔を全く崩さず、玲司を見る。

「惜しかったね、もう少しでボクを殺せるところだったのに」
「そうだな、本当に残念だ」

 玲司は瞳を閉じ、剣を構えて溜息をつく。本気なのか冗談なのかはわからないが、それよりも……まずは飛竜をどうにかしないと、透を倒すどころか返り討ちにあいそうだ。悠樹はそう考えた。
 それにしても、玲司と透は先ほど、何を話していたんだろうか? 玲司はひどく怒った様子だったが……。

「新名、俺と組め」
「えっ!? でも……」
「先ほどの力は、あいつの力をかき消すことができる。俺に協力しろ」

 こんな時でもかなり上から目線ではあるが、今はそんな事を考えてる暇はない。気になる事は多々あるが、後でまとめて聞けばいい。

「わかりました、御海堂先輩を信じます」
「ああ」

 玲司は静かに頷いた。悠樹は剣を一振りし、風を斬る。ヒュンっという小気味いい音がその場に響いた。



「玲司、新名君と組むみたいね、市嶋君」

 その様子を見ていた知優は、剣を握って慧一に向かってそう口にする。知優は馬を召喚し、それに跨った。毛並みが美しい白馬は嘶き、首を振る。
 慧一も大きく頷いてケラケラ笑っていた。

「よっしゃ、俺達もサクッとこいつを倒しちまおうぜ」
「そうね、頼りにしてるわよ」

 慧一はその言葉を聞いて、少しの間沈黙した後ににこーっと笑う。「合点承知の助!」と元気に言い放つと、大鎌を振って構えた。

「そっちもお願いね、谷崎君、葉月さん!」

 知優は翔太と詩織にそう声をかけると、馬に鞭を打って飛竜に向かって突進した。慧一も「よっしゃ!」と一言、それについて駆け出した。
 知優の声を聴き、詩織は腕を振り上げて「おー!」と返事をしてから翔太の瞳を見る。二人は一切言葉を交わさずに飛竜へ突撃した。


「なあ、一つだけ聞かせてくれ」

 悠樹は剣を構えたまま、透に尋ねた。

「お前たちナイトメアは、なぜ人間を襲う?」
「……どういう事かな」

 透の顔から笑顔が消え去り、無表情で悠樹の言葉に耳を貸す。玲司も怪訝に思いながら悠樹を見ていた。
 悠樹は構わず続ける。

「お前たちナイトメアは、幻想世界にさえいれば互いに争わずに済むし、俺達だってナイトメアさえいなければ、こんな風に悲しい思いも大切なものを失うことだってない」
「……質問を質問で返すことになるけどさ、ユウキ君は普段何を食べてる?」

 悠樹はその問いに少し驚いた。透はなおも無表情でつづける。

「少なくとも「命」を食べてるよね。まあこの際何を食べてるかはおいておこうか。……君たち人間はあらゆる犠牲の上に立って生きている。同じ人間然り、動物、あるいは自然の理すらの上で」
「何が言いたいんだ?」
「ボク達も君たちの命を……いや、「幻想ユメ」を糧に生きているだけさ。それは何ら君たちの生き方と変わらないだろう? ボク達は人間の幻想がなければ、生きていくことすらできないんだから……だから、ボク達はキミ達を殺す。キミ達がボク達を殺すようにね」

 悠樹はそれを聞いて言葉を返すことができなかった。
 確かに彼らの言い分も間違っていない。この世はあらゆる命が巡り、食い合って回っている。それが自然の理である。人間とナイトメアも古くからそうやって食い合って生きてきた。……だから

「まともに聞くな、新名。殺し合いに情など必要ない」

 玲司は悠樹の肩を握る。そして冷たい視線で透を睨んだ。

「貴様らがどう生きようとも、俺はお前たちを一匹残らず殺すだけだ」
「……そうこなくっちゃねえ♪」

 透は玲司の言葉を聞いて再び不気味に笑った。そして、彼は手のひらをかざす。光が彼の手を覆い、金属性のハープが現れた。
 そのハープは不思議なことに弦が1本しかなく、ハープというよりは弓といったところだ。ほのかに白い光がまとわりついていて、とても神秘的に感じる。

「ユウキ君、残念だけどボクらの関係は、どうあがいても現状のままだよ。それが、「理」って奴さ」

 透は満面の笑みを見せ、弓を構えた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.48 )
日時: 2019/08/22 23:19
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 彼は弓を引く。しかし、彼の手には矢など見えない。悠樹は不思議に思いながらも、透の出方を伺う。
 しかし、玲司は「じっとするな」と言い放ち、駆け出した。悠樹は驚いて反応が遅れてしまう。
 透は矢を放つ。反応の遅れた悠樹は、何かが頬を掠めたような気がし、頬から伝う冷たいものに触れた。

「え、ええ!?」

 悠樹は驚いて声を上げた。玲司はそれを見て、ふうっと溜息をついた。

「奴の弓矢は振動を利用した音の矢を放つモノ。目では見ることはできん。お前、心臓を狙われていたら即死だぞ」
「音……てことは、空気の流れを読めばいいんですよね?」

 悠樹は素早く判断すると、続けて透は弓を放った。矢は風を切って音を立てる。
 悠樹は空気と音で矢の軌道を予測し、透の近くにまで瞬時に迫る。だが、透は悠樹が来るのを待っていたかのように、悠樹の振り上げた剣を片手で握り、彼の動きを止めた。

「流石ユウキ君、キミは適応力がいいね。だけど、武器だけが戦術じゃあないよ」

 透はそう言い切る前に悠樹は突然足が崩れる。透が足払いして悠樹の足を崩したのだ。悠樹は驚いて見開き、そのまま地面に崩れ落ちる。
 だが、玲司が瞬時に矢を放って透の動きを止め、そのまま透に向かって剣を振り上げた。

「キミもやるね、レイジ君。それとも、これも——」
「今は戦闘中だ、余計な事を言っている暇はないぞ」

 透の言葉を遮るように、剣を翻し素早く透を斬りつける。だが、透はそれすらも読み、弓で剣を受け流した。

「2対1のハンデをあげてもこの程度?」
「フン、むしろこいつが俺に対するハンデだな」

 玲司は悠樹を指示しながら、足で透の顎を蹴り上げた。透は仰け反るがなんとかふらつきながらも立っている。

「がら空きだ、油断するな」
「ぐっ……いってて……ひどい事するなぁ」

 口を切ったのか、血を口からにじませながら尚も笑顔を崩さない。

「新名、いつまで寝ている」
「ご、ごめんなさい!」

 玲司の叱咤に悠樹は慌てて立ち上がり、剣を構えた。
 透は二人から離れ、素早く矢を放つ。空気の流れからして、数本撃ったのだろう。悠樹は放たれた矢を体を反らせて避け、その後正面に来る矢を剣を振って斬った。何かを斬る感触がする。
 玲司は透の次の矢が来る前に、透に近づき剣を持って刺突した。透はその動きを読むかのように顔を反らし、その剣を僅かな動きで避ける。

「さっきのお返し♪」

 透はそういうと、こぶしを握って玲司の腹に思い切り打ち付けた。玲司は「がはっ」と濁った声を漏らし、血を少量吐く。しかし、すぐさま透の腕をつかみ、

「なら、倍返しだ」

 と一言口にすると空いた腕で拳を握り、透の頬に拳を力強く入れた。すさまじい威力のそれは、玲司が腕をつかんでいなければ吹き飛ばされていただろう。

「結構、強いんだね……」

 尚も笑顔を崩さない彼は、玲司を見る。

「でも油断しちゃだめだよ」
「——なっ!?」

 透が笑顔で玲司の腹に手を当てると、玲司は口から大量の血を流す。悠樹はその様子を見て、驚きで心臓が高鳴る感覚が襲った。

「先輩!」
「……内臓を、潰したか」

 玲司は「油断した」と一言いうと、膝を折ってその場に座り込んだ。その場に倒れないのは、彼なりにまだ戦えるという意思表示なのだろう。悠樹は玲司に近づいて彼の肩に手を回して倒れないように支える。

「ま、人間にしてはよく頑張った方だよね。安心して、この場にいる全員……仲良く殺してあげる」

 透はニヤニヤと笑顔をはりつけていた。そして悠樹に向かって手をかざした。玲司を支えている以上、自分が剣を握って戦うことはできない。そうでなくとも、悠樹の実力では、玲司を守りながら透と対峙することすらできないだろう……悠樹は悟った。

「じゃ、来世でも会おうね」

 悠樹は一筋の汗を額から流し、歯を食いしばった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.49 )
日時: 2019/08/24 00:57
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)

 突然、透に向かって何かが勢いに乗って飛び込んできた。
 透にぶつかると、それの下敷きになる。悠樹はそれを見て驚いた。先ほど外で倒していたハーピーだったのだ。
 だがすぐにハーピーは黒い煙を発しながら消滅した。

「ハロー、ご機嫌いかがですか〜?」

 そこへ気の抜けた声が建物内に広がった。
 悠樹や皆は声の主の方へと顔をやる。入口には、ハーピーを担いだ見たことのある鎧の騎士が立っていたのだ。

「あれ、昨日の!」

 慧一は爪を使って切り裂こうとする飛竜の腕を、大鎌で受け止めながら叫んだ。知優も驚いて彼を見る。

「控えおろう! 白黒抹茶、あがりコーヒー柚子桜! 永谷公太さんいざ、参上仕りました!」

 ビシッとポーズを決めて、小さく「よし、決まった」と腕をぐっと握り締め、ガッツポーズをする。そんな公太の様子に一同はぽかんとしていた。

「何時代の人?」

 悠樹は思わず口にしてしまう。
 その様子を見ていた慧一と知優は公太に聞こえないように小声で会話していた。

「ちーちゃん、なんか昨日の子、だよね? ナイトメアから解放されてるはずなのに、全然変わってない気がするんだけど」
「多分、幻想世界に入ってハイになっちゃったんだと思う。」
「心の枷がブレイクしちゃったってワケ、か……たまにいるよな、そんな奴」

 そんな腰に手を当てて大笑いする公太の後ろで、白い髪の少女がこちらの様子をうかがっていた。体半分は隠れているので、服装はよく見えないし、瞳の色はエメラルドのように透き通った翠色だが、彼女の顔はまさしく雪奈の物であった。

「雪奈ちゃん!? なんでここに……」

 詩織は雪奈の顔を見るや、驚いて声を上げる。その声に雪奈は、ビクッと体を一瞬震わせて隠れてしまう。翔太はあきれたような半目で詩織を見た。

「詩織、驚いて隠れちゃったじゃん」
「えっ、私のせい!?」

 詩織と翔太が言い争いながら、飛竜を相手していると、雪奈に気づいた玲司が自身がボロボロだというのに悪態をつく。

「何をしに来た、野次馬か?」
「先輩、そんな言い方しなくても——」
「新名、少し黙れ」

 玲司は悠樹を遮って雪奈の方を見る。
 雪奈は玲司の声を聴いて、慌てて玲司に近づいた。彼女は夢幻武装を纏っている。髪は長く背後を覆う程。クリーム色のレースの装飾が洒落ている、青いシルクのドレスを纏う、上品な印象だ。なんとなく「聖騎士」を思わせる、そんな衣装だ。雪奈は玲司の近くに来ると、しゃがみこんで彼の目を見る。

「いいえ、兄さんを、皆さんを助けに来ました」
「そうか。俺が大口を叩いたもんだから、てっきり死にかけている俺を笑いに来たもんだと思ったぞ」
「そんなことはしません!」

 雪奈は少し機嫌が悪くなり、しかめ面を見せて拳を握り締めた。

「確かに、御海堂先輩の言い分は何一つ間違っていません。事実、私は足手まといでしかありませんでした」

 「でも!」と雪奈は言葉を強め、胸に手を当てて、まるで叱りつけるように声を荒げる。

「なんですかこの体たらくは! あなた、死ぬつもりなんですか? こんなところで、こんな場所で、こんな何もない悲しい場所で! 守りたいものも守れずに! ……そんなの絶対許しません。仮にあなたが皆のために命を賭したとしても、そんなの……」

 雪奈はついには目に涙を溜めて、涙をぬぐいながらしゃくりあげる。

「そんなの、誰が喜んでくれるんですか? 皆あなたのために泣きますよ。私だって泣きます! 現在進行形で泣いてます! 責任取ってください!」

 そう言い切らずに顔がくしゃくしゃに潰れるぐらい、涙をボロボロ流しながら玲司に詰め寄った。
 そんな彼女を見て、はあっとあからさまに大きな溜息をついて、玲司は一言。

「顔が梅干しみたいだ、あとで風呂に入って直せ」
「じゃあお風呂に入るので、兄さんを連れて帰るのを手伝ってください」

 雪奈は目に涙を溜めながらも、頬を膨らませる。
 しかし、それを見ていた悠樹は首を振った。

「でも、御海堂先輩は深手を負って……」
「大丈夫です、これくらいなら」

 雪奈がそう言った後、大きく息を吸って歌い始める。
 その旋律はその城全体に響き渡り、皆の傷を癒していく。玲司も少しずつ顔色が良くなっていく。
 どうやら、彼女の能力は歌に関するものらしい。まだ詳細はわからないが、歌で支援などができるようだ。

「傷が癒えた……」

 玲司がそう一言こぼす。痛みもなさそうで、すくっとその場に立ち上がった。
 雪奈はその様子ににこりと笑う。
 始終を見ていた公太は腕を組んでうんうんと頷いた。

「よし、体力万全! 大ボスに挑むとしますか! 見ててくださいエンキドゥ先輩!!」
「ちょっとやめてよ!」

 透はその様子を見終わった後、高笑いを上げた。

「まったく、臭い茶番をどうもありがとう。まあ、羽虫が何匹集まっても、羽虫には変わりないんだけどね〜?」
「ふん、羽虫とて家を食らい、家を腐食させるぞ」

 玲司は腕を組んで頷いた。「論点がずれているような気がするが、まあいいや」と悠樹は半目になって考えた。

「兄さんを返してください、そこにまだいるのでしょう?」

 雪奈は透に向かって叫ぶ。透はその声、その姿を目の当たりにして、眉をかすかに動かした。だが、それも一瞬であった。

「じゃあ、試してごらんよ。「お兄さん」が生きているかどうか、さ」

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.50 )
日時: 2019/08/24 21:32
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 玲司は彼の不意を突くように、氷の槍を生み出し投げた。だが、透は氷の槍を素早く弓を引き、矢を発射してその氷を砕く。その氷が砕け、その後に続いていた悠樹と雪奈がそれぞれの武器を手に突撃し、刺突しながら彼に近づく。だが、二人の攻撃にすら対応し、透は後ろへステップを踏んでそれを避ける。
 だが、透はその瞬間足が縫い付けられたように動かなくなった。

「——っ!? 影が……」
「悪いが貴様の影に細工しておいた、気が付かなかった貴様が悪い」
「へえ、さっきの……」

 透は理解する。玲司が最初に透の影に向かって投げた剣は、透の影を静かに凍り付かせていたのだ。そして、完全に凍ってしまった今、透は動くことができない。

「やるね、だけどこの程度じゃあ……!」

 透は再び切り込んでくる悠樹と雪奈を両腕で捕らえた。悠樹は顔を、雪奈は首を掴まれて身動きが取れなくなる。

「さて、捕まえたっと……どうする? このまま二人を殺しちゃ——」

 透が言い切る前に、悠樹は透の力強く腕をつかんで引きはがそうとした。

「今、助けますよ……透さん!」

 悠樹は必死に抵抗し、透の目を見る。「何を……」と透はひるんだが、やはり雪奈を見た時の反応と同じだ。
 まだ、透は生きている! 悠樹はそう確信し、透の腹を膝で蹴り上げる。彼は悠樹の一撃で吹き飛んだ。その際に悠樹と雪奈は解放され、息を整える。

「すっごいなぁ……生きていると確信しても、「トオル君」を傷つけるんだね」
「治療費は全部遠藤先輩に請求します。文句も遠藤家にどうぞ!」

 悠樹が大声でそう言い放つと、「ちょ、新名君!?」と物凄い勢いで知優は悠樹に顔を向けた。悠樹自身、それを見ていないのでどんな顔をしているかはわからない。きっと怒られるだろうな。そんなことを考えた。

「隙だらけだぞ」

 玲司はその場の地面にしゃがみ込み、手を地面に当てた。
 その瞬間、透の周囲が急激に気温が下がったように寒くなり、水分が凍る音がする。透が気付いた時には遅く、彼の周りは氷に覆われ、まるで氷の檻に閉じ込められたように透は氷塊の中で凍り付いた。

「そいつ、振動で内部から氷を割るよ!」

 公太はそう言いながら篭手をはめた両腕を背後に回し、手の甲からジェット噴射を出して、まるでミサイルのように透の方へと飛び込む。

「ドッカーン!」

 公太は叫びながら右腕の拳で氷を砕きながら、透に殴りかかった。
 その瞬間、周りを吹き飛ぶほどの衝撃波が起こり、周囲にいた皆は思わず腕や武器を使って顔を覆う。二体の飛竜は衝撃波により吹き飛び、外へと放り出され、消滅した。ガラス製の城は壁、天井がひび割れていき、けたたましい音を発しながら砕け散り、下へと落ちてく。床は思ったより頑丈なのか、ひびが少し入った程度で壊れたりしなかった。

「なんて力だ、もうこいつだけでいいんじゃね?」

 翔太は床を残して砕け散った城を唖然として見回す。

「幻想顕現は「想いの力」。何かへの想いが強ければ強いほど、力量に反映していくの。例え、「目覚めたての初心者ルーキー」であってもね」

 その場にへたり込んでいた知優はそう一言こぼす。
 公太はというと、今の一撃の反動のせいかその場に胡坐をかいて座り込んでしまった、そのあとすぐ、公太から「ぐぅ〜」という間の抜けた音が響いた。

「うーん、お腹減った……」

 本当にマイペースな人だと、慧一はその様子を見て笑った。



「ま、まだ……」

 透は俯せになり、腕で身体を支えるように立とうと必死に体を震わせていた。
 公太の一撃を食らっても尚、透は立ち上がろうとしていた。大量の血液を、口から水道のように吐き出しながら。

「まだ立ち上がるのか、あいつ……」

 玲司は透の様子に、冷たい眼光を光らせ、剣を片手に彼に近づいた。おそらく止めを刺そうというのだろう。それを察した雪奈は慌てて透の前に両手を広げて立ち塞がった。

「もう彼は戦えません! これ以上は無益です」

 雪奈は玲司の目を見てそう叫んだ。
 玲司は雪奈の様子を見ると、わざとらしく大きくため息をついて、「好きにしろ」と一言こぼした。
 それを見届けた雪奈は透に近づいて、しゃがみこんで彼の瞳を見た。目が合い、互いの目に互いの顔が映る。

「お願いします、兄さんを……返してください」

 そう一言、雪奈は口にした。

「君のお兄さんは……もう……」

 透がにやりと笑う。だが、そこへ悠樹が近づいてきた。

「俺の力があれば、別だろう?」
「……何を?」
「さっき、俺はこの武器を振った瞬間、幻想顕現が無効化できた。……もしかしたら、ナイトメアと人間の繋がりも断ち切れるかもしれない」
「……ははっ」

 透は何かを悟ったように小さく笑った。悠樹の力に気づいたようである。

「いいよ、「ボク」を殺すといい。ただし、これからもボク以上に強い子はたくさんキミたちに立ち塞がるだろう。せいぜい足掻くことだ。「守るべきモノ」を失いたくないなら、ね」

 透は捨て台詞を吐くように言葉を連ねて高笑いを上げた。まるで、彼らのこれからの運命を嘲笑うように。
 悠樹はその言葉を聞いた後、彼の影に自身の剣を突き立てた。
 彼はその瞬間、沈黙し、透は眠るように動かなくなった。







 幻想世界から出てくると、外はすっかり暗くなり、街灯に照らされる公園に皆は戻ってくる。知優は雪奈に自身の家へと招いた。なんでも、幻想世界で傷ついた人の治療は遠藤家、もしくは幻想世界対策本部で行っているからだそうだ。透はあれだけの傷を負ったため、しばらく眠ったままだろう。知優はそう言った。

「皆さん、本当にありがとうございました。兄をお救いしてくださって……」

 雪奈は透を背負いながら皆に頭を下げた。
 慧一はニコニコ笑いながら「それほどでもないぞ〜」と言った。

「困ったときはお互い様だよ〜」
「ちょーっと、骨が折れたけどな」

 詩織も翔太も大笑いを上げた。
 悠樹は、「よかったですね」と一言いうと、雪奈は悠樹を見て満面の笑みを見せる。

「あの、新名さん……本当に、本当にありがとうございました」
「……い、いや、俺は何も……」

 悠樹は照れながら後頭部に手をやって笑顔を見せる。
 そして雪奈は、玲司の方も見た。

「あの、お世話になりました」
「……さっさと連れていけ」

 玲司はふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。雪奈は慌てていると、知優が耳打ちする。

「あれでも、嬉しいのよ」
「知優、さっさと連れていけっ!」

 玲司は知優を怒鳴り散らすと、「やれやれ」と右目をつむりながら肩をすくめた。

「あ、あ……こ、これで一件落着ですね……!」

 知優、雪奈、透がその場から去っていくと、小さな声が聞こえた。元の姿に戻った公太であった。

「お前……あっちとこっちでギャップがありすぎるだろ……」
「あ、ひぃ!」
「調子狂うな……」

 慧一は、小さくなった公太を見て呆れて肩をすくめる。
 その様子を見て、悠樹、詩織、翔太はまた愛嬌よく笑ったのであった。




 この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩サーガ
 幻想ユメはいつか現実カタチになる。


to be continued...