複雑・ファジー小説

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.57 )
日時: 2019/08/28 00:14
名前: ピノ (ID: API/4Rnc)

第五章 それぞれの


 昼休み、慧一が心霊研究部の部室に入ると、そこには知優と玲司がいた。知優は弁当を開けて、玲司はブロックタイプの栄養食を手に、入ってきた慧一を見る。

「あれ、ニーナ君とか、しおりんは?」

 慧一は首を傾げながら二人に尋ねた。
 というのも、心霊研究部はここ最近、皆で集まって昼休みを過ごそうという方針を決め、こうして集まっていたのだが、今日は物凄く人数が少ない。
 それを聞いた玲司は呆れたように溜息をついた。

「今日と明日は一年と二年の合同で林間合宿に出ている。いないのは当然だ」
「あ、そっか、そういえば今日は静かだと思ってたわ」

 慧一はうんうんと頷いて近くにあった椅子に腰かける。そしてカバンを机の上に乗せ、中から焼きそばパンとポテトチップス、牛乳を取り出した。
 それを見た知優は「ポテトチップス……?」と首を傾げている。

「不健康な昼飯だな」
「お前だけには言われたくねーよ」

 玲司と慧一は互いの昼ご飯にケチをつけながら睨みあう。
 そして慧一は思い出したかのようにカバンから新聞を取り出した。

「そういや、「あの事故」から今年で8年目らしいぞ」
「もうそんな時期なの? 早いわね」

 慧一は机に新聞を広げ、記事が皆に見えるように中央に置く。
 その記事には、「今日で8年目、「悲劇の爆発事故」」という見出しがあった。
 その事故は、8年前突如地響きと共に望月市のショッピングモールの地下で爆発が起き、死傷者約300人、行方不明者約1000人の未曽有の大事故だ。原因はわからず仕舞いで現在に至る。
 ただ、ショッピングモールや周辺の復興が早く、世間で騒がれたのも三日程度で終わったのは、遺族達からなどの「触れないでほしい」という要望が多かった……なんて噂もあるが、時が流れて8年も経った今では、それを確かめる術はない。
 当時は「ガス爆発による事故」だとか「地震による被害」などと、ある事ない事騒がれていたが、結局のところは真実は闇の中だ。

「あの事故、私が思うにナイトメアの仕業……なんて考えているんだけど」

 知優は新聞の記事を指さしながらそうこぼした。
 それを聞いた慧一は玲司に向かって尋ねる。

「そういやお前、8年前に夢幻奏者になったつってたよな。もしかして……」
「察しがいいな、そうだ。俺はこの事故に巻き込まれた」

 慧一は玲司の言葉を聞いて「あー、やっぱりか」と頷いた。

「知優、推測通りだ。この事件はナイトメアが引き起こしたものだ。……実体を得た奴が、人間の生命力を奪うべくして」
「やっぱりね。私の従弟の伊月もその事件に巻き込まれていたんだもの……」
「知優はどうしていた?」
「私はその日、京都に行ってたもの、帰ってくるまで事故の事は何も聞いてなかったわ」

 知優はそう言い終わると、慧一が険しい顔をしたまま新聞の記事を見ていることに気が付く。

「市嶋君?」
「……ま、あんときの事はもう忘れようぜ。俺だって思い出したくねえし」

 慧一はそういうと、突然新聞を両手でぐしゃぐしゃに丸め、ゴミ箱へ乱暴に投げつけた。

「……おい」

 玲司は慧一に怒りを露わにして睨みつける。

「な、なんだよ」
「俺がまだ4コマ読んでいた途中だ」
「……すんません」








 林間合宿1日目。
 星生学園の1年と2年は今日と明日の2日間、バスで40分の場所にあるキャンプ場にて、「自然を知る郊外学習」という名目で毎年行われている。朝に学校を出てキャンプ場で宿泊し、翌日の15時に戻るというスケジュールだ。
 生徒たちは皆青いジャージ姿で、テントを張ったり薪を割ったりと、忙しそうに……だがどこか楽しそうに作業を行っていた。
 そしてその日の12時、飯盒炊爨班に分かれてカレーを作って食べるという、至って普通の内容なのだが……
 突然、少女の悲鳴がその場に響き渡る。

「よ、よ、ようちゃん! しっかりして!」

 ジャージを着て、夏だというのに紫のマフラーを巻く金髪の少年が、白目をむいてベンチから落ちて倒れたのだ。
 悠樹と詩織が聞き覚えのある声を聴いて、その場に駆け付けた。
 白目をむいて倒れているのは陽介、それを介抱する風奏の姿があった。

「よ、陽介君! ……と風奏ちゃん?」
「一体全体どうしたんだよ、これは?」

 詩織と悠樹は陽介を日陰で休ませるべく、悠樹は陽介を背負い、詩織は陽介に、手に持っていた団扇で彼を扇ぐ。

「わかんない、カレーを食べた瞬間、変な声を上げて倒れちゃって」

 風奏は「不思議だね〜」と困り果てたような表情で陽介を見ていた。

「あ〜……」

 悠樹は何かを悟ったように風奏にもう一度尋ねる。

「ちなみに、風奏。料理は君が?」
「うん、ようちゃんはご飯炊いて、あたしは他の班の人が切ってくれた材料を煮込んだんだ」

 悠樹は陽介を周辺にあった木陰で仰向けに寝かせ、水を飲ませる。水を飲んだ陽介は「ぶわはっ!」と声を上げて勢いよく起き上がり、目を覚ました。その様子に詩織は「おはよ〜」なんて笑って見せる。

「あ、う、うっぅぅ〜……! 三途の川って本当にあったんだぁぁ〜……」

 陽介は大泣きして顔を手で覆う。本気で泣いているのか、指の隙間から涙がこぼれ落ちている。

「な、なあ……風奏、お前、カレーに何を入れたんだ?」
「え〜? じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、牛肉、片栗粉、なまこ、ローリエ、コーヒー、チョコレート、カレー粉、あと愛情かな」
「いろいろおかしいだろ」

 悠樹は思わず突っ込んでしまう。片栗粉、コーヒー、チョコレートはわかるが、なぜなまこなんだ……?

「え、何がおかしいの〜?」
「ふ、風奏ちゃん、料理って結構やる方なの?」
「うん、やる方だよ。お兄ちゃんにも食べさせてあげたことあるよ、特製カレー。」

 風奏は嬉々として笑顔になってその時の説明をする。

「私がカレーを作って食べさせると、「きっとお前は天才なんだな」って青くなって言うから、きっと……ん?」

 風奏はふと腕を組んで首を傾げた。

「そういえば、いつの話だっけなぁ、これ……」
「と、とにかく、わかったよ風奏……」

 悠樹は風奏の話を遮った。「きっと無自覚なんだろうな」と思い、これ以上は何を言っても、不毛だ。
 それに問題は、「風奏の作ったカレー」をなんとか処理しなければならない。同じ班の人はもう食べるのを諦めて、友達に頼み込んでカレーを分けてもらっている様子が、こちらからでも目に入った。

「どうしよう、あのカレー……」

 詩織は不安げに悠樹を見る。悠樹も「どうしたもんかな」と頭を抱えた。

「最終的には幻想世界に持って行ってナイトメアに食べさせる……って方法が——」
「それはちょっと無理があるよ!」

 だがその様子を見ていた、人物が二人に近づき、声をかけてくる。

「ねえ、悠樹くん!」
「ん、あ、雪乃……」

 その人物は雪乃であった。雪乃は、風奏が作ったカレーを指さし、ニコニコ笑っている。

「あれ、私が食べていいよね?」

 その言葉を聞いた悠樹は驚いて目を見開いた。
 あの殺人カレーを食べる!? という衝撃で。

「誰も食べないなら私が食べるよ〜。」

 雪乃はそういうと、殺人カレーのあるテーブルに近づき、皿を取って鍋の横にある飯盒からご飯をよそって、鍋のカレーをご飯にかける。
 「いただきます」と一言言った後、一口。雪乃は幸せそうな顔で「おいしい〜」と一言。
 悠樹は、唖然としてそれを見て、

「体の構造が違うのかもしれない」

 と一言こぼした。
 風奏はというと、雪乃の反応に「やっぱ私って天才かも!」なんて笑顔を見せて喜んでいた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.58 )
日時: 2019/09/03 09:48
名前: ピノ (ID: XyK12djH)

「で、雪乃。カレーの味はどうだった?」

 悠樹は鍋の中身をたいらげ、ニコニコ笑いながら食器を片付ける雪乃に、興味本位で尋ねてみる。
 数人分のカレーを一人で食べて、大変満足そうである。

「なんかジャリジャリしてて、ブヨブヨしてて、ドロッドロだったけど、新食感でパネェ! って感じだよ〜♪」

 そりゃあパネェだろうな。と、悠樹は苦笑した。
 悠樹と詩織は、風奏と陽介を連れて自分たちの班の昼食を分けることにした。自業自得とはいえ、二人だけ昼食抜きというのは、些か可哀そうだ。悠樹と詩織が自分たちの班のテーブルに戻ると、そこには翔太ともう一人……以前ナイトメアに憑りつかれ、暴走していた天津音透がベンチに腰かけていた。
 現実での彼の姿は、黒髪の癖毛のある右分けの前髪の短い髪型、鋭く茶色の瞳は、何となく爬虫類を思わせる。首には包帯を巻いているが、何か怪我でもしたのだろうか? 一見、近寄り難い雰囲気を醸し出す青年だ。
 翔太は悠樹と詩織が戻ってきたことに気がつくと、笑顔を見せた。

「お、戻ったか悠樹……ん? 風奏と陽介、どうしたんだよ」

 翔太は2人を見るや首を傾げている。悠樹は事情を説明してやると、翔太は「あ〜」と頷いて納得する。

「そういう事なら俺の分を分けるよ」

 透は自身のカレーの盛られた皿を陽介に渡す。

「いいんですか?」
「お前たちは命の恩人だ。これくらいさせてくれ」

 透は恥ずかしそうにそっぽを向く。まだ慣れていない様子である。

「あ、ありがとうございます、天津音先輩!」

 陽介はにっこりと笑いながら皿を受け取り、頭を下げた。

 彼、天津音透はあの後……三日経った後に目を覚ましたという。そして知優から事情を聴き、あちら側の世界の事、心霊研究部の活動目的を知った。それから翌日の放課後に皆の前に姿を現し、妹の雪奈と共に改めて礼と詫びを言った。
 それから、二人と悠樹達は少し距離が縮まり、協力関係を結んでいる。とどのつまりは「仲間」だ。

「じゃあ風奏の分は俺のをあげるよ」

 悠樹はそういうと、風奏のためにカレーを皿に盛りつけた。風奏は「さっすが悠樹くん!」と喜んでいた。

「ん? そういや悠樹と透の分はどうすんだよ」

 翔太はふと思ったことを尋ねる。悠樹はふうっと溜息をつくと、上着のポケットから、ブロックタイプの栄養食を二箱取り出す。

「御海堂先輩から、「嫌な予感がするから持っていけ」なんて言われて二箱持たされたんだけど……まさか役に立つとはなぁ」
「すげえ予知能力だな……」

 翔太は呆れて肩をすくめ、悠樹は笑いながら透にそのうちの一箱を渡す。

「ごめんな、こんなものしかないけど……」
「……いや、俺は……」

 透は申し訳なさそうにうつむく。その様子から見るに、まだあの時の事を引き摺っているのだろう。

「俺たちはもう友達だ。友達なら、一緒に食事したり遊んだり勉強したり、助け合ったりするのが普通だろ?」

 悠樹は透の手を掴むと、手のひらに箱を置く。
 透は恥ずかしそうに赤面しつつも、悠樹の顔を見て「あ、ありがとう……」と一言こぼしたのだった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.59 )
日時: 2019/08/28 21:42
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)

 皆が食事が終わり、食器を洗って片付けた後……次の山のゴミ拾いまで少し時間があるため、悠樹達はテーブルを囲って話を始めた。風奏と陽介は、透の話は聞いていたがそこまで話し込んでいたわけではないが、あっさりと打ち解け、多少なり壁があるものの、楽しそうに会話していた。
 悠樹は栄養食の箱を使って、何かを折っている様子だが、皆の方を向いていた。

「それにしても、あいつの最後の言葉……気になるな」
「あいつ?」

 翔太の不意にこぼした言葉に、悠樹は首を傾げて尋ねる。

「あいつだよ、ほら、前に透に憑りついてたナイトメアの事。「あの人」だとか、「これからもボク以上に強い子」云々とかさ。……もしかしたら、ナイトメア達の中に、「ナイトメアを統べる何か」がいるんじゃないかって、あん時から思ってるんだが」

 翔太は腕を組んで俯く。
 翔太と詩織の話によると、今までは自由気ままに人間の身体を借りて暴れまわっていたナイトメアを相手していた。憑りつかれていた公太がいい例だ。
 だが、透に憑りついていたようなナイトメアのように、何かに付き従うようなタイプは今までに出会ったことがないのだという。

「こういうのは、遠藤先輩とか、御海堂先輩が詳しそうなんだけどな〜」

 詩織は頬杖をついて「うーん」と唸る。
 そこで透が「ちょっといいか?」と会話に割り込んだ。

「俺、あやふやなんだが、憑りつかれる直前の事を覚えてる。」
「おお、透君、マジで!?」

 透の言葉に、ダンッと長机を叩いて勢いよく立ち上がる風奏。そんな彼女の両肩を掴んで、座らせる陽介も、透の言葉には興味津々な様子であった。

「あ、ああ。黒い影に呑みこまれたと思ったら……いつの間にかあそこにいてな。そしたら声が聞こえてくるんだよ。俺の頭の中を覗くみたいに、あーだこーだ……」

 透ははっきりしない物言いで説明するが、悠樹はなんとなく理解する。ナイトメアは、他人の心の隙につけ込んで憑りつくのだ。その後は人間の魂を食らい、実体を得るのだろう。

「あと、少し気になることも言っていた気がする……「あの人のために、君の身体が欲しいんだ」って」
「あの人のために……気になるな」

 翔太は顎に手をやって、今まで見たことの無い真剣な表情で唸る。

「あの人……って、いったい誰なんでしょう?」
「きっと、大ボスだよ! そいつを倒せばハッピーエンドじゃない!?」
「そ、そんなに単純かなぁ……」

 風奏は両手を振り上げて嬉々としているが、陽介は不安げに風奏を見ていた。

「帰ったら先輩たちも交えて話し合ってみよう。今は情報が足りなさすぎる」

 悠樹はそう言いながら栄養食の入っていた箱を使って、なぜか折り鶴を折っていたようだった。
 透は「意外に器用だな」と感心している様子だった。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.60 )
日時: 2019/08/30 00:54
名前: ピノ (ID: vmmxj.aE)

 夕刻……悠樹達は一層警戒を強める。
 黄昏時から辺りが闇に包まれるまでの間、幻想世界が出現するからだ。悠樹の班も夕食の準備をしながらも、周りを警戒していた。

「こういう場所でも幻想世界なんて出てくるんかねえ」

 翔太は食材が入った発泡スチロールの箱を抱えながらそうつぶやいた。だが、そうつぶやきながらも「いや、出てきそうだなぁ」なんて続けてぼやく。
 皆は炊事場まで各々荷物を抱えて歩きながら話を始めた。

「出てきた時はきらーんってしてばーん! ってやっつければいいんだよ!」
「きらーん、ばーん……」

 詩織の言葉を透は繰り返す。そして何かを思い出したかのように悠樹達を見た。

「新名の力って結局何なんだ? 一瞬とはいえ「顕現」を無効化したり、ナイトメアとの繋がりを断ち切ったり……」
「ん、そういえば……そんな力、今まで見たこともねえな」

 翔太も興味がありそうに悠樹を見る。道具の入った段ボールを抱えていた悠樹は、二人の視線に首を振った。

「いや、俺が知りたいよ! 御海堂先輩も俺にしかできないことがあるとかなんとかって……あ、やば」

 悠樹は玲司との約束を思い出し、ごまかすように笑い声をあげた。

「いや、はははっ! ま、まあとにかく……俺の力さえあれば、誰かを助けられるって事はわかったし、よし! はりきっていこう!」
「悠樹くん……?」

 悠樹の様子に、詩織は首を傾げる。
 だが、それ以上は誰も追及しなかった。なぜなら、誰かの腹の虫が盛大に鳴き始めたからだ。皆はそれに注目する。視線の先には透がいたのだ。

「み、見るな!」
「いや、意外な奴の腹から聞こえてきたもんで……やっぱあれだけじゃ足りねえよな」

 翔太は笑いをこらえながら透をおちょくっていると、詩織は何かに気が付く。

「ね、ねえ、あそこの下……見て!」

 詩織は立ち止まって、荷物を片手に抱えながら指をさす。その先に皆が注目すると、一本だけ佇む木の影が一際黒くなっている事がわかる。

「幻想世界だ!」

 翔太は慌てるが、両手に荷物を抱えている事を思い出し、走って炊事場に置いてきて、走って戻ってきた。

「なになに、幻想世界?」

 悠樹達の様子に風奏と陽介、そして雪乃、それに透の妹である雪奈が駆け寄ってくる。
 悠樹と透はとりあえず抱えていた荷物を置くべく、炊事場に向かい、詩織は悠樹と透に荷物を任せ、木の影を指さしつつ頷いた。

「うん、あそこに」

 陽介はそれを見て驚きを隠せずにいる様子だ。

「あ、あんなところに幻想世界があったら、うっかり誰かが入っちゃうかもしれないよ……!」
「そうですね、幸い誰もいないみたいです。今のうちに侵入し、ナイトメアを駆逐することが先決だと思います」

 雪奈も陽介の言葉に頷いて、最善策を提案する。皆はそれに頷いた。悠樹と透も戻ってきて、詩織は「早速向かおう」と言った。

「ああ、そうだな……いや、今回は俺と詩織、風奏と陽介で行くよ」

 悠樹は突然そんなことを言い出す。翔太は首を傾げるが、周りを見て「ああ」と気が付いて頷く。

「そうだな、誰かが幻想世界に踏み込まないようにしないと……」

 透もそれを聞いて「確かに」と頷いた。

「そっか、それじゃあ仕方ないね〜。気をつけていってらっしゃい〜」

 雪乃はニコニコ笑う。雪奈もそれに頷いた。

「よーっし! 燃えてきた〜!」

 風奏は両手を振り上げて満面の笑みを浮かべている。
 皆が見送る中、悠樹は「よし、行こう」と一言口にし、黒い影に踏み込んだ。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.61 )
日時: 2019/08/30 21:08
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 黒い影に踏み込んだ瞬間、周囲の景色が一変する。
 悠樹達は森の中にいた。それも、何十人とが手を繋いでやっと一周囲える程の太い大樹が、目の前に聳え立っている。深々とした緑色、そして風になびいて葉や枝が音を立てながら揺れている。悠樹はなんとなく、神話辞典に載っていた「世界樹」を連想した。蔦がところどころ絡まり、青々と生い茂る植物達……

「すごくいい景色だよね」
「ええ、すっごく……えっ!?」

 悠樹は、突然隣から声がしたので驚いて顔を向けると、少年がいた。
 身長は詩織と同じくらいだろうか……髪は白く、瞳はマゼンタ色だ。金の翼とヘッドギアで頭を飾り、背中からは金の翼の飾りをつけ、服装は本で見たような軍服……いや、黒衣か? それらを腕にはフリルのついたカフスをはめており、なんとなく機械的で、この幻想世界には似つかわしくない姿だった。

「あ、あ、あの……夢幻奏者の方、ですか?」

 陽介は少年に尋ねると、彼はにこりと笑って頷いた。

「そうだよ、影に呑みこまれた人間が二人いたのを見かけちゃったから、放っておけないと思ってね」

 少年は肩をすくめ、やれやれといった感じに溜息をついた。

「でもぼくだけの力じゃどうにもならなくってね。何しろ、敵が多すぎるんだ」

 彼の言う通り、樹の上には何か冷たい気配がする。……今までの経験からして、ナイトメア達が待ち構えているのだろう。

「きみ達も夢幻奏者だよね、だったら共闘しないかい?」

 少年は笑顔で悠樹達にそう提案する。悠樹はそれを聞いて少し驚くが、戦力は一人でも多い方が有利だ。それに、敵対する理由はないし、玲司ならば「夢幻奏者たるもの、仲間内で対立するより協力しろ」と言いそうだ。

「そんなの願ったりかなったりだよね、悠樹くん!」
「ああ、少しの間、よろしくお願いします」

 悠樹は右手を出して握手を求める。少年も満面の笑みを浮かべて握手に応じた。

「うん、よろしくね。ぼくは「美浜渚みはまなぎさ」。渚でいいよ」
「俺は「新名悠樹」。悠樹でいいよ」
「悠樹くんか、覚えたよ」

 悠樹は渚の笑顔を見て、人懐っこいなぁと思いながら、彼の手を握る。渚の手はひやりと冷たかったが、きっとこの場所にずっといたからかもしれない。と、悠樹はそう考えた。

「あ、私は「葉月詩織」だよ」
「えと、ぼ、僕は「加宮陽介」……です」
「あたしは「木下風奏」!」
「きの……」

 渚は一瞬だが、風奏の名前を聞いて眉をピクリと動かした。

「どうしたの、渚君?」
「……いや、よくある苗字だなって」

 風奏の質問に、渚は何事もなかったかのようににこりと笑みを浮かべ、答える。悠樹は一瞬だが、表情を変えた渚の事が気になったが、「まあいいか」とこれ以上は何も考えないことにした。

「で、どうする? このまま正面突破する?」

 渚はニコニコ笑いながら上を指さす。悠樹は「うーん」と唸り、腕を組んで考えた。
 と、その瞬間、上の方から爆発音と雷のような轟音と、辺りを揺るがすような地鳴りが響いた。
 一行は何事かと上を見上げると、黒煙が空に向かってもくもくと上がっているのが見えた。

「な、なになに!?」
「上の方で誰かが戦ってるのかも」

 詩織はそういうと、グリフォンを召喚し、背中に跨る。

「ちょっと見てくる!」
「詩織!」

 悠樹は「危ないぞ!」と言おうとしたが、その前に詩織はグリフォンに乗って、空高く飛び立ってしまっていた。
 陽介は「ど、どうしましょう」と不安げに皆を見ている。

「しょうがない、ぼく達もすぐに向かおう」

 渚は詩織が飛び立った上の方を指さしながら、そう言う。皆は頷いて、樹の上へ目指して走り出した。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.62 )
日時: 2019/08/31 20:58
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 悠樹達は蔦を握り締め、詩織を追いかけるべく、上を目指す。陽介は体力不足が祟ってか、2メートルを登りきる前に顔色を悪くし、ぜぇぜぇと呼吸を荒くしていた。
 それを見かねた風奏は陽介に対し指をさし、「ラミパス・ラミパス・ルルルルル〜」と唱えると、陽介の手の甲に小さな蓮の花がかわいらしく咲いた。と、途端に陽介の顔色はみるみるよくなり、乱れていた呼吸を整え、皆に追いつくべく踏ん張り始めた。

「風奏ちゃん、今何やったの?」

 渚は風奏に尋ねる。初めて見る能力なのだろう、少し興味がありげだ。

「うん、私の能力は自在に花を咲かせて、その周囲にいる人の体力を回復させるの!」

 風奏は自慢げに鼻を鳴らす。
 悠樹も風奏の能力は何度か見たことがある。
 蓮の花を咲かせ、その花の一定距離にいる対象者の体力を徐々に回復させるという、少し風変りな能力だ。
 この能力は、「徐々に」という点だけあって、大怪我した者や毒を負った者には効果が薄く、またすぐに枯れてしまう欠点がある。
 使いどころは難しいが、陽介の体力不足を補うには十分な効果だ。

「ありがとう、ふうちゃん!」

 陽介は笑みを浮かべて風奏に向かって手を振った。
 そんなやりとりをしながら、悠樹達は黒煙の上がっていた場所へ登りきる。
 そこには、金髪の女性が大きな金鎚を両手に振り回し、ナイトメアを薙ぎ払っていた。上空には詩織が槍を投げ落としながら加勢している。

「皆、俺達も加勢しよう!」

 皆は頷くと、悠樹達は武器を構え、戦闘態勢をとった。




 ナイトメア達を倒した事を確認し、増援が来ないと踏んだ悠樹は、ふうっと一息ついて剣を鞘に納める。そこへ、先ほどの金髪の女性が悠樹に近づき、彼の手を取ってにこりと笑った。

「ありがとう新名君! おかげで助かっちゃった♪」

 悠樹は驚いて彼女を見る。なぜ自分の名を知っているんだろうか、と。
 しかし、彼女の姿をよくよく見てみる。
 金髪のふわりとしたショートボブ、そして碧眼。耳は尖がっているのか、エルフ耳だ。白いマフラーを首に巻き、漫画などでよく見る所謂ビキニアーマー、革の篭手と膝下のブーツを着こんでいる、目のやり場に少し困る姿……。なんとなく神話辞典に載っていた「雷神トール」を模したような見た目だ。
 だが、その顔はなじみのある……心霊研究部の顧問である「久保楓」のものだった。

「久保先生!?」

 悠樹は驚いて彼女から一歩後ずさる。楓は「あはは」と笑いながら頭の後ろに手をやる。
 悠樹の声を聞きつけて皆が集まる。
 そして皆の無事を確認した楓は腕を組んで笑い飛ばした。

「いやいや〜、こっちに来た瞬間、変な奴に襲われてさ。そしたらなんかいつの間にかこんな恥ずかしい姿になっちゃって……あ、でもなんか雷っぽいのが使えるようになったんだよ〜」

 「不思議ね〜」と呑気に口笛を吹きながら、楓は手のひらで雷を発生させる。バチッと音を立て、一瞬光る雷を見た風奏は「かっこい〜!」と目を輝かせていた。
 どうやら、楓も夢幻奏者になったようであった。

「でもなぜ久保先生がここに?」

 悠樹がそう尋ねると、楓は頷いた。

「うん、私の弟が黒い影にさらわれちゃってさ。追いかけたらこんな場所に」
「弟さんが?」

 楓ははるか上を指さす。大樹の頂上らしき場所が見えた。

「あそこにいると思う。勘だけどね」
「で、でも、他に行く場所なんてないし……」

 陽介はおどおどしながら言う。確かに、この大樹は上に登るか下に降りるかしか道はない。ところどころ穴は開いているものの、そこに進入するのは些か無理というものだ。というのも、幅と高さが子供がしゃがんで入ることができそうなくらいで、悠樹達では入れなさそうだ。

「それじゃ行こうよ! 早くしないと弟さんが危ないし」

 詩織は腕を上下に振って叫ぶ。かなり慌てている様子だ。
 悠樹はそれを聞いて頷く。

「ああ、引き続き登ろう。先生は安全な場所に——」
「え、私も行くわよ?」

 楓がそう言っている頃には、もう既に樹に絡まっている蔦を握って、登ろうとしていた。

「ほーら皆! 早く行きましょう!」

 楓はそう言い終わる前にせっせと蔦を伝って上へ登っていくのであった。皆も楓に追いつくべく、蔦を握り上へ目指す。
 詩織はというと、グリフォンに跨って飛び立った。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.63 )
日時: 2019/09/01 20:03
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 楓を追いかけるように頂上へ登る悠樹達は、ようやく登り切って上へとたどり着く。そこからの景色は、広大な緑が世界を覆っていた。青い空と眼下に広がる生い茂った樹海……本当にここは異世界なのだなと悠樹は頷いた。

「ようやくたどり着いたようですね」

 悠樹達を出迎えるように、奥から声が聞こえる。悠樹は声の主を見据えると、白いローブを身にまとう少年がこちらを見ていた。フードを深くかぶり、そこから覗く髪は柑子色だ。彼は先ほどまで手に持っている本を読んでいたのか、悠樹達がこちらを見るや本を音を立てて閉じる。

「お待ちしておりましたよ、ユウキ殿」
「……え!?」

 悠樹は驚く。彼はなぜ自分の名を知っているのか? などと考えていると、目の前の人物は吹き出すように笑った。

「なぜ私があなたの名を知っているのか……と、そう思いましたね? ふふっ、話は「彼女」からよく聞いておりましたよ」
「彼女……?」

 悠樹は首を傾げる。「彼女」とはいったい何者なのか? そう考えるが、目の前の人物はナイトメアだろう。……ナイトメアに知り合いはいないはずだが。

「そ、それよりも! あなた、「はるくん」の身体を乗っ取ってるんでしょ! 早く返しなさい!」

 「はるくん」というのが、恐らく楓の探していた弟だろうか。楓はひどく怒って彼に指をさす。
 しかし、彼はそう指摘されるととても申し訳なさそうにしおらしくなった。

「あ、そ、その……ごめんなさい。あなた方とお話がしたくて……「ハルト」殿の身体をお借りしているのです」
「お話?」
「ええ」

 彼……ハルトは頷く。

「あの、とりあえずユウキ殿と後ろの皆さま……私と一戦交えてはもらえませんかね?」

 ハルトは本を開き、戦闘態勢をとった。陽介は驚いて「えぇ!?」と叫ぶ。まあ、当然の反応だ。

「どうして戦わないといけないの?」

 風奏が尋ねると、ハルトはふふっと笑う。

「半端な力では、あなた方の世界を救うことはできません。それにこういうのって、あなた方の世界では「王道」という奴ですよね? この方の読んだ「漫画」や「ゲーム」というモノにあります。拳を交えて初めて分かる友情……私、こういうのが好きなんですよ」

 ハルトは恍惚な物言いだった。おそらく顔はにやけているのだろう。
 彼の知識も少し偏ったものだし、本当に必要なのかはわからないが……彼の言う通り、拳を交えてわかる何かがあるのかもしれない。
 悠樹はそう考え、剣を手に取って構えた。

「わかりました。だけど、俺たちが勝ったらちゃんと事情を話してくださいよ」
「それはもちのろんですよ! ——「オルトロス」!」

 彼がそう叫ぶと、彼の目の前の床に水色の魔法陣がぼうっと浮かび上がり、光の柱が立ち上った。
 光が消えると、そこに立っていたのは、二つの頭を持つ巨大な狼……神話辞典でも見たことのある「オルトロス」が悠樹達を牙を見せながら威嚇し、睨んでいた。
 きっと、彼が召喚した魔獣なのだろう。隣にいる渚が目を輝かせてオルトロスを見ていた。

「ささ、あなた方の力……オルトロスと共に見極めさせていただきます!」

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.64 )
日時: 2019/09/02 19:02
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 ハルトが言い終わった後、オルトロスは咆哮を上げる。その声は恐ろしく大きく、耳を塞いでもその声は耳を劈くような音量だ。

「よし、私はユウキさんと戦ってみたい! オルトロスはあとの皆をよろしくお願いいたします」

 ハルトはウキウキしたように高揚した声音で指示を出すと、オルトロスは悠樹を飛び越えて皆の背後へと回り込む。逃げようとは考えてはいなかったが、下へ降りるための道が塞がれたため、これで逃げようなんて事は叶わなくなった。
 悠樹は背後に向かって叫ぶ。

「皆、奴を頼む! 俺はこの人をなんとかするよ」
「新名君、はるくんを傷つけたら怒るからね!」
「が、頑張ります……」

 楓の鬼のような形相とドスのきいた声にたじろぎながらも、悠樹はハルトの前に立ち、武器を構えた。



「さてさて、このおっきな二つ頭のワンちゃん……どうしましょ」

 渚がやれやれと肩をすくめながら、剣を手に取る。鋼色の剣を取り出す。柄も鍔も刀身すらも全て鋼色の、鈍く光を反射する片手剣だ。
 風奏は弓を手に取り、拳を握り締めて目を輝かせる。

「よし、頑張ってこのワンちゃんを倒そう! そしてあたしが勝ったらリードにつないでお手するの!」
「む、無理だよ、食べられちゃうよ!」

 陽介は風奏の後ろに隠れながら、半泣きで首を振った。
 楓は先ほどまでの鬼の形相を変えずに雄叫びを上げながら叫ぶ。

「どっちだっていいわよ、とりあえずこいつをぶん殴れば万事解決! ほら、来るわよ。避けて!」

 楓が言い終わる前にオルトロスは前足の鋭い爪をギラリと光らせ、一行に襲い掛かろうと飛び掛かってきた。楓はその動きに対し、手に持っていた金鎚でオルトロスの攻撃を受け止める。
 かなりの重い攻撃なのか、楓の足元が大きな音を立て、クレーターを作るようにへこんだ。
 風奏はすぐさま弓を引き、矢を放つ。陽介も同時に本を開いて手をかざした。
 オルトロスの周りに魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣から黒い棘が勢いよく飛び出し、オルトロスを襲うが、オルトロスはそれをその場で飛んで避ける。
 風奏の矢が楓を襲うが、楓は武器を一振りし矢を叩き落とした。
 そしてオルトロスは皆に牙を向け、噛み砕こうと口を上げながら迫ってきた。勢いのある速度に陽介は避けきれず、オルトロスの牙に襲われた。
 ローブが千切れ、敗れた服ごと陽介の身体に咬み跡が残った。だが浅いのか、そこまで深い傷ではなかった。

「よ、よくもようちゃんを傷つけたなァーッ!?」

 風奏はそれを見てダンッと大きな音を立てながら足踏みする。そして、光の矢を手にオルトロスの足にそれを突き刺した。オルトロスは声を上げて暴れる。その拍子に前足の爪で風奏の顔に傷をつけた。頭につけていた花の飾りも、衝撃によって何枚か散る。
 楓は金鎚を振りかぶってオルトロスを叩きつける。オルトロスは吹き飛ぶがすぐに立ち上がり、また咆哮を上げた。

「ちょっと動かないでくれないかな」

 渚はオルトロスに向かって手をかざす。
 すると、オルトロスは突然動きが鈍くなり、フラフラとし始めた。

「あ、あの、何したんですか?」
「彼の周りの空気に細工したんだよ。まあ難しい事は端折っておいて、過度にストレスを与えて過呼吸になるようにね」

 彼は腕を組み、笑顔で淡々と説明する。
 これが彼の顕現なんだろうか? と陽介は考えるが、今が好機だ。

「よっしゃ、私に続きなさ〜い!」

 楓は金鎚を担いで雷を纏わせる。バチバチと音を立てながら金鎚は大きく振りかぶり、オルトロスの右側の顔を襲う。
 オルトロスは過呼吸で避けることも叶わず、金鎚を叩きつけられ吹き飛ばされた。
 陽介は本を開き、手をかざす。陽介の目の前に大きな魔法陣がぼうっと浮かび、風奏も陽介の隣で弓を引いて矢を引きながら溜め込んだ。
 オルトロスは二人の様子を見て、咆哮を上げながら二人に走って近づく。巨体がずんずんと近づく様子に、陽介は驚いて本を閉じてしまう。魔法陣が消え去ってしまった。

「ちょ、ようちゃん!?」
「落ち着いて!」

 渚がそう叫び、指をパチンと鳴らす。すると、オルトロスは盛大に転んで陽介の目の前まで滑り込む。「あひぃ!」と陽介は情けない声を上げ、頭を抱えてしゃがみこむ。風奏は力を溜め終わり、強力な一撃を放った。
 楓も風奏に続いて飛び上がって金鎚を勢いに任せ、振り下ろす。
 二人の強力な一撃により、オルトロスは沈黙した。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.65 )
日時: 2019/09/03 20:11
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)


 一方、悠樹はハルトと互いの剣で打ち合っていた。鋭い音が鳴り響きながら、両者は一歩も譲らない。だが、彼は口元が笑っている。とても楽しそうに。
 悠樹は剣を翻してハルトをめがけ、刺突した。だが、彼はひょいと避けて剣の柄に手を当てる。
 ハルトは剣に魔力を込めているようだ。刃が赤く閃き、炎が燃え上がるような音と共に剣が悠樹に斬りかかる。悠樹は手に持つ剣で迫りくる攻撃の軌道を逸らした。
 熱気が顔に当たり、斬られていたら多分ただでは済まなかっただろうと、悠樹は冷や汗をかく。
 悠樹は反撃にと、剣に力を籠めて剣を振り上げた。斬撃は光の剣閃となってハルトの方へ勢いよく飛ぶ。ハルトは驚いた様子でそれを剣を振ってはじくが、悠樹はその隙をついて一気に距離を詰めていた。油断したハルトの脇腹に、服が破れて浅い傷ができた。

「おおっと! やりますねユウキ殿」

 ハルトは嬉しそうに顔を綻ばせる。悠樹は驚いて「あ、はい」と小さく返した。

「ですが、まだまだこれからです」

 ハルトはそう言い放つと、剣を鞘に納めた。その様子に悠樹はその様子に、身構えて彼から離れる。
 ハルトは剣を鞘から放つと、空気を切り裂く様な音と共に悠樹の頬と襟が切れ、頬から赤い液体が伝う。悠樹は一瞬何が起きたのかが理解できず、目を見開いた。

「驚くのは早いですよ」

 ハルトは次々に見えない剣閃を飛ばす。空気を切るような音が近づき、服が切れていく。まるで刀身の長い剣でそのまま斬りつけられているような感覚だ。
 悠樹はタイミングを見計らい、見えない剣閃を剣で受け止めた。感覚がつかめてきたのか、次に来る剣閃を受け止めながら、ハルトに近づく。悠樹は徐々にハルトに近づいて、剣を大きく振りかぶってハルトに向かって振り下ろす。
 ハルトは剣を構えるが、悠樹の剣を受け止めた瞬間、ハルトの剣が大きな音を立てて砕け散った。

「——おお!?」
「その剣、やっぱり顕現の力か!」

 悠樹は思わず叫んだ。ハルトは「あっちゃー」と笑う。武器が砕けて丸腰になってしまったハルトは、もうこれ以上戦えないと踏んだのか、困ったように笑っていた。

「やっぱりユウキ殿の力には敵わないみたいですね」

 ハルトは悠樹に押し倒され、喉元に剣を突き付けられると、両手を上げて降参の意を示した。
 と、同時に背後からドスンという大きなモノが倒れるような音がする。振り返ると、オルトロスが倒れて沈黙していた。

「ううーん、負けてしまいましたね……」

 悠樹に解放され、ハルトは上半身だけ起こすと肩をすくめる。そして悠樹の差し伸べられた手を取って立ち上がり、頷いた。

「結構です。これ程の力があれば、彼の者を倒すことができるはずですよ」
「「彼の者」……?」

 悠樹は首を傾げて、ハルトの言葉を繰り返す。
 「彼の者」とは、一体何者なのだろうか? そう思っていると、背後から皆が走って近づいてきた。

「んあぁぁーっ!!?」

 楓はハルトの姿を見るや大声を上げる。

「ちょっと新名君! はるくんを傷つけるなって言ったでしょうが!!」
「え、えぇ!?」
「そこに直れ! いますぐ黒焦げにされるかスクラップになるか選ばせて進ぜよう……」

 楓は金鎚を両手に、しかも先ほどの鬼のような形相で悠樹を睨みつけながら、静かに言い放った。悠樹は驚いて「す、すみません!」と怯えた様子で謝罪の言葉を口にしていた。

Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.66 )
日時: 2019/09/04 23:56
名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)

 数分後、ハルトは倒れていたオルトロスに近づき、頭を撫でながら「お疲れさまでした」と彼に声をかけた。その後、オルトロスの足元にぼうっと魔法陣が現れ、それに沈むようにオルトロスは消えた。
 そして、その様子を見ていた皆の方を向いて、ハルトは頭を下げる。

「あの、「あなた」は一体何者なんですか?」

 悠樹はハルトに向かって尋ねる。楓も腕を組んで頷くし、渚も興味がありげに彼を見ている。

「……それをお話ししようと思っていました。少し長くなりますが、お付き合いいただけると幸いです。」

 彼は周りを見回す。まるでどこかに監視の目がないかと確認するように。そして、何もないと判断した彼は、頷いて口を開いた。

「私の名は「ユピテル」。「幻想の星柱オリュンポス」と呼ばれる、一部のナイトメアが結成している組織の一員です」
「「幻想の星柱オリュンポス」?」

 初めて聞く名だなと、悠樹は腕を組みながら頷く。透に憑いていたナイトメアは、この事を言っていたのだろうか?

「はい、実体を得たナイトメアのみで構成されている新興組織です。現実世界に進出し、幻想世界と現実世界を繋げようと目論んでいます」
「げ、げげ、幻想世界と現実世界を繋げる!?」

 陽介はユピテルの話を聞いて驚いて声を上げた。それを聞いてユピテルは慌てて口の前に人差し指を立てて「しーっ!」と声を出す。

「静かに! どこで誰が聞いているかわかりませんよ!」

 ユピテルは先ほどの声で誰かが来ていないか辺りを見回した。そして、誰もいないことを確認すると、ふうっと溜息を吐いて続ける。

「幻想世界と現実世界を繋げて支配する……というのが彼らの目的でして、彼らは「ビッグクランチ計画」と呼んでおります。まあ、現実感なくて笑っちゃいますよね? ですが、計画は水面下で確実に進んでいるんです。例えば、最近でいえばトオル殿の件や、各地で起こっている未詳事件、それ以外にも……」

 ユピテルの次の言葉に、一同は息をのんだ。

「——8年前の未曽有の事故……と、あなた方は呼んでいますよね」
「ね、ねえ! ユピテルさん、その話……詳しく聞かせて!」

 風奏は今まで見せたことの無い気迫で、ユピテルの両肩を掴んで叫ぶ。陽介は風奏の尋常じゃない様子に、慌てて風奏を宥める。

「お、落ち着いてふうちゃん! ……ユピテルさんが驚いてるよ」
「あ、う、うん……」

 風奏は頷いた後、そのまま俯く。詩織も彼女の様子に少々驚いて、風奏に寄り添って優しく背中を撫でる。

「……続き、いいですか?」
「すみません、お願いします」
「8年前、でしょうか……あなた方のよく知るショッピングモールにて、指導者、そして私を含めたナイトメアは器を手に入れるべく、大量の人間を手に掛けました」

 しかしそこで陽介は手を恐る恐る上げて、気になったことを口にした。

「で、でもどうやって……? 一度にたくさんの人間を……」
「指導者は神に等しい力を持っています。その力はあなた方の世界では「イレギュラー」とも言いますね。その力を以てすれば、大量殺戮など容易いでしょう」
「じゃ、じゃあ、なんでその後何もしなかったんですか? それだけの力があれば……」

 ユピテルは陽介の問いに「そうです、そこです」と腕を組んで頷いた。

「指導者は器を手に入れた後、身体が馴染んでいないせいなのか、合っていないのかはわかりませんが、うまく力を扱えていなかったのです。それでも、何人束になろうとも彼に敵うナイトメアはいませんでしたが」
「それで8年間大人しかったってことなんですね……体をうまく動かせていなかったから」

 詩織は頷いた。だが、ユピテルは首を振る。

「まあそれもあります。しかし、恐らく「協力者」の存在も大きかったのでしょう」
「「協力者」?」
「8年前、指導者と現世を繋げる手引きをした人物です。……詳細は、私にもわかりません。しかし、協力者が突如姿を消した後……指導者はうまく動くことができずにいました。しかし、協力者と指導者は結託しているままでしょう。証拠に、計画はもうすぐ最終フェイズへと移行します」
「どうしてあなたにそれがわかるの?」
「私は指導者の腹心の一人ですから」

 悠樹は気になることがあり、ユピテルに尋ねた。

「……腹心であるあなたはなぜ、俺たちにこんな話を?」
「それぞれの世界の命は、それぞれの世界に干渉すべきでないと思ったんですよ。最初は協力していたんですけど、どんどん彼らの目的に疑問を持ち初めましてね。私以上に力を持ち、現世のために戦う「幻想世界対策本部」の方にお願いしたくて。……まだ指導者を倒すに至るかは不明ですが、「我々」もできる限りあなた方に協力しましょう」

 ユピテルはそう言い終わると、自身の胸に手を当てる。

「ハルト殿のお身体をお返しします。……あとはあなた方の身近にいる方にお聞きください」

 身近にいる……おそらく最初に言っていた「彼女」だろう。
 胸に手を当てていたユピテルは緑色の光を放つと、ユピテル……いや、ハルトがうつぶせになってその場に倒れる。その背後には、緑色の仮面を被る、同色の鎧を着た青年……いや、下半身が黒い鱗を持つ竜の身体と融合するような姿だ。これだけ見れば彼がナイトメアだということがわかる。

「私がお話しできるのは、ここまでです。……どうか、幻想の星柱オリュンポスの指導者を止めてください」






 一行は入り口まで戻り、ユピテルが彼らを見送る。
 話が大きすぎてついていけない一行だったが、とりあえずこの話を持ち帰り、心霊研究部の皆と相談する必要があると、悠樹と詩織は頷く。

「では、ご武運を」

 ユピテルは彼らに手を振りながら、現実世界に帰るまで見送った。
 一行の姿が見えなくなると、ユピテルはふうっと溜息をついた。と、同時にごぼっという音を立てながら大量の血液を吐く。その胸には、鋼色の剣が深く刺さっていた。

「よもや、あなたが指導者の「協力者」だったとは……」

 ユピテルはその人物を見つめる。その人物がにぃっと笑うのを見ながら、彼の身体はその場に倒れた。

「しゃべりすぎだよ、「世界樹のトカゲ君」」
「……サトゥ……ご、め……」












 悠樹達が帰ってくると、楓は「はるくんをテントに運んでくるね〜」と言い残してその場から去り、悠樹達の姿を見た透と雪奈、翔太、雪乃が走ってこちらに向かってきた。

「お、おお! 無事みたいだな悠樹!」

 翔太はにこりと笑いながら悠樹の肩を叩いた。

「いやはや、先生に弁明するのがこんなにも大変だったなんて……」
「兄さんは何もしてなかったでしょう」

 透は雪奈に小突かれ、「あ、う……」と狼狽えた。その様子を見てその場にいる皆が笑う。
 しかし、風奏は周りをよく見る。一人足りない気がしたからだ。

「ねえ、渚君は?」
「あ、あれ?」

 渚の姿が見当たらないのだ。確か一緒に帰ってきたはずなのだが……なんて考えていると、ジャージ姿の砥の粉色の髪の少年が近づいてきた。

「ぼくはここだけど?」
「ん? ……だれ?」

 翔太が彼を指さすと、ふふっと少年は笑った。

「僕、美浜渚。よろしくね」
「あ、ああ、美浜さん……ね。いや、誰?」

 翔太は悠樹に対して半目で尋ねる。悠樹は困ったように笑った後、幻想世界で起きた事を説明した。皆は頷くと「へー」とか「なるほどー」という反応を見せ、渚と打ち解けた。
 渚はやはり人懐っこく、皆と馴染んでいるようだ。

「まあ、今日聞いた話は帰った後にでもするよ。それよりもお腹すいちゃったよ〜」

 詩織はそう言いながら「えへへ」と笑う。
 悠樹も風奏も陽介も頷くと、翔太はにっこりと笑いながら皆を「あっちだ」と言いながら引き連れて行った。

 そして、二日目を迎えた後、皆は無事に林間合宿を終えたのであった。





 この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩サーガ
 幻想ユメはいつか現実カタチになる。


to be continued...