複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.67 )
- 日時: 2019/09/20 20:07
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
第六章 失ったモノ
林間合宿の次の日は土曜日であった。
土日の休みの日の心霊研究部の予定は、ショッピングモールの屋上の屋根が付いた休憩所に集まり、食事しながら今後の予定や、テスト前であれば勉強会を開いたりなどしている。もちろん、夕方になれば幻想世界を探して突入するという本来の目的も忘れてはいない。
今日は部員全員が集まり、期末テストの勉強会をしつつ、林間合宿で起きていた事を皆と相談をしていた。ユピテルの事、8年前の真実、ナイトメア達が結成する組織の事、協力者の存在……。知優はうーんっと唸って口元に指をやりながら考えていた。
「やっぱり、ナイトメアの仕業だったのね……おそらく、行方不明者っていうのは身体を奪われた人達の事でしょうね」
「実体を得るためにたくさんの人を……許せないわ」
時恵はぎゅっと拳を握り締める。いつも以上に怒っている様子だ。玲司は腕を組み、慧一は鼻と口の間にシャーペンを挟んで、天井をを見上げている。
そこに風奏は頬杖をついてシャーペンをテーブルの上で転がせながら、口を開く。
「あたしのお兄ちゃんも、その中に含まれてるのかな……」
「風奏ちゃんのお兄さん?」
風奏の隣にいた詩織が首を傾げて尋ねた。
「うん、「木下青葉」って言うんだけど。お母さんと一緒に出掛けたまま事故に巻き込まれて……まあ、その後行方知れずって感じだよ」
「青葉……」
玲司がつぶやく。慧一もその名前を聞いて、シャーペンを手に持って回し始めた。
「青葉君の妹か、ふーちゃんは」
「知ってるの?」
「まあね。とはいえ、ただの同級生って感じだけど」
慧一はにっこりと笑いながら「にひひ」と声を出した。
「そういえば、慧一も妹が——」
「玲司」
玲司の言葉を遮るように、慧一は彼を珍しく名前で呼ぶ。その表情は先ほどの笑顔はどこへやら、怒りに似た冷たい表情であった。
「……悪かった」
玲司は一言だけ口にする。
悠樹もその話題にはあまり触れたくなかった。思い出すだけで自分を殺したくなる衝動に駆られてしまう。そんな思いで、無意識に苦い表情になっていた。
「新名先輩?」
「……あ、えっと」
陽介が悠樹の表情を見て心配げに話しかけてくるので、ふと我に返り思わず作り笑いをする悠樹。
「いろいろ思うところはあるけど、とりあえず今は「指導者」って奴をなんとかしないとな」
「……新名の言う通りだ。あの事故は単なるきっかけに過ぎん。すべては結果次第だ」
玲司がそう言い終わると、皆に近づく人物が3人ほど。透と雪奈、そして渚であった。
「すまない、遅れた」
「お疲れ様です」
透と雪奈は軽く会釈し、渚はにこりと笑って手を振った。
翔太は3人を見るや、立ち上がってベンチに座らせる。
「よく来たな3人とも。……あれ、公太は?」
「あれ、谷崎さん聞いてないんですか? 彼は今日は資格試験の日なので都合が悪いって……」
「あー、そういやそんなことも言ってたな」
翔太は恥ずかしそうに笑うと、皆もその笑顔に釣られるように笑った。
しかし、玲司だけは渚の姿を見て、表情を固くしている。
「……御海堂先輩?」
「新名、「美浜渚」というのは、こいつの事か?」
「え? ええ……」
玲司の質問に悠樹は戸惑いつつも頷く。雪乃はそんな彼の様子に首を傾げて「どったの青い人?」と尋ねるが、玲司はその場を立ち上がった。
「すまない、少し席を外す」
玲司はそう言い残して、その場を立ち去っていく。皆は玲司の行動に驚いて少しの間、しんと静まり返って玲司の背中を見ていた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.68 )
- 日時: 2019/09/07 19:20
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
日を跨いで月曜日。
期末テストが近いが、やるべきことはやらなければならない。悠樹はいつものように心霊研究部の部室に入る。
目に飛び込んできたのは白い髪の女性だった。白い肌、赤い瞳、長い前髪で右目を隠し、黒を基調としたおしゃれなワンピースの……以前出会ったことのある「朝陽伊月」が女装したような容姿で、悠樹は思わず一歩後ずさった。
「あ、新名君」
後ろにいた知優が笑顔で悠樹に声をかける。目の前の女性は悠樹の名を聞いて、じーっと彼の全身を見回す。何かおかしいところがあるのだろうかと、悠樹は困惑したまま動けなかった。
「あ、あの、先輩……伊月さん、女装したんですか?」
悠樹がやっとの思いで放り出した一言に、知優はぶーっと吹き出す。目の前の女性もそれを聞いて顔を赤らめながら怒り出した。
「誰が女装よ! 失礼過ぎない!?」
「あはははっ、じょ、女装……! 女装だって……」
知優は机をバンバンと叩いて爆笑する。涙を目に溜めながら笑う彼女の姿に、一層悠樹は困惑していた。
そして知優は深呼吸してから、やっとのことで落ち着きを取り戻す。
「この人は「星野空音」。遠藤家の分家の夢幻奏者で、私たちに協力してくれるわよ。……伊月とは一切関係ないわよ一応」
「遠藤家って結構枝分かれしてるんですね……」
「そうなのよね〜」と知優は腕を組みながら頷く。
知優の話によると、遠藤家の分家は「朝陽家」、「星野家」、「月代家」、「阿須間家」と4つあるらしく、それぞれの役割を持って日々ナイトメアと戦っているらしい。日本各地だけでなく、海外にも縁者がいるんだとか。……それ以上聞いても悠樹はピンとこないが、とりあえず幻想世界対策本部をまとめている人物は、本家か分家の人間らしい。
しかし、空音はまとめているというよりは、家族がその役目を担っているので手伝いをしているだけ……だとか。本人的には「庶務」の方が性に合うから……と空音は頷きながら説明する。
「こんな複雑な家系図……ちゃんと把握しきれてるんですか?」
「うーん、常人だと頭がパンクしちゃうかもね。私も多すぎて溜息出たし」
空音は腰に手を当てながら笑った。
そこへ、部室の戸が開き、詩織と慧一が入ってくる。
「あら、そらちゃん〜。元気そうじゃない」
「こんにちは空音ちゃん!」
二人は彼女を知っている様子だった。……というか多分知らないのは悠樹くらいだろうな……と悠樹は俯く。
「てか、そらちゃんがここに来るなんて、どういう風の吹き回しよ」
「……把握してるでしょう?」
空音は腕を組んで慧一を見る。
おそらく、8年前の事故と「幻想の星柱」についての情報を持ってきたのだろう。
「まあ役に立てるかどうかはわからないけど……とりあえず8年前の事故当時の情報や新聞記事、星野家がかき集めた新鮮な情報を持ってきたわ」
空音はそう言いながら、パイプ椅子に置いていた自身のカバンから、大量のファイルや書類がぎっしり詰まったクリアファイルをテーブルの上に勢いよく置く。大きな音を立てながら大量の書類やファイルが置かれた。そして、「パソコンある?」と手にUSBメモリを4つほど持って知優に尋ねていた。
「うわー……こりゃ皆呼んだ方がいいな。ちょっと一斉送信して呼ぶわ」
慧一はそう言うと、胸ポケットからスマホを取り出して部員全員にメッセージを送る。詩織は「すっごーい!」とちょっとはしゃいでいた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.69 )
- 日時: 2019/09/07 20:23
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
玲司以外の皆が集まってきたのはその10分後。
詩織は「御海堂先輩は?」と尋ねると
「あいつなぁ、既読もつかない。……ホント何してんだかなぁ」
と慧一は深い溜息をつきながらスマホを見ていた。
空音は翔太や詩織などには面識があるが、その他の面子には少し冷たい印象だった。「ちょっと人見知りする人なの」と知優は互いに訳を言いながら、皆は8年前の事故についての資料をまとめるのであった。
調べていくごとに、少しずつ分かってきた事がある。
生還者は数週間の間は廃人のように放心した状態でいた事、行方不明者はどこを探しても遺体どころか存在していたかどうかもわからず、この事故は「地下の爆発事故」という名目で早々に片付けられた事、未だに行方不明者は捜索中ではあるが、ほぼ捜査は打ち切られて遠藤家に回されている事など……調べれば調べるほどナイトメアが関わり、人間を襲っていた事を裏付ける情報がどんどん出てきた。
では、「幻想の星柱」はこれからどう動くのだろうか?
皆がそう考えていると、下校のチャイムが鳴り響く。そして残っている生徒は速やかに帰るよう促す放送が、学校中に響き渡った。
「この話は明日しましょう。今日はこのまま幻想世界を探しましょうか」
「そうですね。……星野さんはどうするんですか?」
悠樹に尋ねられ、空音は「うーん」と唸った後、
「ごめん、この後ちょっと用事がー、ね。また明日も来るわ」
「そう? それじゃあまた明日ね」
空音は頷いて荷物をまとめ、部室から出て行く。
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
知優は空音を見送った後、皆にそう微笑みかけた。
一方、学校の体育館裏。
玲司はある人物を呼び止め、話をしていた。
「お前がナイトメアだということはわかっている。猿芝居はやめろ」
「……あなたが、「あのお方」の言っていた、「ミカイドウレイジ」様ですね」
「ああ。事はお前達だけの問題ではない」
「承知しています。あなた方の近くにいるあの人こそが、8年前の「協力者」でしょうね」
玲司は「そんなことはわかっている」と首を振ってから、鋭い目つきで静かに口を開く。
「……あいつを殺すために協力しろ」
「協力します。ですが、その代わり——」
「「指導者」を殺してほしい、そうだろう?」
「ええ」
「そのつもりだ。でなくては、「俺達」はこの永劫の箱庭から出ることすらできない」
「……?」
「わからなくていい、お前には関係ないのだからな」
玲司がそう言った後、振り返ってそのまま校門まで歩き始めた。そして、
「お前も帰れ、下校時間は過ぎているぞ」
と振り返りもしないでそう言った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.70 )
- 日時: 2019/09/09 19:51
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
透、雪奈はこの後用事があるため校門で別れ、渚も商店街を通ったところで別れた。
時刻は18時を回り、少し日が高いが、帰路につく学生などが多く歩いている姿が見えた。
悠樹は「6月に入るとまだ明るいですね」と空を指さしながら言う。風奏も頷いて空に向かってスマホをかざし、空に浮かんでいる綿雲を撮影している。どうやら趣味らしく、詩織が彼女のスマホをのぞき込んで撮影した空の写真を見せてもらっていた。
バイパス通りを通りかかったとき、知優は何かに気が付く。建物の間に黒く渦巻く影がある。幻想世界への入り口だ。
「見つけたわ、幻想世界の入り口!」
「よーっし、今日もサクッと片付けましょうよ」
翔太は腕を振り上げて笑う。雪乃も「うんうん、頑張ろうね」と一緒になって笑っていた。
「ん?」
慧一はふと後ろを振り向き、訝し気な顔で背後の街並みを見る。しかしすぐに首を傾げ、辺りを見回していた。
「い、市嶋先輩? ……どうしたんですか?」
「うーん、いや……気のせいかなぁ。なんかつけられてる気がして」
「え?」
陽介は慧一と同じように辺りを見回す。陽の光に照らされる街並みがあるだけで、他は変わったところもなく、不審な物などは見当たらない。
「気のせいじゃないでしょうか……?」
「うーん……だよねえ」
陽介の言葉に慧一は頭を掻きながら頷く。きっと、疲れてるのかもしれないなどと考えながら。
知優はそんな二人を見て「おいていくわよ!」と叫ぶので、陽介と慧一は慌てて皆を追いかけた。
幻想世界へ入ると、そこは暗い場所であった。黒い壁、黒い床、黒い天井、別の部屋への入り口……。不気味な石像や壁に描かれている光る眼のような絵がこちらをじーっと見ているような気がする。そしてところどころ床が抜け、穴が開いている。のぞき込むと吸い込まれそうな黒い闇のみが広がっている。試しに転がっていた石を落としてみると、落ちた石は音もたてずに闇に呑まれていった。
「こんなところ、落ちたらまずいですよね、遠藤先……えっ!?」
悠樹は辺りを見回し、やっと気が付く。
周りには、誰一人いない。悠樹は慌てて周りを見回すが、無機質な空間と悠樹以外に存在するものはなかった。
「皆……!? おい、詩織! 翔太!」
詩織と翔太の名を呼ぶが、声は壁を、床を反響するのみで返事はない。悠樹は焦り、別の部屋へと入り込む。その部屋にも誰もいない。あるのは無機質な壁や床だけだ。
「クソッ、どこに行ったんだ……! 皆、無事だといいが——」
悠樹は誰に伝わるでもない言葉を口にしながら周りを見ると、誰かと目が合う。
悠樹はその目に驚いて「うわっ」と思わず口に出してよく見ると、一人の女性が立っている事に気が付いた。……誰だろうか? 悠樹は腰から下げている剣を構えながら、警戒しつつも彼女にゆっくりと近づく。
近づくごとに顔がはっきりと見えてくる。長い黒い髪、黒い瞳、優しげに微笑む柔らかな表情。身長は悠樹と比べると少し低い。服装はこの世界には似つかわしくないカジュアルな瑠璃色のシャツと足を覆うぐらいの白いロングスカート。
悠樹は、その人物の顔をよく知っていた。心臓が痛いくらいにバクバクと音を鳴らす。
「か、母さん……!?」
悠樹はその人物を見て、やっとの思いでそう口にした。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.71 )
- 日時: 2019/09/09 01:06
- 名前: ピノ (ID: 74bMPJTH)
時恵と翔太、そして陽介は無機質な洞窟を歩いていた。壁も床も天井も全てが黒いし、他人の顔がはっきり見える程度に薄暗く、空気も少し湿っているようだ。……というよりもかび臭い。地面もぬかるんでいるところもあれば、石のように固いところもある。気味が悪い場所だ。
「他の皆はどこに行ったのかしらね」
時恵は周りを見ながら歩き、そう口にした。静かすぎて自身の声が反響していることに、少々驚きつつも。翔太は腕を頭の後ろにやりながら、「わっかんねー」と気の抜けた声を返す。陽介はというと、本を開いて何かを見ながら二人についてきていた。開かれた本はぼうっと魔法陣が浮かび上がり、ところどころに点々とした光が動いている。翔太はそれに気が付いて、本をのぞき込んでいた。
「陽介、なんじゃそりゃあ」
「えと、この辺の地形っていうか……。空間自体のマップ的なのを表示してるんです。」
時恵もそれを聞いて陽介の本をのぞき込む。確かによく見れば、魔法陣の上にこの辺の地図であろう絵が描かれ、点々が先ほどまで動いていたのに今は動いていない。おそらく、この点々が時恵、翔太、陽介を示しているのだろう。
「ん? そういえば何重にも重なってるわね、どうなってんの?」
「おそらく、この幻想世界は特殊なものと思われます。空間が何重にも重なっているので同じ場所に他の誰かがいても認識できないみたいです」
翔太は目を点にしながら首を傾げる。
「つ、つまり、どういうことだってばよ?」
「えーっと……要するに立っている場所が同じでも、いる場所が違うので互いに干渉しあうことができないんです」
「……さぱらんけど、仮に今ここに別の空間で皆がいても、私たちには気づいてもらえないし、話しかけることもできないって事ね」
陽介の説明に時恵は頭を抱える。翔太も周りを見て、「厄介なところだなぁ」とため息をついた。
「出口は?」
「今探してる途中なんです。……なんせ、意外に広くて」
陽介は本を開いたままマップを隅々まで探してみるが、まるで迷路のように入り組んでいて、出口どころか入り口すら見当たらない。
「こういう時は右手法が一番だよな!」
「んもう、そもそも入り口も出口もないのよ?」
翔太が右手を壁に置くと、時恵は呆れて肩をすくめる。
しかし、翔太が右手を壁に置いた瞬間、翔太が手を置いた壁周りが真四角にへこみ、地響きが起き、大きな音を立てる。
「な、何!? 翔太、あんた何やったのよ!?」
「え、えぇ!? 何にもしてないんですけど!?」
3人が慌てて周りを見ていると、やがて地響きと音がおさまる。と、その瞬間に猛獣の唸り声のような音が響き渡る。そして、部屋の外から複数の足音が近づくのが聞こえた。
「あ、あわわ! 何かきちゃいますよ〜!」
「もう、バカ翔太!」
「いや、これは不可抗力ですよ!?」
各々武器を構え、迫りくるモノを待ち構える。
部屋に勢いよく飛び込んできたのは、翔太の二回りほどの巨体の牛の頭を持った巨人と、通常より一回り大きく赤い目と赤い毛並を持つ犬と、赤い毛並の猫であった。
「「ミノタウロス」、「クーシー」と「ケットシー」です。気をつけてください、数が多いですよ!」
陽介はそう叫びながら、地面に向かって手を当てる。
陽介の立っている周囲の地面が黒く開き、ナイトメア達に勢いよく這いずると、彼らにめがけて黒い無数の棘が襲った。ナイトメア達に命中すると、悲鳴を上げるがすぐに持ち直す。ダメージはあるが、倒れるほどではないようだ。
「意外に生命力があるみたいね……!」
「そうだな、俺達だけで凌げるか?」
「誰に聞いてんのよ、誰に」
時恵は翔太の質問に、「愚問ね」と言わんばかりに肩をすくめて首を振る。そしてすぐに武器を構えてナイトメア達に突撃した。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.72 )
- 日時: 2019/09/09 20:25
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
「おぉーい! 悠樹くーん! 皆ー!」
詩織は大声で悠樹の名前と皆を呼ぶ。しかし返ってくるのは自分の声のみ。詩織は困り果てた表情で腕を組んで「どうしたもんかな」とつぶやく。共にいた知優は「困ったわね」と頬に手を当てて溜息をついた。
「うぅー、大丈夫かな悠樹くん……」
「そうね、皆無事でいてくれればいいんだけれど」
知優は周りを見る。無機質な洞窟を無暗に歩いても体力を失うだけだと考え、どうにかして皆と合流できる方法を探さなくてはいけない。散り散りになってしまった今、戦力が分散されている。この状態でナイトメアが群れになって襲ってくれば一溜りもない。
「葉月さん、風を読んでこの幻想世界の構造を把握できないかしら?」
「風を……あ、それは試したときないです! 早速やってみます!」
詩織は大きく頷いて両手を天井へ掲げて瞳を閉じる。
詩織の周りに旋風が渦巻き、空気が詩織へ集まっていくのがわかる。風は詩織に渦巻くと、他の部屋へ出ていきまた入ってくる。それを何分か続け、詩織は両手を下ろした。そして苦い顔で知優を見る。
「この幻想世界、結構複雑な構造ですよ、なんか迷路みたいに入り組んでます。それに、空間が何重にも重なっているみたいで、その場にいるはずなのに姿形もありません」
「空間が……厄介ね」
知優は腰に手を当てて天井を見上げる。空間が何重にもなっているということは、空間を一つにしない限り、仲間に会うことは叶わない。それどころか、この幻想世界を生み出したナイトメアがどこにいるかもわからない。その上、迷路のように入り組んでいると来た。
「最近、翔太君に貸してもらったホラーゲームの内容みたいです。あれも確か多重空間の世界に飛ばされて、ちょうど私たちみたいに仲間を探して脱出するヤツでしたよ」
「ねえ、葉月さん。そのゲームではどうやって仲間と会えたの?」
知優に尋ねられ、詩織は「えーっとえーっと」と腕を組んで悩む。
「確か、怨霊となって主人公たちを多重空間に連れ込んだ女の子の怨念を取り払って、空間を一つにしたんだったかな……」
「あ、曖昧ね」
「ほ、ホラーだったんで怖くて覚えてらんないですよ……」
詩織は顔を赤らめながら小声でつぶやくように言う。
「じゃあ、ナイトメアを探してみるしかないわね……」
「ん〜……」
知優の言葉に、詩織は苦虫を噛み潰したような顔で唸る。
「でも私たちの他に誰もいなかったですよ、この空間」
「……でも、諦めるわけにはいかないわ。別の方法もあるはず」
知優はそう言うと辺りを見回した。
「休憩しながら進みましょう。そうすれば——」
知優が言い終わる前に、地響きと共に大きな音が響き渡る。詩織は驚いて尻餅をついて、知優も慌てて足を踏ん張って倒れないように体を支えた。地鳴りと音がおさまると、詩織は「あいたた」とつぶやきながら立ち上がる。知優も武器を取り出して周りを見て警戒し始めた。
「葉月さん、今のでパンドラの箱が開いたみたいね」
「えぇ、何を——」
詩織はその言葉の意味を理解した。複数の足音がこちらに迫っているのだ。どんどん近づく音に詩織は槍を手に取る。音は2体3体など生易しいものではない。10体以上は確実にいる。詩織は不安になりつつも知優に尋ねた。
「パンドラの箱って、最後には希望が残るんですよね? ……希望、ありますかね」
「でもやるしかないわよ、例え希望が残らなくても、生き残るためにね」
知優は口元は笑っていたが、汗を額ににじませている。……二人だけでどこまでやれるか不安なのだろう。だが、やるしかない。知優は覚悟を決め、剣を握り締めた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.73 )
- 日時: 2019/09/10 20:02
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
「全く、皆どこ行っちゃったのかしらね〜」
などと誰に向かうでもない独り言をこぼす青年が一人。慧一だ。
彼はコートのポケットに手を突っ込み、皆の名を呼びかけながら暗い洞窟を歩いている。何をしゃべっても独り言になってしまい、虚しくなるだけなので、今はただ状況を頭の中で整理する。
幻想世界に来たはいいものの、どうやら仲間たちとはぐれた形でここに放り出されてしまったらしい。先ほどから歩いて探索を続けているが、黒い壁、床、天井や、なにやら光る不気味な絵や石像以外は、目ぼしいものはほとんどない。それどころか誰にも会わないのだ。
歩いても歩いても誰一人会わないと、とても不安になる。これは人間の性だから仕方ないっちゃ仕方ないんだが。だが、泣き言を言っても状況は変わらないだろうし、慧一自身もそれをわかっていた。とりあえず、誰かに会うまで歩き続けよう。そう考えながら足を止めることなく前へ進んだ。
……どれだけ歩き続けたのだろうか。代り映えしない景色に少々飽き飽きしてきたところに、慧一は「ん?」という声を出し、一度止まる。
「……誰だ?」
慧一は誰かの姿が見えたため、声をかける。しかし、返事はない。慧一は不思議に思ってその姿を追いかける。
走って入り込んだ部屋に、その人物はいた。
慧一はその人物の姿を見て驚いて目を見開き、唇を震わせる。
慧一と同じくセミロングの整った茶髪、丸い茶色の瞳、白いブラウスの上に青いワンピースを着ている幼い少女が慧一を見上げていた。慧一はその少女の事をよく知っている。……いや、知っているどころか、忘れられるはずもない。
「……ふ、「二葉」!?」
慧一は二葉の名を呼ぶ。それを聞いて、二葉はにこりと微笑んだ。
「久しぶりだね、お兄ちゃん」
「生きていた、のか……いや、でも、まさか……お前が生きているはずが……」
慧一は混乱して何がどうなっているのかわからなくなっていた。
二葉が生きているはずはないと彼自身がよく知っているからだ。だが二葉は2本の脚で立ち、血色のいい顔で慧一を見ていた。髪の色も、目の色も、自分そっくりなのを友達に自慢していたのも昨日のように覚えている。
だが、二葉はあの事故に巻き込まれて死んだ。慧一の目の前で。
だから生きているはずがない。慧一はそう首を振る。
「誰だお前は? 妹の真似なんかしやがって、趣味の悪い……」
慧一は素早く二葉の首元に大鎌の刃を突き付ける。少し力を入れれば、首がはね飛ばせる。脅しには近いが、完全に殺意を向けていた。よりにもよって妹の姿を真似するなど、とても許せるものではない。慧一は湧き上がる怒りを抑えつつも、その瞳には殺意をむき出しにしていた。
だが、二葉は困惑した表情で慧一に尋ねる。
「お兄ちゃん、どうしたの? こんな怖いモノなんか出して……もしかして、私を殺すつもりなの?」
「え……!?」
「あの時もそうだった。「あんなこと」しなければ、私は死なずに済んだのに」
「——違う!」
慧一は彼女の言葉を否定するように一際大きな声で叫ぶ。
「何が違うの? 私を殺したのはお兄ちゃんも同然なのに」
「やめろ……」
「お兄ちゃんはなんで生きてるの? 私が死んでも尚、平然と生きているなんて……」
「やめてくれ……」
慧一は大鎌を下ろし、その場に四つん這いになり、首を振って彼女の言葉を必死に否定する。だが、二葉の言葉攻めは尚も続いた。それを否定することができない。いや、してはいけないのだ。なぜなら——
「俺が、二葉をこの手で……殺したから」
……慧一はそう考え、目から一筋の涙をこぼす。
「俺も、死ぬべきなんだ」
あの時死ぬべきだったのは、俺自身だ。と、慧一は大鎌を手に取り刃を首に近づける。鈍色の刃が閃き、慧一は生気のない瞳で、大鎌をを握る手に力を込めた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.74 )
- 日時: 2019/09/11 15:40
- 名前: ピノ (ID: m9NLROFC)
しかしその瞬間、慧一の手首を握り締め、彼の手を止める人物がいた。
慧一はその人物を見上げる。その顔はよく見知った顔……悠樹であった。
「に、ニーナ、君……?」
「あの、何をしてるんですか、先輩」
怒りを抑え込むように静かに尋ねる悠樹。表情も普段温厚なものとはかけ離れ、怒りと悲しみに満ちたものになっていた。
「すみません、さっきまで何をしていたかなんてさっぱりですし、あなたが過去に何をしてたかなんて知りません。……けど」
悠樹は手首を握り締める力を強めた。
「勝手に死のうとするのはいただけません。どういうつもりか知りませんが、独り善がりでどこかにいなくなろうとしないでください!」
それを聞いて慧一は心臓が口から飛び出るような感覚を覚えた。だが、歯を食いしばり、立ち上がって悠樹の胸ぐらをつかみ、怒声を浴びせた。
「——お前に何がわかるっていうんだ!?」
「そんなの知りません! 先輩の事なんて上辺しか知らないし!」
「だったら余計な口を挟むな!」
「そうやって突き放してるから一人で色々考えこんでこういう結果になるんでしょ!?」
「……これが俺の最善の選択だ」
「なんですかそれ、じゃあこれから先も躓いたら自分を犠牲にするんですか? そんなことに意味なんてない、誰も喜んだりしないでしょう!」
「うるせえよ! 部外者は黙ってろ!」
「ああ、もう!」
悠樹は思いっきり頭を振りかぶり、慧一の顎に思い切りぶつけた。慧一は驚いてのけ反り、そのまま尻餅をつく。舌をかんだのか、血がにじんでいる。悠樹は「やり過ぎたか……」とちょっと後悔したものの、慧一を見下ろし、彼の瞳を見据える。
「さっきから自棄になって、子供ですか!? そうやって周りを突き放したって、俺は先輩を追いかけますし、皆も手を引きますよ。……どんな過去があったにせよ、それを引き摺ったって自分が苦しいだけじゃないですか。だったらいっその事そんなこと忘れたらいいんですよ!」
悠樹は自身の言いたいことだけ言い放つと、じっとこちらの様子をうかがっていた二葉の方へと振振り向く。
「どうせお前も幻影だろ? 正体を現せ。他人の心を覗き込んで卑怯な真似ばかりして……おかげで、母さんとまた会えた事はまあ、感謝する!」
悠樹は怒りを込め、剣を握り締めて剣先を二葉に向けた。
「……お兄ちゃん、やめさせて。私を——」
「ああ、もう、猿芝居はやめろ!」
尚も二葉は慧一に語り掛け、悠樹は遮るように怒声を浴びせた。これ以上問答を続ければ慧一がどうにかなってしまいそうだと思ったからだ。
だが、慧一は立ち上がり、大鎌を握り締めて悠樹に近づいた。
「……先輩」
「お兄ちゃん」
慧一はふうっと溜息をついて、大鎌を振り上げた。
「ニーナ君、まだ俺は決別できてないかもしれん。俺は、さ……」
慧一は遠い目で上を見上げる。
「妹を殺したバカ兄貴なんだよ。玲司と二葉と一緒に買い物しててさ、その時に地震が起きて二葉は瓦礫の下敷きになった。その後、俺は何を考えたのか二葉の腕を引っ張ってなんとか助けようとしたんだが……」
慧一は俯いて顔に影を作った。
「その時に、また瓦礫が落ちてきて、気が付けば二葉の腕しか握り締めていなかった。……まあ、助けを呼びに行っても結果は変わらなかっただろうが、俺が玲司と二葉を誘って買い物に行こうなんて言わなけりゃ、こんな事にはならずに済んだかもしれん」
「それは——」
「さっきはありがとな、ニーナ君。おかげで目が覚めたわ。確かに俺は、ヘラヘラ笑って先輩面しながらも他人を突き放してたし、独り善がりが一番嫌いなのに自分のやってることが独り善がりだっていうのもわかった」
慧一は悠樹に向かってにーっと笑った。少し吹っ切れたという感じの、自然な笑顔だ。
「迷惑かけたな、さっきの一発でなーんかどうでもよくなっちまった」
慧一は軽口でそう笑う。
そして大鎌を二葉に向かって思いっきり振り下ろした。
「オ゛……ッ!」
「すまんが、幻影。俺の妹は死んだんだ、退場してくれや」
そう言い残すと、二葉は真っ二つに割れたかと思うと、黒い影となって掻き消えた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.75 )
- 日時: 2019/09/13 08:10
- 名前: ピノ (ID: XQp3U0Mo)
慧一は影が消えるまで見届けた後、悠樹に顔を向ける。
「だがニーナ君、ナイスタイミングだったな。なんでここに?」
「えっと、色々と、事情が……」
悠樹は「あはは」と恥ずかしそうに笑った後、懐かしそうに思い出にふけるように遠い目で事情を話し始めた。
それは、少し前に遡る……。
「か、母さん……!?」
悠樹はその人物を見て、やっとの思いでそう口にした。
その後、悠樹は冷静になって考える。こんな場所に似つかわしくない姿、何より、悠樹が最後に見た彼女と全く同じ格好。それに傷一つついていないのだ。
悠樹が最後に見た母の記憶……それは血を流しながら仁王立ちした姿だ。
瞬時に彼女が偽物だと判断した悠樹は、剣を構えて警戒する。
「誰だ、お前は?」
とにかく冷静に。今いる世界は幻想世界。だから何が起ころうが、何があろうが、それは幻想でしかないのだ。そう悠樹は彼女を睨む。
「悠樹、私よ」
「嘘だ、母さんはそんな風に微笑んだりしない」
悠樹は一番記憶に残ってる母の笑顔を思い出す。少なくとも、ふわりとした雰囲気はないはずだ。
「どうして、そんなことを言うの……?」
「だって母さん、いつもヘラヘラ笑ってるし」
彼女の問いに、呆れ半分で答える。思い出される記憶は、本当にパワフルで腕が千切れるんじゃないかってくらい強い力で家族を引っ張るような人だった。
それを、自分が母に助けを求めたせいで、母は……自身を犠牲に行方不明になってしまった。
「母さんは、俺を守るために自分を犠牲に——」
「おぉーい、少年! ちょっと失礼しますよ〜」
悠樹の言葉を遮るように、横から大声が聞こえ、悠樹の前に立つ。女性だ。
「フハハハハハ! 私が来たからにはもう安心だよ少年! あー、これ一度言ってみたかったんだよね。どうかなサリーちゃん?」
「知らん、さっさと片付けろ」
「ふえぇい」
女性は誰かと会話をしている様子だが、他に誰もいない。
そして、女性は手に持っている刀を構え、鞘から勢いよく刀を抜いて、母を両断した。女性は「よし、これにて一件落着!」と嬉々とした様子で腕を振り上げていた。
悠樹は何が起こったかわからず、きょとんとして彼女の姿をよく見る。
赤い髪を白い紐で蝶々結びにしてポニーテールを結び、瞳は金色、着崩した和服と、鮮やかな紅葉や川の流れの絵が描かれた羽織、そして担いでいる刀剣は、鍔のない刀剣で、刀身は刃が漆黒というかなり特徴的な姿だ。ただ、彼女の右腕や右足は人の物ではなく、血のように真っ赤に染まり、鋭い爪も伸びている。
夢幻奏者だろうか? と、悠樹が女性を見ていると、彼女は悠樹を見る。
「大丈夫? 少年、怪我、は……」
「え、え……えぇ!?」
女性と悠樹は互いの顔を見て指を差し合って声を上げて驚いた。
「悠樹!?」
「母さん!?」
二人は同時に叫んで、彼女は「んん〜〜っ!!」っと歓喜の声を上げて悠樹に抱き着いた。
「ゆうくんじゃない〜! 会いたかった、会いたかった!!」
「ちょ、母さん!」
悠樹は母を引きはがすように、彼女の肩を掴んで押し込む。「あぁん」と声を上げているものの、顔を綻ばせて喜んでいる。
彼女は「新名愛実」。悠樹の母であり、8年前の事故で悠樹を庇って行方不明になった……と思われていたが、実は——
「いやはや、私、ゆうくんを逃がした後、四肢をもがれちゃってね〜。出血多量で死んじゃうかなーって思ったところに。こっちのサリーちゃん——」
「「サリエル」だ、莫迦者」
愛実が頭上を指さすと、そこには一匹の蝶が飛んでいた。蛍火のような青い光を纏い、色は淡い桃色と水色が混ざったようで、まさに幻想的な色合いだ。サリエルは元々ナイトメアだったようで、疲弊しきっていたところに偶然愛実と出会い、自分の身体と力を分け与えて彼女の身体に魂を定着させたという。だから、互いの命が融合して定着しあい、愛実は不老不死となって8年前から顔も体も何一つ変わっていない……らしい。
「サリエルが、私に力とか体を分けてくれたから、こうして元気になったんだよね!」
「な、なら……どうして俺たちの前に姿を現さなかったんだよ?」
悠樹がそういうと、サリエルは溜息をついた。
「マナミは私の身体と力を取り込み、今やナイトメアも同然。ナイトメアは現実世界に入ることができない」
「そーゆーこと。ごめんね、心配かけちゃって……会いに行きたかったんだよホントに」
愛実はしゅんとして俯く。しかし、悠樹は首を振って笑顔を見せた。
「いや、いいんだよ。……無事ならそれで」
「ゆ、ゆうくんんん〜〜〜っ!」
愛実は涙を流しながら再び悠樹に抱き着いた。超怪力で抱きしめるもんだから、悠樹は青くなっていた。
「優しいね君はやっぱり! 嬉しい! 母さん嬉しい!!」
「ぐ、ぐるじ……」
「あ、ごめん」
悠樹は解放されると、ふうっと溜息をついて愛実の顔を見た。少し後ろめたさがあるが、これだけは聞いておかなくてはという決意で、尋ねる。
「なあ、母さん……」
「なーに?」
「俺を恨んでいるか? 母さんに助けを求めたせいで、母さんは死にかけて、そんな体になって……」
「ゆうくん……」
愛実はわざとらしく大きな溜息をついて、肩をすくめて呆れた様子で悠樹を見た。
「ゆうくん、私がなんであなたを恨まなきゃいけないのよ。母親っていうのは、子供が無事であればそれだけで生きてけんの。あなたは私の生きがいだし、誇りでもある。そんな子を守れただけでも名誉ってもんよ。……まさか、8年間そんなことを考えてた? 恨んでるかって?」
悠樹が頷くと、愛実は大笑いしながら悠樹の肩をバンバンと叩いた。
「もう、真面目〜! 私はこの通り無事なんだから、この話はここで終わりね。あははははははっ!」
愛実がまた大笑いすると、悠樹は釣られて笑う。
ふと、愛実は周りを見回した。悠樹は首を傾げる。
「母さん?」
「ゆうくん、この幻想世界はゆうくんの力があれば空間を一つにできるわよ」
「……って、なんで俺の力の事知ってんだよ!?」
「私、ナイトメアだし。サリーちゃんもいるし」
それだけでなんとなくもう人間離れしちゃってんだなぁ、と悠樹は額に手を当てて俯く。
「ま、とにかく一番近くのお友達のところに送ってあげるから、あとは何とかなさいな」
愛実はそう言うと、剣を構え空を斬る。するとなんと、空間が裂けてトンネルができたのだ。愛実はトンネルを指さしながら
「この先にお友達がいるみたいだから、その子を助けてあげて。まあ、さっきの幻影がお友達を苦しめてるみたいだし、ゆうくんの力さえあればなんとかなるから。その先は自分で考えろ、以上!」
愛実は言いたい事だけ言い終わると、トンネルの中へ悠樹の背中を蹴り飛ばす。悠樹は「うわぁ!」と叫び声を残してトンネルは閉じてしまった。
「横暴だな」
「このくらいしないと、別れが惜しくなっちゃうしね〜」
愛実は肩をすくめて笑う。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.76 )
- 日時: 2019/09/12 21:02
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
「……という感じで、近くにいたという先輩の下に。」
「なるほど」
慧一は腕を組んで頷いた。悠樹は「ははっ」と笑い、遠い目で上を見上げる。
「なんというか……昔からちっとも変わってなくて安心しました」
「そ、そうなんだ」
悠樹の思い耽るような表情に、慧一は「昔からパワフルでアクティブな人だったんだな」と半ば呆れながら、彼を見ていた。
「そいや、どうやってお前の力を使って皆と合流するつもりだ?」
「む〜……ん……」
「そこまで考えてなかった」という感じで、腕を組んで俯きながら必死に考える悠樹。
「ど、どうしましょう」
「俺に聞くなよ!」
「うーん、うーん……」
「こういう時、アニメじゃ地面に剣を突き刺したりなんかすると、空間が「バリーン」って割れたりしそうなもんだが」
慧一は適当に口にすると、悠樹は、はっと気づいたように指をはじいて音を鳴らしながら、慧一に指を差した。
「それですよ! よし、早速——」
「お前、そんなキャラだっけ……」
悠樹は剣先を床に向けて構え、「ハァッ!」と一言力強く叫ぶと、勢いよく剣先を地面に突き刺す。
しかし、何も起きなかった。
「……何も起きないな」
と、慧一が口にした直後、床にヒビが入る。地震のような轟音と揺れが悠樹と慧一を襲い、二人は尻餅をついた。
「ちょ、これ……」
悠樹は直感した。地面が割れて落ちる。
どこに落ちるとかはわからない。だが、少なくとも……闇の中に落ちるだろう。最初にここに来た時に落とした石は、闇の中に消えていった。死ぬことはなくても永遠に闇の中に沈むだろうか。
悠樹はそれを思い出し、結論を出すと慧一に向かって謝罪の言葉を口にする。
「先輩、すみませんでした」
「謝られても困ります」
慧一は大きなため息をついて、自身の運命に身を委ねた。
そうしている間に地面は割れて足場が崩れ、悠樹の思った通りに闇の中へ、二人は放り出されたのであった。
悠樹は天井を見上げる。
天井もヒビが入り、崩れてくるのが目に入った。おそらく、空間自体が崩れているのだろう……などと考えるが、これから自分たちがどうなるかなんてわからない。
だからこそ、今まで信じたことの無かった「運命」に身を委ねてみよう……と我ながら母が聞いたら大声で笑っていただろう台詞を考えながら、瞼を閉じた。
ただ一つ……
「市嶋先輩、本当にすみませんでした。土曜日に借りた500円、返せそうにありません」
「今それ言ってる場合じゃないよね」
「今しか言えないです、死んだら口にできないんで」
「じゃあ500円返すために転生でもしてきて」
その会話は、闇の中へ消えていった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.77 )
- 日時: 2019/09/13 20:42
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
「うーん、一人だよ。どうしよう……」
風奏はそう一言こぼし、辺りを見回す。黒い壁や床以外に何もない無機質な空間を、もう何十分歩いたかわからないが、随分と歩き続けているような気がする。
が、誰にも会わないのだ。いつもは陽介がいるので、彼に話しかけたりからかったりすれば気は少しでも紛れるのだが……何もなさ過ぎて息が詰まりそうである。
しかし、とある部屋に入ると、やっと誰かを見つけることができた。風奏は渡りに船だと思い、その人物に声をかけた。
「すみませーん! あたし、こま……!?」
風奏はその人物の顔を見て驚いて目を見開き、指を差す。
「お、お……お兄ちゃん!?」
「……風奏?」
その人物は、風奏の兄である「木下青葉」であった。
青い短髪、長い前髪を三つ編みにして垂らし、青く澄んだ瞳がとても綺麗だ。黒い鎧、青いマントを羽織るその姿は、漫画などでよく見る「竜騎士」のようだ。
風奏は青葉を見るなり、「うわぁん」と声を上げて青葉に抱き着いた。
「会いたかったよお兄ちゃん! どんだけ心配したと思ってんの〜!!」
風奏は青葉に抱き着いて顔を見上げる。目には涙を溜めていた。
「ごめんな、風奏……」
そんな風奏を見て、申し訳なさそうな表情で風奏を見つめる青葉。
「ほんとだよお兄ちゃん、8年間もどこ行ってたの! 人に心配させた罪は重いから、特大パフェおごってもらうから!」
「あ、ああ……本当にすまな——」
青葉がそう言い切る前に、何かに気づいて風奏を抱き寄せ、地面を蹴ってその場から素早く離れた。その瞬間、空間を裂くような衝撃が青葉たちのいた場所に飛びこみ、背後の壁にぶつかって衝撃音と共に壁を抉る。
「あっちゃー、失敗失敗。素直に斬られてくれたら楽に終わったんだけどな〜」
その場に気の抜けた声が飛び込み、声の主が青葉たちの前に姿を現す。赤い髪のポニーテール、金色の瞳の女性……愛実だ。
「だ、誰!?」
風奏は驚いて愛実に問いかける。愛実は「ん?」と首を傾げた後、ふっと笑いながらどや顔を見せつける。
「私は新名愛実。元一児の母のナイトメア狩りのナイトメアさんだ……ぶふっ、サリーちゃんサリーちゃん、今の決まってるっしょ?」
愛実は笑いをこらえながら満面の笑みで頭上にいるサリエルに話しかける。
「新名……? ナイトメア……?」
風奏は訳が分からず言われた言葉を繰り返して呆然としている。が、青葉が風奏の頭を撫で、優しく微笑みかけた。
「大丈夫、あいつは俺を狙う悪い奴だ」
「わ、悪い奴!?」
「ちょちょちょーい! 聞き捨てならんね!」
愛実は怒って右手で青葉を指さす。
「私の縄張りに居座って、人間を食い散らかしてる君だけには言われたくないわね! 幻影を作って、それを操って他人の心を弄ぶ所業! これ以上の悪行は問屋が卸さないんだから!」
「な、何を言ってるの……?」
「風奏、耳を貸してはいけない」
青葉は風奏の耳に優しく両手を当てる。その微笑みは、優しかった兄の物だ。
「ま、どうでもいいや。サリーちゃん、あの青葉って子の魂はまだある?」
「……ナイトメアを追い払えば可能性はある」
「面倒だなぁ、と思ったけど……あの子妹みたいだけど、ちゃちゃっとやって寝よっかな」
愛実は頭をボリボリと掻くと、刀を構えて腰を低くする。
「すーぐ楽にして——」
「ちょ、ちょっと待って!」
青葉の前で風奏は愛実に叫ぶ。
「あなた、いきなり現れて色々言って何なの? お兄ちゃんをどうして殺そうとするの!?」
「ん? ……あー、勘違いされちゃってる。面倒なパターンだわー」
愛実があからさまな態度で溜息をつく。まあ、自分がナイトメアだと名乗ってしまった以上、自分より後ろの肉親を信じるのは火を見るよりも明らかだ。愛実は「面倒だなぁ」とつぶやきながらとりあえず立ち上がる。
「後ろのお兄ちゃん、ナイトメアに憑りつかれてあなた諸共、この幻想世界にいる人間の魂を食べようとしてるの。その子の能力である「影を生み出す能力」を使って、心をかき乱して弱ったところを……ズドン! っとやってパク〜っとね」
愛実は首の前で親指で勢いよく空を斬る。この程度の説明では納得できないとは思うが、彼女も夢幻奏者だし、何とかわかってくれないかな〜なんて思いながら説明した。
だが、風奏は戸惑いの表情を見せ、俯く。
「お、お兄ちゃん……今の話……」
「違う、あいつの話は嘘だ」
青葉は否定する。
「ま、事実は事実なんで……わかったらさっさとどいてくんない、おじょ〜ちゃん」
愛実は殺気立った顔つきで風奏を睨んだ。「どかなければ殺す」と言葉にされなくても表情だけ見ればわかる。
「風奏、俺を信じてくれ……俺は……」
青葉も彼女に対し、愛実の言葉は嘘だと訴えかける。
「ど、どうしたら……あたし……どうしたら……」
風奏は二人の顔を見て戸惑い、身体を縮こませていた。
愛実の表情は確実に嘘をついていない。それはわかるし……青葉の言葉や表情も信じたい。だが、ここで青葉から離れて青葉が本当のことを言っていたとしたら? あるいは愛実が本当のことを言っていたら? 風奏はその場に頭を抱えて蹲る。
「わかんない……どうしたらいいの、ようちゃん……」
風奏は思わず、一番信頼している親友の名を口にし、目をぎゅっとつむった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.78 )
- 日時: 2019/09/14 19:56
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
しかし、そこに——
「どぉわぁ!?」
ガラスの割れる破裂音と共に数人の声と共に、誰かが頭上から降ってくる。着地に失敗する者と、華麗に着地して立ち上がって衣服についた埃を払う者……見知った人たち! 心霊研究部の皆だと判断すると、風奏は思わず叫ぶ。
「皆!」
「あいたたた……お、風奏じゃないか。……って、そっちのお二人誰!?」
翔太は愛実と青葉を指さして声を上げる。片方は右腕が鬼の手のような腕になっているし、もう一人は事案が発生しようとしている状況に、どう判断すればいいんだこの状況!? と訴えかける顔で時恵を見る。
「ちょ、なんであたしを見んのよ!」
「だって、だってこの状況……わけわっかんねえ……」
「え、えぇーっと……どうすればいいの知優?」
「もしかしたら風奏ちゃんを奪い合ってるとか……!?」
知優もものすごい真剣な表情で衝撃を受けているようだ。悠樹はそこへ割り込んで「いや、絶対違いますから」と首を振って否定する。
「あら、ゆうくん! さっきぶり」
愛実が悠樹に気が付いて手を振る。満面の笑みだ。
「母さん、どういう状況なんだよこれ!?」
「いや、まずこっちが聞きたいんだけど。なんで空から降ってくんのさ……」
「いや、母さんの言う通りにしたらこうなっちゃって」
「そっか、私のせいか」
愛実は納得したようにうんうんと頷く。
「悠樹くん〜! ようちゃ〜ん!!」
風奏は涙を流しながら二人に近づこうと駆け出そうとした。しかし、青葉は彼女の手を引いてそれを止める。
「お、お兄ちゃん?」
「行ってはいけない、あいつらも——」
青葉はそう言うと陽介は風奏に近づく。
「ふうちゃん! ……え、あ、青葉さん?」
陽介は青葉の顔を見て驚いて声を上げる。成長していて顔つきが変わっているようだが、彼の顔はまさしく「木下青葉」のものだ。陽介は戸惑いを見せる。こちらを見ている顔が怖い。それよりも、この気配は……
「ふうちゃん、そいつから離れて!」
「よ、ようちゃん?」
陽介は本を開き、青葉に向かって魔法を放った。魔法陣が浮かび上がり、黒い腕が握りこぶしを作り、青葉を襲う。
だが、陽介の攻撃はひらりとかわされてしまった。
突然の行動に皆は驚くが、青葉から放たれる気配に詩織は叫ぶ。
「あの人、ナイトメアだよ!」
「まあ、このパターンはそうだよな……!」
翔太も頷いて剣を構えた。皆も武器を構え始めるが、時恵はある事に気が付く。
「ねえ、そういえば雪乃は?」
「……今はそっとしておきましょう!」
知優はそう言いながら剣に光を込める。雪乃は戦闘中はどこかに隠れているのか、姿が見えなくなることが多く、彼女の能力では戦闘に参加することは難しい。しかし、戦闘が終わった後にひょっこり現れるので、皆あまり触れていなかった。
時恵も「そうね」と一言言ってから両手に刀を構える。
「皆、ふーちゃんはあの子が抱えたまんまだ、傷つけないように注意しろ!」
慧一が鎌を担いで青葉を指さした。「ふふふーん」と鼻歌交じりに剣を担いで楽しそうにしながら、愛実は上機嫌に言う。
「よーっし、ボーイ&ガールのかっこいいところ、おねーさんに見せて頂戴♪」
愛実の言葉に悠樹は首を傾げた。
「母さんって、44歳じゃなかったっけ?」
「愛実さん17歳、おいおい♪」
「……恥ずかしくない?」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.79 )
- 日時: 2019/09/15 21:01
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
青葉は空いた手を空に掲げる。
と、同時にその場の景色にヒビが入り、砕けた。かと思いきや、夕日が照らし真っ赤に染まる巨大な建物……ヨーロッパなどの建物の写真集などでよく見る城が目に飛び込んでくる。
というよりも、その城に向かって皆が落ちているのだ。
「うわー! なんで落ちてんの俺らー!?」
「もうなんでもアリアリだよな……」
「冷静過ぎんでしょ悠樹君!?」
翔太は顔に風が当たり、身体全体で風圧を受けながら叫んでいる。
青葉は黒い飛竜を呼び出し、その背中に着地する。もちろん、風奏と共に。
陽介は本を開き、地上に向かって両手をかざした。本から黒い影が大量に吹き出し、落ちてくる皆を飲み込もうとする一つの生き物にも見える。影は皆を飲み込んで地上へと落ちると、地面に叩きつけられ、破裂音と共に影がはじけ飛んで消えた。影の中にいた皆は起き上がって周りを見ると、皆が無事であることを確認する。
青葉は城のバルコニーに、皆は城の前にある中庭のような場所へ着地した。
「皆、無事?」
「咄嗟でしたが、何とかなってよかったです」
「あ、ああ、ありがとな陽介」
愛実はキョロキョロと何かを探している様子だった。
「シリカちゃ〜ん、私のシリカちゃんど〜こ〜?」
「シリカ」というモノを探しているのだろうか? 悠樹はそう考えていると、愛実は「あったあった」と何かに飛びつく。身の丈ほどある刀……愛実の武器であった。
「やぁ、見つけたシリカちゃん〜♪」
愛実は顔をこすりつけた後、刀を担いで不敵な笑いを見せる。
「よーっし、いよいよボス戦だよ皆! 燃えてきたね燃えてきたねこれ〜!」
愛実のテンションで呆れ半分な悠樹だが、気を取り直して青葉を見る。完全に風奏を放す気はなさそうだ。
そう考えていると、周りから何かの気配がする。
剣を握り締めている腐りきって肉が落ちている死体、ローブを纏った骸骨、馬に跨っている骸骨の騎士……ゾンビや骸骨騎士が青葉の召喚に応じて悠樹達を囲んでいた。
愛実は「面倒だなぁ」とつぶやいた後、剣を両手で振りかぶって振り下ろす。轟音と共に衝撃がゾンビや骸骨騎士を一撃で粉砕した後、青葉の下への道……城の上の階へ続く階段への道が開かれた。
「やっぱ骨とか屍じゃ全然ダメだわ、脆い! ……てことでゆうくん、皆! ここは私に任せてさっさと行きたまえ〜?」
愛実は悠樹の背中を押すと、襲い掛かってくるゾンビの喉元を刀で一突き。そして流れるように襲い掛かる骸骨騎士を一刀両断。さらに、二人掛かりで剣を振り下ろす骸骨騎士の攻撃をその場をジャンプして避け、落ちると同時に首を切り落とす。着地と同時に刀を鞘に納め、ふうっと一息ついた瞬間、刀を抜いて回転斬り。周囲から襲い掛かるゾンビや骸骨騎士を一網打尽にした。
知優は青葉を指さし、「行きましょう!」と叫んだ。皆は頷いて城の階段へ走る。
悠樹達がその場から離れると、愛実は囲まれて見えなくなる。……が、あまり心配していなかった。むしろ、ナイトメア達の方が心配だ。
悠樹の見立てでは、愛実の能力は「モノを裂く」力だ。それは物質から空間まで様々だろう。彼女に斬り裂けないモノは恐らくあんまりないだろう。その姿はまさしく、「辻斬り」のようだ。
悠樹達は階段を駆け上がった。
「皆、前!」
詩織は手に持っていた槍を投げながら叫ぶ。
前に見たことのある腐った竜……ゾンビドラゴンだ。今回ばかりは対処法がほぼないに等しいため、苦戦は必至だろう。詩織の槍は竜に命中はしたが、苦しむ気配すらない。痛覚がないと思われる。
翔太は皆より早く前に出て階段を駆け上がり、剣の刀身に手を触れ、刀身をなぞる。すると、刀身が白い炎に包まれ、翔太は両手で剣を握り締め、竜の胸を斬りつけた。竜は叫び声をあげる。
「見たか、俺の新しい技!」
「白い炎……すごいね翔太君!」
詩織が感激して翔太を褒める。だが、竜はまだまだこれからとばかりに身体を起こして咆哮を上げた。
「悠樹、ここは俺らに任せとけ!」
「皆、頑張ってね!」
翔太と詩織は悠樹に手を振ると、竜を見上げる。
しかし、慧一は立ち止まって振り返って、竜の下へ戻ってくる。
「ちーちゃん、任せた。俺はこの子の相手でもしてるわ〜」
「わかったわ、気をつけて!」
知優は予想していたという風に頷いて前を向く。慧一は竜の下へ近づくと同時に、竜の首を切り落とす強力な一撃を与えた。竜の首は宙を舞って地面に落ちる。
だが、竜はまだ動いていた。首から触手のようなものを出し、鞭のように3人に襲い掛かる。
「うわぁ、余計強くなった!?」
「前の奴とおんなじタイプ、か……厄介だなぁ」
「そ、そうですね」
触手は竜の頭部を見つけると掴んで首に戻す。首と頭部がくっついて傷がふさがった。首を落とすだけでは奴は死なないとわかると、慧一は複雑な気分になってしまう。溜息をついた。
「なんか弱点が必ずあるはずです……!」
詩織はそう叫ぶと竜に刺さったままの槍に駆け出して近づいた。
「ん……あ、あれじゃない?」
慧一は竜の額を指さす。額に何か赤い宝石のようなものが埋め込まれているのが見えた。
「よし、あれを砕けば!」
詩織は早速槍を引き抜く。
だが、竜が詩織の動きに気が付いて前足で、彼女を払いのけようとした。だが、慧一は詩織の前に素早く立ち塞がり、鎌で竜の前足を切り裂く。翔太は「今だ!」と叫んで剣を構えて振り上げた。
翔太は剣を振り下ろす。振り下ろした剣から灼熱の炎が噴き出し、それが竜に命中すると炎上した。詩織はそこを狙い、槍を一つ回したあと勢いよく竜に向かって投げた。
槍は竜の額にある宝石に命中し、石は砕け散る。
炎を纏った竜は苦しみ悶えながら体が崩れ始め、肉が溶けて白い骨を残して消えた。
「やったなしおりん!」
「はい! 翔太君もナイスコンビネーション!」
「ああ! 息ぴったりだったぞ」
三人は喜び合った後、先に行った悠樹達を追いかけるべく、階段を駆け上がった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.80 )
- 日時: 2019/09/16 21:50
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
悠樹達は青葉が立つバルコニーへたどり着く。
青葉の鋭い瞳は、まるで獲物を捕らえようとする獣そのものだ。話し合いは通じないだろうとわかってはいるが、とりあえず最初にやることは話し合いだ。それは悠樹の流儀でもあり、話が通じるのであれば言葉を交わしておきたい。……無駄に終わりそうだが。
「すみません、えーっと……青葉さん。風奏を放していただけませんか」
「……風奏、耳を貸してはいけない。あいつらは敵だ」
「無視された……」
青葉は悠樹の言葉にすら耳を貸さない。それどころかいなかったことにされている。
時恵と知優が前に出て、時恵は指をポキポキと鳴らし、知優は剣を構え直す。
「この期に及んで言葉なんて不要よ、新名君」
「話が通じる相手なら、最初から風奏を放してるでしょ」
「か、過激だなぁ……」
陽介は二人の様子にあわわと口に出しながら、そわそわとしている。
「お、お兄ちゃん……」
「風奏は何も心配しなくていいから」
青葉は風奏に向かって微笑むと、上空から何かが降ってきて悠樹達の前に立ち塞がった。
獅子の頭と体、竜の翼と尻尾を持つ魔獣……神話図鑑にも載っている「キマイラ」だ。その巨体は見上げるほどのもので、恐ろしい威圧感を放っている。
「悠樹、あんたは陽介と一緒に青葉って子を助けなさい。あたしらだけで十分でしょこんなの!」
「道は作る、頼んだわよ」
時恵と知優はキマイラの気を引くべく、少し離れた場所へ走り、時恵は影を伸ばしてキマイラの狙いが時恵に向くように縛り上げ、知優は光の剣閃を飛ばして威嚇する。
二人の様子に、悠樹は頷いて陽介の手を引っ張り、青葉の下へ近づいた。
青葉は二人が来ることを予測していたのか、槍を二人の足元に投げつける。しかし、陽介は本を開き、黒い壁を作ってそれを防いだ。判断が遅れていれば、槍は悠樹に当たっていただろう。
「ありがとう、陽介」
悠樹は陽介に礼を言った後、剣を鞘から抜く。そして構えた後、青葉に向かって刺突した。青葉は素早く腰から下げていた大剣を鞘から抜いて、悠樹の刺突を剣で受け止める。片手に風奏を抱いているというのに、両手剣を片手で持ちながら攻撃を受け止めるので、悠樹は驚いて一歩後ずさった。
「……ふう、やりますね、ニイナユウキ」
突然、青葉はにこやかに笑い、悠樹の名を呼ぶ。
それには悠樹も風奏も驚いた。唐突に先ほどまでの獣のような瞳から一変、騎士のような強い眼光へと変わったのだ。
「ですが、これからですよ」
「あなたは一体……!?」
「指導者の腹心が一人、「ディオニュソス」。ディオで構いません」
ディオはふっと笑う。
そして、剣を振って悠樹に斬りかかった。だが、悠樹は咄嗟の判断で後退し、マントを裂いたくらいで済んだ。
「指導者の命により、邪魔なあなた方を始末しに参りました。大人しく死んでください」
「淡々と結構ひどいこと言いますね……」
「ええ、非道と正直が私の取り柄なんで♪」
ディオはにこりと笑い、剣を風奏の首元に突き付けた。
「まあ、お人好しのあなただ。こうされたら何もできないのでは?」
「——ふうちゃん!」
陽介が叫ぶ。悠樹も目を見開いてそれを見た。にやかな笑顔をはりつける割に、かなりの策士だ。……風奏をずっと放していないのも、これのためだろう。悠樹は彼の笑顔が物凄く恐ろしいものに見えた。
「動かないでください、動けばこの子の顔の皮が剥がれちゃいますから」
ディオは笑顔で大剣の刃を風奏の頬に当てる。そして「おっと」と一言いうと、風奏の頬から一筋の赤い液体が流れて地面に落ちた。
「やめろ!」
「今のはちょっとした脅迫です、今から動けば本当にヤっちゃいますよ〜?」
「ひ、卑怯者!」
陽介は思わず叫ぶ。すると、ディオは陽介に顔を向けた。
「おや、それはまさしく誉め言葉ですね〜。ま、とりあえずあなた、ヨウスケ君……」
ディオは不気味な笑みを強くし、陽介に向かって指を差した。
「ちょっと実験に付き合ってください」
そう言い終わると、ディオの目は赤く光る。目を合わせた陽介は硬直し、身体の力が抜けたかのように、両腕がぶらんと垂れさがった。
「え、え……?」
陽介は戸惑うように声を出す。悠樹もそれに注目していた。……嫌な予感がする。そう考えながら。
「ヨウスケ君、ユウキを殺しなさい」
ディオの声は恐ろしくはっきりと響き渡り、そう口にした後の彼の口元はニィっと両端が吊り上がっていた。
「何を——!?」
悠樹がそう声を上げたと同時に、黒い影が悠樹に襲い掛かる。陽介が本を開いて悠樹に向かって魔法を放ったのだ。悠樹は吹き飛ばされ、地面に身体を擦り付ける。立ち上がろうとするが、陽介の魔法に当たったせいか、視界が暗闇に包まれていてよく見えない。……陽介の魔法の効果だろう、悠樹は目をこするが暗闇が晴れない。
「ようちゃん、やめて!」
「あ、ああ……や、やだ……! 先輩、逃げて!」
風奏と陽介の叫びも空しく、陽介は魔法を放ち続ける。悠樹は抵抗しようにも風奏の事が気がかりで、しかも陽介に攻撃することができず、無抵抗に陽介の魔法を受ける。そもそも、目の前が暗闇に包まれていて、攻撃しようにもどこに行けばいいのか、どこに何があるのかわからない。その間にも陽介は強力な魔法を放ち続け、ディオは魔法を受けてボロ雑巾のようになっていく悠樹の様子を見て、指を差して楽しそうに高笑いを上げていた。
「まだ息があるみたいですね、止めを刺してあげなさい」
ディオは陽介にそう指示すると、陽介は倒れている悠樹に向かって魔法を放とうと悠樹に近づく。そして、手を悠樹に向かってかざした。
「ようちゃんダメ、やめてぇ!」
風奏は涙を流しながら、声を上げた。
その瞬間、悠樹は陽介の足首に手を伸ばして掴む。
「……ごめん」
悠樹は焦点が定まらない目で一言こぼした。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.81 )
- 日時: 2019/09/17 20:54
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
「先輩、僕の方こそ……僕の方こそすみませんこんな……!」
陽介は動きを止めたまま涙をボロボロと流し、堪えながら首を振る。
「でも、先輩のおかげで……先輩のおかげで、なんとかなりそうです、ありがとうございます!」
陽介はそう言い切ると、ディオの方へと踵を返し、手に持っている本を開いた。
「……なるほど、これは厄介。ですが……おや?」
ディオは近くにいた風奏がいないことに気が付く。周りを見ると、キマイラは黒い靄を発しながら消滅していき、その背後に風奏と共にいる時恵が膝をついて息を切らしている様子が見えた。おそらく、悠樹に気を取られている間に風奏は時恵によって救出されたのだろう。
悠樹の方はというと、知優と共に馬に乗っている。
「光のない、永久の闇に葬り去って差し上げます……」
陽介は今までに見せたことの無い、殺意に似た怒りの表情で静かに、ただ静かに口を開く。
風が吹く。いや、風が陽介を中心に渦巻き始めた。周囲が暗くなり、陽介の足元に紫色の魔法陣が浮かび上がる。陽介は右腕を空に掲げ、「恐怖の片鱗をお見せします」とつぶやくと同時に、陽介の真上の空にヒビが入る。そしてそのヒビは広がり、割れて砕け散る。穴の開いた禍々しい黒い空間から、ヤギの頭を持つ巨人が顔を出した。その姿は、タロットカードの悪魔のアルカナに描かれている「バフォメット」のようだ。
「すごい力……怒りというか憎悪に似た力だわ!」
知優は顔の前を腕で覆いながらも、バフォメットの姿を見る。
陽介は右腕を振り下ろした。その動きに合わせ、バフォメットは空間から這い出て両手を組んで、両腕を青葉に向かって振り下ろした。両腕は空を切り、建物を破壊していく。衝撃と轟音で空気が振動し、城は崩れていき瓦礫の山と化していく。
知優はまずいと口に出して、悠樹を乗せた馬を走らせた。時恵も風奏と共に影に潜む。地響きと轟音が周辺を揺らしながらも、なんとか青葉と陽介を除く皆が城から逃げ出せたようだった。
愛実はナイトメアを全滅させていたようで、刀を左手に持って背伸びしてる。
「よ、ようちゃんは!?」
風奏はキョロキョロと辺りを見回すと……
「ここです……」
陽介は瓦礫の山からディオを背負いながら這い出てくる。その顔は真っ青であり、今にも倒れそうだ。
「ようちゃーん! 無事でよかったー!!」
風奏は陽介の顔を見ると、走って涙を流しながら抱き着いた。抱き着かれた陽介は無抵抗に風奏に押し倒されてしまう。
「ようちゃん? ……寝てる?」
陽介は風奏に抱き着かれたまま「すーすー」と眠っていた。全力を出し切ったため、疲れ切って眠ってしまったのだろう。風奏はそっと彼の頭を撫でた。
翔太が倒れているディオを指を差しながら知優に尋ねる。
「悠樹は?」
「ひどい負傷で、まあ1週間は動けないでしょうね」
「こいつ、どうしましょう」
翔太は腕を組む。すると、弱弱しい声が背後から聞こえた。
「……すみません、俺がやります」
「悠樹!? おい、立ってて平気なのかよ?」
「平気じゃない」
「うん、知ってる」
悠樹は知優から手渡された剣を握り締めると、ディオに近づいた。
「お世話になりました、色々と」
「……ふふっ、私の負けのようです。まさかあの時、ヨウスケの足に触れて魔法を解除してしまうとは……。ああ、一つ言っておきますよ、これは負け惜しみですけども」
ディオは悠樹の目を見ながら笑う。
「指導者はあなた方の近くにいますよ。あなた方が今まで入り込んだ幻想世界……全て指導者が用意した舞台に過ぎません……」
「ふーん、じゃあ私がここにいるのも、シドーシャって奴のせいなの?」
愛実が悠樹の隣に立って、ディオを見下ろす。その顔は無表情で、笑いもしない。
「マナミ……いや、サリエルか。いや、あなたなど眼中にありませんよ、捨て置いただけです」
「む……ムカつくわね〜」
「まあ、全ては最高の舞台を作り上げるため……あなた方はその役者として選ばれただけの事ですよ」
「なーんかシドーシャの後ろにも何かいそうね、白状しろ!」
愛実が剣を向けると、ディオはふっと笑うだけで答えなかった。愛実はぷーっと頬を膨らませて怒るが、悠樹は愛実を窘めるとディオに剣を向ける。
「……すみません、じゃあ青葉さんから離れてください」
「まあ、そこそこ楽しめたんで悔いはありませんよ。それじゃあ皆さん……いい夢を」
悠樹はディオの影に剣を突き立てる。その瞬間、ディオは……いや、青葉は瞳を閉じてしまう。と、同時に悠樹はその場に崩れ落ちて倒れてしまった。
悠樹の様子に皆は慌てて悠樹に近づいた。
「ちょ、悠樹!?」
愛実のその叫びは届いたのか、それとも……
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...