複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.82 )
- 日時: 2019/09/18 20:35
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
第七章 邂逅、そして……
悠樹は暗闇の中にいた。二本の足で立っている感覚はあるが、上下左右前後全てが暗闇に閉ざされている。それにぼんやりとしていて記憶がはっきりしない。……そういえば、最後に……どうしたんだっけ? 悠樹は腕を組んで考えこんだ。
ふと、前に誰かがいることに気が付く。暗闇の中だというのに不思議と姿がはっきり見える。あれは……母さん、愛実だ。
「や、悠樹」
愛実は満面の笑みで悠樹を出迎えた。胡坐をかいてちゃぶ台の前に腰かけている。……まあなぜちゃぶ台があるのかとか、ちゃぶ台の上に二人分の茶の入った湯飲みがあるのかとか、突っ込むのは野暮だし怒られそうだな。と考え、何も言わずに愛実の向かい側に座る悠樹。
「いやはや、ご苦労さんご苦労さん」
「ご苦労さん……じゃなくて、ここはどこなんだ? なんで母さんはここに——」
「ここは悠樹の夢の中……と幻想世界がつながった場所。母さんナイトメアだし、悠樹の夢に入り込むなんて朝飯前ですよ〜だ」
「な、なるほど」
「ま、お茶でもどうぞ」
愛実は悠樹に茶を勧めて、自身も湯飲みを片手に一気に飲み干している。悠樹も勧められるがままに湯飲みを両手に持って茶を飲む。愛実がいつも飲んでいたほうじ茶の味だ。もう8年も前の事なのに不思議と体が覚えている。
悠樹が茶を飲んだことを確認すると愛実はふと、いつもの笑顔が消えて真顔になる。
「悠樹、「サトゥルヌス」ってナイトメア、知ってる?」
「「サトゥルヌス」?」
悠樹は首を振る。聞いたこともない名前だ。
「あの子はね、オリュンポスのシドーシャの企みを止めようとしてる子なんだけどね……」
「指導者の?」
「うん、複数の仲間と共にシドーシャを止めるぞー! ってクーデターを起こそうと計画してて、現実世界で協力者を集めてるらしいんだけど。……って聞いた」
「……あ、別に知り合いじゃないんだ」
「えー、ナイトメアに友達はいないよ〜」
愛実は腕を組んだ後、悠樹の目を見た。
「悠樹、サトゥルヌスに会って話をしてみなさい」
「……その人に会えば、「幻想の星柱」の狙い、動きがわかるのか?」
「イエーッス。……サトゥルヌスはシドーシャの腹心の一人……だったっけ、サリーちゃん」
愛実は苦虫を噛み潰したような顔で頭上を見上げ、蛍火のような光を放つ蝶……サリエルに聞いてみる。
「そうだ」
「まあ、詳しい話はあの子の方がよく知ってるし、私はホント何も知らない一介のありふれた当たり障りのない一般ピーポーなナイトメアだから」
愛実がにかっと歯を見せて笑うと、悠樹は頭を抱えて溜息をついた。
「一般ピープルは大群を一人で全滅させたりしないんだよ」
「えー、あれくらいできなきゃ半人前だよー?」
「一般人は普通一人倒せて十分なんだよ!」
「そうなの?」
愛実は不思議そうにまたサリエルに向かって顔を上げる。
「そうだ、今の現代社会では戦う力など必要ないからな。他人を殺す手段を知らずとも、生きていけるだろう。力で縛り縛られるナイトメアとは違ってな」
「サリーちゃんはよく知ってるね〜」
愛実はサリエルの話を聞いて頷いた。悠樹はそんな様子を見て呆れて肩をすくめる。
しかし、すぐに悠樹は尋ねた。
「その、サトゥルヌスって人は、どこに?」
「それなら玲司君って人が知ってるってサリーちゃん言ってた。起きたら聞いてみな、お友達君でしょ?」
愛実はふっと笑うと、突然悠樹の視界が揺れ始める。目の前が二重に映って、さらにぼんやりしてきた。
眩暈……というよりは、意識が飛びかけているような感覚だ。眠くて目を開けていられない——
「お、もう起きる時間か。まあ短い間だったけど楽しかったよ悠樹と一緒に戦った時間は〜」
「か、かあさ……」
「私はナイトメアだから、またいつでも会えるわよ。悠樹が真実を追い求める限り、ね。じゃ、知優ちゃんによろしく——」
悠樹の意識はそこで途絶えた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.83 )
- 日時: 2019/09/25 15:11
- 名前: ピノ (ID: m9NLROFC)
悠樹が目を覚ますと、木製の天井が見える。自分の部屋ではないようだ。目で周囲を見回すとどこかの家の和室のようだ。巨木の柱、床の間には竜の水墨画の掛け軸が掛けられ、季節の花が生けられていた。布団もよく乾燥されているのか、かぐわしい香りがする。そして人影が2つ目に入る。……詩織と翔太だ。
「ん? お、悠樹! 起きたんだな」
「悠樹くん……よかった、目が覚めたんだね」
翔太も詩織もとても嬉しそうに歓喜の声を上げ、悠樹の顔をのぞき込む。
「詩織に翔太……ここは……?」
「空音ちゃんちだよ。……大丈夫? 気は確か?」
詩織は心配そうに質問をするが、悠樹は頷いて「大丈夫だし、正気だよ」と答え、上半身を起こした。二人とも服装は学生服で、外はもう夕日で赤く染まっていた。
「もう5日も目が覚めなかったから心配してたんだよ。期末テストとか」
「やめろ詩織、病み上がりで現実叩きつけんな」
翔太は半目で詩織の肩を叩きながら、悠樹の顔を見る。
「ん、だが顔色は問題なさそうだな。状況はわかるか?」
「あ、ああ。確か、青葉さんを元に戻したところで、記憶がぶっつりと切れてる」
「そうそう。あの後青葉さんは遠藤家で3日くらい目を覚まさなかったし、大変だったがなんとか皆無事だぞ」
「そうか、それならよかった……。そういえば母さんは?」
悠樹の質問に詩織が答える。
「あの後、「悠樹をよろしくね」って言い残してどこかに消えたんだ」
「なるほど……」
「まあまた会えるだろう。なんせナイトメアだしな」
翔太はケラケラ笑うと、おもむろに背後に置いてあったカバンの中に手を突っ込んで悠樹の胸元に何かを突き付ける。悠樹はそれを受け取ると、よく見てみた。
「……ノート?」
「期末テストの要点をまとめておいたから、頑張って勉強してよね。明日からだよ!」
詩織は片目をつむって親指を立てる。
悠樹は「あ、ああ」と答えてノートをバラバラとめくってみた。ノートにはテストの範囲と赤ペンで「ココ重要!」と書かれ、解りやすくまとめられていた。
最近のゴタゴタで忘れかけていたが、期末テストはもう明日まで迫っていたのだ。まあ、自業自得でもあるが、しっかり勉強しなきゃな。と悠樹は考え込んでいると、すーっと息を引くような音でふすまが開く。
藍色のジャージを着たツインテールの女性……空音だ。
「お、起きたのね」
「あ、空音さん……」
「空音でいいわよ」
若干不愛想に言いながら悠樹に歩み寄る空音。悠樹の前に立つと座り込んで目を合わせた。
「テスト勉強なら今日はこの部屋を使うといいわ。静かだし、集中もできるでしょ。詩織と翔太もここを使ってもいいわよ」
「え、マジで? ありがとございまーす!」
「ありがとう空音ちゃん! よかった〜。これで悠樹くんに手取り足取り教えられるね!」
翔太も詩織も、何回かこの家に訪れて泊まっているのか、慣れたような口ぶりだ。悠樹は戸惑いながらも、「じゃあお言葉に甘えて」と頭を下げながら申し訳なさそうに笑う。
「まあ、色々聞きたいこともあるし、情報整理も兼ねてだから気にしなくていいわよ」
空音はそう言うと、笑顔を見せる。
悠樹も色々と皆に聞きたい事と報告しなければならない事があるが、とりあえずまずは期末テストに臨まなければならないなと、溜息をつくのであった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.84 )
- 日時: 2019/09/20 20:06
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
期末テストが無事終わった。
空音との勉強のおかげか、なんとか全問答えを書くことはできた。翔太はテスト中は放心状態だったし、詩織は一所懸命に答案に答えを書いていたので、二人ともいつも通りではあった。
悠樹は放課後になったので、心霊研究部の方へと向かう。
テスト期間中は流石に勉強に集中してくれという、知優からのメッセージがあったので、心霊研究部にはもうしばらく行っていなかった。だからこそ、皆に会えるのがとても楽しみだ。少し浮ついた気分で部室に入ると、雪乃以外の皆が集まっていた。
しかし、風奏と翔太が机に顔を突っ伏している。
「お久しぶりです」
悠樹は入ってからすぐに皆に声をかけると、「お疲れ様〜」と慧一は手を振る。知優も「元気そうね」と笑顔で出迎えてくれた。詩織と陽介も「お疲れ様」と声をかけてくれる。
玲司は腕を組んで窓から外を見ているし、時恵は悠樹の顔を見るなり「相変わらず情けない顔ね」とため息をついていた。
「雪乃はまだ来てないようですね」
と、悠樹が何気なくそういうと、玲司は突然カーテンを閉め、険しい顔で悠樹を睨んだ。
「な、なんですか?」
「そのことで話がある。手早く済ませよう」
玲司はそう言うと、部室の戸を開けて廊下を左右見回して、誰もいないことを確認すると、戸を閉めて鍵をかける。
知優や慧一も不思議そうに玲司を見ていた。
「どったのれーくん?」
「そうよ、白鳥さんがどうしたの?」
「いずれは話さなくてはいけないからな、皆、よく聞いてくれ」
玲司は腕を組んで皆を見る。翔太も風奏も顔を上げて玲司を見ていた。
「まず聞きたい。……「白鳥雪乃」というのは、何者だ?」
悠樹は驚いた。
玲司は前に「俺は生徒全員の顔と名前を把握している」と言っていたからだ。……当然雪乃の事も知っているものだと思っていたが……と、悠樹は考えていると、陽介も恐る恐る手を上げた。
「ぼ、ぼくも知りたいです。そもそも、一年生に「白鳥雪乃」っていう名前の生徒はいないんです」
「う、うん。図書委員にもそんな子いないって、図書委員の子言ってたし……」
風奏も不安を感じながら恐る恐る頷いている。
玲司は腕を組みながら皆を見回した。
「……誰も知らないのか? 「白鳥雪乃」の事……」
「いや、以前、雪乃の名前を呼んでた子がいたはず。その子なら——」
「ちょっと待て」
悠樹の言葉に翔太が遮る。
「誰も知らないのに、なんでその子だけ知ってるんだ? ……そもそも、雪乃って何者なんだよ? 突然現れて突然消えて、ぽっと出て来てはふっと消えるような奴だったんだぞ」
「……指導者」
翔太の疑問に、時恵は腕を組んで自分の考えを口に出す。
「雪乃は指導者に乗っ取られた人物だったりとか?」
「可能性はある、が……それは全員にも言える」
玲司は冷静に答えると、詩織は眉間に皺を寄せながら「うーん」と声を出して考えている。
「まずは、雪乃ちゃんを知ってる人に会ってみようよ。そしたら何かわかるかもしれないよ」
詩織の言葉に、知優も頷いた。
「そうね、少しでも情報を集めて整理、検証してみましょう」
「そうですね」
悠樹はそう頷き、玲司もふうっと溜息をついた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.85 )
- 日時: 2019/09/25 15:13
- 名前: ピノ (ID: m9NLROFC)
悠樹と風奏、そして玲司は雪乃を知るという「白澄璃奈」という人物の下へ赴くこととなった。知優と慧一は空音の下に行き、詩織と翔太、陽介、時恵は幻想世界を探しに行っている。用事が済めば合流する予定で、ひとまず解散となった。
風奏は璃奈とは少し話をした程度の付き合いだが、一応話ができるよう彼女を呼んでくれているみたいだ。
悠樹と玲司の二人は屋上に連れて行くという旨の話を聞いて、屋上へと向かう。基本的に屋上は解放されており、園芸部の部室兼温室であるビニールハウスがあり、今は下校時間間近なため、園芸部の生徒と屋上へ向かう階段ですれ違う。
「ところで御海堂先輩、「サトゥルヌス」という人物を知っていますか?」
「……なぜそれを」
悠樹は屋上に向かうまでの間に、自身が聞いておきたい事を聞くことにした。
玲司は眉一つ動かさず、さも「待っていた」と言わんばかりの不敵な表情を見せている。その様子に悠樹は少し安心した。二人は階段をのぼりながら話し始めた。
「母さ……いや、あるナイトメアから聞いたんです。「玲司君に聞けばわかる」って」
「……ああ、先日俺も接触し、奴と話をつけた」
「あと、「ディオニュソス」というナイトメアも言っていました。「指導者は俺達の近くにいる」「全ては最高の舞台を作り上げるため」……だって」
「そうだ。俺たちの傍に指導者がいて、動きを伺っている」
「え、知ってたんですか?」
「ああ、知っているさ。それに以前にも言っただろう。俺が——」
「おまたせ!」
玲司の言葉を遮るように、少女が声をかけた。風奏も隣にいる。
白く整った長く艶のある髪、マゼンタの丸い瞳、人懐っこそうな見た目、風奏より背が高い身の丈……この少女が「白澄璃奈」だろう。
風奏は二人の様子に首を傾げた。
「なんの話?」
「他愛のない話だ。お前は気にしなくていい」
玲司は風奏に対し冷たく突き放すように言うが、風奏は「そっか、そうだね」と頷いた。
璃奈は玲司の姿を見ると、顔を赤らめて風奏に耳打ちしていた。
「ね、ねえ、なんで御海堂先輩がいるの!?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「ききき聞いてない!」
「ま〜、いっか。とりあえず屋上屋上!」
風奏と璃奈は顔見知り程度のはずだが、とても仲がいい印象だ。とはいえ、二人の人懐っこさを見れば、すぐに打ち解けられるだろうな。と悠樹は考えた。
風奏は屋上への扉を指さすと、皆を引っ張るように「早く行こう」と先陣を切って屋上の扉を開いた。
璃奈はというと、玲司と顔を合わせないようにしおらしくなっている。顔も真っ赤だが、風邪でも引いているのかな? 悠樹は彼女の様子をそう捉えた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.86 )
- 日時: 2019/09/25 15:18
- 名前: ピノ (ID: m9NLROFC)
屋上に出ると、陽が傾いて光が悠樹達を照らし、影が伸びている。屋上から眺める望月市の景色は、いつ見ても壮観だ。空も快晴で、雲一つないまっさらで爽やかなものだった。
玲司は腕を組んで璃奈を見る。それに対し璃奈は玲司に見られてかなり赤面している。
「白澄、お前に聞きたいことがあるが……大丈夫か?」
「ふぇ!? は、はい!」
璃奈は玲司に声を掛けられ、飛び上がりそうになって驚きながらもなんとか質問に答える。風奏も悠樹もその様子に「大丈夫かなぁ」と心配になってみていた。
「じゃあ聞くが……「白鳥雪乃」とは、どういった関係だ?」
「幼馴染ですよ。昔から仲が良くって——」
「昔とは、いつからだ?」
「え?」
璃奈は目を丸くする。そして腕を組んで考えていた。玲司はさらに尋ねる。
「昔のあいつはどんな感じだった? 中学生の頃とか」
「えっと……」
「……質問を変えるぞ。あいつの住所は? 家族構成は?」
「……えっと……」
悠樹と風奏は顔を見合わせる。幼馴染であるならばすぐに答えられると思うのだが、彼女は深く考え込んでいる。……一体どういうことなのだろうか?
「答えられない、か……」
「そ、そんなはずは……」
璃奈は顔を青くして首を振って俯いた。
風奏は恐る恐る玲司に尋ねる。
「どういう事なの?」
「簡単な事だ。「白鳥雪乃」という人間は最初から存在しない」
「——!?」
その場にいる皆が目を見開いて玲司の顔を見る。冗談ではなさそうだし、そもそも玲司は冗談を言うような性格ではない。
だからこそ、「白鳥雪乃」は存在しないと断言した事に驚いたのだ。では、今まで会って話してきた「彼女」は何者なのだろうか?
「じゃ、じゃあ、雪乃ちゃんって一体何者なんですか!? 今まで話してきた雪乃ちゃんは、一体何だったんですか? そもそもあたしは誰と話していたっていうんですか……?」
璃奈は食って掛かるように玲司に尋ねる。
だが、彼はただ冷静に答えた。
「思い出せない」
「……思い出せない?」
悠樹は玲司の言葉を繰り返す。
「ああ、思い出せない。何者かわかっていれば、即座に情報を共有したさ。……だが、俺の記憶は所々欠け落ちていてな」
玲司の説明に皆は唖然としている。その様子を見て、彼はため息をついた後、
「……すまんが、皆が集まったときにすべてを話す。部外者がいるのでな」
「わ、わかりました」
悠樹はそう答えると、タイミングを見計らったように下校時間を知らせるチャイムが学校中に響き渡った。
玲司は皆を見る。
「下校時間だ、帰るぞ」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.87 )
- 日時: 2019/09/23 20:54
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
一方、知優と慧一は空音の家を訪ねていた。
空音が出迎えて二人の顔を見ると、笑みを浮かべる。
「ちょうどよかった、呼ぼうと思ってたところだったのよ」
「どういうこと?」
知優が首を傾げると、空音は手招きして二人を部屋に案内する。空音の部屋はとても整理整頓されていて、ベッドやテーブル、座椅子や照明には埃一つない。が、彼女の勉強机には分厚い本が山積みになっていた。
空音はテーブルの前にある座椅子に二人を座らせ、自身はベッドの上に座った。
「その山積みになってる本って一体?」
慧一が指を差して尋ねると、空音は「あ〜」と声を漏らしながら腰に手を当てた。
「クトゥルフ神話関連と、オリュンポス十二神関連の本。その他北欧神話にケルト神話、ギリシア神話とかシュメール神話、聖書なんかも調べようと思ってたのよ。でも、一人じゃ結構時間かかってね〜……」
「クトゥルフ神話?」
「そ、架空の神話だけど、幻想世界に関連した情報でもあればいいなと思って、何冊か買ってみたの。「ナイアルラトホテップ」とか、結構それっぽくない?」
空音は手を伸ばして山積みになっている本から一冊取り出して、「ナイアルラトホテップ」の絵と概要や情報が書かれてるページを開いて二人に見せる。
絵は黒い男性とも女生徒もとれる一人の人物の姿で、概要を見てみると「名前にブレがあり、どれを使われても正しい表記である」と書かれていた。
「幻想世界とクトゥルフ神話のしくみって結構よく似てるのよね。「誰かの想像が具現化したもの」っていう性質が。だから何か関係あるかなぁって思って、わざわざやらないTRPGシナリオとかも買ってみたんだけど……」
「で、何かわかったん?」
慧一の質問に、空音は眉間に皺をよせ、腕を組んで答える。
「いーや、それがね……私の推測の域になってしまうけど、いいかな?」
「いいわよ、どんな意見も交換するべきだわ」
「そいじゃ遠慮なく」
空音は再び手を伸ばしてもう一冊、分厚い本を取り出して開く。その本は「クトゥルフ神話TRPGのシナリオブック」と書いてあった。
「幻想世界はクトゥルフ神話の神々の一人が作り出したもので、指導者が幻想世界と現実世界を繋げる計画を手引きしたのも、そいつが唆した……っていうのが私の意見」
「どうしてそう思うんだ?」
「そもそも幻想世界と現実世界は表裏一体。だからナイトメア個人が干渉しようと考えはしても、繋げようなんて考えないと思うわよ。その逆も然り。……となれば、第三者の協力者か、力あるものの手引きくらいしか考えられないわけ」
「ちょっとしたサスペンスになってきたわね」
知優が額に手を当てて俯いた。
「あくまで推測だから真相はどうなるかわからないわよ。本当にナイトメア達だけで計画を立てたかもしれないし」
「うーん、もう頭痛いな畜生」
空音の話を聞いて、苦虫を噛み潰したような顔で頭を抱える慧一。
「でも、ありがとう空音。おかげでまた一つ絞れたわ」
「うん……ところであんたら、何しに来たの?」
空音は首を傾げて二人に尋ねた。
「うん、ちょっと気になることがあってね……うちの生徒である「白鳥雪乃」って子について相談があって」
「……まあ、できる限り力になるわよ。遠藤家の命令とあらば」
「め、命令ってわけじゃないけど……お願いするわね」
空音は「かしこまり〜!」と笑顔で右手を額に当て、元気よく返事した。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.88 )
- 日時: 2019/09/24 23:20
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
空音は知優の話を聞くと、メモをとって真摯に聞いていた。そしてメモを見返しながら、腕を組んで「うーん」と声を漏らす。
「ちょっと気になるんだけど、どうして白鳥さんは戦いの途中でふっと消えたり、突然現れたりしてんのかしら」
頭を抱えながら空音は浮かんだ疑問を口にした。
「……そういえばなんでだ?」
「戦う力がないからかも。白鳥さんの能力は戦いに不向きだから」
「「手に触れたモノから音を出して味方の能力を底上げする」って奴? まああれじゃ戦えないわね確かに」
「もしかしたら……」
知優は自分の今考えている事を口にする。
「……監視のためかしら」
慧一はそれを聞いて手を叩いた後知優に指を差した。
「それじゃないか?」
「白鳥さん指導者説浮上ね」
空音もうんうんと頷いて、ベッドの上に置いてあったノートパソコンを開く。
「ただね、指導者候補はもう一人いるのよ」
「ん? 誰だよ?」
「朝陽伊月」
空音が伊月の名を口にしながらパソコンを操作している。
だが知優は即座に首を振って否定した。
「そ、そんなわけないわ! だって彼、8年前の生還者よ!」
「だから、尚更怪しい。……あの事故の生還者は皆廃人のようになっていたらしいでしょ。伊月もそう。可能性だけど、生還者全員がナイトメアに乗っ取られていることもあり得る。」
「ん……そらちゃんはなんでツッキーが指導者だって思うの?」
慧一は首を傾げて空音に尋ねる。すると、空音はノートパソコンの画面を両手で二人が見えるように突き出した。そこには望月市全域の地図と、赤い点や青い点や緑色の点などの様々な色の点がちりばめられていた。
「これ、あたしが開発した幻想世界発生と夢幻奏者の現在地がわかるアプリ。名付けて「幻想世界対策アプリ」〜」
空音は裏声でアプリの名前をねっとり大きめの声で言う。……誰かの物まねらしいが、知優は「え?」という顔でぽかんと空音を見ていた。空音はその様子を見て咳払いする。
「と、とにかくこれを使って伊月を含む怪しい人物を追ってたり、ちょっと人を使って監視してたんだけど、不可解な点が、ね」
「不可解な点?」
「うん、例えば……この時間帯にだけ姿を消すとか」
空音は窓の外を指さす。つまりは夕方の間と言いたいようだ。知優はやりきれない気持ちで唇をかんで眉をひそめる。だが、「他には?」とすぐに尋ねた。空音はその様子を見て人差し指を立てた。
「夢幻奏者とは無関係の人物と話をしていたとか、監視の目に気づいているように行動している。とかかな」
「遠藤家の方には、それを言ったの?」
「もちろん報告済み。このアプリも皆に配布もしてるわよ」
空音はそう言った後、机の上に置いてあったタブレットを手に取って知優に渡した。
「ちーちゃん、もらってなかったの?」
「き、機械は苦手なの!」
「機械音痴だったんか……」
知優は顔を赤らめながら咳払いをする。
「まあでも、大体わかったわ。伊月の事は……その、まあ、疑っておくとして……白鳥さんは結局なんなの?」
「クトゥルフ神話の神が戯れで化けている……なーんてね」
空音は自身の考えている結論だけ口にした。
「まあ今は情報が少なすぎるから直接本人に聞かなきゃだけど、多分答えてくれそうにもないわよね」
「そう、ありがとう空音」
知優が礼を言って頭を下げた後、壁に掛けてある時計をふと見てみる。時計の針は18時20分を指していた。
「それじゃ、私たちはそろそろ……」
「ん、わかった。まあ、また遊びにおいでよ。君らの下校時間くらいには、いつも家にいるし」
「ありがとね、そらちゃん」
二人は立ち上がって、空音に向かって頭を下げると、空音は立ち上がって「見送りくらいさせて」と言って、二人が帰るのを玄関先まで見送った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.89 )
- 日時: 2019/09/25 20:01
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
詩織、翔太、時恵、陽介の4人は街を歩きながら幻想世界を探していた。
夕暮れ時のため、街は帰宅ラッシュの真っ最中で、人通りが多い。詩織は途中で「お腹すいた!」と一言、商店街に寄ってコロッケを一つ買って食べていた。「買い食いは太るぞ」と翔太が笑うと、詩織は頬を膨らませて怒っている。そんな様子を横目に陽介はスマホを必死にいじっているようで、時恵は画面をのぞき込んで尋ねた。
「陽介、何してんの?」
「あぁ、えっと……クトゥルフTRPGのシナリオをメモ帳にまとめてるんです。ほら、最近いろいろ非現実的な事ばかり起きてたじゃないですか……」
「まあね。……ところで、TRPGって何?」
時恵はぽかんとした顔で首を傾げる。陽介は頷いてスマホを操作し、時恵に画面を見せた。
「テーブルトークRPGの事です。ゲームではあるんですが、ゲーム機なんかを使わず、紙とペン、サイコロなどを使って、人間同士の会話とルールブックに記載されたルールに従って遊ぶ、“対話型”のロールプレイングゲームなんです。とはいえ、最近ではTRPG専用のサイトなんかもありますし、ネットを通してのチャットなどでプレイしている人も多いんですよ」
陽介の説明に時恵は「へ〜」と腕を組んで頷いた。
「ちなみにどんなシナリオを描いてるの?」
「あ、はい。夢に取り込まれたプレイヤーたちが、知恵や自身の能力を尽くして脱出するっていうシンプルなものです」
「ふぅん、なかなかに面白そうね」
時恵が率直な意見を述べると、詩織と翔太が近づいてきて陽介と時恵を見る。
「何してるの?」
「陽介がTRPGのシナリオを書いてるから、どんなの書いてるのって聞いてたのよ」
「TRPGかぁ、昔は詩織と悠樹と俺でやってたよな、懐かしい」
翔太は腕を組んで遠い目をしながら思い耽る。
「あー、そうだよね。確かあれはうちのお父さんが用意したシナリオでやってたっけ」
「そうそう、詩織はサイコロの出目が良くて、親父さん結構困惑してたよな〜」
詩織も翔太も話が盛り上がり始め、陽介と時恵は互いに顔を見合わせ、呆れたように笑う。
そして陽介は何かに気が付いたかのような顔をした。
「ど、どうしたの?」
「いえ、なんとなく……なんですけど、僕達はTRPGのゲーム盤に立たされて、ゲームマスターの意のままに操られてたり、とか……しないでしょうか」
「ま、まさかそんな……」
「でも、その……皆さんには言ってないんですけど、僕なんとなくデジャブというか……最近の出来事を何度も経験してるような気がするんです」
陽介の言葉に、時恵は笑いもせずに無表情になって俯く。
「……たしも」
「え?」
「あたしも、最近同じ感覚だったの。なんというか、最近起きた事件とか……そもそもあんたや悠樹達が初めて会った気がしなかったのよ……それも、何度も何度も繰り返し出会って、笑い合ったり泣いたりしてたっていう気さえする」
「……ぐ、偶然でしょうか?」
「わからない……でも、これって絶対何か関係ありそうよね」
陽介と時恵は自身の抱えている思いをうまく出す事ができず、顔を見合わせていた。
「……遠藤先輩に言った方がいいでしょうか?」
「そうした方がいいかもしれないわね。……もしかしたら、あたしたちだけの問題じゃないかも」
時恵がそう頷きながら返すと、詩織と翔太が二人の様子に恐る恐る尋ねる。
「どうしたの二人とも、顔色が悪いけど……」
「ううん、なんでもない。明日言うわ」
時恵はそう言って二人に誤魔化すように笑顔を見せた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.90 )
- 日時: 2019/09/26 21:21
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
翌日の放課後、皆はいつものように心霊研究部の部室へと足を運んでいた。
玲司は皆の顔を見る。雪乃を除いた9人が集まっていた。
「白鳥は?」
「ううん、今日は来てないよ」
玲司は「なら都合がいい」と一言こぼすと、知優は昨日、空音と共に調べた事を話し始める。
「それじゃ、まず一つ目。指導者の正体は白鳥さんか、伊月だと思うわ。あの二人は不可解な点がいくつかある……」
「不可解な点?」
悠樹は首を傾げると、知優は昨日空音と話し合って出した結論を皆に伝える。そして、空音から受け取ったタブレットを机の上に置いて、伊月が夕方にだけ姿を消すという旨を伝えた。
皆は頷いたり、首を傾げたり反応を見せている。そして陽介は知優に尋ねた。
「じゃあ指導者は、朝陽さんって事でしょうか?」
「確証はないし、勘違いであってほしい……っていうのが本音ね」
「れーくん達はどうだったのよ」
慧一が玲司に向かって聞いてみると、「そろそろか」と玲司は立ち上がり部室の戸を開けて身を乗り出して廊下を見る。皆が首を傾げていると、玲司が誰かを呼んで招いていた。
そして十秒も経たないうちに玲司と、一人の人物が部室に入ってくる。その人物を見て、時恵は突然立ち上がって目を見開いて驚いた。時恵が急に立ち上がったため、パイプ椅子が音を立てて倒れる。だがそんなことに目もくれず時恵は指を差す。
「あ、あ……梓!?」
「……時恵ちゃん、さっきぶりだね」
「な、ななな、なんで、梓が入ってくるのよ!?」
時恵は梓の姿を見て玲司に掴みかかるように叫ぶ。翔太が「落ち着け」と言いながら時恵を窘めていると、玲司はため息交じりに彼女を指し示した。
「こいつが「幻想の星柱」の一員であり、指導者へのクーデターを企てている……「サトゥルヌス」だ」
「嘘、すっごい近くにいたんだ!」
玲司の紹介に詩織が驚いて声を上げた。
梓……いや、サトゥルヌスは静かに頭を下げる。
「皆様を欺くつもりなど毛頭ありませんでした……しかし、我々の計画を外部に漏らす訳には参りませんでしたので、表ではごく普通の学生として生活していました」
「え、じゃ、じゃあ……前にナイトメアに捕まってたのは?」
「あれは指導者の配下に捕らわれていたのです。ですが、おかげであなた方の力量を測ることができました」
サトゥルヌスは「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べると、悠樹はさらに尋ねた。
「あなたの……いや、あなた方の目的は一体?」
「お話しします、そのためにここに来たのですから」
サトゥルヌスは立ち上がって呆然として彼女を見る時恵を「どうか座ってください」と、座るように促し、時恵は戸惑いながらもパイプ椅子を起こして座る。それを確認すると、サトゥルヌスは話を始めた。
「我々は元々、あなた方が現実世界で平和に暮らすように、幻想世界で平和に暮らしていました。ですがある日、指導者である「アポロン」が「幻想の星柱」を結成した後、ある者と手を組んで現実世界へと赴き、ある場所の一定範囲を幻想世界と繋げたのです」
「ある場所?」
「あなた方がよく知る、8年前の事故現場です」
翔太の疑問にサトゥルヌスが答えると、彼女は続ける。
「ですが、それは実験の一端であり、一瞬だけであっても概ね成功でした。」
「あの事故の原因は一体なんなの?」
「現実世界と幻想世界が一瞬繋がる事により、空間に歪みが生じてできたエネルギーの暴発による比較的小規模の爆発事故です。爆発事故によって巻き込まれた器……いえ、人々の身体を手に入れるため、アポロンは暴発が起こる事を見越してあの場所で実験を行ったのです」
「……アポロンとやらは何をしようとしてんだ?」
慧一はできるだけ怒りを抑え込んで尋ねる。彼女に噛みついても無意味だとわかっているためだ。サトゥルヌスは頷いて答えた。
「ユピテルからもう伝えられたと思いますが……「ビッグクランチ計画」、幻想世界と現実世界を繋げる事です」
「あ、あの……なんであっちとこっちを繋げようとしてるんでしょうか?」
陽介は手を上げながら恐る恐る尋ね、サトゥルヌスは少し困ったように頬に手を当てる。
「……わかりません」
「じゃ、じゃあサトゥルヌスさんはどうしてアポロンについていったのですか?」
「私は、皆の……仲間のためだと思ったからアポロンに従いました。ですが、実際には何人もの人間を犠牲にし、それを踏み台にして現実世界を乗っ取るだけの計画だと私は悟り仲間と共に、彼の袂を分かったのです」
ユピテルもその一人で、仲間は他にもいるのだろうと、悠樹はそう考えて頷いた。
「ここからが本題です。皆さん、計画は最終段階までに来ています。……協力者の手引きにより、計画は円滑に進み、このままでは8年前の悲劇が繰り返される可能性があるのです」
「協力者……?」
「あなた方も何度か会ったはずですよ」
サトゥルヌスの言葉に、玲司はある名前を静かに口にした。
「……「美浜渚」」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.91 )
- 日時: 2019/09/27 21:04
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
サトゥルヌスはその名前を聞いて肯定するように頷く。
悠樹と翔太、詩織や陽介、風奏はその名を聞いて「えぇ!?」という声を上げた。玲司はそれに対し「喚くな」と鋭く言う。
「彼は……かなり特殊というか……。こちらとも、幻想世界とも違う世界から来たそうなのですが、詳細は不明でして。8年前に突如現れ、人間という立場でありながら、アポロンに幻想世界と現実世界を繋げる方法を伝え、「ビッグクランチ計画」を提案したのです」
「こっちともあっちとも違う世界……?」
翔太は現実味のない話に頭を抱えて顔を机に突っ伏した。その様子に苦笑いしつつも、悠樹はサトゥルヌスに尋ねる。
「つまり、渚は異世界人?」
「そういうことになります。……幻想世界という世界が存在するのですから、別の世界もあって不思議はありませんよ」
「十分不思議すぎるわよ……頭痛くなってきた」
時恵も翔太と同じように頭を抱えて顔を机に突っ伏す。二人の様子に陽介は呆れたように笑った。悠樹はまた尋ねる。
「渚がなんでアポロンにそんな計画を持ち掛けたんだろう?」
「そこまでは……ですが、理由はあってないようなもの。ヒトは皆、理由のない殺戮を無自覚で行っています。「上に言われたから」「憂さ晴らし」「誰かを守るため」……理由はなんだって構わない。しかしヒトは一度きりの一生のうちに必ず争い、何かを犠牲にするのです。それは我々とて同じこと。「他者」を傷つける事に理由など存在するようで皆無なのです」
「一体何が言いたいんだ?」
慧一はサトゥルヌスの意図がわからず首を傾げて腕を組んだ。
「彼にとって、現実世界と幻想世界を繋げるというのは、ただの「暇つぶし」だという事になります」
「——「暇つぶし」ですって!?」
知優は突然大声を上げて立ち上がり、バンッと机を叩いて大きな音を立てる。
「その「暇つぶし」とやらで多くの人間が犠牲になってるのよ!?」
「お、落ち着いてください遠藤先輩!」
「そうッスよ、サトゥルヌスを責めたって何もならないっしょ!」
詩織と翔太が興奮している知優を窘めて座らせる。知優はまだ落ち着いていないようで、両手を組んで俯いた。その様子を見ていた玲司が溜息をついて皆を見回した。
「あと、俺からも皆に話していなかったことを今伝えておく。俺はな——」
玲司はパイプ椅子を引いて座り、手を組んで机の上に乗せる。
「俺はな、もう何十回も同じ時間を繰り返している」
しばらくの沈黙の後、悠樹、サトゥルヌスを除く皆は「えぇぇぇーーーっ!!?」という大声を上げて、目を見開いて玲司を指さしてみたり、椅子から転げ落ちたり、頬を両手で当ててみせたりと各々様々な反応を見せた。
「喚くな」
「いや、そりゃ喚いたりしちゃいますよ先輩……えぇー、これ……えぇ……」
翔太がどう反応すればいいかわからず、周りを見回したり口元に手を当てたりしていた。だが、玲司は皆の様子に「フン」と鼻を鳴らす。
「それは皆も同じことだ。ただ、記憶が消されているだけでな」
「記憶が消されている……?」
慧一は首を傾げる。
「ああ。……これは「奴」の用意したゲームで、俺達はまさにゲーム盤に立たされているわけだ」
「え、えぇ!?」
陽介は昨日自分が言った言葉を思い出して慌てて口を手で覆う。
「あ、あなた、なんでそれをもっと早く言わないの!?」
「俺も、記憶があやふやでな……ところどころ抜け落ちていた。それに、下準備に手間取ってなかなか伝えられなかったのだ」
「下準備?」
知優は玲司の言葉を繰り返す。玲司は頷いて腕を組んだ。
「今度こそゲームクリアするための下準備だ。まずお前たちと合流する、断片的な記憶を探って奴らの裏をかく、サトゥルヌスを探す、指導者の正体を突き止める……色々してきたな」
「ちなみに、その「奴」って一体誰なんですか?」
詩織がそう尋ねると、玲司は首を振った。
「俺の口からは言えない。それはおろか、それに関する言葉も俺は口にすることができない」
「ど、どういうことなのよ?」
「言葉の通りだ。俺が奴から与えられたのは、「ゲームを円滑に進めるための補佐役」という役割のみ。勝敗は「新名悠樹」が奴の名前を言った上で、奴の問いに答えられるか否かで決する。だが、奴の名前や答えを、俺は教えたり伝えることができない。それに記憶も奪われ続け、伝えるべきことも今や抜け落ちている」
玲司は悔しそうに歯を食いしばっている。悠樹はあらかじめ話を聞いていたのか、彼の話を肯定するように頷いていた。慧一は頭を抱えながら玲司を見る。
「勝敗つってたよな、負けたらどんなペナルティが課せられる?」
「敗北するたびに、今年の4月8日の入学式の前日まで時間が巻き戻る。そして、俺の記憶が一つずつ消されていく」
「……なっほど」
慧一は頷いた。悠樹と対面した時、「新名悠樹」の名を聞いて顔をまじまじと見ていたのは、名前だけは憶えていたが、顔を忘れてしまっていたためだろう。それに、彼の戦闘経験は何十回も同じ戦闘を繰り返していたため、身体がそれを覚えてしまっていた……という可能性が高い。何十回も同じ時間を繰り返して、そのたびに自分の記憶が消えていく苦しみは、計り知れない。
「でもようやくわかったわ。……何度か経験したような気がしてたり、皆と初めて会った気がしないのは、何度も同じ経験をしてるからだったのね」
時恵は頷いて納得したように清々しい表情を見せる。
「時恵ちゃんもそうだったのね、私も同じこと思ってたよ」
「うーん、俺も薄々だったけど……」
皆は口々に自身が薄々感じていたことを口にする。記憶は消されていようが、身体が自然と覚えているものだ。……だが、「そんな気がする」だけだ。……玲司はそう感じながら、溜息をつく。
「で、今後の方針だが……」
玲司は皆が口々に話している最中、話を切り替える。翔太は「マイペースな人だなぁ」と半目で彼を見ていたが、首を振って話を聞く体制なった。
「まずは指導者を倒す。そして、この下らんゲームを早々に終わらせる。……これでいいな」
「異議なし!」
風奏は笑顔で手を上げて力強く言った。
悠樹も頷いてスマホを取り出した。
「よし、皆に伝えないと——」
「その必要はないよ」
突如その声がその場に響き渡るとともに、床がぐにゃりと歪む……いや、空間自体が歪むような感覚と床がぬかるんで皆は声を上げた。悠樹は「皆!」と叫ぶが空間が黒に溶け始め、床が、壁や机や椅子や皆が……視界が黒く染まっていった。そして落ちるような浮遊感と共に、皆が声を上げて黒い空間へと放り出された。
「舞台は整った。すべてが一つになる……」
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...