複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.9 )
- 日時: 2019/08/10 23:09
- 名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)
第一章 いざ、幻想世界へ!
悠樹は知優に「この後幻想世界へ行く」という旨を伝えられ、知優について街に出てきていた。夕日が照らす町並みは赤く染まっている。悠樹と知優は街の裏通りである場所へと来ていた。知優は「皆が集まるまで待ってましょう」と言い、その場で待つことにした。
少ししてから慧一が走ってくる。知優と悠樹の前まで来ると息を切らしていた。
「いわれた通りに会長さんに書類、渡してきたぞ」
「ご苦労様、市嶋君。……何か言ってた?」
知優がそう尋ねると、慧一は眉間にしわを寄せて腕を組む。
「「フン、もう少し遅ければ、〆切っていたところだ」だってさ。」
慧一ははあっと大きくため息をつく。
「あいつ本当に面倒だし、いちいち鼻につくんだよなぁ。」
「そ、それはご苦労様……」
知優は苦笑いをしながら慧一を宥める。
「ちーちゃん、あいつが「副会長なんだから生徒会に顔を出せ」って言ってたぞ。あんまり会長さんを困らせない方がいいと思うぞ〜」
「……それはわかってるんだけど、今はこっちが忙しいし……追々ね」
そして、そこへ詩織と、赤い髪の悠樹くらいの青年が知優の下へやってくる。青年はすみませーん!といいつつも笑顔を見せていた。悠樹はその青年を二度見する。
「え、翔太!? ……なんでお前がここに?」
「ん……っ!?」
悠樹と顔を合わせるなり、青年は驚いて悠樹を指さして口を開閉させていた。
「新入部員って、悠樹の事だったのか!? 何て偶然だよ、ご都合主義かよ!?」
彼は「谷崎翔太」。悠樹と詩織の幼馴染で、二人の兄のような存在である。冷静を装っているが根は心優しく情熱的。悠樹と詩織とは幼稚園からの付き合いで、絆の強さも人一倍である。
「あら、二人とも知り合いだったの? ふふっ、じゃあちょうどいいわね」
知優は二人の様子に微笑んでいた。悠樹は二人をあきれた様子で腰に手を当てた。
「二人とも、俺に内緒でこんな危ない事をしてたのか?」
「え、えへへ……いきなり秘密がばれちゃったね!」
「すまんすまん、言う必要がなかったっていうか、言ったって信じないだろ?」
二人は少々慌てた様子で悠樹に弁明するが、悠樹は首を振った。
「いいよ。どうせ二人の事だし、俺の事を思っての事だったんだろ?」
悠樹の質問に頷いて肯定する二人。どういう形であれ、二人は悠樹や街の皆をを守ろうと人知れず頑張っていた。それは立派な行為だ。それをとやかく言うのは野暮というものだろう。
「それより遠藤先輩幻想世界が見つかったって……」
「ええ、この辺に反応があったのよ」
知優は詩織と翔太に「幻想世界の入り口を探して」と指示を送ると、悠樹に説明を始めた。
「あなたはまだ感知できないかもしれないけど、夢幻奏者になると、ナイトメアの気配が少なからず感じ取る事ができるようになるの。何か冷たい感触というか、気配というか、殺気に似た何か……」
夢幻奏者はそれを探知して幻想世界へ入り込む事ができる。幻想世界の領域は、結構あやふやなので一般人が迷い込んでしまう事もあるらしい。悠樹のように。
「別段、珍しいケースでもないんだよな。ただ、ニーナ君は運が良かったな。大抵は迷い込んだ後、ナイトメアに食われて死んじまうからな。不幸中の幸いってやつだな」
慧一は笑いながら悠樹の肩をたたく。本当に慧一はお気楽でおおらかな人だなと悠樹は思った。
「遠藤先輩! 入り口を見つけたぞ!」
翔太と詩織が戻ってきて、建物との間の路地裏を指さす。確かに空間がひび割れているように穴が開いていた。穴の中は闇に包まれ、奥の方はどうなっているのかがわからない。知優は「ふんふん」とその穴を嘗め回すように見る。
「誰かが侵入した形跡があるわね」
「えぇ!?」
知優のつぶやきに、悠樹は驚く。
「これもまた稀なケースね。一般人が自分から幻想世界に入ってしまうのは」
「じゃ、じゃあ早く追いかけないと!」
悠樹はそういうと穴に入り込もうとするが、知優はそれを制止した。
「ええ、だけど落ち着いて。冷静さを欠けば倒せる敵も倒せなくなる」
知優はそういうと皆の方へ向き直る。
「皆、準備はいいかしら?」
知優の問いかけに、四人は頷いた。知優はそれを見ると頷いて穴を指さす。
「それじゃ、行きましょう!」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.10 )
- 日時: 2019/08/10 23:11
- 名前: ピノ (ID: BEAHxYpG)
幻想世界へ入ると、そこは遺跡のような場所の中であった。
崩れた壁から外からの日光が漏れており、階段が上の方へと続いている。一見、遺跡のようだと思っていたが、どうやら塔の中である。静かなその場所の外からかすかに風の音が鳴り響いている。ナイトメアの姿は今は見えないが、どこに隠れていていつ襲い掛かるかわからない。慎重に行くべきだ。
階段を上る一行。階段を上っていると、ふと翔太の姿を見てみる。
赤い髪は炎のような色で、短かった髪は長く一本にまとまっている。服装は赤いロングコートの下に黒いシャツ、腰に黒いベルトを巻き、コートが乱れないようにしている。瞳は炎が揺らめくような、そんな情熱的な色をしている。
「翔太、お前は元の姿から結構変わってるんだな。……まあ詩織もだけど」
「ん〜? まあ俺も詩織も変わりたいって思いが強かったのかもな」
翔太は「はははっ」と大笑いした。
「そういや、幻想顕現だったっけ。あれの……能力の名前ってどうやってわかるんだ? あと夢幻武装の名前も。」
「ああ、あれな……自分で名前つけるんだよ。能力も自分のモノだしな」
「えっ」
意外だ。てっきりある日突然浮かんでくるとか、なんやかんや偉い人が現れて名前を授けてくれるものかと思っていた。
「俺は紅い炎を操るから「クリムゾンフレイム」って感じで名前を付けた、でこの武器もかっこよさげな神話の武器からとって、「紅剣ダーインスレイヴ」って名付けてみた。その時は詩織もいたから、多分詩織も同じ感じだと思うぞ」
「意外だなぁ……いやでも、それってちょっと恥ずかしくないか!?」
悠樹は顔を赤らめながら翔太に尋ねる。しかし、翔太はケラケラ笑いながら悠樹の肩に腕を回した。
「恥ずかしいって言ったら、俺たちの衣装もそこまで変わらんだろ? 例えば、市嶋先輩なんか半裸だし、詩織もスカートのラインが短いし、遠藤先輩だってスパッツだし……」
翔太は小声でひそひそと耳打ちする。悠樹は「ま〜、そうだよなぁ」と半目で力なく答えた。
「悠樹は何て名前にするんだ?」
「う〜ん……」
腕を組み悩む悠樹。
「「エタンセルニーヴェア」……煌めきと白って意味があるらしい。あと、そうだな……夢幻武装は「煌剣クラウソラス」かな。前、神話辞典で読んだ剣の名前。やっぱ自分で名前つけると結構恥ずかしいもんだな……」
悠樹は顔を赤らめながら笑う。が、翔太はにこりと笑った。
「いやいや、いい名前だと思うぞ! ここには名前を聞いて笑う奴なんかいないし、恥ずかしがることはないぞ!」
そんな会話を交わしていると長い階段が終わり、一行は開けた場所へと出た。そこにはナイトメアが多数蔓延っていた。
ローブを着た骸骨型ナイトメア、詩織のようなグリフォンに乗る騎士型ナイトメア、そして昨日見た骸骨剣士型ナイトメアと悪魔型ナイトメア。
だが、彼らはこちらに気づいていない様子であった。
一行は物陰に隠れ、様子を見る。
「魔道士型がいますよ、遠藤先輩」
「そうね……厄介ね」
翔太と知優はそう交わす。
「「魔道士型」?」
悠樹は聞きなれない単語を口にして尋ねる。翔太は悠樹の方を向いて答えた。
「魔法を使うナイトメアだ。多くはああいう骸骨みたいなのがローブ着てるんだけど、稀に仮面被った人型や、サキュバス型、小悪魔型がいたりするんだよ」
「魔法って……」
悠樹は信じられないという様子で半笑いで頬を指で掻く。
「いやいや、現実世界じゃわからんが、少なくともこの幻想世界は何でもアリアリだからな。魔法が存在したってなんら不思議はないぞ。現に骸骨やら角の生えたバケモンがうようよしてるわけだし。詩織だって白いグリフォンに乗ってるし、遠藤先輩も馬に乗ってるからな。ありえないことがありえちゃう世界、それが幻想世界ってわけだ」
翔太の説明に、「確かに……」と納得する悠樹。
「とりあえず、まともに受けたら死ぬ。気をつけろよ」
翔太はそういうと、再びナイトメア達に向き直る。
すると、慧一が彼らに向かって指をさした。
「おい、あれ!」
皆はそれを見る。多数のナイトメア達と戦う黒い姿がそこにはあった。地面の中に溶けたと思ったら現れたり、短い刀のようなものを二丁持って、ナイトメアを倒していっているが、攻撃力が低いのか劣勢気味だ。
「いけない、早く助けなきゃ!」
詩織がそう叫ぶと、飛び出そうとする。
しかし、悠樹はそれを制止した。
「いや、俺が援護しに行く。皆は周りのナイトメア達を!」
周りを見ると、ナイトメア達が一行を取り囲んでいた。やはり殺気をむき出しにしている。しかし、悠樹はナイトメア達に切り込み、黒い影の下へと走り去っていった。
「わかったわ、新名君、気を付けてね!」
知優は大声で叫び、剣をとる。詩織もグリフォンを呼び、慧一も鎌を構え、翔太は何もない場所から空間を切り裂いて赤い剣を抜いた。
「よーっし、燃えてきたぜ!」
翔太はにーっと笑う。その姿はさながら、狩りを楽しむ獅子のようであった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.11 )
- 日時: 2019/07/31 20:41
- 名前: ピノ (ID: quLGBrBH)
一方、ナイトメアと対峙している黒い影……いや、黒い少女は不慣れにも手に持っている二本の短刀を振り回し、骸骨剣士の攻撃を何とか凌いでいる状態だった。
彼女は黒い髪、右が金色、左が青色の猫のような瞳孔の細くキリッとしている目であり、獲物を捕らえる時は一瞬瞳孔が開いている。頭からは大きな猫の耳、長い猫の尻尾が感情によって揺れている。服装は俗にいう、盗賊と忍者を掛け合わせたような軽装で、黒く目立たないものだが、首輪から下げている大きな鈴、そして尻尾に巻き付いている鈴が動くたびに音を立てていた。二つのおさげも同じく鈴で結っているようだ。
「ほんっと、ついてないわ……」
少女は息を切らしながらつぶやく。骸骨剣士を次々に斬りつけているのだが、自分の力が弱いのか、それとも傷が浅いのか怯みもしない。なんとなく体が軽くなっているのだが、筋力などはついていないらしい。
あとは、影に潜めたり、影を使って相手を拘束したり、影から分身を出せたりできる。……しかしそれは攻撃を避ける手段くらいで、傷をつける手段ではない。
だが少女はここで諦めるわけにはいかない。
「こんなところで諦めたら、誰が「梓」を助けるのよ!」
少女はそう己を奮い立たせ、刀を構える。
骸骨剣士は真っ赤に染まる剣を少女に向かって振り上げた。とっさに腕を交差させ攻撃を防ごうとした。
だが、攻撃はいつまで待っても来ない。少女は恐る恐る様子を見る。
そこには、骸骨剣士の攻撃を左手で持つ剣の刀身で受け止め、少女の方を見る白い少年の姿があった。
「すみません、助けに来ました」
少年は少女に微笑みかけると、ふうっと息を吐く。
「あの、こいつ……倒しても大丈夫でしょうか?」
少年は申し訳なさそうに少女に尋ねる。少女は「え、ええ……」と答えると、少年は剣を持ち直して、骸骨剣士の胸を一突き。胸の方にあった宝石のようなものが砕け、骸骨剣士は黒い煙を発して消滅した。
他の骸骨剣士は少年の姿を見て、一斉に襲い掛かる。「あ、これは……」とひるんでしまう少年。だが、少女は隙をつき、彼の援護をした。
しばらくして、襲い掛かる骸骨剣士を倒し、少年はその場にへたり込んだ少女に手を差し伸べる。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう」
少女は力なく答えると、少年の手を取って立ち上がった。
「あたしは「七瀬時恵」。あんたは?」
「俺は「新名悠樹」、星生学園の二年生です」
時恵はふうっと一息つくと、悠樹の全身を見てみる。
「ていうか、あんた何その恰好? コスプレじゃない」
悠樹はそれを聞いて驚いて首を傾げた。
「それはあなたも同じなんじゃ——」
「はい?」
時恵が物凄い形相で睨んできたため、「い、いえ、なんでもないです」と小さくなってしまう悠樹。結構気が強い女の子みたいだなぁなんて思う。
「とりあえず、ここから脱出しましょう。俺達はあなたを助けるためにここまで来たんです」
「ううん、あたしはいい。それよりも「霧島梓」って子がこの奥にいるの! その子を助けて!」
時恵はそう悠樹に懇願する。梓は時恵の親友であり、唯一の心を開ける人なのだ。だからこうやって黒い影にさらわれた彼女を、変な世界にまで来て危険を顧みず助けに来たのだが……なぜか変な格好に変わるし、変な化け物は襲い掛かってくるしでよくわからない。
だが、彼女を助けたい。
「わかってます、俺達はそのつもりで来たんですから」
悠樹はそういうと、出口の方を指さした。
「七瀬さんはここから脱出してください、後は俺たちが」
「何言ってんの、あたしも行くわよ。それと……」
時恵は少し不機嫌そうに腕を組む。
「あたしは時恵って名前で、「あなた」なんて名前じゃないわ。時恵って呼びなさい」
「えっ……とぉ……」
悠樹は戸惑いながら頬を掻く。
「時恵、先輩?」
「お堅いわね、まあいいわ。……さっさと行くわよ」
時恵は吹き出して笑うと、塔の奥を指さした。
悠樹は知優達の方向を見る。皆既にナイトメア達を一掃して奥へ向かっているようだった。
「わかりまし」
「敬語やめて、あたしはそういうの嫌いなの」
「わ、わかった」
悠樹は少しやりづらいな……と思いながらため息をつくのであった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.12 )
- 日時: 2019/08/11 10:49
- 名前: ピノ (ID: m9NLROFC)
時恵と無事合流し、先に進む二人。
皆の姿はもう見えなくなっている。
皆は塔の上を登っているのだろうか? 悠樹はそう思いながら時恵と共に階段を駆け上がる。グリフォンに乗った騎士型ナイトメアが、槍を持って突撃してくる。空からの奇襲だ。
だが、時恵は自身の影に手を当て、影を操る。影は腕のようにグリフォンたちを掴んで離さない。悠樹は影に拘束されたグリフォン騎士を切り裂いた。
勢い余って落ちそうになったところを、時恵は影を使って悠樹のマントをつまんで階段に放り投げた。
「いてっ! 結構乱暴だなぁ……」
悠樹はしりもちをついて、あいたたと声を上げる。時恵はその様子を見て、腕を組んで、詫びる様子もないようである。
「命があるだけ感謝なさいよね、ホラ、さっさと行くわよ!」
悠樹は「そうだな」とゆっくり立ち上がり、駆け上がる時恵についていった。
しかし、時恵の援護のおかげで空からの奇襲はおろか、目の前に現れたナイトメアもいとも容易く倒すことができている。そして何より、その身体能力だ。猫のような見た目だが、その見た目通り飛んだり跳ねたり、その行動一つ一つで敵を翻弄しているのだ。
悠樹が時恵の戦う姿を見ていると、時恵は腕を組んで悠樹を睨む。
「ちょっと、何見てんのよ! さっさとしなさい!」
彼女の少しトゲトゲした性格は、難点ではある。
塔をどんどん登っていくと、やっと皆に追いついたようだ。
そこは先ほど登ってきた途中の階と同じような空間で、登っても登っても同じ景色なので、おそらくこの幻想世界は永遠に塔が続くところなんだなと、悠樹は息を切らしながら思った。
皆は二人の姿を見るや、二人に近づく。
「おお、ニーナ君! よくぞ無事で!」
歓喜余って慧一は悠樹に抱き着いた。それを見て、詩織は慌てて悠樹から慧一を離した。
「あらら、やきもちやいちゃった?」
「そ、そんなんじゃないです! 悠樹くんが困ってます!」
詩織はぷーっと頬を膨らませ、慧一に威嚇した。
「あなた、七瀬さん?」
「……げっ、遠藤千尋!?」
時恵は尻尾の毛をぶわぁっと逆立て、飛び上がりながら後ずさった。
「え、時恵先輩、知り合いですか?」
悠樹の質問には知優が頷いて答えた。
「ええ。私の事をペテン師呼ばわりしてくれたのよ〜」
「えぇ……」
悠樹は思わず呆れてしまう。まあ時恵の事だ、言いたいことははっきりというタイプなのだろう。
知優の話によると。
時恵は「心霊研究部」などと活動目的もわけわからない、しかも部費もしっかりもらっている適当な部活は存在する価値なし。と、真正面から言ったらしく、ちょっと揉め事になったらしい。
「まあ何も知らない人が得体のしれない部活を見たら、そのくらい言われるよな〜」と翔太は頷いた。
「でもこれで、私たちの部活がいかに人々のためになってるか……よ〜くわかったでしょう?」
「あ、う……悪かったわよ、適当なこと言って……」
時恵は頭の猫耳をたたみ、尻尾も元気なくだらんと下げてしまう。まるで猫のようだ。
「そ、それよりも、早く梓を助けに行かなきゃ!」
時恵は先ほど垂れていた耳と尻尾を立てて奥の方を指さす。それには慧一も頷いた。
「そうだ。早くしないと手遅れになっちまうかもしれん」
「そうね、行きましょう!」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.13 )
- 日時: 2019/08/11 10:54
- 名前: ピノ (ID: m9NLROFC)
一行は奥へ進む。
悠樹はふと気が付く。先に進むごとに空気が冷えて来ている事に。
「気をつけろ、この先に強い奴がいる!」
悠樹は腰から下げている剣を構え、警戒する。翔太は前方をよく見てみる。
そこには、ゾンビのように皮膚を腐らせ、骨を所々剥き出しにする人型の魔道士……が皮膚のただれた馬に跨り、威圧感を放っていた。
悠樹は前に読んだ神話辞典を思い出す。
皮膚のただれた馬に跨る……いや、あれは跨っているというよりかは一体化しているという方が正しいだろうか。そのような類の妖精を見たことがある。
「ナックラヴィー」という水妖の一種だ。よく見ると皮膚のない剥き出しの筋肉が脈打っている。ぞっとする光景だ。
「あれはナックラヴィー。作物をしおれさせる毒の息を吐くらしいけど……ナイトメアだし、もしかしたら魔法を使うかも」
悠樹は冷静に分析する。ナイトメアですらなんでもありありなので、本当に毒の息を吐くかもしれない。
「ん〜でも、倒しちゃえば問題ないんじゃないかな?」
詩織は腕を組んで悩みぬいた結果、そんな結論を出した。
確かにそうだけど……と皆は困ったように笑う。しかし、慧一もそれに同意した。
「そうだな、早くしないとSAN値チェックしなきゃならんかもしれん、そのくらい気持ち悪い。早く終わらせよう」
慧一は大鎌を担ぐと、知優も「その方がわかりやすいわね」と剣を構えた。
「結局最後に信じられるのは、己の力量ってわけっすね」
翔太はなんだかなぁと溜息をつきながらも、剣を構えた。
「あたしが先手を取る、その隙にあんた達は攻撃をお願いね」
時恵がそう言い終わらない内に、自身の影に手を当てる。影がナックラヴィーの下へ伸び、馬に巻き付いて拘束した。
「よし、考えてる暇なんてねえ! やってやるさ!」
そこを狙い、翔太は炎を纏わせた剣を構え飛び掛かった。悠樹もそれに続いて剣を構え、刺突する。
しかし、ナックラヴィーは腕を伸ばして悠樹と翔太を捕縛した。伸縮性のある腕も、皮が剥がれて肉が見えている。翔太は慌てて暴れるが、拘束されて身動きが取れない。
「ちょ、聞いてねえ!」
「翔太君、悠樹くん!」
詩織はグリフォンの背中に乗り込み飛び立ち、風を巻き込みながら拘束している腕を斬る。腕の断面から黒い煙を上げながらナックラヴィーは悲鳴を上げ、二人を解放した。
その隙をついて、慧一は近づいて前進しながら鎌を豪快に振り回す。馬の首がはねられ、また悲鳴を上げる。
だが、ナックラヴィーは腕を再生させ、次は慧一を両腕で拘束した。
「おっと、かわいい女の子の抱擁なら大歓迎なんだけど、ちょっと離してくんない?」
「そんなこと言ってる場合!?」
呑気に口笛すら吹く慧一を拘束している腕を、馬を走らせ切り込む知優が切り落とした。だが、やはりすぐに再生してしまう。知優はそれを見て、歯を食いしばる。
ナックラヴィーは次に両腕を振り回し、回転させた。腕がハンマーのような威力で皆を吹き飛ばす。時恵も襲い掛かる腕に巻き込まれ、吹き飛ばされた。その際に、拘束していた影が消え去ってしまう。
「手癖が悪いよ!」
詩織がそう叫ぶと、グリフォンを上空へ飛び立たせ、攻撃が止んだ所を見切って槍を勢いよくナックラヴィーの腕に投げつける。腕は槍によって縫い付けられた。
だがナックラヴィーは腕を天に仰いだ。
上空から雨が降り注いでくる。しかしそれは、氷の雨だ。
翔太は咄嗟に炎を纏った剣を振り上げ、燃え盛る炎で氷の雨を凌ぐ。熱気と炎のおかげで威力が和らいだが、知優、慧一の二人は足を負傷したらしい。詩織もグリフォンの翼がやられ、振り落とされてしまう。
「先輩! 詩織!」
「新名君、この隙を狙いなさい!」
知優の言葉に悠樹は瞬時に冷静になる。ナックラヴィーの隙をついて、剣を前に突き出して地面を蹴って首元を狙った。しかし、勢いが足りず、一歩届かない。
「悠樹くん!」
「悠樹!」
詩織と時恵が同時に叫ぶと、詩織は立て直し、地面に突き刺さる槍を手に取り、振り回して追い風を作り、時恵は影を使って悠樹をまるで放り投げるように吹き飛ばした。
勢いあまってそれはまるで白い流星のように、目にも留まらぬスピードでナックラヴィーの喉元を狙った。
「いっけぇぇぇぇーっ!!」
全員が叫ぶ。
白い流星はナックラヴィーの喉を貫いて飛び上がった。
ナックラヴィーは喉を貫かれると同時に力なくその場に倒れると、黒い煙を上げて消滅した。
悠樹は着地をすると、「よし」とガッツポーズをとるようにこぶしを握る。皆も歓喜の声を上げた。
「皆〜、やればできんじゃない!」
慧一は知優の肩を借りながら笑顔を見せる。知優も同じく微笑んでいる。だが、時恵が慌てて奥の方へ走っていく。悠樹もそれについていった。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.14 )
- 日時: 2019/08/01 23:39
- 名前: ピノ (ID: quLGBrBH)
「梓!」
時恵が倒れている人物を抱き、必死に揺らす。瞳を閉じて、ピクリとも動かない様子を見て、時恵の顔色は青くなる。
「そんな……手遅れだったの!?」
時恵は涙をにじませ、抱きかかえている人物……梓をぎゅっと抱きしめる。
そこへ悠樹が追いついて時恵の様子に、梓を見てみる。顔色は特に悪くなく、むしろ健康的だし、呼吸もちゃんと吸って吐いている。無事のようだ。
「時恵、大丈夫だよ。気を失ってるだけだ」
「えっ?」
時恵はよくよく梓の様子を見てみると、「あっ……」とこぼして、大きなため息をついた。安心しているのか、表情が緩んでいる。
そして一行は外へ出ると、すっかり日は暮れ街には闇が包み込み、街灯や建物の窓から漏れる光によって少し明るくなっていた。
外へ出ると、時恵の姿が元に戻り、青いぼさぼさの髪が特徴的な少女へと変わっていた。そして梓が目を覚ます。茶髪のハーフアップを赤いリボンでまとめる、育ちがよさそうな少女だ。
「……あれ、時恵ちゃん? どうしたの、目元が真っ赤だよ?」
「梓……! 梓ぁ!」
梓が目を覚ました途端、時恵は泣き出して梓に抱き着いて離さない。梓は突然の事で戸惑いを隠せずにいたが、時恵の様子にお姉さんのような微笑みで、時恵の頭をやさしく撫でる。
「もう、どうしたの時恵ちゃん。そんなに大泣きしたら、せっかくのかわいい顔がくしゃくしゃになっちゃうよ」
「う……っ、梓、下校途中の事、覚えてる?」
時恵は梓から受け取ったハンカチで顔を隠しながら、恐る恐る尋ねる。梓は「うーん」と顎に指をやって上を見ながら思い出す。
「…………ん〜。ごめんね、覚えてないや。何かあったの?」
梓の様子に時恵はふうっと溜息をついて、微笑みながら首を振った。
「なんでもない。梓は何にも心配しなくていいの」
「……? 時恵ちゃんがそういうなら」
梓はこれ以上何も聞かなかった。まあ話しても信じてくれなさそうなのだが。それにしても、本当に何事もなくてよかった。時恵はそう思いながら胸をなでおろした。
「ほら梓、早く帰らないと心配されちゃうわよ」
時恵は慌てた様子で梓に帰るよう促す。
「うん、そうだね。もう夜も遅いし、随分寝ちゃったみたいだね」
「そ、そうね。あたしたちってば、こんなところで寝ちゃって! あはははっ」
時恵は心配かけまいと、一際大きな声で笑った。梓は首をかしげるが、何も聞かず大通りの方を指さす。
「それじゃ、一緒に帰ろっか」
「あ、梓!」
時恵は慌てて梓の背中を押した。
「先に帰ってて! ちょっとあたし、忘れ物があるから!」
「え、じゃあ一緒に——」
「いや、すぐ追いつくから! 先に行って! ね!」
時恵は声を荒げると、「そう? それなら……」と梓は言われるがままに大通りへと歩いて行った。
梓が去っていくのを見届けると、時恵は五人の方に向かって首を垂れる。
「皆、ありがとう……おかげで梓を無事に助け出せたわ」
皆は各々首を振ったり、照れながら微笑んだりと反応していた。
「えへへ、霧島先輩が無事でよかったよ!」
「そうそう、これが俺たちの仕事ってやつさ!」
詩織と翔太はうんうんと頷いてにっこりと笑う。
「まあ無事皆帰ってこれたんだし、一件落着ね」
知優も手をたたいて微笑む。
「ドタバタしてわけわかんない状況で、協力してくれてありがとう、七瀬さん」
慧一も知優の言葉に腕を組んで大きくうなずく。
「別に、自分のやれることをしただけよ」
時恵は恥ずかしそうに腕を組んでそっぽを向く。その顔は少し赤く染まっていた。そして、彼女は恥ずかしそうに皆の方を見る。
「ね、ねえ、お願いがあるんだけど」
「何?」
知優が首をかしげる。時恵は少ししおらしくなりながら、言葉にする。
「あたし、あんたたちについてってもいいかしら? あの世界の事とか、あの力の事とかよくわかんないけどさ……でも、梓を守るためにあたしの力を使いたいし、誰かを守るためにあんたたちに協力する……っていう理由じゃダメかしら」
最後の方は声が小さくなっていったが、皆は顔を見合わせ、時恵に対し笑顔を見せた。
「いいえ、理由はどうであれ、人手不足だから大歓迎よ。それに七瀬さんだってもう無関係じゃない。一緒に戦いましょう」
「そうそう! 七瀬先輩が協力してくれるなら、百人力だねっ!えへへ、また仲間が増えて、賑やかになって来たね!」
知優と詩織は嬉しそうに時恵の手を取る。
慧一もその様子を見て、同じく嬉しそうにうんうんと頷いた。
「いやー、こんな短時間で仲間が増えるなんて! お兄さん感激だよ!」
「市嶋先輩って、たまにふざけてるのか真剣なのかわからなくなる時があるよな」
翔太は苦笑いをしながら慧一を見て、時恵に向き直る。
「そんなことよりも、七瀬先輩が仲間になってくれるなら、かなり心強いな!」
翔太は笑いながら後頭部に手をやり、にこりと笑う。
悠樹も頷いて、時恵に向かって会釈した。
「ありがとう、時恵。これからよろしく」
「ありがとう、皆。これから、よろしく頼むわね!」
時恵は皆に向かってとびきりの笑顔を見せた。
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...