複雑・ファジー小説
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.92 )
- 日時: 2019/09/29 08:26
- 名前: ピノ (ID: I.inwBVK)
第八章 永劫の螺旋
悠樹が目を開けると、そこは草原が広がっていた。どこまでも続く緑の絨毯、そして程よい風が頬を撫で、青い空と太陽の光が見下ろしている。周りを見回すと、すぐ近くに詩織が倒れていた。制服ではなく、夢幻武装を纏っている。ここは幻想世界なのだろう。そう思いながらも、まずは彼女の安否を確認すべきだ。悠樹は詩織に近づいて揺さぶる。
「おい、詩織! 大丈夫か?」
「……うぅ」
詩織は悠樹に揺さぶられるとうめき声をあげた……その後
「ゆうきくん、ほっぺにごはんつぶついてるぅ」
と幸せそうな顔で寝言をつぶやいていた。……とりあえず無事のようだ。
「詩織、起きろって詩織」
「ん〜……? あ、悠樹くん、おはよう」
「おはようじゃなくって……はあ、もういいよ」
呑気に起き上がる詩織に、悠樹はため息をついて改めて周りを見まわす。そういえば、突然落ちるように黒に呑み込まれた後、この場所にやってきたみたいだが……それに、何か声も聞こえた気がする。たしか……「舞台は整った。すべてが一つになる……」だったような。声は高くもなく低くもなかったが、どこかで聞いたことのある声だったと記憶している。そう考えながら草原の向こう側を見た。
「悠樹くん、後ろ」
「え?」
詩織に言われて後ろを振り返ると、仰向けになって草の絨毯の上で寝転んでいる愛実の姿があった。悠樹と詩織の視線に気が付くと、愛実は「おいーっす」と右手を上げ、その場を飛んで立ち上がった。
「か、母さん、なんでこんなところに……」
「私はナイトメアみたいなもんだし、幻想世界ならいつでもどこでもどこまでも神出鬼没。それより若い男女が二人っきりって……ナニしようとしてんのゆ〜き♪」
「え?」
愛実がニヤニヤした表情で悠樹を見ていると、悠樹と詩織がぽかんとした表情で立っている。その様子に「あ、違うのか残念」とがっかりして肩を落とした。その後、思い出したかのように手を叩いて愛実は遠くの方を指す。
「ところで悠樹、急いでシドーシャを見つけて止めないとヤバいわよ」
「え、それってどういう!?」
「さっきなんか白い髪のかわいい感じの男の子が、君らを幻想世界に引き込んだから、こりゃ大変だと思って悠樹の下にきたけど、そろそろあいつら変な事し始めようとしてる」
「変な事?」
詩織が首を傾げると、愛実の頭上にいるサリエルが代わりに答えた。
「計画の実行だ。……お前たちの仲間の命を贄にしてな」
「えぇ!?」
二人はサリエルの言葉に驚いて冷や汗をかく。
「そ、そ、それじゃ早く行かなきゃ!」
「まあ待て、急げとは言ったけど、とりあえず落ち着きたまえ二人とも」
「いや、落ち着いてる場合じゃないだろ!」
「待て待て、急いでる時こそ冷静にならなきゃ、正しい判断なんかできないよ〜?」
愛実は二人の肩を両手で叩いて窘める。緊急事態だからこそ冷静になって物事を判断しなければ、さらに甚大な被害を被ることになる。と、愛実はそう言うと笑顔を見せた。
「まあ、外にいる君らのお友達ちゃん君たちも、君らの事に気が付いて動き始めてるみたいだし、焦らず行きましょうよ♪」
「で、でもみんなが……」
「うん、わかってる。でもね、まだ奴らに捕まってないみたいだから、大丈夫。信じようよ」
「え、捕まってないとかわかるんですか?」
詩織は愛実に尋ねると、愛実は「ふっふーん」とどや顔を見せてサリエルを見上げた。
「サリーちゃん、皆がどこにいるかわかる?」
「少し待て。この幻想世界は複雑な構造になっている、すぐには探知できん」
「だって。お茶でも飲んでゆっくり待とうか」
愛実はそう言うと、後ろの方を指さす。そこにはいつの間にか、ちゃぶ台とそれを囲うように座布団三枚が置いてあり、ちゃぶ台の上には三つ、茶の入った湯飲みが用意されていた。
「え、い、いつの間に……?」
「幻想世界でそんなこと気にするな、御茶菓子あげないよ」
愛実はそう言うと、ちゃぶ台に近づいて二人を手招きすると、自分は先に座布団に座って湯飲みを手に取った。
二人も顔を見合わせるが、もう何を言っても無駄な気がするので、招かれるようにちゃぶ台に近づいて座布団に座り、湯飲みを手に取って茶を啜った。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.93 )
- 日時: 2019/09/29 20:42
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
一方、悠樹達が幻想世界に引き込まれた後の星生学園……いや、黄昏時の望月市では、事件が起きていた。
そこら中から空間の裂け目が現れ始め、そこから怪物たち——ナイトメアが飛び出して人々を襲っているのである。だが、その規模は望月市内でのみであり、他の街ではそのような現象は見られなかった。
そして、少数ではあるが夢幻奏者である者たちは、望月市内に入った途端に変身し、戸惑いつつも市内で襲われている人々の救助を行っていた。
この事件は上空のヘリコプターからや、市内の外側からカメラに収められて大きく報道されている。
「もう、いきなり何なのよ全く! ……もしかして知優達……なわけないか、ないよね、うん!」
空音は夢幻武装を纏い、ナイトメアを倒していっている。最悪の状況を想像しながらも、首を振って否定した。
彼女の夢幻武装は髪がまるで星空を映しているような美しい闇の色で長くふわふわと浮いている。赤い瞳を持ち、白い白衣を纏い、中は白いYシャツとカーキのワイドパンツと、少しラフな服装だ。手には銀色に鈍く輝く一対のチャクラム。それをブーメランのように投げては手に取り、時には武器を利用した剣舞で翻弄しつつナイトメア達を一層していく。
人々が怯えたような目を向けてくるが、気にしている場合ではなかった。
街はナイトメアの襲撃により、血と土埃の臭いが充満し、まるで災害によって崩れてしまったような建物、地面に広がっているクレーター……1時間くらい前までの平和な街並みが懐かしく感じる。
「まさか、敵の狙いがこの街に収束している「龍脈」だったなんて……昨日までの私をぶん殴ってやりたい気分だわ」
空音は頭を抱え、次々に襲い掛かるナイトメア達の襲撃で負傷しながらも、チャクラムで確実に仕留めていく。だが、如何せん数が多い。一人で相手するには限界が近づいていた。
そして疲労がきていたのか、眩暈が襲い、ふらついてしまう。
「しまっ——!」
その隙をついたローブを纏ったナイトメアが、巨大な鎌を振り上げて空音の首を切り落とそうと迫っていた。
しかし、空音は拳を握り締め、小声でつぶやく。
「……今此処にて語るは断裂の結末」
右目を右手で覆い、強く口にした。
「確立は反転する。逆転せよ」
その瞬間、目の前に迫っていたナイトメアは二つに割れる。その後、黒い煙を発しながら消滅した。
空音はその様子を見てふうっと大きな安堵の息を吐く。それと同時にその場に崩れ落ちてへたり込んだ。周りにナイトメアがいないことを確認すると、両腕を地につけて上を見上げた。
「咄嗟の判断だったけど、何とかなってよかったわ……」
そうつぶやいた後、周りを見る。
突然襲ってきたナイトメアから逃げることも叶わず、無残に殺された人々の姿が目に入った。
「……急がなきゃ」
空音はそうつぶやいて立ち上がる。
「「あの人」の元に行かないと……!」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.94 )
- 日時: 2019/09/30 20:24
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
空音はある場所へと訪れた。
そこは望月市の中にある雑木林で、その中に佇む古ぼけてはいるが、手入れされていて掃除も行き届いている神社だった。神社の鳥居の前には狛犬の代わりに狐の像が二つ、参拝者を出迎えるように置いてある。鳥居をくぐると、拝殿が見える。その前には人だかりができていた。年齢は老若男女問わずであるが、よく見ると怪我をしていたり、表情に疲れが見え隠れしている。
空音は近づくと、一人の青年がこちらを見て「化け物!」と叫ぶ。その声に反応して、皆がこちらに注目した。総じて怯えた視線、恐怖におののいた表情をこちらに向け、ざわざわと騒ぎ始める。当然だ、今の自身の姿は異形の存在そのものなのだから。だが、空音は冷静になり、一番近くにいる少女に声をかける。しゃがんで目線を合わせて、怖がらせないように優しい表情と声音で尋ねた。
「ごめんね、怖がらせて。……この神社にいる巫女さんはどこにいるか知ってるかな?」
「え、えっと、ね……、奥にいるよ」
少女は戸惑いながらも奥の方を指さした。空音はそれを聞いて「ありがとう」と一言いうと、言われた通りに奥の方へ歩いた。奥の方には人が入り込んでいないのか、人の気配はない。
奥にある本殿へ近づくと、一人の少女が立っていた。髪は月白色のおかっぱ頭、青く澄んだ瞳、白いカチューシャをつけている。白装束を着こみ、赤い袴を履く巫女のような姿の背の低く幼い少女。少女は空音に気が付くと、笑顔で手を振った。
「空音ちゃん!」
空音も彼女を見て笑顔になった。
「くうちゃん、良かった無事で……」
「ううん、こっちのセリフですよ。避難してきた人の中に遠藤家の皆さんはおろか、分家の皆さんが見当たらなかったし、本当に心配していたんですよ……」
少女——「山恒空子」は心底不安そうな表情で空音を見上げていた。
「ごめんね、心配かけちゃって……それより、ここの「龍脈」は大丈夫なの?」
「はい。私が守ってますからご心配なく! それに「龍脈」のおかげでこの神社一帯はナイトメアの侵入を防ぐことはできています」
空子は空音に心配かけまいと笑顔を見せていた。
「龍脈」とは、大地に流れる太い「気」の流れで、星の生命全てを司る「生命エネルギー」が常に大地の奥底で流れており、いわば「星の血管」とも呼べるモノの事だ。その龍脈が集結し、吹き出す場所——「龍穴」の位置を特定し、その莫大なエネルギーの恩恵に与ることで各地域の繁栄が約束される。その存在自体は、遠藤家とその分家、特定少数の人物ぐらいしか認知されていない。
この神社の本殿にはその龍穴自体を祀り、それを守っているのが巫女である空子である。この地域の龍穴を守り、悪夢や悪意から人々を守る事が彼女の役目である。
「ですが、今はまだ……です。いずれアポロンの手によって幻想と現実が一つとなり、この一帯もナイトメアの侵入を許してしまう事でしょう。そうなれば、避難している方々も無事ではいられなくなります」
「まだ避難の受け入れはできる?」
「ええ、小さい神社ではありますが、敷地は東京ドームに負けませんよ! ……見栄ですけど」
空子は「あはは」と恥ずかしそうに笑うが、すぐに顔を強張らせた。
「空音ちゃん、外の状況はどうなってる?」
「幻想世界と現実世界が混ざり合ってきたのか、ファンタジーチックな建造物とか、草木まで生えてきてるわ。時間の問題でしょうね」
「そうですか……。ところで、知優ちゃんは?」
「あっちに引きずり込まれた」
空音の言葉に空子は飛び上がって驚いた。
「え、えぇ!? じゃ、じゃあ贄に選ばれたのって——」
「知優とその仲間たち。……あの子らなら大丈夫だとは思うけど、うっかりやられた時には……」
「「天王様」が信じた世界は跡形もなく消えてしまうでしょうね」
しばしの沈黙が流れる。
だが、空子は首を振った。
「今は信じる他ないですね。……私たちもこちらでできることはすべてやり切りましょう」
「そ、そうね。まだ何も終わっちゃいないし、始まってすらないものね」
空音は慌てた様子で頷く。
「じゃあくうちゃんはここで避難の受け入れと龍脈を守るのをお願い。私は戻って色々調べてくるわ」
「あ、待ってください」
空子はそう言うと、空音の腕を両手でつかんで瞳を閉じる。すると、青白い光が二人をやさしく包み、空音が負っていた傷がみるみる塞がっていった。光が消えると彼女は怪我一つなく、疲労感も嘘のように消え失せていた。
「お、おお!? すごい、さっきまでの疲れとかがなくなってる!」
「じゃ、いってらっしゃい。怪我したり危なくなったら戻ってきてくださいね」
「ありがとう、くうちゃん。 頑張ってくるわね!」
空音はそう言うと、踵を返して神社の外へと走り去っていった。それを見送る空子は空を見上げる。
「知優ちゃん……」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.95 )
- 日時: 2019/10/02 19:35
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
空音が神社から出ると、二人の人影がナイトメアに襲われていた。
少し離れていたため、武器を手に走って近づくと、ちょうどナイトメアは倒され、黒い靄を発しながら消滅していた。空音は他に敵がいないか周りを見る。いなさそうだ。
「大丈夫? お二人さん」
空音は二人に尋ねると、二人の内少女の方は空音に向かって頭を下げた。
「大丈夫です。ありがとうございます」
もう一人の少年は不愛想にそっぽを向いている。
少年の方は、白く長い髪を後ろにまとめて結い、瞳は鮮血のように真っ赤だ。服装は指揮者のようである。
少女の方は、少年と同じく白く長い髪にウェーブがかかっている。そして瞳はエメラルドグリーン。服装はなんとなく聖騎士を思わせるものだ。
二人はなんとなく似ているため、恐らく兄妹なのだろう。空音は名前を尋ねることにした。
「お二人、名前は?」
「……聞いてどうするんだよ」
「もう、兄さんったら……ごめんなさい。ちょっと突然の事で気が動転してるんです。……私は「天津音雪奈」。こちらは兄の「天津音透」。このような格好ですが、星生学園の生徒なんですよ」
雪奈は明るく自己紹介をしながら空音をじっと見ていた。
「えっと、そちらは?」
「あ、私は「星野空音」。生存者を助けて避難させようとしてるんだけど……」
空音は周りを見ながら自分の目的を話すと、透は肩をすくめて溜息をついていた。
「いや、この辺の生存者は皆死んだ。奴らに襲われてな」
「……もう少し早く状況を把握していれば、こんな事には……」
雪奈は俯いて沈み込む。しかし、空音は首を振って雪奈の肩を掴んで笑顔を見せた。
「ううん、助けようとしてくれたことに変わりはないわ。ありがとう」
「い、いえ! それよりも、他にも生存者は必ずいるはずです。助けに向かわないといけません!」
「二人、武器の振り方がぎこちないけど、夢幻奏者にはいつから?」
空音がそう聞くと、雪奈は頷いて答えた。
「ほんの最近です。確か5月あたりですね」
「5月か……てことは、「あの」天津音兄妹さんの二人ってことか」
空音の言葉に透は興味を示し、顔を上げた。
「俺たちの事を知ってるのか?」
「そりゃもちのろん。知優って人いたでしょ、あの子から聞いたのよ」
「そうか」とつぶやき、再び俯いて腕を組む透。雪奈はその様子を見て「本当に不愛想ですみません」と困ったように笑いながら空音に頭を下げた。
空音はその様子に「ははは」と笑いながら、ふと真顔になって空を見上げ、何かを閃いたように手を叩いて二人を見る。
「ねえ、ここらでちょっと協力しないかしら?」
「協力?」
「ええ、お互い生き残れるように3人で協力しながら生存者を助けて避難させるの。単純でしょ」
「……そりゃ、まあ……」
透は困ったように雪奈を見て助けを求める。雪奈はその様子に助け舟を出すように空音の話に頷いた。
「いいですよ。この状況での単独行動は得策ではありませんからね」
「よし、決まり。じゃあ早速行きましょう」
「えっと……どこへ?」
透は周りを見回す。瓦礫だらけで進める場所なんて限られている。と言いたげだ。
「うん、一応アイテムはあるから、私に任せなよ」
空音はそう言うと、白衣の中に手を突っ込んで何かを探している。その様子に透は「猫型ロボットみたいだな」と真顔でつぶやいた。
彼女が取り出したのは一つのタブレットだった。そして口元に指を寄せ「うーん」と唸ると、タブレットをいじり出して、その後瓦礫が比較的少なさそうな場所を指さした。
「あっちの方に生存者がいる。夢幻奏者と一緒だわ」
「そんなことまでわかるのか?」
「うん、アプリのおかげでね。まあそんなことはどうだっていいや、すぐにいこう」
空音はそう言った後、宙に浮かび上がって指を差した場所を目指して飛んでいく。透は現実感のない光景に呆れていいやら驚いていいやらわからないが、彼女を見失わないようにに走り出した。雪奈も慌てて二人についていく。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.96 )
- 日時: 2019/10/02 20:07
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
ところ変わって幻想世界。
ごつごつとした岩肌がむき出しになっている地面や天井、地下水が湖のように溜まっている穴、様々な色の水晶が発光して暗い洞窟を彩って照らし、肌寒さすら感じる鍾乳洞の中に、二人の人影が倒れていた。翔太と時恵だ。天井から落ちてくる雫が鼻先に落ちて、水滴がはじけると翔太は目を覚ました。
「ん……」
翔太は声を出しながら上半身を起こす。そして周囲を見回した。
「ここは……って、おい、時恵!」
翔太は時恵に気が付くと近づいて座り込み、倒れている彼女を揺さぶった。少し揺さぶられると、時恵は目を覚ました。その後翔太を見ると「あ、翔太」と一言こぼした。
「あ、じゃない。こんな無防備に寝て……。」
翔太はため息をつきながら周りを指さす。
「ここ、幻想世界だよな。俺たちの姿が変わってるし」
「え? ……あ、ほんと」
「頭打ってないか、というか大丈夫か?」
「大丈夫よ、痛みはないみたいだし」
時恵はぴょんっと軽くその場を飛んで立ち上がる。翔太もそれに合わせて立ち上がり、周りを見た。ひやりとした洞窟の中。……昔、悠樹と詩織と一緒に行ったことのある鍾乳洞の中のようだ。と翔太は考えると、一歩踏み出した。
すると、ずるっと足を取られて滑り、盛大に転ぶ。さらにその勢いは止まらず、目の前にあった水溜まりにドボンと水しぶきを上げて滑り込んでしまった。
「もう、何やってるのよ翔太!」
時恵は突然の事に驚きつつも、自身の影を伸ばして翔太の身体を縛って自身の隣まで引き上げる。全身びしょ濡れの翔太は猫のようにぶるぶると体を振って時恵を見る。
「あ、ありがと……結構滑りやすいなこの岩肌」
「まあ、鍾乳洞だし。というか乾かさないと風邪ひくわよ?」
翔太は「そうだな」というと、手のひらを広げる。手のひらに一瞬炎が燃え上がる……しかし、一瞬で消えてしまった。
「水かぶると俺、炎が出せんわ」
「……えー……」
「まあ、一時的なもんだし、戦闘に入るまでに乾かせば大丈夫だろう」
翔太はそう笑いながら立ち上がり、周りを見た。自分たち以外に誰もいないのかと思いながら。しかし、翔太は何かがいることに気づく。時恵はそれに気づいていなさそうだ。……うん、ここはやんわりと存在を気づかせよう。と、翔太は頷いた。
「……俺達以外に誰か人がいないのかねぇ」
「さあ?」
「さあ、って……はあ、まあいいや。」
翔太は奥にある横穴を指さした。少し離れているこの場所からでも、とても大きいということが一目でわかる。
「とりあえず進もうぜ。なんかここ、何かいるような気がする」
「何かって?」
「……ほら」
翔太は唇をきゅっと噛み、振り向かずに後ろを親指で指し示す。時恵は目だけ翔太の指す方向を追ってみると、何かがいた。……それはこちらの様子を伺っているようで、何もせずただじっとこちらを見ていた。何なのかはわからない。が、味方ではないことはよくわかる。
「そうね、今はここを離れましょう」
時恵はそう頷いた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.97 )
- 日時: 2019/10/03 19:33
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
二人がしばらく景色の変わらない洞窟内を歩く。行けども行けどもあるのは発行する水晶に照らされる、岩肌と水溜まり、そして透き通った湖。ひやりとして澄んだ空気と、天井から落ちてくる水滴……。気温が低いため、翔太はびしょびしょの靴を音を立てながら踏みしめているが、本人はとても気持ち悪そうにしている。
「はぁ、まるで水を被ったライターみたいな気分だ」
「ライターの気持ちをなんであんたは知ってんのよ?」
さりげなくつぶやいた言葉に、時恵は呆れながらつっこんでくる。
「でも濡れたライターってどんなに点けようとしても、火花すら散らないだろ? あんな感じだって」
「マッチの方がわかりやすいと思う」
翔太が指を鳴らしながら時恵を指すと、時恵は肩をすくめた。なんというか、こんな会話ができる余裕はあるということだ。
「うん、だけどこういう時にでっかいボスとか出てきたら、俺死ぬわ」
「またそんなこと言って! 早く乾かしなさいよ」
「えー、こんな洞窟じゃ無理だ〜」
「んもう、役に立たないんだから」
時恵は挑発のつもりでそう言うが、「あー、そうだなぁ」と肯定して笑う翔太に半目で呆れていた。彼も今の自分が木偶の坊に成り下がっている事は重々理解しているのだろう。しかし、それでも笑みを絶やさないのは、自分の事を思って……だと時恵は喜んでいいやら呆れていいやら複雑な気分であった。
まあここで口喧嘩をしても無駄に体力を消費するだけだ。作り笑いだけでもして気持ちをほぐさなければ、いざという時に戦うこともできない。……しばらく二人は無言で歩き続ける。
しばらく歩いて開けた場所に出る。しかしそこは、最初に二人が目を覚ました場所であった。先ほど落ちた湖の形も、滑った岩肌も先ほど見たものと同じものだ。
「……全く、どうなってんのよ?」
「うーん、こりゃあ厄介だなぁ……」
翔太は腕を組んで、ここに来て気づいたあの存在がいた方向を見やる。
まだいる。
「……まだ、いる、か」
翔太は自身が役に立たないと自覚できているため、早々にここから離れようと時恵の肩に手を置く。
「なあ、この部屋から離れよう。……今度は逆に行ってみようぜ。ほら、逆から見ると景色って違がって見えるし、何かに気が付くだろう?」
「そ、そうね」
時恵も先ほどまでこちらの様子をじっと見つめてくる存在に気付いているため、翔太の提案に頷いた。
二人は歩み始める。行きと変わらず逆から見ても湿った岩肌と水溜まりはほとんど変わらない。二人は歩きながら会話を始めた。
「ねえ、さっきの……最初の部屋にいたの、何?」
「ん? いや、俺が知るわけないだろ……」
時恵の質問に翔太は困ったように笑う。だが、殺気とまではいかないが、睨まれているような感覚ですごく気持ち悪く……そう、まるで獲物の出方を伺っているようなそんな視線だ。
「あれ、どのぐらい強いと思う?」
「わっかんね。……二人で倒せるレベルだとこちらとしても嬉しい限りだが、そんなご都合主義展開は期待しない方がいいわな」
「まだ状況を整理もできてないのに……」
「ん、いや、大体想像つくぞ。ほら、最後に聞いた誰かの声……」
時恵は首を傾げる。「最後に聞いた声」を思い出そうと唸る。
「舞台は整った……って奴?」
「そっそ。まあそいつは俺達を引き込んでさっきの……アレの餌にしようって魂胆だろう。それで俺達をそいつに食わせてなんかして、世界を繋げちまおうって感じだと思う」
「え、この短時間でなんでそんなにわかるのよ」
「似たような展開、ゲームで見たから」
「……ゲーオタもこういうところで役に立つのね」
時恵は笑うと、翔太は鼻を鳴らして腰に手を当てた。
「ゲームや漫画や小説は、人生観を育むための教科書だ。こういうところで得る知識は伊達じゃないぜ」
「……あたしもやってみようかしら、ゲームとか。帰ったら教えなさいよね」
「うん、その前にそういうこと言うのやめよ。怖いから」
「……?」
二人はそう話しながら歩いていると、やはり最初の部屋に戻っていた。
「うん、予想通りだ。あいつを倒さんことには、進むことも退くことも許されなさそうだ」
「……翔太、死力を尽くして頑張りましょ。そうしないと帰れないわ」
二人は覚悟を決めて武器を手に取る。その様子を見ていた黒い影が壁を這って降りてくる。とても巨大だ。水晶の光に照らされると、その姿の全貌が見えてくる。四足歩行する、身体に卵のような丸い球体を無数に着けている……デコボコの肌の黒いトカゲだ。見ているだけで鳥肌が立つその姿に、時恵は「うぅ〜」っと唸って少し屈んだ。
「マジ? アレ相手にしなきゃダメ?」
「マジ。アレ相手にしなきゃダメ」
時恵の言葉をオウム返しするように翔太は答え、手に持っている剣の刃に手を当てた。弱弱しい、消えかかりそうな炎を纏わせるが、威力など期待しない方がいいだろう。
「そいじゃ、死力を尽くして頑張りますか!」
「そうね……!」
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.98 )
- 日時: 2019/10/04 20:02
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
同時刻、違う場所で玲司が目を覚ます。
周囲を見回すと、眼前に広がる連なる山々と谷、風が音を立てている。崖下の遥か先流れる河川、そして白い岩肌と少し冷たいが穏やかな風。空は快晴、綿雲が浮かんでいる。自分たちはというと、少し少し高い丘の草地で倒れていたようだ。そして隣に陽介が横たわって寝息を立てて眠っている。
玲司はこの状況に覚えがあった。とにかく今は陽介を起こそうと、玲司は彼を揺さぶった。
「加宮、起きろ、寝ている場合ではない」
「う、うーん……」
陽介は眠そうに目をこすりながら上半身を起こして周りを見る。そして玲司の顔を見て寝ぼけ眼で「おはようございます」と手を振るが、玲司は無言で目の前の景色に指を差す。陽介は彼の指し示すまま目の前を見る。
数秒後。
「きゃあぁぁぁぁぁぁーっ!!」
「喚くな、抱き着くな」
陽介は思わず少女のような黄色い声で叫んで玲司に抱き着く。玲司は鬱陶しそうに玲司を引きはがそうと彼の両肩を掴んで押し出す。
「な、ななな、なんですかこれ! ぼく達、一体——」
「「永劫の螺旋」という名の多重空間世界だ。この空間は複数の幻想世界が螺旋状に重なり合い、入った人間を閉じ込めてその生命力を「祭壇」に集めるという厄介な場所だ。だが、逆に奴らが用意したナイトメアを倒せばこの空間は崩壊し、別の空間へと移動できる。さあいくぞ。ここにいるナイトメアを始末しない限り、進むことも退くこともできん」
「え、え?」
陽介はさっさと立ち上がりながらさらっと重要な事を口にする彼に驚き、慌てて彼についていく。
「ど、どういうことですか、御海堂先輩?」
「だからさっきも言ったろう。ここにいるナイトメアを倒さねば、俺達は死んで祭壇に捧げられて現実と幻想は繋がって終わりだ」
「そ、そんな!」
玲司は戸惑う陽介に説明しつつ、何かを探しているようで、弓を取り出すと矢を引いて山の方に狙いを定める。迷いのない動きに陽介は記憶を手繰り寄せる。玲司は何度も同じ時間を経験していると言っていた。だから嫌でもどこに何があるのか、そしてこれから何が起きるのかがわかるのだろう。それに彼の凄まじいほどの正確さと戦闘能力の高さが、それを裏付ける。陽介は玲司が矢を放つ前に、本を取り出して魔法を放つ準備をした。
玲司は矢を放つ。
放たれた矢は青い光を放ち、線を描くように山の中へと目に留まらぬ速さで飛んでいく。その矢は何かに命中した。
その直後、大きな二つの影が広がって羽ばたく。そして、その影が目に入って陽介は怖気づいた。玲司と陽介が見ていたもの、それは山ではなく山のような巨竜だったのだ。緑色の鱗、此方を睨む二つの赤く鋭い瞳。大きく避けている真っ赤な口。今まで見てきた飛竜などがかわいく感じるほどの、迫力のあるその姿に、まるで前に見た恐竜が暴れまわる映画の中にいる気分だ。
陽介はその姿を見た瞬間、身体全体が震え上がる。こんな巨大な敵、二人だけで倒せるのか? そう考えると恐怖で目を白黒させていた。
「あわわわ……!」
「怯むな加宮、お前ならできる。」
玲司はそう言うと、陽介の頭にポンっと手を置く。玲司の手の温かさが伝わり、陽介は玲司の顔を見上げた。その顔は少しも怯む事も、ましてや恐怖などは一切なく、いつものキリッとした顔つきだ。だが……なんとなくだが、自分はやれる。と思えてしまう事が不思議だ。陽介は再び魔法を放つために、右手で本を開いて左手をかざし、手のひらに力を集めた。
「……は、はい!」
玲司に後れを取らぬように、彼の信頼に答えなければならない。陽介はそう思い、力強く返事した。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.99 )
- 日時: 2019/10/05 21:33
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
悠樹と詩織、そして愛実は共に茶を飲んで一息ついていたが、悠樹の顔に焦燥が見え隠れする。皆の危機だというのに、こんなところでじっとしているのは不本意なのだろう。忙しなく指をちゃぶ台に叩いている。詩織も同じ様子で、そわそわしながら周りを見ていた。
そんな二人に対し、愛実は手を組み顎をのせて彼らを見て口を開く。
「悠樹、それに詩織ちゃん……」
「どうしたんだよ、母さん。皆のいる場所が分かったのか?」
悠樹が聞き返すと、愛実は「いや、そうじゃない」と首を振った。その顔は寂し気で、口に出していいモノかと戸惑っている様子だった。愛実の態度に、悠樹も詩織も顔を見合わせる。なんだかさっきから様子がおかしい……。一体どうしたのだろうか?
「……えっと、ね。怒らないで聞いてほしいんだけど」
「どうしたんですか、おばさん」
「二人とも、あのね……」
愛実は決心したように二人の顔を見据える。
「……このまま、この場所でずっと母さんと一緒にいないか……って、ね」
愛実の言葉を聞いて悠樹は首を傾げた。彼女が突然何を言い出したかよくわからないからだ。
「何言ってるんだよ母さん」
「聞いて」
愛実は悠樹の顔を見ず、というよりも俯いて表情を見せずに悠樹の言葉を遮る。
「あのね、この幻想世界は特殊な作りでね。ゲートキーパーであるナイトメアを倒さないと、この空間から脱出することはできないの。ゲートキーパーは中に入ってきてる人間を倒して生命力を「祭壇」に送る事が目的でね、各場所にいるナイトメアを倒さない限り、君らは永遠に進むことも退くことも、ましてやラスボスに出会うこともできないんだよね」
愛実の言葉に詩織は慌てて悠樹を見る。
「じゃ、じゃあ、そのゲートキーパーっていうの、探せばいいんじゃないかな?」
「まだ話は終わってないよ詩織ちゃん」
愛実は詩織を見ながらそう言うと、頬杖をついて二人を見つめた。
「ここのゲートキーパーってのは私だよ……厳密にはサリーちゃんだけど」
二人はその言葉を聞いて驚いた。愛実の頭上で羽ばたいているサリエルも、先ほどから言葉を発しない。ではなぜ共にゆっくりとお茶でも飲んでいるのだろうか? さっさと戦闘を仕掛ければ、いいはずなのに。と悠樹が考えていると、愛実はその考えを見通すように、にっと笑う。
「……私が、かわいい息子とその彼女さんを手にかけるなんて、無理に決まってんじゃん。だからこうしてのんびりして時間が経つのを待ってたの。……二人の決心を鈍らせたいとか、母さんともうちょっと一緒にいたいとか、考えてもらえるようにね。まあ、無理っぽいけどさ」
愛実はそう寂し気に口にする。「彼女さん」というワードに詩織はドキッと心臓が跳ねるような気分がしたが、一刻も早く皆のところに行って守らないとという気持ちと、母親と戦うなんて優しい悠樹は必ず躊躇するだろう。そう考えるなら、自分が手を引いてでも目の前にいる人を倒さなければならない。それが大好きな悠樹のためだ。首を振って愛実の言葉を否定した。
「でも、おばさんを倒さないと先に進めないなら、私は……悠樹くんを引き摺ってでも、おばさんを手にかけようとも進みます」
「うん、さっすが未来の悠樹のお嫁さん♪ 将来は安泰だねぇ」
「か、からかわないでください!」
愛実が茶化すと詩織は顔を真っ赤にさせて声を荒げた。その様子を見て微笑みながら、愛実は悠樹の方を見る。
「悠樹はどう?」
「……俺、は……いや」
悠樹は迷っていた。……しかし、詩織は大切な仲間のためであれば幼馴染の母をも越えて進むと言う。彼女の事だ、その言葉に嘘偽りなく、有言実行してしまうだろう。それに、どのみち母を倒さねばここから出ることもできない。悠樹は首を振って迷いを捨てる。
「ごめん母さん、俺は行かなきゃならない。……こんな場所で足止め喰らってる場合じゃないから……あと、お茶ありがとう」
「そっか、なら……」
愛実はそう言うと、背後に置いてあった身の丈ほどの刀剣を手に取ったかと思うと、右手で刀剣を振る。目にも留まらぬその速度で、ちゃぶ台は真っ二つに割れた。
「私も本気を出さねばなるまい。……手加減なんかしない、本気でかかってこい!」
愛実は笑みを浮かべて肩に刀剣を担ぎ、立ち上がる。
二人は突然の斬撃に驚いたが、傷はない。しいて言うなら、ちゃぶ台と二人の間の地面が真っ二つである。二人は立ち上がって、悠樹は剣を、詩織は槍を構える。愛実は笑顔ではあるが、放っている気迫が凄まじいものだ。
「ま、サリーちゃんは抜け殻同然だから、私が代わりに戦ってあげるわね」
「回復くらいはできるわ莫迦者!」
サリエルはそう怒っているのを愛実は眺めている。本当に気が抜けてるのか、どこまで本気なのかはわからない自由奔放な人だ。
だが、悠樹も詩織も油断せず、愛実を睨む。
隙はないが、二人で協力すれば必ず倒せる。……二人は互いを見合わせて頷いた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.100 )
- 日時: 2019/10/06 20:46
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
怒気にも似た表情で愛実はこちらを見ている。……出方を伺っているのだろうか、瞬き一つでもすぐさま反応しそうなその隙の無さ。……不意を突こうなんてものならすぐに腕の一本でも持っていかれそうだ。この緊張感はまるで蛇に睨まれた蛙のよう。
だが、悠樹は剣を握り締める。どんなに恐ろしくとも、退けないのなら進むしかない。
「いくぞ、母さん!」
悠樹は自身を奮い立たせるため、声の限り叫ぶ。その声に一瞬怯んだような顔をするが、すぐさまにっこり笑って「おー、こいこい!」と愛実は剣を構えた。
悠樹は愛実に向かって剣を両手で握り、刺突させ愛実の右肩を狙う。だが、愛実はそれを狙って体を左へ逸らせた。悠樹は空を切り、剣を左手で回し持ち直す。そして次の攻撃を仕掛けるべく剣を振った。愛実も振られた剣を自身の剣で受け止め、はじく。愛実の剣は重く、悠樹は仰け反った。しかし、その隙をついて詩織は声を上げて槍を持って突撃してくる。愛実は一旦しゃがんでその突きを見切り、詩織の足を蹴って足払いした。詩織は「あわわ!?」と声を上げて崩れ落ちるが、悠樹は愛実の左肩に剣を刺突する。
「うおぉ!?」
愛実は驚いて思わず左手でその剣を握り締めて動きを止めて、呼吸を乱していた。
「肩を狙うとか、容赦ないわね〜……」
「その剣を思わず握って動きを止める母さんも相当だって!」
悠樹は剣を引く。詩織も動揺はしていたが、すぐに持ち直した。
愛実はというと、剣を握ってしまったため左の手のひらに切り傷ができて、そこから血がしたたり落ちていた。愛実は「いってー」とつぶやきながら、その傷をなめている。
「いやはや、こうも早く私に傷を負わせるなんて大したもんだね」
などと愛実は言いながら、剣を握り締めた右手を大きく振り上げた。
「でーも、本番はこれからってね♪」
愛実の目が赤く光る。と同時に、愛実は悠樹に向かって剣を振り下ろした。それは巨大な剣を振り下ろしているように錯覚し、悠樹は思わず剣を頭上にやって愛実の振り下ろす剣を受け止めようとした。
剣と剣がぶつかり合い、今まで感じたことの無い重圧と衝撃が悠樹の身体、周囲を襲う。衝撃波が周囲一帯に走り、地面が抉られる。悠樹も足元が沈み、その重圧に耐えることで精いっぱいだった。
「悠樹くん!」
詩織はその衝撃に目を奪われていたが、すぐさま愛実に向かって旋風を起こして愛実の動きを止めようとする。だが、愛実は空いた手でその旋風に向かって手を横に滑らせる。その瞬間、旋風は真っ二つに割れて消えてしまった。
「いい判断だよ詩織ちゃん、でも足りない」
愛実はそう言うと、悠樹を蹴って正面の地面へ吹き飛ばす。詩織はその様子に怯み、愛実はその不意を突いて詩織の目の前まで迫ってきていた。そして右手に持つ剣を横に振って詩織の腹を斬った。詩織はそのまま吹き飛ばされて地面を滑る。
「詩織!」
悠樹は自身の腹を抱えながら詩織に向かって叫んだ。だが、愛実はニコニコ笑う。
「安心して、峰打ちだから♪」
その言葉通り、詩織はピクリとも動かないが血も流していない。……気絶しているようだ。
「詩織ちゃんは結構厄介だからね〜。ま、これでしばらく動けないと思うし、ゆうくんとこれでにゃんにゃんできるわね〜」
「気色悪い事言うなよ……」
「ひっど〜い、こういう緊迫した中でもユーモアって大事なんだぞ〜?」
愛実は「しくしく」と目の辺りに手をやって泣いたふりをするが、すぐさま剣を構えて悠樹に向ける。
「さて、続きでもしましょ。まだまだ私、こんなもんじゃないからね〜?」
「あ、ああ。もちろん……」
悠樹も剣を構える。先ほどの蹴り飛ばされたダメージは大きく、少しふらつくが支障はないはず……そう考えて足に力を入れて、地面を踏みしめた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.101 )
- 日時: 2019/10/07 21:13
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
悠樹は先手を取るべく、剣を持って愛実に突撃する。愛実はそれを避けるが、愛実を追うように剣を振った。確かな手ごたえがあり、愛実の服と腹に切り傷ができて赤い玉のような液体が迸る。愛実はそれを見てニィっと口の端を釣り上げて笑っていた。だが、悠樹の剣は止まらず、左手に持っていた剣を軽く投げて右手に持ち替えて、右手で追撃するように刺突。愛実は体を反らせて避けようとするが、悠樹はそれを読んで左腕で愛実をの右肩を掴んで、膝蹴りをお見舞いした。愛実は予想外の攻撃に目を見開いて吹き飛ばされる。地面に着地し、上半身を起こして「いや〜いてて」と笑いながら頭の後ろを掻いていた。
「やるねぇ、そして容赦ない。」
「それはいいよ、母さん……まだ立てるだろ?」
「おーおー、怖い」
愛実は終始笑ってはいるが、まだ余裕のある証拠だ。それとも、わざと笑って挑発しようとしているのだろうか? いずれにせよ、まだまだこれからという言葉に、嘘はないはず。悠樹は左手で剣を構える。
愛実は「うーん、よし」と立ち上がり、背伸びをし始める。
「さてさて、そろそろ……」
愛実は目を見開くと同時に瞳を赤く光らせてにたりと不気味に笑った。そして赤いオーラを放ち、周りの空気が震える。愛実は剣を構え、悠樹に狙いを定めた。
「悠樹、死んだらごめんね?」
などと言い、愛実は目に留まらぬ速さで抜刀する。鞘から剣が抜かれた瞬間、赤い斬撃が悠樹に向かって飛んでくる。悠樹は驚いてそれを避ける。だが、愛実は悠樹が目を離した隙をついて、目の前まで迫り、回し蹴りで悠樹の顔を蹴る。悠樹は地面に倒れ、愛実を見上げると、彼女は剣を両手で振り上げていた。悠樹は「まずい!」と考えると、急いで右に転がる。愛実の振り下ろされた剣は、衝撃と地鳴り、そして轟音と共に地面を抉る。悠樹はすぐさま立ち上がり、後ずさる。
愛実はまだまだと言わんばかりに、右手に持つ剣を悠樹に向かって振った。悠樹は剣でそれを受けるが、斬撃が悠樹の身体を襲い、服と体を切り刻む。玉のような鮮血と汗が迸って舞い、辺りの地面に落ちて染み込んでいく。悠樹は苦悶の表情を見せているが、愛実は楽しそうに笑っていた。
続く抜刀。剣を防いでも剣から放たれた斬撃が悠樹の身体を容赦なく斬る。体中の切り傷から冷たいモノが流れ落ち、白い服も赤く染まる。
息を切らす悠樹だが、愛実はまだまだこれからと言わんばかりな、とびきりの笑顔だ。
悠樹は何か逆転できる方法はないかと、考える。
「——そうか!」
悠樹はたった一つの策を導き出した。
愛実はフラフラしている悠樹に向かって鞘に納めた剣を鞘から素早く抜刀し、刃が悠樹を襲う。だが、悠樹はマントをおもむろに手に持ち、ビリィっという音を立てながら破いてしまい、愛実の目の前に投げる。
愛実は驚きながらマントを手に取って地面に捨てる。だが、目の前に悠樹の姿はない。
「目くらまし!?」
愛実は周りを見回し、背後の気配に気が付く。悠樹は愛実の右肩に狙いを定め、剣を刺突させた。愛実は避けようとするが間に合わず、悠樹の剣は愛実の肩を貫いて地面に押し倒し、縫い付けるように刺す。愛実の笑顔は消え失せ、苦悶の表情で悠樹を見上げる。が、左手で剣を構えようと握ろうと手を動かそうとするが、身体が動かない。
「……あ、ダメだ。こりゃあもう無理だわ」
愛実ははっと気が付いたように目を見開いて、諦めたように瞳を閉じる。悠樹の剣に張り付けられた今、愛実は動くことは叶わない。そう悟ったようだ。
「勝負あり、だね。ゆうくん、トドメをどうぞ」
「いや、トドメは刺さない。剣ないし」
「……ぶっ」
愛実は悠樹の言葉を聞いて大笑いした。動けないというのに、顔はなんとも表情豊かである。
「確かにそうだね〜。うーん、じゃあどうしようかなぁ。……というかどうしようサリーちゃん?」
愛実は困ったようにサリエルの方へ眼をやる。悠樹もサリエルの方を見るが、どこにも姿がない。いや、気絶している詩織を仰向けにして膝枕して寝かせている少女……いや、少年か? とにかく、背の低い人物がいた。
赤く長い髪、赤い仮面を左顔半分に覆い、紫色の瞳をしている。頭には青白い翼を模った飾りをつけ、所謂ゴスロリというのか、黒い服を纏っており、左腕、右足に包帯を巻いている。
「少し顕現の力が戻っている。私がこの空間を破壊し、お前たちを仲間の下へ送ろう」
「おう、頼んだよサリーちゃん」
「サリエルだ、莫迦者」
サリエルと呼ばれた少女とも少年ともつかない人物は呆れたように溜息をつく。悠樹は少し固まって沈黙の後……
「え、えぇ!? この人がサリエル!?」
「五月蠅いぞ莫迦者」
サリエルが呆れていると、詩織も目を覚ます。目の前には赤い髪の仮面をつけた人物。
「え、ど、どちら様……?」
「少々面倒になってきたな……」
サリエルは半目で愛実に助けを求めるような目で見る。愛実も「あはは」と笑っていた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.102 )
- 日時: 2019/10/10 00:05
- 名前: ピノ (ID: H5cXC/18)
サリエルは二人に説明を始めようと口を開くが、愛実は大声を上げて悠樹に抗議した。
「ちょっとちょっと! その前に私の右肩に刺さってるモノを抜いてちょうだい!」
悠樹はそれを見て「あ、ごめんごめん」と謝りながら、突き刺さっていた剣を抜き、血糊を剣で振って払う。その後鞘に納めてから、愛実の左手を引いて彼女を起こした。まだ動けないようで、上半身だけ起こし、悠樹の肩を借りてサリエルの前まで歩み寄った。サリエルはその様子に「やれやれ」といった感じで肩をすくめている。そのあとすぐに悠樹の顔を見る。無表情ではあるが、声音は嬉しそうであった。
「ユウキのその顕現の力……それは大きな切り札となりそうだな。暴れまわる猪をそこまで消耗させるとは、感嘆に値する」
「いや、その……ありがとうございます」
「当然、我が最愛の息子だもの! 強くて当たり豆だのクラッカーだよサリーちゃん!」
「当たり「前だ」、だ。莫迦者」
愛実の息子自慢にサリエルは頭を抱えそうになるが、ふうっと溜息をついて詩織に「立てるか?」と尋ねる。詩織は「は、はい!」と慌ててサリエルから離れて頭を下げる。少しふらつくようだが、心配はなさそうだ。
「では早速本題だ。私は今からこの空間を破壊し、近くにいるお前たちの仲間の居場所へ送るが……何か聞きたいことは?」
「たくさんありすぎます」
悠樹は小さく手を上げてサリエルに尋ねた。
「あの、どうして人の姿に? それに、顕現の力……というより、幻想顕現について詳しく教えてほしいです」
「よかろう。まあ、少しばかり長くなるが、心して聞け」
サリエルは悠樹の質問に「待ってました」とばかりに頷く。そしてサリエルは口を開いた。
「お前たちも知っての通り、「幻想顕現」とは言わば幻想の力。お前たちの言う、「夢」、「妄想」、「空想」、「想像」……まあ常々何か「幻想」を抱いているだろう? それらが我々の存在を創り、我々の糧となる。我々が人間を襲うのは、夢を食うため。しかし、夢を食われた人間は食われた部分を埋めようと、内なる力でそれを補おうとする。それこそ想いの力が具現化したもの……それが「顕現」。そして、「幻想顕現」とは、個人の夢や想いがカタチとなったものだ。私の姿も、顕現の力を取り戻したおかげで一時的に戻れているだけだ。愛実にほとんど持っていかれていたからな。私たちは互いに顕現を食いあっているという関係……即ち命を食い合っている感じだ。……ここからはちょっとした昔話だが……」
サリエルは「長くなるから座るといい」と皆を座るよう促す。愛実も「長いから座って座って」と二人を座るように言った。悠樹と詩織は言われた通り座ると、愛実も悠樹の肩を借りながらその場に腰を下ろし、サリエルも同じくした。
「我々と人間の戦いは古の時代……それも、お前たちが「神話」などと語っている頃から、現実と幻想は表裏一体だった。そうだな、例えばお前たちのよく知る……「ジャンヌ・ダルク」、「アーサー王」、「ギルガメッシュ」、「クー・フーリン」などの英雄と呼ばれた者達。彼らもまた顕現の力を以てして活躍した。……だが時は経ち、お前たちの生きる時代では、黄昏時にしか我々は顔を出すことができなくなった」
「それはどうして、ですか?」
詩織は恐る恐る聞いてみる。サリエルは「慌てるな」とため息をついた。
「数百年ほど前か? 我々の同胞が現実に干渉しないよう二つの世界の扉を閉じてしまった。それ以来、固く閉ざされた扉から幻想が現実に干渉することはなくなった。……だが、ある時何者かがその扉をこじ開け、黄昏時にのみ幻想が現実に現出できるようになった。それが——」
「夕方に影に呑まれて行方不明になる……幻想世界に引き込まれるっていう噂の原因なんですね」
「Exactly!(そのとおりでございます)」
悠樹の答えに指を鳴らしながら楽しそうに笑う愛実。やっと腕が動くようになったようだ。それを見て、サリエルはふうっと溜息をついた。
「それが今、再び古の時代のように幻想が現実に蔓延る事態になりつつある。まあ、私としてはどうでもいいというのが本音だが、このマナミがうるさくてな」
「いやいや、当たり前じゃん。ナイトメアが蔓延って世紀末状態なんて、私は望んでないの! サリーちゃんがどうでもよくても、そうは問屋が卸しませんからね!」
愛実は口うるさくサリエルを指さす。そして、サリエルは愛実の言葉を聞いた後立ち上がり、90度横に向いて手をかざす。すると、空間に穴が開くように裂け目ができた。
「お前たちはさっさと仲間の下に行くといい。もたもたしていると、仲間が死ぬぞ」
「うんうん、ごめんね足止めしちゃって。私が力を使わないとサリーちゃんってば、力を使うことができないのよね〜」
「だ、だからさっき、俺達に戦えって?」
「そゆこと〜。まあ悠樹と戦ってみたかったって好奇心もあるけどね」
「じゃああの……さっき言ってた、ゲートキーパー云々とかは?」
「ん〜、それっぽい事言っておけば本気出してくれるかなって。まあ、各空間にボスっぽいナイトメアがいるのも、祭壇に生命力が送られるのも本当なんだけどね〜」
愛実は笑っていると、サリエルが腕を組み、苛立ち始めた。
「早くしろ、変な場所に飛ばされても知らんぞ!」
「す、すみません! えっと、ありがとうございます、サリエルさん、おばさん!」
詩織はサリエルの様子に慌てて立ち上がり、小走りで裂け目に入り込む。悠樹も立ち上がって続いて入ろうとするが、足を止めて二人の方を向く。
「えっと、ありがとうございます。お世話になりました」
「さっさといけ!」
「えっ、うわ——」
サリエルは悠樹を裂け目の中に乱暴に蹴り飛ばすと、裂け目は閉じてしまい、サリエルはその場に崩れ落ちる。その後すぐに青い光を放ちながらサリエルは光となって消えた。……と思いきや、サリエルのいた場所に、蛍火のような光を放つ蝶が地面にとまっていた。
「サリーちゃん、おつかれやま〜」
「はぁ、久々に元に戻れたというのに、一瞬だった……」
サリエルはすごく残念そうな声を出していた。
「よし、サリーちゃん。くたばってるとこ悪いけどさっさと出ましょ。ここもやばいわ」
「……そうだな」
サリエルはそう言うと、羽を動かして飛んで愛実の頭上にとまる。その直後、二人のいるその空間は音を立ててヒビが入り始め、崩れ落ちていく。地響きと共に空がまるで崩れ落ちてくる最中、愛実は空間を切り裂いた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.103 )
- 日時: 2019/10/09 19:52
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
悠樹と詩織はある場所に落ちてくる。
悠樹は勢いよく起き上がって周囲を見渡した。草木が生えた樹の上にいるようだ。眼下には毒々しい沼が広がり、何やら骨や枯れた植物が浮いている。それにドブが腐ったようなきつい悪臭がする。これには詩織も顔をしかめて鼻をつまんでいた。
「……ね、悠樹くん、この先に誰かが戦ってるみたい」
詩織は樹の上を指さす。悠樹はそれを聞いて上を見上げていると、何か黒い影が蠢いているようにも見える。黒い影はかなり遠い場所にいる悠樹達にも、かなり大きいとよくわかるサイズだ。恐らく、その影と誰かが交戦中なのだろう。悠樹は詩織に向かって慌てて言う。
「詩織、すぐに空を飛んで向かってくれ。俺もすぐに登って追いつくから」
「うん、わかったよ! 「ヴァンフリューゲル」!」
詩織が頷いた後、右手を天にかざす。すると、それに呼応し、詩織の足元に風が渦巻いて、どこからともなく純白のグリフォンが舞い降りてきた。詩織はそれに飛び乗ると、疾風のように上空へ舞い飛んで行く。悠樹はそれを見届けると、すぐさま近くにある枯れたような色をしている蔦で登ることにした。すぐにちぎれそうな細さだが、これ以外を使って上に登る方法はなさそうだ。悠樹は先日、世界樹に登った時の事を思い出しながら蔦を握り締め、ゆっくりと登る。
しばらく登り始めて、蔦がみちみちと音を立てる。……悠樹の体重に耐えられないのだろうか? 悠樹はどこかに着地できそうな場所がないか左右を見回すと、左の方に小さな足場があった。悠樹はすぐに飛び移ろうとすると、蔦がさらに音を立てる。悠樹はその音に焦りを覚え、身体を揺らして勢いをつける。ブランコのように揺れ、悠樹は「1、2の……」と数を数えた。「3」で飛び移ろうと勢いをつけていると、ブチッという嫌な音がする。蔦が切れてしまったのだ。
「嘘だろ!?」
悠樹は思わず叫ぶが、何かに捕まるように両手を振り上げた。悠樹の身体は宙に投げ出される。
だが、悠樹は飛び移ろうとしていた足場につかまり、間一髪で落ちずに済んだ。悠樹は持てる力を振り絞って身体を足場の上まで持ってきて、その場に寝転がって上を見る。
「助かった……いや、まだだな。待ってろ、詩織!」
悠樹は少し息を整えた後、すぐに上に登れそうな蔦を握り締めて、握った蔦を見る。先ほどより太く、そして色合いもまだいい。問題はなさそうだ。元々体力は無い方なので、登り切れるかはわからないが……上で誰かが戦っているなら。という思いで樹を這うように登り始めた。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.104 )
- 日時: 2019/10/10 20:45
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
登りきると、そこには二人の少女と大きな黒い蜘蛛のようなナイトメアとが戦っており、詩織も手に持つ槍を振り回して戦っている。二人の少女は、知優と風奏だ。悠樹は剣を構え、蜘蛛の方へ突撃する。
「うおぉぉーっ!」
叫びながら剣を蜘蛛の八つある目の内の一つにめがけて突撃し、剣を深く突き刺す。蜘蛛は苦しみ悶え、甲高い声を上げた。知優と風奏が悠樹の姿を見据える。
「新名君!」
「せんぱーい!」
「すみません、お待たせしました」
悠樹はそう言うと、蜘蛛は悠樹にめがけて前足を振り下ろした。それに気づくと、悠樹は素早く剣を抜いて後ろへ飛んでそれを避ける。緑色の体液が剣を濡らしているのを確認し、「すごく大きい蜘蛛だな」と感心する悠樹。そうしている内に、蜘蛛は白い糸を悠樹に向かって吐き出し、糸に押し倒されるような形で仰向けに倒れ、悠樹は糸に張り付けられた。知優は蜘蛛の前足に向かって手に持つ剣で横に斬って足を切断する。体液が迸り、思わず蜘蛛はバランスを崩してその場に倒れこんでしまった。風奏はその隙をついて悠樹を縛り付けている糸を矢で切り、解放する。蜘蛛は空いている足で風奏と悠樹を薙ぎ払おうとするが、詩織は上空から槍を投げつけてそれを阻止。そしてグリフォンと共に勢いよく地上近くへ舞い降り、グリフォンは蜘蛛の腹に前足の鋭い爪でひっかき、詩織はグリフォンから降りて地上に刺さった自分の槍を回収する。風奏はその間に力を溜めており、矢を引いていた。光が収束して、蜘蛛が立ち上がりそうなタイミングを見計らって矢を放つ。閃光が走るように矢は蜘蛛の顔に命中する。
「今よ、新名君!」
「はい!」
知優はそれを見計らったかのように悠樹に向かって合図を送る。打ち合わせはなかったが、悠樹は知優の考える事を悟り、剣を握り締める。
悠樹と知優は同時に光を纏った剣を振り上げ、蜘蛛に斬りかかった。抵抗する間もなく、蜘蛛は十字に斬られてその場に倒れこんで動かなくなった。
「やったぁ!」
風奏はその場をぴょんぴょん飛んで、自身の喜びを表現する。その顔は満面の笑みだ。
よく見れば知優も風奏も体中に切り傷などの生傷だらけで、服もところどころ破れており、かなり苦戦していたことがよくわかる。
「それより新名君、その恰好……どうしたのよ?」
知優は悠樹に向かって溜息交じりに尋ねる。悠樹は改めて自分の身体を見てみた。白い服は所々泥がついて黒くなっているし、マントも破いてしまったので首下あたりまでしかない。
「いやあ、いろいろありまして」
悠樹は心配させまいと曖昧な事を言ったあと、詩織も近づいてくる。途中参加とはいえ、詩織もかなりボロボロだ。だが詩織はニコリと笑って「二人とも無事でよかったです」と言った。
その後すぐに地鳴りが響き渡った。空にひびが入り、その場が大きく揺れている。知優と風奏は驚いて周りを見回すと、悠樹は「落ち着いてください」と言う。
「新名君、何かこのからくりについて知ってそうな口ぶりね。説明してもらえないかしら」
「ええっと、そうですね……」
悠樹は二人に説明をする。ここは多重空間の幻想世界で、ゲートキーパーであるナイトメアを倒すと、近くにある空間までいける事。そこまで説明すると、空間は崩壊を始めた。
「なるほど、祭壇って場所に行けば、指導者と出会えるってわけ?」
風奏はうんうん頷くと、周りを見る。打って変わって不安げな表情を見せていた。
「ほ、ホントに大丈夫なの、これ?」
「多分……」
「多分って……」
風奏がそう言った後、四人の立っている地面が割れて、四人は闇に放りだされた。
かと思いきや、すぐに四人は見知らぬ場所に着地する。周囲を見ると、そこは高い山の上だった。高い山々が連なり、空気も澄んでいて、風も程よく吹いている。
「ホントだ、すっごい! まるでゲームの中に飛び込んじゃったみたい!」
風奏は楽しそうに辺りを見回している。知優は「危ないわよ」と風奏に声をかけていると、近くの方で轟音が響いた。悠樹は音のした方へ振り向くと、煙が上がっている。
知優は「行きましょう!」と叫ぶと、馬を召喚して跨り、鞭を打って駆け出した。他の三人もそれを追うように走り出す。
- Re: 幻想叙事詩レーヴファンタジア ( No.105 )
- 日時: 2019/10/11 20:17
- 名前: ピノ (ID: gDKdLmL6)
しかし、悠樹達が近づくと、山のような巨体の竜が地面に崩れ落ちて、崖が崩れそのまま谷底まで落ちていく光景が見えた。悠樹達は驚いていると、少年を抱えた青年が悠樹達の前に飛んできて着地する。その後を追うように、黒いフードとマントを身にまとう男と、橙色の髪と紫のワンピースのような服装の少女が近づく。
「新名か?」
「お、ニーナ君にしおりん、ちーちゃんとふーちゃんまで!」
玲司と陽介、そして慧一であった。玲司は抱えている陽介を降ろしながら皆を見回す。そして知優に状況を聞いていた。そういえば、もう一人の少女の正体はよくわからない。橙の髪をかわいらしいサイドテールに結っているが、左側は紫色に染まっている。赤く金色の装飾、中央に紫色の宝玉がはめ込まれている仮面を被り、かなり小柄な少女だ。ワンピースかと思いきや、ローブであり、袖とマントが一体化している。そして異質なのは、彼女の周りには冷たい気配を感じる。……一体何者だろうか? と悠樹は彼女を見ていると、慧一は彼女の頭に手をポンと軽く置く。
「この子、サトゥルヌスな。こっちではこんな姿らしい」
「うえぇ!?」
悠樹と風奏は驚く、だが詩織と知優は妙に納得したような顔で頷いた。サトゥルヌスは4人に向かって会釈する。
「ん? じゃああっちでの梓は……?」
「あちらではれは8年前、仲の良かった方の身体を器にしているのです。その方の名が「霧島梓」」
サトゥルヌスは俯く。「これ以上は聞かないでくれ」という雰囲気だ。
玲司は空の方を見る。そこに丸い穴が開いていた。
「落ちてくるぞ」
玲司はそう言うと、穴に向かって走る。その言葉通り、穴から赤い青年と黒い少女が落ちてきた。二人は悲鳴を上げるが、時恵は地面を見つけるとすぐさま身体を丸めて、自身の影から黒い腕を伸ばして崖に掴まる。翔太はというと、そのまま落ちていた。
だが、玲司は氷で空中に足場を作り、それを蹴って翔太を抱えた。だが体重が思いのほか重いと判断したため、翔太を思いっきり振り回して地面に叩きつけ、自身も氷の足場を作って地面に戻った。地面に叩きつけられた翔太は「ぶふぇ!?」と悲鳴を上げてそのまま倒れる。
「重かった、許せ」
玲司は手を叩いて埃を払っている。翔太は気絶している様子だった。詩織はすぐに駆け付け、翔太の上半身を抱きかかえて名前を呼ぶ。翔太は白目を向いて鼻血を流していた。悠樹も素早く近づいて、胸ポケットに入っている救急用の絆創膏や傷薬、ガーゼなどを翔太に巻いたり貼ったり。その様子を見た風奏は「なんで自分で使わないの?」と尋ねるが、悠樹は複雑な気持ちで「今気づいた」と答える。
「顔面セーフだ」
「乱暴すぎるんだよお前は」
慧一は玲司の脳天にチョップをお見舞いする。知優は苦笑いしながら周りを見て「全員集合ね!」と両手を叩く。
時恵はサトゥルヌスの姿を見て、「この人、誰よ?」と知優に尋ねた。
「サトゥルヌスよ」
「……っ!」
時恵はその名を聞いて腕を組んでそっぽを向いた。サトゥルヌスはその様子を見て首を振った。
「その反応は当然です、コノエ様。私はどういう理由があったにしても、貴方を欺いた……この事実は覆りません。ですが……ですが——」
「別に謝罪の言葉を求めてるわけじゃないわよ」
サトゥルヌスの言葉を遮り、時恵は腕を組んで彼女の顔を見る。その表情は真顔であるが、悲しげでもあった。
「どういう理由があったにせよ、あんたがあたしに声をかけてくれなかったら、ずっとひとりぼっちだったし、こっちの世界に来たり、変な能力に目覚めたりしなかったし……それに、こんな……」
時恵は顔を赤らめて表情を見せないように俯いた。
「こんな変だけど素敵な仲間にも出会えなかったわ……その、あ、ありがとう」
サトゥルヌスは時恵の言葉と、真摯な気持ちに思わず手で顔を覆う。と思いきや、仮面をおもむろに外して素顔を見せた。時恵は顔を上げてサトゥルヌスの顔を見据える。赤と紫が混ざり合った生気のない瞳がそこにあった。彼女は時恵の手を取って彼女の顔を見る。
「コノエ様のおかげで、私……笑顔を覚えたんですよ。絆、友情、人との繋がりを教えてくれたのは、コノエ様……いえ——」
サトゥルヌスは初めて笑顔を見せた。
「時恵ちゃんのおかげなんだよ……ありがとう」
時恵は彼女の笑顔と柔らかい声音に顔を真っ赤にさせて、そっぽを向いてしまう。
「あ、あああ、あたしだけじゃななな、ないって!」
声を震わせながら挙動不審にそう答えると、それを見ていた知優と慧一は笑う。
その後すぐに翔太が目覚め、上半身を起こす。そして周りを見る。
「あ、れ? 俺……先輩に吹っ飛ばされて……」
「気のせいだ」
翔太の慌てた問いに玲司が答える。その後、傷口が痛むのか、「あいたた」と声を上げながら傷のある場所を抑える翔太。
だが、その後……玲司は皆に注意を促した。
「気をつけろ、間もなく祭壇へ行けるはずだ」
「超急展開!?」
詩織はそう叫ぶと槍を構えた。皆も警戒して周りを見渡す。わずかに迫りくる冷たい感触、そして……地の底からくるような振動。大地全体が揺れているのだ。今まで空間が揺れている感覚は経験してはいたものの、こんなに大きな揺れは初めて経験する。空間にひびが入り、バラバラと砕け始めた。
しかし、突如地面から黒い影が広がり、黒い腕が皆を拘束する。
「何!?」
「あわわわっ!」
風奏と陽介が声を上げると、影の中に沈んでいく。だがその後、知優も慧一も時恵も玲司も影の中に同じく沈む。
「な、なんだ!?」
「ちょ何よ、放せッ!」
「くっ……!」
「新名、気をつけろ——」
玲司は悠樹に向かって名を呼ぶが、その途中で影に沈んでいった。
「クソッ、なんなんだよ一体!?」
「悠樹くん!」
詩織は悠樹に向かって手を伸ばすが、影に沈んで消えた。サトゥルヌスと悠樹もほぼ同時に影に捕まって沈む。だが、サトゥルヌスは影に沈む直前に悠樹にこんな言葉を残す。それは小声ではあるが、はっきりと悠樹の耳に残った。
「真実は幻想の中に……それをお忘れなく」
この物語は、輝きを忘れない少年少女たちが織り成す、煌めきと幻想の叙事詩。
幻想はいつか現実になる。
to be continued...