複雑・ファジー小説
- 一話 ( No.1 )
- 日時: 2019/08/17 10:41
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
砂、砂、砂。
どこまでも続く赤い砂漠。紅鏡は真上に昇りつつあり、厳しい砂漠の炎天下に砂丘へ吹き捲る乾燥した風
が、猛暑を微かに和らげていた。蒼穹と赤い砂の大地との境目には、人間はおろか植物の影のひとつも存在しない。
風の音と砂が擦れる音だけが在るこの砂丘は、静寂という名の秩序が保たれていた。
そんな静寂を破り、喧騒の気配が近づいてくる。それは、すっかりと時代遅れになった内燃機関の音だ。トコトコ、トコトコと騒音と排気ガスを撒き散らしながら、バイクのエンジン音がゆっくりと近づいてくる。そんな音が不意に途絶え、代わりに聞こえてきたのはやかましい老人の声だ。
「ーーーチクショウ!こいつめ、また止まりやがった!これで何回目じゃ!?」
故障して止まったエンジンを足で蹴りつけ、長身に大きなハットを被った老人が怒鳴る。
禿げ頭が印象的な人物だ。歳は七十路に近付き、その割には体格も大きく筋肉質。肌は日焼けで褐色になっていて更に左肩にはおおきな古傷の跡が残っている。
そんな老人の傍らに立つのは、奇妙な形をした乗り物だった。前輪が二つついていて、そのすぐ後ろには二つの座席と座席の斜め後方にあるエンジンやその他の機械類。後輪は二つだが、それぞれが縦に並んでいる。
「・・・また焼けつき?あーあ、これだから内燃機関はダメなんだ」
乗り物からもう一人降りてきたのは一人の少年だ。黒髪を後ろで刈り上げ、白っぽいTシャツを着ている。体躯は老人と違い筋肉質ではなく、身長も別段高いわけでも低いわけでもない平均的なものだ。
その少年の言葉に老人は車体の下を見て、
「・・・んや、そう簡単でもないわい」
潤滑油が滴る様子を見て苦々しくこぼした。
「イオト。工具箱を」
老人が、体の中の熱を外に吐き出すように吐息混じりに言うと、イオト、と呼ばれた少年が「はいよー」と軽く答えた。
少年ーーーイオトは、座席の足元にある金属製の工具箱を開け、老人の近くにどさりと置いた。
「はいどうぞ。他には?エソロー爺」
「水を。暑くて敵わん」
イオトが水筒を渡すと、エソローは半ばひったくるようにして勢いよく水を飲み始める。無理もない。猛暑に陽炎揺ら立つ砂漠のど真ん中で立ち往生、なんて状況におかれ、朝からの仕事の疲労に加えこの日照りだ。水を飲むことに一時の快楽を求めるのであれば、それは生物として当たり前のこと。
エソローに返された水筒を傾けイオトも同じようにして水を飲む。
途中、日輪が陰り空が少し暗くなった。水筒から口を離しイオトは空を見上げた。見れば、ちょうど太陽が〈ジルク〉に遮られて隠れている。イオトはその様子を複雑な想いで見上げた。
〈ジルク〉について説明せねばならない。
ーーーー〈ジルク〉とは、土星の環のようにこの惑星を一周する巨大なスペースコロニーである。
*
時は六百年前。
この惑星は何らかの原因で汚染された。汚染地域は年々拡大し、対照的に人類の生存域は減少していた。多くの人々が汚染により地を追われ、その結果大量の難民がでた。このままでは、人類は自らの文明もろとも汚染に飲み込まれてしまう。
当時、強大な技術力を持った国があった。名を、エガルトという。
人類はエガルトの技術を駆使し、天に〈ジルク〉を建造。多くの人々がそこに逃げ込んだ。
しかしそれは、途上国各国を除いた処置だった。
所得の低い途上国の民は〈ジルク〉に入植できず、残された地で滅びの時を待つ結果となる。
勿論抵抗はあった。しかし〈ジルク〉側は圧倒的な武力を以てこれを制し、自分達は天空に浮かぶ夢の砦に籠った。
現在、この惑星では砂漠化が進み毎年大量の餓死者を出している。かつての文明も大半が汚染され、忘れ去られた。故にこの惑星のことをかつて何と呼んでいたのか、それすらも残っていない。ただ言語だけが残り、惑星に残った人々は砂漠から出土するかつての文明の残り香を嗅ぎながらこの世の破滅を待っている。
汚染について、原因や実態はよく知られていない。おそらく、“上”にある国連本部の上層部が知る事実だろう。彼らの真意はわからないが。
ともあれ、〈ジルク〉に籠る人々は現在、深刻な資源不足に喘いでいるらしい。噂によれば月面の資源採取のみでは間に合っていないようだ。
資源と、かつての領土を取り戻す。その目的で、十年前からアンドロイドの部隊が派遣されている。
ーーーこれが、地に残った人々の間で語り継がれる人類史である。
とはいえ、これは伝承だとか〈ジルク〉側の噂だとかをくっつけた継ぎ接ぎだらけの代物に過ぎない。事実はきっと、あの雲の向こう側にある。・・・少なくともイオトはそう信じている。
この人類史で、〈ジルク〉の民が途上国の人民に行った処置は特に認知度が高く、それ故か地上の人々は〈ジルク〉に住む人々や派遣されるアンドロイドを嫌っている場合が多い。
特に地上でたまに遭遇するアンドロイドの部隊は非難の対象にされる。
「アンドロイドは我々を監視している」と吹聴する輩もいる。ただ、そうやって罪を誰かに押し付けなければ生きていけない程度にはこの惑星は荒廃しているのだ。
アンドロイド部隊は、その荒廃した世界におかれた人々の、いわばスケープゴートの様な役割を無意識のうちに引き受けているのかも知れない。
「・・・お、」
ーーーーそんなことを考えていると、エンジンがかかる音がした。見ればエソローが修理を終え、”過去の遺物“に火を灯したところだった。
「それ、行くぞイオト」
隣のシートにどっかりと腰を収めエソロー爺が計器類のチェックを始めた。それを横目にイオトはちらと視線を外にさ迷わせる。いつの間にか太陽は移動して、噎せ返る様な暑さが戻ってきていた。
煌々と輝く陽の光に目を眇めながらーーーイオトはあるものを赤い砂漠の中に見つけた。座席を離れ、そちらに歩いていく。
「、イオト」
「ごめんエソロー爺。すぐ戻る」
砂に僅かに足をとられながら、しかしイオトの意識は前に向いていた。
ーーーーーー碧落の下、一人の銀髪の少女が倒れていた。意識はない様で、死んだように目は閉じられている。・・・まさか、死んではいまい。
仮に生きていても、砂漠のど真ん中で炎天下に長時間晒されていれば人間など簡単に死ぬ。ひとまず連れて帰って看た方が良さそうだ。「失礼しますよ・・・?」と前置きしてから少女を抱き上げーーー、
「ーーって重っ!?」
鉄の塊と錯覚するような重量感にイオトは目を剥くが、そこで気付いた。
染めている以外は人間には絶対にあり得ない白銀の銀髪。金属塊の様な重量感。人間にしてはあまりに白い処女雪の透き通るような肌。ーーーーそして、右肩に刻まれた刻印。刻印をちらと見て「たぶん」が確信に変わる。
「〈M-43gl2〉・・・まさか、アンドロイド・・・!?」
「イオト!早く、行くぞ!」
驚愕するイオトに業を煮らしたか、エソローが苛立ちながら言う。イオトは思い煩いながら、目前に倒れる機構少女を見つめた。
- Re: ジルク【キャラ募集中】 ( No.2 )
- 日時: 2019/07/31 16:28
- 名前: 足臭い (ID: Xr//JkA7)
足 臭い。
- 二話 ( No.3 )
- 日時: 2019/08/17 10:42
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
暗く静かな闇の帳の中、目を開く。ぼんやりする意識の縁に、彼女は声を聞いた。
《外部電源からの電力供給を感知》
《家庭用電源と推定。コード65dを実行》
《待機中。OS起動まで推定32秒》
《残量規定値をクリア、バッテリー現在85%》
《これより、nd4リアクターによる内部供給を開始する》
《外部電源遮断。回路切り替え、問題なし》
《内部隔壁閉鎖。リアクター始動》
《小機に点火、、、、正常》
《主機始動を確認。冷却システム、出力モード:パッシヴ》
《nd4リアクター正常。稼働率21%》
《フライホイール、回転数上昇中》
《ソレノイドバルブ、油圧、リアクター温度、オールグリーン》
《アクチュエータを活性化、、完了。回路接続》
《OS起動。ver:1.74》
《タスクコマンドを実行中》
《確認、認証中。・・・承認。コンタクト可能》
《カウント省略。インターフェース接続》
《UZF製戦闘用アンドロイド、個体名〈M-43GL2〉ユニット起動》
《視覚情報を反映します》
*
目を開けると、そこには知らない天井があった。
「ーーー。」
状態を起こし、部屋を見回す。錆びたトタン板一枚の天井に、半壊している鉄筋コンクリートの壁。二つのトタン屋根の微かに空いた隙間からは蒼いそらが見えた。時代の流れを感じるものや真新しい小型通信機など、あらゆる時代のものが揃っていた。
立ち上がろうとして、足に何かが絡まる感触。見れば左腿の外側にある外部電源用のジャックに、自動車用のバッテリーが繋がれていた。
首を傾げながらそれを取り外してから、置いてある手鏡に映った自分と目があった。
少女は屋根の隙間から漏れる朝日を乱反射させ輝く絹の様な銀髪を二つ垂髪にし、雪の如く白い肌も相成って、天女が下界へ降りてきたかのような神秘的な美貌というものを具現化している。髪と同じいろをした無垢な瞳を持ち、四肢は細く長い。もし、仮に美しさが人を殺めるならば、少女には人を殺せるだけの儚い美しさがあった。
「ーーーーッ」
思わず息を詰めたのは、聴覚センサーの反応があったから。しかし、その警戒は杞憂に終わる。
「あぁ、おはよう」
まだ少し眠そうに目を擦るのは黒髪を後ろで刈り上げた少年だ。僅かに寝癖がある。ーー声音から敵意は感じられない。故に、敵生体ではない、中立の存在として判断する。
少年がふわぁー、と欠伸をするのを、少女は完璧な休めの体勢で見る。
「おはようございます、少年。今日は何日でしょうか」
今度は少女が声をかけた。少年は「ぇーっと、」と伸びをして、
「今日は・・・13日、かなぁ。最近暑くて。だからあんまり寝れてないんだよね」
今日が13日。少年の言葉が正しければ、私はどれだけ眠っていたのだろうか。うまく思い出せない。前回起動した日時を確認ーーーーーと同時に、少女は少年をスキャンしていた。右目が仄かに紫色の輝きを帯び、幻の熱が伝わってくる。
ーーーーーースキャン終了。16歳の男性と判断。
ようやく衛星の電波を受信して起動したGPSの位置情報から推測するに、この少年は〈ジルク〉出身者ではない。
もうひとつ分かったのは、〈ジルク〉にある最寄りのケージまで直線距離で3000キロほどあるということか。内心溜め息をついた。
さて友軍に救助を仰ぐか、とも思ったが、プロテクトにより禁止事項のため行動不可。
しょうがない、自分で「始末」をつけるか。そう考え、少年の横を通り過ぎて部屋の外に出ようと一歩ーー、
「ちょっと待って」
少年が、私の手を掴んでいた。私は、警告と威嚇の意を込めて露骨に瞳の温度を下げる。
「・・・これ以上の私への干渉は、宣戦行為と判断します」
しかし、少年はたじろぐことなく答える。
「君、〈ジルク〉から来たんでしょ?なら、尚更一人で外に出ちゃダメだ」
「私は戦闘用アンドロイドです。戦闘力に欠けるとでも」
「そういう意味じゃない。〈ジルク〉のアンドロイドが、普通の民家にいる状況が問題なんだ」
「・・・索敵完了。問題なし」
「とにかく、今は家にいろ!」
ーーーなるほど、強引だ。だが、不思議と悪くない。そう感じてしまう自分がいるのは何故だろうか。・・・ともかく。
「何故、ですか」
「・・・君は、〈ジルク〉の技術で作られた。ーーもし仮に、その技術が地の人々に渡ったら。そう考えれば分かりやすいよ」
「ーーーー。」
そういうことか。
つまりは、今の「地の人々」たちの排他的な社会には、新たな技術を導入する土壌が整っていないのだ。警察はおろか、法律すらない荒廃したこの地では、新たな技術が世界の均衡を崩す。やがて待ち受けるのは「破滅」の一途だ。
この少年の言動から推測するに、ここでは〈ジルク〉の技術を求め、私達のような〈ジルク〉のものを破壊して回る輩が跋扈しているらしい。戦闘力では引けをとらないだろうが、「始末」をつけたあとでは残骸から技術が伝わることも考えられる。
そも、「始末」をつけてしまえば、資源不足に喘ぐ〈ジルク〉に負担をかけることもまた事実。
ーーしょうがない。外を彷徨いて友軍と接触しよう。
「ーーーそれなら、」
少年の、黒い瞳が向く。
「あなたが一緒にいてください。そうすれば、外出は可能ですか?」
*
・・・なんか、外に出たがってる子犬みたいだな、とイオトは思った。
なるほど、このアンドロイドはどうしても外に出る必要があるらしい。分かった。ならばー、
「ーーーー分かった。それでも、出来るだけ目立たないでくれ」
「了解。光学迷彩を展開します」
「イヤイヤイヤ!そういう意味じゃなくって・・・ってSUGEEEEEEEEEE消えた!って違くて!」
冗談はこれくらいにして。
「光学迷彩解いて、このパーカーを着てくれ。その方がいい。・・・街に入っても離れるなよ」
少女はうなずいてパーカーを羽織った。
ーーーーーー合理的じゃないな、と少女が思っているのにも気付かず。
*
やはり美少女というのは、何を着ても似合うものだと思う。
近郊の、砂漠の中にポツンとある街の中、イオトはアンドロイドとともに歩いていた。今朝はエソローが朝早くから仕事で外出している。勿論外出許可はもらっているが。だからまあ、叱られる謂れはない。
今日はいつもよりも早く店が開いていたりとなんだか賑やかだ。卸売市場も賑わっている。
それにしても。
「・・・何かさっきから近くない?」
フードを被った銀髪の美少女が、自分の手を胸の前でひしと抱いている。周囲には兄妹と思われてほしいが、辛いことに背丈が少ししか変わらない上に髪の色も違うから別の目で見られる。
「離れるな、と少年に言われましたので」
淡々と、かつ不思議な顔をして少女が見上げてくる。パーカーはイオトのものを貸している形だが、自分より似合っているのでもうあげようかなー、ぐらいに思っていた。
そうだ、とイオトは足を止めた。少女もそれに倣う。
「そういえば、まだ君の名前を訊いてないんだけど」
「私もでした、少年」
この子はどんな名前何だろう。今までアンドロイドと話したことなんてなかったし。・・ちょっと馴れ馴れしいかもだけれど。
銀髪の機構少女は、抱いていたイオトの腕を離し敬礼する。
「私は、UZF製戦闘用アンドロイド、北部戦線所属第56期機構中隊〈ミマス〉副長、〈M-43GL2〉です」
ーーーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーぱーどぅん?
「え、えっと・・・呼びにくいから渾名でいい・・・?」
「別に構いませんよ、少年」
呼びにくいから、という理由だけでなく、街角で機体番号を言ったりすれば余計に周囲の目を集めることになるからだ。
さて、どんなニックネームにしたものか。うーむ。
・・・「43」か。
「ーーーーシザ、なんてどうかな」
少女は、口の中でその名前をボソボソと何回か呟いたようだった。そして、
「・・・悪くないですね。ありがとうございます、少年。・・・少年の名前は?」
「オレの名前はーーーー、」
言いかけたときだった。柄の悪いチンピラ二人とぶつかった。イオトたちが足を止めた状態で露骨にぶつかってきたのだ、金目目当てだろう。
一人は、常人の二倍程もある巨体の持ち主。もう一人は、何だか粘着質そうな細身の男だった。細身が腰の後ろにつけているのは自動拳銃か。なんにせよ、状況がややこしくなったと言わざるを得ない。
巨漢がガンをつけてくる。イオトは、気付かれないようポケットの中に手を入れた。
「・・・てめぇら、どこ見て歩いてーー、」
「ーーーー敵意があると判断します」
「って、ちょっ、シザ!?」
瞬間、シザが弾かれたように動いた。体を沈め、右腕を軸に両足が一閃。相手の足を払い巨漢がふんぞり返った。やはり、戦闘用アンドロイドなのだなと身をもって実感した一方、
其の卓越した技能は称賛に値するが、最も厄介なことが起きた。
ーーーー回し蹴りを炸裂させた勢いで、シザのフードが脱げたのだ。ならば当然ーー、
「・・・・・・これ、オレにも先が読めた」
「おい!あの女だ!!」
「いたぞ、アンドロイドだ!」
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイバイバイバイ逃げろーーーー!!」
イオトはポケットに入っていた煙幕弾をばら蒔き、シザをつれて走り出した。
***
追伸:シザのイラスト描きました。近日公開予定。
- 三話 ( No.4 )
- 日時: 2019/08/17 10:43
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1219&page=1
「ヤバイヤバイヤバイバイバイバイ逃げろーーーー!!」
シザの手を引いて走り出したイオトは、煙幕に紛れてこの状況から脱出しようと試みる。しかし世界は、いつまでもイオトの運命を嘲笑っていて。
二人の頭上から降り注ぐのは燃え盛る炎ーーーーーーー否、火炎瓶だ。声の聞こえる方向から推測するに、建物の二階から投げられているものだろう。膨大な数の炎が二人に対して放たれ、それらが地に落ちた瞬間、肌が粟立つような熱量が怒声とともに殺到する。
堪らず、近くの市場の中に飛び込み、動揺と喧騒が人とともに押し寄せる。人混みをかき分け、押しとばし、イオトは少女の手を引いて必死に走った。
火は、もう背中のすぐ後ろまで迫ってきている。振り返らずとも、人々の殺気と辺りに充満する焦げ臭い臭いで想像がついた。
何で、こんなことになっているんだ。
何で、この人たちはこんなに騒いでいるんだ。
何で、オレ達を狙うんだ。
何で、オレ達から奪うんだ。
怖い。
たった一粒、水滴のように言葉がこころの奥底にぽつりと落ちる。それがそのまま口に出た。
「怖い」
たった一言、燃え盛る戦禍の中呟かれたことばは、隣の機構少女にも聞こえない。
だが、無力な少年のこころの平衡を崩すには十分だった。水面に波紋が広がるように、ゆっくりと、だが確実に、こころの中を恐怖が蝕む。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いーーーーーーーーーーーー!
ある人は、恐怖は人を動けなくするとも、人を動かすとも言った。
一見矛盾した言葉だなと、かつての自分は馬鹿にしたものだ。
でも、違った。矛盾なんかじゃない。
恐怖は、人を動かすのだ。
自分は、何が怖い。
人だ。
心だ。
世界だ。
自分はきっと、この理不尽な世界が怖いのだ。
人は、何が怖い。
他人だ。
心だ。
世界だ。
ヒトはみな、怯えている。何時の日か、この理不尽な世界が自分等を踏み躙ることに。
そこで、イオトは自分の中に恐怖以外の何かを見た。恐る恐る、指を伸ばしそれを分析する。
ようやく解った。
人々は恐れているのだ。彼女を。天から降りてきた、機構少女を。隣にいる、シザを。
だから地上にいる者たちは、〈ジルク〉のものを破壊し、己が更なる恐怖に抗えるように力を振るう。アンドロイドを駆逐して、勝利の余韻に酔って、束の間の平穏を享受し、怯えを少しでも和らげるために足掻く。
だから、恐怖を排除するためなら、火でも何でも投げられる。
ただ、恐怖が人々を動かしている。
それは、イオトも同じこと。ーーーーでなければ、こんなことはできっこない。
市場の中、近くにあった小麦粉の袋をかっぱらい、袋を破く。そうして、白い粉を撒き散らしながらひっつかみ、背後に投げつけられる火炎瓶に向かって投げた。瞬間、
「ーーーーわぁーーッ!?」
火炎瓶が爆発し、圧倒的な熱量が辺りを焦がした。陽炎揺らぐ光景に、追っ手も急制動をかける。
ーーーー粉塵爆発。可燃性の粉状の物体を空中にばら蒔き、物体の粒子がより多く酸素と接することからより燃焼しやすくさせた上で火気を近づけ、爆発的に物体を燃焼させる現象だ。
小麦粉の粒子は、可燃性の物質から構成されているので手っ取り早い。威力は見た通りだが、イオトは原理として知っていただけで実践するのは初めてだった。その分、賭けに近い。
ともかく、追っ手を足止めできた。急いで街の外まで行けばシザは無事でいられるだろう。ちらと横を見ると、シザと目があった。
「無事ですか、少年」
「この通り、ピンピンしてる・・・って言いたいけど、そろそろスタミナが限界ッ!」
「そうですか。それなら、私が少年を担いで走りましょうか」
「気持ちはありがたいけど絵的に情けないから勘弁!」
息を切らしながら叫ぶと、シザは不思議そうに首を傾げた。その仕草がなんとも可憐で見惚れそうになるが、同時にふと疑問に思った。
ーーー恐怖が人を動かすのなら、人でない彼女は何によって動かされるのだろう・・・・?
***
「・・・疲れた」
砂漠にどさりと腰を下ろし、最初に口から飛び出たことばがそれだ。足はもうすっかり棒になってしまったし、汗に湿るシャツも着心地が悪かった。
今日は珍しく涼しく、風がいつもよりも少し強かった。太陽はもうすっかり昇っているのに、あまりいつものような暑さは感じない。
吹いてきた風に、汗が少しずつ引いてきた体をなぞられ、少し寒かった。取り出したハンカチで額の汗を拭っていると、いつの間にか隣に座っていたシザが不思議そうな顔をして尋ねる。
「その液は何ですか?」
「液・・・っていうか汗だな」
「アセ・・・・?」
「要は冷却液だよ、人間の」
ああ、と納得する風のシザに、それもどうなのかとイオトが苦笑した。
その会話を境に、二人の会話は途絶える。話し声はなくなり、砂漠にいつもの静けさが戻る。二人はただ、風にさらさらと擦れる、砂の音を聞いていた。だが、けっして嫌な沈黙ではない。
「・・・私が覚えているのは、地上に降下した直後のことです」
二分くらいだろうか、続いた沈黙を破りシザが呟いた。
「私は部隊にいて、ちょうど汚染区域突入の時でした。不意に、力が抜けたんです」
イオトは、予想もつかない状況を回想してきゅっと唇を結ぶシザの様子を見ていた。その仕草一つとっても、まるでーーーー否、実際彼女は人間なのだ。ただ機械の体を持った、一人の女性なのだ。ーーーーーそうでなければ、どうしてこんなに自然な表情を持つことができる。
「脚からふっ、と力が抜けて。足回りの不調か、それとも制御系の不調なのか、わかりませんが」
シザは、そこから先を回想するのを少し躊躇うように間をおいて、観念したかのように一度目を閉じてから、瞳を開いた。
「ふらふらと、次第に暗転する意識の縁に、見えたんです。・・・・・誰かの、黒い笑みが」
「それは、」
「その人が誰なのか、私にはわかりませんが・・・。その後、再び目を開けたら今朝になっていて」
イオトが何かを言いかけて、途中で口をつぐんだのを気付かないふりをして、シザは不気味な記憶を話し終えた。そしてイオトが何か言う前に再びシザがこちらを向いて、
「少年は、何故私を助けたんですか?」
「え、?」
「こんな分からないことだらけの世界で、地上で疎まれる私達をーーアンドロイドなんかを、狙われると知りながら同じ屋根の下にいさせてくれて。まだ名前も聞けてないのに」
確かに、この世界は分からないことだらけだ。理不尽で、不条理で、未来なんか望めない。そんな世界が怖い。
でも、彼女にとっては、自分が助けられることの方が分からないのだろうか。イオトは小声で、彼女にだけ聞こえるように言った。もちろん、この場には自分達しかいないということはわかっているけれど。
「分からない」
「え?」
「分からないんだ。自分でも、何で君を助けたのか上手く説明できない。でもさ、」
「あの時、直感したんだ。ーーー助けないとすごく後悔するかも、って」
「ーーーーーー。」
うまく言えず、そのもどかしさに頬を掻いた。でも、本当にうまく言葉にできないのだ。何かもやもやした、抽象的なものが己の中に漂っている。故に、今の言葉はその抽象的なものを必死に表現したものだったのだが、
「ーーーーーー。」
シザがたっぷり数十秒も沈黙するものだから、少しずつ心配になってきた。何か相手の気に障ってしまっただろうか?
「ーーー。」
・・・。
不意にシザが口を開いた。
「・・・分かりました」
「・・・へ?」
「今は、騙されてあげます。でも、」
「いつか、ちゃんと説明して下さいね?えっと・・・」
「オレの名前はイオトだ。解った、いつか・・・ね」
「約束ですよ。ーーーイオト」
と、シザは、見惚れるほど愛らしく微笑んだ。
不意にシザが、勢いよく振り返り砂漠の向こうを見つめた。そして。
「ーーーーえ、」
急にシザに突き飛ばされたイオトは見ていた。
ーーー彼女の華奢な左足の、膝から下が砕け散る様を。
ただ、呆然と。
*
シザのイラスト公開しました。上のURLからどうぞ。
- 四話 ( No.5 )
- 日時: 2019/08/17 10:43
- 名前: おまさ (ID: 79DeCD8W)
———右脚が砕け散り、バランスを崩して前に倒れ込む。
《警告》
《右脚部ショックアブソーバ断裂》
《脛部損傷》
《擬似神経回路断裂。損傷率22%》
《右脚アクチュエータを放棄。回路閉鎖》
《脛部冷却系破損、バイパスバルブA6を開放—————、
「——うるさい」
視界————インターフェースいっぱいに広がるアラートを舌打ちしながら黙らせ、私は柔らかな砂の地面に顔面から着地した。
———レーダーに警告、同時に着弾。
私のレーダーでは詳しいことは分からないが、計算し終わった弾速からスナイパーライフルによる狙撃とみた。敵生体か、あるいは地の民か——、
「ああ、なんだ」
インターフェースの左端に展開するミニマップ、その中に幾つかのブリップが浮かぶ。
緑色のブリップ、つまり友軍だ。
それによく見れば、これはミマス中隊——ちょうど私が副長を務める北部戦線の部隊だ。隊長機は無事であるようだが、明らかに出撃時に比べ機体数が少ない。長期間に渡る持久戦を強いられたのだろうか。
何にせよ、外に出た目的は果たせた。今頃、隊長機が私のことを認識しているところであろう。
本来であれば、即座に本隊に合流せねばなるまい。しかし、右脚が吹き飛んだ今の私は、誰かの手を借りないとまともに歩行できない。
考え至り、腕の力で上体だけを起こすと、まだ呆然となっている少年と目があった。
イオトには力を借りれそうにない。そもそもアンドロイドは、人間が持ち上げられるような重さではない。軽量化が施されている機体でも、だ。
それに、この人には十分すぎるくらい世話になった。地に暮らす身でありながら、機構人形を助け、追手を退け、そして何より名前をくれた。彼の優しさに私は救われ、ここにいる。
—————「奴ら」から彼のような人を守る立場である私が。
もうこれ以上、彼の優しさは受け取れない。その優しさは、もっと他の人々に与えられるべきものなのだ。私のような、人間の紛い物なんかに向けるべきではない。
私は少年から目線を外し、踵を返した。すると、
「————なるほど、無事であったな、副長」
上体を両腕で支える私を見下ろし、厳かな声が淡々と言う。見返すと、その切れ長の黒い瞳と目があった。
腰より長い嫋やかな黒髪を毛先近くで1つに纏め、白い四肢を徹底的に規律を守った紺の装いに包んだ其の女性は、どこか男性的にも見えた。
彼女こそがミマス中隊現隊長機———、
「申し訳ありません、隊長。本隊への合流が遅れました」
「構わん。あんな顛末があった、無理もない。・・・しかし、連絡が遅れた理由に関しては貴官の弁明を聞こう」
「はい、無線用のアンテナがどうやら損傷し、復旧が見込めませんでした。故に本隊と直接合流するという考えに至りました」
「右脚に関しては、〈ジルク〉内の第五工廠で修復可能だろう。・・・・その、少年は?」
「彼は——、」
言おうとして、口を噤んだ。———これ以上、彼を巻き込みたくはない。
「——いえ、唯の通りすがりです」
司会の縁で、彼の瞳が傷ついたように揺れるのを、私は奥歯を噛んで無視した。
***
シザの脚が吹き飛んだ後のことを、自分は実はあまり良く覚えていない。あまりにも、目の前の光景が信じられなかったんだと思う。
はっきりと覚えているのは、ひどく傷ついたことと、シザが他のアンドロイドと共に去っていく様を、呆然と見送ったことくらいだ。今頃は、彼女は〈ジルク〉のケージ内にいるのかも知れない。
あの後、イオトは妙に心に引っかかるものを感じていた。その正体がよくわからないまま、イオトはシザと再開することになる。
- 五話 ( No.6 )
- 日時: 2019/10/09 07:21
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
「—————」
目覚めると、見慣れた天井がまだ眠い視界に移った。ボロボロのトタン屋根の隙間から、今日も変わらず明るい日の光が差す。
「・・・・わ、っ」
起き上がろうと、イオトは体勢を崩して転がり落ちる。寝違えた気もする首をさすりながら、イオトは落ちた高さから自分がソファーの上で寝ていたことを自覚した。
1
洗面所で顔を洗っていたら、少しずつ昨日のことを思い出してきた。
「・・・・・確か、シザと別れて・・・、」
そう、シザと別れてから未だに十何時間しか経っていないのだ。ひどく、長い時間寂しい様に感じられたが、それは自身のただの感傷だということにイオトは気付く。
あの後、イオトは騒ぎがあった街を通らないよう迂回して、陽も傾いてきたころに玄関に転がり込んだ。そのあとの記憶が曖昧だ。
首を回しながら洗面所からソファーに戻ると、エソロー爺がソファー近くの机に突っ伏して鼾をかいていた。起きた時に毛布が掛かっていたのはそれでか。まったくこの老人は素直じゃないなとイオトは肩をすくめる。
2
「—————」
無意識のまま、足はそこに向かっていた。
ソファーの後ろにある戸を抜けてすぐに着く部屋だ。広さはあまりなく、ごちゃごちゃといろいろなものが置かれている。新しい部品だったり、すっかりと錆びついたブリキ人形だったりが棚の上に並んでいる。その位置は一昨日見た時と寸分の狂いもない。
———そして、薄い毛布の敷かれているひしゃげたベッドの横には、車用のバッテリーが置かれている。
この部屋———イオトの部屋に、未だにあの少女がいる気がして足を運んだが、それも感傷だと分かり、自分で自分が馬鹿らしくなってきた。
———何してるんだ、オレ。もうシザは居ないんだ。
言い聞かせても落ち着かない。この思いを忘れるために、イオトは朝食を作ることにした。
3
朝食、と一言で言っても、食糧難が現在進行形なこの惑星では碌なものを食べていない。〈ジルク〉には人工食品みたいな感じの技術があるとしても、文明が忘れ去られたこの地では独自に食料が発達した。
市場には一応バナナが売っているのだが、たいして肥えていない上に一本で三か月分の生活費が飛ぶ代物だ。毎日食えたものではない。
そんなわけでイオト含む庶民は、これを食べている。
無機質なプラスチックの袋を破き、そこから黒いルーのようなものを取り出したイオトは、それを片手でパキパキとボウルの中に割り入れ、それに水をぶっかける。
ふしゅう、と音がして、ボウルの中身がパンのように急激に膨らむ。栄養パッチに水をぶっかけて化学反応を起こし、体積を増やしたのだ。対して旨くも不味くもない味。
半分泡のようなそれを舐めるようにして食べ終わり、リビングを見る。ソファーではまだエソローが大きな鼾をかいて寝ていた。
————今なら、バレない。
内心で謝りつつ、落ち着かないからという建前で、イオトは自宅を後にした。
4
いつも変わらずに朱い砂丘を上る。今日は珍しく肌寒くて、パーカーを羽織って出てきて正解だったなと、そんな感慨を抱いた。
「————」
こんな行いも、自分の感傷なのかもしれない———否、一種の甘えだろう。
こうやって外に出ても、決して彼女には逢えないと解っている。・・・そのはずなのに。
「————っ」
一足一足と、砂に沈む脚を動かし、イオトは砂丘を上っていく。その間、刹那逡巡し、唇を噛んだ。
昔からそうだ。いつも自分じゃ何もできないくせに、不相応に大きな願いばかり抱いて。
自分がきっと、それを実践できると、結果は判っている筈なのに馬鹿みたいに。
そのあと、失敗したその願いに感傷を抱く自分が———嫌いだった。
そして、そうと分かっていながら変われない自分もまた、嫌だった。
————どうしたんですか、少年。
銀鈴の声が脳裏に響く。
やめろ。やめてくれ。もういい。彼女の事は忘れよう。もう終わったことだ。
彼女の声、仕草。歩く間隔。微笑み。
フラッシュバックするそれを、頭を振って忘れようと、して、して、して。
「—————そんなこと、できるわけないだろ!?」
半ば自棄になって、キレたように一人で叫んでいた。
嗚呼、嫌だ。もう嫌で嫌で仕方がない。もうすべてが気に入らない。自分も、この世界も。
言ってやる。思ってること全部。
論理なんて関係ない。イオトは、怒りにも似た原始的な感情のまま吠えた。
馬鹿なことやってると自分でわかる。それでも。
それでももう、韜晦しているわけにはいかないと。
もう、認めないわけにはいかない。・・・オレはアイツに、
「—————————一目惚れしたんだよ・・・!」
世界がどうとか、相手が機構人形だろうとか、そういう理屈はどうでもいい。彼女は人間だ。機械の体を持っているだけで、ヒトの心を持っている少女なのだ。
声が木霊していて、はっと思わず叫んでしまったことを自覚して、座り込んだ。今思えば、随分と野暮なことをしたもんだと思う。自分でキレて、自分で恥ずかしい思いをして。
いつまでそうしていただろうか、意味もなくイオトは顔を腕にうずめ、唯風の音を聞いていた。
「————、」
ふと、肌を戦禍の香りが掠めたのを感じ、イオトは顔を上げる。乾いた風が静かに吹く砂丘の上から辺りを見下ろした。
————微かに、遠くに喧騒の気配。怒号と、爆発。焦燥と戦塵があたりを舞い、轟音が静かに砂漠に響き、散華を彩る。
「・・・何だ?」
風で乾いた唇を舐めて湿らせ、イオトは立ち上がる。・・・あの距離では、歩けば時間が掛かるだろう。
だからイオトは、一度砂丘を降りることにした。
*
「ん、」
目を開けると、自分が机の上で突っ伏して寝ていたことを自覚した。傍らを見れば、水をかけてから随分と時間のたった、黒い栄養パッチが置かれていた。イオトが用意したのだろうか。
剛腕を使って、自身の巨大な図体を持ち上げたエソローは、肝心の少年の姿が無いことに気付いた。
「イオトー、おい、聞いてるのか!」
掠れた喉を使って怒鳴り、反応が無いことを悟った老人は舌打ちし、仕方なく立ち上がる。
————そこで老人は、音を聞いた。
それは、機械の音だ。すっかり時代遅れになった、内燃機関の音だ。・・・いつもあのイオトが「遺骨」と呼んでいる、エソローの愛車の音だ。
慌て、裏の玄関口を開け様子を見る。そこで見た光景を見、エソローは反射的に叫んでいた。
「イオトっ!!!」
*
イオトは、エソロー爺の声を無視し、スロットル(注;アクセルのこと)を捻る。途端、エンジンが火を噴き二輪のタイヤが砂を巻き上げた。
「ごめんエソロー爺、ちょっと借りる!」
呆然と見つめる老人に、聞こえないかもしれないが謝罪し、イオトは前を見据えた。
———イオトが、この「遺骨」を操縦するのはこれが初めてだ。
普段はエソロー爺がハンドルを握り、絶対にイオトに運転席に座らせてもらえない。しかし、長年助手席に座ってエソローの運転を眺めていたイオトは、どこをどう操作すればいいかわかっていた。分かっていたのだが。
「・・・ク、ソ」
長年観察してきたとはいえ、機械の「クセ」までは判らない。ハンドルに僅かに遊びがあるし、スロットルも重い。
そもそも、エソロー爺がここまで速度を出すこともなかったから、イオトは事実上未知の領域にいる。
滑りやすい砂の上で車体を駆るのは至難の業だ。ちょっとハンドルを切ってスロットルを開ければ、途端にタイヤが滑り車体が横を向く———ドリフト状態に陥る。
かといってスロットルを開けないと、中途半端な重さのフライホイール(注;エンジンが止まらないようにする錘)のせいでエンジンが止まる。
おまけに、継ぎ接ぎだらけの寄せ集めに過ぎないこの「遺骨」の錆びたフレームからは、既に嫌な音がギシギシと伝わってきていた。
「・・・ほ、んと、つくづく運が無い」
———そんなマシンと格闘すること早三分程、イオトは目的地に着いた。
4
そこは、爆轟と剣花が咲く戦場———だったものだ。既に戦闘は終わり、しかしそこには確かに刻まれた激しい攻防の跡と、十数人の人影が見える。
一人は、剣を鞘に納めるもの。
一人は、千切れた仲間の手を無表情で握っているもの。
————そしてもう一人は、長い銀髪を二つおさげにした、見覚えのある少女だった。
「——————シザっ!!」
イオトはそれに気づくや否や、やかましい内燃機関の音に負けないように声を張り上げ、その途端にエンジンが止まる。
急にエンストを起こし、急停止するエソロー爺の愛車。その勢いでイオトは、車外に投げ出された。背中に衝撃。
「———っ」
口の中の砂を吐き出し、痛めた背中をさする。そのまま立ち上がろうと———、
「——————」
意識の片鱗に映った冷たい敵意——否、少し困惑と警戒が入り混じった感情を感じ取り、イオトは目の前を見た。
—————先日親しくしたはずの銀髪の機構少女が、薙刀の剣先をこちらに向けていた。
そして、目の前の彼女は、こちらを鋭い目つきで睥睨する。
「—————————少年。貴方は、何者ですか」
- 六話 ( No.7 )
- 日時: 2019/09/13 18:49
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode
「ーーーー少年。貴方は、何者ですか」
警戒と共に、私は頬を固くして目の前の少年に聞く。彼は、脳裏に無理解を示しているようだった。そう顔に書いてある。
なるほど、分かりやすい人間だと内で呟きながら、しかしそれを表情にすることはしない。
彼の瞳は、無理解、困惑、そして疑念の順に色を変えた。
「・・・だ、っ、誰って。オレだよ、イオトだよ。昨日会ったばかりじゃないか!」
「ーーーーーイオト」
「そうだよ。昨日遠距離射撃から、オレを庇ってくれたじゃないか」
誰だそれは。ーーー昨日私は、第九ケージにいたのだ。地上に降りたことなど、今日が初めてだった。
イオト。知らない名前だ。今までそんな人物に会った覚えはない。ーーーーーーーーない、筈だ。
しかし、イオトというこの少年は私のことを知っている。私が地上に降りたのは今日が初めて。・・・ということは。
『上』で私に会っていたことになる。
「・・・まさかとは思いますが、貴方は〈ジルク〉を脱走し、この地に?」
だとすればこの少年の罪は重い。絶対禁忌を破り天から地に降り立つなど、議論の余地なく死罪に処される。
そもそも、あの天の要塞から脱出することは到底不可能だ。針の山ほどの防衛設備が内にも外にも張り巡らされていて、現在ではアンドロイド部隊以外の大気圏内突入は赦されていない。
過去に一度だけーーー十六年前に脱走者が出たと聞いたことがあるが、それ以来警備は強化されている。十六年前の脱走劇でも、十人が同時に挑みその内の一人しか脱出に成功していない。それ以外は全て、射殺された。
そんな警備を掻い潜り、この少年は地に降り立ったのか。・・・いや、あり得ないだろう。
年齢は十代後半、筋肉質でも何でもない平凡な肉体に、IQもそんなに高いわけでもない平均レベルだ。そんな凡人に、誰が破られようか。
「そんなわけないだろ。オレは、ここで生まれてここで育ったんだ。君も、分かっていた筈だ」
その疑問は、他ならぬ少年自身によって砕かれた。声音は、不安と疑念、それと僅かな苛立ちに震えているように感じる。
少年は続ける。
「じゃあ君は、昨日のことを忘れたって言うのかよ」
「ーーーーーー。ーーーーー私は、」
「あの短くても濃厚な時間を、君は忘れたって・・・覚えてないって、そう言うのかよ・・・ッ」
言い募るにして、少年の顔に悲痛な色が浮かぶ。私は、強引にそれを意識の外に置いた。
「・・・私は、貴方のことは知りません」
口を開く直前、少年はすがるように私を見たが、表情を取り繕って私は言いはなった。すると、少年は絶望したかのように一、二秒俯き沈黙した。しかし、こちらが何か言う前に彼が叫ぶ。
「ーーーーーど、うして、覚えてねえんだよッ!!」
思わず鼻白むと、彼は自分の胸を掴み糾弾する。
「一昨日オレは、君を砂漠の中で見つけた。助けるために連れて帰ったんだ。エソロー爺に手伝ってもらって、君に貴重なバッテリーをあげた。寝床をあげた。君が起きてからもそうだ。パーカーをあげた。名前もあげた。それに君は微笑んで答えてくれた!!!」
顔をくしゃくしゃにして、泥を吐くように少年は叫ぶ。叫ぶ。その姿は、まるで癇癪を起こした小さい子供のようにも見えた。
「火の中を駆け逃げ回って!お互いに名前を聞きあって!互いに同じ時を過ごして!同じものを見て!同じ空気を吸って!笑い会った!!」
痛切な感情は、私の心を掻き乱してゆく。私は必死に表情を取り繕った。
虚しく響く少年の怒声は、しかし確実に私のことを責めようとーーーー否、違う。
今解った。彼は私のことを責めたいのではない。この世界を呪いたいのだと。
その想いと、自分の中にある感情の蟠りが渦巻き、どうしていいか分からずにただ子供のように叫び続ける。感情のコントロールが利かず、私にあたってしまっているのだと。
「そうだろ!?・・・・・・・・・何とか言ってくれ、ーーシザ!!!」
「ーーーーーーッ!?」
電撃的に思考に火花が散り、私はふと我に帰る。
ーーーーーーーー彼は今、私のことを何て・・・?
その時だった。
突如爆発が起こり、きっ、と振り返ると仲間の体が真っ二つに千切れるのが見えた。
「49!?」
真っ二つになったM-49GL2の体が宙を舞う。 M-49GL2は沈黙。インターフェースにアラート表示がされた。敵襲だ。
「総員、迎撃戦用意ッ!陣形を取れ」
隊長機であるM-38cGL1が叫び、ミマス中隊は戦闘体制に移る。
「話し合いは終わりのようですね」
私は少年にそれだけ告げて背を向けた。彼はなにも言わなかった。
「ーーーーーー。」
ーーーー私と少年が話している様を、38cは複雑な表情で俯瞰していた。
*
訳が、分からない。
何で、シザは自分を覚えていないのだ。ただ、起きている事態が想像を遥かに越えているということだけは解った。
呆然と立ち尽くすイオトの目の前では、ミマス中隊が『何か』と戦っている。その『何か』は砂を撒き散らし、至近距離の物理攻撃において群を抜く戦闘力を発揮していると、素人目にも一目瞭然だ。
「・・・何だよ、この生き物は」
イオトは絵図の現実感のなさに呆然とこぼすことしか出来ない。
しかし、その『何か』に機構少女たちは戦闘力において拮抗している。
隊長機が後陣で全体を俯瞰し、部隊の指揮を執っている。迅速に、かつ恐ろしいほど正確に。瞬時に物事を決定し、淡々と部隊を動かす様は人間でないからこそできるものだ。
だが、何よりも驚くのは想像を遥かに越えるアンドロイドの動きだ。人間の何十倍も早い速度に刹那で到達し、敵の攻撃を避けるため急制動し静止速度に近くなったところから再び加速、加速。音速のような速度で戦場を駆け、恐ろしいほど正確に敵の急所を狙い撃ち、敵を駆逐する。
特にシザの動きには、こちらはひやひやさせられっぱなしだ。
他の隊員とは違い、シザが持っているのは薙刀のような武器だ。彼女はそれを唯一の武装とし、決して懐に差す拳銃は抜かずに仲間の弾幕の間を正確に縫って敵の懐に潜り込む。そして、
一閃。
刹那戦場が漂白され、『何か』の腕らしき部位が落ちる。血飛沫にその銀髪を斑に染めたシザが後ろに飛び最前線を離脱。
砂埃と戦塵の帳が無くなり、イオトはついにその、『何か』の姿を目にした。
白くぶよぶよとした鱗、体長五メートル程にもなるその巨躯。シザに切り落とされ根元から欠損した右腕に比べ、左腕には比較にならない程の凶悪な爪と、それを獲物に叩き付けるための鋼の筋肉があった。イオトの知識では、この『何か』は既に絶滅した爬虫類のガマガエルに少し似てるといった印象だ。
「ーーー卿は先程、この生物は何だと口にしていたな」
不意に掛けられた凛とした声に振り向くと、隊長機が『何か』を睨みながら話し掛けてきた。イオトが無言でそれを肯定すると、隊長機は目をすがめた。
「これこそが、我々が作られ、地に送られた理由であり、又汚染に侵食される大地を跋扈する害悪の存在、」
「ーーーー『オスティム』だ」
- 七話 ( No.8 )
- 日時: 2019/09/18 19:56
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1241&page=1
更新が遅くなりすみませんでした、皆様。最近忙しくなり、カキコに顔を出せませんでした。
この先、更新速度が落ちてくるかもしれませんが、どうか皆様気丈に、 気丈にお待ちくだされば幸いです!
今後も、この作品をよろしくお願いしますm(__)m
あ、上のリンクから、新たに投稿したイラストが見れますのでぜひ。
・・・でわ、前置き長くなりましたが本編どうぞっ。
*****
1
『オスティム』。地上の生物としては異常なほどの巨躯を誇示するかの如くこちらを睥睨する、「恐怖」というものを具現化した怪物。高い殺戮能力を誇り、けれど繁殖行動はしない生物。ただ、大地を血に濡らし骸を蹂躙することのみが生き甲斐だと、存在意義だと己に定める羅刹。
ーーーーーこいつは最早、生き物としての可能性が終わった、只の失敗作だ。故に、生かしておく理由はない。
私は、薙刀を空振りし、刃に付着した返り血を落とした。
27式歩兵用近接武器甲型。その紫黒が僅かに残った相手の血を以ててらてらと輝く。
私以外でこの武装を選択している者は見たことがない。今回が私にとって初の戦闘任務ということもあるが、戦闘中に敵攻撃をまともに食らうかそれとも味方の援護射撃に当たったりして、大破するのが目に見える武器なので、大半の場合使わないのだろう。むしろ、この武装が今も選べることすら珍しいくらいの選択数の少なさである。
“たったの”83キロの薙刀だ。軽い割には威力も高い。白兵戦ではアサルトライフルよりも高い制圧能力を誇る。特に、腕を切り落としたりして無力化できる分のメリットは、戦場において莫大なアドバンテージとなる。
「ーーーー、」
私は再び得物を低く構え、距離をとった相手を吃と睨む。
岩のような巨体は片腕を失い、白い鱗に包まれた体表には篝花が咲く。肘の少し上で切断された右腕の断面からは綺麗に血肉が覗き、そこからぶら下がっているのは血管か神経か筋繊維か。いずれにせよ、両者が停滞を得るきっかけになった。
しばらくすると、砂の大地に滴り落ちていた血液が止まる。早くも傷口からの出血が止まった。おぞましい自己修復能力だ。これは早急に決着をつけた方が良さそうだ。
「・・・煩わしい」
思わず、顔をしかめて呟いていた。零れた言葉は誰の耳にも届くことはない。それでいい。
しかし、片腕を失うもなお、羅刹の本能は生にすがろうと足掻く。
地鳴りがしていると錯覚するようなけたたましい絶叫をあげ、害悪生命は突貫する。『オスティム』との距離が刹那で消失し、砂煙の中からその磨いた骨の色をした巨躯が躍り出た。
「ーーーー、っ!」
初撃ーーーー運動エネルギーと速度を以てこちらを切り裂こうとした左腕を薙刀で払いのけ、右前方に前進。敵の攻撃を回避すると共に、最適な攻撃位置まで移動する。
私が跳躍し、地に突き刺さった左腕を飛び越えたとき、羅刹は中隊の援護射撃に曝される。約1000メートル毎秒にも迫る5.56ミリアサルトライフルの弾幕が、大気を震撼させ巨体に殺到。白い鱗はたちまち硝煙に包まれる。
その間、私は硝煙が視界を奪わずーーー尚且近接攻撃に最適な位置を模索、到達し薙刀を一閃、
しかし、その奇襲を羅刹は第六感にも近い感覚を以て防ぐ。後方に振るわれた、凶悪な獣爪を備える左の豪腕と私の得物とがぶつかり、擦れ、剣花が散る。僅かに相手の鱗を削り爆ぜさせるが、それでどうこうできる戦況でもない。
『オスティム』は鱗数枚を割られるのみで腕を振り上げ、私はーーーーその、振り上げられた豪腕に吹き飛ばされた。
奴の鋭い爪が、私の脇腹に一本突き刺さり、引っ掛かっていたのだ。故に振り上げた左腕の動きに追随して、宙を舞ったということだろう。
蒼穹に打ち上げられた私の視界に、小さくあの少年の姿が見えた。
「ーーー、」
その時、私が何を無意識に呟いたのかは分からない。
ただ、インターフェースに迫る砂丘の地面を目前に目を瞑った。そして、
暗転。
2
嘘だ。
こんなこと、あり得ない。あってはならない。
虚構だ。
嘘だ。
嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ止めろ!!
呪詛のように自身に言い聞かせ、イオトは目を擦る。そうして、無慈悲な現実を直視できない言い訳をしなければ、心は今頃打ちのめされ、ひび割れ砕け散っていただろう。
でも、嘘だ。
ーーーーーーーーシザが、喰われた。そんなの、嘘だ。
地に、堕ちたのでもない。自爆でもない。
あの銀髪の愛しい機構少女は、怪物によって存在を蹂躙され、咀嚼されたのだ。宙に放り投げたシザを、奴は口を開け牙を以て己の糧とした。
彼女がきっと、何を言ったのか覚えていなくとも、イオトは全て覚えている。
さっき、シザの体が宙に待ったとき。
あの人の唇は。
ーーーーーーーーイオト、と呟いていた。
そんな彼女を、こいつが。
許せない。
己の中に、シンプルな敵愾心が宿ることまでは自覚したイオトも、しかしそれが「殺意」というものだとは気付かない。
赦せない。
赦せない。
ゆるせない。
故に、
殺す。
「・・・死ね死ね死ね死ね死んじまえぇ!!このクソ害悪幼虫豚風情がぁぁぁぁあああ!!」
イオトは、使命感と殺意に突き動かされ、前に一歩ーーー、
「ーーーーーー復讐の妄念に憑かれた人ほど、愚かな者はいまい」
隊長機が、逸るイオトの肩をひしと掴んでいた。
「離せよ」
苛つくイオトは、乱暴に振り払おうとする。しかし、所詮人間がアンドロイドに勝てる道理はない。隊長機はイオトの腕の関節を極め、地面に叩きつけた。
苦鳴を零すイオトを、隊長機はゴミを見る目で見下す。
「ク、ソ・・・がぁぁ!」
「舐めるな、人間」
再び立ち上がり、掴みかかろうとするイオトを避けた隊長機は、右足を横に一閃し少年を再び地に伏せさせる。
悶絶するイオトに歩み寄り、隊長機はイオトの襟元を掴んだ。
「復讐とは、なかなかな事をするな、卿は」
「・・・な、にを言、って」
「ーーーしかし、無力である卿に何ができる。自身の力を弁えず、無駄な足掻きをすれば、持って帰れる筈だった物まで手から零れ落とす事になると、卿・・・まさか知らぬわけでは無かろう?」
「ーーーッ」
分かっている。己の力不足を誰よりも理解しているのはイオト自身だ。分かっているから、尚更に。イオトは唇を噛んだ。噛みきって鉄の味がした。
「そ、れでも・・・オレはッッ・・!」
「成程、強情なことだ。ーーーー否、この場合、卿は傲慢だと言った方が正しいか」
「傲慢・・・?」
想定外の言葉に、思わずイオトは瞠目する。すると隊長機はその間にイオトの襟元を離した。
理解出来ていないような少年に、隊長機は嘆息を噛み殺した。
「ーーーーーー卿が「シザ」と呼ぶ機体ーーー43は、己の運命を自分で定めた。それに、部外者である卿が口を挟む権利が?」
「・・・それなら、お前があの子を!」
「結局のところ、自身の身は自身にしか守れない。それを他人に強いるとは・・・卿、イヤ、」
そこで一度言葉を切り、隊長機はイオトを睨み付けた。
「ーーーー貴様は、只の偽善者だ。傲慢のみならず、己の理想論を世界の総意だと嘯く。私と同類の人間だ」
「ーーーーッ」
イオトは我に帰った。そして自分を呪いたくなった。
オレは。どこまでも。
狭量なんだ。
シザを救うつもりで、彼女のことなど考えずに自分の理想を掲げ、善人を騙り思い遣りを謳って、シザの死を汚そうとしてしまった。ーーーー無意識のうちに、彼女には感情がないと、人形だと、そう思って。
確かに、酷く傲慢で狭量だった。
彼女を傀儡に変えて彼女の気持ちを無視し、彼女に自分の上っ面な理想論を強要し、一人で使命感と復讐に駆られ、自分もおっ死んで、シザの望みを蹂躙しようとしてしまったのだ。自分が殺され、シザがどう思うか考えもせず。ただ、自分で悲劇に酔いたい、それだけの理由で。
何が、赦せない、だ。心底、反吐が出る。
思わず、拳を強く握り締めた。ーーこの力で、首を絞めて死ねれば良いのにと、そう思った。
そんな覚悟も本当はない自分が尚、赦せなかった。
自己嫌悪に苛まれる時間を唐突に途切れさせたのは、近くの爆発音だった。
何かが破裂したような爆轟が重く轟き、鼓膜を伝わって骨の髄までビリビリと響く。砂煙が殺到し視界を奪う。
「チッ、奴め。・・・中隊の残存戦力はおよそ6割だ!射撃部隊は下がり、本隊は前へ!私も出る」
『了解、ですが中隊長、近接部隊は壊滅状態です。副長はロスト、その他も大破し、援護射撃の弾幕により回収は困難を極めます』
「ーー。・・・やむを得ん、捨て置け。近接部隊には私が赴く。指揮は戦隊小隊長に任せる。・・・長期戦になろうが、何としてもここで奴を仕留める」
『了解しました。武運を』
ザッ、という音ともに無線が途切れ、同時に、
「ーーーー私も卿と同じ偽善者だ。身勝手な理論で敵を駆逐する点は、卿との共通点とも言えるな」
ーーーーーーーーそう言い残し、隊長機は砂煙立ち上る戦場に突貫した。
「・・・、っそ・・・・ッ」
自分も戦陣に駆け出そうとしたところで、イオトは奥歯を噛み締めて一歩を堪える。
ーーーーイオト。
「・・・畜生、畜生畜生、畜生ッ・・・!」
銀髪の少女の呟きを思い出し、踏み出そうと思った足を戻し、イオトは逆方向へ走り出した。
ここから離れろ。足を止めるな。だって足を止めたら、二度と走れなくなる。ーー走れ。
背後からは、戦場の喧騒と轟音、戦禍と殺戮の気配が押し寄せ、亡霊のようにこころを蝕む。
耐えろ。耳を塞げ。走らなければ、彼女に顔向けができない。
「畜、生・・・」
イオトはエソローの愛車に飛び乗り、エンジンを再始動。後ろ髪を引かれる思いを振り切り、走り去った。
ーーーその後、『オスティム』がシザの残骸の自爆によって内側から崩れ落ちたことを、イオトは知らない。
3
走った。イオトは砂を撒き散らし走った。スロットルを全開にして走った。走った。走った。
ーーーどのくらい走っただろうか。数々の村を越え、エソローの愛車の燃料が尽きる寸前まで砂漠を疾走し、たどり着いた先は目も疑う光景だった。
廃墟と化した、数多の巨大な建造物が、水に沈んでいる。超巨大な水溜まりに都市が浸かり、人の気配はない。硝煙のいろをした建造物に絡み付く蔦が、長い長い年月の経過を物語っている。
あれは、道路だろうか。支柱に支えられた巨大な幹線道路が、ビルディングの間を縫うように走っている。道路の脇にある緑色の看板には、『一之橋』と書かれていた。恐らくこの辺りの地名だろう。
かつては大都会だったらしい。透き通った水面の下には、入りくんだ幹線道路が敷き詰められている。もしかしたら、燃料もあるかもしれない。
ところで。
「・・・今まで『遺骨』だの言ってきたけど、こいつにも名前をつけなきゃな」
エソロー爺の愛車のボディを軽く叩きながらぼやいた。
さて、何にしたものか。出来るだけカッコいい物がいい。
「ーーーーーーレヴァトノフ」
よし、しっくりしたものが見えた。こいつを『レヴァトノフ』と呼ぶことにしよう。イオトはそう決めた。
さて、いい名前も決まったことだしと、燃料を探し始めようとしたとき、背後から足音が近付いてきた。
「ーーあれ?お兄さん、何してるの?」
警戒したイオトは、返った可憐な声に振り返る。
見た目は十二歳前後の、帽子を被りタイツをはいた、銀髪を二つお下げにした少女が、重そうなバックパックを背負い立っていた。
ーー首を傾げる少女の容姿は、どこか「彼女」を連想させる物だった。
- 八話 ( No.9 )
- 日時: 2019/10/08 18:51
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=1249&page=1
イラスト描きました。上のリンクからどうぞ。
*****
「ーーあれ?お兄さん、何してるの?」
自分より背の低い、可憐な少女に見つめられ、イオトは今の状況を整理しようと努めた。
粉雪の肌を、芥子色の砂漠仕様のジャケットに包み、同じ色の平らな軍帽の下から流れ出る、簓の銀髪を二つお下げにした少女。髪の色と同じぎんいろの丸い瞳に見つめられ、イオトは既視感のようなものを覚えた。
————そう、シザに似ているのだ。
年齢的にも(正直アンドロイドに年齢という言葉を使っていいか甚だ疑問ではあるが)この少女の方が下に見えるけれど、髪型や顔貌はシザを少し幼くした印象だ。
まるでーーーそう、妹のような。
「あ・・・えぇっと、君アンドロイドだよね?」
思い切って声を掛ける。傍から見てみればいきなり過ぎる話の振り方であったろうが、もうこの際どうでもいいとイオトは思った。
少女は、此方の問いにしばらくキョトンとしていたが、次の瞬間ぱぁっと表情を明るくした。
「うん・・・・じゃなくて、はい。私はUZF製探査管制型アンドロイド、東部戦線第三十六期ロザリオ大隊所属観察・管制補佐及び索敵機、〈M-47mp5〉だよ!」
「・・・。」
自己紹介には違いないのだろうが、言っている内容が完全に硬派すぎて声音ほど明るい印象をイメージしづらかった。沈黙していると、少女ーーM-47がイオトの周りをちょろちょろと動いて、イオトを観察する。僅かに困惑しているイオトの顔を、下から覗き込むように見て、M-47は瞳孔を細める。まるで、動き回る鼠を前にした猫の如く、その白銀の双眸は爛々と輝いていた。
「お兄さんは?」
「え、?」
「私が名乗ったんだから、お兄さんも名乗らなきゃダメ!これ、シャカイジンのジョーシキ!」
小さな体をぶんぶんと振り回す少女に何か釈然としないものを感じつつ、イオトは名乗る。
「ごめんごめん。オレはイオトだよ。・・・あ、えーと、何て呼べばいい?」
「?フツーに、M-47でいいよ?」
・・・それはそうなのだが。
何故か、機体番号にはとっつきにくい。その上イオトは、機体番号の響きに何か隔たりを感じるのだ。
そういえば、シザの時もそうだったろうか。
「・・・お兄さん?」
「———。何でもないよ。じゃあ、ニックネームで呼んでもいいかな」
少女がこくりと頷くのを尻目に、イオトは脳内辞書の全ページを参照しニックネームを考えた。
———。
—————。————。・・・結局、前と同じ感じになった。
「シーナ、なんてどうかな」
もうマンネリ化が止まらないと心の中で苦笑いする。イオトの語彙力など所詮こんなものだ。
「————」
しかし、機巧少女は唐突に黙り込む。今のイオトの発言を己の内に溜め込み、内容を吟味しているーーーそんな印象を受けた。
「あ・・・の、」
「—————お兄さん」
語調を僅かに変えたシーナが問うてくるのを、(語調を変えたのを辛うじて耳で拾いながら)イオトは思わず少し、背筋を正した。
「な、なに?」
「お姉ちゃんに、会ったことある?」
・・・・・はい?
「お姉ちゃん・・・君は、その・・・姉妹なの?」
訳が分からない。肉親のいないアンドロイドに、「姉」や「妹」といった概念が果たして存在するのだろうか。それとも、そういう新型のアンドロイドがあるのだろうか。無理解に不可思議な証言が重なり、意識が刹那、漂白される。
「————。あ、ごめん。そういうソンザイの人がいるってだけ」
「———そう、なんだ・・・」
「よく、お世話をしてくれてね。だからお姉ちゃんみたいなひと」
「お世話」
「そう。優しくて、そっけないけど」
懸念は、こちらを察したシーナによって砕かれたが、イオトは少し心苦しかった。
———彼女の発言から、彼女に肉親がいないことーー己が唯の、機構人形であることを自ら告白させてしまったのだと、そう思って。
その空しい思考を噛み殺し、それを塗りつぶすように問うた。
「————、何でオレが、君のお姉さんに会ったんだって思ったの?」
「だってお兄さん、私を『見て』ないもん」
——っ!!
瞬間、イオトは心臓を掴まれたような錯覚に襲われる。その発言はつまり、イオトがシーナに『別の誰か』を重ねて見ていたことを示唆する。
絶対に、「彼女」の姿を重ねていけないと———少なくとも目の前の少女には悟られたりしまいと、そう思っていたのに。
鼻白み、一歩後ろに下がる。柔和な外見からは決して想像できない、鋭い観察能力に畏怖に近い念を抱きながら。
シーナは苦笑した。
「これくらい解らなきゃ、カンセイホサなんてできないよ」
もしかすると、先の会話の中でのイオトの逡巡は全て見抜かれていたのかもしれない。
そのことが酷く、情けなかった。思わず、唇を噛む。
「・・・その、お姉さんの名前は」
感情が軋み、変な声が出た。シーナは、気付かないふりをしてくれた。
そのことに感謝しつつ、イオトは想像を絶する言葉をーー否、何となく察していたのかもしれない。
ただ、シーナは自らの姉の名を一言だけ。
「M-43GL2」
- 九話 ( No.10 )
- 日時: 2019/10/27 19:26
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
「M-43GL2」
その無機質な名を聞いたとき、脳裏に浮かぶのは先の出来事だ。『オスティム』と相対し己の無力を噛み締めた、事実上戦死者ゼロの戦場。戦塵と硝煙、砂煙のぼる喧騒の気配。
「・・・シザ」
細く、呟かれた言葉は自分のものだ。短いその響きには自覚しきれないほどの万感が確かにある。
後悔。自嘲。懺悔。義憤。憎悪。瞋恚。あらゆるマイナスの感情の波が、心の岸壁に打ち付けられ、胸が締め付けられる。
「・・・お兄さん、あれ・・・」
そんな、己の内の感情の荒波に呑まれるイオトは気付かない。
「お兄さん、」
今、自分の背後に———、
「————イオトっ!!」
「!」
少女——シーナの高い叫び声に我に返ったイオトは、すぐさま背後の気配に気づく。肌が戦慄に粟立ち、刹那思考が漂白された。
その一瞬が大きかった。少なくとも、イオトの首を刎ねるのには十分すぎる時間だったろう。
『敵』は、そのまま右腕の鎌を振り下ろして———、
「しっかりして———っ!!」
「だばっ!?」
横から突き飛ばされた直後。
中空に一閃。空気が切れ、凄まじい風切り音が骨の髄までびりびりと響く。
台地に顔面から着地したイオトは、食んでいた砂を吐き出し———背中の上の重量感に目を剥いた。
「シーナ重い重い重いどいて痛い極まってる関節極まってる痛い痛い痛い痛い死ぬ!」
「大丈夫!?お兄さん」
「息、が・・・しーな・・・はや、く」
「・・・え?あ、ごめん」
シーナがどき、肺にいきなり酸素が入って咳き込む。気管に詰まりかけた痰を、口に微かに残った砂と一緒に吐き出した。
シーナの様子を見るに、どこにも被害は無いらしい。イオトを突き飛ばした勢いで、シーナもイオトと同じ方向に飛び込み死撃を逃れたのだ。
「けほっ・・・ありがとう、シーナ」
「感謝じゃなく反省してほしいな!」
感謝を述べ、改めて相手を吃と睨む。
こちらの平静さを崩さんというばかりの圧倒的な鬼気を以て睥睨する「それ」は、三メートル超の巨大な図体をもっていた。足は六本、先程の『オスティム』よりもスリムな体躯。前足は鎌のような形に発達しており、二つのそれを擦り付ける様子はまさしく殺戮種の闘争心の表れである。
そう、それは一見すると、巨大な砂色の蟷螂のようであった。
「『オスティム』・・・!」
苦々しく呟くシーナ。なるほど、『オスティム』とは単に個体の呼称ではなく、アンドロイド部隊の敵全般を示すことばらしい。
「シーナ、戦闘については期待して大丈夫?」
「———。ごめん。私は戦闘用ユニットじゃないから」
「オーケー。・・・あいつの弱点は?」
「駆逐攪乱型(クレヲヴロター)か。弱点は後ろ足の付け根だけど・・・」
相手の後ろ足の付け根を確認し、イオトはシーナの右腿のホルスターを見やる。
「狙える?」
「————やってみる」
言って、シーナはホルスターから拳銃を取り出した。何ということはない、九ミリ自動拳銃。シザのものよりやや大型の、複列弾倉(ダブルカラム)の。
初弾装填。半自動(セミ・オート)に設定。
撃発。
軽く、乾いた音が響き、初弾が毎秒約360メートルの速度を以て大気中を縦貫。銃身の内圧によりスライドが後退(ブルバック)し、次弾が薬室に装填される。
間を空けずシーナは4発、ぱぁんぱぁんと続けざまに撃ちこむ。
5発撃ちこんだところで、スライドが後退したままになる。弾倉が空になったのだ。
弾倉内の五発の弾丸———この拳銃の弾倉には十六発の弾が入るが、常に全弾を入れていると弾倉のスプリングが弱くなるため、自衛用拳銃には五発のみ入れた状態で装備し、スプリングの劣化を少なくしている———を撃ち尽くし、強化樹脂プラスチックのスライドの熱が手に伝わってくる。
「やったか!?」
・・・ここでこの台詞を口にした自分を責めたい。
ひどく、動悸がうるさい。と、
「——————ッ!!」
「「うわぁぁっっ!?」」
耳障りな音を出し、『オスティム』が咆哮。その迫力に、思わず身が縮こまってしまいそうだ。
———拳銃は、効かない。
「・・・そういえば私、前お姉ちゃんに『二度と拳銃触らないで』って言われてたような・・・」
「———、」
結論。
シ ー ナ 射 撃 下 手 く そ
当たる当たらないという次元の範疇にない。先程視界の端で火花が散っていたが、よくよく考えればシーナの撃った弾が舗装路のフェンスに突き刺さっていただけで。
というか弱点をピンポイントで突くは不可能にしても、十メートルもないこの至近距離で正面の外皮にすら掠りもしてないエイムって、いったいどういう。
青い顔で——アンドロイドにそんな機能があるのかわからないが、そう見えた——イオトを見るシーナ。そんな少女を尻目に、『オスティム』が一歩、二歩と近づく。十メートルもない距離を詰めてくる。
———こんなところで、終わりなのか。
———まだ。
———まだシザを取り戻していないのに。
「・・・ク、ソぉ・・・」
終わりだ。そう思って目を瞑る。隣で少女が何かを叫んでいる。自分に何か訴えているのだろうか。
いづれにせよ、終焉だ。鎌が、愚者の首に迫る。
————。
—————————。
———————————————。—————————ん?
意識の淵に、何かが聞こえる。ドロロロロと響く喧騒。時代遅れの内燃機関の音。
〈レヴァトノフ〉ではない。既に燃料が尽きているし、第一、エンジン音が違う。
これは———大排気量・スモールブロックV8の音だ。
「—————おっとォ、カマキリさんよォ。轢禍の御歓待はいかがァ〜?」
瞬間、『オスティム』が爆ぜる。
太く、巨大な四つのタイヤに体躯を蹂躙され、変な音を立てて巨躯が軋み、均され、潰れる。
「———ッ!!—————ッ!!」
その絶叫と、ブレーキ音が奴の断末魔となり、青の血潮が噴出。その様を、イオトとシーナは呆然と見ていた。
喧騒の正体である、六輪のトラック(スポーツカーの前半分に荷台をくっつけたみたいな見た目)が止まる。そこから降りてきたのは白馬の王子様————、
「—————イオトぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」
————じゃなかった。血相を変えた大柄の老人が降りてきた。
「え、エソローじ・・・・ごぼびゅらっ!?」
即座に腹筋を鉄槌———否、拳骨が貫く。そこから間髪入れず、御年六十とは思えない正確さとパワーを以てイオトの右頬に丸太のように太い左腕がぶち込まれた。
吹っ飛ぶイオト。
「全く、馬鹿かお前は!どれだけ心配したと・・・ん?」
イオトを叱責し始めた時、視界の淵に何か見慣れないものが映り、エソローはそちらを注視。
銀髪の少女、シーナが視線に困ったように「え、えっと・・・?」と首を傾げる。
「———とりま、説明が必要な感じッスかねェ?」
と、六輪トラックの運転席から顔を出したのは。
「・・・ら、ラティビさん・・・?」
「んや。みんな大好きラビさんよォ。イオト君はお久だね」
苦し気に呻きながら、イオトが呟くと、女——ラビは微笑む。
瑪瑙の髪をポニーテールにまとめ、動きやすさを重視したホットパンツと黒いシャツ。その上に羽織ったカーキ色のジャケットが、風にはためく。年齢は十九歳あたりで、鋭い三白眼をこちらに向け、すこし高めの鼻頭を擦っている。
その、整った顔立ちのラビに見下ろされ、イオトは状況がつかめずに混乱した。すると。
「・・・イオト」
「ハイっ!何でしょう」
思わず背筋を正したイオトにエソローは、
「車に乗れ、行くぞ」
「・・・え」
その後、一行は〈レヴァトノフ〉を荷台に固定した後、その地を後にした。
- 十話 ( No.11 )
- 日時: 2019/11/05 19:38
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
ドロロロ、とトラックは砂漠を走破していく。六輪で滑りやすい大地を掴み、大排気量のクロスプレーンV8の野太いエンジン音とともに砂を蹴散らして進む。
「ーーー、」
ふと、後部座席に座るイオトは車窓から外を見た。
紅鏡は既に西に傾き、風が均した赤砂の丘陵の輪郭に沿って猩々緋が輝く。暈を纏った太陽と紺藍とのコントラストが美しい。
「今夜は風がちと強いッスからねェ。ゆっくり進みましょー」
眺めていて分かったが、軽薄な言動と裏腹にラビは巧みに埋もれやすい砂の上にラインを描いて少しずつ前進していた。
エソロー爺が鼻を鳴らす。
「うんにゃ、そうもいかん。燃料は?」
「予備のタンクも含めて、持ちそうッス。・・・飛ばすッスか?」
「できれば、だな。ーーウチに、誰かが侵入ってない保証はない」
「ーーッ、・・・そう、ッスね」
何故か、ミゼは唇を噛んでいる。彼女の過去に何があったのか気になったが、触れてはいけない気もした。
そして何故、エソロー爺は道を急ごうとしているのだろうか。「ウチに」といったって、家に大したものもない。それこそ、希少価値が一番高いのはエソロー爺の愛車、〈レヴァトノフ〉だろう。
それとも何か、まだ自分の知らない物が眠っていたりするのだろうか。
「ーーーーところでイオト君、少し質問させていいッスか?」
「え・・・?あ、はい・・・」
前を向きながらラビが問うてくる。断る理由はないが、何か釈然としないままイオトは了承した。
一瞬、ラビに目線を向けられる。いつもよりも更に切れ味を増した、黒い三白眼に半ば睨まれるように見られ、思わず喉が鳴った。
その音に気付かないふりをしてラビが切り出す。
「その娘は、ーーーどういうつもりィ?」
途端、イオトの隣に座っていたシーナは身を竦めさせるように背筋を伸ばした。怯えたように少女は、被っている帽子を少し目深に被り直した。
その仕草一つとっても人間と寸分の違いない機構少女を、しかしラビは冷ややかに無視。車内の空気が急速に不穏で冷たく張り詰めたものになっていくのをイオトは肌で感じとった。
固まりそうになる口を何とか動かしてイオトは状況を説明した。
シザーーーアンドロイド部隊の戦闘に巻き込まれたこと。戦場から逃げたさきのかつての大都会でシーナとあったこと。シーナはアンドロイド部隊ーーロザリオ大隊といったかーーの管制補佐機であること。そして、
「ーーそれで、シーナとオレであの化け物に遭遇して、ラビさんに助けられたんです」
「ふぅン。つまり何、この娘はアンドロイド部隊と何らかのネットワークで繋がっているッつーこと?」
「え・・・?いえ、その可能性は・・・」
言いさしてはっ、と口を噤み、イオトはシーナを見た。怖々と見上げてくる白銀の色彩。
その姿と、自分が最初に出会った機構少女の姿が重なる。そして、いつかの出来事を思い出した。
『ーーーいえ、ただの通りすがりです』
そう、あのとき。まだ一日も経っていない新しい記憶。天から迎えが来て、彼女が天に戻った出来事。
そういえばあの時。
ーーーーーあの時、シザを迎えに来たあの部隊は、どうやって彼女の場所を突き止めたーー!?
「ーーーやっぱり、そういうことか」
がしゃりと、シーナに突きつけられる黒いもの。それが拳銃であることを理解するのに、五秒ほどを要した。
アンドロイドが持っているものではない、蓮根のような回転式弾倉をもつリボルバー。九ミリの口径よりも、やや大きめの。
自動拳銃に比べ、熟練度が問われる回転式拳銃は、だがしかしこんな至近距離では熟練度なぞ関係ない。
「ラビさん!?どう・・・」
「どうゆーことだ、とか口にすンな、イオト君。ーーーこいつがアンドロイドだって言えば、説明になる」
「ーーーッ・・・!」
また、なのか。
また、彼女らは謂れもない偏見と畏怖の念に縛られるのか。
「・・・ぅして」
「・・・あ?」
「ーーーどうして、そんな風なこと言うんですか!この娘はーーいえ、彼女たちは!人のかたちをした紛い物なんかじゃない!心は、本物なんだ!!」
吠える。紛糾する。
最初からーーそう、最初からおかしいと思っていた。「彼女」の手を引いて阿鼻叫喚たる火の街から逃げたときも。今、この瞬間も。
自分達が失ってしまったなにかを、彼女たちは持っている。表層的な部分ではなく、もっと深い、人格の根底には確かに。
それがなにかは、解らないけれど。
それでも。
でなければ、あんな風に微笑んだりはしなかっただろう。
しかし、自分の思いがラビに届いたかは一目瞭然だ。
「は?」
まるで理解できない怪物を見るようなーーー否、もはや嘲弄の片鱗すら見せ、ラビは失笑を零す。
「馬鹿か、君は。コイツらが、人間?作り物でねーと?ハッ」
鼻を鳴らし、ラビは嗤う。
よくも。
ぬけぬけと。
「人を作れるンは神様だけだよ、イオト君。その神を不遜にも真似て、ヒトは己の分身を作った。その結果生まれたンはコイツら機構人形だ。神の傀儡が真似事したってろくなモンが生まれやしねェ。・・・奴さんだって判ってた筈さァ」
「ーーッ!」
「・・・ぅいい。もういいよ、お兄さん・・・っ」
シーナが諦めたように目を伏せるのを、イオトは黙って見ているーーそれだけの事が、このときは出来なかった。
すぐさま横からラビの拳銃に飛び付き、そのまま銃の射線上からシーナを外す。そのまま、ラビの手から無骨に黒光りするそれをもぎ取って、
「ーーーー喧嘩で私に勝ったことが、一度でもあったンか?」
暴力的な囁き声が背中をぞっと撫ぜたのと、暴風のような力がイオトの体に働いたのは寸分の狂いなく同時。そのまま片腕を払われ車内の壁に押し付けられる。
年下とはいえ成長期真っ盛りの少年だ。体重も筋力もそれなりにある。そんなイオトをまるで苦もなく、完膚無きままに押さえつけたラビは、イオトが呻くのを無視して運転に戻る。
「ーーー。手加減の一つくらい見せろ、ラティビ。可愛いげのない」
「生憎、私は完全に相手ぶッ潰しても可愛いままなんで〜」
後部座席での一部始終を横目で見ていたエソロー爺が言う。それに対してラビは軽口で応じた。
終始、飄々とした態度が抜けないラビにエソロー爺は軽く息を吐く。
「ともかく・・・ラティビ。そのアンドロイドをぶッ殺すのは止めるぞ」
片眉を上げる気配。
「へェ、イオト君に肩入れするンで?」
「いや。ーーーなぁ、嬢ちゃん」
「・・・は、はいっ!?」
直前の空気を引きずっていたのもあったのだろう、突然の呼び掛けにシーナが肩を跳ねさせ、姿勢を改めた。エソロー爺はそんな銀髪の少女に対して、複雑な念を圧し殺しているような眼差しを向けた。
まるでーーーーーーーそう、死んだ知り合いの子供を預かってくれと言われたときのような。
「嬢ちゃんの、お仲間とのリンクは生きてるんだな?」
「え、っと・・・いえ、どうやら無反応です。先の戦闘の前、イオトさんに会う前から交信システムが熱でダウンしてまして」
「だそうだ、ラティビ。オマエがこいつを殺す理由は、今潰れた」
「・・・・・ふ〜ん」
ラビはつまらなそうに唇を尖らせたーーー否、それだけではなさそうだったが、顔を背けられたのと常日頃からの飄々とした態度でよく分からなかった。
「ーーー、」
ふと、イオトはシーナを見た。帽子の鍔に隠れ、表情は分からなかったが。
「ーーーーーーっ」
その両手が何かを祈るように組まれているのは見えた。
*
家に着いたのは、陽が完全に沈み、辺りが砂漠の静謐と闇に支配された頃だった。
四人が玄関を抜けたところでイオトが燭台の蝋燭に火を灯し、部屋がほんのりと明るくなったところで、エソロー爺はイオトから目を逸らしながら言った。
「イオト。お前に猛省してもらうのは当然の事として・・・いや、先にこれを見た方が早い」
嫌な予感がする。勝手に乗り物を借りたのも、貴重な燃料を使い果たしたのも悪いと思っているが、それでも悪感は収まらなかった。
そんなイオトを尻目に、エソロー爺は戸ーーーイオトの部屋の戸を開け、顎でその部屋の方をしゃくった。中に入れ、ということらしい。
ドキドキしながら部屋に入り、そこで目にしたものは。
「ーーーーは」
陶磁器の如く白い肌。華奢な体躯と、それに似合わない程の重装備。長く伸ばされた繻子の白銀の輝きと、右腕の刻印。しかし、そのベルベットの瞼は閉じられており、その肌の色も相成って死人のようだった。
左腿の外側にはコードと、バッテリーが繋がれており、彼女がアンドロイドであることは確かだ。
ただ、シザとは雰囲気が異なる。恐らく、軽装のシザに対してこちらは重装備過ぎるからだろう。背中には推進機の様なものも確認できる。
そして、彼女の右肩には「こう」刻まれている。
ーーーー〈M-0E6h:engel〉と。
***
こんにちは。今回もご覧いただきありがとうございます、皆さん。
今回、ようやく応募頂いたキャラクターの一人目を出すことが出来ました!
キャラクター原案は・・・不明機さん!ありがとうございます。
不明機さんに応募頂いたのは、最後に出てきたアンドロイド、「エンジェル」です。
まだキャラクター募集中なので、是非皆さんの素敵なアイディアをキャラ募集用スレに投稿して下さい!
キャラ募集用スレには、親スレッドに貼ってあるリンクから行けます。是非どうぞ。
- Re: ジルク【キャラ募集中】 ( No.12 )
- 日時: 2019/11/18 20:39
- 名前: マー (ID: noCtoyMf)
まだキャラ募集してますか?
- Re: ジルク【キャラ募集中】 ( No.13 )
- 日時: 2019/11/19 23:54
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=1260
マー さん
はい、ただいま絶賛キャラ募集中です(連載終わるまで募集しようかなと)。ただ、このスレッドには投稿しないで下さい。ちゃんと投稿用のスレがありますので。
上にURL 貼っときますね。詳しくはそちらのスレに書いてあります。
今後とも、よろしくお願いします。
*
皆様、更新はもう少し待っていただけると幸いです。
- 十一話 ( No.14 )
- 日時: 2019/11/28 19:01
- 名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)
こんにちは。
皆さん、閲覧数1000突破しました。ありがとうございます!ここまで来れたのも皆様のおかげです。
頑張ってガリガリ書いていくのでどうぞ、お付き合いをば。
それでは、本編どうぞっ!
***
1
闇の中を、揺蕩う意識だけが漂っていた。
「ーーー、」
不意に、この虚無の中に、不鮮明な声が聞こえた。
暗澹にくぐもる、声音が。
《パルス確認》
《自我境界、正常。被観察対象の起動指数到達まで推定0,6》
《リアクター正常。子機に点火、、、確認》
《予備電力101%、臨界突破》
《アクチュエータ動作確認、、、感度良好》
『よし。・・・これより起動実験に入る』
『了解』
『新型リアクターのお披露目だ。さあ、お前の実力を見せてくれ』
《Nab486型リアクター、稼働率33%。電力充填完了。外部電源との回路遮断、、確認》
《起動準備完了。アクチュエータ活性化。ソレノイドバルブ、圧力許容範囲内》
《第一から第四までのインタークーラを作動》
《回路正常。負荷許容範囲内》
《OS起動。ver.2,1:testedition》
《データベースas10より、M-43Gl2ユニットのファイルを展開中》
《第三意識隔壁にプロトコル展開》
《シグナル作動。水温、電圧規定値クリア。オールグリーン》
《コンタクト可能》
《カウント省略。メイン接続》
《M-43Gl2'Q7ユニット、起動を確認》
《視覚情報を反映します》
意識が、水面に浮上する。
ーーーーそんな感覚のなかで、何かを呟いた気が、した。
2
場所は変わって、私は第四ケージにいた。
金属製の、天空に架かる要塞の中。無機質と機能性が支配する、冷たい雰囲気の廊下。珍しく無人だ。
その無機質のうちの一つーーー白いベンチに腰を落とし、灰色の寝衣を着た私は俯いていた。
「ーーーーー」
視界の端では、虚しくも二十分ほど前から延々と同じコマーシャルを垂れ流している電光掲示板があり、意識の中でうっすらと空転している。いい加減、頭に染み付いてきそうだ。ずっと頭の中に図々しくコマーシャルのメロディラインが流れ続けているのだから、心を蝕むのも道理と言える。
ただ、ここから重い足を動かして移動したいとは思わなかった。
新しい身体に慣れていないからではない。ーーー気持ちの問題だ。
「ーーーっ」
正直なところ、まだうまく整理がつかないのだ。唇を噛み、頭を抱え込む。そうしても何も考えが浮かんでこない。
人気のない場所を選んで蹲っているのも、これが理由だった。
私は、誰。
その言葉だけが、永遠と脳裏を廻り続けていて。
自分が『二人目』であることは自覚しているーー筈だ。〈M-43Gl2〉という自分の識別コードも聞き慣れたものだったし、そこに「Q7」という響きが加わっても受け入れる事ができた。これが、新しい身体を与えられた私の名前なのだと、すんなりと。
でも、それとはまた別の話なのだ。
新しい身体に魂を移した状態の私は、それ以前の私が何をしたのか一切合切忘れているーーーーーとは、起動したばかりの私に説明された事のうちの一つだ。
無論、訓練所時代の事は覚えている。学んだ戦術や部隊の基本展開の技能なぞ忘れる筈もないし、そこで、妹と呼ぶに等しい位の間柄がいたことも。
しかし、私の覚えている記憶はそこでぷっつりと途絶えている。縒り集まって形作られている記憶の糸を辿って、過去の頁を見ようとしても、脳裏に映し出されるのは最後の記憶ーーー決別の朝のところで終わっていて。
それなのに。
それなのに、これは何だ。
何故こんなにも、胸が締め付けられるのだろうか。
何も、覚えていない筈の私が。
何も、持ち合わせていない空っぽの私が。
この、たった二文字の響きに、何故ここまで。
シザ。
これは、一体何の残滓なんだろうか。
白昼夢の追憶か。
幻想の虚構か。
蜃気楼に映る、虚像か。
あるいはーー否、有り得ないだろう。
思考回路を廻る謬見を、詭弁を、理性が駆逐して廻る。
私は首を振った。
それは考えてはいけないことだ。
だって。
考えればきっと、求めてしまうから。
求める資格なんて、私には無いのだから。
だが、考えまいと、思うまいとするその行為は、考えることと一体何が違うと云うのか。その響きを意識から外そうとすればするほどに、それは己の存在を主張する。
知らない筈の記憶。覚えのない筈の声。ある筈のない出来事。現実と、記憶と、事実と、追憶と、矛盾を抱え、乖離し、齟齬が生じて。
私は、自分を知らない。
自分が、何者なのか。
自分が、何をしたのか。
自分は、何を求めたのか。
自分は、何を想ったのか。
自分は、誰に出会ったのか。
自分は、誰に求められたのか。
何も知らないまま、図々しくもこの身体に意識を上書きして。
私は、誰なのだろう。
そのーーーたったそれだけの答えが、いつになっても出てこない。それだけの証明が、自分の価値観のなかで為されない。
存在意義。
存在証明。
曖昧になって、揺らぐ自分。
持っているはずのない記憶、それを持っている自分が一体誰なのか解らなくなっていくのを、混濁した思考に自覚していた。
「ーーーー」
「っ、」
そんな思考を展開していた私は、唐突に知覚した靴音で椅子から勢いよく飛び上がる。そのまま壁際に移動し、右腿のホルスターに右手を滑らせて自動拳銃のグリップを掴もうとしーーーー空振った。
そうだった。ここは地上ではない、〈ジルク〉第四ケージ。武装など装備している筈もない。
「ーーーここに居たのか、43番」
その事に気付いたのと、声が掛けられたのは同時。その聞き覚えのある声に警戒を解き、一歩進み出る。相手の姿を視界に捉えると、インターフェースに彼の階級が表示された。
日光の光が直接届かない〈ジルク〉では珍しいとも言える褐色の肌。きっちりと切り揃えた短い黒髪。少し切れ長の目には髪のいろと同じ瞳。
デロル・ヘーデンヴィーク大尉。40型及び50型アンドロイドの開発最高責任者直属の部下の男である。
「大尉。失礼を」
「急用だ、今はいい。それよりーーー」
彼のーーー判りづらかったがーーーいつもよりもさらに緊迫した雰囲気を感じとり、悠長にしている暇がないと悟った私は意識を改める。
黒い瞳と視線が交錯する。
「ーーーカービス少佐がお呼びだ。着替えを済ませたら至急、第二発令所まで来い」
3
寝衣から着替えた私は、デロル大尉の少し後方に続いて歩いていた。
コツ、コツと、無機質でどこか物寂しい金属製の冷たい廊下に二人分の足音が響く。
第二発令所から歩いて五分ほど。小さな金属製の扉は廊下の先に現れた。扉の横に貼られている金属プレートに刻まれているのは、『技術部少佐執務室』の文字。
そのプレートの横にあるカメラが、デロル大尉の網膜を認識。セキュリティが解除され空気圧のドアロックが外れる音。扉が開く。
「ここだ」
大尉に促されるまま執務室のドアを潜ると、無機質な金属製の椅子とそこに座る人影が私を待っていた。
「ーーーなんだ、似合ってるじゃない。新しいスーツも」
とは、椅子に座っている彼女が、私の格好を見て口にした言葉である。
年齢は三十路。長めの黒い髪を纏め、軍服の上から白衣を羽織った女性だ。柔和な顔立ちをしていて、場の緊張感にも若干の柔らかさが残る。
彼女こそ、私の生みの親といっても過言ではない、現アンドロイド開発最高責任者ーーー、
「ーーーお呼びですか、ツグミ・カービス少佐」
「なんだ、もう少し反応するかと思ったのに」
せっかく褒めたのに、と少佐は唇を尖らせる。ただ、彼女も悠長にしている暇はないと分かっているらしく、「さて」と素早く切り替えた。
「大尉。悪いけど、少し外して貰えないかしら。ここは、女二人で話したいの」
「分かりました。何かあれば、声を掛けてください」
少佐の軽口にも反応せず(もしかすると単に気付いていないだけかもしれないが)、大尉は執務室から退場した。
その様子を見届けたあと、少佐は此方に向き直った。
「勿体ぶらずに単刀直入に言うわ。ーーー貴女に、極秘任務を担当して貰いたいの」
「私に・・・何故?」
通常であれば、司令部から出撃のサインが出て、初めて地表への降下が許可される。司令部以外ーーましてや、技術部からの出撃命令は有効ではない。
故に許可云々ではなく、純粋に疑問をぶつけた。
少佐は、長い息を吐き、「説明が必要ね」と立ち上がると、タブレット型の情報端末を差し出す。差し出されたそれを受け取り、資料を読み込む私の横で少佐が説明を始めた。
「あなたたちの処理系統は、人造の脳組織とそれを補助するAIによって成り立っているの。あなたのような40系や最新型の50系ーーー10系の後半モデルからはみんなそう。でも、」
「ーーーそれ以前は違う、と」
此方の問いかけに頷き、少佐は再び椅子に座る。
「初期のアンドロイドーーーもっとも、極初期型のものだけれど、試作・試験用の0系はAIのみが搭載されていた。勿論、あなたの補助用のものよりも複雑だけどね」
苦々しく笑いながら少佐は話す。
「だからかも、知れないけれど。ーーー三年前、とある初期型のアンドロイドが暴走して、ここの外壁を突き破って地表に落下したの」
「ということは、」
「ええ。ーーー貴女に、その回収を頼みたいの」
なるほど、確かに流れ的にはそこに行き着くだろう。しかしだ。三年前のその事件は確か、未解決で終わったのではなかったか。訓練所時代に、その事件についても耳にした。
「確かに。その疑問ももっともと言えるわね。・・・ただ、状況が変わったの」
「状況?」
「そう。ーーー三年間音沙汰無しだった、その暴走したアンドロイドの電波を傍受したの。・・・恐らくは起動したのだと推測されるけど、トリガーは不明。何故・・・?」
少佐は、何かを考え込んでいる。
(ーーーまさか彼に接触した・・・?いや、でも彼は『鍵』を持っていないはず。だとすれば・・・)
「・・・少佐?」
「・・・ううん、何でもないの。任務の話だったわね」
しかし、すぐに話題を戻された。何だか、釈然としない。
「上の動きも予想できないから、できうる限り回収を急いで。・・・大丈夫、話は私から極秘裏に、貸しのある人に通してあるから。ああそれと、」
「?」
「今回の案件は貴女に一任します。支援物資も用意済みで・・・どうしたの?」
「ーー。いえ、ただ、その大任、私に務まるかどうか」
正直なところ、戦力的に十分かどうか怪しいところだ。大型の『オスティム』に遭遇した場合、機構人形一人で立ち向かい確実に撃破するのは難しい。その上、狙撃手ならまだしも近接戦闘を主とする私では、同じく至近距離で絶大なアドバンテージを持つ種に、果たして敵うかどうか。
しかし少佐は少し呆れたように息を吐いた。
「あのね。この際だから言っておくけど、あんな存在価値の怪しい武器使ってるの貴女くらいよ。むしろ、あの考えた奴の気が知れないイカれた棒っきれ振り回してる癖して北部戦線撃破数ナンバーワンとかいう数字叩き出してるのも貴女くらいしか居ないんだから。それに、」
銀と黒の視線が、瞳が、交錯する。ーーーそういえば以前、こんなことがあったような。
「今回、貴女の身体は新型リアクターに換装済みなの。・・・そのテストも兼ねての任務だから」
何故か、痛痒を堪えるような顔を覗かせた少佐だったが、すぐさまそれは見えなくなった。
釈然としない何かを感じつつ、敬礼をした。
「了解です。ーーー我らが天空の砦に、栄光あらんことを」
「ええ、頼んだわよ」
微笑み、少佐も敬礼を返しーーーそこで思い出した。
そういえば、何処かで少佐に似た顔つきの人に会ったような。
そんな感慨は無視し、問う。
「少佐。あとひとつだけ、宜しいですか」
「なあに?」
「ふと気になったのですが・・・少佐は何故、私たち機構人形を作るに至ったのかと」
凝然と、目を見開く気配。
それからツグミ・カービス少佐は、苦笑した。
「ーーー。私ね、子供がいたの」
「子供、ですか」
「そう。男の子で、まだ生まれて間もなかった。・・・でも、16年前に離れ離れになって。それきり」
「それって、」
「・・・ああ、別に誰かにさらわれたとか、そういう訳じゃないの。ーーー私が捨ててしまった」
毒をーーー16年間溜まったような毒を吐くように、少佐は言葉を綴る。
「あの子がどうしているのかも、今となっては永遠に分からなくなってしまった。愚かなことをしてしまったわ」
涙を堪える様子を見て、私は後悔した。ーーー酷く無粋な真似をしてしまったと。
これ以上は、もう。
「ーーー。失礼しました。少佐、ありがとうございます。ーーーーでは、任された栄誉、果たしてきます」
「ええ。武運を」
再び敬礼し、その場を離れる。
このときは、それだけで終わった。
4
機構少女が退室し、静寂を取り戻す執務室。
その中に置かれている椅子に体重を預け、ツグミは先の会話を思い出す。
「・・・・16年前、ね。もうそんなに経つの」
垂れてくる前髪を掻き上げ、嘆息した。
(今になって件のユニットが起動したのは、あの子が接触したからかしら。だとしたら、)
そして、デスクの上に置いてある書類ーーーM-43Gl2ユニットの、記憶情報を見やった。
「43。もし貴女が、あの子をーーー、」
思い至って、首を振った。
ーーーー母親としてのツグミは、それだけは己に赦さなかった。
- 十二話 ( No.15 )
- 日時: 2019/12/11 20:57
- 名前: おまさ (ID: XgYduqEk)
「ーーーーーは」
思わず息を漏らしてしまったのは、この状況に既視感があったからだ。
自分の寝台の上に横たわっているのは、その格好や髪、無機質の雰囲気からして間違いなく機構人形であろう。
今回といいシザといい、隣にいるシーナもそうだ。何故自分はアンドロイドとここまで縁があるのか。イオトは純粋に疑問に思った。
とはいえ、今こうして目の前に機構少女が寝かされているのは事実。
「お前を探すためにラティビに車を出して貰ったんだが・・・こいつは、その道中で見つけたもんだ」
目を見開いているイオトの横でエソロー爺が、こうなるに至った経歴を補足する。それを聞いて納得した。
ーーーあちこちが汚れていて、傷だらけだからだ。
白磁を思わせる肌は砂塵で汚れ、その他の傷を負っていたし、服ーーーと言って良いのかは疑問だが、身体に密着するように纏っている布地は傷んでおり、あちこちに穴が空いている。身体にバッテリーから延びるコードが繋がっているが、無事とは言えない状態だった。
そのままにしておくのを不憫に感じたイオトは、顔の砂だけを払ってやる。
*
《》
《》
《》
《》
《》
《code:β302を感知》
《非常用予備回路に切替》
《外部電源を感知。家庭用電源と推測》
《推定残存電力41%》
《機体の損耗率67%》
《第一、第四スラスターの内圧、不安定》
《燃料計算終了。長時間航行は不可》
《ビーコン起動》
《6から32番のバルブを解放》
《フラップを確認、、、背面第四フラップ使用不可》
《アクチュエータ、負荷許容範囲内》
《第二背部スラスターを破棄》
《アクチュエータ活性化》
《アブソーバ動作確《強制割込》
《A.O.A指令部のビーコン感知、リンク回復》
《指示を乞う》
《反応なし》
《アブソーバ動作確認、、正常》
《圧縮窒素封入中、圧力は基準値に対し-05を維持》
《第三から第七のインタークーラ水温、許容範囲内》
《機体の冷却率66%》
《第五燃料ポンプ始動》
《フライホイール回転開始》
《電圧、機体温度、油圧、水温、オールグリーン》
《コンタクト可能、実行に移る》
《カウント省略、メイン接続》
《OS起動。ver,0.08》
《コマンドプロンプトを参照》
《実行中》
《識別番号〈M-0E6h:engel 〉ユニット、起動》
《インターフェース接続》
《視覚情報を反映します》
*
唐突に、目前の機構少女が起動したのを、イオトはただただ呆然と見ることしか出来なかった。
無音で目を開けたアンドロイドの少女は、上体だけ起こしてしばらく周りを見ていたが、イオトが視界に入ったと分かるや否やイオトのことを凝視している。
「・・・シーナ、何か分かる?」
「ーー、ううん。その子にコンタクトを取ろうとしたけど、OSが非対応・・・・・って、まさか」
シーナは、しばし柳眉を寄せ、不明機の少女を注視する。ーーー正確には、少女の右肩を。
「ーーーまさか、試作0型・・・?それに『engel』って・・・もしかして、例の計画のテストベットとか」
「例の、計画?」
聞いたことのない単語に首を傾げると、シーナは話そうか否か少し迷ってから「うん」と言葉を続けた。
「ーーーーーEA計画。ユソーキを使わずに、部隊を直接送り込む為のアンドロイドをリョーサンする計画だったんだけど、途中でトンザしたみたい」
「輸送機を使わずに、ねぇ」
成る程、アンドロイドは〈ジルク〉から輸送機を使い出撃するらしい。確かに、送り迎えを必要としない部隊なら、即座に戦線に配置出来るだろう。
しかし、だ。
それを人のサイズで実現するには、いかな〈ジルク〉とて莫大な時間と労力が掛かるだろう。勿論、金も。
だとすれば、計画が途中で破棄されたのにも頷ける。
この少女は、その計画における試作機、ということか。
それにしても。
「何で今、起動したんだ?」
疑問の着地点はまさしくそこだ。
過去の計画のもたらした遺物と考えれば、この機構少女が最後に起動したのはかなり前の筈だ。沈黙のまま砂のなかで今まで時間を浪費してきたのだから。
それが、何故今更ーーーイオトが額に手を翳したタイミングで。
「うーん・・・試作0型は、ごく初期のアンドロイドだからなあ。詳しいことはあまり残ってないの」
「ーーー。ーーーーイオト」
唐突に、沈黙を守ってきたエソロー爺が口を開く。それにもっとも早く反応したのはイオトーーーーではなく、隣でずっと黙っていたラビだった。
「!?ちょ、ちょいオッチャン!?言ッちゃっていいンスか、それ」
「もう、潮時だろう。こいつも大きくなったものだし」
ええ、と溢してからラビは、
「そーじゃなくッてッスね・・・。ーーーーアンタはそれで、良いのかッつーことッス」
「・・・・。」
その言葉に、エソロー爺は珍しくも目を見開いた。そして、そのあと刹那逡巡しーー、
「ーー。ーーー。ーーイヤ、いい。悪いな」
「う、ん・・・?」
「・・・まー、滅茶苦茶不自然な誤魔化し方になったッスね・・・。ねェ、オッチャン?」
半ば煽るように問い掛けるラビに、憮然とした様子で顔を背けるエソロー爺。その様子を、イオトはどこか釈然としないまま見ていた。
そうして、改めてイオトは件のアンドロイドに向き直り。
「うーん・・・」
「お兄さん、また名前考えてるの?」
見上げてくるシーナ。
「わたしは・・・その、割と嬉しかったけど・・・何で名前、付けてくれるのかな、って」
少し頬を赤く染めながら、シーナは問うた。その少女の問いに、イオトはしばし考え込む。
「名前、か」
思えばあまり、考えたことがなかった。なるほど、本来無機質な番号で呼称される彼ら彼女らが行き着く当然の疑問であろう。だが、情けないかな、イオトには特に明確な理由があるわけでは無かった。
ただ、ぼんやりとではあるが、己の根底に何かが渦巻いていることは自覚していて。
上手く言の葉にのせられないのがもどかしい。
でも。
それでもなんとか、自らの内に浮かび上がってくる物を拾い、形にし、綴る。
酷く、たどたどしくて、拙いものになってしまったけれど。
だけど。
想いは。
「ーーーオレがそう呼びたいから、じゃ駄目かな」
嗚呼、何て酷い独り善がりなのだろう。
きっと、これはイオト自身のエゴなのだ。
呼びたいから、だなんて。勝手も良いところだ。
傲慢で。
我儘で。
けれど、それを自覚した上でもなお、イオトは高らかに主張していたと思う。
「番号で呼ぶのは、何ていうか距離があるような気がするし。嫌なら改めるけど」
ーーー否。
違う。
そうではない、と内なる自分が吐き捨てていた。
多分、自分はそんな権利もないくせに彼女たち機構人形を哀れんでいた。
まるで籠の中の鳥のように。
名前こそ、その枷を砕くための術だと。
せめて、番号ではなくちゃんとした名前で呼んで、ある種の呪いのようなものから解放してあげたいと、そう思って。
故に、憐憫を以て銀髪の彼女に名前をあげた。
あのときからーーーシザ、と名前をあげた時からイオトの業は始まっていたのだ。
そして、それに気付きながらも強引に無視する今もまた。
この感傷を抱いていながらもなお、シーナに誤魔化し続ける自分は、嘘つきだ。ーーー否、大法螺吹きだ。
「ごめん、上手く言葉にできなくて」
そう口にすると、シーナはううん、と首を振った。ひどく嬉しそうな顔だった。
イオトは罪悪感を噛み潰す。
「いいの。ーーーーありがとう」
その答えが、本心からのものなのか、こちらの罪悪感に感付いた上での優しさだったのか、このときのイオトは判らなかった。
ともかく。
「どんな名前にしたもんか・・・」
「0」なら、「レイ」とかーーーーーーーーーー否。
・・・・「E6h」か。
そして閃いた。
「ーーーーイロハ、とかどうかな」
見上げる、視線。
シーナではない。ーーー何故なら、その視線は銀色ではなかったからだ。
青緑の、無感情の瞳。
「・・・。」
大変判りにくかったが、彼女ーーーイロハは、無言で同意しているようだった。
- 十三話 ( No.16 )
- 日時: 2020/01/04 14:27
- 名前: おまさ (ID: fQM5b9jk)
更新遅くなりすみません。言い訳をさせて頂くと、純粋に年末忙しかったからです。
今年も今までに比べ更新遅くなると予想されますが、どうか皆様宜しくお願い致します。
それでは、「あけおめ」の掛け声と共に、本編をお楽しみください。
*
さて、場面は件の機構少女の命名から少し後。立ち上がったアンドロイドーーイロハをイオトはまじまじと見つめていた。
身長はシザと同じくらいか少し高い程度。シザのものよりも無表情で眉尻が垂れた目と視線が合う。
それはいいのだが、それはそれとして。
「・・・あのー、黙っていられると不安なんで、何か喋ってもらえると助かるんだけど・・・」
「・・・。」
言っても、困ったようにイロハは黙り込んでいる。その様子が余計に人外さを主張していた。
無機質を孕む、表情。堪らずイオトは隣にいたシーナに「あのさ」と話し掛けた。
「あいつ、喋れないの?」
「うーん・・・。0系の事に関しては、あまり情報が出ていなくて。詳しいことは分かんないけど、多分簡単な意志疎通は出来るーーーと思う」
「意志疎通、か。筆談とか?」
何気なく答えると、何故かシーナは驚いたように目を見開いて此方を見返してくる。
「筆談ってーーーお兄さん、字が書けるの?」
「え・・・?いや、だってそりゃ書けるでしょ。誰だって」
「そうじゃなくって・・・」
刹那だけ逡巡した後、話しても詮無いことと追及を諦めたらしく、シーナは口を閉じた。
「意志疎通って意味じゃ、シーナも何かイロハに送ることは出来ない?」
「さっきテキストを送ってみたけど、反応なし。届いてないのか、それとも別の問題があるのかは分かんない」
「別の問題?」
言いさして考え込む。メッセージが届いていない以外の問題となると、なるほど限られてこよう。
自分であれば?もし仮に、自分が相手からの呼び掛けに反応しなければ、それは一体どういう状況なのか。勿論、耳が聞こえない以外の理由で。
その人を蛇蠍の如く嫌っているとしたら?あるいはーーー、
ーーーと、思考を展開していたその時、イロハが唐突に跪いた。
「「え、っ・・・?」」
驚いたのはシーナも同じだったらしく、呆けた声が重なる。重なった二人の声は、事態の異常性と予想外の展開の具現化に対しての証明となり、命題を締め括る。
普段飄々とした態度を崩さないラビですらも、目を見開いた表情。エソロー爺ですら、片眉を上げていた。
最敬礼ーーーイオトの知識が正しければ、イロハの姿勢はそれに当たる。君主に対し、従者が最大限の忠誠を誓う時の姿勢だ。
そして何故か、あろうことか自分に、この機構少女は忠誠を誓っていた。訳が分からない。
「・・・ぁ」
僅かに聞こえた声音はイロハのものだ。儚く、脆く崩れ去って、虚空の掬う星屑に消え失せてしまいそうな声。無表情さとは裏腹に可愛いげがあるとぼんやり思う。
しかし、事態は分からなくなるばかりだ。自分が顔に手を翳したのを見計らったかのように起動して、そればかりか主の如く己の身を以てイオトを守ろうとしている。
守られる価値なんて自分にある筈もないのに。疑問と自嘲が混ざる。
愚者を救う翼ーーー法螺吹きの忠実なる僕。
詭弁と劣等を塗り固めた男の、下らない願望の遂行者。
その機械仕掛けの執行人は、自嘲に沈むイオトの前で跪いたまま、首だけを明後日の方向に向けた。
気付けば、シーナもイロハと同じ方向を向いていた。
「・・・何かが、迫ってきている・・・?」
シーナが溢した。はっとなり必死に耳を澄ませるも、なにも聞こえない。
「レーダーに反応はある・・・けど、これは何か判らない」
「距離は?」
「多分、7、800メートルくらい。ホソクケンナイにぎりぎり収まってる感じ」
柳眉を微かに寄せ、五感のうちのいずれかーーー否や第六感まで総動員しているシーナ。五秒ほど集中していたが、暫くするともどかしそうに、
「っ、」
「おい!?」
立ち上がり、家を出ていく。その背中をイオトは慌てて追いかけた。
*
「・・・で?どーすンスカ、オッチャン。イオト君出ていッちまいましたけど」
「まあすぐ戻って来るだろう。・・・戻ってくるのか、あいつ?」
「確かに、イオト君は最近、何かと巻き込まれてる気もしなくッはないッスけどね。疑心暗鬼になる気持ちもわかるッスよ」
「ーーー。じゃあ、お前さんに任せるか。ちょっとイオトの後を追ってくれないか」
「・・・」
「ちょ、ちょっとオッチャン、言いたかないッスけどアンドロイドにイオト君を任せるンスか!?」
「じゃあ仮に、お前があのでっけえ奴ーーー〈オスティム〉だったか?あれに出くわしたら素手で勝てるか?」
「・・・答えの見えてること問わねーで欲しいッス」
「つまり、そういうことだ。だいぶ損傷しているとはいえ、こいつは奴さん達と渡り合うために生まれたんだ。遅れは取らんと思うが」
「そうッスけど・・・」
「じゃあ、そういうことで頼んだ」
「ーーー。ーーーーーー。」
「・・・感情の起伏が少なくて頷いてても何思ってンだか分かんないッス」
「それで?さっきイオト君、めッちゃ銀色の子に驚かれてたけど、ひょっとしなくても字ぃ書くの教えたの確定でオッチャンじゃないッスか」
「・・・」
「しかも・・・よりにもよって"あっち"の字でしょ、教えたの」
「・・・」
「図星だからッて黙り込まないで欲しいッス。別に怒ってる訳じゃないンスから。ただ、そういう所でも気を付けろ、って言いたいだけッス」
「説教じゃないか」
「説教ッス。つーかもうそろそろネタバレしてもいい頃合いだと思うんスけどねぇ。十六年も経ったンだし?」
「・・・うるさい。お前には解らんよ」
「ハイハイ、素直じゃないンスから」
「ーーーお前には、解らん」
懺悔と感慨を含んだ老人の呟きを、聞くものは誰もいない。
- 十四話 ( No.17 )
- 日時: 2020/02/21 19:22
- 名前: おまさ (ID: fwxz9PQ9)
1
ーーー砂に足を少しとられながらも、赤い砂丘を駆け登っていくシーナの小さな背中をイオトは追いかけていた。
砂を蹴散らし、踏みしめ、掬って、巻き上げて。足元に体力を僅かに削られながらも砂塵を撒き散らし、シーナに徐々に追い付いてゆく。
そういえば、シザのような戦闘用アンドロイドはともかくとして、シーナのような非戦闘要員はあまり足が速くないのだな、とぼんやり思う。
「ーーこで、いっか」
砂丘を登り終えた辺りだろうか。シーナが足を止め、何事か呟いた。
少し息を弾ませ、イオトはシーナに追い付いた。
「おい、急にどうしたんだよーーー、」
「ーーーしっ」
言いかけると、シーナはこちらの唇に白い指を当てて先を続かせない。いきなりの行動に、男の子的な事情で少し硬直しているーーー普段ならそうしただろうが、シーナの表情を見ればそれはできまい。
シーナは、その柔和な顔に僅かな緊張を滲ませていたから。
「これから、目標の観測を行う。観測に影響しちゃうから、静かにしててね」
「わ、かったよ。………….でも、いきなり何も言わず出ていかないでくれ、頼むから」
「…..ゴメン」
長めの睫毛を伏せて謝罪したシーナ。その様子を見ながらイオトは、一つだけ疑問に思う。
ーーシーナといいシザといい、何でこう人間らしく作られているのだろうか、と。
戦闘人形に、表情を作る機能など必要ないはずなのだ。本来の目的だけを加味すれば、それこそ敵を屠るだけでいい。表情や感情、ちょっとした仕草など、生産性を落とすだけの無駄な機能だろう。
人形は、いくら人間の形をしていたところで、所詮は作り物。魂の器にはなり得ない半端物に過ぎないのだと。だから当然、表情なんてなくて当然で。
それなのに。
何故。
思い出すと胸が苦しくなるほどに、彼女は美しく映ってしまうのか。
「よいしょ、」
ふと、声に思索から抜け出して見れば、シーナはてきぱきと何かを組み立てている。重そうなバックパックを砂の上にどさりと下ろし、下ろしたそれから何かを取り出した。
黒くて、無機質な金属製の箱だ。側面には冷却用の吸気口のようなものと、スイッチ類が陳列している。スイッチの横にあるジャックにシーナは何かを繋ぐと、再びバックパックから何かを取り出した。
黒と白のツートンのそれは、二対になっていた。シーナが両耳を覆うように二対のそれを着けた途端、変化が始まる。
摩訶不思議なぎんいろの流体が滲み、対になっているそれぞれを繋ぐように形を形成する。シーナの頭頂部で繋がったそれは動きを止め、そこから二対の突起ーーー傍から見ればシーナに狐のような耳が生えたように見えるーーーが出現した。
対になったそれの右側からは、口元に何かが伸び。左側からは先程と同じ銀の光芒が煌めき、白くて細いうなじに続いていた。
「……..これでよし。お兄さん、今から遠距離の観測に集中するから、その間周囲に気を配ってて」
「分かったけど……….その拳銃は、どうする」
ぶっちゃけて言うと、その拳銃はたとえイオトが持っていようと大した意味はない。シーナのガバガバのエイムはどうとかはこの際関係なく、ただ純粋に威力の問題だからだ。
フルオート射撃のできる拳銃ならギリギリ牽制はできるかも知れないが、たかがセミオートの九ミリ自動拳銃で〈オスティム〉を迎え撃てるかと考えると流石に無理がある。種類によっては、アサルトライフルの一斉射撃では仕留めきれないものすらいるのが〈オスティム〉だ。仮にアンドロイドが、一斉射撃を援護として薙刀で斬り込んでも、結果玉砕されてしまうこともこの目で既に確認済みである。
無論、そういった強力な種に限って襲ってくるとは考えたくもないが。
つまるところ、イオトの今の提案は護衛的な意味を伴ったものではなく、何もできない歯痒さと気休めのためのものだった。
「じゃ、お兄さんが持ってて」
そう言って右腿のホルスターから抜いた拳銃を差し出すシーナ。その気遣いに甘え、拳銃を受け取る。
黒くて無骨なフォルムの九ミリ自動拳銃は、しっくりと手に馴染んだ。試しに両手で構えてみても、重心の位置が低いためかぴたりと安定する。
「よし」
半自動に設定。スライドを引き初弾を薬室に装填。残弾は薬室内のものも含め合計五発。
この拳銃一丁で確実に身を守れるかは微妙なところではあるが、少なくともすぐ死ぬ心配だけはしなくて良さそうだ。イオトは内圧を下げるように、深く息を吐いた。
それと同時にシーナは観測機の索敵能力を完全に解放する。光芒が首筋に伸びる白銀の紗を駆け巡り、白銀の瞳が鴇鼠に淡く発光。それと共に幻の熱が頭蓋と眼窩、脊髄にかけて伝播する。
於菟の両耳を象った探査アンテナから流れ込む膨大な情報量を処理、処理、処理処理ーー。
「っ!お兄さん、正面2時方向、獺型強襲種!」
ーーーそうして、果たして処理した情報の通り、突貫が来る。
その体躯、獺の如し。嘶き、殺戮本能の儘に鈍く光を宿した紅蓮の双眸と、漆黒の爪牙。
生物本来の姿を甚だしく逸脱ーーー否、冒涜した姿のあれは、〈オスティム〉。
その脅威を目前にしてなお、何故かイオトの意識は不思議と凪いでいた。脛椎の辺りを冴えた意識で照準し。
「ーーーーーっ!」
撃発。
スライドが後退。空薬莢の排出と同時に両手に伝わるのは、九ミリ弾とはいえ強烈な反動と震撼、そしてスライドからの熱。
それらのエネルギーを以て、貧弱な九ミリ弾は夜の澄んだ大気を縦貫する。およそ360メートル毎秒の弾速と、それが有する運動エネルギー、そして集中力も合わせればーーー奴の身体機能を破壊することなど造作もない。
朱の色彩が僅か宙を舞い、〈オスティム〉の咆哮を断末魔に塗り替える。力なく、僅かに四肢を震顫させたと思うと、そのまま砂丘へ命を散らした。
ーーーーその様子を見届けてから、イオトは己の心拍数が上昇しているのを自覚した。
「は、ふぅ………」
「まだ!次が来る!」
息つく間も無く。
そう。
息を吸うことすら忘れ、イオトは第六感に近い感覚で銃口を定める。次は二体。続けてトリガを引く。拳銃は手のなかで暴れるが、こちらも何とか命中。掌に痺れ。
「今のところ、何とか当てられてるな………」
銃口から僅かに昇る煙を見ながら、痺れた手を軽く振る。
我ながら、初めての射撃にしては中々上手く出来ている方ではないかと思う。まあ、シーナの拳銃が扱い易いといった点もあるが。
残弾は残り二発。そろそろ弾倉をーーー、
「っ!?」
シーナの戦慄の気配にイオトはふと我に返る。
「シーナ、どう…….」
「ーーー南西より距離、およそ200」
少女は、震える唇を引き結び、恐ろしい観測結果を報告する。
「………駆逐攪乱種、多数……..!?」
2
人は、無力だ。
如何な英雄や豪傑、猛者とて世界に歯向かえる所以も道理も、存在すらこの世界には許容されていない。
如何な愚物や只人、蛮輩とて運命を謗り貶める故由も理屈も、縷述すらこの世界では誅殺の罪に値する。
故に。
仮に、世界に、運命に、摂理に、未来に、過去に、克つ存在が居たとするのならば。
人はそれを、「神」と崇む。
ーーーーそして、御身の叡慮を為すべく、爪を、牙を、骨を、命を以て福音に報いるのだ。
3
静謐と宵闇が辺りを抱擁する砂丘。そこに人影がぽつんと佇んでいた。
細身の“それ”は、白銀の短髪を夜風に晒しながら疲れたように呟いた。
「……やれやれ。また今回も事務処理か、面白くない」
テノールの響きは、砂風に掻き消される。
「直接干渉する訳にはいかないけれど。でも、僕らの敵を傀儡にするのは興醒めだと思うな」
人影は、退屈と呆れ、僅かな諦念が混ざった声音で、宣う。
「まあ、僕も造られたものに過ぎない。命令には常に忠実に、従順な木偶人形でいるべきだ。けれどさ、それってどうなのかな。特定のやり方に固執するのは面白味に欠けるのに」
人影は、ゆっくりと両手を掲げた。
「事務処理、後処理、後始末。つまらないよね。ああ、なんて心踊らない」
言葉とは裏腹に、声には僅かに愉しげなものが滲む。
砂の大地から、月が夜の紗を引き連れて昇る。その月光に透き通るように白い肌を照らされながら、人影ーーー否、少年は嗤う。
「ーーーーー何事も、楽しまなくちゃ」
さらさらと、砂の音だけが高説を聞いていた。
- Re: ジルク【キャラ募集中】 ( No.18 )
- 日時: 2020/03/10 14:15
- 名前: おまさ (ID: evK4EJEz)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=thread&id=1219&page=1#id1219
↑ジルク関連のイラスト掲示板専用リンクです。
- 15話 ( No.19 )
- 日時: 2020/04/09 15:05
- 名前: おまさ (ID: r1bsVuJn)
1
ーーー駆逐攪乱種。前にもシーナと合間見えた相手だ。こうも相対のスパンが短いとなれば、まさか自分は呪われているんじゃあるまいか。
シザを喰ったあの巨獣には敵わないとて、駆逐攪乱種は恐らく重量級の類に与する〈オスティム〉だろう。当然だが、拳銃じゃあとてもじゃないが太刀打ちは出来ない。
いや、厳密には弱点を突ければ拳銃でも対応可能だ。しかし、この場合は数が多すぎる。
「シーナ!何かないか何か!」
「分、かってる….考えてるよっ……!」
少々刺々しい態度になっているシーナにも余裕がない。イオトよりも情報量を持っている彼女だ、多分イオトよりも焦っているのだろう。
見れば、夜の砂丘の向こうには、夥しい程の砂煙が立ち上っている。それが何なのかは想像に難くない。
「….クソ」
漏れた呟きを尚噛みしめ、イオトは歯噛みする。
今日は、何という日なのか。絶望に絶望を重ねて、自己嫌悪と世界への呪詛に塗れて。
ーーもう、終わりなのか。
この感慨を抱くのも、今日で何回目になるだろうか。
ただ一つ明瞭に己の内にあるのは、世界はこんなちっぽけな感傷に浸ることすら赦してくれないということだ。
事実、 駆逐攪乱種と此方との距離は百メートル程まで迫って来ていた。奴らの機動力を以てすれば、この距離は数秒で詰めることができるだろう。
機動力ではこちらを圧倒。攻撃力も、奴らが前足を振り下ろしてしまえば、脆弱なひとの体など引きちぎってしまえる。とても、拳銃一つで突貫できる相手ではない。
数は質に勝るとは言うものの、質すら劣っている此方に、勝機は皆無。
ーー距離、五十メートル。けたたましい咆哮は、戦陣が鬨の声をあげる様とさながら同じだ。
「….ッ」
ーー距離、二十メートル。その、本能的に畏怖を催す外見と眼光は、一方的な暴力の気配を纏っている。
「………ッ……..!」
そのとき。不意にシーナが叫ぶ。
「ーーー北北東より、不明機接近っ! 時速…257キロ…..!?」
息を詰め、振り返っても遅い。
“それ”は、時速二百キロ超の圧倒的な速度とそれに伴う運動エネルギーを以て、中空を飛来する矢の如く。
“それ”は、月光に煌めく銀の色彩と、宿業の成就が叶えば折れ続けるも由とする氷刃の様な冷徹さを以て。
先頭の勢いを削ぐべく、大気を、砂塵を、敵を縦貫しーーー主の槍となって障害を穿つ。
「ーーーーイロハっ!」
突如として吹き飛ぶ、先頭の〈オスティム〉。その光景にイオトは、安堵のような、歓喜の様な声を上げる。
応じる声はない。しかし、翔ぶ機構少女は先陣の勢いを確かに殺している。数発、閃光の様なものを撃ち込んだ彼女は、派手な爆轟を背景にイオトの目前に背を向けて降り立った。
ーーーその綺羅の装いと、頭上の幻想的な光の冠、煌めくけれど華奢な羽は、確かに天使のようであった。
がしゃり、という作動音に見れば、イロハの両拳の付近が裂けーーー鋭利なフォルムの発光体が顕現する。それが近接武器の類いであることは、その危うい紫紺の光芒を見れば明らかだ。
前傾姿勢で脚部ブースターに点火。重量実に300キロ級の重武装のアンドロイドを200キロ毎時超過の世界に導く暴力的なパワーが、大気と砂を蹴散らす。
「….す、ごい」
飛翔体ならではの立体的な機動で敵を撹乱する様に、思わず感嘆が漏れる。
左斜め上に旋回、そして急降下。
ブースターによって吹き飛ばした砂塵で相手の視界を塞ぎ、その隙をついて敵の斜め後ろに回り込む戦術。口にすればそれだけの事だが、正気の沙汰でないことは確かだ。ーー何せイロハは、それを時速200キロ以上のステージで平然とこなしているのだから。
〈オスティム〉の後方に回り、イロハは自身からブースターを切り離す。ブースターはより高く高度を上げ、….イロハは砂の帳のなか地表に降り立った。
イロハの両拳に装備されている武器ーー詳細は不明だが、いわゆる暗器に近い近接武器では、数多の敵を掃討するのにはあまりに効率が悪い。
何せ、一体一体を相手取らなければならないのだ。近接武器というのはそういうもので、だからこそ敵の射程の外側から面制圧可能な銃器やミサイル、ひいては航空爆弾が、戦争においては発展してきたのだと言えよう。
故に、こう断言できる。ーー殲滅戦において、近接戦闘は愚の骨頂。刃など、以ての他である、と。
無知蒙昧の衆愚の早合点を、しかしイロハは続く攻様で否定し、鼻で嗤った。そして軽く軽蔑するかの如く体現する。
ーー舐めるな、凡愚。
高く高く飛翔したブースターは一定の高度に達すると、変形。そして、
「…あ」
ーーー刹那、ブースターを起点に、放射状に紫紺の光線が大気を灼いた。
2
天誅。そんな言葉が脳裏を掠める。
神に代わり、下賤に誅を下す執行者。“engel”ーー天使の名を冠するに相応しい様だ。
光の矢が数多の〈オスティム〉を貫く様は、宛ら雷霆を想起させた。
そうして生まれるのは、戦場にはいっそ不自然な空白地帯だ。
「…」
それだけの攻撃を成したイロハはしかし、その攻撃を受けあまりの高温に血潮すら流れない屍を意に介さず、地を蹴る。最も近い〈オスティム〉との距離を詰め、一閃。吹き出す青の鮮血。
「……っ、は」
イロハがとどめを刺したとき、イオトは自身の呼吸が止まっていたことを自覚した。あまりの攻勢の鮮やかさに、呼吸を忘れていたのだ。
「ーーー。シーナ、マガジンを」
弾倉を受け取り、思い出したように拳銃をリロード。十六発の九ミリ弾を収め、初弾を装填した。
「……とりあえず、半径五十メートル付近の目標は完全に沈黙したよ」
シーナが目線を此方に向ける。その白い顔が僅かに、緊張が解れたような表情をしている気がするのは間違いではないだろう。イオトも、はりつめていた息を吐いた。
「そ、っか…」
ひとまずは安堵だ。気休めでも、今は余裕が欲しい。
「あ、そうだ。ありがとう、これ」
イロハがいれば、この拳銃がなくても大丈夫そうだ。礼を言い、拳銃を差し出した。それを受け取りシーナは再び表情を引き締めると、少々気まずそうに切り出した。
「お兄さん…?」
「ん?」
「…ごめん」
シーナは、頭を下げていた。
「ちょちょちょ、どういうことだよ。何で頭なんか下げて、」
慌てて頭を上げさせようとしたイオトは、そこで言葉に詰まった。シーナがその容姿には合わぬ、泣き笑いのような自嘲のような、断頭台に上がった聖女の様な、複雑な表情を滲ませていたからだ。
その表情に、感情に対してかけるべき適切な言葉を、イオトは知らない。慰撫の類いは、イオトの語彙は持ち合わせていない。ーーそれが酷く、歯痒かった。
しかし、そんな歯痒さも、続くシーナの言葉と行動の前では焦螟に等しい。
「ーーーここが、終着点みたいだね。イオトも、わたしも」
胸に突き付けられる冷たい感触が、拳銃のそれであることを理解するのに数秒を要した。
- 16話 ( No.20 )
- 日時: 2020/06/04 16:03
- 名前: おまさ (ID: r1bsVuJn)
戦塵の舞う大気の中、冴えた電脳意識に轟が走る。
《警告》
《code:β302発信者の人命的危機を確認》
《X.I.O.プログラムへの抵触を察知》
《故に》
《code:β302発信者の死亡及び致死結果は許容できず》
《code:β302発信者に対する脅威の迅速な処理を強要》
《観察対象82nをcode:β302発信者に対する武力的脅威と推定》
《観察対象82nを敵性存在と確認》
《観察を破棄》
《以降は此を、敵性存在“イデ”と呼称する》
《敵性存在“イデ”の排除を推奨》
《排除開《強制割込》》
《行動を中断》
《一時待機を強制》
《以降は、観察を推奨》
《尚、code:β302発信者の存命危機の事態に対してのみ、此を破棄する》
***
黒光りする拳銃は、……やけに冷えた「死」の気配を纏っていた。
「ーーー、」
眼前に唐突に突き付けられた「死」ーーー理不尽と困惑を嘆かんとして、そこでイオトの言葉は途切れた。
何故なら、その「死」には冷徹な、冴え冴えと研がれた殺意が感じられなかったから。
それを裏付けるかの如く、拳銃は震えている。
いや。
震えているのが自分なのか、はたまた相手なのか。イオトには最早判らなかった。
判らないから。だから、言葉は自然と紡がれた。
「…これで予定通り、か?」
「ーーっ、」
暗くて顔はよく見えなかったけれど、シーナは唇を噛んだらしかった。…こんなときなのに何故か酷く落ち着いるな、とイオトはぼんやり思う。
「…じゃ、あ……お兄さんは……お兄さんこそ、予想済みだって言うの?」
拳銃の震撼は、声にもそのまま現れた。
そしてその動揺は、悲痛に変わる。
「全部…全部全部全部全部っ!わたしを、わたしを…っ……!」
「……」
吠える。糾弾する。
「…赦せるの? ねぇ、わたしを赦せるとでもいうの!? ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ……答えてよ!!」
「何にも持っていない、ただの操り人形に殺されるんだよ? それをあなたは、容れられるって、言えるの?」
「この震えだって、…感情だって作り物なのに」
「表情も、行動も運命も何もかも。全部、錻の紛い物なんだよ…?」
「これまでにわたしは、何をしてきたの…?何を選び取って、何を望んだの…?」
「わたしは……っ、『シーナ』じゃない。そんな上等なものじゃないーーーヒトですらない、47番なんだよ」
「そんなわたしにーーわたしたちに情を抱くお兄さんこそ、ヒトじゃないよ。…ただの、」
ば け も の だ。
化け物だと。人を象った怪物だと、そう言われてもなお。
ーーシザ。
瞑目する。
凪の意識が一瞬、回想する。
そして、回想から回帰した頭の中には、やけに研がれた冴えと圧倒的な熱があった。
その熱が、自らを焼き焦がさんとする自責の業火なのか。はたまた「彼女」への恋心か。それはイオトにもわからない。多分、両方だろうなとぼんやり思う。
カチカチ、という音に見れば、拳銃のトリガーに置いたシーナの指が震えていた。いつの間にか、猫類を模したヘッドセットも砂の上に落ちていた。
ーー化け物は、死しても尚、来るべき場所へ呼ばれる。
だから。
「ーーー」
イオトが目を向けると、シーナは何かを悟った。ぎんいろの瞳が、困惑、理解ーー否、諦観の順に色を変える。
そしてシーナは、心底疲れたように嘆息した。
「…そっか。無駄なんだね、化け物のお兄さん」
イオトは苦笑した。
多分、「化け物」とは少々柔らかい物言いだろう。イオトの積み上げた罪はもっと、重い筈なのだから。
…いや、シザと出会ってからきっと自分は罪しか積み上げていない。
ーー彼女の望みを踏み躙って。ーー勝手に世界の意思を代弁して。
シーナにだってそうだ。シーナの姿に「彼女」を重ねてーーあろうことかそれを当人に見抜かれて。厚顔無恥にも程がある。
酷く傲慢で狭量。それが自分なのだと、醜い己の姿を嫌というほど思い知った。
イオトの苦笑は次第に、渇いた酷薄な笑みに変わる。
その笑みに、シーナが初めて動く。……一歩、後ろに。まるで畏怖に近い念をーー否、実際彼女は畏怖している。未だ此方に銃口を向けた拳銃の震えが一層と激しくなった。嫌々とかぶりを振って、動揺と得体の知れない恐怖に必死に抗うように、拳銃を両手で構え直した。
「……無理、だよ…」
「…」
「こんな、こと……。………人を、撃つなんて。ーーたとえ命令でも、わたしには、ぁ……!」
出来ない、と言外に言ったその声音も、最早震えたか細いものでしかない。
「…殺さないのか」
「……殺、せない。出来ないんだよ…」
「なら、それを下ろしてくれないか。引き金を引けないのなら、そんなもの、何の意味もない」
一層、震えが大きくなる。恐怖に比例して震える拳銃を必死に押さえ込み、シーナは言葉を絞り出した。
「そ、んなの…無理に決まってるじゃん!」
「…は」
「だってこれを下ろせば、きっとわたしは死んでしまう。……死にたく、ないんだって。そう思うことしか赦しさないつもりなの? …赦すんなら、最後まで責任取ってよ!!」
拳銃を下ろせば、自分は死ぬと。それがイオトに縊られる可能性を危惧してのことなのかどうか、きっとシーナにもわからない。ひょっとしたら、それを成すのはイオトでないのかもしれない。
だが、誰に殺されるかどうかなんて、少なくとも今のシーナには関係のないことだった。
だって、シーナは恐れている。イオトを。この世界を。何もかもを。
それらの恐怖がぐちゃぐちゃになって、…だから。
「…来、ないで。こっちに寄らないで。わたしに近付かないで。来ないで、来ないで来ないで来ないで止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めてよぉ!!」
「ーーー。」
「何もしないで、そのまま立ち去って。わたしにーーわたしたちに、もう関わらないでーーー!」
叫び、戦き、畏れ、シーナは塞ぎ込む。拳銃だけを此方に向けたまま、しかし撃鉄を叩くことはしない。そんなシーナの様子に、イオトは息を吐くと後ろに一歩下がった。
「これでいいか」
一歩。
拳銃にとっては、無いに等しい距離。自分の命は未だ人質にとられている。シーナは一歩距離をとったイオトを恐る恐る見て、微かに震えた、しかしやけに渇いた声音でポツリと呟く。
「やっぱり…嘘、だったんだね」
「…。」
「………許さない。許してなんかくれない。…そんなの、分かってた筈なのに、ね」
赦しを以て、わたしを許さないと。ある種の呪縛によって、……断罪せんと。
数回瞬いて、それから改めて、シーナはイオトを見た。
そして。
震えながら、何かを押し殺して唸るような声で、シーナは言った。
「…まさか、そ、こまで傲慢なの……? お兄さんは…イオトは、どこまで……ど、こまで…ぇ……」
「傲慢、か」
思い起こすのは、シザが副長を務めていたかの部隊の機構人形の言葉。
『成程、強情なことだ。ーーーー否、この場合、卿は傲慢だと言った方が正しいか』
確かに、自分は傲慢だ。こうまで言われれば、認めざるをえない。…そも、否定したい訳ではないが。
それでも。
己のそんな醜さを知った上でも尚、シザとの再びの逢瀬を諦める気は毛頭ない。
『お前ごときが、彼女に会える訳がない』と、内なる自分が嗤うのが分かる。
ーー知ったことか。
怪物だと、傲慢だと罵られてもいい。半ば開き直りにも似た感慨が、頭のなかを支配する。
ーーーこの傲慢さを以て、彼女を連れ出す。そう決めた。
「ーーーッ、!」
途端、暫し保たれていた戦場の静謐が途切れる。周囲に膨れ上がる鬼気に、悪寒が猛虎の如く背筋を駆け上がった。
「オスティムが……!」
人類の外敵が跋扈する競合区域で悠長にし過ぎたとイオトは微かに歯噛みする。見れば、周囲には夜闇に光る〈オスティム〉の眼光が、あたかも人魂の如く浮かび上がっていた。
「…これでも、それを下ろしたりはしないんだな」
未だに、震えながら照準をイオトに合わせているシーナ。
今見たところ、辺りを囲んでいるのは駆逐攪乱種のような大型の〈オスティム〉ではない。もっと小型のーー獺型強襲種と同程度かそれ以下の体躯の。
故に、四面楚歌の状態から突破口を開くのに、シーナの拳銃の威力があれば十分だ。
が、シーナは拳銃をイオトに向けており、それを周囲に蔓延る害悪の存在に向けることは多分、頭にない。
今もなお、震えるシーナ。
すぐ近くに、分かりやすい敵が存在しているのにも関わらず、得体の知れない「怪物」に必死に威嚇している。ーー優先的に排除するのが〈オスティム〉ではなく自分とは、とイオトは少し感傷的になる。
……いや。
本当はシーナは、迷っているんじゃあるまいか。
拳銃を下ろせば自分は死ぬ、とシーナは言った。それは即ち、『イオトから照準を外せば自分は死ぬ』と言い換えることが出来るのではないか。
ーー故に、仮に照準をイオトから〈オスティム〉に移した場合、なんらかの原因でシーナは死亡する。
ーー故に、仮に照準をイオトから移さなかった場合、〈オスティム〉の手によってイオトは死亡する。
後者の場合、シーナも無事では済まないだろうが、彼女は機構少女だ。脆弱なひとの体よりは堅牢に作られているのが道理だ。
ーー他人を殺して自分は生きるか。それとも。
その白銀の瞳は、難儀な命題の狭間で揺れているように見えた。思わず何か、声を掛けようと一歩ーー、
「おい、」
「ーー来ないでっ!!」
本気の怒声だったーーー否、違う。
「そ、れ以上…近付いたらわたしは、………わたしはお兄さんを、っ……!」
そこにあるのは憤怒ではなく、ただただ迷いと怯えが渦巻いているだけだった。
グリップを握る握力が強くなり、銃が軋むように見えた。
しかし、無情にもこの世界は、そんなシーナを待ってはくれない。
じりじりと、〈オスティム〉が彼我の距離をあたかも嬲るように詰める。
ーー距離、十五メートル。
「……ぅ、やめ………っ、」
ーー距離、十メートル。
「…ぁ、うぅぁぁ……!」
「…うぅ、ぅぁぁぁああああああああっああ………!!」
顔を伏せ、銃口のみをこちらに向けたまま、シーナは叫ぶ。
瞳が揺れる。焦点が合わなくなり、視界は眩む。脚は小鹿のように震え、歯はカチカチと耳障りな音をたて噛み合わない。
迷いと、憂いと、焦燥と、脅威と、畏怖と、恐怖と、恐怖と、恐怖と、恐怖と、恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖と恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖がーーーー選択を、迫る。
『恐怖は、人を動かすことができる』。何処かで思った言葉が、脳裏を掠める。
ーーそして、シーナはついに、それに対してはっきりと『対処』した。
「っぅぅううああああああああっぁああああぁあああぁあぁあああああああ!!」
撃発。
九ミリ弾が、夜の澄んだ大気を引き裂く。銃身内圧と射撃反動でスライドが後退し、空薬莢が薬室から弾き出される。
そして、それだけのエネルギーを以て、九ミリ弾は真っ直ぐと大気を縦貫しーー、
・・・・・・・・・
ーーーイオトの頭上斜め上を通過した。
それは、シーナが引き金を引いたということだ。それは、射線がイオトから逸れたということだ。
それはつまりーー、
***
《敵性存在“イデ”のcode:β302発信者に対する武力的脅威の失効を確認》
《クリア》
《排除実行》
《》
《》
《…》
《………、…》
***
背後から迫る暴力の気配に、身じろぎをーーー遅い。
「…ぅ、ぶ」
シーナが、華奢な肩を僅かに跳ねさせ体を震撼させた。無理もない。
だって、胸を背後から貫かれ、蠢く腕にその心臓をーーリアクターを握り潰されているのだから。
無論、心臓を潰されようと、予備電力がバッテリーに残っているシーナは死なない。ーーその状態で、〈オスティム〉の群れに放り投げられさえしなければ。
胴を穿った腕が抜かれる。宙に放り出され、刹那の浮遊感。
〈オスティム〉に群がられる直前、ぎんいろの瞳が向く。
何の感慨も抱かず、心臓を抉った「天使」を見る。
そして。
「ーー、」
最期まで、凪の瞳でシーナを見据えていた少年。シーナは安堵に頬を緩め、
「嘘つき」
砂に後頭部から着地する。同時に、またも野蛮な暴力の気配。群がる〈オスティム〉。
「ーーーー!」
口腔から迫る牙が、爪が、人工の喉を食い破る。構わず、絶叫を上げ続けた。
太陽が地平線から昇ってきていた。
「ーー! ーーーー!!」
自分を照らしているのが陽光なのか、〈オスティム〉の眼光なのか。眼球を抉られたシーナには、最早わからない。
「ーーーーーーーーーーっ!!」
ーーーその断末魔はイオトとイロハ以外、誰も聞かない。
- 17話 ( No.21 )
- 日時: 2020/06/06 18:27
- 名前: おまさ (ID: r1bsVuJn)
遅くなりました。
今回は久しぶりにPCを使って執筆。やっぱり書きやすい。
***
------あれから、何時間経った。
眼窩に収まっている虚ろな眼に一面の紅い砂丘をただ映しながら、イオトは半ば無意識にも近い状態で足を動かしていた。
背中には陽光が突き刺さり、その茹るような暑さでじりじりと気力と体力、水分を簒奪し、舐り、弄ぶことでイオトを嘲笑う。踏むたびに足が沈む砂の台地も、体力を奪ってゆく要素の一つだ。それに加え、今日に限って風が吹いていないため、通気性のよい半袖も露出した片腕やうなじを日光で集中的にいたぶる原因になり果てている。
額から噴き出した汗が、顔を伝って目に入る。砂丘の砂が、靴の中に入り込む。構わない。今のイオトには、それらに頓着する余裕も不快感に顔をしかめる気力もなかった。
「------」
景色を景色として認識せず、ただ眼球に砂丘を映しているだけのイオトの半歩後ろを続くのは、忠実なる天使------イロハだ。がしゃがしゃと、やや耳障りな音を立てながら、機械仕掛けの足を動かし300キロを優に超える機体を動かしている。
その、何の感慨も抱いていない浅葱色の双眸はしかし、イオトの虚ろさとは質が異なる。機械仕掛けの天使の瞳はむしろ、無機質で単純な傀儡や木偶のそれであった。
「……気持ち悪い」
だから、そんな彼女の前では気負わなくていい。胸の内に瀰漫するこの感情を吐き出すことも、イロハは許してくれる。
…許す?
------許さない。許してなんかくれない。
------------そんなの、解ってた筈なのに、ね。
赦されるのだろうか。
自分は、赦してもらえるのだろうか。------シザに。
紛い物にしても妹分を、〈オスティム〉の中に放り込んだこの偽善者を、果たして彼女が許すことはあり得るのだろうか。
------ど、うして、覚えてねえんだよっ!!
記憶の欠落したシザに、情けなくも堪え切れずに声を荒げてしまった。ぶつける場所の無かった感情の蟠りを、あろうことか一番ぶつけてはならないひとに叩きつけてしまった。そんなものは、単なる自慰行為以外の何だというのだ。
八つ当たりに他ならない最低の言動を彼女が容認する保証はない。そんなものはイオトが自ら、とっくに破り捨ててしまっている。
だって。
彼 女 は 人 間 な の だ か ら 。
ひとであるというなら、眼前の理不尽には反発するのが道理だ。そうでないなら、矛盾が生じてしまう。…シザが人間じゃないだなんて、他ならぬ自分には絶対に言えない。
きっとそうしなければ、イオトはそれまでの自分を、きっと信じられなくなる。
それに。
他ならぬ自分こそ------シザを赦しているのだろうか。
自身を錻力の紛い物だとする彼女らの在り方を、…本当は歯痒く思っていたのではないか。彼女らなりの存在意義を容認できていないのではないか。むしろ、それを確かめるための逢瀬を、今の自分は望んでいるというのか。
…いや。
それは危うい考えだ。間違っている。
------否。
間違っていなければならない。でないと瓦解する。
イオトが。イオトが、イオトが、イオトがイオトがイオトがイオトがイオトが------イオトの全てが、この目に映る世界観が、…もしかしたら世界の事象全部が揺らいで、瓦解してしまいそうな気がして。
こわい、と思った。
だって、もしこの考えを認めてしまえばきっと、シザの内心を見透かそうと躍起になってしまうかもしれない。…傲慢である事は自覚しても、その上にさらに『強欲』のレッテルを貼られたくないし、貼りたくなかった。
そうやって、世界の価値観や自身の根幹、そしてシザの見え方まで変わってしまったら、果たしてイオトは、動けるのだろうか。
否、むしろ------そうなった自分は、本当に自分なのか。
「こわい」
口について零れた感情は、しかし誰にも掬われることなく消える。
------考えてはならない。考えれば、きっと戻れなくなる。
------知ってはならない。知ったら、きっと立てなくなる。
------信じてはならない。信じては、きっと竦んでしまう。
うだる暑さの中、感傷と思索が脳の中に残留し続け、我が物顔で思考を跋扈する。…してはならない、考えてはならない、と。
そう、そうだ。今はこんな感慨に寄り添ってなどいられない。
そうじゃないか。ただひたすらに足を動かして前に進めばそれで------。
『------お前は、一体どこを目指し足を動かしている?』
不意に。
内なる自分が、そう蔑んでいる気がして、息が詰まる。あまりにもその疑問が、考えたくなかった領域を正確に抉っていったからだ。
『そんなに傷ついて、そんなに辛い思いをして、一体何になる?』
…うるさい。
『傲慢というラベルを貼られていてもなお、何故動こうと試みる?』
…煩わしい。どこかに行ってしまえ。今はなにも、ききたくない。
『そこまでの価値が------彼女にはあるのだろうか?』
「っ------!?」
どす黒い酸を顔面にぶちまけられた時みたいに、そのときのイオトは激しく吃驚------否、衝撃を露にした。
揺らぐ。…いままでの行動原理が。ひいては行動そのものが。
その価値が、シザにあるか。
いつもなら簡単に頷けるはずの問いに、しかしこのときは首を縦に振ることが出来なかった。
何故なら、気付きを得てしまったからだ。
決して気付いてはならないことに、辿り着いてしまった。
だってもしそれに気付いてしまったら、…自分が定義できなくなってしまうから。
愚かだと、そう思っていた。
地に住まう人々は、人の心を持つ機構人形に情を持たない。それがひどく愚かだと、イオトは思っていた。
体が錻力の紛い物でも、彼女らには心がある。彼女らが、人を模したものに過ぎないとしても、感情を与えられた彼女らには情を抱かせる権利があると。
そんな感慨を傲慢だと罵られて、それでもイオトはシザを錻力の人形として扱うのを拒んだ。
でも。
でもそれは、傲慢と罵倒されてもなお、イオトが自分の内の本当の「傲慢」に気付いていなかっただけなのだ。
『嘘つき』
その「傲慢」にしかし、シーナの最期の言葉を聞いて気付かされてしまった。
『成程、強情なことだ。------否、この場合、卿は傲慢であると言った方が正しいか』
『そんなわたしに…わたしたちに、情を抱くお兄さんこそ、ヒトじゃないよ』
彼ら彼女らがイオトを傲慢と称したのは、…その性格を顧みた結果でないと、今なら断言できる。
------彼女らは、他でもないイオトこそが、シザを人形だと思っていたことを「傲慢」と称したのだ。
シザをひとだと嘯いた自分はあろうことか、ぶつけてはならない言葉を彼女に吐き捨て、挙句の果てには存在理由すら貶めようと、無意識のうちに思ってしまっていた。そんな自分の態度が、一体人形へのそれと何が違うのだろうか。
愚かだと、そう思って見下し侮蔑してきたものに成り下がってしまった。結果として、シザを無意識のうちにスケープゴーストにしてしまったのだ。
その醜悪な在り方そのものが、「傲慢」たる所以と成り得る。
ちがう。
そんなはずはない。
ちがっていてほしい。ちがっていなければならない。
『逃げるな』
耳をふさぐ。そんなことをしても意味がないと理性が告げるが、それでも。
内なる己という悪魔から、こころを守りぬかなくては。
しかし、悪魔は続ける。……気のせいか、その悪魔は声音に愉悦の色を滲ませて、ゆっくりと嬲るように。
『過去から逃れることは、赦されない』
その声が聞こえたと、錯覚した途端。
「------わ、ぶ」
水分不足のせいか、眩暈と同時に体から力という力が抜け落ちる。重力に逆らえなくなり、そのまま顔面から地面に倒れこんだ。
痛みは無い。倒れた先が柔らかい砂地だったということもあるが、それだけではない。
------イオトの身体は、酷く痛々しい有様だった。
シーナを投げ込んだ〈オスティム〉の群れに囲まれ、無理くり脱出しようとしたツケがこれだ。
片腕を食まれ、抉られた腕から覗くのは神経か血管か、それとも筋繊維か。いずれにせよ、人体が破壊されている光景は原始的な不快感を催す。食まれた左腕のうち上腕部から上は無事だが、だからと言って流れ落ちる血の量が変わるわけではない。付け加えれば、辛うじてくっついている掌にはいまは三本の指しか残っていない。わざわざ利き手を避けてくれたところに、運命の悪意を感じた。
そんな傷の痛みに比べれば、地面に倒れこんだ時の痛みはむしろ、痛覚のうちに入らない。
イロハのレーザーで傷を焼いて無理くり止血させたが、その荒療治ももう限界だ。流れ出た血が多すぎるのと、炎天下で浪費したことで体内の水分の大半が枯渇してしまった。
…それに、一度膝を折ったイオトには立ち上がる気力すらない。
「------、」
ふと。
次第に暗転していく視界の淵。人影が砂丘を踏みしめ近付いてくる。それが誰か判った途端、イオトは少し救われた気がした。------この卒倒が安堵によるものだと言い訳できるから。
そこに立っていたのは紛れもなく------緇衣を身に纏い、髪をばっさりと切り落としたシザだった。
暗転。
- 前日譚1(上) ( No.22 )
- 日時: 2020/07/08 18:06
- 名前: おまさ (ID: Yo35knHD)
遅くなりました。いやー、やっぱ三編同時製作は大変ですね(これと本編18話と短編書いてた)。
そしてこの前日譚、一話で済まそうと思ったらゴリゴリ長くなり、なので今回は「上」としました。
また前日譚“1”とあるように、バックストーリーもまだまだありますので、暇が出来たら他のやつも書きたいです。
そんなわけで一応、本編の方も少しできているのでもうしばらくお待ちいただければ。
…はい挨拶終わり! あとはごゆるりとお楽しみください〜。
******
1
-------酷く、頭が重い。
「------!」
誰かの喧騒と叫喚が、不明瞭な意識に曖昧に響く。酩酊のように頭が痛み、重く、くらくらとしていて、視界はチカチカとモノクロに点滅しているように見える。
冷たい金属製の床に突っ伏して、その揺らぐ感覚と猛烈な吐き気を堪えた。耐えた。
不意に。
「…ル……、ェルダン、エルダン」
その揺らぐ五感に、本当に肩を揺さぶられ名前を呼ばれる感触を覚え、揺蕩っていた意識がふと、凪の水面に浮上するような感覚を味わい覚醒した。
一時的に死んでいた網膜が役目を取り戻し、徐々に視界がクリアになってゆく。そうして完全に視力が回復した時、目の前には仲間の姿があった。
「……ぁ」
「良かった、エルダン。お前、頭をライフルで殴られて気絶してたんだよ」
「……ケラー、か。助かった」
肩を揺すって自分を起こしてくれた仲間に感謝しつつ、とにかく立ち上がる。今は、そんな感慨に浸っているべきではない。
いつの間にか脱げていたヘルメットを被り直し、横に頽れている屍のライフルを奪った。
「助かったついでに聞きたいんだが……、ケラー、状況は?」
「あまり芳しくない。向こうの増援がじき投入されるだろう。ジリ貧になるのは時間の問題だと俺は思うね」
疲れたように嘆息するケラーに、俺はしみじみと頷く。
ジリ貧は覚悟の上、…そも、今回の仕事は前人未到・天荒の所業を成す必要があるのだ。
------天空の砦、〈ジルク〉からの脱出。
それこそが、今回の依頼のメインになってくる要素。つまり今回の依頼こそ、自分らチームの最後の大仕事というわけであった。
チーム解散を寂しく思う気持ちは無いわけではないが、所詮は流浪人の集まりだ。いずれ散っていくことへの覚悟は、とうに済ませてある。
……それに、命の恩人とその家族、そして彼の思いに対して、恥知らずな真似はしたくなかった。
ふと、思い出しそうになったからかぶりを振って唇を引き結び。アサルトライフルの初弾を装填した。
「ルート33を通り、第七ケージから一旦離脱する。……中尉に合流しよう」
2
十数分後、とりあえずは第七ケージから脱出できた。会敵せずに切り抜けられたことは僥倖だ。おかげで予定より数分早く到着と相成ったわけだ。
今のところ他のメンバーとの連絡も取れている。ひとまずは安堵だ。張り詰めた息を吐くと、思っていた以上に気持ちが落ち着いた。よほど緊張していたらしい。
〈ジルク〉、エリア63、78-D区画、第13居住区にて。
自分たちが原因の騒動によって外出規制されているようで、普段ならたくさんいるはずの住民たちの姿が見えない。
「民間人を巻き込まないように、か」
少々自嘲気味の呟きも、妙に物寂しい居住区の大気に溶け、消える。
ともあれ、この場所に来たのはある人物に会うためだ。
居住区の街路を進む。コツコツと響く、武骨な軍用ブーツの音。
暫く歩いたのち『ソデロフ』と書かれた表札の前で止まり、カードキーを使って鉄扉を開ける。冷たい通路にはエアロックの音が響く。
開いた扉の奥、人影がソファーに腰掛けているのがちらと覗えた。
「依頼通り来たぜ、中尉」
奥の人物に声をかける。人影はその細い腕に何かを大切そうに抱えながら、ゆるゆると立ち上がった。
「---------あら、中尉だなんて貴方らしくない堅い呼び方ね、エルダン。いつもみたいに『ツグさん』で良いのだけれど」
そう冗談めかしころころと笑うのは、ツグミ・カービス中尉その人であった。
3
照明をつけていないからやや薄暗い室内で、ツグミと向き合う。……ツグミの隣に、若い頃から見慣れた痩躯がいないことに自分が感傷的になっているのだと、自覚して顔を伏せた。
様子を悟ったのか、ツグミは儚く気丈に微笑んだ。
「……あの人がいなくなって。時間が止まったように思えたけれど、それでももう二年も経つのね。貴方はそれを酷薄だって、そう言って嗤うかしら」
ツグミの笑みは次第に泣き顔に近しく------否、きっと彼女は最初から泣いていたのだ。きっと、二年前のあの日から瘡蓋は取れていないままなのだ。
その表情を見た途端に、情けなさに憤死したくなった。
「……笑ったりしねぇよ」
だから。
だからせめて、ツグミの涙は愛と弔いのものなのだと信じたいし、信じさせてあげたい。
「二年前のことで後悔してんのは俺も一緒だ。…いつまでも過去に囚われるなって言われりゃ、それだけの事なんだろうがさ」
死者とは過去だ。決して侵すことを赦されない理で生者と隔てられた彼岸の彼ら、即ち過去の幻影に生きる理由までもを取り憑かれてしまうのは人生において本末転倒だろう。
それでも。
大切な人を弔いたいという気持ちは尊いものだと思っている。その愛の形はきっと、過去に囚われることとは違うのだとも、思う。
……それすら蔑ろにしてしまうようになったら、自分たちはヒトでなくなる。それはヒトとしてかくある以上守らなければいけない最低限のモラルだ。
そんなモラルすら忘れ去られたとき、この〈ジルク〉は人類の箱舟ではなくなる。
たとえ潔癖だと嗤われても、この天空の砦をただの空っぽの檻にはしたくなかった。
「……いいえ、ごめんなさい。違うの」
しかし、ツグミは俯き首を横に振った。
「ううん……それだけじゃなくて、………私はあの人が、この子の姿を見られないまま死んだって思うと………っ」
------遣る瀬無い、と。
そうして聞こえてきたのは、吐き出すような泣き声だ。
二年の間堪えてきた、耐えてきたものが決壊する。その滂沱を見、悟った。
------中尉は決して強くはないのだと。
最初は思っていた。
普段から凛と在る彼女はひょっとしたら、二年前のことはも引きずっていないのではないか。弔いはとうに済ませて前を向いているのではないか、と。
そんなはずがなかった。
ツグミは繊細で、傷付きやすくて、脆くて。だからこそ痛みを無視して、耳を塞いで。そうしてわかりやすく考えないポーズを形式的にとっていなければきっと、歩けなくなってしまう。------そんな人なのだ。
そうして、二年もの時が過ぎて。……今、我が子を手放さなければならない現実と対峙して。ツグミはどれだけの、悲痛な感情を滾らせているのだろう。
ひとの気持ちを100%理解することなどできないから、「わかってる」と安直な慰めすらも口にすることはできない。だからこそひどく、歯痒かった。
堪えたものが、何かが軋む音と一緒に嗚咽となって吐き出される。そのことが少しでも救いになるのならば、一体誰が彼女を責められようか。
せめて落ち着くまで寄り添おうと思い、手を差し出す。ややぎこちなくなったが、それでもツグミは差し出された掌を握ってくれた。するりとした玉の繊手と、軍用グローブを着けた無骨な手が交錯する。
---------耐熱性の高いグローブは、手の温度すら通さない。
- 18話 ( No.23 )
- 日時: 2020/07/19 18:09
- 名前: おまさ (ID: Yo35knHD)
つよい、つよい風が吹いていた。
ポッドから降り、砂の大地に立つ。黄昏に染まる稜線と、砂塵を巻き上げる冷たい風。
文明の残り香なんて欠片もない、ただ自然の猛威と行雲流水、鳶飛魚躍の法則がそこにはある。
こんな荒れ果てた地にかつて、人の世と文明が存在していたとは、にわかには信じ難い。
「———、」
手元の端末から浮かび上がるホログラムを見下ろしながら、私は嘆息した。
————今回の私の任務は、単独で〈M-0E6h:engel〉ユニットを鹵獲・回収することだ。
当該機構人形の脅威度は、ツグミ少佐から配布された資料に目を通した限りなかなかに高い。仮にいくら相手が満身創痍であっても、翼の無いこの身では鹵獲が難しい。空中からの立体機動攻撃には為す術もなし、最悪、飛び去られてしまう恐れもある。
……もっとも、この広大な地表で遭遇すること自体が期待薄だが。
件のアンドロイドを開発した少佐の話によれば、例の機体はかなり特殊性のあるものらしく、ある特殊な電波を発信しているのだそうだ。その電波を衛星で拾って逆探知して、機体の座標を割り出すという。
……そういえばあまり、少佐はそのアンドロイドについて詳しく話したくなさそうな印象を受けた。
それに、今思い返してみれば、私たちに対する少佐の接し方は他の人のそれとは少し異なるものを感じさせるような気もするのだ。優柔不断というか、多分なりそういった印象に近い。
基本的には、私たちアンドロイドに対し、デロル中尉のように事務的なやり取りのみを済ませる者が殆どで、……だから少佐のように少し親身になるような人はいない。———ない、はずだ。
そのため、私はここまで作戦内容について敷衍されることに経験がなかった。きっと通常の作戦であれば、作戦の意図や目的に関して殆どなにも告げられずただ淡々と敵を屠るだけなのに。
少佐の行いが、親切なのかはたまた慈悲なのかはわからない。
その親切を、煩わしいとも思わない。———ただ、困惑がある。
ただ命令に従い、決められたように決められた仕事を決められた分だけこなし、用意されたレールの上を進むことに不満はない。それこそが、機構人形たる私の在り方で存在意義のはずだ。
けれどどういうわけか、作り物に過ぎない私は感情を与えられた。
本来、地上の〈オスティム〉を掃討することだけが目的なら、感情なんていう機能など必要ないのだ。それこそ、心なんてない殺戮兵器というただの道具であればいい。感情なんて、生産性を落とす無駄な機能なのだから。
……ならば。
ならばこの胸の内にある、蟠りは何だ。
いつからか、何かを探しているような気持ちに取り憑かれ、苛まれる。
その「何か」が自分なのか、それとも別の何かなのか。それはわからないけれど。
そんな感慨を抱きつつも結局量産品として扱われる自分に、けれど向けられる親しげなものが理解できない。ただ困惑するだけだ。
そうだ。きっとそうだ。自己定義の必要性もない、ただの歪な模造品に過ぎない自分には、物事や道理を考える必要性も意義もない。ただ命令に従えば、それで。
それ以上など——受け取る資格は、わたしにはないのだから。
『———ど、うして、覚えてねぇんだよっ!!』
ふと。
声がした。
毒を吐くようで、そのくせ真摯な声。
『16年前にね。まだ生まれて間もなかった』
『いいえ、違うの。——私が捨ててしまった』
別の声がした。悔悟に震わせた声。悲しくて——どこか、真摯な。
『名前、か』
再び、先の声は言う。
『じゃあ———シザ、なんてどうかな』
……いいのだろうか。
私に、私たちにそれは許されるのだろうか。
私の命は消耗品だ。この体も単なる模造品で、魂の器には成り得ない。……人を模した、木偶人形に過ぎない。
それでも私は、なにかを受け取る資格を持っていていいのか。
ひとと同じように、何かを受け取って、何かを紡いで、何かを共有して。……その上で。
なにかを望んで、いいのだろうか。
覚えている。……覚えていた。何もかも。
私が忘れていても——あるはずのない魂が彼を覚えていた。
「……イオト」
そっと、自分の唇が何かを呟いた。
……あろうことか。
真摯に、懸命に手を伸ばしてくれた彼のことを、私は忘れていた。
———そんな恩知らずの自分に望みを抱くことがゆるされるのだろうか。
なるほどそれは、……傲慢なことだろう。
でも。
けれどその傲慢を——過去を躙り幻想にすることは赦されない。
己の過去という名の十字架は決して、なくなったりはしない。その者が在る限り背負い続けるものなのだと、そう思うから。
……ただ。
醜い過去を認めることが、望みを抱くことへの免罪符になるわけではない。それとこれとは全く以て別の問題だ。
じゃあそれならそれで、何をすれば望みを抱くことが許されるというのか。——そんな命題の答えは、今の私には到底計り知れないことだった。
ふと。
思い至って———否、気付きを得て顔を上げる。そして愕然とした。
『何かを望んでもいいのか』なんて。
それはつまり。
赦されていないのにも関わらず。
・・ ・・・・・・・・・・・・・
私は既に「望む」ことを望んでいるではないか。
遅すぎる吃驚と白々しさに我ながら心底反吐が出る。
……嗚呼、何て傲慢!人でない身にも関わらず、既に「望み」を抱きつつあるこの身の卑劣さよ。己への軽い軽蔑すら生温く、衝動的な自罰欲求すらも覚える。
こんな傲慢で、醜悪で、卑劣愚劣で恩知らずで人でない自分に、果たして「望み」を抱けるだけの価値はあり得るのだろうか。
———価値の有無に拘らず、おまえは勝手に望んでいるではないか。
そんな声が聞こえた気がして、私は必死にかぶりを振った。
そんな筈はないと、必死に否定しなければ。………きっと、こころがいたいから。
刹那。
ホログラムにノイズが入る。電波変調の余響だ。
先の思考を引きずりつつ私は強引に思考を切り替えた。そんな感傷に付き合っている暇はない。……少なくとも、今は。
途端に夕凪の如く落ち着く戦闘機械としての自我に嫌悪感を抱きつつも、ホログラムを閉じてインターフェースに並ぶ情報の羅列を注視する。
《目標を探知:北北東、距離およそ300000》
《時速5キロ以下で移動中と推定》
《接触目標所要時間設定:7時間38分》
《目標の推定電源残量:30%以下》
目標の電波が僅かに微弱なのは、上空の雲が原因だろう。最悪、電波が途切れることもありうる。
迷っている暇などないな、と私は駆け出した。
****************
*当該機構人形には、発電装置及び内核熱機関が搭載されていない。
*故に、当該機構人形との戦闘に発展した場合の最適解は持久戦である。
*尚、当該機構人形の脅威度が未知数な以上、以降は現場での判断を優先する。
*尚、目標の損傷率を可能な限り抑え、無力化した上で鹵獲することが必須条件となる。
****************
「———え、」
その光景を目の当たりにして、私はひどく空虚な声音を零した。
嘘だ。嘘だ。そんな筈はない。そんな筈がない。あり得ない。あっては、ならない。
目を逸らしたい。目を逸らせない。見なかったことにしたい。……そんな陳腐な演技すら、する事が出来ない。
眩んで、竦んで、呆然となる。
だって、そこには————、
「イオトっ!!」
———眼前で血と砂の海に溺れ伏した少年の名を、本能的に呼んだ。
言の葉に———運命を覆す力などない。
「イオト、イオト、イオトイオト、イオトっ!」
それでもけれど、まるで呪詛のように繰り返す。求めるように。欲するように。縋るように。何度も、幾度となく、繰り返して彼を呼んだ。
「———、」
そんな私を、機械仕掛けの天使は見ていた。
「……ぁ」
——双眸に、無機質な殺意を孕ませて。
- 19話 ( No.24 )
- 日時: 2020/12/29 22:48
- 名前: おまさ (ID: 5cM7.Mt8)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=thread&id=2074&page=1#id2074
1
「イオトっ……!」
傍らに膝をつき、必死に呼びかける。より鮮烈な「朱」に彩られる大地、その砂に吸われている血こそが少年の生命力の全てに思えて。
歯噛みする。この時の私は、ただ無力感に忸怩たる思いを噛み締めていた。
何故なのだ。〈オスティム〉と互角に渡り合えるこの身体はどうして、彼を救えない。胸を貫かれてもなお息絶えぬこの身は何故、彼の血潮すら掬ってあげられないのか、と。
いのちは守るべきものだ。
個々の魂に蓄積された矜持、想い、呪い。それらすべては唯一無二のもので。
だからこそ、……たとえひとの生死に興味がなくても、いのちは須く守らなくてはならない。——そう、思っていた。
けれど、今の自分は違う。
いのちを、守らなければならない。今の自分を動かしているのはそんな責務ではなく。
・・・・
いのちを——彼を、守りたい。胸の奥に瀰漫するそんな身勝手な願望が、私を立たせていた。
——涙すら流せないお前が、人間の真似事をするのか。
内なる自分が冷ややかな侮蔑を向けるのが分かる。今も、「望む」ことに対して明確な答えが出せているわけではない。きっと、「彼を守りたい」だなどという身勝手な願望も、酷く傲慢で不遜なものなのかもしれない。
願望を抱くことが赦されるか否かの話に限れば、赦されないだろう。
けれどそれでも、……仮にこの身が断罪の業火に処されたとて。
赦されなくても、イオトを守りたい。
「————っっ」
——断じて、否。
瞬間、そう言いたげな殺意を孕んだ刃が、物理的に私のうなじを掠めた。辛うじて回避できたのは戦闘機械としての本能か。
左に動いて反撃を……いや、二撃目が来る!
私の機動を予測してか、左側に斬り込む影。左へ動こうとしたモーションを中断し、そのまま後ろ向きに跳躍して回避。相手との距離をとる。記憶よりも私の体が少し早く動いたのは、新型の動力炉を搭載した恩恵か。
体勢を立て直し自然と意識が凪ぐ。腰を低く落として、自分を斬り込んだと思われる存在を正面に見据え——インターフェースに、ブリップが灯った。
《正面、推定敵性目標、距離23メートル》
《当該目標を——作戦目標物〈M-0E6h:engel〉と断定》
2
……よりによって、このタイミングで。思わず歯噛みする。
まさか機構人形との戦闘を、訓練ならまだしも実戦で経験することになろうとは。
今のような近接武装のほかにも、何かしら面制圧用の武装を有していてもおかしくない。そうなれば、イオトも巻き込まれてしまう。場所を変えよう。
一瞬視線を、血溜まりに伏す少年に向けた。
———ごめんなさい。今はとにかく、待っていて。
粉塵と共に、鬨の吶喊が上がる。
その砂の帳から、機械仕掛けの天使は飛び出す。20メートルの距離を刹那でゼロにして、立体機動で上から斬りかかった。
その初撃を再び回避し、私は腰から拳銃を抜いた。
安全装置解除。初弾装填。銃口を向ける。弾道計算は——間に合わない。
撃発。
9ミリ拳銃弾が、先の初撃で舞い上がった砂の簾を縦貫。機械仕掛けの天使はこれを、信じがたい急制動を以て回避。グリップに伝わる火薬の熱と震撼を感じつつ、ブルバックで自動装填された2発目3発目を続けざまにパァンパァンと撃ち込んだ。
2発目は回避され、3発目は僅かに掠める。天使はほぼ直角で旋回し、再び迫る。
銃撃は間に合わない。——ならば。
剣戟を成す、紫紺の光刃。拳から暗器のように出ているそれを半ば勘で回避し、その細腕を腕で絡めとった。刹那、動きが固着する。
その刹那で腕関節を極める。残るもう片腕の斬撃は、相手の片脚を掬って体勢を崩させることで免れた。
アンドロイドはこれでも、人体の可動域を踏襲して設計されている。この機構天使は球体関節だが、基本的には腕を逆側に曲げたりすることはできない。
とりあえず拘束して鹵獲、そのまま〈ジルク〉まで輸送。それが、最適な行動。
そうしてちらと、イオトを見た。
彼の命は正しく風前の灯火だ。一刻も猶予はない。〈ジルク〉に連れてゆけば、彼を治療できるかもしれない。一分でも、一秒でも、早く………、
そこまで考えた、つまり油断していた時だった。———突如、体が何かに引っ張られる。
強烈な力だ。下に向けて、私を引きずり落とそうとしている。僅かな思考を経て、その力が重力であると理解した。
関節を極めて拘束した直後、相手はブースターに点火。そのまま垂直離陸。
数百キロ分の機体を一瞬で時速200キロ超過へと導く、ジェットブースターの暴力的なパワーが大気を蹴りつけ、上空へとぐんぐんと加速してゆく。加速Gに振り落とされそうになるのを必死にしがみついて、上昇を続けるアンドロイドを決して放すまいとした。
そうして剥がれ落ちそうな状態を耐えていると、急に加速が止まった。……いや、止まるどころか、逆にどんどんと失速していく。
ある高度を超えた瞬間に漸次静止し、加速力は———下向きに復活する。
上方投射された物体は放物線を描き、頂点を境に重力加速度が物体を下へ引き摺り落とす。分かりやすくて単純な物理の基本法則は当然、アンドロイドも例外ではない。
厚い砂に覆われた地表とはいえ、重量実に200キロ近い機構人形(それも2体)がこの高さから墜落すれば、当然砂に突き刺さるだけでは済まない。最悪四肢が千切れ飛ぶ可能性もある。
そうなれば当然———イオトも確実に命を落とすことになる。
彼を〈ジルク〉まで運ぶために、自分も死んでは駄目で。
死んではいけない、なんて思うのは初めてのことだったかもしれない。
所詮は紛い物の、互換性の塊の命だ。使命を全うできるならば、投げ打つことも厭わない。———死して骸を積み上げることが、我ら機構人形の存在理由だと。
頭上、赤い大地が迫ってきている。悩む暇はない。
身体をよじる。関節を使い、落下の向きを変え、相手が下になるようにした。機構天使も目敏く勘付いたのか、抵抗して体を動かす。
絡み合ったまま2人、落下する。
このまま斃れれば、イオトは助からない。仮に一命をとりとめたとて、私は死ぬ。記憶が再び無くならない保証はない。『死』して再会して、私が全て忘れてしまったら、また苦しい顔をさせてしまう。
そんなのは嫌だ。
両脚で相手の胴体を挟み込む。
「し、っ!」
呼気を鋭く吐き、腹筋(に相当する部分)を使って相手の体を引きつけ、重心をずらす。均衡が崩れて一瞬間が開いた。
その間隙を通して私は横向きに跳躍。落下運動に横方向のベクトルを加えることで、致命的な頭部の損傷リスクを少しでも減らす狙いだ。
眼前10メートル、赤砂の大地が地表が迫る。落下速度が予想より少し速いことに舌打ちしている時間はもはや無い。
「っ!」
左腕を下敷きに着地。金属のひしゃげる鈍い音が響く。
《警告》
《左上腕部、アクチュエータ及びB7バイパス破損》
《左腕基礎骨格構造、環状表層構造は大破》
《左腕疑似神経回路、ポイント20及び446断裂。他損害不明》
《第七から第九までのコンロッド干渉》
《損傷過度により左腕を破棄》
《バイパスをE11に変更》
《コマンド:33D-414を実行》
着地地点から数十メートル転がった先で立ち上がった。基礎骨格構造が半ばで折れて関節の数が倍になり、動かすのに難儀するだけの邪魔な左腕を、肩の根元からパージ。
《目標、距離55》
《敵性目標の推定損傷率:71%》
改めて目を向けた正面には、落下の影響で砂塵が立ち込めていた。そして、さらさらという砂の擦れる音の中に微かに、重々しい駆動音が正面から聞こえた。
人型の身体なんて、兵器に比べれば体積は圧倒的に小さい〈M-0E6h:engel〉ユニットは飛行能力を有しているものの、人間と同じサイズで造られた身体に収めておける燃料の量などたかが知れている。
揚力と推進力を使い離陸する航空機と異なり、件のアンドロイドは上昇をブースターに依存している。VTOLと同じように垂直離陸するときにはかなりの燃料を消費する筈だし、外見を見たところかなり長期間活動していた機体だ。リアクターはついていないからそろそろ電力も尽きる頃合いだろう。
正面、粉塵の中から姿を現した機械仕掛けの天使は、威圧するかの如くその銀翼を広げた。
ブースターを使って着地したのだろう。こちらは左腕を喪失したが、相手方は腕どころか指の一本すら失っていなかった。
——マズい。
燃料は尽く寸前だろうが、相手のアンドロイドは飛行能力を有す機体。その機体にとって50メートルなんて無に等しい距離だ。今回の作戦において私は白兵戦装備を装備していないから、片腕まで失った今は勝算は限りなく薄い。
ちらと視線を、目視100メートル以上遠くで今も地に伏すイオトに向けた。……このままでは本当に。
焦っている自覚はある。
第一、 この戦闘は私にとっても不本意で未想定だった事態だ。
そもそもこのアンドロイドは、何故私を———、
「……ぁ」
ふと気付いた。気付いてしまった。
正面、アンドロイドは倒れたイオトに背を向けて私と対峙している。
————それがまるで、彼を守っているように見えて。
「なら、」
闘う意味なんてない、そう呟きかけても遅い。機構天使は複雑な立体機動で急速に迫る。残り僅かな燃料を喰らい尽くして、捨て身の特攻に出る。
相手が、イオトの容態に気付いているかは判らない。……けれど仮に放置しておいて息絶えたとしても「彼の体には傷をつけさせない」という冷徹な敵意は明瞭に感じられた。
50メートルの距離を刹那で詰め、ぶつかる。
そのほんの一瞬に、しかし逡巡してしまった私は反応が遅れて対処が間に合わない。咄嗟に左に跳ぶが、それよりも相手の方が早い。銀翼が煌めく。
私の胴体に、紫紺の刃が突き刺さる。
———その一歩手前で突如、世界が漂白された。
文字通り、漂白だ。視界を暴力的な『白光』で塗り潰された。
天誅が下ったかというくらいの光と共に殺到するのは圧倒的な熱量と轟音、さらには衝撃と、運動エネルギー。口径100ミリ超の火砲すらも上回る熱エネルギーと運動エネルギーに、インターフェースが『警告』の二文字で埋まった。
《警告》
《左腕ドッキング部融解》
《頸部表層構造、一部蒸発》
《視覚情報過多により、疑似視神経e-14および4、損傷》
《機体損傷率80%超過》
《左脚アクチュエーター機能停止》
《インタークーラーより発火》
《鎮火装置作動》
アブゾーバーを最大にして、耐えた。耐えた。耐えた。
この衝撃と熱量。———そして着弾の瞬間に観測した、圧倒的な弾道速度。
(電磁加速砲……っ!)
耐えつつ、唇を噛む。
電磁加速砲。
超電力を使った電磁誘導を以て物体を投射する兵器だ。“せいぜい”初速が2000メートル毎秒程度の火砲に対し、……電磁加速砲の初速は8000メートル毎秒を優に超える。
爆風によって私は、奇しくもイオトの少し手前まで転がった。
直撃ではないにしろ、至近距離で圧倒的な速度エネルギーを受けた私は、損傷過多により立ち上がれない。内部が一部融解。耐熱性のある白群の髪はけれど、細い先端部が焼け落ち僅かに短くなっていた。左腕をパージしたことで露出した機械部から熱が侵入したのか。
それは、機構天使も同じだ。………否、同じと言うにはやや語弊がある。
私よりも着弾位置に近く、なおかつ緩衝装置なぞ装備されていない旧世代の機体だ。当然、損傷も大きい。
表層構造体は吹き飛び、露出した内部フレームは高温に赤く熱せられていた。腕は両腕とも肘のあたりでそれぞれ溶け落ち、背中は金属製の脊骨と脊髄部構造が露出している。付け加えれば頭部も破損し、頬からこめかみにかけて大きく損壊していた。全体的に辛うじて原型を留めているのは高高度巡行のために強化された機体だからか。
しかし驚くことに、機構天使には未だ息があった。
満身創痍の身体には機械仕掛け臓腑に達するような裂傷が無数にあり、脚は表面ごと内側まで抉られている。模造品に過ぎないのに、ひとのかたちをしたものが壊されていく様は何故か不快だ。
溶接された鉄板を剥ぎ取るような音を立てながら、軋む身体を歪んだ何かによって動かして、「天使」はゆっくりと這い寄ってくる。
それを———、
「——ああ、やっぱり面白い」
中性的な声音と同時、機構天使の頬が蹴り弾かれた。その威力自体は特に特筆すべきではないけれど、既に致命的な損傷を負っていた「天使」はそれをきっかけに頽れて沈黙。
そうして、地に堕ちし天使を蹴り飛ばした少年は両腕を広げ、その白銀の髪を揺らして高説する。
「対立する両者。けれどそのどちらとも1人のニンゲンを生かそうと足掻く。それらの闘争はむしろ、強い愛故の結晶であり結実した結果! 嗚呼、実に素晴らしい! 素晴らしいよね!」
「………」
「そんな強大な愛を、美しく尊いものを2つも独占しちゃってるなんて、中々に妬けるね。———イオト・カービスくん?」
そうして少年は、辛うじて着弾被害から逃れていたイオトを抱き上げる。……反射的に声がせりあがった。
「触るなっ!!」
「ああ、何。君まだ死んでなかったの? 変なところで生き汚いよね。この子も報われないものだよ。……そう思わないかい、43?」
「そんな、話を……したいんじゃ……っ、」
はぐらかす少年に、私は奥歯を噛んだ。
・・
何故、この機体がここにいるのだ。
この機体は本来、〈ジルク〉に駐留すべき機体だ。……最新鋭の50系アンドロイド、そのテストベットとして。
それなのに何故。
「———53! 何故貴方が………っ!」
見返した先、少年——〈M-53GL-B〉は頬を歪めた。
*****
断章「捕食者の独り言」
(Frammenti:#1)
《射撃プロセスを終了》
《砲身冷却完了》
《任務完遂を確認。帰島する》
《機体は旧小田原上空から離脱し第九ケージへ》
同時刻の上空、成層圏にて。
重々しい音がして、隔壁が閉鎖される。それから暫くして、帰島用のブースターに点火。
今回狙撃した目標は、地上のとある機構人形だった。
たかだか人形一体程度に対し、成層圏からの超高高度射撃はやや戦力過剰な気もするが、それでも奴は「抹消」しなければならない。
ただでさえ弾速の早いレールガンを超上空から地表に向け射撃したのだ。重力加速度によって弾はさらに加速され、大気圏の空気抵抗によって莫大な熱を帯びた弾が着弾すればかなりの破壊範囲になるはずだ。……予期していなかったが、着弾地点には奇しくもあの《鍵》もいた。巻き込めていれば僥倖だが、そう事はうまく進むまい。
と、そんな風に感慨を抱いていると、通信機器にノイズが入った。何か通信が入ったようだ。しばらくすると通信が聞こえてきた。
『〈M-336MPN2〉、衛星軌道上砲台の状態を報告せよ』
その声に淡々と応じた。
「砲身冷却は完了。冷却系・弾道演算系、共にオールグリーン。損傷、ありません」
『了解。回収班とポイント667で合流せよ』
「了解」
そこで通信は途切れた。射撃用インターフェースを閉じ、ガンナーシートにしばし身体を預けた。
「………『捕食者』、か」
隔壁内だけに零れた呟きは、酷く感傷的なものだ。
思えば、よくもまぁ勝手な名前を付けてくれたものだと思う。まぁ意味のない名前に頓着しても仕方ないとは分かってはいるが。
もっとも、この世に真に意味のある事象なんて存在しない。
名前も、ただの形式的な記号に過ぎない。…それは命であっても同じだ。
生きる意味などない。生物には本来、そんな命題に悩む余裕すらない。ただ生きるのに必死なだけだ。彼らを生かすのはあくまで「理由」であり、意味ではない。
死ぬ意味なんてない。そうやってただの「死」を、「散華」とか都合のいいように糊塗して意味を見出そうとするのは、客観的に見ればただ痛々しくて愚直なだけではないか。
尊厳に意味などない。そんなものは幻想で、自己欺瞞で、虚栄心に過ぎない。むしろ矜持なしでは生きられないヒトの都合の良い潔癖さに、軽い眩暈すら覚える。
そんな虚しい世界において、自分たちはまだ恵まれているのかもしれない。
生も死もなく、尊厳どころか神の理を無視した不細工な藁人形。そんな神を冒涜した存在だからこそ、「余計なこと」に囚われずに済むからだ。
逆に「余計なこと」に縛られてなおも生きようとするヒトなんてむしろ。
にんげんなんて、ばけものだ。
———そうして憐憫と軽蔑を宿した「捕食者」の双眸を、見るものは誰もいない。
********
お待たせ致しました、ジルク19話になります。新キャラ登場に新たな伏線まみれですごい喧しい文章になったと思います。
っていうか最近展開が早い。全体的にギッチギチになりつつある……。
そして、今回断章にて登場したプレデターくん。原案をくださった焼き鳥与太郎様。本当に遅くなりすいません! 描きたいことを詰め込んでいったら長くなってしまい、公開が遅れました。
ついでに久しぶりに絵を描きました。プレデターくんの設定資料になります。リンクは上に貼っときますね。
キャラクター、まだまだ募集してますー。
- 20話 ( No.25 )
- 日時: 2020/08/30 18:45
- 名前: おまさ (ID: Yo35knHD)
1
わけが、わからなかった。
何故、イオトはこんな状態なのか。何故、目の前の50系機構人形が競合区域に立っているのか。
眼前の〈M-53GL-B〉はさも愉快そうに肩を揺らして笑っている。
「な、んで………貴方が…」
「這う這うの体で聞くことがそれ? もうちょっと有意義な情報交換をしようよ」
「茶化さないで、ください。私は……、」
「つくづく変わってるよね、43って」
「………。」
53はそこで一旦区切りをつけて、再び口を開いた。
「まぁ詳しい話は“上”で聞けるはずさ。少なくとも僕は話さない。話さない権利は、僕にあるはずだよ」
「……ま、た、そうやって……有耶無耶にする気じゃ」
「君が僕に信用を置いてないのは分かったよ。……まぁでも、この後僕が何をするのか大体想像はつくはずさ」
前置きし、果たして53はーー揶揄うように頬を歪めた。
「イオト君の身柄は僕が預かる。ついでに、『天使』ちゃんも連れて帰る。ーーー予想の範疇だろ、“シザ”?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
けれど思考が理解に結実した瞬間に湧き上がったのはーーー困惑と、それを上回る憤怒だ。
「その名前で……私を呼ぶなぁ………っ!!」
半ば崩壊した喉を酷使して吠える。咆哮する。
それほどまでに、相手は私の内側をーー致命的なまでに踏み躙ったのだ。
「よりによって、貴方が……お前が! 無粋に私の中に踏み込んでくるな! ……彼を、馬鹿にするなぁ!!」
怒りに睨めつけるも、53は涼しい顔をしてそれを流した。
「正しい判断だ。今のは明らかに、悪意をもって君を揶揄ったからね。怒って当然」
「っ……!」
感じた怒りは掴みかかりたくなるくらいのものだった。潰えた身体は、動かすことすらままならないけれど。
遣りどころのなくなった感情を奥歯で噛み潰した。
「まぁともあれ、この少年のことは心配要らないさ。………実際のところ、僕も興味がある」
「……興味?」
やや不機嫌な声音で応じるが、私の中の本音は先程から変わっていなかった。否、「本音」というよりかは「疑問」の方が言葉的には正しいか。
ーー何故、この機構人形は知り得ないことをも知り得ているのか、というのが私が抱いた疑問だ。
先程私を揶揄った際、その悪意が際立っていたのは「当人しか知り得ないこと」を見抜いた上で相手の怒りを煽るような言動をしたからだ。思い返せば、私の怒りの内にも「知らないはずのこと」を的確に言い当てられる気味悪さが確かにあるように思えたが。
応じた私に、53は「ああ」と愉快そうに腕を組んだ。
「当然、興味さ。ーーー君の『死』、つまり君の中の救いの礎が崩れた今、仮に君と再開したときこの少年はどんな解答をするのか。僕は、それが見たいんだよ」
「……私の…礎……?」
言っていることの、意味が分からない。
分からないことだらけだ。53が何を言っているのか。情を持たぬはずの『天使』が何故、これほどイオトに身を捧げているのか。何故、そもそもイオトは重傷なのか。
……何故私はあのときーーー「守りたい」と思えたのか。
そんな私の思考の煩悶はついぞ知らず、53は気持ちを入れ替えるように息を吐いた。
「まぁ、それだけが理由の全てじゃないけどね」
「……53、何の、話を……」
「イオトくんの怪我に対して、失態とはいえ僕はいわば加害者だ。謗られる覚悟はあるし……責任はくらいは負うさ」
「責任……? 本当に何が、」
口に出しかけ、気付く。この男が持てる能力と、……イオトの重傷の原因について。
再び、燻っていた怒りが再燃する。
「……お前が…お前は! どれだけ私を掻き乱す!? どれだけ私を怒らせれば気が済む!? 責任? ふざけろ。心底、反吐が出る!!」
「カッカするなよ。だから言っただろ? 失態だったんだって。僕は意図してイオトくんに、こんな傷を負わせたわけじゃない。それに、あそこで僕が〈オスティム〉を嗾けなければ……本当に彼は死んでしまっていた筈だよ?」
「御託はもういい! さっきから、何の話を!」
「ーーー君の妹が、イオトくんを殺そうとしていたって話だよ」
「っ!?」
一瞬、何を言われたのか分からない。頭が真っ白に染まった。
53は続ける。
「無慈悲な現実を繰り返そうか。ーー47は、イオトくんを抹殺しようとしていた。だから僕は魔獣たちを誑かし、47の蛮行を阻止した。イオトくんが、僕が〈オスティム〉は引き上げさせる前に群れから脱出しようとしたから、〈オスティム〉は興奮して制御不能に陥り、彼は重傷を負ったわけだけど」
「つまり……47は、少将に与している、ということですか……!?」
「否定はできないけど、肯定するにも判断材料が足りない。詳しい話は少佐に伺いなよ」
またも蚊帳の外にされる感覚に、無力を噛みしめ奥歯を噛む。そんな私を余所に、53はイオト右肩に担ぎ、『天使』の残骸を左腕で掴んだ。
「そんなわけで、イオトくんには時間がない。僕はこれにてお暇するよ。報告は入れておく」
「ーー。………私は、」
「……うん?」
『天使』を引き摺って立ち去ろうとしていた53は、私の掠れ声に振り返る。
「……ひとまず、イオトは貴方に託します。…けれど、私は貴方を……お前を、許しません」
「ああ、そうかい。 “上”で会えたら、次の君に謝っておくよ」
言い残し、三歩ほど歩いたところで再び、53は足を止めた。
「……いや、一つ大事な事を忘れてたよ」
ーーー振り返ったその手に握られている拳銃で、何をする気なのか分かった。
私の頭蓋に銃口が向けられる。
アンドロイドには必ず、拳銃が装備される。
自衛用のものではない。ちっぽけな拳銃は〈オスティム〉の殆どに無効だ。
これはきっとーー介錯用なのだろう。
死して屍の山を築くことのみが機構人形の存在理由。けれどその中で生き残ってしまった機構人形に、意味を持たせるために。
「きちんと死んどけーーーー死に損ない」
撃発は3回。
3発の9ミリパラベラム弾が頭蓋をぶち抜き、脳髄を掻き回す。脳漿が漏れ、シナプスが引き裂かれ、『死』に陵辱される感覚。
刹那、覚えていたい少年の名前が過ぎるーーその前に脳が死ぬ。
ーーー砂が吹き付ける砂漠には、哀れな骸すらも残らない。
*****
ハイペースで進んでおります、本編ルート。今回はちょっと文字数少なめだけど。
……ま、まぁ文字数少ない方が読みやすいしね!
本文中で53が言及している「礎」という言葉、よく覚えておいてください。
- 書き下ろし短編 ( No.26 )
- 日時: 2020/11/08 13:06
- 名前: おまさ (ID: RV.2lxzs)
お久しぶりです。2ヶ月近く更新できずすみません!
本編かと期待した皆様には申し訳ありませんが、ヨモツカミ様主催の「みんなでつくる短編集」にて公開したジルクの短編を投下します。
「ジルク」の世界観における、いつもと少し違った視点のお話、お楽しみ頂ければ。
***********
題名:「An another automata(with its sarcasm)」
ごうごうと、砂嵐が唸っている。
嫌になるくらいの赤砂に塗れた地表。緑も文明もひとしく枯れ果てたその砂漠には、夜風とともに黄昏の帷が訪れてきていた。
日没後の砂漠は氷点下にもなる過酷な土地だ。だから、こんな時間に砂丘を出歩くのは余程の馬鹿か———それ以外。
白磁の玉肌、霓裳の如き煌めきの銀髪。静観するような凪の瞳。小柄で華奢なその美貌は作り物めいているが、どこか婉然とした雰囲気すらも滲ませる。
陽が落ちた砂丘に佇む機構少女〈M-44GN7〉は、目を眇めていた。
「———戦隊各位、応答なし………ボクだけ残っちゃったか」
あたかもお菓子を食べ残してしまったような、そんな声音の呟きだった。
「まいっか。とりあえずポッドまで戻ろっかな。……まったく、47はどこに行ったんだか」
こんな時に限って音信不通の探査型機に恨み言をぼやきつつ、怖いくらいに静かな砂丘を歩き出そうとした時だった。
「あれ……」
ふと、聴覚センサが辛うじて何かを拾った。それを頼りに歩を進める。砂丘の稜線に沿って晦の夜帷を歩いてゆくと、その音の正体が見えてきた。警戒しつつ、砂丘から様子を窺う。
「——、」
あれは———剣戟と、果たしてそう呼んでいいのだろうか。
人影が得物を手に、宵闇を……否、何かを斬り伏せようとしている。
機敏な動きで相手を翻弄するあれは、ひょっとして〈オスティム〉か。大型種ではないけれど、成人男性の身長ほどある体軀は人間にとっては十分に脅威だ。
《視認対象を雷槍駆逐型と断定》
「——っ……!」
インターフェースにブリップが灯るや否や反射的に吶喊しようとする、戦闘機械としての本能をどうにか抑え、〈M-44GN7〉はその戦闘を暫し傍観する。
人影——少年の戦い方は、酷く無様だった。得物の構え方も様になっていないし、一閃の度に剣に振られているような動きが目立つ。技ではなく、力で無理くりねじ伏せるような闘い方。
振って、打ち合って、殴って、抉って、払って、割いて、斬って、躱して。
少年は異様なほど〈オスティム〉に執着していた。相手との間合いを図るような真似はせ
ず、徹底して肉薄してゆく。
けれど、……猪突猛進は時として、ただの蛮勇に成り果てる。
雷槍駆逐型がけたたましく咆哮する。刹那動きが止まったそれに、我が意を得たりと少年が斬りかかる。
〈オスティム〉はぶるりと身を震撼させるや否や、凭れさせていた槍のような部位を持ち上げた。カウンターで仕掛けるつもりか。
故意か、それとも化物としての本能か。〈オスティム〉の体で死角になっていて、少年にはその「槍」が見えない。
———駑馬風情が、衒うな。
そう言いたげな一撃が、少年の心の臓を縦貫する。
……断じて、否。
両者の間に入ったのは、戦場にそぐわぬあまりに脆そうな痩躯。けれどその体軀は、戦闘に最適化されたものだ。
槍柄を横から殴り、〈M-44GN7〉は相対する〈オスティム〉の刺突の位置を逸らし槍撃を回避。呆気に取られる少年を尻目に、幾つかの急所に指で刺突を与える。絶叫が上がる。
間髪入れず、〈M-44GN7〉は背負っていたガンケースを一旦パージし、ケースから飛び出した無骨な狙撃銃を構えた。
——初弾装填。
撃発。
.338口径の自動式狙撃銃がけたたましい爆音で咆哮。貫通力の高い完全被甲弾は1000メートル毎秒超過の初速を以て大気を縦貫、至近距離で放たれた射撃の、ほぼ減衰されていない運動エネルギーが発砲と殆ど同時に〈オスティム〉の頭蓋と脳髄を食い破る。〈オスティム〉の血潮が大地に篝花を描き、怪物は四肢を震わせて沈黙した。
「一件落着……って、」
「ッ……」
一息つこうとしたが何故だろう。少年はあろうことか、機構少女に刃を向けていた。その形相は、先程〈オスティム〉に執着していた時よりも怒りや屈辱の色が濃い。……怯えも、少々。
思わず、問うた。
「ボク、いま君を助けたはずだけれど」
「——黙れよ、紛い物」
「へぇ、言うね?」
純粋に少し驚いたその反応を、少年は嘲弄と受け取ったようだ。けれど少年には、機構人形相手に掴みかかるといった度胸もないようで、ただ唇を噛むだけに留まった。
錆びたなまくらを構える少年と間合いを保ちつつ対峙していると、少年が口を開いた。
「……訊きたい、ことがある」
「何?」
「———。俺は、アンタらアンドロイドがこいつらと戦ってるところを見たことがある」
少年は、かつて見たある情景を回想していた。それは戦塵と爆轟、砂塵が入り乱れる戦場。そしてそこに吶喊するのは、華奢な少女の姿を模した戦闘機械たち。
彼女らは何の未練も執着もなく、笑いながら砂丘に散っていって。……いっそ悪夢のような光景はけれど、現実のもので。
「壊れ果てて、それでも戦って、戦い続けて。アンタらは何で、戦ってるんだ?」
味方が潰えても戦かず、自らの生にも執着しない。挙句には自爆すら厭わないその姿勢は、なるほど戦士としては赫々たる武勲を挙げるも道理であろう。
けれど、その在り方を———人間のちっぽけな倫理観が、許容できない。
彼女らが作られた存在であることは理解しているつもりだが、また同時に感情と自我を持っていることも知っている。だから尚更に、彼女らの在り方が歪に見えるのだろう。
〈M-44GN7〉は少し考えた後、首を傾げた。
「何でって……そりゃ、ボクはそのための存在だから」
「……そんな寂しい自己定義を、アンタらは容れられるのか?」
「できるできないの話じゃないよ。ボクたちは、そういう明確な目的を以て造られたんだから」
肩をすくめ、〈M-44GN7〉は「じゃあさ、」と首を傾げた。
「君はさっき、何で〈オスティム〉なんかと戦ってたの? いくらなんでも無謀だよ」
「———。それは、人間風情が戦場にしゃしゃり出るなってことか?」
「そうだよ?」
「………っ、」
兵器というものは、古来から人間の道具だ。
けれど、攻撃力を追求するあまり、いつしか兵器はひとのからだを痛めつけるものになり、……戦場においては脆弱なひとの体など、むしろ邪魔になるようになった。
きっとそんなことは、当の人間が最もわかっているはずだ。
それでもなお、戦場から離れないのは。
「俺が…………俺が、コイツらと闘うのは、それが誇りだからだ」
「………誇り?」
「俺は孤児だった。地上では珍しくはないけれど、気付いたら砂の上で寝てた。それからはいろんな人に世話んなった。飯を装ってもらったこともあった。寝床も分けてもらった」
「………。」
「でも11の夜に思ったんだよ。———与えられるだけの人生に媚びて、何の意味があるのかって」
人間とは、万物に意味を求める獣の名である。たとえそれが意味のない命題であっても、意味を確認しない限り、ヒトはその存在を認めない。
だから。
「こうして闘ってるのは……うまく言えないけれど、多分存在証明なんだと思う」
「……でも、闘って散る以外にも存在証明の方法があるとボクは思うけど」
「安寧に溺れたくない。———与えられた平穏を貪る、無様な豚に成り下がってたまるものか」
少年は言い切る。
仮に魂を散らそうとも、不侵の高邁さは躪らせまいと。
「……無様?」
小鳥の囀るような声だった。
機構少女は、くつくつと肩を揺らして哄笑している。
「無様、かぁ。……よりにもよって、そんな下らない理由で。そっかぁ」
そして———、
「お前なんか、生きてるくせに」
- Re: ジルク書き下ろし短編 ( No.27 )
- 日時: 2020/11/14 16:03
- 名前: おまさ (ID: RV.2lxzs)
「お前なんか、生きてるくせに」
弾けるような微笑みに含んだ声音だった。
そのくせ、どろりとした渇望と怨嗟に塗れた声音だった。
白銀の双眸に羨望と憎悪を滾らせ機構少女は嗤う。……心底羨むように。嫉妬するように。
「本当は、君はそんなこと望んでないんじゃないの? 本当は、自分の存在なんて判らないんじゃないの?」
「そ、れは……」
「判らないのが嫌で、自棄になってるんじゃないの? ———そうやって君は思考停止の末に、せっかくの命をかなぐり捨てようとしてるんじゃないの?」
後半は嫉妬を通り越して侮蔑も滲むような嗤笑を以て、機構少女は少年を糾弾——否、啓蒙している。
「その歪んだ価値観、いちど撓めた方が君のためだよ。そんな生き方は、あまりにも勿体ない」
自分にはない「命」というものを持っているのに。 それを、……あろうことか投げ捨てようとは。
よくも、ぬけぬけと。
命の容れ物であるヒトが、模造品に過ぎない偽物に命の価値を問われるとは、まさしく皮肉と呼んでいいものだ。
「……お、れは、死にたくは、ない。死にたいとは、思って、ない!!」
「けど、生きていたいとも思わないんでしょ? ———それはもう、死んでることと同じだよ」
「っ!?」
生きる意味なんて、ない。
生物には本来、そんな命題に答える余裕などない。ただ、生きるのに必死なだけだ。生命の樹形図の延長線上にいるヒトの生にもまた、意味などという高尚なものはない。
故に、ヒトを生かすものがあるとするなら———ヒトはそれを、「目的」と呼ぶ。
人生における「目的」は人によって千差万別だが、人類という種の観点からすれば「目的」は共通する。
……そう。
浮世に生きとする者は——たとえ蟭螟であっても——生まれ落ちたその瞬間から、「死」に向かって生きている。誰しもが例外なく、死ぬために生きている。
そしてその誰しもが例外なく、生への執着を持って生きている。それらの執着がなくなることがもしあるとすれば、それは命が潰えたとき。
だから、生きていたいと思わなくなったことは、『死』んでいることと同義なのである。
「———」
一瞥を向けた先、少年は呆然とした面色で、構えていた得物をゆっくりと下げていた。
「……あーあ、今回はこんな幕引きか」
聴覚センサに微かな反応があり、〈M-44GN7〉は後方に目線を向ける。
見れば、〈オスティム〉が唸りながらじりじりと迫ってくる。兎ほどの大きさの小柄な〈オスティム〉だが、群れているそれらが一斉に飛びかかれば、アンドロイドとて無事では済まない。
群れのうちの一頭がぴくりと耳らしき部位を動かした瞬間、白群の〈オスティム〉は牙を鳴らして吶喊した。
一頭が〈M-44GN7〉の臀部に食らいつく。
《警告》
《大腿部アクチュエーター大破》
《N9バイパス破損。したがってこれを破棄。以降はG12バイパスへ流動切替》
《第108から112番疑似神経回路、断裂》
インターフェースに警告の文字が、やけに喧しく表示される。
構わず、少年に向き直った。少年は、人型のものが目の前で喰まれるという現実感のない構図に呆然とするほかにない様子だった。
「君は、ボクたちみたいにならなくていい」
《警告》
《インタークーラーに亀裂発生》
《冷却液浸水》
「君は生きてる。 生きているのなら、希望はあるよ。……だって、」
《警告》
《機体の損傷過度により当機体を破《警告》
《警告》《警告》《警告》《警告》《警告》《警《警告》《警《警告》《警《警《警《警告》………。
「生きているんだから。 だから君は、ボクらみたいにならなくていい。……そんな生き方、命が勿体ないよ」
神の理に反した紛い物であるアンドロイド。その存在意義は死して屍を積み上げることだ。紛い物の命だからこそそれができて、………それしかできないから。
本物の命を持つ人間は、色んな存在証明ができる器用さを持っているから。
だからもっと、「生きて」ほしい。
インターフェイスが警告で埋め尽くされるのも構わずに、〈M-44GN7〉は花が咲くように微笑った。
「生きて」
そのまま、機構少女は地面に転がった。
少女の左脚は根元から千切れ、右腕は関節の数が倍になっていた。
視力は死んだ。鼓膜も既に残っていないけれど、金属製の骨盤が脊骨から外れる音がした。
右脚の根元から入った牙は、眼窩から侵入した牙と体内でぶつかり、そのまま横へ横へと機械仕掛けの臓腑を喰い荒らしながら進む。
声帯とともに脳髄が引き抜かれ、下垂体にも亀裂が走る。
最後に、残った綺麗な顔の皮が剥がされ、頭蓋に爪が迫り、そのまま『死』に陵辱される。
…刹那。
少女の骸が青白く発光したかと思った次の瞬間、——少年の網膜を暴力的な白光が灼いた。
自爆。
至近距離での爆発に少年は吹き飛ばされ、砂の上を転がった。次いで耳朶を殴る爆発音と、ぴりぴりと産毛を焦がすような熱が殺到する。
その衝撃波と爆風を至近距離で浴びた〈オスティム〉は当然無事では済まない。抉れ出た内臓は爛れ、色々欠け落ちた魂の抜け殻だけが残った。
当然だが、機構少女「だったもの」は爆散し、完全に沈黙。
———最期まで、その頬を微笑に歪めたまま、機構少女は砂に斃れた。
*****
〈オスティム〉に覆い隠されて見えなくなるまで微笑を保っていたアンドロイド。しだいに夜風がさらってきた砂に犯されてゆくその骸を少年は見ていた。
「…………、」
気付けば、いつの間にか剣を取り落としていた。砂に落ちた得物を拾い上げようと手を伸ばして、そこでふと伸ばした手を止める。
『生きて』
……自分は、思考停止の末に生きることを諦めたのだろうか。闘っているのは、もし命を落としてもそれが戦闘に依るものだと言い訳できるからなのか。
それは判らない。けれどもし、先のアンドロイドが語ったもの——戦う以外に、自分の存在を確定できるものがあるとするならば。言い訳を考えて死ぬよりも遥かに綺麗な生き方ができると思った。
それに。
戦い続け、戦うために余計なものの一切を切り捨てた果ての姿がアンドロイドなのだとしたら。
……あんな。
『お前なんか、生きてるくせに』
あんな姿に成り果てるのは———どうしても容れられなかった。
少年は、剣柄に伸ばしかけた手を引き、晦の暗い砂漠を歩き出した。砂地を歩くのは慣れているはずなのにその足取りはどこか拙い。
この先、自分がどこに歩いてゆくのかはわからない。そんな不安もあった。
ただ、戦い抜いたその先で羅刹のように笑うのは嫌なのだと。
———そんなささやかな主張を見届けるはずの月も、晦の今宵に限りいなかった。
《了》
******
ちょっと専門用語(主に銃)があったので注釈をば。
・砂漠
夜になると寒くなるのは、植物など地中の熱を遮るものがないため、熱が大気中に放出されやすいから。あと、砂漠=砂丘みたいなイメージがありますが、世界の砂漠の大半はネバダ州の砂漠みたいに岩盤が露出してるタイプです。因みに、作中で出てくる砂漠はナミブ砂漠を意識してます。
・338口径が〜
実在する90年代のライフル用弾。飛距離は結構いい。.338ラプア・マグナム弾のバリエーションのうち.338口径 ロックベース B408が完全被甲弾ですね。
作中の時代背景に合ってない気がするけれど。
・フルメタルジャケット(FMJ)
微笑みデブは関係ないです。
完全被甲弾……つまり、弾を完全に硬い金属で覆った銃弾です。普通の弾は鉛でできているので着弾した時に潰れてかなり甚大な被害を出すので、陸戦条約でFMJを使うように定められてたり。徹甲弾(APSS)も似たようなものですが、あちらはタングステン鋼で弾を覆ってます。
長文失礼しました。そして更新遅れてすみません。
- 21話 ( No.28 )
- 日時: 2020/12/14 20:10
- 名前: おまさ (ID: 5cM7.Mt8)
1
「———」
誰かが呼んでいるような気がして、目を開けた。
知らない天井だった。真っ白で、なおかつ見たことがないような青白い灯が灯っている。
体重を預けている寝台も、柔らかいのか硬いのか、とにかく体験したことがないような快適な寝心地だった。
ぼんやりとした意識のまま体を起こす。
寝起きで誰もがそうするように、終身前の記憶を辿り———、
——掌を喰いちぎられたことを思い出したイオトは、はっとして思わず掌を見た。
息を詰めて見れば、指が欠損していた筈だった左掌には、見たこともない金属で作られた義指が二つ嵌めてあった。軽く動かしてみると、その機械仕掛けの指は思い通りに動く。
「……ぇ、」
無事だったことへの安堵や指を失った喪失感よりも、無事でいたことの困惑の色が強い。
だって本当ならば、イオトはあの場で散っていたはずなのだ。他の誰にも看取られることなく——否、一人だけイオトの最期を見るはずだった人物がいた。
「シザ……」
その名を口にして、けれど残るのは激しい罪悪感と自嘲だった。
思い出すのは卒倒する寸前の光景だ。暗転してゆく視界、そこに映り込んだ短髪のシザ。
あのあと、シザはどうしたんだろうか。……どうもしないだろう。シザは多分、イオトのことを覚えていない。それなのに、そんな彼女に淡い期待を抱いている自分の方こそ、どうかしていると思った。
そう、どうかしている。
自分でも本当にそう思う。どうかしているのだ。……欠けているのだ、自分は。きっと何かを掛け違えていて、だから論理が矛盾だらけなのだろう。
そんな歪んだ論理観でしか物事を捉えられないから「怪物」と揶揄されるのだろう。
……逢瀬を望んだのは、イオト自身が「機構人形としてのシザ」に会いたかったからなのか。己の厚顔無恥と傲慢さは痛いほど自覚したけれど、真に逢瀬を望む理由は未だに掴めずにいた。
もし仮に自分が機構人形としてのシザを求めているなら、それは彼女の名の、矜持の、魂の価値を否定するということだ。
けれど———彼女の名の価値を否定するのなら、そもそもイオトは彼女に名前を捧げないはずなのだ。
イオトは、彼女のことを「紛い物の人形」だと無意識のうちに認識していた。
ただ、彼女らが感情を持っているということは分かっている。分かっているからこそ、無意識のうちに認識していたこととの歪な乖離があって。
何が本当なのか、分からない。考えれば考えるだけ余計に分からなくなる。
——否。
これは考えてはいけないことだ。
だってもし考え至ったら、己の価値観が変わってしまうかもしれなくて。……そのことが酷く、恐ろしくて。
怖い。そうだ。……だから、仕方ない。
頭を振ってイオトはタオルケットから抜け出し、寝台の縁に腰掛けた。
やや重い頭を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは白い部屋だ。壁や床は金属でもコンクリートでもない素材でできていて、そのどれもが白磁の花瓶よりも色白だった。
その白一色の部屋の中心にぽつんと置かれた寝台から立ち上がる。意識は病み上がりのように少しぼんやりとしていた。
ぺたぺたと裸足のまま部屋の壁まで歩くと、ぷしゅうと空気の抜ける音がして、壁の一部が上へスライドした。
(これ……扉、か……?)
少々恐々としながらも、イオトは開いた扉の外——仄暗く冷たい金属製の廊下とへ足を滑らせる。
部屋の出口から廊下の先を覗き見たところで、イオトは廊下の先に見えたものに目を奪われた。
それは蒼くて荘厳で、なおかつイオトが見たことのない壮大さの。
……そう。
「———惑星……!」
蒼々とした中に砂漠の朱色が混じる雄大な惑星が、こちらを見上げていた。
2
自分は今、惑星の外にいる。
自分は今、惑星を見下ろす位置にいる。
ならばここは———、
「……〈ジルク〉の、中」
そう口に出して噛み締めてみればなるほど、この金属製の廊下にも納得だ。砂漠に育ったイオトにとって風音のない空間は異質でどうにも落ち着かないが、それよりも気になることがあった。
「ここが〈ジルク〉なら……一体誰が、オレをここまで運んできたんだ?」
イオトにとっての最後の記憶は、己の血と罪に溺れながら砂に沈んだ場面だ。そこから目覚めれば、唐突に病室と思しき場所で目覚めている。おまけに傷は塞がり、若干の倦怠感すらあるが左手には義指が嵌められているし、体も洗われたのか右掌にこびりついた泥や砂もきれいになっている状況だ。———これはもはや、イオトを治療するためにジルクに運ばれたと考えて自然ではなかろうか。
現状、イオトが関わった〈ジルク〉所縁の存在は2つしかない。そのうち片方は殺し、もう片方はきっと、イオトの存在を忘れている。
したがって、その二人以外の存在がイオトをここまで運んできたと、そう考えるのが自然だが、当然ながらイオトには思い当たる節がない。二人以外に、イオトを知る〈ジルク〉の存在はないのだから。
そのことを今考えていても詮無いことと悟ったイオトは暫し、考察に沈む。
誰がここに自分を招いたのかは置いておいて、目的がイオトの治療だけであるならば、その目的は既に達成したといえよう。……では、その後は?
治療を終えた後、イオトは地上に送還されるか———あるいは。
前者はまずあり得ないだろう。〈ジルク〉側が地の民草一人にわざわざ干渉する義理も理屈もない。しかし、そのまま此処に留まるとあらば話は別だ。おそらくは治療以外にも何かしらの目的を持ってイオトを招集したのであろう。
———〈ジルク〉に留まるという機会を、うまく使えないだろうか?
「………?」
ふと、そんな風な感慨を抱いた自分に、イオトは当惑した。
ひょっとして、未だシザとの逢瀬を望むのか。望むのは———考えるのは怖いと、思ったのではなかったのか。
一体自分は、何を考えている?
何故彼女に逢いたいのか。いや、そもそもの話、本当に自分は再会を望んでいるのか……?第一、何が自分をそこまで動かしている?
解らない。判らない。わからない。
怖い、と思ったのは多分、わからないということへの恐怖なのだろう。望み考え、その果てに自分が変わってしまうかもしれないという恐怖とは別に、無理解によって歩く道が見えなくなることの恐怖が今、胸の奥から滲みイオトを陵辱していて。
怖くてもそれでも、いずれは答えを出さなければならないということが判っているからこそ———逃れられないのが、この時はただただ憎かった。
……不意に。
「———何を迷ってるのかは知らないけれど」
背後、聞こえた囁くような声音に息が詰まった。硬直した身体でそれでも首を後ろへ向けたイオトは———、
「答えが出ない時はいっそ考えるのをやめるのも選択肢のひとつだと思いますよ?」
そう言って微笑む、見覚えのない桃色の髪の人物に戸惑いを覚えた。
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すいませんすいません! という感じでスライディング土下座。
超絶遅れた本編更新です。誰だよ12月は忙しくないとかフラグ立てた奴はぁ!
………。
…………。…………。
………。(ツッコミ待ちの涙目上目遣い)
- Re: ジルク【キャラ募集中】 ( No.29 )
- 日時: 2021/05/02 21:12
- 名前: おまさ (ID: EmSHr2md)
お久しぶりです。
突然の挨拶ですみませんが、当作品の連載をこれにて終了とさせて頂きます。
カキコ引退の旨は雑誌掲示板にてお話させて頂いてますんで詳しくはそちらからお願い致します。
こちらとしても未完結のまま執筆を終えるのは非常にやるせない気持ちですが、ご理解いただければ幸いです。
2年と少し、ジルクのご愛読ありがとうございました。