複雑・ファジー小説

十話 ( No.11 )
日時: 2019/11/05 19:38
名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)

 ドロロロ、とトラックは砂漠を走破していく。六輪で滑りやすい大地を掴み、大排気量のクロスプレーンV8の野太いエンジン音とともに砂を蹴散らして進む。
「ーーー、」
 ふと、後部座席に座るイオトは車窓から外を見た。
 紅鏡は既に西に傾き、風が均した赤砂の丘陵の輪郭に沿って猩々緋が輝く。暈を纏った太陽と紺藍とのコントラストが美しい。
「今夜は風がちと強いッスからねェ。ゆっくり進みましょー」
 眺めていて分かったが、軽薄な言動と裏腹にラビは巧みに埋もれやすい砂の上にラインを描いて少しずつ前進していた。
 エソロー爺が鼻を鳴らす。
「うんにゃ、そうもいかん。燃料は?」
「予備のタンクも含めて、持ちそうッス。・・・飛ばすッスか?」
「できれば、だな。ーーウチに、誰かが侵入ってない保証はない」
「ーーッ、・・・そう、ッスね」
 何故か、ミゼは唇を噛んでいる。彼女の過去に何があったのか気になったが、触れてはいけない気もした。
 
 そして何故、エソロー爺は道を急ごうとしているのだろうか。「ウチに」といったって、家に大したものもない。それこそ、希少価値が一番高いのはエソロー爺の愛車、〈レヴァトノフ〉だろう。
 それとも何か、まだ自分の知らない物が眠っていたりするのだろうか。

「ーーーーところでイオト君、少し質問させていいッスか?」
「え・・・?あ、はい・・・」
 前を向きながらラビが問うてくる。断る理由はないが、何か釈然としないままイオトは了承した。
 一瞬、ラビに目線を向けられる。いつもよりも更に切れ味を増した、黒い三白眼に半ば睨まれるように見られ、思わず喉が鳴った。
 その音に気付かないふりをしてラビが切り出す。

「その娘は、ーーーどういうつもりィ?」

 途端、イオトの隣に座っていたシーナは身を竦めさせるように背筋を伸ばした。怯えたように少女は、被っている帽子を少し目深に被り直した。
 その仕草一つとっても人間と寸分の違いない機構少女を、しかしラビは冷ややかに無視。車内の空気が急速に不穏で冷たく張り詰めたものになっていくのをイオトは肌で感じとった。
 固まりそうになる口を何とか動かしてイオトは状況を説明した。

 シザーーーアンドロイド部隊の戦闘に巻き込まれたこと。戦場から逃げたさきのかつての大都会でシーナとあったこと。シーナはアンドロイド部隊ーーロザリオ大隊といったかーーの管制補佐機であること。そして、
「ーーそれで、シーナとオレであの化け物に遭遇して、ラビさんに助けられたんです」
「ふぅン。つまり何、この娘はアンドロイド部隊と何らかのネットワークで繋がっているッつーこと?」
「え・・・?いえ、その可能性は・・・」
 言いさしてはっ、と口を噤み、イオトはシーナを見た。怖々と見上げてくる白銀の色彩。
 その姿と、自分が最初に出会った機構少女の姿が重なる。そして、いつかの出来事を思い出した。








『ーーーいえ、ただの通りすがりです』


 そう、あのとき。まだ一日も経っていない新しい記憶。天から迎えが来て、彼女が天に戻った出来事。


 そういえばあの時。
 ーーーーーあの時、シザを迎えに来たあの部隊は、どうやって彼女の場所を突き止めたーー!?






「ーーーやっぱり、そういうことか」
 がしゃりと、シーナに突きつけられる黒いもの。それが拳銃であることを理解するのに、五秒ほどを要した。
 アンドロイドが持っているものではない、蓮根のような回転式弾倉をもつリボルバー。九ミリの口径よりも、やや大きめの。
 自動拳銃に比べ、熟練度が問われる回転式拳銃は、だがしかしこんな至近距離では熟練度なぞ関係ない。
「ラビさん!?どう・・・」
「どうゆーことだ、とか口にすンな、イオト君。ーーーこいつがアンドロイドだって言えば、説明になる」
「ーーーッ・・・!」
 
 また、なのか。

 また、彼女らは謂れもない偏見と畏怖の念に縛られるのか。

「・・・ぅして」
「・・・あ?」
「ーーーどうして、そんな風なこと言うんですか!この娘はーーいえ、彼女たちは!人のかたちをした紛い物なんかじゃない!心は、本物なんだ!!」

 吠える。紛糾する。
 最初からーーそう、最初からおかしいと思っていた。「彼女」の手を引いて阿鼻叫喚たる火の街から逃げたときも。今、この瞬間も。
 自分達が失ってしまったなにかを、彼女たちは持っている。表層的な部分ではなく、もっと深い、人格の根底には確かに。
 それがなにかは、解らないけれど。
 それでも。
 でなければ、あんな風に微笑んだりはしなかっただろう。

 しかし、自分の思いがラビに届いたかは一目瞭然だ。

「は?」

 まるで理解できない怪物を見るようなーーー否、もはや嘲弄の片鱗すら見せ、ラビは失笑を零す。
「馬鹿か、君は。コイツらが、人間?作り物でねーと?ハッ」
 鼻を鳴らし、ラビは嗤う。
 よくも。
 ぬけぬけと。

「人を作れるンは神様だけだよ、イオト君。その神を不遜にも真似て、ヒトは己の分身を作った。その結果生まれたンはコイツら機構人形だ。神の傀儡が真似事したってろくなモンが生まれやしねェ。・・・奴さんだって判ってた筈さァ」
「ーーッ!」
「・・・ぅいい。もういいよ、お兄さん・・・っ」
 シーナが諦めたように目を伏せるのを、イオトは黙って見ているーーそれだけの事が、このときは出来なかった。
 すぐさま横からラビの拳銃に飛び付き、そのまま銃の射線上からシーナを外す。そのまま、ラビの手から無骨に黒光りするそれをもぎ取って、





「ーーーー喧嘩で私に勝ったことが、一度でもあったンか?」
 
 暴力的な囁き声が背中をぞっと撫ぜたのと、暴風のような力がイオトの体に働いたのは寸分の狂いなく同時。そのまま片腕を払われ車内の壁に押し付けられる。
 年下とはいえ成長期真っ盛りの少年だ。体重も筋力もそれなりにある。そんなイオトをまるで苦もなく、完膚無きままに押さえつけたラビは、イオトが呻くのを無視して運転に戻る。

「ーーー。手加減の一つくらい見せろ、ラティビ。可愛いげのない」
「生憎、私は完全に相手ぶッ潰しても可愛いままなんで〜」
 後部座席での一部始終を横目で見ていたエソロー爺が言う。それに対してラビは軽口で応じた。
 終始、飄々とした態度が抜けないラビにエソロー爺は軽く息を吐く。
「ともかく・・・ラティビ。そのアンドロイドをぶッ殺すのは止めるぞ」
 片眉を上げる気配。
「へェ、イオト君に肩入れするンで?」
「いや。ーーーなぁ、嬢ちゃん」
「・・・は、はいっ!?」
 直前の空気を引きずっていたのもあったのだろう、突然の呼び掛けにシーナが肩を跳ねさせ、姿勢を改めた。エソロー爺はそんな銀髪の少女に対して、複雑な念を圧し殺しているような眼差しを向けた。
 まるでーーーーーーーそう、死んだ知り合いの子供を預かってくれと言われたときのような。

「嬢ちゃんの、お仲間とのリンクは生きてるんだな?」
「え、っと・・・いえ、どうやら無反応です。先の戦闘の前、イオトさんに会う前から交信システムが熱でダウンしてまして」
「だそうだ、ラティビ。オマエがこいつを殺す理由は、今潰れた」
「・・・・・ふ〜ん」
 ラビはつまらなそうに唇を尖らせたーーー否、それだけではなさそうだったが、顔を背けられたのと常日頃からの飄々とした態度でよく分からなかった。

「ーーー、」
 ふと、イオトはシーナを見た。帽子の鍔に隠れ、表情は分からなかったが。
「ーーーーーーっ」
 その両手が何かを祈るように組まれているのは見えた。



 家に着いたのは、陽が完全に沈み、辺りが砂漠の静謐と闇に支配された頃だった。
 四人が玄関を抜けたところでイオトが燭台の蝋燭に火を灯し、部屋がほんのりと明るくなったところで、エソロー爺はイオトから目を逸らしながら言った。

「イオト。お前に猛省してもらうのは当然の事として・・・いや、先にこれを見た方が早い」
 嫌な予感がする。勝手に乗り物を借りたのも、貴重な燃料を使い果たしたのも悪いと思っているが、それでも悪感は収まらなかった。

 そんなイオトを尻目に、エソロー爺は戸ーーーイオトの部屋の戸を開け、顎でその部屋の方をしゃくった。中に入れ、ということらしい。
 ドキドキしながら部屋に入り、そこで目にしたものは。












「ーーーーは」

 陶磁器の如く白い肌。華奢な体躯と、それに似合わない程の重装備。長く伸ばされた繻子の白銀の輝きと、右腕の刻印。しかし、そのベルベットの瞼は閉じられており、その肌の色も相成って死人のようだった。
 左腿の外側にはコードと、バッテリーが繋がれており、彼女がアンドロイドであることは確かだ。

 ただ、シザとは雰囲気が異なる。恐らく、軽装のシザに対してこちらは重装備過ぎるからだろう。背中には推進機の様なものも確認できる。
 そして、彼女の右肩には「こう」刻まれている。




































ーーーー〈M-0E6h:engel〉と。

***

こんにちは。今回もご覧いただきありがとうございます、皆さん。

今回、ようやく応募頂いたキャラクターの一人目を出すことが出来ました!
キャラクター原案は・・・不明機さん!ありがとうございます。
不明機さんに応募頂いたのは、最後に出てきたアンドロイド、「エンジェル」です。

まだキャラクター募集中なので、是非皆さんの素敵なアイディアをキャラ募集用スレに投稿して下さい!


 キャラ募集用スレには、親スレッドに貼ってあるリンクから行けます。是非どうぞ。