複雑・ファジー小説

十一話 ( No.14 )
日時: 2019/11/28 19:01
名前: おまさ (ID: cZfgr/oz)

こんにちは。
皆さん、閲覧数1000突破しました。ありがとうございます!ここまで来れたのも皆様のおかげです。
頑張ってガリガリ書いていくのでどうぞ、お付き合いをば。

それでは、本編どうぞっ!




***


1




闇の中を、揺蕩う意識だけが漂っていた。
「ーーー、」
不意に、この虚無の中に、不鮮明な声が聞こえた。
暗澹にくぐもる、声音が。






《パルス確認》

《自我境界、正常。被観察対象の起動指数到達まで推定0,6》
《リアクター正常。子機に点火、、、確認》
《予備電力101%、臨界突破》
《アクチュエータ動作確認、、、感度良好》

『よし。・・・これより起動実験に入る』

『了解』
『新型リアクターのお披露目だ。さあ、お前の実力を見せてくれ』


《Nab486型リアクター、稼働率33%。電力充填完了。外部電源との回路遮断、、確認》
《起動準備完了。アクチュエータ活性化。ソレノイドバルブ、圧力許容範囲内》
《第一から第四までのインタークーラを作動》
《回路正常。負荷許容範囲内》

《OS起動。ver.2,1:testedition》
《データベースas10より、M-43Gl2ユニットのファイルを展開中》

《第三意識隔壁にプロトコル展開》

《シグナル作動。水温、電圧規定値クリア。オールグリーン》
《コンタクト可能》
《カウント省略。メイン接続》







《M-43Gl2'Q7ユニット、起動を確認》
《視覚情報を反映します》

 意識が、水面に浮上する。





































ーーーーそんな感覚のなかで、何かを呟いた気が、した。

2

 場所は変わって、私は第四ケージにいた。
 金属製の、天空に架かる要塞の中。無機質と機能性が支配する、冷たい雰囲気の廊下。珍しく無人だ。
 その無機質のうちの一つーーー白いベンチに腰を落とし、灰色の寝衣を着た私は俯いていた。
 「ーーーーー」
 視界の端では、虚しくも二十分ほど前から延々と同じコマーシャルを垂れ流している電光掲示板があり、意識の中でうっすらと空転している。いい加減、頭に染み付いてきそうだ。ずっと頭の中に図々しくコマーシャルのメロディラインが流れ続けているのだから、心を蝕むのも道理と言える。

 ただ、ここから重い足を動かして移動したいとは思わなかった。
 新しい身体に慣れていないからではない。ーーー気持ちの問題だ。
「ーーーっ」
 正直なところ、まだうまく整理がつかないのだ。唇を噛み、頭を抱え込む。そうしても何も考えが浮かんでこない。
 人気のない場所を選んで蹲っているのも、これが理由だった。

 私は、誰。

 その言葉だけが、永遠と脳裏を廻り続けていて。
 自分が『二人目』であることは自覚しているーー筈だ。〈M-43Gl2〉という自分の識別コードも聞き慣れたものだったし、そこに「Q7」という響きが加わっても受け入れる事ができた。これが、新しい身体を与えられた私の名前なのだと、すんなりと。
 でも、それとはまた別の話なのだ。
 新しい身体に魂を移した状態の私は、それ以前の私が何をしたのか一切合切忘れているーーーーーとは、起動したばかりの私に説明された事のうちの一つだ。
 無論、訓練所時代の事は覚えている。学んだ戦術や部隊の基本展開の技能なぞ忘れる筈もないし、そこで、妹と呼ぶに等しい位の間柄がいたことも。
 しかし、私の覚えている記憶はそこでぷっつりと途絶えている。縒り集まって形作られている記憶の糸を辿って、過去の頁を見ようとしても、脳裏に映し出されるのは最後の記憶ーーー決別の朝のところで終わっていて。

 それなのに。
 それなのに、これは何だ。
 何故こんなにも、胸が締め付けられるのだろうか。
 何も、覚えていない筈の私が。
 何も、持ち合わせていない空っぽの私が。
 この、たった二文字の響きに、何故ここまで。

















































































              シザ。





































 これは、一体何の残滓なんだろうか。

 白昼夢の追憶か。
 幻想の虚構か。
 蜃気楼に映る、虚像か。
 あるいはーー否、有り得ないだろう。

 思考回路を廻る謬見を、詭弁を、理性が駆逐して廻る。

 私は首を振った。
 それは考えてはいけないことだ。
 だって。
 考えればきっと、求めてしまうから。
 求める資格なんて、私には無いのだから。

 だが、考えまいと、思うまいとするその行為は、考えることと一体何が違うと云うのか。その響きを意識から外そうとすればするほどに、それは己の存在を主張する。
 知らない筈の記憶。覚えのない筈の声。ある筈のない出来事。現実と、記憶と、事実と、追憶と、矛盾を抱え、乖離し、齟齬が生じて。

 私は、自分を知らない。

 自分が、何者なのか。

 自分が、何をしたのか。

 自分は、何を求めたのか。

 自分は、何を想ったのか。

 自分は、誰に出会ったのか。

 自分は、誰に求められたのか。

 


 何も知らないまま、図々しくもこの身体に意識を上書きして。
 私は、誰なのだろう。
 そのーーーたったそれだけの答えが、いつになっても出てこない。それだけの証明が、自分の価値観のなかで為されない。
 存在意義。
 存在証明。
 曖昧になって、揺らぐ自分。
 持っているはずのない記憶、それを持っている自分が一体誰なのか解らなくなっていくのを、混濁した思考に自覚していた。

「ーーーー」
「っ、」
 そんな思考を展開していた私は、唐突に知覚した靴音で椅子から勢いよく飛び上がる。そのまま壁際に移動し、右腿のホルスターに右手を滑らせて自動拳銃のグリップを掴もうとしーーーー空振った。
 そうだった。ここは地上ではない、〈ジルク〉第四ケージ。武装など装備している筈もない。

「ーーーここに居たのか、43番」
 その事に気付いたのと、声が掛けられたのは同時。その聞き覚えのある声に警戒を解き、一歩進み出る。相手の姿を視界に捉えると、インターフェースに彼の階級が表示された。
 日光の光が直接届かない〈ジルク〉では珍しいとも言える褐色の肌。きっちりと切り揃えた短い黒髪。少し切れ長の目には髪のいろと同じ瞳。

 デロル・ヘーデンヴィーク大尉。40型及び50型アンドロイドの開発最高責任者直属の部下の男である。

「大尉。失礼を」
「急用だ、今はいい。それよりーーー」
 彼のーーー判りづらかったがーーーいつもよりもさらに緊迫した雰囲気を感じとり、悠長にしている暇がないと悟った私は意識を改める。
 黒い瞳と視線が交錯する。

「ーーーカービス少佐がお呼びだ。着替えを済ませたら至急、第二発令所まで来い」


3


 寝衣から着替えた私は、デロル大尉の少し後方に続いて歩いていた。
 コツ、コツと、無機質でどこか物寂しい金属製の冷たい廊下に二人分の足音が響く。
 第二発令所から歩いて五分ほど。小さな金属製の扉は廊下の先に現れた。扉の横に貼られている金属プレートに刻まれているのは、『技術部少佐執務室』の文字。
 そのプレートの横にあるカメラが、デロル大尉の網膜を認識。セキュリティが解除され空気圧のドアロックが外れる音。扉が開く。

「ここだ」
 大尉に促されるまま執務室のドアを潜ると、無機質な金属製の椅子とそこに座る人影が私を待っていた。
「ーーーなんだ、似合ってるじゃない。新しいスーツも」
 とは、椅子に座っている彼女が、私の格好を見て口にした言葉である。
 年齢は三十路。長めの黒い髪を纏め、軍服の上から白衣を羽織った女性だ。柔和な顔立ちをしていて、場の緊張感にも若干の柔らかさが残る。
 彼女こそ、私の生みの親といっても過言ではない、現アンドロイド開発最高責任者ーーー、

「ーーーお呼びですか、ツグミ・カービス少佐」
「なんだ、もう少し反応するかと思ったのに」
 せっかく褒めたのに、と少佐は唇を尖らせる。ただ、彼女も悠長にしている暇はないと分かっているらしく、「さて」と素早く切り替えた。
「大尉。悪いけど、少し外して貰えないかしら。ここは、女二人で話したいの」
「分かりました。何かあれば、声を掛けてください」
 少佐の軽口にも反応せず(もしかすると単に気付いていないだけかもしれないが)、大尉は執務室から退場した。
 その様子を見届けたあと、少佐は此方に向き直った。
「勿体ぶらずに単刀直入に言うわ。ーーー貴女に、極秘任務を担当して貰いたいの」
「私に・・・何故?」
 通常であれば、司令部から出撃のサインが出て、初めて地表への降下が許可される。司令部以外ーーましてや、技術部からの出撃命令は有効ではない。
 故に許可云々ではなく、純粋に疑問をぶつけた。
 少佐は、長い息を吐き、「説明が必要ね」と立ち上がると、タブレット型の情報端末を差し出す。差し出されたそれを受け取り、資料を読み込む私の横で少佐が説明を始めた。

「あなたたちの処理系統は、人造の脳組織とそれを補助するAIによって成り立っているの。あなたのような40系や最新型の50系ーーー10系の後半モデルからはみんなそう。でも、」
「ーーーそれ以前は違う、と」
 此方の問いかけに頷き、少佐は再び椅子に座る。
「初期のアンドロイドーーーもっとも、極初期型のものだけれど、試作・試験用の0系はAIのみが搭載されていた。勿論、あなたの補助用のものよりも複雑だけどね」
 苦々しく笑いながら少佐は話す。
「だからかも、知れないけれど。ーーー三年前、とある初期型のアンドロイドが暴走して、ここの外壁を突き破って地表に落下したの」
「ということは、」
「ええ。ーーー貴女に、その回収を頼みたいの」

 なるほど、確かに流れ的にはそこに行き着くだろう。しかしだ。三年前のその事件は確か、未解決で終わったのではなかったか。訓練所時代に、その事件についても耳にした。
「確かに。その疑問ももっともと言えるわね。・・・ただ、状況が変わったの」
「状況?」
「そう。ーーー三年間音沙汰無しだった、その暴走したアンドロイドの電波を傍受したの。・・・恐らくは起動したのだと推測されるけど、トリガーは不明。何故・・・?」
 
少佐は、何かを考え込んでいる。
(ーーーまさか彼に接触した・・・?いや、でも彼は『鍵』を持っていないはず。だとすれば・・・)

「・・・少佐?」
「・・・ううん、何でもないの。任務の話だったわね」
 しかし、すぐに話題を戻された。何だか、釈然としない。

「上の動きも予想できないから、できうる限り回収を急いで。・・・大丈夫、話は私から極秘裏に、貸しのある人に通してあるから。ああそれと、」
「?」
「今回の案件は貴女に一任します。支援物資も用意済みで・・・どうしたの?」
「ーー。いえ、ただ、その大任、私に務まるかどうか」

 正直なところ、戦力的に十分かどうか怪しいところだ。大型の『オスティム』に遭遇した場合、機構人形一人で立ち向かい確実に撃破するのは難しい。その上、狙撃手ならまだしも近接戦闘を主とする私では、同じく至近距離で絶大なアドバンテージを持つ種に、果たして敵うかどうか。

 しかし少佐は少し呆れたように息を吐いた。
「あのね。この際だから言っておくけど、あんな存在価値の怪しい武器使ってるの貴女くらいよ。むしろ、あの考えた奴の気が知れないイカれた棒っきれ振り回してる癖して北部戦線撃破数ナンバーワンとかいう数字叩き出してるのも貴女くらいしか居ないんだから。それに、」

 銀と黒の視線が、瞳が、交錯する。ーーーそういえば以前、こんなことがあったような。
「今回、貴女の身体は新型リアクターに換装済みなの。・・・そのテストも兼ねての任務だから」

 何故か、痛痒を堪えるような顔を覗かせた少佐だったが、すぐさまそれは見えなくなった。
 釈然としない何かを感じつつ、敬礼をした。


「了解です。ーーー我らが天空の砦に、栄光あらんことを」
「ええ、頼んだわよ」

 微笑み、少佐も敬礼を返しーーーそこで思い出した。




 そういえば、何処かで少佐に似た顔つきの人に会ったような。
 そんな感慨は無視し、問う。

「少佐。あとひとつだけ、宜しいですか」
「なあに?」
「ふと気になったのですが・・・少佐は何故、私たち機構人形を作るに至ったのかと」

 凝然と、目を見開く気配。
 それからツグミ・カービス少佐は、苦笑した。

「ーーー。私ね、子供がいたの」
「子供、ですか」
「そう。男の子で、まだ生まれて間もなかった。・・・でも、16年前に離れ離れになって。それきり」
「それって、」
「・・・ああ、別に誰かにさらわれたとか、そういう訳じゃないの。ーーー私が捨ててしまった」

 毒をーーー16年間溜まったような毒を吐くように、少佐は言葉を綴る。
「あの子がどうしているのかも、今となっては永遠に分からなくなってしまった。愚かなことをしてしまったわ」
 涙を堪える様子を見て、私は後悔した。ーーー酷く無粋な真似をしてしまったと。
 これ以上は、もう。
「ーーー。失礼しました。少佐、ありがとうございます。ーーーーでは、任された栄誉、果たしてきます」
「ええ。武運を」
 再び敬礼し、その場を離れる。

 このときは、それだけで終わった。

4



 機構少女が退室し、静寂を取り戻す執務室。
 その中に置かれている椅子に体重を預け、ツグミは先の会話を思い出す。
「・・・・16年前、ね。もうそんなに経つの」
 垂れてくる前髪を掻き上げ、嘆息した。

(今になって件のユニットが起動したのは、あの子が接触したからかしら。だとしたら、)
 そして、デスクの上に置いてある書類ーーーM-43Gl2ユニットの、記憶情報を見やった。
「43。もし貴女が、あの子をーーー、」


思い至って、首を振った。









ーーーー母親としてのツグミは、それだけは己に赦さなかった。