複雑・ファジー小説

十二話 ( No.15 )
日時: 2019/12/11 20:57
名前: おまさ (ID: XgYduqEk)

「ーーーーーは」

 思わず息を漏らしてしまったのは、この状況に既視感があったからだ。
 自分の寝台の上に横たわっているのは、その格好や髪、無機質の雰囲気からして間違いなく機構人形であろう。
 今回といいシザといい、隣にいるシーナもそうだ。何故自分はアンドロイドとここまで縁があるのか。イオトは純粋に疑問に思った。
 とはいえ、今こうして目の前に機構少女が寝かされているのは事実。
「お前を探すためにラティビに車を出して貰ったんだが・・・こいつは、その道中で見つけたもんだ」
 目を見開いているイオトの横でエソロー爺が、こうなるに至った経歴を補足する。それを聞いて納得した。
 ーーーあちこちが汚れていて、傷だらけだからだ。
 
 白磁を思わせる肌は砂塵で汚れ、その他の傷を負っていたし、服ーーーと言って良いのかは疑問だが、身体に密着するように纏っている布地は傷んでおり、あちこちに穴が空いている。身体にバッテリーから延びるコードが繋がっているが、無事とは言えない状態だった。

 そのままにしておくのを不憫に感じたイオトは、顔の砂だけを払ってやる。









《》




《》


《》

《》
《》

《code:β302を感知》

《非常用予備回路に切替》
《外部電源を感知。家庭用電源と推測》
《推定残存電力41%》
《機体の損耗率67%》
《第一、第四スラスターの内圧、不安定》
《燃料計算終了。長時間航行は不可》

《ビーコン起動》
《6から32番のバルブを解放》
《フラップを確認、、、背面第四フラップ使用不可》

《アクチュエータ、負荷許容範囲内》
《第二背部スラスターを破棄》



《アクチュエータ活性化》
《アブソーバ動作確《強制割込》





《A.O.A指令部のビーコン感知、リンク回復》
《指示を乞う》

《反応なし》




《アブソーバ動作確認、、正常》
《圧縮窒素封入中、圧力は基準値に対し-05を維持》


《第三から第七のインタークーラ水温、許容範囲内》
《機体の冷却率66%》

《第五燃料ポンプ始動》
《フライホイール回転開始》

《電圧、機体温度、油圧、水温、オールグリーン》



《コンタクト可能、実行に移る》

《カウント省略、メイン接続》
《OS起動。ver,0.08》

《コマンドプロンプトを参照》
《実行中》










《識別番号〈M-0E6h:engel 〉ユニット、起動》

《インターフェース接続》




《視覚情報を反映します》



 唐突に、目前の機構少女が起動したのを、イオトはただただ呆然と見ることしか出来なかった。
 無音で目を開けたアンドロイドの少女は、上体だけ起こしてしばらく周りを見ていたが、イオトが視界に入ったと分かるや否やイオトのことを凝視している。
「・・・シーナ、何か分かる?」
「ーー、ううん。その子にコンタクトを取ろうとしたけど、OSが非対応・・・・・って、まさか」
 シーナは、しばし柳眉を寄せ、不明機の少女を注視する。ーーー正確には、少女の右肩を。

「ーーーまさか、試作0型・・・?それに『engel』って・・・もしかして、例の計画のテストベットとか」
「例の、計画?」
 聞いたことのない単語に首を傾げると、シーナは話そうか否か少し迷ってから「うん」と言葉を続けた。

「ーーーーーEA計画。ユソーキを使わずに、部隊を直接送り込む為のアンドロイドをリョーサンする計画だったんだけど、途中でトンザしたみたい」
「輸送機を使わずに、ねぇ」

 成る程、アンドロイドは〈ジルク〉から輸送機を使い出撃するらしい。確かに、送り迎えを必要としない部隊なら、即座に戦線に配置出来るだろう。
 しかし、だ。
 それを人のサイズで実現するには、いかな〈ジルク〉とて莫大な時間と労力が掛かるだろう。勿論、金も。
 だとすれば、計画が途中で破棄されたのにも頷ける。

 この少女は、その計画における試作機、ということか。



 それにしても。
「何で今、起動したんだ?」
 疑問の着地点はまさしくそこだ。
 過去の計画のもたらした遺物と考えれば、この機構少女が最後に起動したのはかなり前の筈だ。沈黙のまま砂のなかで今まで時間を浪費してきたのだから。
 それが、何故今更ーーーイオトが額に手を翳したタイミングで。
「うーん・・・試作0型は、ごく初期のアンドロイドだからなあ。詳しいことはあまり残ってないの」

「ーーー。ーーーーイオト」
 唐突に、沈黙を守ってきたエソロー爺が口を開く。それにもっとも早く反応したのはイオトーーーーではなく、隣でずっと黙っていたラビだった。
「!?ちょ、ちょいオッチャン!?言ッちゃっていいンスか、それ」
「もう、潮時だろう。こいつも大きくなったものだし」
 ええ、と溢してからラビは、

「そーじゃなくッてッスね・・・。ーーーーアンタはそれで、良いのかッつーことッス」
「・・・・。」
 その言葉に、エソロー爺は珍しくも目を見開いた。そして、そのあと刹那逡巡しーー、


「ーー。ーーー。ーーイヤ、いい。悪いな」
「う、ん・・・?」
「・・・まー、滅茶苦茶不自然な誤魔化し方になったッスね・・・。ねェ、オッチャン?」
 半ば煽るように問い掛けるラビに、憮然とした様子で顔を背けるエソロー爺。その様子を、イオトはどこか釈然としないまま見ていた。



 そうして、改めてイオトは件のアンドロイドに向き直り。
「うーん・・・」
「お兄さん、また名前考えてるの?」
 見上げてくるシーナ。
「わたしは・・・その、割と嬉しかったけど・・・何で名前、付けてくれるのかな、って」
 少し頬を赤く染めながら、シーナは問うた。その少女の問いに、イオトはしばし考え込む。

「名前、か」
 思えばあまり、考えたことがなかった。なるほど、本来無機質な番号で呼称される彼ら彼女らが行き着く当然の疑問であろう。だが、情けないかな、イオトには特に明確な理由があるわけでは無かった。
 ただ、ぼんやりとではあるが、己の根底に何かが渦巻いていることは自覚していて。
 上手く言の葉にのせられないのがもどかしい。
 でも。
 それでもなんとか、自らの内に浮かび上がってくる物を拾い、形にし、綴る。

 酷く、たどたどしくて、拙いものになってしまったけれど。
 だけど。
 想いは。













「ーーーオレがそう呼びたいから、じゃ駄目かな」



 嗚呼、何て酷い独り善がりなのだろう。
 きっと、これはイオト自身のエゴなのだ。
 呼びたいから、だなんて。勝手も良いところだ。
 傲慢で。
 我儘で。

 けれど、それを自覚した上でもなお、イオトは高らかに主張していたと思う。
「番号で呼ぶのは、何ていうか距離があるような気がするし。嫌なら改めるけど」

 ーーー否。
 違う。
 そうではない、と内なる自分が吐き捨てていた。
 多分、自分はそんな権利もないくせに彼女たち機構人形を哀れんでいた。
 まるで籠の中の鳥のように。
 名前こそ、その枷を砕くための術だと。
 せめて、番号ではなくちゃんとした名前で呼んで、ある種の呪いのようなものから解放してあげたいと、そう思って。

 故に、憐憫を以て銀髪の彼女に名前をあげた。


 あのときからーーーシザ、と名前をあげた時からイオトの業は始まっていたのだ。

 そして、それに気付きながらも強引に無視する今もまた。


 この感傷を抱いていながらもなお、シーナに誤魔化し続ける自分は、嘘つきだ。ーーー否、大法螺吹きだ。

「ごめん、上手く言葉にできなくて」
 そう口にすると、シーナはううん、と首を振った。ひどく嬉しそうな顔だった。
 イオトは罪悪感を噛み潰す。

「いいの。ーーーーありがとう」

 その答えが、本心からのものなのか、こちらの罪悪感に感付いた上での優しさだったのか、このときのイオトは判らなかった。
 ともかく。
「どんな名前にしたもんか・・・」

「0」なら、「レイ」とかーーーーーーーーーー否。





・・・・「E6h」か。

そして閃いた。







「ーーーーイロハ、とかどうかな」

 見上げる、視線。
 シーナではない。ーーー何故なら、その視線は銀色ではなかったからだ。

 青緑の、無感情の瞳。

「・・・。」










 大変判りにくかったが、彼女ーーーイロハは、無言で同意しているようだった。