複雑・ファジー小説

十三話 ( No.16 )
日時: 2020/01/04 14:27
名前: おまさ (ID: fQM5b9jk)

 更新遅くなりすみません。言い訳をさせて頂くと、純粋に年末忙しかったからです。
 今年も今までに比べ更新遅くなると予想されますが、どうか皆様宜しくお願い致します。


 それでは、「あけおめ」の掛け声と共に、本編をお楽しみください。







 さて、場面は件の機構少女の命名から少し後。立ち上がったアンドロイドーーイロハをイオトはまじまじと見つめていた。
 身長はシザと同じくらいか少し高い程度。シザのものよりも無表情で眉尻が垂れた目と視線が合う。
 それはいいのだが、それはそれとして。

「・・・あのー、黙っていられると不安なんで、何か喋ってもらえると助かるんだけど・・・」
「・・・。」
 言っても、困ったようにイロハは黙り込んでいる。その様子が余計に人外さを主張していた。
 
無機質を孕む、表情。堪らずイオトは隣にいたシーナに「あのさ」と話し掛けた。
「あいつ、喋れないの?」
「うーん・・・。0系の事に関しては、あまり情報が出ていなくて。詳しいことは分かんないけど、多分簡単な意志疎通は出来るーーーと思う」
「意志疎通、か。筆談とか?」


 
何気なく答えると、何故かシーナは驚いたように目を見開いて此方を見返してくる。

「筆談ってーーーお兄さん、字が書けるの?」
「え・・・?いや、だってそりゃ書けるでしょ。誰だって」
「そうじゃなくって・・・」
 刹那だけ逡巡した後、話しても詮無いことと追及を諦めたらしく、シーナは口を閉じた。


「意志疎通って意味じゃ、シーナも何かイロハに送ることは出来ない?」
「さっきテキストを送ってみたけど、反応なし。届いてないのか、それとも別の問題があるのかは分かんない」
「別の問題?」
 言いさして考え込む。メッセージが届いていない以外の問題となると、なるほど限られてこよう。

 自分であれば?もし仮に、自分が相手からの呼び掛けに反応しなければ、それは一体どういう状況なのか。勿論、耳が聞こえない以外の理由で。
 その人を蛇蠍の如く嫌っているとしたら?あるいはーーー、









ーーーと、思考を展開していたその時、イロハが唐突に跪いた。



「「え、っ・・・?」」
 驚いたのはシーナも同じだったらしく、呆けた声が重なる。重なった二人の声は、事態の異常性と予想外の展開の具現化に対しての証明となり、命題を締め括る。
 普段飄々とした態度を崩さないラビですらも、目を見開いた表情。エソロー爺ですら、片眉を上げていた。
 最敬礼ーーーイオトの知識が正しければ、イロハの姿勢はそれに当たる。君主に対し、従者が最大限の忠誠を誓う時の姿勢だ。




 そして何故か、あろうことか自分に、この機構少女は忠誠を誓っていた。訳が分からない。

「・・・ぁ」



 
 僅かに聞こえた声音はイロハのものだ。儚く、脆く崩れ去って、虚空の掬う星屑に消え失せてしまいそうな声。無表情さとは裏腹に可愛いげがあるとぼんやり思う。

 しかし、事態は分からなくなるばかりだ。自分が顔に手を翳したのを見計らったかのように起動して、そればかりか主の如く己の身を以てイオトを守ろうとしている。
 守られる価値なんて自分にある筈もないのに。疑問と自嘲が混ざる。

 愚者を救う翼ーーー法螺吹きの忠実なる僕。

 詭弁と劣等を塗り固めた男の、下らない願望の遂行者。

 

 その機械仕掛けの執行人は、自嘲に沈むイオトの前で跪いたまま、首だけを明後日の方向に向けた。
 気付けば、シーナもイロハと同じ方向を向いていた。
「・・・何かが、迫ってきている・・・?」
 シーナが溢した。はっとなり必死に耳を澄ませるも、なにも聞こえない。

「レーダーに反応はある・・・けど、これは何か判らない」
「距離は?」
「多分、7、800メートルくらい。ホソクケンナイにぎりぎり収まってる感じ」
 柳眉を微かに寄せ、五感のうちのいずれかーーー否や第六感まで総動員しているシーナ。五秒ほど集中していたが、暫くするともどかしそうに、



「っ、」
「おい!?」
 立ち上がり、家を出ていく。その背中をイオトは慌てて追いかけた。







「・・・で?どーすンスカ、オッチャン。イオト君出ていッちまいましたけど」
「まあすぐ戻って来るだろう。・・・戻ってくるのか、あいつ?」
「確かに、イオト君は最近、何かと巻き込まれてる気もしなくッはないッスけどね。疑心暗鬼になる気持ちもわかるッスよ」

「ーーー。じゃあ、お前さんに任せるか。ちょっとイオトの後を追ってくれないか」
「・・・」
「ちょ、ちょっとオッチャン、言いたかないッスけどアンドロイドにイオト君を任せるンスか!?」
「じゃあ仮に、お前があのでっけえ奴ーーー〈オスティム〉だったか?あれに出くわしたら素手で勝てるか?」

「・・・答えの見えてること問わねーで欲しいッス」
「つまり、そういうことだ。だいぶ損傷しているとはいえ、こいつは奴さん達と渡り合うために生まれたんだ。遅れは取らんと思うが」
「そうッスけど・・・」


「じゃあ、そういうことで頼んだ」
「ーーー。ーーーーーー。」
「・・・感情の起伏が少なくて頷いてても何思ってンだか分かんないッス」




「それで?さっきイオト君、めッちゃ銀色の子に驚かれてたけど、ひょっとしなくても字ぃ書くの教えたの確定でオッチャンじゃないッスか」
「・・・」


「しかも・・・よりにもよって"あっち"の字でしょ、教えたの」
「・・・」
「図星だからッて黙り込まないで欲しいッス。別に怒ってる訳じゃないンスから。ただ、そういう所でも気を付けろ、って言いたいだけッス」
「説教じゃないか」
「説教ッス。つーかもうそろそろネタバレしてもいい頃合いだと思うんスけどねぇ。十六年も経ったンだし?」
「・・・うるさい。お前には解らんよ」
「ハイハイ、素直じゃないンスから」






「ーーーお前には、解らん」




 懺悔と感慨を含んだ老人の呟きを、聞くものは誰もいない。