複雑・ファジー小説
- 前日譚1(上) ( No.22 )
- 日時: 2020/07/08 18:06
- 名前: おまさ (ID: Yo35knHD)
遅くなりました。いやー、やっぱ三編同時製作は大変ですね(これと本編18話と短編書いてた)。
そしてこの前日譚、一話で済まそうと思ったらゴリゴリ長くなり、なので今回は「上」としました。
また前日譚“1”とあるように、バックストーリーもまだまだありますので、暇が出来たら他のやつも書きたいです。
そんなわけで一応、本編の方も少しできているのでもうしばらくお待ちいただければ。
…はい挨拶終わり! あとはごゆるりとお楽しみください〜。
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1
-------酷く、頭が重い。
「------!」
誰かの喧騒と叫喚が、不明瞭な意識に曖昧に響く。酩酊のように頭が痛み、重く、くらくらとしていて、視界はチカチカとモノクロに点滅しているように見える。
冷たい金属製の床に突っ伏して、その揺らぐ感覚と猛烈な吐き気を堪えた。耐えた。
不意に。
「…ル……、ェルダン、エルダン」
その揺らぐ五感に、本当に肩を揺さぶられ名前を呼ばれる感触を覚え、揺蕩っていた意識がふと、凪の水面に浮上するような感覚を味わい覚醒した。
一時的に死んでいた網膜が役目を取り戻し、徐々に視界がクリアになってゆく。そうして完全に視力が回復した時、目の前には仲間の姿があった。
「……ぁ」
「良かった、エルダン。お前、頭をライフルで殴られて気絶してたんだよ」
「……ケラー、か。助かった」
肩を揺すって自分を起こしてくれた仲間に感謝しつつ、とにかく立ち上がる。今は、そんな感慨に浸っているべきではない。
いつの間にか脱げていたヘルメットを被り直し、横に頽れている屍のライフルを奪った。
「助かったついでに聞きたいんだが……、ケラー、状況は?」
「あまり芳しくない。向こうの増援がじき投入されるだろう。ジリ貧になるのは時間の問題だと俺は思うね」
疲れたように嘆息するケラーに、俺はしみじみと頷く。
ジリ貧は覚悟の上、…そも、今回の仕事は前人未到・天荒の所業を成す必要があるのだ。
------天空の砦、〈ジルク〉からの脱出。
それこそが、今回の依頼のメインになってくる要素。つまり今回の依頼こそ、自分らチームの最後の大仕事というわけであった。
チーム解散を寂しく思う気持ちは無いわけではないが、所詮は流浪人の集まりだ。いずれ散っていくことへの覚悟は、とうに済ませてある。
……それに、命の恩人とその家族、そして彼の思いに対して、恥知らずな真似はしたくなかった。
ふと、思い出しそうになったからかぶりを振って唇を引き結び。アサルトライフルの初弾を装填した。
「ルート33を通り、第七ケージから一旦離脱する。……中尉に合流しよう」
2
十数分後、とりあえずは第七ケージから脱出できた。会敵せずに切り抜けられたことは僥倖だ。おかげで予定より数分早く到着と相成ったわけだ。
今のところ他のメンバーとの連絡も取れている。ひとまずは安堵だ。張り詰めた息を吐くと、思っていた以上に気持ちが落ち着いた。よほど緊張していたらしい。
〈ジルク〉、エリア63、78-D区画、第13居住区にて。
自分たちが原因の騒動によって外出規制されているようで、普段ならたくさんいるはずの住民たちの姿が見えない。
「民間人を巻き込まないように、か」
少々自嘲気味の呟きも、妙に物寂しい居住区の大気に溶け、消える。
ともあれ、この場所に来たのはある人物に会うためだ。
居住区の街路を進む。コツコツと響く、武骨な軍用ブーツの音。
暫く歩いたのち『ソデロフ』と書かれた表札の前で止まり、カードキーを使って鉄扉を開ける。冷たい通路にはエアロックの音が響く。
開いた扉の奥、人影がソファーに腰掛けているのがちらと覗えた。
「依頼通り来たぜ、中尉」
奥の人物に声をかける。人影はその細い腕に何かを大切そうに抱えながら、ゆるゆると立ち上がった。
「---------あら、中尉だなんて貴方らしくない堅い呼び方ね、エルダン。いつもみたいに『ツグさん』で良いのだけれど」
そう冗談めかしころころと笑うのは、ツグミ・カービス中尉その人であった。
3
照明をつけていないからやや薄暗い室内で、ツグミと向き合う。……ツグミの隣に、若い頃から見慣れた痩躯がいないことに自分が感傷的になっているのだと、自覚して顔を伏せた。
様子を悟ったのか、ツグミは儚く気丈に微笑んだ。
「……あの人がいなくなって。時間が止まったように思えたけれど、それでももう二年も経つのね。貴方はそれを酷薄だって、そう言って嗤うかしら」
ツグミの笑みは次第に泣き顔に近しく------否、きっと彼女は最初から泣いていたのだ。きっと、二年前のあの日から瘡蓋は取れていないままなのだ。
その表情を見た途端に、情けなさに憤死したくなった。
「……笑ったりしねぇよ」
だから。
だからせめて、ツグミの涙は愛と弔いのものなのだと信じたいし、信じさせてあげたい。
「二年前のことで後悔してんのは俺も一緒だ。…いつまでも過去に囚われるなって言われりゃ、それだけの事なんだろうがさ」
死者とは過去だ。決して侵すことを赦されない理で生者と隔てられた彼岸の彼ら、即ち過去の幻影に生きる理由までもを取り憑かれてしまうのは人生において本末転倒だろう。
それでも。
大切な人を弔いたいという気持ちは尊いものだと思っている。その愛の形はきっと、過去に囚われることとは違うのだとも、思う。
……それすら蔑ろにしてしまうようになったら、自分たちはヒトでなくなる。それはヒトとしてかくある以上守らなければいけない最低限のモラルだ。
そんなモラルすら忘れ去られたとき、この〈ジルク〉は人類の箱舟ではなくなる。
たとえ潔癖だと嗤われても、この天空の砦をただの空っぽの檻にはしたくなかった。
「……いいえ、ごめんなさい。違うの」
しかし、ツグミは俯き首を横に振った。
「ううん……それだけじゃなくて、………私はあの人が、この子の姿を見られないまま死んだって思うと………っ」
------遣る瀬無い、と。
そうして聞こえてきたのは、吐き出すような泣き声だ。
二年の間堪えてきた、耐えてきたものが決壊する。その滂沱を見、悟った。
------中尉は決して強くはないのだと。
最初は思っていた。
普段から凛と在る彼女はひょっとしたら、二年前のことはも引きずっていないのではないか。弔いはとうに済ませて前を向いているのではないか、と。
そんなはずがなかった。
ツグミは繊細で、傷付きやすくて、脆くて。だからこそ痛みを無視して、耳を塞いで。そうしてわかりやすく考えないポーズを形式的にとっていなければきっと、歩けなくなってしまう。------そんな人なのだ。
そうして、二年もの時が過ぎて。……今、我が子を手放さなければならない現実と対峙して。ツグミはどれだけの、悲痛な感情を滾らせているのだろう。
ひとの気持ちを100%理解することなどできないから、「わかってる」と安直な慰めすらも口にすることはできない。だからこそひどく、歯痒かった。
堪えたものが、何かが軋む音と一緒に嗚咽となって吐き出される。そのことが少しでも救いになるのならば、一体誰が彼女を責められようか。
せめて落ち着くまで寄り添おうと思い、手を差し出す。ややぎこちなくなったが、それでもツグミは差し出された掌を握ってくれた。するりとした玉の繊手と、軍用グローブを着けた無骨な手が交錯する。
---------耐熱性の高いグローブは、手の温度すら通さない。