複雑・ファジー小説
- 19話 ( No.24 )
- 日時: 2020/12/29 22:48
- 名前: おまさ (ID: 5cM7.Mt8)
- 参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=thread&id=2074&page=1#id2074
1
「イオトっ……!」
傍らに膝をつき、必死に呼びかける。より鮮烈な「朱」に彩られる大地、その砂に吸われている血こそが少年の生命力の全てに思えて。
歯噛みする。この時の私は、ただ無力感に忸怩たる思いを噛み締めていた。
何故なのだ。〈オスティム〉と互角に渡り合えるこの身体はどうして、彼を救えない。胸を貫かれてもなお息絶えぬこの身は何故、彼の血潮すら掬ってあげられないのか、と。
いのちは守るべきものだ。
個々の魂に蓄積された矜持、想い、呪い。それらすべては唯一無二のもので。
だからこそ、……たとえひとの生死に興味がなくても、いのちは須く守らなくてはならない。——そう、思っていた。
けれど、今の自分は違う。
いのちを、守らなければならない。今の自分を動かしているのはそんな責務ではなく。
・・・・
いのちを——彼を、守りたい。胸の奥に瀰漫するそんな身勝手な願望が、私を立たせていた。
——涙すら流せないお前が、人間の真似事をするのか。
内なる自分が冷ややかな侮蔑を向けるのが分かる。今も、「望む」ことに対して明確な答えが出せているわけではない。きっと、「彼を守りたい」だなどという身勝手な願望も、酷く傲慢で不遜なものなのかもしれない。
願望を抱くことが赦されるか否かの話に限れば、赦されないだろう。
けれどそれでも、……仮にこの身が断罪の業火に処されたとて。
赦されなくても、イオトを守りたい。
「————っっ」
——断じて、否。
瞬間、そう言いたげな殺意を孕んだ刃が、物理的に私のうなじを掠めた。辛うじて回避できたのは戦闘機械としての本能か。
左に動いて反撃を……いや、二撃目が来る!
私の機動を予測してか、左側に斬り込む影。左へ動こうとしたモーションを中断し、そのまま後ろ向きに跳躍して回避。相手との距離をとる。記憶よりも私の体が少し早く動いたのは、新型の動力炉を搭載した恩恵か。
体勢を立て直し自然と意識が凪ぐ。腰を低く落として、自分を斬り込んだと思われる存在を正面に見据え——インターフェースに、ブリップが灯った。
《正面、推定敵性目標、距離23メートル》
《当該目標を——作戦目標物〈M-0E6h:engel〉と断定》
2
……よりによって、このタイミングで。思わず歯噛みする。
まさか機構人形との戦闘を、訓練ならまだしも実戦で経験することになろうとは。
今のような近接武装のほかにも、何かしら面制圧用の武装を有していてもおかしくない。そうなれば、イオトも巻き込まれてしまう。場所を変えよう。
一瞬視線を、血溜まりに伏す少年に向けた。
———ごめんなさい。今はとにかく、待っていて。
粉塵と共に、鬨の吶喊が上がる。
その砂の帳から、機械仕掛けの天使は飛び出す。20メートルの距離を刹那でゼロにして、立体機動で上から斬りかかった。
その初撃を再び回避し、私は腰から拳銃を抜いた。
安全装置解除。初弾装填。銃口を向ける。弾道計算は——間に合わない。
撃発。
9ミリ拳銃弾が、先の初撃で舞い上がった砂の簾を縦貫。機械仕掛けの天使はこれを、信じがたい急制動を以て回避。グリップに伝わる火薬の熱と震撼を感じつつ、ブルバックで自動装填された2発目3発目を続けざまにパァンパァンと撃ち込んだ。
2発目は回避され、3発目は僅かに掠める。天使はほぼ直角で旋回し、再び迫る。
銃撃は間に合わない。——ならば。
剣戟を成す、紫紺の光刃。拳から暗器のように出ているそれを半ば勘で回避し、その細腕を腕で絡めとった。刹那、動きが固着する。
その刹那で腕関節を極める。残るもう片腕の斬撃は、相手の片脚を掬って体勢を崩させることで免れた。
アンドロイドはこれでも、人体の可動域を踏襲して設計されている。この機構天使は球体関節だが、基本的には腕を逆側に曲げたりすることはできない。
とりあえず拘束して鹵獲、そのまま〈ジルク〉まで輸送。それが、最適な行動。
そうしてちらと、イオトを見た。
彼の命は正しく風前の灯火だ。一刻も猶予はない。〈ジルク〉に連れてゆけば、彼を治療できるかもしれない。一分でも、一秒でも、早く………、
そこまで考えた、つまり油断していた時だった。———突如、体が何かに引っ張られる。
強烈な力だ。下に向けて、私を引きずり落とそうとしている。僅かな思考を経て、その力が重力であると理解した。
関節を極めて拘束した直後、相手はブースターに点火。そのまま垂直離陸。
数百キロ分の機体を一瞬で時速200キロ超過へと導く、ジェットブースターの暴力的なパワーが大気を蹴りつけ、上空へとぐんぐんと加速してゆく。加速Gに振り落とされそうになるのを必死にしがみついて、上昇を続けるアンドロイドを決して放すまいとした。
そうして剥がれ落ちそうな状態を耐えていると、急に加速が止まった。……いや、止まるどころか、逆にどんどんと失速していく。
ある高度を超えた瞬間に漸次静止し、加速力は———下向きに復活する。
上方投射された物体は放物線を描き、頂点を境に重力加速度が物体を下へ引き摺り落とす。分かりやすくて単純な物理の基本法則は当然、アンドロイドも例外ではない。
厚い砂に覆われた地表とはいえ、重量実に200キロ近い機構人形(それも2体)がこの高さから墜落すれば、当然砂に突き刺さるだけでは済まない。最悪四肢が千切れ飛ぶ可能性もある。
そうなれば当然———イオトも確実に命を落とすことになる。
彼を〈ジルク〉まで運ぶために、自分も死んでは駄目で。
死んではいけない、なんて思うのは初めてのことだったかもしれない。
所詮は紛い物の、互換性の塊の命だ。使命を全うできるならば、投げ打つことも厭わない。———死して骸を積み上げることが、我ら機構人形の存在理由だと。
頭上、赤い大地が迫ってきている。悩む暇はない。
身体をよじる。関節を使い、落下の向きを変え、相手が下になるようにした。機構天使も目敏く勘付いたのか、抵抗して体を動かす。
絡み合ったまま2人、落下する。
このまま斃れれば、イオトは助からない。仮に一命をとりとめたとて、私は死ぬ。記憶が再び無くならない保証はない。『死』して再会して、私が全て忘れてしまったら、また苦しい顔をさせてしまう。
そんなのは嫌だ。
両脚で相手の胴体を挟み込む。
「し、っ!」
呼気を鋭く吐き、腹筋(に相当する部分)を使って相手の体を引きつけ、重心をずらす。均衡が崩れて一瞬間が開いた。
その間隙を通して私は横向きに跳躍。落下運動に横方向のベクトルを加えることで、致命的な頭部の損傷リスクを少しでも減らす狙いだ。
眼前10メートル、赤砂の大地が地表が迫る。落下速度が予想より少し速いことに舌打ちしている時間はもはや無い。
「っ!」
左腕を下敷きに着地。金属のひしゃげる鈍い音が響く。
《警告》
《左上腕部、アクチュエータ及びB7バイパス破損》
《左腕基礎骨格構造、環状表層構造は大破》
《左腕疑似神経回路、ポイント20及び446断裂。他損害不明》
《第七から第九までのコンロッド干渉》
《損傷過度により左腕を破棄》
《バイパスをE11に変更》
《コマンド:33D-414を実行》
着地地点から数十メートル転がった先で立ち上がった。基礎骨格構造が半ばで折れて関節の数が倍になり、動かすのに難儀するだけの邪魔な左腕を、肩の根元からパージ。
《目標、距離55》
《敵性目標の推定損傷率:71%》
改めて目を向けた正面には、落下の影響で砂塵が立ち込めていた。そして、さらさらという砂の擦れる音の中に微かに、重々しい駆動音が正面から聞こえた。
人型の身体なんて、兵器に比べれば体積は圧倒的に小さい〈M-0E6h:engel〉ユニットは飛行能力を有しているものの、人間と同じサイズで造られた身体に収めておける燃料の量などたかが知れている。
揚力と推進力を使い離陸する航空機と異なり、件のアンドロイドは上昇をブースターに依存している。VTOLと同じように垂直離陸するときにはかなりの燃料を消費する筈だし、外見を見たところかなり長期間活動していた機体だ。リアクターはついていないからそろそろ電力も尽きる頃合いだろう。
正面、粉塵の中から姿を現した機械仕掛けの天使は、威圧するかの如くその銀翼を広げた。
ブースターを使って着地したのだろう。こちらは左腕を喪失したが、相手方は腕どころか指の一本すら失っていなかった。
——マズい。
燃料は尽く寸前だろうが、相手のアンドロイドは飛行能力を有す機体。その機体にとって50メートルなんて無に等しい距離だ。今回の作戦において私は白兵戦装備を装備していないから、片腕まで失った今は勝算は限りなく薄い。
ちらと視線を、目視100メートル以上遠くで今も地に伏すイオトに向けた。……このままでは本当に。
焦っている自覚はある。
第一、 この戦闘は私にとっても不本意で未想定だった事態だ。
そもそもこのアンドロイドは、何故私を———、
「……ぁ」
ふと気付いた。気付いてしまった。
正面、アンドロイドは倒れたイオトに背を向けて私と対峙している。
————それがまるで、彼を守っているように見えて。
「なら、」
闘う意味なんてない、そう呟きかけても遅い。機構天使は複雑な立体機動で急速に迫る。残り僅かな燃料を喰らい尽くして、捨て身の特攻に出る。
相手が、イオトの容態に気付いているかは判らない。……けれど仮に放置しておいて息絶えたとしても「彼の体には傷をつけさせない」という冷徹な敵意は明瞭に感じられた。
50メートルの距離を刹那で詰め、ぶつかる。
そのほんの一瞬に、しかし逡巡してしまった私は反応が遅れて対処が間に合わない。咄嗟に左に跳ぶが、それよりも相手の方が早い。銀翼が煌めく。
私の胴体に、紫紺の刃が突き刺さる。
———その一歩手前で突如、世界が漂白された。
文字通り、漂白だ。視界を暴力的な『白光』で塗り潰された。
天誅が下ったかというくらいの光と共に殺到するのは圧倒的な熱量と轟音、さらには衝撃と、運動エネルギー。口径100ミリ超の火砲すらも上回る熱エネルギーと運動エネルギーに、インターフェースが『警告』の二文字で埋まった。
《警告》
《左腕ドッキング部融解》
《頸部表層構造、一部蒸発》
《視覚情報過多により、疑似視神経e-14および4、損傷》
《機体損傷率80%超過》
《左脚アクチュエーター機能停止》
《インタークーラーより発火》
《鎮火装置作動》
アブゾーバーを最大にして、耐えた。耐えた。耐えた。
この衝撃と熱量。———そして着弾の瞬間に観測した、圧倒的な弾道速度。
(電磁加速砲……っ!)
耐えつつ、唇を噛む。
電磁加速砲。
超電力を使った電磁誘導を以て物体を投射する兵器だ。“せいぜい”初速が2000メートル毎秒程度の火砲に対し、……電磁加速砲の初速は8000メートル毎秒を優に超える。
爆風によって私は、奇しくもイオトの少し手前まで転がった。
直撃ではないにしろ、至近距離で圧倒的な速度エネルギーを受けた私は、損傷過多により立ち上がれない。内部が一部融解。耐熱性のある白群の髪はけれど、細い先端部が焼け落ち僅かに短くなっていた。左腕をパージしたことで露出した機械部から熱が侵入したのか。
それは、機構天使も同じだ。………否、同じと言うにはやや語弊がある。
私よりも着弾位置に近く、なおかつ緩衝装置なぞ装備されていない旧世代の機体だ。当然、損傷も大きい。
表層構造体は吹き飛び、露出した内部フレームは高温に赤く熱せられていた。腕は両腕とも肘のあたりでそれぞれ溶け落ち、背中は金属製の脊骨と脊髄部構造が露出している。付け加えれば頭部も破損し、頬からこめかみにかけて大きく損壊していた。全体的に辛うじて原型を留めているのは高高度巡行のために強化された機体だからか。
しかし驚くことに、機構天使には未だ息があった。
満身創痍の身体には機械仕掛け臓腑に達するような裂傷が無数にあり、脚は表面ごと内側まで抉られている。模造品に過ぎないのに、ひとのかたちをしたものが壊されていく様は何故か不快だ。
溶接された鉄板を剥ぎ取るような音を立てながら、軋む身体を歪んだ何かによって動かして、「天使」はゆっくりと這い寄ってくる。
それを———、
「——ああ、やっぱり面白い」
中性的な声音と同時、機構天使の頬が蹴り弾かれた。その威力自体は特に特筆すべきではないけれど、既に致命的な損傷を負っていた「天使」はそれをきっかけに頽れて沈黙。
そうして、地に堕ちし天使を蹴り飛ばした少年は両腕を広げ、その白銀の髪を揺らして高説する。
「対立する両者。けれどそのどちらとも1人のニンゲンを生かそうと足掻く。それらの闘争はむしろ、強い愛故の結晶であり結実した結果! 嗚呼、実に素晴らしい! 素晴らしいよね!」
「………」
「そんな強大な愛を、美しく尊いものを2つも独占しちゃってるなんて、中々に妬けるね。———イオト・カービスくん?」
そうして少年は、辛うじて着弾被害から逃れていたイオトを抱き上げる。……反射的に声がせりあがった。
「触るなっ!!」
「ああ、何。君まだ死んでなかったの? 変なところで生き汚いよね。この子も報われないものだよ。……そう思わないかい、43?」
「そんな、話を……したいんじゃ……っ、」
はぐらかす少年に、私は奥歯を噛んだ。
・・
何故、この機体がここにいるのだ。
この機体は本来、〈ジルク〉に駐留すべき機体だ。……最新鋭の50系アンドロイド、そのテストベットとして。
それなのに何故。
「———53! 何故貴方が………っ!」
見返した先、少年——〈M-53GL-B〉は頬を歪めた。
*****
断章「捕食者の独り言」
(Frammenti:#1)
《射撃プロセスを終了》
《砲身冷却完了》
《任務完遂を確認。帰島する》
《機体は旧小田原上空から離脱し第九ケージへ》
同時刻の上空、成層圏にて。
重々しい音がして、隔壁が閉鎖される。それから暫くして、帰島用のブースターに点火。
今回狙撃した目標は、地上のとある機構人形だった。
たかだか人形一体程度に対し、成層圏からの超高高度射撃はやや戦力過剰な気もするが、それでも奴は「抹消」しなければならない。
ただでさえ弾速の早いレールガンを超上空から地表に向け射撃したのだ。重力加速度によって弾はさらに加速され、大気圏の空気抵抗によって莫大な熱を帯びた弾が着弾すればかなりの破壊範囲になるはずだ。……予期していなかったが、着弾地点には奇しくもあの《鍵》もいた。巻き込めていれば僥倖だが、そう事はうまく進むまい。
と、そんな風に感慨を抱いていると、通信機器にノイズが入った。何か通信が入ったようだ。しばらくすると通信が聞こえてきた。
『〈M-336MPN2〉、衛星軌道上砲台の状態を報告せよ』
その声に淡々と応じた。
「砲身冷却は完了。冷却系・弾道演算系、共にオールグリーン。損傷、ありません」
『了解。回収班とポイント667で合流せよ』
「了解」
そこで通信は途切れた。射撃用インターフェースを閉じ、ガンナーシートにしばし身体を預けた。
「………『捕食者』、か」
隔壁内だけに零れた呟きは、酷く感傷的なものだ。
思えば、よくもまぁ勝手な名前を付けてくれたものだと思う。まぁ意味のない名前に頓着しても仕方ないとは分かってはいるが。
もっとも、この世に真に意味のある事象なんて存在しない。
名前も、ただの形式的な記号に過ぎない。…それは命であっても同じだ。
生きる意味などない。生物には本来、そんな命題に悩む余裕すらない。ただ生きるのに必死なだけだ。彼らを生かすのはあくまで「理由」であり、意味ではない。
死ぬ意味なんてない。そうやってただの「死」を、「散華」とか都合のいいように糊塗して意味を見出そうとするのは、客観的に見ればただ痛々しくて愚直なだけではないか。
尊厳に意味などない。そんなものは幻想で、自己欺瞞で、虚栄心に過ぎない。むしろ矜持なしでは生きられないヒトの都合の良い潔癖さに、軽い眩暈すら覚える。
そんな虚しい世界において、自分たちはまだ恵まれているのかもしれない。
生も死もなく、尊厳どころか神の理を無視した不細工な藁人形。そんな神を冒涜した存在だからこそ、「余計なこと」に囚われずに済むからだ。
逆に「余計なこと」に縛られてなおも生きようとするヒトなんてむしろ。
にんげんなんて、ばけものだ。
———そうして憐憫と軽蔑を宿した「捕食者」の双眸を、見るものは誰もいない。
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お待たせ致しました、ジルク19話になります。新キャラ登場に新たな伏線まみれですごい喧しい文章になったと思います。
っていうか最近展開が早い。全体的にギッチギチになりつつある……。
そして、今回断章にて登場したプレデターくん。原案をくださった焼き鳥与太郎様。本当に遅くなりすいません! 描きたいことを詰め込んでいったら長くなってしまい、公開が遅れました。
ついでに久しぶりに絵を描きました。プレデターくんの設定資料になります。リンクは上に貼っときますね。
キャラクター、まだまだ募集してますー。