複雑・ファジー小説

20話 ( No.25 )
日時: 2020/08/30 18:45
名前: おまさ (ID: Yo35knHD)

1




 わけが、わからなかった。

 何故、イオトはこんな状態なのか。何故、目の前の50系機構人形が競合区域コンテスト・エリアに立っているのか。

 眼前の〈M-53GL-B〉はさも愉快そうに肩を揺らして笑っている。

「な、んで………貴方が…」
「這う這うの体で聞くことがそれ? もうちょっと有意義な情報交換をしようよ」
「茶化さないで、ください。私は……、」
「つくづく変わってるよね、43って」
「………。」

 53はそこで一旦区切りをつけて、再び口を開いた。


「まぁ詳しい話は“上”で聞けるはずさ。少なくとも僕は話さない。話さない権利は、僕にあるはずだよ」
「……ま、た、そうやって……有耶無耶にする気じゃ」
「君が僕に信用を置いてないのは分かったよ。……まぁでも、この後僕が何をするのか大体想像はつくはずさ」


 前置きし、果たして53はーー揶揄うように頬を歪めた。







「イオト君の身柄は僕が預かる。ついでに、『天使』ちゃんも連れて帰る。ーーー予想の範疇だろ、“シザ”?」














 一瞬、何を言われたのか分からなかった。








 けれど思考が理解に結実した瞬間に湧き上がったのはーーー困惑と、それを上回る憤怒だ。




「その名前で……私を呼ぶなぁ………っ!!」

 半ば崩壊した喉を酷使して吠える。咆哮する。
 それほどまでに、相手は私の内側をーー致命的なまでに踏み躙ったのだ。

「よりによって、貴方が……お前が! 無粋に私の中に踏み込んでくるな! ……彼を、馬鹿にするなぁ!!」



 怒りに睨めつけるも、53は涼しい顔をしてそれを流した。

「正しい判断だ。今のは明らかに、悪意をもって君を揶揄ったからね。怒って当然」
「っ……!」

 感じた怒りは掴みかかりたくなるくらいのものだった。潰えた身体は、動かすことすらままならないけれど。
 遣りどころのなくなった感情を奥歯で噛み潰した。


「まぁともあれ、この少年のことは心配要らないさ。………実際のところ、僕も興味がある」
「……興味?」
 やや不機嫌な声音で応じるが、私の中の本音は先程から変わっていなかった。否、「本音」というよりかは「疑問」の方が言葉的には正しいか。



 ーー何故、この機構人形は知り得ないことをも知り得ているのか、というのが私が抱いた疑問だ。


 先程私を揶揄った際、その悪意が際立っていたのは「当人しか知り得ないこと」を見抜いた上で相手の怒りを煽るような言動をしたからだ。思い返せば、私の怒りの内にも「知らないはずのこと」を的確に言い当てられる気味悪さが確かにあるように思えたが。



 応じた私に、53は「ああ」と愉快そうに腕を組んだ。

「当然、興味さ。ーーー君の『死』、つまり君の中の救いの礎が崩れた今、仮に君と再開したときこの少年はどんな解答をするのか。僕は、それが見たいんだよ」
「……私の…礎……?」



 言っていることの、意味が分からない。
 分からないことだらけだ。53が何を言っているのか。情を持たぬはずの『天使』が何故、これほどイオトに身を捧げているのか。何故、そもそもイオトは重傷なのか。


 


……何故私はあのときーーー「守りたい」と思えたのか。





 そんな私の思考の煩悶はついぞ知らず、53は気持ちを入れ替えるように息を吐いた。


「まぁ、それだけが理由の全てじゃないけどね」
「……53、何の、話を……」
「イオトくんの怪我に対して、失態とはいえ僕はいわば加害者だ。謗られる覚悟はあるし……責任はくらいは負うさ」
「責任……? 本当に何が、」




 口に出しかけ、気付く。この男が持てる能力と、……イオトの重傷の原因について。
 再び、燻っていた怒りが再燃する。

「……お前が…お前は! どれだけ私を掻き乱す!? どれだけ私を怒らせれば気が済む!? 責任? ふざけろ。心底、反吐が出る!!」

「カッカするなよ。だから言っただろ? 失態だったんだって。僕は意図してイオトくんに、こんな傷を負わせたわけじゃない。それに、あそこで僕が〈オスティム〉を嗾けなければ……本当に彼は死んでしまっていた筈だよ?」
「御託はもういい! さっきから、何の話を!」

「ーーー君の妹が、イオトくんを殺そうとしていたって話だよ」
「っ!?」




 一瞬、何を言われたのか分からない。頭が真っ白に染まった。
 53は続ける。



「無慈悲な現実を繰り返そうか。ーー47は、イオトくんを抹殺しようとしていた。だから僕は魔獣たちを誑かし、47の蛮行を阻止した。イオトくんが、僕が〈オスティム〉は引き上げさせる前に群れから脱出しようとしたから、〈オスティム〉は興奮して制御不能に陥り、彼は重傷を負ったわけだけど」
「つまり……47は、少将に与している、ということですか……!?」
「否定はできないけど、肯定するにも判断材料が足りない。詳しい話は少佐に伺いなよ」



 またも蚊帳の外にされる感覚に、無力を噛みしめ奥歯を噛む。そんな私を余所に、53はイオト右肩に担ぎ、『天使』の残骸を左腕で掴んだ。


「そんなわけで、イオトくんには時間がない。僕はこれにてお暇するよ。報告は入れておく」
「ーー。………私は、」
「……うん?」


 『天使』を引き摺って立ち去ろうとしていた53は、私の掠れ声に振り返る。

「……ひとまず、イオトは貴方に託します。…けれど、私は貴方を……お前を、許しません」
「ああ、そうかい。 “上”で会えたら、次の君に謝っておくよ」










 言い残し、三歩ほど歩いたところで再び、53は足を止めた。
「……いや、一つ大事な事を忘れてたよ」


 ーーー振り返ったその手に握られている拳銃で、何をする気なのか分かった。

 私の頭蓋に銃口が向けられる。

 アンドロイドには必ず、拳銃が装備される。
 自衛用のものではない。ちっぽけな拳銃は〈オスティム〉の殆どに無効だ。
 これはきっとーー介錯用なのだろう。
 死して屍の山を築くことのみが機構人形の存在理由。けれどその中で生き残ってしまった機構人形に、意味を持たせるために。
















「きちんと死んどけーーーー死に損ない」
 
 撃発は3回。

 3発の9ミリパラベラム弾が頭蓋をぶち抜き、脳髄を掻き回す。脳漿が漏れ、シナプスが引き裂かれ、『死』に陵辱される感覚。
 刹那、覚えていたい少年の名前が過ぎるーーその前に脳が死ぬ。







 ーーー砂が吹き付ける砂漠には、哀れな骸すらも残らない。
 

 












*****


ハイペースで進んでおります、本編ルート。今回はちょっと文字数少なめだけど。
……ま、まぁ文字数少ない方が読みやすいしね!


本文中で53が言及している「礎」という言葉、よく覚えておいてください。