複雑・ファジー小説

書き下ろし短編 ( No.26 )
日時: 2020/11/08 13:06
名前: おまさ (ID: RV.2lxzs)

お久しぶりです。2ヶ月近く更新できずすみません!

本編かと期待した皆様には申し訳ありませんが、ヨモツカミ様主催の「みんなでつくる短編集」にて公開したジルクの短編を投下します。
「ジルク」の世界観における、いつもと少し違った視点のお話、お楽しみ頂ければ。

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題名:「An another automata(with its sarcasm)」









 ごうごうと、砂嵐が唸っている。


 嫌になるくらいの赤砂に塗れた地表。緑も文明もひとしく枯れ果てたその砂漠には、夜風とともに黄昏の帷が訪れてきていた。
 日没後の砂漠は氷点下にもなる過酷な土地だ。だから、こんな時間に砂丘を出歩くのは余程の馬鹿か———それ以外。


 白磁の玉肌、霓裳げいしょうの如き煌めきの銀髪。静観するような凪の瞳。小柄で華奢なその美貌は作り物めいているが、どこか婉然とした雰囲気すらも滲ませる。


 陽が落ちた砂丘に佇む機構少女〈M-44GN7〉は、目を眇めていた。





「———戦隊各位、応答なし………ボクだけ残っちゃったか」

 あたかもお菓子を食べ残してしまったような、そんな声音の呟きだった。


「まいっか。とりあえずポッドまで戻ろっかな。……まったく、47はどこに行ったんだか」




 こんな時に限って音信不通の探査型機に恨み言をぼやきつつ、怖いくらいに静かな砂丘を歩き出そうとした時だった。
「あれ……」

 ふと、聴覚センサが辛うじて何かを拾った。それを頼りに歩を進める。砂丘の稜線に沿ってつごもりの夜帷を歩いてゆくと、その音の正体が見えてきた。警戒しつつ、砂丘から様子を窺う。
「——、」












 あれは———剣戟と、果たしてそう呼んでいいのだろうか。

 人影が得物を手に、宵闇を……否、何かを斬り伏せようとしている。


 機敏な動きで相手を翻弄するあれは、ひょっとして〈オスティム〉か。大型種ではないけれど、成人男性の身長ほどある体軀は人間にとっては十分に脅威だ。




《視認対象を雷槍駆逐型と断定》
「——っ……!」
 インターフェースにブリップが灯るや否や反射的に吶喊しようとする、戦闘機械としての本能をどうにか抑え、〈M-44GN7〉はその戦闘を暫し傍観する。



 人影——少年の戦い方は、酷く無様だった。得物の構え方も様になっていないし、一閃の度に剣に振られているような動きが目立つ。技ではなく、力で無理くりねじ伏せるような闘い方。

 振って、打ち合って、殴って、抉って、払って、割いて、斬って、躱して。

 少年は異様なほど〈オスティム〉に執着していた。相手との間合いを図るような真似はせ
ず、徹底して肉薄してゆく。
 






 けれど、……猪突猛進は時として、ただの蛮勇に成り果てる。

 雷槍駆逐型がけたたましく咆哮する。刹那動きが止まったそれに、我が意を得たりと少年が斬りかかる。
 〈オスティム〉はぶるりと身を震撼させるや否や、凭れさせていた槍のような部位を持ち上げた。カウンターで仕掛けるつもりか。
 故意か、それとも化物としての本能か。〈オスティム〉の体で死角になっていて、少年にはその「槍」が見えない。

 ———駑馬風情が、てらうな。

 そう言いたげな一撃が、少年の心の臓を縦貫する。











 ……断じて、否。

 両者の間に入ったのは、戦場にそぐわぬあまりに脆そうな痩躯。けれどその体軀は、戦闘に最適化されたものだ。
 槍柄を横から殴り、〈M-44GN7〉は相対する〈オスティム〉の刺突の位置を逸らし槍撃を回避。呆気に取られる少年を尻目に、幾つかの急所に指で刺突を与える。絶叫が上がる。
 間髪入れず、〈M-44GN7〉は背負っていたガンケースを一旦パージし、ケースから飛び出した無骨な狙撃銃を構えた。

 ——初弾装填。



 撃発トリガ

 .338口径ラプア・マグナムの自動式狙撃銃がけたたましい爆音で咆哮。貫通力の高い完全被甲弾フルメタル・ジャケットは1000メートル毎秒超過の初速を以て大気を縦貫、至近距離で放たれた射撃の、ほぼ減衰されていない運動エネルギーが発砲と殆ど同時に〈オスティム〉の頭蓋と脳髄を食い破る。〈オスティム〉の血潮が大地カンバスに篝花を描き、怪物は四肢を震わせて沈黙した。





「一件落着……って、」
「ッ……」


 一息つこうとしたが何故だろう。少年はあろうことか、機構少女に刃を向けていた。その形相は、先程〈オスティム〉に執着していた時よりも怒りや屈辱の色が濃い。……怯えも、少々。
 思わず、問うた。


「ボク、いま君を助けたはずだけれど」
「——黙れよ、紛い物」
「へぇ、言うね?」

 純粋に少し驚いたその反応を、少年は嘲弄と受け取ったようだ。けれど少年には、機構人形相手に掴みかかるといった度胸もないようで、ただ唇を噛むだけに留まった。



 錆びたなまくらを構える少年と間合いを保ちつつ対峙していると、少年が口を開いた。

「……訊きたい、ことがある」
「何?」
「———。俺は、アンタらアンドロイドがこいつらと戦ってるところを見たことがある」



 少年は、かつて見たある情景を回想していた。それは戦塵と爆轟、砂塵が入り乱れる戦場。そしてそこに吶喊するのは、華奢な少女の姿を模した戦闘機械たち。
 彼女らは何の未練も執着もなく、笑いながら砂丘に散っていって。……いっそ悪夢のような光景はけれど、現実のもので。

「壊れ果てて、それでも戦って、戦い続けて。アンタらは何で、戦ってるんだ?」



 味方が潰えても戦かず、自らの生にも執着しない。挙句には自爆すら厭わないその姿勢は、なるほど戦士としては赫々かっかくたる武勲を挙げるも道理であろう。

 けれど、その在り方を———人間のちっぽけな倫理観が、許容できない。
 彼女らが作られた存在であることは理解しているつもりだが、また同時に感情と自我を持っていることも知っている。だから尚更に、彼女らの在り方が歪に見えるのだろう。


〈M-44GN7〉は少し考えた後、首を傾げた。





「何でって……そりゃ、ボクはそのための存在だから」
「……そんな寂しい自己定義を、アンタらは容れられるのか?」
「できるできないの話じゃないよ。ボクたちは、そういう明確な目的を以て造られたんだから」

 肩をすくめ、〈M-44GN7〉は「じゃあさ、」と首を傾げた。


「君はさっき、何で〈オスティム〉なんかと戦ってたの? いくらなんでも無謀だよ」
「———。それは、人間風情が戦場にしゃしゃり出るなってことか?」
「そうだよ?」
「………っ、」

 兵器というものは、古来から人間の道具だ。
 けれど、攻撃力を追求するあまり、いつしか兵器はひとのからだを痛めつけるものになり、……戦場においては脆弱なひとの体など、むしろ邪魔になるようになった。
 きっとそんなことは、当の人間が最もわかっているはずだ。
 それでもなお、戦場から離れないのは。

「俺が…………俺が、コイツらと闘うのは、それが誇りだからだ」
「………誇り?」
「俺は孤児だった。地上では珍しくはないけれど、気付いたら砂の上で寝てた。それからはいろんな人に世話んなった。飯をよそってもらったこともあった。寝床も分けてもらった」
「………。」
「でも11の夜に思ったんだよ。———与えられるだけの人生に媚びて、何の意味があるのかって」

 人間とは、万物に意味を求める獣の名である。たとえそれが意味のない命題であっても、意味を確認しない限り、ヒトはその存在を認めない。
 だから。


「こうして闘ってるのは……うまく言えないけれど、多分存在証明なんだと思う」
「……でも、闘って散る以外にも存在証明の方法があるとボクは思うけど」








「安寧に溺れたくない。———与えられた平穏を貪る、無様な豚に成り下がってたまるものか」



 少年は言い切る。
 仮に魂を散らそうとも、不侵の高邁こうまいさは躪らせまいと。
































「……無様?」



 小鳥の囀るような声だった。
 機構少女は、くつくつと肩を揺らして哄笑こうしょうしている。

「無様、かぁ。……よりにもよって、そんな下らない理由で。そっかぁ」
 
そして———、








「お前なんか、生きてるくせに」




Re: ジルク書き下ろし短編 ( No.27 )
日時: 2020/11/14 16:03
名前: おまさ (ID: RV.2lxzs)

「お前なんか、生きてるくせに」







 弾けるような微笑みに含んだ声音だった。
 そのくせ、どろりとした渇望と怨嗟に塗れた声音だった。


 白銀の双眸に羨望と憎悪を滾らせ機構少女は嗤う。……心底羨むように。嫉妬するように。

「本当は、君はそんなこと望んでないんじゃないの? 本当は、自分の存在なんて判らないんじゃないの?」
「そ、れは……」
「判らないのが嫌で、自棄になってるんじゃないの? ———そうやって君は思考停止の末に、せっかくの命をかなぐり捨てようとしてるんじゃないの?」


 後半は嫉妬を通り越して侮蔑も滲むような嗤笑を以て、機構少女は少年を糾弾——否、啓蒙けいもうしている。
「その歪んだ価値観、いちどたわめた方が君のためだよ。そんな生き方は、あまりにも勿体ない」

 自分にはない「命」というものを持っているのに。 それを、……あろうことか投げ捨てようとは。
 よくも、ぬけぬけと。




 命の容れ物であるヒトが、模造品に過ぎない偽物アンドロイドに命の価値を問われるとは、まさしく皮肉と呼んでいいものだ。



「……お、れは、死にたくは、ない。死にたいとは、思って、ない!!」
「けど、生きていたいとも思わないんでしょ? ———それはもう、死んでることと同じだよ」
「っ!?」



 生きる意味なんて、ない。
 生物には本来、そんな命題に答える余裕などない。ただ、生きるのに必死なだけだ。生命の樹形図の延長線上にいるヒトの生にもまた、意味などという高尚なものはない。

 故に、ヒトを生かすものがあるとするなら———ヒトはそれを、「目的」と呼ぶ。
 人生における「目的」は人によって千差万別だが、人類という種の観点からすれば「目的」は共通する。

 ……そう。
 浮世に生きとする者は——たとえ蟭螟しょうめいであっても——生まれ落ちたその瞬間から、「死」に向かって生きている。誰しもが例外なく、死ぬために生きている。
 そしてその誰しもが例外なく、生への執着を持って生きている。それらの執着がなくなることがもしあるとすれば、それは命が潰えたとき。


 だから、生きていたいと思わなくなったことは、『死』んでいることと同義なのである。





「———」
 一瞥を向けた先、少年は呆然とした面色で、構えていた得物をゆっくりと下げていた。













「……あーあ、今回はこんな幕引きか」
 聴覚センサに微かな反応があり、〈M-44GN7〉は後方に目線を向ける。

 見れば、〈オスティム〉が唸りながらじりじりと迫ってくる。兎ほどの大きさの小柄な〈オスティム〉だが、群れているそれらが一斉に飛びかかれば、アンドロイドとて無事では済まない。


 群れのうちの一頭がぴくりと耳らしき部位を動かした瞬間、白群の〈オスティム〉は牙を鳴らして吶喊した。
 一頭が〈M-44GN7〉の臀部に食らいつく。



《警告》
《大腿部アクチュエーター大破》
《N9バイパス破損。したがってこれを破棄。以降はG12バイパスへ流動切替》
《第108から112番疑似神経回路、断裂》


 インターフェースに警告の文字が、やけにかまびすしく表示される。
 構わず、少年に向き直った。少年は、人型のものが目の前で喰まれるという現実感のない構図に呆然とするほかにない様子だった。




「君は、ボクたちみたいにならなくていい」

《警告》
《インタークーラーに亀裂発生》
《冷却液浸水》

「君は生きてる。 生きているのなら、希望はあるよ。……だって、」

《警告》
《機体の損傷過度により当機体を破《警告》
《警告》《警告》《警告》《警告》《警告》《警《警告》《警《警告》《警《警《警《警告》………。


「生きているんだから。 だから君は、ボクらみたいにならなくていい。……そんな生き方、命が勿体ないよ」



 神の理に反した紛い物であるアンドロイド。その存在意義は死して屍を積み上げることだ。紛い物の命だからこそそれができて、………それしかできないから。
 本物の命を持つ人間は、色んな存在証明ができる器用さを持っているから。


 だからもっと、「生きて」ほしい。

 インターフェイスが警告で埋め尽くされるのも構わずに、〈M-44GN7〉は花が咲くように微笑わらった。





「生きて」



 そのまま、機構少女は地面に転がった。

 少女の左脚は根元から千切れ、右腕は関節の数が倍になっていた。
 視力は死んだ。鼓膜も既に残っていないけれど、金属製の骨盤が脊骨から外れる音がした。
 右脚の根元から入った牙は、眼窩がんかから侵入した牙と体内でぶつかり、そのまま横へ横へと機械仕掛けの臓腑を喰い荒らしながら進む。
 声帯とともに脳髄が引き抜かれ、下垂体にも亀裂が走る。
 
 最後に、残った綺麗な顔の皮が剥がされ、頭蓋に爪が迫り、そのまま『死』に陵辱される。



 …刹那。
 少女の骸が青白く発光したかと思った次の瞬間、——少年の網膜を暴力的な白光が灼いた。

 自爆。

 至近距離での爆発に少年は吹き飛ばされ、砂の上を転がった。次いで耳朶じだを殴る爆発音と、ぴりぴりと産毛を焦がすような熱が殺到する。
 その衝撃波と爆風を至近距離で浴びた〈オスティム〉は当然無事では済まない。抉れ出た内臓は爛れ、色々欠け落ちた魂の抜け殻だけが残った。
 当然だが、機構少女「だったもの」は爆散し、完全に沈黙。

———最期まで、その頬を微笑に歪めたまま、機構少女は砂にたおれた。









*****


〈オスティム〉に覆い隠されて見えなくなるまで微笑を保っていたアンドロイド。しだいに夜風がさらってきた砂に犯されてゆくその骸を少年は見ていた。


「…………、」
 気付けば、いつの間にか剣を取り落としていた。砂に落ちた得物を拾い上げようと手を伸ばして、そこでふと伸ばした手を止める。



『生きて』




 ……自分は、思考停止の末に生きることを諦めたのだろうか。闘っているのは、もし命を落としてもそれが戦闘に依るものだと言い訳できるからなのか。
 それは判らない。けれどもし、先のアンドロイドが語ったもの——戦う以外に、自分の存在を確定できるものがあるとするならば。言い訳を考えて死ぬよりも遥かに綺麗な生き方ができると思った。
 それに。

 戦い続け、戦うために余計なものの一切を切り捨てた果ての姿がアンドロイドなのだとしたら。
 ……あんな。




『お前なんか、生きてるくせに』





 あんな姿に成り果てるのは———どうしても容れられなかった。

 少年は、剣柄に伸ばしかけた手を引き、晦の暗い砂漠を歩き出した。砂地を歩くのは慣れているはずなのにその足取りはどこか拙い。
 この先、自分がどこに歩いてゆくのかはわからない。そんな不安もあった。
 ただ、戦い抜いたその先で羅刹のように笑うのは嫌なのだと。


 ———そんなささやかな主張を見届けるはずの月も、晦の今宵に限りいなかった。




《了》






******


 



ちょっと専門用語(主に銃)があったので注釈をば。



・砂漠

夜になると寒くなるのは、植物など地中の熱を遮るものがないため、熱が大気中に放出されやすいから。あと、砂漠=砂丘みたいなイメージがありますが、世界の砂漠の大半はネバダ州の砂漠みたいに岩盤が露出してるタイプです。因みに、作中で出てくる砂漠はナミブ砂漠を意識してます。

・338口径が〜

 実在する90年代のライフル用弾。飛距離は結構いい。.338ラプア・マグナム弾のバリエーションのうち.338口径 ロックベース B408が完全被甲弾ですね。
 作中の時代背景に合ってない気がするけれど。


・フルメタルジャケット(FMJ)

 微笑みデブは関係ないです。
 完全被甲弾……つまり、弾を完全に硬い金属で覆った銃弾です。普通の弾は鉛でできているので着弾した時に潰れてかなり甚大な被害を出すので、陸戦条約でFMJを使うように定められてたり。徹甲弾(APSS)も似たようなものですが、あちらはタングステン鋼で弾を覆ってます。

長文失礼しました。そして更新遅れてすみません。