複雑・ファジー小説

21話 ( No.28 )
日時: 2020/12/14 20:10
名前: おまさ (ID: 5cM7.Mt8)



1






「———」

誰かが呼んでいるような気がして、目を開けた。



知らない天井だった。真っ白で、なおかつ見たことがないような青白い灯が灯っている。
体重を預けている寝台も、柔らかいのか硬いのか、とにかく体験したことがないような快適な寝心地だった。

ぼんやりとした意識のまま体を起こす。
寝起きで誰もがそうするように、終身前の記憶を辿り———、















——掌を喰いちぎられたことを思い出したイオトは、はっとして思わず掌を見た。







 息を詰めて見れば、指が欠損していた筈だった左掌には、見たこともない金属で作られた義指が二つ嵌めてあった。軽く動かしてみると、その機械仕掛けの指は思い通りに動く。



「……ぇ、」

 無事だったことへの安堵や指を失った喪失感よりも、無事でいたことの困惑の色が強い。
 だって本当ならば、イオトはあの場で散っていたはずなのだ。他の誰にも看取られることなく——否、一人だけイオトの最期を見るはずだった人物がいた。











「シザ……」



 その名を口にして、けれど残るのは激しい罪悪感と自嘲だった。



 思い出すのは卒倒する寸前の光景だ。暗転してゆく視界、そこに映り込んだ短髪のシザ。

 あのあと、シザはどうしたんだろうか。……どうもしないだろう。シザは多分、イオトのことを覚えていない。それなのに、そんな彼女に淡い期待を抱いている自分の方こそ、どうかしていると思った。



 そう、どうかしている。
 自分でも本当にそう思う。どうかしているのだ。……欠けているのだ、自分は。きっと何かを掛け違えていて、だから論理が矛盾だらけなのだろう。
 そんな歪んだ論理観でしか物事を捉えられないから「怪物」と揶揄されるのだろう。



 ……逢瀬を望んだのは、イオト自身が「機構人形アンドロイドとしてのシザ」に会いたかったからなのか。己の厚顔無恥と傲慢さは痛いほど自覚したけれど、真に逢瀬を望む理由は未だに掴めずにいた。
 もし仮に自分が機構人形としてのシザを求めているなら、それは彼女の名の、矜持の、魂の価値を否定するということだ。
 
 けれど———彼女の名の価値を否定するのなら、そもそもイオトは彼女に名前を捧げないはずなのだ。




 
 イオトは、彼女のことを「紛い物の人形」だと無意識のうちに認識していた。
 ただ、彼女らが感情を持っているということは分かっている。分かっているからこそ、無意識のうちに認識していたこととの歪な乖離があって。
 何が本当なのか、分からない。考えれば考えるだけ余計に分からなくなる。

 ——否。
 これは考えてはいけないことだ。
 だってもし考え至ったら、己の価値観が変わってしまうかもしれなくて。……そのことが酷く、恐ろしくて。
 怖い。そうだ。……だから、仕方ない。


 かぶりを振ってイオトはタオルケットから抜け出し、寝台の縁に腰掛けた。
 やや重い頭を持ち上げると、視界に飛び込んできたのは白い部屋だ。壁や床は金属でもコンクリートでもない素材でできていて、そのどれもが白磁の花瓶よりも色白だった。
 その白一色の部屋の中心にぽつんと置かれた寝台から立ち上がる。意識は病み上がりのように少しぼんやりとしていた。
 ぺたぺたと裸足のまま部屋の壁まで歩くと、ぷしゅうと空気の抜ける音がして、壁の一部が上へスライドした。

(これ……扉、か……?)


 少々恐々としながらも、イオトは開いた扉の外——仄暗く冷たい金属製の廊下とへ足を滑らせる。
 部屋の出口から廊下の先を覗き見たところで、イオトは廊下の先に見えたものに目を奪われた。


 それは蒼くて荘厳で、なおかつイオトが見たことのない壮大さの。
 
 




 ……そう。

「———惑星……!」




 蒼々とした中に砂漠の朱色が混じる雄大な惑星が、こちらを見上げていた。





2


 自分は今、惑星の外にいる。
 自分は今、惑星を見下ろす位置にいる。


 ならばここは———、

「……〈ジルク〉の、中」
 

 そう口に出して噛み締めてみればなるほど、この金属製の廊下にも納得だ。砂漠に育ったイオトにとって風音のない空間は異質でどうにも落ち着かないが、それよりも気になることがあった。

「ここが〈ジルク〉なら……一体誰が、オレをここまで運んできたんだ?」
 
 イオトにとっての最後の記憶は、己の血と罪に溺れながら砂に沈んだ場面だ。そこから目覚めれば、唐突に病室とおぼしき場所で目覚めている。おまけに傷は塞がり、若干の倦怠感すらあるが左手には義指が嵌められているし、体も洗われたのか右掌にこびりついた泥や砂もきれいになっている状況だ。———これはもはや、イオトを治療するためにジルクに運ばれたと考えて自然ではなかろうか。

 
 現状、イオトが関わった〈ジルク〉所縁の存在は2つしかない。そのうち片方は殺し、もう片方はきっと、イオトの存在を忘れている。

 したがって、その二人以外の存在がイオトをここまで運んできたと、そう考えるのが自然だが、当然ながらイオトには思い当たる節がない。二人以外に、イオトを知る〈ジルク〉の存在はないのだから。


 そのことを今考えていても詮無いことと悟ったイオトは暫し、考察に沈む。


 誰がここに自分を招いたのかは置いておいて、目的がイオトの治療だけであるならば、その目的は既に達成したといえよう。……では、その後は?
 治療を終えた後、イオトは地上に送還されるか———あるいは。
 前者はまずあり得ないだろう。〈ジルク〉側が地の民草一人にわざわざ干渉する義理も理屈もない。しかし、そのまま此処ジルクに留まるとあらば話は別だ。おそらくは治療以外にも何かしらの目的を持ってイオトを招集したのであろう。



 ———〈ジルク〉に留まるという機会を、うまく使えないだろうか?
 


「………?」
 ふと、そんな風な感慨を抱いた自分に、イオトは当惑した。
 ひょっとして、未だシザとの逢瀬を望むのか。望むのは———考えるのは怖いと、思ったのではなかったのか。

 一体自分は、何を考えている?

 何故彼女に逢いたいのか。いや、そもそもの話、本当に自分は再会を望んでいるのか……?第一、何が自分をそこまで動かしている?
解らない。判らない。わからない。
 怖い、と思ったのは多分、わからないということへの恐怖なのだろう。望み考え、その果てに自分が変わってしまうかもしれないという恐怖とは別に、無理解によって歩く道が見えなくなることの恐怖が今、胸の奥から滲みイオトを陵辱していて。

 怖くてもそれでも、いずれは答えを出さなければならないということが判っているからこそ———逃れられないのが、この時はただただ憎かった。







……不意に。

「———何を迷ってるのかは知らないけれど」


 背後、聞こえた囁くような声音に息が詰まった。硬直した身体でそれでも首を後ろへ向けたイオトは———、







「答えが出ない時はいっそ考えるのをやめるのも選択肢のひとつだと思いますよ?」


 そう言って微笑む、見覚えのない桃色の髪の人物に戸惑いを覚えた。







************


すいませんすいません! という感じでスライディング土下座。
超絶遅れた本編更新です。誰だよ12月は忙しくないとかフラグ立てた奴はぁ! 

………。

…………。…………。






………。(ツッコミ待ちの涙目上目遣い)